(どうして、私ってこうなの……?)  
吉田一美は、銭湯の男湯の入り口で、立ちつくしていた。  
身につけているのは、バスタオルのみ。  
その場所が不特定多数の男性が集まるところであることを考えれば、危険きわまりない格好である。  
数分前。  
自宅の風呂釜の故障により、近くの銭湯へやってきた吉田一美は、男湯の方へ入っていく平井ゆかり 
を見かけた。  
(ゆかりちゃん、どうして……?)  
不審に思い、男湯を覗く。  
そこには、全裸の坂井悠二(風呂だから当たり前ではあるが)と平井ゆかり、ただ二人しかいなかっ 
た。  
平井ゆかりが、坂井悠二の背中を流している。坂井悠二もまんざらではなさそうだ。  
(ゆかりちゃんには、負けない)  
その思いに駆られ、脱衣所で服を脱ぎ、バスタオルを身にまとい、男湯の入り口まで来た吉田だった  
が。  
隙間から再び覗き見た扉の向こうには、二人だけの官能の世界が、始まろうとしていた。  
 
――負けない――  
吉田一美は、常にそう思い、そしてそれは平井ゆかりにも告げていた。  
(でも)  
目の前に広がる光景は、彼女の負けと同義でもあった。  
自分の入り込むことの出来ない、二人だけの世界。  
(でも)  
その現実を突きつけられたとて、彼女はあきらめられなかった。  
あきらめられるはずがなかった。  
彼を思うだけで、苦しいほどに胸が痛む。  
彼を見ただけで、体が火照っていく。  
(でも)  
これは最初から勝ち目のない勝負かも、という漠然とした不安はあった。  
あまりにも自然すぎる、二人の在り方を幾度となく見てきたのだから。  
(でも)  
二人はまだ、恋人同士という結びつきではない。  
そして、垣間見える微妙な二人の距離。  
だからこそ、吉田一美は希望を持っていた。  
(でも)  
きっかけがない。  
池速人のお膳立てにより、坂井悠二との距離を縮めようとしたことは何度もある。  
けれども、その度に平井ゆかりの存在が邪魔をする。  
そして今も。  
平井ゆかりがいなければ、坂井悠二と二人きりになるチャンスだったのに。  
 
進む勇気を持てず、されど退く――負ける――わけにはいかない。  
 
吉田一美は、逡巡する。  
 
 
ガラガラッ!  
誰かが入ってきた。そのことに、悠二は心臓が飛び出さんばかりに驚いた。  
銭湯なのだから、誰かが入ってくるのは当たり前なのだが。  
悠二は思わずうつむく。  
「何で、お前が、ここにいるのよ!」  
シャナが、二人の世界を邪魔する乱入者に怒号を浴びせる。  
おそるおそる悠二が目をやったその先にいたのは――  
フレイムヘイズではない、一人の少女・シャナの『最強の敵』。  
ある決意を胸に秘めた、吉田一美。  
 
 
――自らの胸をスポンジ代わりに使うと、世の男性は喜ぶ――  
吉田も、そんな話を聞いたことはあった。  
だがしかし、その光景を目の当たりにするとは……  
しかもそれが、自身の想い人と最大のライバルによるものだとは……  
長いようで短い逡巡の後、吉田は、勇気を振り絞り、二人の前に進み出ていた。  
 
「ゆかりちゃんには、負けない。絶対」  
いいながら吉田は、自身の身につけたバスタオルに、ボディーソープを染み込ませ始めていた。  
「胸だって、私の方が大きいんだし」  
事実、プール授業を繰り返すうちに、市立御崎高校一年二組の男子生徒(悠二含む)の中で、一年二  
組女子バストサイズランキングの「一位・吉田一美」及び「最下位・平井ゆかり」は不動のものとなっていた。  
「ぐっ……」  
明確にして、最大の弱点をつかれたシャナは、反論することが出来ない。  
その隙をついて、吉田は悠二へと近寄る。  
 
濡れたタイルの上、それにソープが加わると、足下は滑りやすくなるものである。  
自然、早足となっていた吉田も、例外ではなかった。  
あと一歩で悠二に触れられる、その距離で、吉田は足を滑られ、倒れ込んだ。  
坂井悠二のいる方へ。  
 
悠二を押し倒すような形になってしまった吉田と、倒れながら吉田を受け止めた悠二。  
眼前に広がる光景に、思わず硬直してしまうシャナ。  
が、その硬直も悠二の鮮血を見ることにより、憤怒へと変わる。  
「私の、悠二に、何、してんのよ!」  
悠二の鮮血は、倒れ込んだ衝撃そのものではなくバスタオルがはだけた吉田を見たことによる鼻出血だったのだが、激高しているシャナは気が付くこともない。  
そして、吉田もシャナにひるむことなく言い返す。  
「私の方が、坂井君を気持ちよくさせられるんだから!」  
決して豊富とは言えない知識の中から、吉田はもっとも効果的な方法を導き出す。  
すなわち――自分の最大の武器を使うこと。  
悠二に覆い被さったままだった吉田は、わずかに身体をずらし、悠二の分身を自らの胸へと導く。  
先ほどから屹立したままだった悠二の分身は、さらなる快楽に精を放出しそうになる。  
「うぉっ……!」  
その反応に見て、吉田はさらに攻勢をかける。  
おぼつかないながらも、身体を前後させ悠二の分身をゆっくりと胸でしごく。  
シャナは、行為を続ける吉田と一瞬視線が合う。  
――ゆかりちゃんにはこんなこと出来ないでしょ?――  
『最強の敵』にそう言われたような錯覚に陥ったシャナは、強い敗北感から、微動だにすることが出来なかった。  
 
 
同時刻、脱衣所。  
置き去りにされ、浴室で繰り広げられている状況にやきもきしながら、とりあえずすべての怒りはあとで坂井悠二にぶつけることを心に決めているアラストールは、自分の方へ近づいてくる人影に声をかけた。  
「このようなところに何のようだ? "屍拾い"」  
「私も、中の様子が気になってね」  
そこには、相も変わらずクラシックなスーツに身を包んだ、紅世の徒の姿があった。  
「こそこそ尾けていたのか。悪趣味な」  
「ただ、声をかけそびれてしまっただけさ。まあ、好奇心でついてきたことは認めるがね」  
ラミーはさらに続ける。  
「それに、このような状況で無関係な人間が来たら、何かと困るだろう?」  
つまりは、人払いをしようと言うのだ。  
「う……む」  
このような状況を他者に見せたくはない。  
その一点だけは同意できるため、アラストールは唸った。  
「年寄りは若者達を黙って見守ろうではないか」  
言うラミーが、何らかの自在法を繰ったのを、アラストールは見逃さなかった。  
(まさか、透視か千里眼の自在法ではあるまいな……?)  
"シャナパパ"アラストールの心配の種は尽きそうもない。  
 
 
「はぁっ……はぁっ……」  
喘ぎつつ、悠二の分身を胸でしごく吉田。  
対する悠二にも、限界が近づいていた。  
悠二の様子からそれに気が付いた吉田は、悠二の分身の先端を舌で舐め始める。  
「よし……だ……さ……も、で、でる……」  
それを聞き、さらに動きを早める吉田。  
「だ、め……うああっ!」  
悠二の腰が一瞬跳ね上がり、それと同時に吉田の顔が悠二の精にまみれる。  
「すご……い……」  
あまりの量に一瞬呆然とする吉田であるが、すぐ我に返る。  
「綺麗に……しなくちゃ」  
まだわずかに痙攣している悠二の分身をくわえ、精を舐め取る。  
吉田の口の感触に、萎えかけていた悠二の分身が再び固さを取り戻す。  
「ぷはぁっ」  
一息つく。  
「凄い……また、こんなに……」  
うっとりとした表情で悠二の分身を見つめる吉田。  
だが。  
「私だって! 悠二を! 悠二の! 気持ちよくさせるんだから!」  
今まで沈黙を守っていた(鬼のような形相で吉田をにらんではいたが)一瞬の隙をついて、シャナが悠二の分身をくわえ込んだ。  
 
 
同時刻、脱衣所。  
「炎髪灼眼には性教育が足りないようだな」  
浴室の方を眺めていたラミーが、口を開いた。  
「……どういうことだ?」  
明らかに不機嫌なアラストール。  
「吉田一美といったか……あの少女に押されっぱなしではないか」  
「……」  
返答に困り、沈黙するアラストール。  
「だがしかし、見よう見まねとはいえ、いきなりくわえるというのは、その辺の度胸はさすがに炎髪灼眼といったところか」  
「な! くわえ……どういうことだ!?」  
「だが、未熟な技で、しかも2回目をイカせることが出来るのかどうか……見物だな……」  
「おい! 説明しろ! 螺旋の風琴!」  
コキュートスから発せられる叫びに答えるものは、残念ながら脱衣所には誰もいない。  
 
 
悠二の分身をくわえ、そこに右手を添えるシャナ。だが  
「あたたたたたっ! しゃ、シャナ! も、もう少し優しく……」  
未熟故か、フレイムヘイズ故か。  
力加減の出来ていないシャナのフェラに、激痛を覚え股間を押さえて慌てて飛び退く悠二。  
「何で逃げるの!」  
「だ、だって、シャナが乱暴にするからだろ!」  
「わ、私だって! 悠二のために!」  
そのまま痴話喧嘩になるかと思われたが。  
「さ、坂井君大丈夫?」  
吉田が慌てて悠二に駆け寄り、悠二の分身を優しく愛撫する。  
「ダメだよゆかりちゃん! もっと優しくしなきゃ!」  
吉田の愛撫に、萎えかけていた悠二の分身が固さを取り戻す。  
そしてそれは、シャナにとって、負けを意味していた。  
「なんで! 吉田一美ので悠二は! 大きくなって!」  
「あ、よ、吉田さんの方が……その、気持ち、いいし……」  
「……く……っ!」  
事実、悠二に何をしてやればいいのか、どうすれば悠二が気持ちよくなるのか、シャナにはわからない。  
先ほどの行為も、吉田のものを見様見真似でしただけである。  
悔しさに顔をゆがませるシャナをちらりと見やった吉田は、そのまま、坂井悠二をゆっくりと押し倒した。  
吉田一美の、普段見せることのない妖艶な雰囲気に、なすがままになる悠二。  
シャナすらも、あらがえない敗北感と未経験の雰囲気に何も出来ずにいる。  
吉田は、悠二の上にまたがり、ゆっくりと、ゆっくりと、悠二の分身を自らに受け入れる。  
破瓜の痛みに耐えながら。  
 
 
「ふむ。まあ、経験不足の炎髪灼眼ではこんなところか」  
自在法により浴室を覗いているラミーが呟く。  
「こういうことは、年長者の指導が必要と思うが、どうかね?」  
シャナの衣服の上にあるコキュートスより、答えが返る。  
「何をするつもりだ? 螺旋の風琴よ……」  
「彼女に、いろいろと技術を教えるだけだよ」  
「技術……だと?」  
「坂井悠二の(おそらくは)童貞が炎髪灼眼の『最大の敵』に奪われたのだ。  
 逆転するためには並々ならぬ技が必要だが……彼女にはそのようなものはあるまい」  
「それはどういう――」  
「なに、若人達に夜の営みの何とやらを教えよう、そういうことさ」  
「……なっ! 待て! シャナにはそれはまだ早い!」  
「よいではないか。それに、『まだ早い』ということは、いつかは教えるつもりということ。  
 それがただ今になったというだけではないか」  
「い、いや、だがそれは……」  
「……もしどうしてもやめて欲しいのであれば……条件がある」  
「……脅迫するつもりか?」  
「なに、簡単なことさ、古き友よ。そこにある……」  
そしてラミーは、『条件』を語り始めた。  
 
 
「……くっ!」  
悠二の、発射の呻きと。  
「くあああああっ!」  
吉田の、破瓜による痛みの悲鳴と。  
「やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!」  
シャナの、悲痛な願いにも似た叫びが。  
浴室にこだました。  
想い人と繋がった喜び以上に破瓜の痛みが強く、吉田は身じろぎすら出来ない。  
そしてシャナも、  
力ずくで二人を引き離すことは出来るが、二人が繋がったという事実までは消せない。  
それを理解しているがために、動くことは出来ない。意味がない。  
そして、吉田は。  
大量の精を放ちながらも固さを失わない悠二のそれを迎え入れたまま、ゆっくりと上下に動き始める。  
「……うぅ……いぁっ……」  
処女を失ったばかりの吉田には、交わることによる快感はほとんど得ることは出来ない。  
それでも動くことが出来るのは、悠二を思えばこそである。  
そしてシャナは。未だ、立ちつくす。  
 
 
同時刻、脱衣所。ラミーが『条件』を出している。  
「そこにある『零時迷子』の、いや、坂井悠二の『存在の力』をわずかばかり使わせて欲しい」  
浴室を指さし、切り出す。  
「……何を考えている?」  
「失われたある『もの』を蘇らせたいのさ」  
「失われたある『もの』、だと?」  
「坂井千草、と言ったか、彼の母親は」  
「?」  
「彼女の、処女を、な」  
「なっ!? だが、それを蘇らせたとてどうなる。夫がいる身で……」  
「"天壌の劫火"は知らないのだな。私がかつて、"人妻喰らい"と呼ばれていたことを」  
ただただ絶句するアラストール。  
「そんな私にとって、『処女』かつ『人妻』という、相反するものを重ね持った女性をおとすのは、夢だったのだよ。それに必要な自在法もすでに編み出した。ただ、それには多くの『存在の力』が必要になる。今の私には、これを成すための力はない」  
「その力を……坂井悠二から……?」  
「そういうことになるな。さて、返答やいかに……?」  
わずかの逡巡の後。アラストールはゆっくりと口を開いた(口、見えないけど)。  
 
 
無意識のうちに、悠二の両手は吉田の胸をもんでいた。  
その感触に一瞬体の力が抜けた吉田は、そのまま前に倒れ、悠二に抱きつくような体勢になる。  
抱きつき、荒い息を吐く吉田を、今度は悠二が下から突き上げる。  
「あっ! あっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」  
吉田の吐息は、まだ多分に痛みに耐えるものではあったが、今の悠二にはそれを思いやる余裕などなかった。  
「吉田さん……もう……で、る……」  
「坂井君……きてぇ! きてぇ!」  
「う、う、ああ!」  
そしてまた。悠二は吉田の中に精を放っていた。  
ほぼ同時に、シャナが動く。  
どうすればいいかわからない、が、これ以上二人が一つであることを受け入れることができず。  
力任せに二人を引き離した。  
目に、大粒の涙を浮かべながら。  
 

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