「うう……やっぱり無理。こんな苦いの飲めないよ」
「今さら何言ってるのさ。シャナが飲みたいって言ったんだよ? ほら、早く飲みなよ」
「……いじわる」
半泣きのシャナの前に置かれているのは、湯呑み茶碗だった。その内には、緑色の液体――静岡産の
緑茶――がなみなみと注がれている。
千草が美味しそうに飲んでいるのを何度か見ていたシャナは、興味本位で手を出してみたのだが……。
「どうして千草もヴィルヘルミナも、こんな物を美味しそうに飲んでるの? 理解できない」
「ま、お子様には理解できない味であるとは思うよ」
自分の隣で、にやにやと意地悪く笑っている悠二の一言に、シャナはカチンときた。
「……絶対飲み干してやる」
「無理しない方がいいって」
「飲むったら飲むの!」
意地になって言うシャナではあったが、自身、この緑茶と呼ばれる飲料を飲み干すのは不可能だと思
う。
あまりに苦すぎる。普通の人間であったなら糖尿病になっていてもおかしくないほどの甘党である
シャナからすれば、それはこの世のものとは思えないほどだった。
(どうしよう……)
悠二に言い切った手前、引き下がるわけにもいかない。むぅ、と唸るシャナの頭上で、不意に電球が
点った。
「そうだ、そうすればよかったんだ」
なぜ気付かなかったんだろうと思いながら、シャナは勢いよく立ち上がる。
「シャナ、どうしたの?」
「ふふ……ちょっと待ってなさい」
そう言い残して、シャナは台所に向かう。
数分後、戻ってきたシャナが手に持っていた物を見て、悠二は絶句した。
コーヒー用の角砂糖とミルク。ガムシロップがないのがせめてもの救いか。救いってなんだ。
「なんで気付かなかったのかしら。苦いのなら、甘くしちゃえばいいのよ!」
「……シャナ、それってパンがないならお菓子を食べればいいって言ってるのと同じじゃないかな」
「そりゃあ、私だってメロンパンがなければお菓子を食べるしかないわよ」
「いや、そういう意味じゃないんだけど……っていうかむしろ、いつも両方食べてるよね」
「そんなことはどうでもいいの。さっさとコレを投下するわよ」
瓶に手を突っ込み、角砂糖を一気に五個取り出すシャナ。どう考えても多すぎる。いや、そもそも
緑茶に砂糖を入れるのに多いもクソもない。
「よすんだ、シャナ。辛いことから逃げるか立ち向かうかは個人の自由だ。けど、それに罪のない
お茶を巻き込む権利は、誰にだってない」
「なによ、やろうっての? 悠二のくせに生意気よ」
「僕の好きな歴史上の人物を知っているかい? 千利休だよ。彼への冒涜を許すわけにはいかない」
「誰よそれ。『世界で唯一、君のことだけが好きだよ』って言ってくれたのは嘘だったの!?」
「へっ? い、いや、それとこれとは話が―――」
「うるさいうるさいうるさい! 浮気なんて許さないんだから!」
すでに話が明後日の方向を向いてしまっている。だが、悠二としてはシャナをこのまま怒らせておく
わけにもいかない。何かの拍子でこのことがヴィルヘルミナの耳に入ったりしたら―――。数日前の
「馬の骨のスープ」を思い出して、悠二は身震いする。
ここはさっさと仲直り――というかシャナが一方的に誤解しているだけなのだが――しておくべきだ。
そう判断してから、悠二が行動に移るのは早かった。
まず、ぎゃあぎゃあと喚いているシャナの背中に手を回し、強引に引き寄せる。
「ふえっ!?」
悠二の突然の行動に、素っ頓狂な叫び声を上げつつ、シャナは頬を染める。今までも、何度かこの
パターンで誤魔化されてしまった。今度こそ、そうはいかない―――!
「僕が好きなのは……愛しているのは、シャナ、世界中で君一人だけだよ」
何度聞いても飽きない、甘い甘い囁きに、心が高鳴る。ときめく。いや待て自分、こんなことで
屈してはいけない。まだ戦いは始まったばかりではないか。
「シャナ……愛してる」
悠二はそのまま、シャナの唇に、自分のそれを重ねた。
「んふぅ!?」
そうだ。いつもコレにやられてしまうのだ。強引に唇を割って舌をねじ込んできて、荒々しく口内を
蹂躙して。こっちが腰砕けになってしまうのをいいことに、有耶無耶にされてしまう。しかし、くじける
わけには―――!
「ふぅ……ん……ちゅぷ……んん……ぷは……ゆう、じぃ……もっとぉ、もっとしてぇ……」
やはりというか、駄目だった。だって、彼のキスはいつも気持ちよすぎる。頭の中が真っ白になって、
悠二に思う存分可愛がってもらうこと以外、何も考えられなくなる。
「ふふ……可愛いよ、シャナ。そうだ、折角だから僕がお茶、飲ませてあげるよ」
悠二はそう言って湯呑みを取ると、少し温くなったお茶を少量口に含んで、再びシャナに唇を重ねる。
口移しという奴だった。
普段のシャナなら、嫌いな苦いものを無理矢理飲まされようものなら全力で抵抗しただろうが、すでに
骨抜きにされてしまっているシャナにそれができるはずもなく、こくこくと喉を鳴らして嚥下していく。
わずかに零れたお茶が、シャナの口元を汚した。
「……っぷう。どう、シャナ。これなら飲めそう?」
「ふあ……ん……なんだか、ね、ぜんぜん、にがくないの。すっごく、あまいの……」
「そっか。……もっと、飲みたい?」
「うん……もっと、もっとのませて、ゆうじ……」
結局彼らは、三十分かけてゆっくりとお茶を飲み干した。
「ほら、シャナ。汚れちゃってるよ」
「ひゃん……ゆうじぃ……」
悠二がシャナの口元に零れたお茶を舐め取ると、シャナはくすぐったそうに身を捩じらした。
「お茶は身体にいいからね。これからは毎日、僕が飲ませてあげる」
「ほんと……? うれしい……」
シャナが、細い腕で悠二の身体をぎゅっと抱き締める。だが、快楽でどうにも力が入らない。
「……まあ、でも、今は」
「ひゃあっ!?」
服の上から、悠二の指がシャナの薄い胸を這う。
「あんっ、ああ……ゆ、ゆうじ、だめだよぉ、こんなひるまから……ふひゃあっ」
シャナの抗議を無視して、悠二は指の動きを激しくしていく。
「だめ、だめぇ!」
「なにが駄目なんだい? もう、こんなにしてるのに」
悠二はシャナの穿いているスカートの中に乱暴に手を突っ込むと、すでにびしょびしょに
なっている割れ目を、ショーツの上から強く擦った。
「ひゃああああっ!?」
軽くイッてしまったのか、シャナは身体を痙攣させ、崩れ落ちる。
「もうイッちゃったの? 相変わらず、我慢のできないイケナイ子だなぁ、シャナは。……悪い子には、
お仕置きしなくちゃ、ね」
「あ、ああ……」
これからきっと、また何度も失神するまでイカされてしまうのだろうか。強すぎる快楽に恐怖を感じ、
また、早く気持ちよくしてほしいという願望が湧き上がってくる。
悠二がシャナの服を脱がそうと手にかけた、その瞬間。
「待て、坂井悠二」
制止の声を上げたのは、今まで殆どトーチ状態だったアラストールである。
「市街地で封絶が発動している。おそらく、“徒”だ」
どうやら、しばらくお預けらしい。未だ夢見心地なシャナを見ながら、悠二は溜息をついた。
「はーっはっはっは!! どうしたフレイムヘイズども、さっさと出て来いやー!!」
封絶を張ったその“徒”は、人を喰うでもなく、ただ道路の真ん中に突っ立っていた。やたら
ハイテンションなそいつは、どうやらフレイムヘイズと戦いたいらしい。強大な“王”であるわけ
でもないのに、物好きなことである。自殺願望でもあるのだろうか。
「むっ」
そしてついに、フレイムヘイズは到来した。だんっ、と力強く地を蹴り、“徒”の近くにある
信号機の上に飛び乗る。
揺れる長髪、見開かれた瞳、その全てが紅蓮に染まっている。纏うは黒衣、手に持つは大太刀
『贄殿遮那』。
“天壌の劫火”アラストールのフレイムヘイズ、『炎髪灼眼の討ち手』。見る者に畏怖を与える
美しきその少女の名は、シャナ。
しかし、美しいその顔は今、憤怒の色に彩られていた。
「おまえね、私と悠二の大切な時間を邪魔してくれた大馬鹿者は……!」
少女は、怒っていた。ぐつぐつと煮え滾るその怒りは、睨んだだけでそいつを殺せるほどにまで
ヒートアップしていた。
そして今、シャナに睨まれているその“徒”は、紅蓮のフレイムヘイズが放つ凄まじい威圧感の
前に自分の身の程を思い知り、その身を恐怖に震わせて―――
「……ア、アリサたん?」
―――いなかった。
「……は?」
シャナも思わず、呆けた声を発する。
人違いでもしているのだろうか、このクソったれは。いやまあ、そんなことはどうでもいい。
今はただ、“天壌の劫火”の名においてこの愚か者に神罰を下すのみ―――!
「ま、間違いない! その燃えるような赤い髪と瞳! 身に纏う黒衣! 手に持った日本刀!
そしてその声! まさか、実在していたなんて……! 魔法少女バーニングアリサ!!」
さっさと討滅して早く悠二に可愛がってもらおうと意気込んでいたシャナは、今度こそ絶句した。
なにをいってるんだ、こいつは。
「うおおおおっ!! こうしちゃいられねぇ、こいつぁ、さっさと帰ってこの衝撃的事実を同胞達
に報告せねばっ!! つーわけで、今はお別れだ! また会いに来るぜ、アリサたん!!」
「あ、こら、待ちなさいッ!!」
「うおおおおっ!! アリサたんが、アリサたんが俺を引き止めてくれてるぅぅぅ!!だがすまん、
俺は行かねばならん! 俺ばかりがいい目を見るわけにもいかんのでな!! さらばッ!!」
紅蓮の双翼で飛翔するシャナでも追いつけない驚異的速度で、その“徒”は地平線の彼方に姿を
消した。
「なんだったのよ、一体……」
「たぶん、これじゃないかな」
いつの間に来ていたのか、シャナの傍らにたつ悠二が言った。手に持っていた薄い長方形の箱をシャナに
差し出す。
「何これ。……魔法少女バーニングアリサ? そういえば、さっきの奴がそんなことを喚き散らしてたわね」
「きっとあの“徒”は、このアニメのファンなんだろうね。この主人公の子が、シャナとよく似てるんだ」
「へぇ……」
悠二に言われて、シャナはまじまじとそのパッケージを観察してみる。
なるほど、たしかに色彩は似通っているし、持っている武器の種類も共通している。
「ふん、くだらない。私は私、アリサでもルイズでもない。私には、悠二がくれた“シャナ”っていう立派な
名前があるんだから。あいつがまた来たら、そのことを身体の隋まで叩き込んだ上で、この世のものとは到底
思えない方法で惨たらしく討滅してやるわ」
物騒なことをのたまうシャナに、悠二は笑顔で答える。
「うん、そうだね。君はシャナだ。それに、ちょっと似てるってだけで、他は全然違うしね。アリサは普段、
金髪碧眼なんだ。それに、もっと決定的な違いがあるし」
「決定的な違い? なに、それ」
少し興味が湧いたのか、尋ねるシャナに、悠二は清々しいまでの笑顔で答える。
「六年後のアリサは、中学生とは思えないほど大きいんだ」
当然悠二は、炎の鉄拳制裁を喰らうこととなった。
この世にも奇妙な事件の数週間後、御崎市で異変が起こり始める。
いつの間にかトーチになっていた、メガネの彼。それを皮切りに、急速に増え始めるトーチ。とても
一体の“徒”が喰ったとは思えないほどの量。それはつまり、多くの“徒”が御崎市に潜伏していると
いうことだった。
時を同じくして、「アリサたん、アリサたんどこー」とブツブツ呟きながら街を徘徊する不審者が
多数目撃されるようになる。彼らこそが、トーチを作り出した“紅世の徒”だった。
多数の“徒”相手の不利な戦いに身を投じるシャナ。「アリサたんキターーー!」と狂気の叫びを
上げながら、一斉に襲い掛かる“徒”達。数の暴力の前に、絶体絶命の危機に陥ったシャナを救った
のは、新たなフレイムヘイズ。
そのフレイムヘイズが齎した情報。それは、街に潜伏している“徒”のほとんどが[仮装舞踏会]の
構成員であるということだった。ついに来るべき時が来たか、と覚悟を決めるシャナ、マージョリー、
ヴィルヘルミナ、そして悠二。
続々と集結してくる、[仮装舞踏会]の“徒”達。それを追ってやってくる、フレイムヘイズ。両者の
数が増えるに従い、御崎市の歪みは大きくなり……そして、崩壊する。
『闘争の渦』に飲み込まれた御崎市を舞台に、フレイムヘイズは“徒”を討滅せんと吼え、“徒”は
「アリサたーーーん!!」と気色の悪い叫びを上げる。
後の世に言う、『第一次「わ、私だってあと四年待ってもらえれば、『灼眼のシャナ』随一の
おっぱいキャラになってたわよ!」「いや、無理だろ」「うるさいうるさいうるさい!」大戦』の始まりだった。
fin