『寒い日は、みんなで』  
 
「それじゃ、行ってくるよ、シャナ」  
「……うん」  
シャナの顔には、昨日一晩中泣き腫らした跡がある。  
冬休み前、クリスマスイブに悠二とデートの約束をする吉田を  
不思議に思ったシャナは、その意図をつい最近知ってしまって、  
昨晩悠二と大バトル&大泣きをしたのである。  
「シャナちゃん、今年のクリスマスは、私と一緒にお出かけしましょ?」  
偉大なる主婦は、恋に敗れてしまった少女への  
応急処置を、きちんと用意していた。  
「……うん、ありがとう千草。来年は私も頑張る」  
千草の粋な計らいに、シャナはすぐに元気を取り戻した。  
 
佐藤宅。  
「勝手にイルミネーション付けてんじゃないわよ鬱陶しい」  
「はは……すいません。今日だけなんで」  
初対面のマージョリーにいきなり謝る池。  
しかしイルミネーションの設置は止まらない。  
「いいじゃないれすかー。たまには俺たちだって  
飲みたくらるときがあるんれすよ」  
「ケーサク、アンタちょっと飲んでるわね?」  
(ヒヒヒ!たまにゃーいいじゃねぇかマージョリー。  
クリスマスイブをこんな日にした日本人が悪いのさ!)  
マージョリーにしか聞こえない声でゲタゲタと笑うマルコシアス。  
イブにデートする相手のいない二人は、  
佐藤家のバーで自棄酒をしようという約束をしていたのだ。  
 
御崎市の公園  
「……どうする」  
「……どうしよう」  
「まだ早い気がするんだけどなぁ」  
「でも私たちの仲って、結構古いよね」  
田中と緒方の二人は、イブの夜の一大イベントについての会議をしていた。  
「まだ手すらまともに握れないからなぁ」  
「……田中はそういうコト、したくないの?」  
緒方は田中の肩にもたれる。  
「いや、したくないわけじゃ」  
こんなときに経験値が少ない者は、狼狽えることしか出来ない。  
「じゃ、やろうよ」  
「ま……待て。せめてホテルに行くまでに、その……キスまでは済ませよう」  
いつにない積極的な緒方に、田中はただ戸惑うばかりであった。  
 
市街地。  
「皆クリスマス一色だね。日本っていつからキリスト教になったの?」  
シャナが、外国人みたいな疑問を口にした。  
「う〜ん、雰囲気を楽しんでるだけなのよ。別にキリストの誕生日だとか、  
そんな意味は込めてないの。」  
 
「変なの。何で好きな人と過ごすんだろ。  
ヴィルヘルミナは、クリスマスは普通家族と過ごすものって  
言ってたのに……あれは何?」  
シャナが、賑わっているところを指差した。  
「あれは……ホテル街よ」  
「好きな人と一緒にいるのに、もう昼間から寝ちゃうの?」  
何とも際どい質問だが、千草は軽くいなす。  
「そうねぇ……そういうデートもあるけど、シャナちゃんはもっと  
大人になってからね」  
「じゃあ……悠二は大人なの?」  
顔をしかめながら言うシャナ。不思議に思って千草も聞き返す。  
「どうして?」  
「あの中に悠二がいる」  
“炎髪灼眼の討ち手”としての彼女は、ホテル街から感じる  
大きな「存在の力」を見逃さなかった。  
「悠ちゃんはまだ子供だから……連れ戻しに行きましょ」  
千草は、シャナの手を引いて、ホテル街にダッシュした。  
 
とあるラブホテル前。  
 
「ほ、本当にいいんだね……?」  
「はい、もう、約束した頃から、決めてましたから」  
悠二と吉田が、揃ってゆでだこになってホテルの前にいた。  
「それじゃ、行こっか」  
「……はっ、はいっ!」  
悠二に手を取られ、ホテルへと踏み出す。  
あと  
三歩  
二歩  
一歩  
「ゆーーじーー!」  
というところで、悠二の初体験は延期となった。  
「うわわわわわ!シャナ!」  
「シャ、しゃしゃシャナちゃん!?」  
二人とも、突然の来訪者に驚く。  
「ホテルで寝るのは、大人のデートだからダメだって千草が言ってた!」  
よい子の模範みたいな笑顔で、シャナは悠二に伝えた。  
「あは、あはははそうだねはははは」  
「シャナちゃん速いわねぇ……。どうして悠ちゃんの居場所がわかったの?」  
息を切らして千草がやってきた。もう既に悠二は白くなっている。  
「こういうことは、悠ちゃんが  
ちゃんと責任取れるようになってからにしないとダメよ?」  
添加物50パーセントの穏やかな笑みを吉田に送る。  
言われた吉田は、素直に謝った。  
「ごっ、ごめんなさい!」  
「分かればいいの。若いと溺れて歯止めが効かなくなっちゃうからね」  
あくまでスマイルは絶やさない。  
その表情から恐怖を感じ取ることの出来ないシャナが、無邪気に質問する。  
「好きな人と寝るのは、歯止めがきかなくなるの?」  
「そう、悠ちゃんはエッチだから、歯止めがきかないの」  
千草とシャナは、くすくすと笑いながら、  
更に白く堅くなった悠二を見た。  
 
「これから、どうしましょう……」  
まだ頬に朱が注している吉田が、困りながら言う。  
「それなら考えがある。ついてきて!」  
シャナが、白くなった悠二を持ち上げて、どしどしと歩きだした。  
 
また佐藤宅。  
汁「うぅう〜、メリヒムが〜、いないのであります〜……」  
 
緒方「なんで、なんでたなかはこんなにおくてなんれしゅかー!?」  
 
田中「ぐー、ぐー……」  
 
佐藤「あれれれれ?おがちゃんまだごにょごにょしてないのー?」  
緒方「ごにょごにょしてないのー!」  
「あちゃ〜……」  
マージョリーが、頭に手を当てて、「やってしまった」のポーズをとる。  
(ヒッヒッヒッヒ!やっぱ聖夜は明るくしねーとな!)  
「皆元気だな。あんまりハメ外し過ぎるなよ」  
「唯一まともなやつがいて良かったわ」  
「どうも僕は酒に強いようで」  
池は佐藤と飲んだ量は代わらないが、こっちはまだ酔っていない。とそこに  
佐藤家の古いタイプの呼び鈴が鳴った。  
「はひー?いまいきますー」  
「僕も行くよ。一人じゃふらふらだろう」  
 
二人で玄関に出ると、  
吉田「こ、こんにちは」  
シャナ「佐藤の家でクリスマスパーティーやってるって、一度誘われたから、覚えてたの」  
坂井「僕達も、入れるかな?」  
千草「お邪魔しちゃっていいですか?」  
「あー、あー、いいれすよー」  
佐藤は何もないところでつまづいて、千草の胸の中に倒れこんだ。  
「ああっ、千草さんいけません!こんなとこ息子さんに見られたらぁぁぁ!」  
「うふ、すっかり出来上がってるわねぇ」  
「はぁ〜……」  
悠二は、頭に手をやりながら、こんな酔っ払いにはなるまいと堅く誓った。  
 
数時間後  
「ほれほれほれ〜、つんつんつ〜ん」  
ソファの上。  
べろんべろんな悠二が、吉田の胸をつっついた。  
「ひゃっ!どうしたの坂井君!」  
しらふの彼女は、その代わりぶりに驚く。  
「ふえ〜ん!ふたりのはなしがむずかしくて、ついていけないよ〜」  
今度は池が、吉田の胸に飛びこんだ。  
「ひええ!池くんまで!」  
吉田がカウンターに目をやると、  
佐藤とシャナを胸に抱いた千草とマージョリーが何やら話していた。  
田中と緒方、ヴィルヘルミナは既に別室で休んでいる。  
「池!吉田さんを独り占めするなよ!」  
「いいじゃないかたまには僕だって!」  
吉田の胸の前では、二人の男が自分を取り合っていた。  
(これが……坂井君の気持ち)  
感覚を共有できたことに、うれしくもあり、悲しくもあるのだった。  
 
「吉田さん……」  
気付いたら、池が耳元にいる。  
「なっ、なななな何でしょう!?」  
何も言わずに抱き締めてくる。  
「吉田さん」  
反対側では悠二が、吉田を抱き締めた。  
「あわわわわわ……な、何ですか?」  
「「どっちをとるの?」」  
「ふえ〜ん……」  
心優しい彼女には、酷な質問だった。  
 
突然バーのドアが開く。  
「こんばんは」  
「あら、いい男」  
シュドナイである。後ろにはネコミミと尻尾を付けたヘカテー。  
「“千変”〜?何よあんた、ブチッ殺されに来たの?」  
マージョリーが狂暴な表情を作った。それを千草が制する。  
「違うみたいよ。そうでしょ?」  
「あ、ああ。メリークリスマスだ」  
その手には、上物のスパークリングワインが握られていた。  
 
数時間後  
「ぐすん……ひっく……」  
ぐずる吉田の胸では、二人の男が眠っていた。  
二人ともおっぱいを吸っている途中に力尽きた感じである。  
二人の愛の言葉とおっぱい責めまんまん責めを一身に受けた吉田は、  
身も心も疲れ果てていた。  
そしてソファの下では  
「みゃー」  
「ふみぃー」  
白いネコミミと尻尾を付けたミニスカサンタのシャナと、  
ネコミミでセーラー服というなんともマニアックなヘカテーが、  
何の目的かもわからないネコパンチの欧州をしていた。  
「うにゅ!」  
「にゃん!」  
そして炎髪灼眼となったシャナが大太刀を抜き、ヘカテーがトライゴンを出したあたりで、  
「ほ〜ら、シャナちゃん、仲良くしないとダメでしょ?」  
「ふみぃ〜」  
「ははは、どーもすいません」  
「うにゅ〜」  
すっかり意気投合したシュドナイと千草による止めが入った。  
 
そしてまた来訪者。  
「こんばんは」  
琥珀色の風とともに、フィレスが舞い降りる。  
「ヨーハン借りてくわよ」  
吉田のおっぱいにすがりつく悠二を引き剥がして、何やら自在法を掛けると、  
バーから出ていった。  
「嵐みたいな人……」  
なんて吉田が感慨に耽っていると、  
「うにゅにゅ〜」  
「にゃは〜」  
新たなネコミミを持ったシャナとヘカテーが、  
楽しそうな笑顔を浮かべて吉田ににじり寄って来ていた。  
「ど、どうしたの二人とも!」  
問答無用でネコミミと尻尾を据え付けられる。  
「や、やめて〜!……うにゅぅ」  
吉田猫の誕生である。  
 
 
数時間後  
「う〜ん。今日も爽やかなのでありま……!?」  
ヴィルヘルミナの隣には、結合したまま眠る悠二×フィレス、田中×緒方の姿が。  
「嫌な予感がするのであります!」  
慌ててバーに行くと、そこには  
「あ〜頭痛い〜、死ぬ〜今度こそ死ぬ〜」  
偉大なる主婦に付き合って無理に飲みすぎたマージョリー。  
「うっ、うっ……千草さん……」  
何やらのっぴきならない理由で泣いているシュドナイ。頬には平手の跡がある。  
「さ、後片付けしなくちゃ。ヴィルヘルミナさんもお願いね」  
そして昨日ガンガン飲んでいたにも関わらずその形跡のない偉大なる主婦。  
「ふ……ふぇぇ〜」  
「にゃはは〜」  
「にゃう〜」  
そして猫シャナと猫吉田に  
えっちないたずらをされ続けている猫ヘカテーの姿があった。  
そして、ネコミミには小さな字で『我学の結晶』と書いてあった。  
 
 

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