「……はあ」  
 フレイムヘイズの少女、シャナは、ベッドの上で布団に身を包みながら、今日何度目になるかも  
わからない溜息をついた。  
 最近、自分でも溜息をつくことが多くなったと思う。悠二や千草、クラスメイトにも不審がられ  
ているし。  
「……はあ」  
 また一つ。自分でも嫌になってくる。  
 
 
 原因は、分かりきっていた。  
 床の上、毛布に包まって眠っている、坂井悠二との関係である。  
「……私……悠二が、好き……」  
 小声で呟いてみる。しかし悠二は、反応を返さない。寝ているのだから、当然だ。  
 唐突に、理不尽な怒りがこみ上げてきた。  
 どうして私より先に寝てるのよ、バカ悠二。男はみんなオオカミだって千草は言ってたけど、悠二  
は全然オオカミらしくない。だって、私がこうやって無防備に寝てるフリしてても、何もしてこない  
し。まあ、本当に何か変なことしてきたらブン殴ってやるつもりだけど。でも、だからって。  
 
(……私、そんなに魅力ないのかな……)  
 少し前、この街に来たばかりの頃には、こんな女々しいことを考えたりはしなかっただろう。  
でも、今は違う。以前の、ただ使命遂行だけのために存在していた自分に戻るには、色々なこと  
を知りすぎた。  
(それは……まあ、胸は……どちらかといえば、そう、どちらかといえば、小さい方だと思うけど……)  
 ふと、吉田一美のことを思い出した。  
(料理も、なかなか上手くならないし……)  
 ふと、吉田一美が作った弁当を美味しそうに食べる悠二の姿を思い出した。  
(……私、吉田一美と比べて、全然女の子らしくない……)  
 千草やクラスの女子生徒との交流で、『女の子らしさ』とはいかなるものなのか、漠然とだが  
理解はできるようになった。女の子らしい方が、男は好きなのだということも。“紅世の徒”と  
戦うことしか能がない自分には、女らしさというものが決定的に欠けている。シャナは、そう思  
っていた。  
(……悠二も、吉田一美みたいな子の方が、好きなのかな……)  
 もしそうだとしたら、自分にはそんなに時間は残されていない。あのミサゴ祭りの一件で、  
吉田は悠二に想いを告げた。  
 でも、自分にはそんなことはできない。そんな勇気はない。もしも拒絶されてしまったら。  
そうされるのが、堪らなく……堪らなく、恐い。  
 それでも、もうこの『どうしようもない気持ち』を抑えることはできない。悠二へのこの想い  
は、彼と共に在る時間を重ねるにつれ、大きくなっていくばかりだ。  
(……全部……全部、悠二が悪いんだからね……)  
 そんな、想いを告げる勇気を持たず、しかし想うことを止められない少女が取った行動は、  
ある意味当然の帰結とも言えるものだった。  
 
 
 自分の身を包んでいた毛布を剥ぐと、パジャマに隠れていない素肌が、ひんやりとした空気を  
感じた。夏とはいえ、夜になれば多少は涼しくなる。  
 シャナが着ている生地の薄い半袖のパジャマは、千草が買ってくれた物だ。よくある正面をボ  
タンで留めるタイプである。  
 シャナは、そのボタンを、上からゆっくりと外していった。わずかに指先が震える。  
 やがて、すべてのボタンを外し終えたシャナは、ふう、と一息入れた。『こういうこと』をす  
るのは初めてではないのに、いつもよりずっと緊張した。まあ、自分でも当然だと思うけど。  
 ボタンが外されたパジャマは当然、剣で斬られたかのように真っ二つに割れ、そこからシャナ  
の絹のような柔肌が覗いている。チラチラと、桃色の突起も見える。つまり、下着は着けていな  
い。恋に臆病な少女の精一杯の『色仕掛け』に、悠二は当然というか、気付かなかった。  
 シャナは、視線を落とした。遮るものは何もなく、穿いているパジャマのズボンがしっかり見  
える。そのどうしようもない事実に、シャナは毎度のごとく落胆する。本当に、どうしようもない。  
 シャナはそっと、控えめというのもおこがましい自分の平坦な胸に、指を這わせた。ボタンを  
外した上のパジャマは脱がないままだ。悠二の寝る部屋で、さすがにそこまでできる度胸はない。  
「……んっ……」  
 クラスメイトの中村公子は、「胸ってのは、牛乳を飲み、毎日揉んで大きくするものよ」と言  
った。聞いたその日にシャナは早速実行したが、途中で虚しくなって止めた。  
 自分は、過去現在未来、その全てを“王”に捧げ、フレイムヘイズとなった。未来がない故に、  
この身は成長しない。変わらない。  
 中村公子の言う方法はなるほど、人間であれば、成長を促進させる効果を発揮するかもしれない。  
だが自分は、人間ではない。もし本当に胸が大きくなったとしたら、それは成長したのではなく、  
揉みすぎで腫れてしまっただけだろう。そして、いつか腫れは引く。  
 本当は、最初からそんなことは分かっていた。分かっていたのにやってしまったのは、藁にも縋  
りたい思いだったからだ。吉田一美に悠二を奪われることが、恐かったからだ。  
 
 まあ、それはさておき。  
 すでに自分の胸を大きくするために揉むことに意味を感じていないはずのシャナは、しかし  
揉んでいた。まあ、実際には揉めるような膨らみがあるはずもなく、指先で押すようにして撫  
で回しているといった感じなのだが。  
「……ふう、あっ……」  
 シャナは、別の目的で、自分の貧相な胸を撫で回す。  
 行き所のない悠二への想いを消化するため……要するに自慰のために。  
 最初は、誇り高い『炎髪灼眼の討ち手』がこんなはしたない真似を、と自己嫌悪に駆られる  
ばかりだったが、回数を重ねるにつれて、抵抗感と罪悪感は減じていった。逆に、回数を重ね  
るにつれて増していったのは、自分の指がもたらす快楽であった。経験を積むほどに、シャナ  
の指は自らの性感を開発していき、終いには進んで一時の快楽に溺れるようになっていった。  
悠二との微妙な関係がもたらすストレスも、その一因だったのかもしれない。  
「……あ、あぅん……ふあっ……」  
 既に硬くなってしまっている乳首を人差し指と親指で摘み、押したり引っ張ったり。  
(……これが……これが、悠二の手だったら……)  
「あっ、はあっ! ……ん、くぅっ……!」  
 そうだとしたら、どれだけ幸せだろう。その幸せさえあれば、ほかに何も要らない。  
「……ひゃ、ん……んああっ……! ゆう、じぃ……!」  
 愛しい彼の名を呼ぶ。  
 悠二が起きてしまったら、どうしよう。ただでさえ、こんなイヤらしい声を上げているのだ。  
経験上、このまま続けると最後には歯止めがきかなくなって、声を抑えることができなくなる。  
そうなったら、絶対に起きてしまう。  
「……ゆ、ゆうじ……ゆうじぃ……」  
 悠二が目を覚ましたら……自分のこんな姿を見たら、どう思うだろう。軽蔑されるだろうか、  
それとも……今度こそ、オオカミになって襲い掛かってくるのだろうか。  
(ああ……私、悠二に……犯されちゃうんだ……)  
 湧き上がってきたのは、歓喜だった。  
 悠二に、犯される。悠二に、私の全てを奪われる。悠二に……愛される。なんて素晴らしいん  
だろう。悠二、早く起きて……。  
 ふと、吉田一美のことを思い出した。自分と違って、悠二に告白できる勇気をもった少女。  
 彼女に比べたら、なんと自分の卑怯なことか。悠二に拒絶されるのが恐くて、悠二から動くよ  
うに仕向けて。こんな卑しい自分を、やはり悠二は軽蔑するかもしれない。  
 
「……はあん……ふ、ああっ……とまらない、よぉ……」  
 でも、止まらない。今さら、止められない。身体が、もっともっとと、快楽を求めてくる。悠二が  
いる、という事実が、シャナをいつも以上に昂ぶらせていた。  
「……もっと……もっとぉ……!」  
 もう、胸だけでは満足できない。  
 シャナは一旦指の動きを止め、ズボンに手をかけると、躊躇うことなくそれを脱ぎ捨てた。  
 外気に晒された純白のショーツは、しっとりと湿っていた。今度はそれに手をかけるが、さすがに  
躊躇して、手が止まる。  
(……なんで躊躇うの……私、もう、汚れてるんだから……もっと、堕ちちゃえばいいのよ……)  
 いつものようにそう自分に言い聞かせ、シャナは自らの最も大事な部分を隠していたショーツを、  
下ろす。  
 綺麗なピンク色をしたそこは、たしかに汗以外の液体で濡れていた。  
「……あ、ん……こんなに、ぬれてる……」  
 割れ目に指を這わすと、シャナは呟く。  
「ふふ……」  
 自嘲気な笑みを漏らしながら、シャナは割れ目をなぞり始める。  
 もう自分は、あの頃のようには……ただ純粋に、悠二を想っていただけの自分には、戻れない。  
そうするには、色々なことを知りすぎた。知りすぎたのだ。  
「ふ、ああっ……あん、ひぅん、はあっ、ん!」  
 指が動くたび、甘い刺激がシャナの身体を駆け巡り、可憐な華から蜜が溢れ出す。  
 シャナはついには、指先を秘裂に埋没させてしまう。自らの膣肉に埋まる人差し指が、ぬるぬる  
とした感触に包まれる。指先を僅かに曲げて、くりくりと、捻るように回転させると、一際大きな  
刺激に、シャナは身を仰け反らせた。  
「はぁぁぁん、あふっ……くああっ!」  
 自然と、空いたもう片方の手が動いて、クリトリスを探し当てる。指の腹で陰核を擦ると、嬌声  
がより一層大きくなった。  
「はっ……あ……んっ! んぅっ! はぁ……はぁ……んぁぁぁ!!」  
 もうすぐ……もうすぐ、イケる……!  
 両手の指の動きが、さらに激しくなった。  
「ひ、んぅ……やああああぁぁぁぁぁっっ!!」  
 数分しない内に、シャナは身体を震わせて、絶頂に達した。  
 
 
 絶頂の余韻に、しばらくボーっとしていたシャナは、思い出したかのように悠二の様子を見た。  
あれだけ声を出していたのに、眠っているままだ。それに、シャナは落胆した。  
「……そっか……私……悠二に、犯されたいんだ……」  
 シャナは、着たままだったパジャマの上を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる。絶頂に達しても、  
シャナの乳首は勃起したままで、愛蜜も止まることなく溢れ出ていた。そのせいで、ベッドの上には  
水たまりができてしまっている。悠二の、ベッドなのに。  
 シャナはベッドから降りると、床の上で眠る悠二の毛布の中に潜り込んだ。床は、ベッドと比べる  
までもなく、硬い。  
 邪魔な毛布を跳ね除け、シャナは悠二の左腕に、しっかりと抱きつく。密着した悠二の肌は、温か  
かった。  
「……悠二……私を、犯して……」  
 両手を悠二の左手に重ねて、それを自分の潤んだ秘裂へと、導いていく。  
 悠二の指が、触れた。  
「んあああっ!!」  
 たったそれだけのことが、少女の身体にかつてない大きな快楽を与える。  
「ゆうじ、ゆうじぃぃぃ……!」  
 自慰のたびに考えていた、虚構のものではない。正真正銘、悠二の指が、自分のイヤらしい所に  
触れている……!  
「ゆ、ゆうじ、いれてぇ……わたしのなか、ぐちゃぐちゃに、かきまぜてよぉ……」  
 シャナは悠二の指の一本を掴むと、それを半ば無理矢理に、自身の秘裂へと押し込んだ。  
「ひっ、あああああっ!? いい、っよぉ! ゆうじの、ふといぃ、ふあああっ!」  
 曲がりなりにも男である悠二の指は、当然シャナのものより太く、長い。悠二の指を出したり入れ  
たり、ピストン運動を繰り返す。  
「あん、あっ、あうん……ふああっ! もっと、ゆうじ、もっとぉ……!」  
 二本目の指を入れると、さすがに圧迫感が大きくなった。同時に、快感も。シャナは、ただ狂って  
いく。  
「あぁぁぁんっ、やぁん、だめぇぇぇ! わ、わたし、おかしくなっちゃうぅぅぅ!」  
 その時だった。  
 あまりの快感に我を忘れたシャナは、つい指の動きを激しくしすぎた。膣中にある悠二の二本の指  
をギリギリまで引き、勢いよく押し込んだ。まさにその瞬間、  
「うっ、あぐっ!?」  
 快感とは明らかに違う、そう、鋭い痛みが、シャナの身体を襲った。  
 
 思わず秘所を見ると、悠二の指が埋まったままのそこからは、愛液ではない、赤い液体が  
流れ出ていた。血だ、とシャナは直感する。  
 ということは、つまり。  
「……ふふ……あはは……私、これで、本当に……穢れちゃったんだ……」  
 純潔を失った自分は、もう堕ちる所まで堕ちてしまったのだろう。  
「……だったら……もう、遠慮なんて、しなくていいよね……」  
 シャナは、再び悠二の指を動かし始める。  
「う、ああ……ん、ああぅっ! んくっ、ん……」  
 まだ少し痛いが、快感の方が勝っている。シャナはピストン運動を止め、悠二の指をさら  
に奥へ、奥へと突き入れる。  
「んっ、んくぅ、ふぁっ、あっ、ひゃんっ!! あ、あたって、る……ゆうじの、あたってるよぉ!」  
 膣の奥の何かに、悠二の指が触れているのを感じる。思考が、だんだんと真っ白に染まっ  
ていく。  
「あんっ! は、んあんっ!! もう、もう! っふぁぁぁぁぁぁ!!」  
 愛しい悠二の指に犯され、シャナは今日二度目の絶頂に達した。  
 
 
 
「……はあ……はあ……きゃん!?」  
 余韻に浸る暇もなく、シャナは抱きついていた悠二の左腕から、強引に引き剥がされた。  
黒い影が、自分に覆い被さっている。  
 悠二、だった。  
「……最低だな、僕って……シャナが、こんなことするはずないのに……こんな、イヤらし  
い夢見るなんて」  
(違う。悠二、違うの。本当に最低なのは、私……私はあなたが思ってるような子じゃないの  
……卑怯で、イヤらしい女なの……)  
「……でも、さ」  
 シャナの中に埋まったままだった悠二の指が、妖しく蠢いた。  
「ひやあっ、あん、んはぁっ!?」  
 悠二は、ニヤリと笑って言う。  
「夢の中なら……何をしても、許されるよね?」  
「ふはぁっ、んん……ぅあああっ! いいよ、ゆうじぃ……なんでも、してぇっ! なにして  
も、いいからぁぁぁっ!! ふあぁぁぁ、ひゃぁぁぁんっ!?」  
 
 
 ああ、幸せだ、とシャナは思う。  
「ふああああっ!! お、おしり、おしりがきもちいいのぉぉぉっ!!」  
 悠二になら、なにをされてもいい。  
「あぁぁぁぁんっ!! いく、わたし、いっちゃうよぉぉぉっ!!」  
 悠二と一緒なら、どこまで堕ちたっていい。  
 だから、悠二。  
「ゆうじ、ゆうじぃぃぃぃぃっ!!」  
 私を、捨てないで。  
 
 
 
おわり  
 
 

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