事のおこりは7月の終わりであった。  
悠二達が住んでいる家はあの千草、貫太郎夫婦が死んで空き家となったのを悠二が買い取ったものである。  
なので悠二とシャナはそのまま坂井家に住んでいる。  
今は夕食でリビングにみんな集まり坂井家方式のやり方で夕食を楽しんでいた。  
シャナは昔と違って料理の腕を格段に上げていた。見た目も以前のような「黒こげの何か」ではなく普通のものになっており、味もまともになっていた。  
だが、やはり不安なこともあるのだろう。  
今日も悠二に出来栄えを訊いていた。  
「ねぇ、悠二。どう?」  
そんな不安をぬぐいさるため悠二はグッと親指を立て答える。  
「うん。おいしいよ」  
それを聞いて安心したのだろう。  
ホッと胸を撫で下ろして自分も食べ始める。  
ふと横をみると奈々がピーマンと戦っていた。  
悠二はクスクスと笑う。  
そんな悠二にシャナは声をかける。  
「そういえば、悠二。今月はまだ、行ってなかったよね?」  
「えっ?どこに?」  
シャナは分からないの?と呆れ顔になった。  
それでもまだ頭にハテナマークを浮かべているのでシャナは説明した。  
「シロとヴィルヘルミナのところよ。1ヶ月に一回は顔見せろって言われてたでしょ」  
そこでやっと思い出した。  
そういえばそんな事言ってたっけなぁ〜  
「よし。それじゃあ明日行くか!」  
その答えにシャナは微笑む。  
「じゃあ電話してくる」  
そう言って立ち上がる。  
といっても電話機はリビングにあるのですぐかけられた。  
プルルー プルルー プル(ガチャ)  
「はい。メリヒムパン屋店です」  
「あっシロ。私シャナだけど明日ソッチに行くね」  
ガダダダッダ何やら向こうで慌ただしい音が聞こえた。  
次にメリヒムの焦った声が聞こえてくる。  
「っ何ッ!?そういうことは早めに言ってくれ。準備ができないじゃないか!?」  
待て。なにの準備だ。  
シャナの胸にあるアラストールには会話が駄々漏れなのだ。  
「あっうん。ごめんね。シロ」  
シャナ。従順すぎる。こんなやつに謝る必要なんぞない!  
そもそもなんの準備だ!なんの!  
「あっうん。うん。それじゃバイバイ」  
ガチャリ  
「………」  
「ふぅ〜」  
「シャナ」  
「何?」  
「やはり行かんほうが良いだろう」  
「えっ!?なんで!?」  
「?」  
状況が把握できずまたハテナマークを浮かべる悠二。  
奈々は……まだピーマンと戦っていた。  
 
 
翌日。僕達はメリヒムパン屋店を訪れていた。  
「こんにちは〜」  
店の中に入るとカウンターでメリヒムさんが待っていた。  
「おう。きたか」  
「シロ。元気そうで良かった」  
シャナが声をかける  
「フッ。元、弔いの鐘の一角そう簡単にくたばりはせん」  
メリヒムは自慢気に言うが  
やはりというかアラストールがからんできた。  
「フン。何をぬかす。おぬしは一度くたばっている身であろう」  
カチン。  
「何だと?天壌の劫火?」  
またも、言い合いが始まる。  
……あんたらもいい加減学習しろよ……  
悠二はため息をついた。  
しかたがないのでアラストールとメリヒムだけこの場に残し  
三人は店と直接繋がっている家の中に入った。  
 
「待っていたであります。偉大なる者。奈々。ミステス」  
「久方ぶり」  
家の中ではヴィルヘルミナが出迎えてくれた。  
「お久しぶりです。カルメルさん」  
「ヴィルヘルミナ、久しぶり」  
「ヴィルだーーー!」  
あいさつを済ますと奈々がいきなりヴィルヘルミナの懐に飛びつく。  
「ーーおっと」  
その勢いで少しよろめくがすぐ奈々を抱きかかえる。  
少し頬を朱に染めながら。  
「そのヴィルというのはできればやめていただきたいであります」  
それにすかさず、ティアマトーからの冷やかしが入る。  
「喜色満面」  
「うるさいであります」  
奈々を抱きかかえているのでいつもの攻撃ができないヴィルヘルミナは言葉で対抗するしかなかった。  
好機と見たのだろう。ティアマトーの冷やかしが続く。  
「喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。婆馬鹿。  
喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。」  
「待つであります。一回変なのが混じっていたであります」  
「喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。親馬鹿。  
喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。喜色満面。」  
「………………あとで覚えてろであります」  
ぴたっ  
ヴィルヘルミナがそういうとティアマトーの冷やかしが止まった。  
どうやら神器にも痛覚というものが存在するらしい。  
ヴィルヘルミナは奈々を下ろすと僕達に向き直って言った。  
「実は今回はあなた達に見せたいものあるのであります」  
そこで僕とシャナはけわしいーー戦闘のときにしか出さないーー顔をして、身構えした。  
「ヴィルヘルミナ……。それってまさか……」  
 
ヴィルヘルミナは首を横に振った。  
「違うのであります。ソッチ関連のことではないのであります」  
僕とシャナは安心した。  
……よかった。ソッチのことじゃなくて……  
だが、奈々は……震えていた。普段見たこともない父と母の顔を見て震えていた。  
自分を守るように、自分の体を抱くように震えていた。  
……恐怖……  
奈々の顔にはそれしかなかった。  
悠二とシャナはハッとなる。  
戦闘になってる時の自分達がどれほど怖い顔をしているのかと。  
それが奈々にどれほどの恐怖を与えるのだろうと。  
悠二は奈々を抱いた。安心できるように。  
あのときのシャナのように……  
「大丈夫。パパとママは大丈夫だから……」  
「……ほんとに?いつものパパとママ?」  
「うん。ほんとに……」  
「……うん…」  
そう言うと奈々は悠二に抱きついた。  
だが、悠二は不安だった。  
また……また”祭礼の蛇”がこちら側に出てこないかと。  
祭礼の蛇はまだ悠二の中のいた。  
ただ悠二としての意識が勝り、蛇の意識を表に出さないように封印しているだけで本来ならいつ出てきてもおかしくない状況なのだ。  
奈々を抱きしめながら悠二は思う。  
(せめて……せめてこの子だけは……平穏な人生を送ってもらいたい……  
僕とシャナができなかったことを……)  
悠二はずっと奈々をあやしていた……  
 
 
「それでは取ってくるので少し待っているのであります」  
「待機」  
そう言うと家の奥に消えていった。  
それと入れ替わりにメリヒムとアラストールが入ってくる。  
「たくっ。貴様は昔から変わってないな」  
「おぬしもな。それとそのエプロンどうにかしろ」  
「無理だ」  
そんなことを言い合いながら座る。  
誰かが二人の会話に割り込まないと言い合いが終わらないのでシャナはメリヒムに声をかけた。  
「そういえばシロ。さっきヴィルヘルミナが私達に見せたいものがあるからって向こう行ったんだけど何かあるの?」  
それを聞きメリヒムは眉根を寄せる。  
「いや、俺には何も言ってなかったぞ」  
「そう……見せたいものってなんだろう?」  
そこに悠二も加わる。  
「もしかしたら、また旅の途中で買ったものとか?」  
しかしメリヒムが首を振る。  
「違うな。それは前回ので全て見せ終えた」  
う〜んと首を捻る。  
そこでメリヒムがそういえばと声をあげた。  
「今朝、俺がパンを作る厨房んところで物音がしたような……」  
それで三人は同じ結論の達したが、三人一斉に首を振る。  
それは……絶対ない。  
「そうだよね。うん……」  
「あの万条の仕手が……」  
「カルメルさんが……」  
「「「料理なんて……」」」  
シャナと違いヴィルヘルミナの料理の腕はまったくといっていいほど上がってなかった。  
三人が悩んでいる時ちょうどいいタイミングで  
この悩みの種であるヴィルヘルミナが戻ってきた。  
 
続く。  
 

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