「イー」「シャ」「さ」「まー」  
「「「「お待ちくださーい」」」」  
半地下都市ザーンの街頭に、非音楽的男声四部合唱がこだまする。  
岩壁に反響する異様なハーモニーに追いかけられて、武闘家の装束に身を包んだ女が疾走する。  
「……どうせ追っかけられるんなら、いい男にお願いしたいねぇ」  
胸を押しつぶす窮屈な服と、頭髪から両耳までをすっぽり隠したバンダナとを煩わしく思いながら、  
女舞踏家シャディ・ビーンはぼやいた。  
 
ナイトブレイカーズが「岩の街」ザーンを訪れたのは、この街最大の劇場(ベルダインなら中堅程度  
の大きさだが)で演奏会を開くためだった。昔はこの街で冒険者をしていた〈ロッド楽器店〉の店主  
夫妻に紹介を頼んでみたら、意外にすんなりと実現したのだ。  
舞台を明後日に控え、本日の練習を午前中で切り上げた彼らは、午後は観光を楽しむことにした。  
放っておくと借金を増やすリュクティに留守番を任せ、お目付としてレイハが一緒に残り。  
恋人へのお土産を探すティリーに、助言者としてサティアが付き添い。  
あぶれた女二人──少女武闘家と女舞踏家とが連れだって歩いていたら、遠くオランから家出娘を追  
ってきた“イーシャ様連れ戻し隊”と鉢合わせした、という訳だ。  
ここで騒動を起こして演奏会に差し支えたら、ロッド夫妻にまで迷惑をかける。一計を案じたシャデ  
ィは、ボウイと服を交換することで四人組をペテンにかける役割を買って出たのだった。  
 
「そろそろ頃合いかな……ん?」  
迷宮みたいに入り組んだ街路を直観任せで駆け回りながら、シャディはふと小首を傾げた。耳をかす  
めた歌声が、彼女の記憶を刺激したのだ。  
リュートとは異なる音色に乗った、辛気くさい歌詞。こんな曲を奏でる吟遊詩人なんて、アレクラス  
ト広しと言えども一人しかおるまい。  
逃走者の注意が逸れた、ほんのわずかな隙を突くように──  
 
「とうとう捕まえましたぞ!」  
“イーシャ様連れ戻し隊”の勝ち誇った声は、シャディの前方から響いた。いつの間に二手に分かれ  
たのか、一人が近道を使って先回りしたのだ。  
偽情報に踊らされ、三ヶ月も「岩の街」をうろつき続けた(ちなみに、ナイトブレイカーズがザーン  
遠征を決めたのは十日前である)この四人、土地勘は地元の盗賊に匹敵する。  
「ひええっ!!」  
慣性に抗しきれず、衝突を避けられないと悟ったシャディが悲鳴を上げる。  
一陣の“風”が流れ込んだのは、その刹那だった。  
立ちふさがる男を蹴り飛ばし、代わってその位置を占めた黒髪の青年が、胸に飛び込んできた女の身  
体をガッチリと抱きとめる。  
ギターを背負った青年の腕の中で、シャディはパァッと顔をほころばせた。  
「あんた──“流れる風”!」  
その呼び名に渋い表情をした名乗らざる吟遊詩人は、半瞬後、眉の角度を変えて訝しさを表現する。  
「シャディ……? その衣装、イメージチェンジでもしたのか?」  
「ああ、これ? これはね……」  
にやりと笑ったシャディはバンダナに手をやり、芝居がかった仕草ではぎ取った。地下の街並みを照  
らすために何枚もの鏡を経由してきた陽光を受けて、金髪が鮮やかに波打つ。  
「おお?」  
“流れる風”に蹴り飛ばされた男が驚きの声をあげると、追いついてきた残り三人も唱和する。  
「イーシャ」「様では」「ない?」  
うろたえる男たちを、丸い耳をした女が冷ややかに睨み付けた。  
「なんと」「いう」「ことだ」「人違い」  
「「「「だったなんて〜」」」」  
往来にへたり込み、嘆きの想いをコーラスで歌い上げる近所迷惑な四人組。人違いだったら逃げる前  
にそう言えばよかった筈だと疑問に思うことすらしない。  
 
悲嘆にくれる“イーシャ様連れ戻し隊”を尻目に、少女武闘家の服を着た女ペテン師は、吟遊詩人に  
腕をからめてスタスタと歩き出した。  
「助けてくれて、ありがと」  
「役には立ってなかったみたいだがな」  
ぶっきらぼうに応える“流れる風”だけれど、シャディはお構いなしで身体を密着させる。  
「あんたと一緒にいたら、濡れてきちゃった……助けたんなら、最後まで責任取っておくれよ」  
 
「なんてえか、ストイックな部屋だね。あんたらしいって言えば、らしいけど」  
いかにも『寝に帰るだけの場所』といった風情をかもしだす木賃宿の一室を見るなり、シャディは半  
ば感心し半ばあきれたように呟いた。  
「だけど壁は厚そうだから、大声を出しても平気だね」  
ズケズケと部屋に入り込んだ彼女は、ドアが閉められるやいなや、さっさと服を脱ぎ始める。  
「お、おい……」  
「この服、借り物だから汚しちゃマズいんだ」  
戸惑う“流れる風”をからかうように、シャディはウィンクを送った。  
瞬く間に一糸まとわぬ姿となった踊り子は、腰をくねらせ、乳房を揺する。まるで束縛から解放され  
たことを祝うように、柔らかい肉鞠が二つ並んで勢いよく弾んだ。  
「さ、好きなだけ味わっておくれ」  
「……うむ」  
手招きされた“流れる風”は、観念したような面持ちで服を脱ぎ捨てる。  
女身と寄り添った彼は、弾力のある乳房をそっと揉みしだいた。ぴんと尖った乳首を左右交互に口に  
含んでは、相手のツボを探りながら入念に舐め回し、女の肌に熱い吐息を吹きかける。  
「あン! あんたって……あぁ……」  
技巧を凝らした愛撫に陶然としつつも、シャディは、その指や舌から義務的な動きを感じ取った。そ  
れは、自分の欲望を満たすよりも先に女を満足させようとする習い性だ。  
 
客受けしない曲にこだわる吟遊詩人なら(自分たちみたいに冒険者を副業にするのでなければ)枕営  
業で稼がねば、暮らしていけまい。  
彼にとって女を悦ばせることは、プライドを切り売りすることではないだろうか?  
母性にも似た衝動が、シャディは突き動した。  
「……あんたは、じっとしてればいいよ。全部、あたしに任せとくれ」  
彼女は“流れる風”に、ベッドに横になるよう促した。そのまま男の両脚の間に陣取ると、自らの正  
中線上に刻まれた深い谷間に、黒光りする肉棒をはさみこむ。  
いかにも使い込まれていそうな剛直を、柔らかい乳肉を交互に上下させて揉み立てる。肉の狭間から  
わずかにのぞいた先端を、ちゅっと音を立ててついばむ。  
しっとりした感触に包み込まれて、奉仕されることに不慣れな男は苦悶にも似た声を漏らした。  
「くっ……う、ううっ!」  
「こんなのはまだ序の口。お楽しみは、これからだよ」  
ビクビクと震えながら屹立する肉棒の真上に、シャディは腰を運ぶ。軽く目を閉じてその部分に意識  
を集中し、まっすぐに体重をかける。  
「あ……っ! 入っ……た! うン……あっ! ぁ……あぁ……!」  
男の腰に馬乗りになった踊り子は、一心不乱に腰をくねらせる。  
じっとしていろと言われた“流れる風”だけれど、いつしか腰が勝手に動き始めていた。二人はタイ  
ミングを合わせて体重を前後させ、一番気持ちいい位置へと互いの性器を導く。  
「う、うっく……!」  
激しく腰を突き上げる“流れる風”が、次第に細く呻き始めた。  
クライマックスの予兆に、シャディは気付かない。彼女も、絶頂を迎えようとしていたから。  
「「ああっ! ああぁぁっ……!!」」  
二人が昇り詰める声が、期せずしてデュエットとなった。  
やがて、内から灼かれる快感が凪いだ時、女舞踏家は挑発する視線で“流れる風”を見下ろした。  
「アンコール……いくかい?」  
 
 
「あぁっ! す、すごい……! あ、ぁん!」  
獣の姿勢で、シャディは歌う。  
白磁のような背中を鑑賞しながら剛直を突き込む“流れる風”は、くびれた腰に手をあてがい、最深  
部まで到達できる角度を探った。  
金髪に頬を埋めて甘い香りに酔いしれては、うなじに熱っぽいキスを浴びせる。  
「やぁん……あたし、そこ、弱いんだよぉ」  
甘ったれた声で悶えるシャディに、背後から遠慮のない突き込みが襲いかかった。  
「あっ、そこ、イイ! そこが、いいのっ!」  
見えない角度から犯されて、しびれるような快感が身体じゅうを駆けめぐる。さらなる官能を催促す  
るように、シャディは尻をのたうたせた。  
「あっ、ああっ! いいッ、いいの……そこっ! ん、んぅ……! すてき……すてきよっ!!」  
「いい声だ……素晴らしい歌だ、シャディ……」  
あえぐ女の耳許で“流れる風”がささやいた。この男が口にする中で最高無比な賛辞が、シャディを  
フィナーレへと導く。  
「あはぁぁぁぁぁぁ……っ!!」  
背骨をのけ反らせ、金髪を振り乱し、腰を振るわせて──シャディは全身で悦びを歌い上げた。  
その勢いで締め付けられた吟遊詩人の分身は、あっという間に絶頂に追いつき、蓄え込んでいた欲望  
を一滴残さずぶちまける。  
ぼうっと霞んでいく意識の中で、ただ互いの体温だけをはっきりと感じながら、二人は一つにつなが  
ったままベッドに突っ伏した。  
 
「明後日の演奏会、来てくれるかい? 舞台の上の歌も、聞いてもらいたいんだ」  
「……約束はできない」  
借り物の服に袖を通しながら尋ねる女に、手慰みにギターを爪弾く男がそっけなく答える。  
 
「こっちの都合なんて考えてくれない追っかけを抱えている身なんでね」  
「ああ、そうだったね」  
さして残念がるでもなく、シャディはうなずいた。刺客から逃げ回り、互いの修行の成果を聞かせ合  
おうというリュクティとの約束でさえ果たせずにいる彼なのだ。  
「第一、俺に歌を聞かせたいのなら、もっと修行しておけ。今のままじゃイロモノだぞ」  
こちらの方がよほど重要な理由であるかのように“流れる風”は言った。ことが音楽に関わると、妥  
協を知らない男だ。  
「じゃあ、次に会った時には、そっちのレッスンもお願いするよ」  
けなされたって、シャディは少しもめげない。  
「その時まであんたが生きててくれるように祈っておかないとね。どの神様がいい?」  
「……そんな祈り方されたら、かえって生命が危なそうだな」  
「なら、自力で生き残っておくれよ。いい男が減ったら、世界の損失なんだから」  
そう言ってシャディは“流れる風”に背を向け、さらりと手を振った。  
ギターを奏でる青年に見送られて、シャディは部屋の扉を押す。  
なんという偶然であろうか? 狭い廊下をはさんで向かい合うドアがほとんど同時に開け放たれ、二  
枚の扉板が絶妙のタイミングですれ違った。  
ばったりと出くわした相手の姿に、彼女は鏡をのぞき込んだような錯覚に陥る。  
自分の普段着に身を包んだ若い女をしばし眺めやり、ようやく現実を認識した時、彼女は──彼女た  
ちは、いっそう目を丸くした。  
「ぼ……ボウイ?」  
「しゃ……シャディ?」  
舞踏家の格好をした赤毛の女武闘家と、武闘家の格好をした金髪の女舞踏家は、お互いの名前を呼ん  
だきり、あとは呆然と立ちつくしていた。  
 
     完  
 

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