「あ…っ」  
 キアラは無意識にサーレの袖口を掴んでいた。  
 サーレが立ち止まり、振り返ると、キアラは顔を真っ赤にして自らの行動に戸惑っている。  
「どうした?」  
 サーレは訝しむ様子もなく、穏やかに問う。  
「いえ……その……」  
 キアラはますます赤くなって視線をさまよわせた。袖を握る手に力が籠もる。  
「まったくどうしようもない野暮天ねえ。女から言わせる気?」  
 艶っぽい声が二人の間に割り込んだ。  
「や、やだ待ってよ!」  
 キアラは慌てて鏃の髪飾りを押さえつけた。だが声は止まらない。  
「明日っからまた旅の空なんだから、今夜くらいたっぷり甘えさせて欲しいのよ、私たちのキアラは!」  
 軽くはしゃぐような声が更に追い打ちをかける。  
 キアラは両手で顔を覆って俯いてしまった。  
「キアラ」  
 声をかけても、いやいやと首を振るだけで顔も上げず、返事もしない。  
 サーレはガシガシと頭を掻くと、キアラの腕を取り、自分の取っている部屋へと歩き出した。  
 ドアを開けると、引きずるようにキアラを部屋へ招き入れる。  
 彼女を軽々と抱き上げると、優しくベッドに放り出した。  
 ドアに鍵をかけるために一度離れ、戻ってくると、間髪いれずに彼女に覆い被さる。  
「あっ…」  
 サーレがキアラの首筋に唇を這わせると、彼女は艶めいた声を上げた。  
「二部屋取ってたのにもったいなかったな」  
「最初から同室にしとけばいいものを。今さら何を格好つけてるんだね」  
 気障ったらしい声がサーレの呟きに答える。  
「確かにこの外見だと犯罪の匂いがするけどねえ」  
「親子って誤魔化せば通るんじゃないのぉ?」  
 艶めいた声と軽い声が弾けるように笑った。  
「君らちょっと黙っていてくれないか」  
 同室にしたらしたで冷やかされるのは目に見えている。  
 これがなければ、もう少し彼女と過ごす時間を増やしてもいいんだが、  
とキアラに気付かれないようにサーレはこっそりとため息をついた。  
 
「師匠……師匠ぉ……っ」  
 キアラは小刻みに揺さぶられながらうわごとのようにサーレを呼ぶ。  
 紅世の王に全てを捧げた存在であるフレイムヘイズは子を成すことはない。  
 サーレが今、キアラと行っている性の営みにはなんの生産性も伴わない。  
 ただお互いの快楽だけを追求する行為に過ぎないのだ。  
「行くぞキアラ…!」  
「はい、師匠……あっ…あああ…っ」  
 サーレに精を注ぎ込まれ、キアラは身体をビクつかせて感極まった泣き声を上げた。  
 もちろんキアラがサーレの子を孕むことはない。  
 それは例え彼女が望んだとしても不可能なことだった。  
 はじめは手を握るだけだった。  
 それが抱きしめる、キスをするとエスカレートしていけば、行き着くところは分かり切っている。  
 それを止めなかった。どころか率先して先へ先へと進めたのはサーレ自身だった。  
 キアラはただそれを受け入れていっただけだ。  
 いよいよ初めての夜を迎えた日も、サーレは自ら招いたというのに、この事態にまだ疑問を持っていた。  
 果たしてこの不毛な行為に意味などあるのだろうかと。  
 身体を結び合わせるなんて事で、自分とキアラに何をもたらす事が出来るのかと。  
 
 フレイムヘイズとなった時、まだ少女だったキアラにとって、当然サーレは初めての男だった。  
 破瓜の痛みに耐えながらサーレを受け入れる彼女を愛しいと思った時、彼の迷いは霧消した。  
 そして触れ合う事に意味を求める無意味さを悟った。  
 「フレイムヘイズは人でなし」だが、人並みに恋もする。  
 人が触れ合うのだって、子を成すためだけが理由ではない。お互いをお互いの身体で感じたい。  
 そんな基本的な愛の形に、フレイムヘイズも人間も関係ないのだ。  
 キアラが愛しい。だから抱きしめ、キスをして、貫き、注ぐ。  
 ただそれだけのことだったのだ。  
 サーレは人であった頃、グラマラスで成熟した女にしか興味を持たなかった。  
 だが今は凹凸の乏しいキアラの身体にこそ最も強く欲望を感じる。  
 少女趣味に転向した覚えはないので、恋のなせる技と言えよう。まったく恋とは恐ろしい。  
 『極光の射手』として覚醒したキアラに師匠としての自分はもう必要ないはずだった。  
 しかしキアラがサーレと同行する事を望み…サーレも実は自分がそれを望んでいた事を知った。  
 互いが互いを必要とした結果、二人は今も行動を共にしている。  
 単独行動を好むフレイムヘイズとしては異端だった。  
 『約束の二人』とは違うが、これもまた一つの完成された愛の形ではないか、  
とサーレは思っていた。  
「師匠…師匠……私、もう……ダメ…です…っ!」  
「しまった、キアラ…ッ!」  
 サーレは思索に没頭していて手加減をすっかり忘れてしまっていた。  
 
「がっつき過ぎだよ。彼女は逃げないんだからほどほどにしたまえ」  
 気障ったらしい声が呆れたように言う。  
「まったく、気絶させるまでするなんて、何考えてるのよ」  
「私たちのキアラに無理させないでちょうだい!」  
 艶っぽい声と軽くはしゃいだ声がサーレを責め立てる。  
「だから、ちょっと黙っててくれないか…」  
 抱きつぶされて気を失っているキアラを介抱しながらサーレは呻いた。  
 フレイムヘイズである以上、完全に2人きりになる事はあり得ない。  
 『約束の二人』が少しうらやましかった。  
 

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