御崎市立御崎高校の一日は、今日もまた変わらない。
それは、一年二組もまた然りである。
ただでさえ騒がしい昼休みの教室を、田中栄太と佐藤啓作がさらに盛り上げる。
披露したギャグが、しかしあまりに下らないので、緒方真竹は二人をしばく。
食事そっちのけで小競り合いを始めた三人に、池速人は程よく仲裁する。
ちょっと迷惑だが実に楽しい光景に、吉田一美はくすりと笑う。
そんな少女の横顔を見つつ、坂井裕二は箸を進める。
昨日も今日も変わらない、そして明日も明後日も変わらないであろう、日々。
しかし、誰もが気付いていない。
少しは存在の力の流動を感知できる、田中栄太と佐藤啓作。
成り行きから知り合い、今ではそこそこ以上に仲の良い緒方真竹。
ほとんど接点こそないものの、その存在感に気付かない筈がない池速人。
恋する乙女同士として、ライバルでありながら友でもある吉田一美。
名を与え、共に戦場に立ち、夜毎に鍛えた坂井裕二。
誰もが、平井ゆかり――シャナの不在に、気付いていなかった。
どことも知れない部屋で、
「うふ。このフレイムヘイズったら、随分と可愛いじゃない」
若さと色っぽさの混ざった女の声が、小さく響いていた。
その部屋は、ちょうどホテルの一室程度の広さで、質素極まりないベッドが一つだけある。
そこに、両手両足を縛られ、大の字に寝転がされ、ベッドに拘束された少女が一人。
シャナである。
その身に纏うものは、白い下着ただそれだけだった。
「でも、発育具合はそうでもないかな?」
一人の女が、ベッドに歩み寄り、シャナの未発達の胸を撫でる。
途端、シャナはぴくりと反応し、
「あら、感度はいいのね」
女は小さく笑った。
見た目だけは普通の女だった。色素の薄い髪にワンピースという姿に、何ら特異な点はない。
しかし、彼女はただの女では、決してない。
「それとも、私の“愛宿”の効能かな?」
再び、女の指がシャナに這う。その都度、シャナの寝息に、悩ましげなものが加わっていく。
その様が面白いので、女は試しに、胸の頂点を弾いてみた。
「んっ」
効果はてきめん。くすぐったさに、シャナは身をよじる。
だが、
「ん……?」
些か効きすぎたようで、シャナはその眼を、灼眼ではない眼を、薄く開けてしまう。
「あれ……、ここは……」
「おはよう、ねぼすけさん」
平然と声をかける女、それを見て、
「……! お前は……!」
シャナの眠気は吹っ飛んだ。
眼の前にいる女……否、女の姿をしたこれは、これの気配は……!
「はじめまして、“炎髪灼眼の討ち手”さん。私は“猛淫獣”。シトリーって呼んでね」
実に馴れ馴れしい、女――シトリーという“徒”の挨拶。
シャナは、その馴れ馴れしさに不快感を、見下されていることに不愉快さを、感じた。
シトリーは、そんなシャナの感じたことを、盛大に顰められた表情に読み取って、
「あーあー、可愛いお顔が台無しよ。眉はゆったりしていた方が、私は好みよ?」
しかしそれでも、マイペースに喋り続ける。
喋りながら、ゆっくりとシャナの正面にまわる。
「まあ、お顔はあとでみーっちり仕込むからいいとして……、お体は美しいわねぇ」
「……?」
言われた言葉の意味が解せなかったシャナは、直後、
「な……!」
ようやく、自分の痴態を知った。
胸と腰を隠す白、たったそれだけ。
シャナの頬が、恥の朱に染まった。
「これは……!?」
「あらあら可愛い。やっぱこの初々しさがいいのよねぇ」
シトリーは、そんなシャナの様子にも、くすりと笑う。
「くっ……!」
対するシャナは、敵にこれほどの恥辱を与えられたことに、頬の朱がさらに燃え上がった。
渦巻く不愉快さ、徹底的に見下された悔しさから、シャナはもがこうとするが、
「この……っ!」
「だめだめ、逃げちゃだ〜め、よ」
ロープをぎしりと軋ませるだけ。
にやにや笑いながら、ふざけて指を振るシトリーには、届かない。
そのことに、さらに苛立つシャナは、ふと気付いた。
(……力が、湧かない?)
見たところ、ロープはただのロープだ。自在法による強化はされていない。
フレイムヘイズとしての怪力をもってすれば、引きちぎることなど、それこそまさに造作もない……筈だ。
なのに、どうしてシャナは太刀打ちできない?
しかも、
(……『夜笠』が纏えない、『コキュートス』も召喚できない!?)
普段なら一呼吸ほどの手間も要さないこれらの動作。
いずれも、いくら念じても梨のつぶて、のれんに腕押しだ。
(この“徒”、私に一体何を……!?)
『夜笠』はまだいい。贄殿遮那がなければ、体術をこなすのみだ。
しかし、『コキュートス』を呼び戻せないのは、アラストールと引き離されたも同然。
いでたちのこともあり、今のシャナは心細いことこの上ない。
シャナの心に、今初めて、敵と対峙する時は致命的となる揺らぎが生じた。
「うふふ。ようやくご自分の立場がわかったようね?」
シトリーの言い方は、さながらシャナの心境、その全てを見据えているかのようである。
「お前……っ!」
「まあまあ、お口だけは達者なこと」
灼眼を煌かすことも、炎髪を燃え上がらせることも、できない。
唯一自由のきく眼と口をもって、せめてもの抵抗をこころみるシャナを、シトリーは変わらず、笑っている。
ふふふ、と軽やかに笑うシトリーは、
「このまま哀れな子犬ちゃんを観察するのもいいけど」
言いつつ、じっくりとシャナの膣を眺める。
まさに恥辱の極み。シャナの奥歯が、ぎしりと鳴った。
「うふ、やっぱ乙女ねぇ。そういう純情さ、好きよ」
シトリーは、ねめつけるような視線を、シャナの膣から剥がす。
少しだけほっとしたシャナ、
「さて、そろそろやろっか」
その枕もとにすっと移動したシトリーは、
「えい」
シャナの額を、形の良い指で小突いた。
直後、シトリーの爪が、蛍光ピンクの色に染まり、
「っ!?」
シャナは、眼前を通り過ぎる走馬灯を見た。
――……あんたの名前は?――脅しとか、できる?――でも……笑ってくれたね、最後に――
――……もうちょっと、待って――……もっと、強くなってよ……!!――なんでも、できる!!――
――あ、あんまり見ないで――私、そんなのじゃないの! 違うの!!――ううん、言う――
――さっき、負けないとか怒鳴ってただろ?――私、ちゃんと言ったから――負けない、絶対に負けない――
聞いたこと、言ったこと、見たこと。
(な……、に?)
つぎはぎされた記憶が、息もつかせぬ間に、通り過ぎていく。
――ヨシダ、カズミさん、ね――うふふ、悠ちゃんを驚かせてあげるのよ――シャナちゃん、探したわよ!?――
――今日は焦ったり元気なかったり、忙しいわね――できたよ。行こう、シャナちゃん――
――裕二と、誓おう――ミステス破壊による、『零時迷子』の無作為転移であります――
――絶対に、やだ!――ヴィルヘルミナなんか、大嫌い!!――変わってないよ。私、何も変わってない――
言われたこと、思ったこと、感じたこと。
(こ、れ……?)
滝のように、怒涛のように、思い出が流れていく。
全ては一瞬。
「ふぅ、ん」
「!」
シトリーの呟きに、シャナの意識は現実に引き戻される。
「あー、やっぱいいわねぇこういうの。恋せよオトメ、ってやつ?」
「お、お前……!」
シャナは、この傍若無人な徒に、自分の思い出を踏みにじられたような気がした。
より一層、怒りがこみあがった。
無論、シトリーは、そんなシャナには構わない。
「そんな怒ることじゃないでしょ。褒めてあげたのにさぁ」
パチン、と小さく指を鳴らす。
それに伴い、シトリーの指先に、蛍光ピンクの炎が現れた。
指先に乗るほどの小さなそれは、直後、
(!)
弾け、狭い室内を満たした。
その感覚は、シャナの知るあるものに似ていた。
(これは……、封絶?)
考えて、しかし違うと断定する。
これは、封絶とは似て非なるものだった。どこ、と特定はできないが、どこかが違う。
(こいつ……、一体何がしたいの?)
体の不自由といい、封絶もどきといい……、この徒は謎が多い。
だがそれでも、シャナはじっくりと機を待つ。
機を待ち、反撃に転じる。
そのためにも、シャナは改めて、気を強かに持った。
と、
「さて、そろそろ窮屈でしょ」
言うや否や、シトリーはシャナを拘束しているロープを、
「!?」
全くためらうことなく、全て切った。
待っていた機が、あっさりと訪れたことに驚いたシャナは、
「っこの!」
そんなことは億尾にも出さず、ひと動作をもって起き上がり、神速の拳撃を振るう。
が、
「っ!?」
拳がシトリーに届く寸前、それが止まった。
拳のみならず、シャナの体、その全てが凍りついた。
「うーん、我ながら最高の出来ね。さすが私」
シトリーは相変わらずマイペースである。
慌てる気配の一つもない。
「ああ、何がどうなっているのか、聞きたい?」
さらに、無邪気に話しかけさえしてくる。
「うふふ。これはね、私自慢の自在法、“愛宿”よ」
しかも、返答を聞く間もなく、解説を始めた。
「封絶の式を応用したものでね、ある意味本家を超えた自在法よ。
まず、当然の機能として、この中を因果から切り離す。
で、この切り離された空間は、私の意のままになる」
シャナの眼が、悪い予感に見開かれた。
「そう。あなたの能力の顕現、神器の召喚の規制は勿論、あなたの挙動の一つ一つをも制御できる。
まあ、だからあなたがこの中にいる限り、あなたに自由はない、ってわけ。
ああそうそう、逃げ出そうとしたって、無駄よ。
あなたが寝てた時からかけてたけど、さっき一応念の為重ねがけしといたわ」
「く、っ……!」
シャナは、自分がシトリーの術中にはまってしまっていることを認識し、額に汗を滲ませた。
(…………?)
しかしふと、矛盾を感じた。
「……なん、で?」
「んー?」
「私を好きなように、操れるなら、なんで、中途半端な自由を、与えるの?」
そうだ。シャナがシトリーのあやつり人形ならば、どうしてシャナは喋れるのだ?
それくらいの操作もできないのか?
また、さっきのように(中断させられたとはいえ)反抗できるようにするのも解せない。
(よもや、言うほど完成されてないんじゃ……)
もしかしたら、と見い出した希望の一筋、
「ああ……、それはね」
それは、ゆっくりとシャナの背後にまわったシトリーの言葉で、
「私自身の手で、ゆっくりじっくりとあなたを汚すため、よ」
「な……っ!」
あっさりと砕けてしまった。
「私の自在法が、不完全なわけないじゃん」
シトリーの指が、後ろから、下着の下に滑り込む。
「ひっ……!」
「自在法で、ひょいっ、と叶えちゃったら味気ないじゃん」
小さなふくらみと、豆のようなその頂点。
ざわざわ、と指がうごめく度、微細な快感がシャナを襲う。
「っく……」
「ほらほら、気持ちよくなってきたでしょ?」
言いながら、シトリーの舌が、シャナの耳を舐める。
「ひゃっ」
「うんうんいい感じ」
腰に伸ばされた手が、小ぶりな尻を撫でる。
「んんっ」
「感じてる感じてる。やっぱ体は素直だねぇ」
「ち、違う……、そんなこと、ない……っ!」
抗うシャナは、しかし、どこからどう見ても抗いきれていなかった。
慣れない刺激に、シャナの足腰は小刻みに震えていた。
言葉でどう言い繕っても、体はそれを求めていた。
「んふふ、素直じゃない子」
勿論、シトリーはそんなシャナの状態を熟知している。
しかし、シャナの反応の良さには、
(いやはや、久方ぶりにフレイムヘイズに手を出してみれば、こんな逸材だったなんて)
と、密かに驚いてさえいた。
見た目中学生も怪しい幼児体形。全くといっても過言ではないくらい、成長していない体。
それがよもや、ここまで素直に感じてくれるとは。
現に、
「えい」
胸の頂点を軽くつねるだけで、
「っひゃ……!」
必死に押し殺そうとして、けれど果たせていない喘ぎ声をあげてくれる。
生半可な女に飽いていたシトリーとしては、
(うふふ……、私まで火照ってきちゃうじゃない)
数百年ぶりに、女を抱く時特有の快感に酔っていた。