「ん…んんっ…んふぁ…」
止まらない。背筋から後頭部へかけての痺れが、止まらない。
「くっ…くくっ…くうぅぅぅ…」
止まらない。下腹からじんわり広がる快感が、止まらない。
「ふあっ…は…はうう…んくっ…」
止まらない。自らをかき回す指が、止まらない。
「ああ…坂井君…坂…いっ…くふうぅぅぅん…」
止まらない。彼への想いが、止まらない。
昨日、ゆかりと一戦を交えた(少なくとも一美にとってあれは「戦い」だった)後、
早々に坂井家を辞し、夕食も摂らずにベッドへ潜り込んだ。
(どうしてあんな事したんだろう。坂井君、驚いただろうな…)
脳裏に浮かぶは、彼の驚愕の表情。
後悔と、恥ずかしさと、情けなさで、一美はまんじりともせずに膝を抱えて一晩を過ごした。
そうしている内に夜は明けたが、あんな事の後で二人と顔を合わせられる訳もなく、
起きてきた母親に体調不良を主張し、生まれて初めてずる休みをした。
その母親も今は家にいない。午前中は一美を気遣いつつ家事をこなしていたが、
大したことはないと分かる(そもそも悪くなどないのだが)と、買い物に出かけていった。
戻るまで井戸端会議込みで二時間、といった所か。
静かになった部屋で、一美はもう一度昨日の事を思い返す。
それだけで、一美の顔は灯が点ったように赤くなる。
その原因の一つは坂井悠二とその母親に見られた時の恥ずかしさ。
もう一つは、快感。
それは、ゆかりの指や舌がもたらしたものではない。
それはそれで感じるものがあったのだが、それよりもっと大きい快感を一美は得た。
それは「彼」の、視線。
(見られた…坂井君に…見られちゃった。)
その時の悠二の眼が克明に思い出される。
(坂井君、驚いてた。真っ赤になってた。)
ゆかりと重なり合っていたとはいえ、その時の一美は脚を広げ、
風呂場の入口に向かって「ご開帳」していたも同然だ。彼の目に入らない訳がない。
(坂井君、どう思ったかな。私のここ、変じゃなかったかな。)
なにより、一美はその時自分の花弁に灼け付くような感覚を覚えた。
(坂井君が、私を見てた…私のここを…)
その時の、身体がふわりと舞い上がるような快感が忘れられない。
知らず、手がパジャマの中に伸び、気付いた時にはその部分が発する熱を手の平に感じていた。
「あ、あ、あうん…んふあ…」
そして今、一美は昨日の状況を反芻しつつ、あの感覚を取り戻そうとしていた。
悠二の視線、悠二の声、悠二の表情…
その全てが一美を衝き動かし、次第に高みへと導いてゆく。
(ああ…坂井君が、視てる…みてるっ…っ!)
右手の指で、ゆかりにされたように蜜壺を大胆にほじり、
左手の指で、わずかに顔を出した萌芽をピアノの早弾きのようにたたく。
「くあっ!ふあは…さか…い…くぅぅん…」
その名を呼ぶと、ふわりと浮き上がるような感覚に陥る。
「ああっ!ああっ!坂井君っ!さかいくん、見てぇ…わたしの…わたしの…」
目はうつろになり、口から涎を垂らし、肌はピンク色に染まり、汗に濡れた前髪が額に張り付いている。
体内に差し入れた指はいつの間にか1本から2本になり、その指の動きは次第に速くなっている。
くちゅっ、くちゅっ、くちゅっ…ぢゅ、ぢゅ、ぢゅ。
それに従って、部屋に響く湿っぽい音のテンポも速くなってきている。
もう少しだ、もう少しで…
「ーっ!…っ、くぁ………!!」
頭の中で何かが弾け、体中の感覚が一瞬消える。
下肢がびくんと突っ張り、2,3秒固まった後、ベッドに沈み込む様に脱力した。
「はあ、はあ、…また…しちゃった。」
荒れた息を整えながら、一美は「彼」を思っていやらしい事をした事実に赤面する。
とはいえ、言葉とは裏腹に身体はそれなりに喜びを感じている。
実際、これまでに自分で慰めたとき以上に感じ、高みへと至った。
だが…
「足りない…」
一美はすでに「思い人から見られる快感」を知ってしまった。
一人でしてももうあんな快感は得られないのではないか?
そう思っても無理からぬことであった。
「見られたら…見てもらったら、また、気持ちよくなれるかな?」
では、どうすればいいか?
それはやはり「彼」に見てもらうのが一番だろう。
ゆかりがいない時を見計らって呼び出し、彼の眼前でご開帳…無理だ。
間違いなく逃げられる。
間違いなく呆れられる。
そして、間違いなく嫌われる。
それだけは避けたかった。
それならば、「仲のよい友達」のままでいる方がまだいい。
第一、告白もろくにできない自分が、それをすっ飛ばしてその何倍も大胆な真似ができるものか。
ほかの友人たちも同様だ。今のままの友達でいられなくなるし、悠二の耳にも入るだろう。
となると…
心配する母親に「コンビニに行って来るだけだから。」と言い置いて、一美は夜道を歩いている。
Tシャツの上にスウェット地のパーカーを羽織り、下は持っている中で一番短いフレアスカート
─買った時に、一緒に行った緒方真竹が「それで坂井君を誘惑しちゃえ」と言っていた─
を穿き、スカートの下には…何も穿いていない。
身体中でもっとも敏感な部分に夜風を感じ、それだけで脚に震えが走る。
不安だから─それもある。夜とはいえまだ人通りはある。
もしばれたら何を言われるだろう、どんな目で見られるだろう、どんな噂が立つだろう。
だがそれを圧して余りある、「見られるかもしれない興奮」に、一美は震えているのである。
(はいてないだけでこんなに違うなんて…何かの拍子におしりが見えちゃったら…
あそこを見られちゃったら…っ!)
と、そこに前方から男性が歩いてきた。
年の頃は40前後だろうか。腕時計に目をやり家路を急いでいる、といった風情である。
(ああ…来ちゃった…私、おかしく見えないかな…ヘンな顔してないかな…もし、それでばれちゃったら…)
男性が近付いて来るにつれ、しだいに顔は赤くなり、
脚の震えは大きくなり、胸の突起はその主張を増してくる。
(やだ、ばれちゃう…ばれちゃうぅ…っ!)
顔をうつむかせ、荒くなる息を必死に抑えながら、それでも一美はしずしずと前へ進む。
自分は見て欲しいのか、見られたくないのか。
自問しているうちに男性は一美に最接近し、通り過ぎてゆく。
結局、すれ違う際にちらりと一美を見ただけだった。
夜道で暗いせいか、男性は一美の異変には気付かなかった様だ。
だが、その「ちらり」だけで一美は、肉体の奥底が燃え上がるのを感じていた。
(少し見られただけなのに…わたし、どうなっちゃうんだろ…?)
自分の感覚にとまどいを感じていると、ふとそれとは違う違和感に気付いた。
違和感の根源に手をやると、そこはすでに熱い泉と化し、今にも雫を垂らさんとしていた。
一美がやって来たのは夜の公園。
夜になるとお兄さんお姉さんがえっちなことをしていると、
いや、日によっては一美と同年代の子もえっちなことをしている、と友達中で評判の公園である。
ちなみに、えっちなことを眺めて楽しむ人種もいるのだが、それは一美の理解の範疇にない。
だがこの時公園内には人影は見当たらなかった。
ここなら自分を見てくれる人がいると思ったのに。 一美は軽く落胆する。
ならば人通りの多い駅や商店街に行けばいいものだが、
人の多いところは恥ずかしい、それに、知り合いに会ってしまったら…と考えるあたりが一美であった。
頭では落胆するものの、身体が帯びた熱は下がらない。
木の陰に入り、手をスカートの中に差し入れる。
(ああ…こんなに…熱くて…おつゆが…ぬるぬる…)
指をそこに差し入れると、ぴちゅ、と湿った音が静けさの中に響き、同時にのどがきゅう、と鳴る。
「わたしっ…こんなところで、こんなところでっ…!」
言葉とは裏腹に身体は既に燃えはじめ、さらなる快感を得ようと指を動かし…
「マジー?あの娘結構ガード堅かったんだぜー。」
「ふふん、俺のテクをもってすればラクショーよ、なんてなー。」
突然公園内に響く声に飛び上がる。
木陰から目だけを出して伺うと、20才前後の男性3人が談笑しながら公園内に入ってくる所だった。
服装からいって、大学生かフリーターであろう。
こんな他に誰もいない場所で、下着を穿いていないとばれたら、
いや、そうでなくとも向こうがその気になりさえしたら、どんな目にあわされるか分かったものではない。
だから、このまま息を潜めてやり過ごすのが得策である。…得策ではあるのだが…
一美の脚は何かに操られるかの様に一美を木陰から追い出し、3人に向かって歩を進める。
(なんで?私、どうして? 顔も赤いのに、ちくび…立ってきちゃってるのに、
あそこやおしり見えそうなのに…!? もしばれちゃったら、私、わたしっ…!)
近付いてくる一美に、3人は一旦「おっ?」という表情を見せるが、またすぐに談笑へ戻る。
(お願い、このまま…気付かないで! 通り過ぎて!)
そう思う内にも脚は震えながらも前へと進み、一美は3人の横を通り過ぎ…
ぽん。
3人の内の1人が一美の肩を叩いた。
「どうしたのカノジョ、こんな所で。 一人ぃ? お兄さんたちとイイコトしなぁい?」
びっくうううっ!
身体中から汗が噴き出し、心臓が跳ね上がり、目が見開かれ、一瞬呼吸困難に陥る。
だがそんなことは男には分からない。 ただ目の前の女の子が固まっている様に見えるだけだ。
(だめだ…気付かれちゃう…私、ひどいことされちゃうぅ…)
頭は絶望に目の前が暗くなり、胸はこの後起こる事を期待してか先端の尖りを増し、
秘所は準備のためか潤滑液をとくんとあふれさせ…
「わははは、なに言ってんだテメー。」
「おいおい、なにやってんだよ。 早く行かないと遅れちまうぞ。」
他の2人が一美を絶望から救い、また、期待を裏切った。
「悪りぃ悪りぃ。 んじゃな、お嬢ちゃん。 こんなトコでうろうろしてると悪いオッサンに変な事されちまうぞ。」
男は駆け出し、一美が何か言う間も与えずに公園から立ち去っていった。
後に残された一美は自分がホッとしているのかガッカリしているのか分からず、ただ立ち尽くしていた。
一美は今、重い脚を引きずって自宅へ向かっている。
結局何もなかった。 何も起こらなかった。 昨日と何も変わっていないのだ。
(明日からどうしよう…)
重いのは脚だけではなかった。
何日もずる休みをできるものではない。 そのうちにあの二人と顔を合わせなければならなくなる。
…と、いつからいたのだろう、前方の電柱の下に男が立っていた。
もう暖かいというのにトレンチコートを着込み、その前を両手で押さえている。
背は高く、乱暴に後ろへ流した髪がワイルドさを醸し、彫りの深い顔は日本人のものではない。
その顔には夜だというのにサングラスをかけているが、少なくとも表情を隠す役には立っていない。
男は見るからに緊張した面持ちだからだ。 つまるところ、「変な外人」であった。
だが、一美はその男に何かを感じ、思わず歩を止める。
二人は今、電線1スパン分離れ、電柱に据えられた街灯の灯りをスポットライトの様に浴びていた。
それを確認したかの様に男は一つ頷くと、
ばあっ! 勢い良く前をあけた。
そこに現れたのは極めて発達した筋肉と、極めて小さい下着、そして極めて異様な男性自身、だった。
コートの下には下着以外身につけておらず、その下着は鈍角四角形、いわゆるブーメラン型であり、
ブーメランの上から赤黒い男性自身が半ばから上をはみ出させ、びくんびくんと脈打っている。
一美の目が股間へと向けられ、それに伴って男の顔は観客を得た歓喜にゆがむ。
(ああ…この人は、同じだ。 私と、同じなんだ…)
一美は不思議と驚きや嫌悪は感じず、感じたのは得心と共感だった。
だから、一美はスカートの裾をつかみ…
「お?」 思いがけない反応に男が戸惑いの声を上げる。
するする、するする。 衣擦れの音を残してスカートが上がっていく。 さして長くもないスカートの裾は、
大腿をさらけ出し、薄桃色の泉をさらけ出し、栗色の淡い翳りまでもさらけ出した。
表情は得心によって落ち着きを持ち、しかし股間の泉は喜びに雫を垂らしている。
「お、おお…おおお…」
男は神々しいものを見たかの様に口をだらしなく開け、しばらく互いの急所を晒していたが、
ふ、と男が笑い、前を閉じつつ顔を背けた。
「ありがとう、だが、すまん。君じゃない。君じゃないんだ。」
(ああ、やはり。この人は私と同じだ。)
スカートを直しつつ、一美も応じる。
「ええ。私も、彼じゃなきゃだめみたいです。」
それを聞いて男はニヤリと笑い、何事もなかったかの様に振り返り、立ち去った。
その際に男が呟いた想い人の名は、一美の耳には届かなかった。
夕方の御崎高校。
遠くに運動部員の気合いが聞こえるが、校舎内に残っている生徒はほとんどいない。
誰もいない教室で、一美は人を待っている。
「ごめん、待たせちゃったね。吉田さん。」
坂井悠二がすまなそうな顔で教室に入ってくる。
何か理由を作って平井ゆかりを捲き、走ってきたのだろう、少し息が荒い。
「机に手紙が入っていて驚いたよ。 何、話って? 相談事? 僕で役に立てればいいけど。」
(ええ。役に立つわ。いいえ、あなたじゃなきゃだめなの。)
悠二は少し早口で喋る。 あんな事の後で少し気まずいのだろう。
「体調はもういいの?昨日休んでたし、具合が悪いって聞いたけど?」
(ええ、とてもいいわ。だって、あなたに見つめられるだけでこんなに身体中が喜んでいるんだもの。)
一美は身体の奥底が疼くのを抑えながら微笑みを返す。
それにホッとしたのか、悠二は椅子に腰を下ろしながら言葉を継ぐ。
「そう。で、何?」
「見て…欲しいんです。」
「見る?何を?」
「私を…見て…」
「吉田さんを? ……ッ!?」
一美は昨晩した様に、スカートの裾を掴み、たくし上げた。
「よ、吉田…さん…」
朝から何も穿いていない下半身が、悠二の目を射抜く。
「坂井君…見て、私を…」
そこは、朝からのいつばれるかという不安と、衆人に見られるかも知れない興奮、
そしてついに想い人に見てもらえる喜びに打ちふるえ、粘性の高い雫を吐き出していた。