灼眼のシャナ  
清めの炎 
 
「お願い」  
シャナの願いに、アラストールが応える。  
足下にわき上がる炎。戦いに傷つき穢れた身体を清めるための清めの炎。  
シャナにとってもアラストールとっても慣れたこと。戦いの後の作業の一つに過ぎない当たり前の事。  
しかし久しぶりの清めの炎は、どこか新鮮に感じられた。  
初めは足の先から。爆炎を生じ神速の踏み込みを可能とする足を、今は優しい穏やかな炎がゆるやか 
に燃える。ゆっくりと、指のひとつひとつの隙間をちろちろと舐める。  
炎は進む。  
指先から、土踏まず。かかと。くるぶし。ゆっくり、ゆっくりと登る。  
「んっ……」  
足先から清められていくむずがゆい感触に、シャナはわずかに身をよじる。  
その間にも、清めの炎は上へ。細く、スラリとしたカーブを描くふくらはぎを舐める。  
進む炎は膝小僧とその裏を同時に通り過ぎる。  
「んんっ……」  
フレイムヘイズにとっては慣れた、しかし確かな熱を持つその炎が身体をあぶる感触は常人で言えば 
フロで温まるのに近いと言えるかもしれない。  
しかし、最近入浴の習慣を覚えたシャナは、違うと感じる。  
炎で温められた湯と炎そのもの。間接と直接の違い。  
炎の揺らめく熱さ、普通の人間では体験し得ない感覚は、鮮烈のひとこと。  
肌に感じる、火が直接触れると言う感覚。むずがゆく、心地よい熱さ。  
穢れが落とされ、熱がゆき渡る感触。  
入浴とは似ているようで異なる。確かに違う。  
それは太股にまで至る。スカートの下、白く優美なふくらみ。その曲線を炎が舐める。  
いつの間にか上気した肌。雪のように白い肌を内側から染める朱より赤い炎がゆっくりと進む。  
やがて清めの炎は、その付け根へと至った。  
「あっ……!」  
その感触に、炎がそこまで来たことを意識し、少女は吐息と共にその身を震わせた。  
 
まだ誰も触れたことのない、ある意味もっとも清浄なそこを、清めの炎が揺らめく。  
ぴったりと閉じられたすじを辿るように揺れる炎。  
神聖な場所をより清めるように。炎はことさらゆるやかに、しとやかに進む。  
「ん……ふ……」  
炎は二つに分かれ、後ろも辿る。広がった炎はシャナのヒップを包むように広がる。  
薄く広がる炎はふくらみきらない少女の可憐さをとどめたそこをなぜるように広がる。  
「はっ……」  
前のゆっくりとした直線の動き。後ろの広がる円の動き。二つの動きに、その与える感覚に息を吐く。  
しかし広がる炎は、その感覚に酔う暇も与えないかのように一転して一箇所に集中する。  
そこは不浄の門。皺のひとつひとつを細い炎が辿る。不浄な場所を清めるようにゆっくりと、静かに。  
焦らすようなその進みの遅さ、清めるためのその徹底とした動きが与えるむずがゆいような感覚に震 
える。  
前後から同時にもたらされるゆるやかで、しかし急き立てるような……そんな矛盾した感覚に耐える 
べく、手は自然に拳を形作る。  
が、それは許されなかった。  
さらに分かれた炎は今度は両の指先を清め始めた。  
拳を閉じていては炎が行き渡らない。  
ぴん、と指を伸ばす。炎は左右十指それぞれを包むように炎は広がる。  
暖かく包む炎はちょうど指を絡め手を握る感覚に近い。  
拳を握り耐えることも出来ず、ただ指をのばし身体中ピンと張り、3ヶ所を責める感覚に耐える。  
短いはずの、しかし永く感じられる時間。  
その時間を経て、ようやくスジを辿る炎が至った。その行き止まり。芽吹く前の芽。そこに、触れた。  
瞬間、一際炎が強くなった。  
 
「ひっ……!」  
強く、声が漏れる。最も敏感なところで突如強くなった炎に、張りつめていたものが切れる。  
呼応するかのように炎は一気に駆け上った。  
背筋を中心に炎は背中全てを多い上へと進む。背を炎と共に昇るのは、えもいわれぬぞくぞくとした 
感覚。  
「あ、あっ……!」  
身体の前面を行く炎は脇をくすぐりヘソのくぼみを乗り越え、なだらかなラインを滑るように上がる。  
そして、ゆるやかな双丘。可憐なふくらみ。  
その頭頂に至ると、炎はくるりと回る。頂を包み込むように、あるいはつまみあげるようなその動き。  
「んっ!」  
先端に炎の鮮烈な感覚が集中し、思わず身体を折る。  
そのタイミングに合わせるように背後を駆け上がる炎が達したのはうなじ。  
生え際のラインを舐め、そのまま、耳。耳たぶをくすぐり、耳の全てを包み込み、穴をほじるように 
清める。  
「ああっ!」  
今までの漏れるようなうめきではなく、ハッキリとした悲鳴。  
開く口腔に炎がわずかに進入する。少女の小さな舌に絡み、すぐに抜ける。  
残され、その余韻を望むように揺れる舌をおいて、炎は駆ける。  
ふっくらした頬、閉じた瞼の上を通り、耳から顔の側面を抜けた炎と合流。  
そして最後に髪を一気に抜ける。その勢いは、シャナの髪をばっと広げた。  
「はああ……」  
長い永いため息を吐く。  
まだくすぶる炎のように身体に残る感覚に揺られながら、ゆっくりゆっくり息を吸い、吐いた。  
「大丈夫か?」  
かつては清めの炎にこんな反応をかえさなかったシャナを心配し、アラストールが声をかける。  
「大丈夫……」  
息を吐きながら、どこか気だるげにシャナは応える。  
久しぶりの清めの炎は、新鮮で……どこか、たまらないものがあった。  
 
 
「あれ、シャナ? 今日はおフロに入らないじゃなかったの?」  
部屋に戻ってきたシャナに、悠二は疑問の声を上げた。  
「そう、今日は清めの炎にした」  
「でも……」  
まるで風呂上がりのようにシャナの頬は朱に染まっていた。  
いや、悠二の目には、どこか違うように見える。なぜか鼓動が早くなる。  
違う。いつもより、どこか……。  
「さっぱりした」  
いつも通りのシャナの物言いに、かえって悠二は慌ててしまう。  
「は、はは。僕もこんどその清めの炎してもらおうか……ぼふっ!?」  
動揺をごまかすような悠二の言葉は、シャナの投げつけた枕によって寸断された。  
「うるさいうるさいうるさいっ! 早く寝るっ!」  
悠二の身体を清めの炎が様を思い浮かべ、「悠二がどう感じるか」を想像してしまい……。  
そうしたらどうにもたまらなくなって反射的にシャナは枕を投げていた。  
「おやすみっ」  
そのままベッドに入る。しかし、既に意識を失った悠二はその言葉を聞くことはできなかった。  
・  
・  
・  
その翌朝。  
「おはよう」  
「……おはよう」  
なぜか同時に目覚めた二人は、お互いに顔を逸らしながら朝の挨拶をした。  
二人とも昨夜はよく眠った。しかし悠二が眠るる前に見たのはシャナの上気した顔。そしてシャナが 
眠る前に想像したのは清めの炎を受ける悠二。  
二人ともよく眠って、そのためによく夢を見て……その内容故に、二人は顔を合わせることもできな 
かったのだった。  

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