夏休みが終わり、御崎高校の生徒達はまた日常に戻ろうとしていた。  
ごく一部の生徒を除いて───。  
 
   「それからの彼ら」  
 
始業時間前のまだ静かな御崎高校の教室に、一人の少年が佇んでいた。  
「うーむ……さすがにまだ誰もこないか」  
いつもより大分早く来てしまった少年は、クラスメイト達を待っていた。  
少年の名は佐藤啓作。一応『美』をつけてもよい少年である。  
佐藤はこの日は早起きをしたので、たまには早く学校に行こうと家を出たまではよかったが、着いたときにはまだ始業時間まで30分もあった。  
まだクラスメイト達は来ていない。  
やることもないので自分の席でぼーっとしていると、二人の生徒が入ってきた。  
「あれっ、珍しいな。佐藤がこの時間にいるなんて」  
「おはよう。佐藤君」  
眼鏡をかけた少年と温厚そうな顔立ちの少女だった。少年の名は池速人。佐藤達のクラスではメガネマンというあだ名で呼ばれている。  
少女の名は吉田一美。かつて坂井悠二に恋していた少女だったが、告白した際にフラれてしまい、失恋の傷を池に癒やされたのがきっかけで今は彼と交際している。  
 
佐藤は二人に挨拶した。  
「おはようさん。今日は二人で登校かい?お熱いねぇ」  
からかい混じりの佐藤の言葉に吉田は顔を赤らめる。  
それに池は平然と答えた。  
「ああ、いろいろあってね。今日から一緒に登校することにしたんだ。ね、吉田さん?」  
「あ、はい。そうなんです…」  
照れながらも吉田は応えた。  
その様子に佐藤はびっくりする。  
「え、マジで付き合ってたの…?」  
まさか本当に『そういう関係』だとは思っていなかった佐藤は唖然としていた。  
と、そこへ二人の生徒が入ってくる。  
「おはよ。ってあれ?この時間に佐藤がいるなんて珍しいね」  
「本当ね。いつもはこの時間にはいないのに」  
小柄な少女とどこにでもいそうな普通の少年も、池と同じことを言った。  
「何だよ、坂井とシャナちゃんまで。俺だってたまには早く来るって」  
佐藤が拗ねたように言うが、坂井と呼ばれた少年とシャナと呼ばれた少女は気にしていない様子だった。  
少年の名は坂井悠二。『零時迷子』の“ミステス”であり、シャナの恋人である。  
シャナこと平井ゆかり──徒に食われた本人に偽装している──は『炎髪灼眼の討ち手』と呼ばれるフレイムヘイズである。  
 
佐藤は恐々と聞いた。  
「坂井とシャナちゃんももしかして、いや、もしかしなくても…」  
佐藤の言葉を受けて悠二は言った。  
「…多分、佐藤の想像してるとおりだと思う」  
「やっぱりか…」  
だろうな、と佐藤は苦笑する。  
他のクラスメイト達も集まりつつある始業時間5分前、またしても二人組の生徒が現れる。  
「はぁ、はぁ、ぎりぎり、間に合ったか…」  
「もう、田中がぐずぐずしてるから…」  
息を切らせて教室に入ってきた少年と少女は、田中栄太と緒方真竹。この二人は緒方の告白がきっかけで二人の交際が始まったのである。  
「…田中もかよ……」  
二人を見て愕然とする佐藤。  
もはや言葉も出ないらしく、俯いて落ち込んでしまっている。  
そんな親友の姿を不思議に思いながら、二人は席に着く。  
間もなく始業のチャイムが鳴り、授業が始まる。  
 
     ▽     ▽     ▽  
 
午前の授業が終わり、昼食の時間になる。  
悠二達はいつものように皆で昼食をとっていたが、夏休み前とは違う光景が見られた。  
まず、吉田の弁当。  
以前は自分と悠二の分だけだったが、この日は池の分も持ってきていた。  
 
「これが坂井くんの分で、これが池くんの分。池くんのは初めて作るから、口にあえばいいんだけど…」  
弁当を取り出しながら言う吉田。  
池はそれを受け取り、青色の柄の弁当箱を開けてみた。  
そこには見るからにおいしそうな食べ物達が並んでおり、池は感激した。  
「…これ、僕のために?」  
「…はい」  
そんな二人を見て、シャナは呟く。  
「…吉田一美は、池速人を選んだんだ」  
「シャナ、何か言った?」  
「ううん、何でもない」  
シャナは悠二に自分が厳選したお菓子を渡す。  
これは、いつものこと。  
一方、緒方もいそいそと鞄から何かを取り出す。  
「田中、これ…一美にお料理習って作ってみたの。味見はしたから、味は大丈夫だと思うんだけど…」  
不安げに田中に弁当箱を手渡す緒方。  
田中が弁当箱を開けてみると、見た目こそ吉田には劣るが、十分においしそうだった。  
「へぇ…これ、オガちゃんが?」  
「………うん」  
「なかなかうまそうだ。いただきます」  
他の皆がそんなやりとりをしている頃、佐藤はといえば、  
「いいよなー…手作り弁当もらえるお前等はさ…」  
一人いじけてパンをかじっていた。  
こうして、御崎高校の昼は過ぎていく。  
 
▽     ▽     ▽  
 
そして放課後。  
悠二達が帰宅の準備をしていると、緒方が田中に言った。  
「ねぇ、田中。今日は部活だから、先帰ってて。後で連絡するから」  
「あ、あぁ。分かった」  
そのやりとりを聞いて、佐藤がからかうように言う。  
「何だ、田中。オガちゃんと何か約束でもしてたのか?」  
「ん、まぁな…」  
田中の生返事に佐藤は肯定と見てさらにからかう。  
「そういえばお前、オガちゃんとはどこまでいったんだ?」  
「お前な…こんなとこで聞くことないだろ?」  
「そうだな。まだ教室だぞ?からかうのもほどほどにな」  
池が田中に助け船を出す。  
ちぇっ、と佐藤はつまらなそうに口を尖らせ、田中はほっと胸を撫で下ろす。  
教室を出て下駄箱まで行くと、佐藤が田中に言う。  
「田中、オガちゃんとデートまで暇だろ?お前の話、聞かせてくれよ」  
「ん、まぁ、いいけど…」  
田中は戸惑い気味に答え、佐藤に連れられて学校を出る。  
その様子を見ていた池は呆れて言う。  
「佐藤の奴、絶対嫉妬してるな。あれは当分収まらないだろうな…」  
「田中くん、ちょっと可哀想かも…」  
吉田も気の毒そうにぽつりと言った。  
 
悠二達もそれぞれに学校を後にし、この日の学校は終わった。  
シャナは帰り道に悠二に告げる。  
「悠二、今日の夜に封絶のテストをするわ。悠二がちゃんと封絶を張れるかどうか、私が見てあげる」  
悠二ははっきりと頷く。  
「うん。そろそろかなって思ってたんだ。コツは掴んだから、できると思う」  
「じゃあ、楽しみにしてるわね。さ、早く帰りましょ。お腹空いてきちゃった」  
そう言ってシャナ達は家へ急いだ。  
一方、池と吉田は───。  
「あの、池くん。今日、池くんの家にお邪魔してもいいかな…」  
「ん、構わないよ。うちの両親いつも遅いから」  
彼らも自宅へと急いでいた。  
 
ここからは、一組ずつ話が分岐する。  
まず、シャナと悠二の物語を送ろう…。  
 
 

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