大理石で作られたと思しき重厚な扉。
しかしその回廊には天井も壁も見えず、漆黒の闇が床に浮かぶのみ。
見るものを圧倒するその幻想的でありながら人の及ばぬ空気を纏った、紅世の徒の集団の本拠地たる宮殿。
その名は星黎殿。
その特に奥まった一室。
よく整理され綺麗に掃除された静かな一室。
机や調度品は地味な作りながらしっかりとした一品がおかれ、そこに置かれたティーカップからは芳しいダージリンの香りが部屋に漂う。
そこから少し離れた床に両膝をつき、白磁のような細い指を、白い大きなベレー帽のような帽子を被った綺麗な造作の顔の前で組む。
その口から漏れるは何を祈る祝詞か、既に長い時間祈っていたのか白い指先はさらに青白いまでになっていた。
が、ふと何かを感じ取ったかのようにその祈りを少女は止める。
空色の絹糸のような髪を首のあたりで揃え、氷のような瞳を扉に向けた
その時、扉をノックする音と共に外から男の少ししわがれた渋い声が聞こえてきた
「俺の可愛いヘカテーよ、今帰ったぞ。入ってもいいか?」
そのぶしつけななれなれしい声に、この星黎殿を差配する三柱臣が一、巫女”頂の座”ヘカテーはため息をつく
「駄目です。その手に持った忌々しいものを喫するのを止めたら許可しましょう。それと」
「私は貴方のものでは有りません、かい?」
「・・・」
ヘカテーは無言で部屋の中心に、祈りの際に目の前に立てていた錫杖を躊躇無く扉のほうに向ける。
「ちょっと待った!俺が悪かった!!すまなかった。だからトライゴンをこっちに向けないでくれ」
「よろしい。あとは禁煙を約しなさい」
部屋の中から存在の力と敵意の増大に泡を食って平謝りする三柱臣の将軍シュドナイであったが、ヘカテーの禁煙要求には困ったような苦い表情を見せる。
形勢不利と悟ったか、それとも女は怖いと思ったか任務経過と報告だけをすませてそそくさと立ち去っていった。
遠ざかっていく足音に心底うんざりというようにヘカテーはため息を吐く。
そして机の上にあったもう冷め切った紅茶に口をつける。
不味くなった紅茶に顔を顰めながら、考えは先のシュドナイの報告に気をやる。
それは仮装舞踏会のターゲットの一つ零時迷子の事。
とあるミステスに蔵されたその秘宝中の秘宝は現在、紅世の徒に特に警戒され恐れられる数人のフレイムヘイズが守っているという。
弔詞の読み手マージョリー・ドー
偽装の駆り手カムシン
万条の仕手ヴィルヘルミナ・カルメル
そして、炎髪灼眼の討ち手
このうちカムシンはすでにその町、御崎市から離れたようだが、残っている3人にしても手練れ中の手練れであり、その名は世界中に知れ渡っている。
一匹狼で他者と馴れ合うことのめったに無いフレイムヘイズ達としては複数が一ヶ所に居るということはまれであり、その事実は徒にとっては脅威、
ヘカテーら仮装舞踏会にとっては自分らの目的が知られるという懸念、そしてその任務の困難さが増すということであり、大きな問題である。
シュドナイに邪魔された祈りも実は零時迷子に関するものであり、実際にどう動くべきか、参謀ベルペオルとは別にヘカテーにとっても悩みの種であった。
ふとヘカテーは思いつき、自分のベッドの下から使い古された長い年月を感じさせる一抱えほどの木箱を取り出した。
それを机に置き、中を開けるとごそごそと探し出す。
水晶玉、香水の壜、蒔絵の櫛、ビールの王冠などが無造作に詰められたその箱からヘカテーは目的のものを見つけ出す。
それは多少古ぼけて文字や絵柄が見えにくくなっていたが、1セットきちんと揃ったタロットカードであった。
箱をもとあった場所に戻し、机の上から余計なものを全て除けた上でタロットを広げる。
しかし、ここでふと気づく
「・・・これは、どう使って占うのでしょうか・・・?」
部下の1人から土産として昔に貰った物であり、今の今まで使ったことは無く、その微細で珍しい絵柄を眺めるだけだったために巫女は肝心なことを失念していた。
「まあ、とりあえず適当にやってみましょう」
適当に並べ、適当にカードをシャッフルし、それをめくる。
その意味のありそうな無意味な行為を何度も繰り返す。
薄暗い部屋にカードをめくる音と時折シャッフルする音だけが響く。
「ふむ・・・」
何やら思案気に目を閉じるヘカテー。
「少々無駄な時間を過ごしましたが、これもいいかもしれませんね」
と唐突に立ち上がりタロットをしまい、部屋では邪魔になるので外していた帽子とおそろいの白いマントを羽織る。
「たまには行動してみましょう。ついでにタロットの使い方も調べてきましょう」
扉を開けようとノブを掴むと、ふと気づいたように口を開く。
「御崎市はここからどれほどでしょうか・・・」
「痛たた・・・、本気で殴らなくていいのに」
御崎市の中心部に程近い商店街を一人の高校生が、紅く腫らした頬を押さえながら歩いていた。
「シャナもあれぐらいで怒るなんて・・・。最近ヴィルヘルミナさんも厳しいからただでさえ生傷耐えないのに」
それは少し前、学校からの帰り道。
何時ものように2人で変える途中、何時もはいないメロンパン専門の移動店舗を見つけたシャナが1ダースものメロンパンを買ったとき、
「そんなに喰うと太る、1個くほげぇっ!!」
とデリカシーの無い余計な一言に何時もどおりの右ストレートカウンター一発。
怒ったシャナがそのまますたこらさっさと帰ってしまったことにある。
置いてけぼりをくったかわいそうな自業自得な零時迷子を蔵したミステスこと坂井悠二は、
これ幸いにか一人で新作のCDやゲームを漁りに商店街に向かった。
CDショップで邦楽のアルバムを物色していた悠二は妙な気配に気づく。
「これは自在法?それと徒か?それにしては妙に気配が小さいというか異質な感じがするな・・・」
今までの普通の日常の境界が、一気に緊迫とした世界へと変質するのを感じるたびに己が身の上に降りかかったことが重くのしかかる。
悠二は顔を青ざめさせながらもすぐに今の状況を整理する。
一番頼りになるはずのシャナは先の喧嘩(一方的過ぎるが)で、とうに坂井家でヴィルヘルミナと千草とともにお茶の時間としゃれ込んでいることであろう。
これだけ気配が小さいと気づいていないであろうからこちらから連絡するしか無いのだが、悠二は運悪く携帯を所持していなかった。
しかも最近の携帯の普及によって公衆電話も撤去が進みどこにあるか分からない。
マージョリー・ドーにしても佐藤家から動いていないだろう。
ただ、今までの紅世の徒の襲来としては違った点があったことが悠二に落ち着きを与えていた。
気配、すなわち力がそれほど強そうではないことに関しては自在法にしても、まったく敵意等のネガティブな空気が無いことであった。
正直な話、この時悠二の頭に浮かんでいたのは螺旋の風琴であった。
もしかすると例外的な、悠二らからするとまともな徒かもしれない。
そんな淡い期待と外からは窺い難い店内であること、それとこっそりとトーチの振りをしていれば、
ばれないのではという楽観的な観測もあって、近くをうろついているであろう徒を探してみる。
すると一人の少女が目に止まる。
全体的に雪のように白い印象を与える、普通なら小学生ぐらいにしか見えないであろうその徒。
紅玉の飾りが両端に付いた帽子、このごくごく普通の商店街では浮いてるだけであろうマントに靴も白で統一して落ち着いた感じを見たものに与える。
ただその表情にはおよそ感情と言うものは存在しないかのように冷厳な視線でそこにあった。
「・・・あれか?」
予想通りというべきか正直その生命力にすら困るような儚そうな、徒の姿に悠二は落胆とも安堵ともとれるため息を吐く。
その徒の少女は何も関心を示しているようには見えないが、時折道行く人に視線を投げかけたり、商店のショーウィンドウをじっと見たりを繰り返しながら闊歩していた。
「・・・暴れるという風には見えないな。とりあえずここでやり過ごして帰るとしようかな」
と少々安心して気を抜いて先ほどと同じコーナーに足を向けようとした時、唐突に硝子の向こうから下卑た男の怒声が聞こえた。
驚いた悠二はつい自分の身の危険も忘れて、外に出てみる。
「このクソガキ!この天下の往来でどういう了見で煙草を吸うなだあ!!」
「嫌いだからです。それが何か?」
そこには先の徒を若者3人が囲んでいた。
当然ながらその徒の少女はまったく動じていないが、悠二にはその若者グループに見覚えがあった。
「あれはここらへんでも一番の不良じゃないか。どうして運悪く・・・、いや運が悪いのは奴らか」
何時もと違いまったくの部外者第三者の立場の悠二は余裕をもって観察できたが、状況はそれを木っ端微塵にする方向へ動いていった。
片や冷静で落ち着いているも、片方のチンピラはこの手の輩としては当然正論などを聞くはずも無く、
場を穏やかに穏便にすますことなど頭には無く、相手を威圧して屈服させるしか能が無い。
聞くも耐えない罵詈雑言を少女に浴びせかけ、その周りもそんな連中から関わりあうのを避けるよう視線を避け通り過ぎる。
しかし、その対象となっている徒の少女にとっては理不尽極まりなく、こんな奴らからは遠ざかりたい風であったが、
不良たちはやれ「土下座」だの「誠意」だのを並べ立てるのに辟易として怒りが募っていく様子が、
似たような者を何時も見慣れた悠二にとっては遠目からも察することが出来た。
「これは、まさか、やばい?」
事ここに至って、ようやく火の粉が自分にも降りかかるであろうことが悠二にも理解できてきた。
少女の水晶のような目が段々と細まり徒らしい異質な気配も徐々に強まり、それがもはや暴発寸前、目の前の男達を殺すであろう事が。
そしてそうなったら当然、それをシャナたちが察すること。
自分が無事でも徒のことをすぐに知らせなかった自分にどういったことが夜の鍛錬で行われるか。
「マズイ。コレハマズイ」
だが、すでに臨界寸前で考える余裕は無かった。
身を潜めていた店先から静かに男達と徒に近づく。
男達のうち2人がこちらに背を向け、一人がこちらを向いていた少女の後ろで逃げ場を塞ぐ様に立っていた。
それに何気ない風を装って近づく。
少女と男一人は当然悠二に気づくもまったく眼中に無い様子。
もっとも当のヘカテーは「目標のミステスがあんな格好したトーチね」と目標のミステス探しのモデルとしていたが。
そしてさりげなく通り過ぎるかと思った、その瞬間
「うりゃーーー!!」
一番近い位置に居たリーダー格らしき茶髪に対して前蹴りを、それも急所にお見舞いした。
「な!?」
「!?」
と双方があっけに取られている間に、もう片方の背を向けていたスカジャン男の顎に同様の一発お見舞いする。
流石にこの間にもう一人の、金髪鼻ピアスをした一番危ない感じのする男がなにやら叫びながらポケットに手を突っ込みながら悠二のほうに向かって突っ込んでくる。
日々の鍛錬の成果か、それを少々余裕に見ながら、内心はびくびくしながら手に持っていたカバンを男の顔面めがけて軽く放り投げる。
その意外な行動に男は少し怯むもギリギリでカバンを避ける。
だが、その行動を待っていた悠二はすかさず距離をつめ、渾身の力を込めて掌底を鼻っ面にぶち込む。
その悠二の攻撃にたまらず3人ともうずくまる。
けれども元から悠二は格闘技の経験は無く、運よくうまくいっただけで相手を完全にノックアウトしたわけでなく、
すぐここから立ち去らなければ吊るし上げ間違い無しであった。
この目の前の以外な状況にヘカテーも流石に目が真ん丸くなり、口もぽかんと半開きであった。
もっとも一番驚いているのは当の悠二本人であり「うわー、死ぬかと思ったよ〜!」と心臓麻痺寸前ぐらいの緊張状態であったが。
そんな呆然とそれまで男達に向けてた敵意霧散させ突っ立っている少女の手を取り
「さあ、逃げるよ!」
「え?ちょっと・・・?」
面食らったように悠二の顔を見返しながらもなすがままになるヘカテー。
あとに残されたのは憤懣を顔に浮かべながらものたうつ男3人だけだった。
商店街から離れた駅前のデパート、その7階にあるレストランに二人は居た。
「僕はオレンジジュースで。君は?」
「・・・」
「・・・まだ考え中なのであとでお願いします」
そういうとウェイターが立ち去り、悠二はほっとしたかのように水を一口飲む。
そんな悠二を睨むかのように細目でじっと見るヘカテーをよそ目に、きょろきょろと周囲の状況を確認し、
男達がいないのと会話が誰にも聞かれないことを確認して悠二は少女に話しかける。
「ふう・・・。さっきは危ないところだったね。怪我とかは無い?」
「・・・」
「あー、今日は買い物?それとも別な用事で?」
「・・・・・・」
「その服かわいいね。何時もそういう格好なの?」
「・・・・・・・・・」
話が続かない。某所の西部戦線並みにどうしようもない重々しい空気が賑やかなレストランのただ一角に漂う。
嫌な汗をたらしながら、半笑いを浮かべる悠二。仕方なくというふうにさらに話を続ける。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕の名前は坂井悠二で御崎高校二年」
「ミステス・・・」
そのヘカテーの口からこぼれた一言がその場を凍らせる。
一瞬、ぎくっと悠二の動きは止まったがそれにもめげず言葉をつなげる。
「・・・まあ、気づかれたかな、と思ってたけど。そうだね。僕はトーチでミステスだよ」
その悠二の答えを受けてヘカテーは視線を交える。
その自分の身を気にしていないような、あっけらかんとしたような感じに呆れた様に口を開く。
「まずは先ほどのことの礼を言うべきですね。助けていただいてありがとう。」
「いえいえどういたしまして」
「もっとも不要でしたが。私が徒なのは知ってての行動でしょう。馬鹿にも程があります。
その身に蔵したのは馬鹿を増幅させる宝具ですか?見たことも聞いたことも無いので是非取り出して見せていただけませんか?」
「・・・・・・」
今まで黙っていたのとその容貌から大人しく可憐なのを想像していた悠二の脳内を打ち砕く物言いに言葉が詰まる哀れなミステス。
ちょうどそこへ運よくもしくは運悪くウェイターがオレンジジュースを持ってくる。
場の空気に少し怯みながらも自分の仕事をこなすウェイターにヘカテーは紅茶を注文する。
「こっちが自己紹介したんだからそっちも名乗って欲しいんだけど。それとも誰かさんみたく名無しなの?」
ウェイターが去るとそう、悠二は妙に馴れ馴れしく目の前の少女に質問する。
「貴方は私が何だと思っていますか?」
「紅世の徒だろう?王かもしれないけど」
その答えを聞いた、世に名高い紅世の王頂の座は、はー、と目にも分かりやすく大きなため息をつき、頭が痛いという風に頭を振る。
「よろしい。では貴方は?」
「さっきも言ったとおりミステスだけど。中身は秘密にさせて欲しいけど」
「当たり前です!普通フレイムヘイズなら無視して、いや危険性のあるものなら当然に。
紅世の徒や王なら興味を持って取り出すのは分かりきっていることでしょう。それなのに貴方と来たら・・・。獅子の前に背中を向けているようなものです」
信じられないという風にヘカテーに半目で睨まれ、それをやり過ごすかのようにジュースに口をつける。
そこに追加の紅茶がヘカテーのもとに来る。
これでようやく一息つけるかと思ったが、その紅茶の匂いに訝しげな表情をしながらも口をつけたヘカテーがさらに場を重くするように口を開く。
「不味い。これなら水のほうがマシです。よくこんなところで飲食しようなんて考えますね」
「そんなに不味いかな?」
「これはただ色と香りを付けただけのお湯です。どうやったらこんな茶葉を無駄にするような淹れ方が出来るのでしょうか。見てみたいものです」
「茶葉は使ってないと思うよ。多分、濃縮された出来合いのを薄めてるのだと思う」
「・・・この紅茶をかけてもよろしいでしょうかミスター?」
「この身にあまる光栄ですが、謹んで辞退させてもらいますマドモワゼル」
眉間にしわを寄せながら口を濯ぐかの様に水を飲み干すヘカテー。
「まあ、こういう店はそういう安いので利益を上げる店だし、こんな300円なんて値段じゃ本格的なのは使えないんじゃないかな」
「それならそうとはっきり表示すればいいものを・・・」
忌々しげに呟く。
「仕方ないよ。お詫びに何か奢るよ」
「・・・結構です。貴方はまだ私が何か理解してないようですね」
「そんなことないよ。これでも内心恐怖で一杯だよ」
「貴方が虚勢をはるのもわかりますが。弔詞の読み手、万条の仕手、さらに炎髪灼眼までいてはそう簡単に動けませんからね」
「分かってるのに良く来たね」
「とっておきの自在法見せてあげましょうか?今なら先ほどのお礼にこのあたりを焦土にさせてあげましょう」
慌てて力いっぱい首を振る悠二にヘカテーは少し目じりを下げる。
「けどようやく少し場が和んだね」
「まだ言いますか。獅子が目の前に居ると言っているのに。脳内も存在の力が消えかかっているんですか?」
「でもまあ、たまには人間好きの動物を襲わない獅子も居るし」
「・・・はあ。先の事だって放って置けばいいことでしょう。好き好んで争いに加わるようには見えませんが」
「こんな小さな女の子が困ってたら助けるのは当然だろう。相手がどうだろうと関係ないよ」
この率直な物言いにヘカテーは少々気まずそうに視線を周囲に向ける。
もっともそれは悠二も同様だったが。
するとヘカテーの視線の先に興味をそそらせるものが飛び込んだ。
赤毛の髪を腰の下まで伸ばし大きなトランクを持った随分ラフな格好の女性が食べているパフェ。
色とりどりのフルーツとチョコレートソースがかけられたアイスが食欲をそそる。
もっともその彩鮮やかな盛り付けはすぐにその女性が崩してしまっていたが。
そのヘカテーの何気ない視線に気づいた悠二が声をかける
「頼む?」
「結構です」
「食べたいんでしょ?」
「結 構 で す 。 お か ま い な く 」
断固拒否の姿勢を見せるヘカテー。
もっとも喉が少し動いたようであったが。
仕方なく悠二は近くに居たウェイターに、あれと同じのを一つ、と注文する。
「私は食べるといってませんが」
「僕が食べるよ」
その返答に少女が面食らう間に二言をつなげる。
「食べ切れなくて誰かにお願いするかもしれないけどね」
その他意の無い心底善意から出たであろう言葉にヘカテーも流石に切り返すことはしなかった。
その後、他愛の無い、といってもお互いの学校生活やら紅世の物語などを言い合っていた。
「何か、遅いね」
「2つ頼んだのでは?」
「1つって言ったよちゃんと。伝票にもほら」
少し疑問符が浮かび始めた頃に、パフェは到着した。したのだが
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・これが普通のパフェですか?」
「・・・んー、普通ではない、はず」
「こちらは当店名物の特製・・・パフェです。お二人用ですのでご一緒にどうぞ♪40分以内に食べ切れたら無料ですので頑張ってください」
そこには30センチほどのボールのようなガラス容器にこれでもかと放り込まれたアイスとフルーツ、それと気休めのようなコーンフレークとウェハースの一団が埋まっていた。
「向こうの人は1人で食べてるんですが・・・」
「あの人は歴代記録のタイトルホルダーの方ですから。メニュー全てとかもやられている凄い人ですよ。それとお姉さんも同じ事を時折されますよ♪」
今になって思えば、少々遠い割には随分はっきりとパフェの外観がつかめたような・・・。遅い後悔である。
「それではごゆっくりどうぞー♪」
満面の笑みを浮かべながら立ち去る店員と残された先ほどとは異質の重たい雰囲気の二人。
「・・・さあ食べようか?」
「はー。仕方ありませんね。まさかこんなことになるとは」
ヘカテーは口調は嫌々ながらも少々軽やかに悠二が差し出すスプーンを受け取り、アイスを食べ始める。
「うん。中々美味しいね」
「悪くはありません。このバナナもチョコとよくあっています」
パフェ攻略の合間に会話を交わす。
「ん?どうしたの?」
そんな中突然にパフェを突っつくのを止めたヘカテーに怪訝そうに悠二は視線を向ける。
その対面に座る徒の少女は顔を俯かせ、空色の髪からのぞかせる耳が少し赤くなっていた。
握り締めたスプーンをぷるぷると震わせながら、ヘカテーは正面のミステスに問う。
「一つ尋ねます。スプーンは幾つありますか?」
「2つだけど」
「ではパフェは?」
「1つ」
と言ってはっと気づく。
「あー、えーと。そのまあ何だ。ほらあれだよ。大きい特製のパフェだしいいんじゃないかな」
「このパフェの名前は・・・」
「名前?」
そう言って店の壁に貼られた紙を見る
”祝特製アベックパフェを勇者達!!”
「あー、えー、その。何だ」
「・・・・・・」
「犬に噛まれたと思って。別にいいじゃな」
「よくありません!」
ヘカテーがぴしゃりと一喝する。
「貴方はともかく私まで周りにどんな目で見られているか・・・」
とそこでようやく周囲から視線が集中していることに気づく。
先の女性は既に店を出ていて、しかもパフェに挑戦中なのは自分らだけ。
ウェイターは当然時間を計るためこちらをじっと、否、にやにやと興味深げにチェックし、周囲の客も珍しい出し物のようにこちらを見ているのであった。
この事態に珍しく焦った風にヘカテーは急いでアイスやフルーツをかき込み始める。
「さあ、ひゃやくあにゃたも食べなしゃい!」
「とりあえずモノを口に入れながら話すのは」
「お黙りなさい!」
そう悠二を黙らすと黙々と大急ぎでパフェを処理していく。
やはり徒と言うべきか、悠二と違いまったくアイスの冷たさを感じることなく消化していく。
そのあまりの速さに、ヘカテーの思いとは裏腹にさらに周囲の注目を集めてしまう。
しかも、その時間をチェックしていた店員がおもむろにマイクを取り出す。
「おーっと。25卓のアベックがアベックパフェを新記録樹立の勢いで食べ進んでいます!あと1分少々で食べ終えれば新記録です!」
と周囲を盛り上げにかかってしまった。
これにアイスのひんやり感だけじゃなく、恥ずかしさから二人とも顔を真っ赤にしながらも仕方なく食べ進めていく。
そして終には
「あーと!食べ終わったようです!凄い!!・・・・子さんの記録を塗り替える新記録が今ここに爆誕しました!」
わーわーひゅーひゅー
周囲から賞賛と冷やかしの声が上がるも最早悠二にはそれに反応する気力も無く
「当分パフェはいいや・・・」
とテーブルに突っ伏していた。
ただ一方のヘカテーは伝票を握り悠二の首根っこを掴む。
「さあ、早く行きますよ!こんなとこに長居は出来ません!」
リバースしそうになるお腹を騙し騙しレジへ向かう悠二と頬を紅潮させ眉を吊り上げながら向かうヘカテーに、にこやかに店員が尋ねる。
「おめでとうございます。パフェは無料になりますので、飲み物だけですね。ご一緒でよろしいでしょうか?」
そう言われると悠二は黙って自分が料金を支払おうと財布を出す。しかし
「私が払います。貴方に貸しを作ることは出来ません」
そういって悠二を制すと懐に手を入れ、る前に動きが止まった。
その体勢のまま10秒ほどが過ぎる。
その理由に思い至った悠二がクスクスと笑いながら核心を持って聞く。
「お金、持ってないんでしょ?使ったことも無いんじゃ」
さらに顔を真っ赤に染め上げて俯くヘカテー。
「仕方ないなあ。駄目だよ、そんな世間知らずじゃ。世の中は厳うっ!!」
その耳の痛い言葉は、ヘカテーが無言でマントのうちから悠二の足に向かって突き刺したトライゴンによって黙らされるのだった。
結局その場は悠二が支払うこととなったのであった。
ちなみにその記録達成により名を残すこととなり、サインを求められたがヘカテーは断固として断り、仕方なく悠二が
「真っ白でふわふわとしてかわいい印象なので、名前は」
それを聞きその後ろで少しうれしそうなヘカテー。
が
「白子でお願いします」
またもや頬を押さえながら出歩くこととなった悠二と怒り心頭のヘカテーであった。