通常なら軽めの3時のおやつだったが、今日は非通常のおやつだったせいか体の重い悠二はめったに、  
というよりもほとんど外を出歩かないため見るもの聞くもの食べるもの、  
全てに表情はともかく内心は興味津々なヘカテーを連れ立って腹ごなしもかねてデパートを上から下まで順繰りに歩いていった。  
 
悠二は何度も訪れているため自分向け、紳士服売り場などは通り過ぎるだけだったが、何時も同じ服のヘカテーにとっては特に女性物の各種装飾品、  
衣服はとても目新しいもので子供のように目をきょろきょろさせていた。  
もっとも実際にはその表情が何時もと変わらない冷めた目線だったので、  
その視線で純白のワンピースを弄くってる様は何となく悋気持ちが浮気の証拠を探しているように見え、  
悠二には滑稽で笑いを気づかれないようにするのに苦労していた。  
 
があっさりばれた。  
「・・・何が面白いのですか?」  
しまったと引きつった顔で三白眼のヘカテーに慌てて言い訳する。  
「いや・・・その・・・。ほら、お金持ってきてないんだろ?」  
今度はローキックだった。  
 
「でも、本当に色々ありますね。買おうと思ったら迷って閉店してしまうかもしれません」  
「服とか選んで買ったことは無いのかい?」  
「服は替えの、予備のは同じのをもう2着ありますがそれだってほとんど着ません。清めの炎で綺麗になりますから」  
「そういえばシャナもその煮沸消毒みたいなこと出来たな」  
「貴方は紅世の王やフレイムヘイズの9割を敵に回したいんですか?ところでそのシャナとはどちらの方ですか?聞いたことの無い名です」  
「あー・・・」  
ヘカテーの何気ない問いに悠二は少々困ったという感じで言葉を濁す。  
その悠二の微妙な表情に仕方ないという顔で返す。  
「では聞かないでおきましょう。しかし、この服は少し大きすぎますね。  
色や形は及第点でも全ての客のニーズに答えられないというのは問題のある店ですね」  
「んー、じゃあもう少しサイズの小さなものがあるところにでも行くかい?」  
「ではそちらへ案内してもらえますか?」  
今居るフロアから違うところへ移動する二人。  
「でも、まさか子供服売り場ではありませんよね?」  
「そういえば、次の階は改装中だった。違うとこに行こう。」  
「・・・では本屋に案内してもらえますか?勿論奢っていただけますね?」  
「・・・はい」  
 
その後当初の目的の一つでもあったタロットカードの使い方も記された占いの本を購入し、  
地下の食品コーナーで茶菓子もねだりデパートを出た。  
「今日は電車で来たの?それなら駅まで送るけど。すぐそこまでだけど」  
「いえ、自在法で飛んできた、と思ってください」  
「じゃあ、人気の無いところ・・・、真名川の河川敷まで送るよ」  
「そこまでしてもらわなくてもいいのですが、では折角のご好意に甘えさせていただきます」  
 
二人並んで駅前の通りを川に向かって歩き始める。  
数時間前のことも忘れてどうどうと、はた目には仲の良いカップルのように。  
悠二は今までの経緯から話しかければ話すものの、どちらかというと静けさを好むようだと気づき、  
また折角の外出だと言うことで御崎市の様子を静かに見学させて上げようと黙って歩くことにした。  
そんな悠二の行為をこれ幸いにか、先の教授の被害の爪あとも含め見入っていた。  
そうしていると一軒のゲームセンターの前にクレーンゲームの筐体が置かれているのが二人の目に入った。  
それは1回300円と少し高額ながらも中のぬいぐるみは他のよりも立派なものだった。  
そのヘカテーの視線に気づいた悠二は軽く声をかける  
「あー、クレーンゲーム?やってみる?」  
「うーん。それでは折角なので一回だけお願いします」  
「はいはい。お安い御用で」  
すぐにその台の前立ち硬貨を入れる。  
「この1のボタンを押すと、このクレーンが・・・」  
「はい。ここにも書いてある通りに動かせばいいんですね」  
悠二の説明と説明書きを熱心に聞くヘカテー。  
早速ヘカテーはボタンを押し、教えられたとおりにぬいぐるみの脇を抱え込む位置に向けてクレーンを操作する。  
初めてにしては、流石紅世の王というべきか、ピンポイントで目標の位置にクレーンを止めた。  
「お、うまい」  
「あとは待つだけですね」  
クレーンのアームがぬいぐるみを抱きかかえ空中に持ち上げ、回収口に向かっていく。  
が、そうはうまくいかないのもこのシステム。  
もうすぐというところでアームの中のぬいぐるみはバランスを崩し、残念ながら落下してしまった。  
それまで成功を確信していたようで目が光ってたヘカテーも残念の色を隠さない。  
「・・・仕方ありませんね。さあ行きましょう」  
といって歩き出そうとする。  
しかし、そのヘカテーも2回、3回、ちらっ、ちらっとクレーンゲームのほうを後ろ髪引かれるように振り返る。  
それを見て悠二もゲームセンターのほうを指差しながら尋ねる。  
「戻ってもう一回する?まだお金はあるし」  
「いえ結構です。それに欲しければ買えばいいだけですし」  
「でもその割には・・・」  
「いいんです」  
 
とヘカテーは言ったきりまっすぐ前を見つめて歩く。  
答えを拒絶するかのような雰囲気に悠二は何も言えなかった。  
そう黙ったまま次の交差点で赤信号が青くなるのを二人は待つ。  
青くなった瞬間意を決したように悠二はヘカテーに言う。  
「先に行ってて。すぐまた合流するから」  
と言ったきり駆け出していく悠二。  
それを最初あったときの表情の無い顔でヘカテーは見送る。  
一瞬足を止め顔に影がさすも、また顔を上げ足もその足が向いていたほうへ向けて一人歩いていった。  
 
既に日は赤く翳り、街は夕闇の侵されていく。  
ヘカテーは土手に腰を下ろし、落日に染まった真名川の水面をただ見つめる。  
その氷のような瞳には何の光もさしていない。  
遠くからは子供の声も聞こえるが、近くには最早人影は無い。  
風が頬を撫で、ここだけは赤日から逃れた空色の髪と帽子の飾りが揺れる。  
ヘカテーはふと気づいたように視線を落とす。  
そしてマントの中から書店名の刻まれた紙袋を取り出すと、ぎゅっと袋ごと己の身体を抱きしめる。  
そうやって何かに耐えているかのようにじっとしていると、激しい息遣いと走ってくる足音がヘカテーの小さな耳に入った。  
大急ぎで袋をまたマントの中に仕舞うとヘカテーは立ち上がり、目の前ではあはあと呼吸を整える悠二を見た。  
その手にはさきに逃した、少し大きめのヘカテーにとっては一抱えほどのテディベア。  
それを見るとヘカテーの今まで薄く閉じられていた瞳が開ききる。  
「間に合って良かった。少し手間取ったけど取れたんだ。はい、これ」  
というなり悠二はそのヘカテーとおそろいの白いテディベアをヘカテーに手渡す。  
雪のように白いふわふわの身体には首輪のように赤いリボンが一巻きされていた。  
毛糸のやわらかい感触がヘカテーの指を覆う。  
「どう気に入った?」  
ヘカテーの口から呟きが漏れる。  
それが悠二の耳には届かず思わず声が出る。  
「え?」  
 
突然、その磁器のように綺麗な指がテディベアの赤いリボンを引きちぎる。  
その突然の奇態に驚く悠二をヘカテーは揺れる瞳で静かに睨む。  
 
 
「貴方はどうして・・・、ここまでするんですか?この紅世の王足る私に何を望むんですか!?」  
「え?そんな何も」  
そのいきなりの疑心に満ちた剣幕に気おされる悠二にヘカテーはさらなる言葉を投げつける。  
「さあ、言いなさい。これでもリャナンシーやフィレスほどではありませんが、  
自在法には自信があります。望む事をかなえて見せましょう」  
ヘカテーの豹変に訳が分からないものの、その物言いには返答せねばならないことを直感的に思った悠二は、  
ヘカテーのその突き刺すような視線を見返しながら口を開く。  
「見返りなんてものは求めていない。一体どうして・・・」  
その答えにヘカテーはふっと鼻で笑い、嘲る様に返す。  
「何を馬鹿なことを。貴方はミステス。まさか自分が五体満足でこれからも生きていけると思っているんですか?我が同胞に狙われているんでしょうに。それならなおのこと」  
「シャナやマージョリーさん、それにヴィルヘルミナさんに守ってもらっています。君の助けを必要とするほど」  
「しかし、それが完璧なものと思っているわけではないでしょうに。仮装舞踏会がそれほど甘い集団だと思ってるんですか?」  
仮装舞踏会、その単語を聞いた瞬間悠二は電気が走ったように身体硬直した。そして  
「・・・まさか」  
ヘカテーはその悠二の表情を優越感に浸ったように眺めながら、テディベアを持ったまま器用にスカートの端を掴み優雅に一礼する。  
「仮装舞踏会の三柱臣が巫女、”頂の座”ヘカテー。本日は大変ありがとうございました、零時迷子のミステス。さあ命乞いなり何なりと申しなさい。」  
空気が明らかに異質なものと化していく。  
その重い空気を吸い込み、悠二は先の答えを繰り返す。  
「見返りを求めて助けたわけでも街を案内したわけでもない。好きでやったことだ。あまり馬鹿なことは言わないでほしい」  
答えを聞くなりヘカテーは足を悠二のほうに踏み出し、トライゴンを構える。  
その宝具の切っ先に存在の力を込め、自在法を練る。  
「もう一度チャンスを上げます。次は、嘘は赦しません」  
ぐっと錫杖を握る手により強く力をこめ、悠二の喉に押し付ける。  
「何度でも言うよ。見返りは死んでも貰わない」  
「何故!?」  
一瞬、うっと悠二が怯むのにヘカテーは自分の勝利を確信したかのように暗い笑みが口の端を吊り上げる。  
逡巡したが意を決したように悠二は口を開く。  
 
 
「・・・・・・・・・君が、ヘカテーが女の子だから」  
「・・・はあ!?」  
そのあんまりともいえる理由に自在法のために集めた力も霧散する。  
それが既に夜の帳が下りた二人の間に光となって散る。  
「だって商店街のことだって困った人を助けるのは当然だし、それに」  
「それに?」  
ヘカテーが動揺を露にし悠二の言葉を復唱する。  
「君は紅世の王というより普通の女の子にしか見えない。・・・こんな理由じゃ駄目、かな?」  
困ったような半笑いというような妙な表情を浮かべる悠二。  
その思いもかけない理由に呆然となるヘカテー。  
長いほんの数秒の静寂。  
そして  
 
 
トライゴンを一閃させるなり髪と同じ透き通るような青い炎弾が飛ぶ。  
炎が悠二の髪を焦がし後ろの河川敷に着弾する。  
その炎が悠二の前の、ヘカテーを映し出す。  
錫杖を持つ手は震え、その顔には憎悪と慙愧と不安が入り混じる。  
「どうして・・・。どうして・・・」  
しかし、その虚勢も空しく既にヘカテーの呟きは力を失っているようであった。  
そしてその一押しで崩れる砂の楼閣のように小さな儚げな肩を悠二は抱いた。  
その悠二の仕草にヘカテーは仮面を崩す。  
 
「何で、何でそんなに優しくなんてするんですか・・・。私は敵なんですよ・・・、敵の・・・敵として自在式を受けとるためだけの存在なのに」  
ヘカテーの双眸から今まで溜まっていた物全てを流しだすように雫が流れ落ち悠二の胸元を濡らす。  
そんなヘカテーにされるがまま抱きしめたまま悠二は黙って独白を聞き続ける。  
「大事なのは自在式。私はただそれだけのため・・・、小夜啼鳥のリャナンシーと同じ。確かに盟主は尊敬すべき方ですが、 
それは一方的なもの。周りも私が巫女だから大事にするだけ」  
そう言って、一旦言葉を切るとヘカテーは面を上げる。  
悠二を見据えるその空色の瞳はいつもの澄んだ色に戻っている。  
「でも貴方は違った。私が紅世の徒だと知っても何も変わらず、巫女と知っても何も変わらず普通で居てくれた。私はそれが欲しかった・・・。  
私を、この”頂の座”へカテーを何も隔意も無く見てくれる人を・・・」  
そういってヘカテーは自分から体を離す。  
「・・・へカテー」  
「ユージ・・・さん、ありがとう。そしてごめんなさい。私は貴方に望んでいた全てを貰った。そして私は何も貴方に報いることが出来なかった」  
 
手に持っていたトライゴンを頭上に掲げ、自在法を発動させる。  
ヘカテーの周囲に自在式が展開し、それが青白く幻想的に二人を仄かに照らす。  
「もう時間です。流石にもう気配遮断と撹乱の自在法も限界です。この気配は炎髪灼眼の討ち手でしょう。もう長居は出来ません」  
心底残念そうに頭を振る。  
「本当にありがとう。ミステス、いやサカイユージさん。それでは因果の交差路で。・・・次会った時は敵です」  
こちらをじっと見つめている悠二にヘカテーは視線を合わせ  
「会った時は・・・、私を殺してください。それでは」  
「ちょっと待って!」  
悠二はその言葉に思わず制止の声を上げる・  
「・・・貴方とはそういう関係なのです。諦めてください」  
背を向け移動の自在法を練り上げる。  
「そんな、無茶苦茶だ!今日会ったばかりなのに次は殺すだの何だの。えーと、そのうまく言えないけど・・・何とかなるよ」  
何時もならさらさらといい考えが浮かぶ悠二にして、言葉に詰まる。  
そんな楽天的な言葉に  
「何とかなりません」  
「何とかなるって」  
「なりません」  
「頑張って考えれば」  
「だから」  
「何とか」「何とも」  
ついヘカテーが振り向いた時、二人同時に声を出したその時、既に自分らがキスせんばかりに近づいてることにようやく気づく。  
それに顔を赤らめて慌てて同時に飛び退る。  
 
その滑稽な様子につい二人して笑い出す。  
そんなヘカテーに  
「ヘカテーもようやく笑ってくれたね」  
と悠二は暢気に語りかける。  
「・・・そんな意地悪は好きではありません」  
と口調とは裏腹にまんざらでもないはにかんだ表情で返す。  
 
「分かりました」  
唐突な宣言。  
悠二が驚いてる間にヘカテーは堂々と宣言する。  
「何とか頑張ってみましょう」  
「え?」  
その反応にヘカテーは少し怒ったように言う。  
「自分で言ってたのに何ですかそれは。ユージと私は敵同士です。これは覆しようが有りません。ですがそれでもお互い生きられるように何とか頑張る、と言ったのです」  
「ヘカテー・・・」  
「ですから貴方も頑張ってくださいね。何を頑張るかは分かりませんが」  
「うん。一生懸命頑張るよ」  
と何時もの半笑いを浮かべる悠二。  
この時浮かんだのはいかに炎髪灼眼に説明するかだったとかしないとか。  
 
自在式からの光が強まりへカテーをドーム状に覆う。  
それを物珍しげに眺めているとヘカテーが呆れたよう悠二を急かす。  
「そんな自在式に乗ってるとユージさんも飛ばされてしまいます。それとも星黎殿に一緒に行きますか?」  
「それはちょっと勘弁かな」  
そういって自在式から離れようとする悠二だったが、その裾をヘカテーが不意に掴む。  
ヘカテーもその咄嗟の自分の行動に顔を真っ赤に染めながら悠二に最後の言葉を伝える。  
「紅世より渡り来て幾星霜、ですが今日ほどの幸福に満ちた時間はありませんでした。ユージさん、本当にありがとう」  
「いえいえ、どういたしまして」  
そして瞳から雫がこぼれる前にと急ぐように別れの言葉を口にする。  
「さようなら・・・」  
「さようなら、じゃないよ」  
「・・・え?」  
驚いたように見返すヘカテーを真正面から見つめたまま悠二は常の笑顔で言う。  
「こういう時は、また今度、ってね」  
その言葉に少女は思わず雫をこぼしながら笑顔を向ける。  
「・・・はい。ではまた今度・・・必ず」  
その答えに悠二は満足したように足を踏み出す。  
「ユージ!」  
「?」  
 
振り向く悠二にヘカテーは造作の綺麗な唇を悠二の頬に重ねる。  
「ん・・・、ぷはぁ」  
「・・・・・!!?」  
少し、緊張に震えた唇をヘカテーはゆっくりと離す。  
その柔らかな暖かく湿った感触に凍りつく悠二。  
 
しかしその時、ヘカテーの目の端に紅蓮が映る。  
咄嗟に悠二を自在式の外まで突き飛ばす。  
この突然の行動に悠二は痛みにのたうつが、お互いもう臨界寸前なほどの顔色であったこともあり、ヘカテーが言い訳が鮮明に耳を突く。  
「これは・・・、そのほんのお礼です。そうです!自在法をユージさんにかけました!これで大丈夫です!」  
少し極まったふうに壊れたことを口にする、がそれは悠二も同じことで  
「あ・・、その。うん。まあ、そうだね!」  
とお互い納得する。  
「それでは。炎髪灼眼の討ち手によろし・・・、やっぱり秘密にしておいて下さい!お互いの身のために」  
と言い残し、青白い炎と自在式とともにヘカテーは消えていった。  
その残り火を感慨深げに眺める  
 
「さて、何があったか説明してもらいましょうか?」  
そんなヒマを与えるシャナではなかった。  
これからの仕打ちに、己が保身を考える哀れなミステス  
「えーと・・・」  
「まずは誰と会っていたか教えて欲しいわ」  
 
今ならへカテーに言える、世の中何ともならないこともある、と悠二は月を呪った。  
「悠二!さっさと吐きなさい!!」  
 
 

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