〜吉田一美のえらぶみち〜  
 
(どうして……?)  
吉田一美の胸の内で、先程までの幸せと温もりが音を立てて砕け散った。  
カムシンと名乗る少年から借り受けた片眼鏡が示す、残酷な真実に。  
裸眼の視界の中心に立つのは、クラスメイトの坂井悠二。彼女が初めて本気で好きになった、優しい少年。  
片眼鏡を通した視界の同じ場所に在るのは、人の形をした炎の塊。もう、人ではないもの。  
『世界の本当の姿』を知った時以上の凍りつくような絶望と恐怖に、すうっと意識が遠のきかける。  
その刹那、恐慌をきたした群集の一人に突き飛ばされ、揺らいだ身体が悠二の胸に倒れ込んだ。  
「危ないっ!」  
「……っ!」  
咄嗟に抱き止めてくれた腕の意外な力強さと、微かに感じる汗の匂いに、一美は小さく息を呑んだ。  
強く打たれた背中の痛みも、周囲に満ちる人々の叫喚も、遠い世界の事のようにしか感じられない。  
現実感を欠いた風景の中で、自分を支える悠二の存在だけが、意識を繋ぎ止めてくれる。  
しかし、唯一残されたその人こそが確たる実像ではないと、古風な片眼鏡が冷厳に告げていた。  
「くっ……、こっちだ、吉田さん!」  
悠二は我先にと暴走する人波から庇いつつ、露店の間の小道へと入り込んだ。  
人気の無い林道を早足で駆ける彼に手を引かれ、足をもつれさせながらもそれに従う。  
この手の温もりが、優しげな横顔が、いずれ儚く消えてしまうなどとは、信じられない。信じたくない。  
(どうして……?)  
身体が林道の先へと進んでいくなか、意識はただその問いだけを繰り返していた。  
 
「……っはぁ。この辺りまでくれば、大丈夫かな」  
参道の明かりが窺える程度の距離で、悠二は速度を緩めて立ち止まった。  
悠二の手が離れると、萎えた足が力を失い、その場にすとんと膝を突く。  
「封絶が起きない……? 一体、何が……」  
怒号と悲鳴の飛び交う参道と、空を埋める奇怪に歪んだ花火を交互に見て、理解できない単語を呟く。  
妙に落ち着いた態度の悠二の視線が顔に掛けた片眼鏡を捕らえ、わずかに訝しげな色を浮かべる。  
けれど、それはすぐに真剣な表情に取って代わり、屈んで目線を合わせると、静かに語り出した。  
「吉田さん、しばらくここで待ってて。それで、向こうの騒ぎが収まったら、なるべくあの光から離れて」  
「え……?」  
肩に両手を置いた悠二の声に、遊離しかけていた意識を現実に引き戻された。  
突然の怪現象に怯えているだけだと思っているらしく、勇気付けるように小さく頷いて見せてくれる。  
「それまでにあれが消えてたら、多分もう危険はないから。ここからなら、一人で帰れるよね?」  
「ひとりで、って……。さかいくんは、どうするんですか?」  
一人で。その言葉の持つ意味の重さに、顔から更に血の気が引く。  
抑揚のない声で問い掛けると、悠二は済まなそうな顔をして僅かに目を逸らす。  
「僕は、行かなくちゃいけない処があるから。……今日は楽しかったよ。ごめんね、送ってあげられなくて」  
「いや……」  
「えっ?」  
悠二の別れの言葉に、どうしようもない膝の震えが身体を揺さぶり、拒絶の言葉が口を衝いて出た。  
その声の響きを感じ取ったのか、悠二は肩から離しかけた手を途中で止めて、彼女の瞳に目を戻す。  
その一言が口火を切り、働き出した頭の中で、様々な想いが濁流のように巻き起こった。  
 
(いや……)  
悠二がトーチであるという動かし難い事実が嫌だった。  
トーチになった者を救う術はないというカムシンの言葉が、胸に重く圧し掛かる。  
(いや……)  
悠二が自分の前から立ち去ってしまう事が嫌だった。  
目を離した隙に、そうと気付けない内に、あの時の人影のようにふっと消えてしまうような気がして。  
(いや……)  
そして何より、悠二の存在を、彼に対する強く温かい想いの全てを、失ってしまう事が嫌だった。  
例えば、悠二が平井ゆかりを選んだとしても、自分を選んでくれなくとも、まだ耐えられなくはない、と思う。  
報われない想いであったとしても、自分が悠二を慕う気持ちだけは持ち続ける事が出来る。  
しかし、悠二が元から『いなかった』ことになれば、この想いも『なかった』ことにされてしまう。  
それは今の自分が、『坂井悠二を好きな自分』が消えてしまうということだった。  
(だけど、どうしたら……。どうすれば、いいの……?)  
絶望的な状況の中、あらん限りの知恵を振り絞って、この現実に抗う手段を求めた。  
(カムシンさんは、存在した証がなくなるって言ってた……。じゃあ、それを残せたら……?)  
もしかしたら、忘れずに済むかも知れない。  
本能的に無駄な事だと悟りながらも、諦める事など出来はしない。  
必死に悩む意識の中に、やがてぽっかりと一つの考えが浮かび上がる。  
(そうだ……。坂井君に、私の初めてを貰ってもらえば……?)  
全ての記憶を失っても、悠二に純潔を捧げたという事実だけは確実に残る。  
たとえ頭の中に残らなくても、自分が悠二をそれだけ好きだったという事は、この身体が覚えていてくれる。  
他に良い方策も浮かばない今は、それが蜘蛛の糸のようにか細い希望でも、取り縋らずにはいられなかった。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「……坂井君っ!」  
「うわぁっ!?」  
いきなり飛びついてきた一美に不意を衝かれ、坂井悠二は勢い良く地面に押し倒された。  
弾みで一美の顔から奇妙な片眼鏡が飛び、澄んだ音を立てて地面に転がり落ちる。  
頭を打った衝撃と青臭い雑草の匂い、そして身体に圧し掛かる柔らかな肢体の感触に、悠二の頭は混乱する。  
熱い雫が降りかかり、はっと一美の顔に注意を戻すと、彼女の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。  
「よ、吉田さん、どうし……」  
「好きですっ!」  
「……え?」  
起き上がりかけた悠二は、一美の突然の告白に、再び思考を停止させられた。  
単に想いを告げると言うには余りに切羽詰った口調に、喜びよりも困惑が先に立つ。  
「私は坂井君が好きなんです! ゆかりちゃんなんかより、ずっと、ずっと、ずっと!」  
「ちょっ……待って! 吉田さんの気持ちは嬉しいけど、僕、今は行かなくちゃ……」  
何故、こうも突然に、しかもこんな時に?  
悠二は当惑しつつも、一美の拘束から逃れようともがいた。  
けれど、激情に駆られた少女の腕は、信じられない程の力を発揮して、悠二の肩を地面に抑え込む。  
「行かせません! 行ったら坂井君、いなくなっちゃいます! 思い出す事も出来なくなっちゃいます!」  
「なっ……! 吉田さん、どうしてそれを!?」  
調律師とやらがやって来れば、周りの全ての人間から記憶を消して、シャナと共に旅立たなくてはならない。  
一美がその調律師と出会い、更に自分を普通のトーチと誤解しているなどとは、悠二の想像力を超えている。  
互いの認識のすれ違いには気付かぬまま、悠二は泣き濡れる一美に問い質した。  
 
「吉田さん、落ち着いて! それを誰から聞いたの? 何をどこまで知ってるの?」  
「こんな、こんなに好きなのに、坂井君がいなくなるなんて……。嫌です、絶対に嫌です……」  
悠二は一美の肩を揺さぶり、彼女の口から詳しい話を訊き出そうとした。  
しかし、彼女は喪心した表情で呟きながら、小さい子供が駄々をこねるようにかぶりを振るだけだ。  
「だけど……だから、忘れない為には、もうこうするしか……」  
「んっ……、んむぅ!?」  
涙に濡れた顔が急速に近づき、悠二の唇に柔らかな感触が襲い掛かる。  
一瞬の空白の後、自分の口を塞いでいるのが一美の唇であると気付き、悠二の目が驚愕に見開かれた。  
「……っ! だっ、駄目だよ吉田さん、こんなっ!」  
我に返った悠二は、一美の肩を持ち上げると、彼女にというより自分を叱咤する為に、強い口調で叫んだ。  
紅世の徒の襲撃かも知れないという危機感が、健全な男性としての欲求をどうにか押し留める。  
「駄目、ですか? 私じゃ、駄目なんですか?」  
「え、いや、吉田さんが駄目な訳じゃなくて……」  
切々と訴える声色は、正気を失った者特有の異様な迫力を醸し出し、悠二の意志を萎えさせた。  
肩を解放した一美の繊手が浴衣の胸元に伸び、たじろぐ悠二が制止する暇もなく左右にくつろげられる。  
「私、これしか出来ないんです……。坂井君の事、忘れたくなんかないんです……。だから……」  
「……っ!?」  
そこからまろび出たのは、清楚な風貌には似合わないほどの、大きな二つの膨らみ。  
清冽ではなく豊潤な、流麗ではなくまろやかな、女の性を強く意識させる曲線。  
無意識のうちに、以前見たシャナの裸と比較しても、差異こそあれ優劣などつけられないほど美しい。  
たっぷりとした量感を示して弾む二つの膨らみに、いけないと思いつつも悠二の目線は捕らえられてしまった。  
 
「坂井君の全部……。私の身体に覚えさせてください……」  
「よ、吉田、さん……」  
立て続けの衝撃に動けないでいる悠二の腕を、一美の手がそっと持ち上げた。  
両手の甲に小さな手指が重ねられ、そのまま左右の乳房へと導かれる。  
(うわ……。やわら、かい……)  
たゆんと重みと柔らかさを備えた感触が脳髄に伝わり、そんな場合ではないという理性の警告を跳ね除ける。  
しっとりと手の平に吸い付く瑞々しい柔肌に、悠二の中の男としての部分がずくんと疼いた。  
「はぁ……。これが、坂井君の手……」  
泣き笑いの表情に女の艶を含めた複雑な面持ちで、一美は安堵にも似た溜息をついた。  
そしてそのまま、悠二の手の感触を確かめるかのように、ぎゅっと押し付ける。  
手に余るほどの膨らみは、悠二の指をその中に沈ませ、仄かな弾力を返しながら妖しく形を変えてゆく。  
視界を埋める淫靡とすら言える光景を、悠二は魅入られたかのように見上げた。  
「んっ、坂井君の手、温かいです……」  
切なげな微笑を浮かべると、一美は両手を緩やかに動かし、悠二の手を使って乳房を捏ね出した。  
意思とは無関係に動かされた両手が、包み込んだ柔肉を揉み解し、たふたふと波打たせる。  
中心に位置する小さな突起は、その刺激にぷっくりと立ち上がり、強い反発を示して掌の上を転がってゆく。  
「もっと、もっと……っ。坂井君の事、んぅっ、忘れられないぐらい、にっ……」  
「よ……しだ、さんっ……」  
痕が残るほど強く押し付けられると、豊かな膨らみが掌中から押し出されて、大きく弾んだ。  
その揺れが収まらないうちに、重ねられた一美の指がそれを素早く捕らえ、悠二の手と一緒に握り締める。  
目前で展開される痴態と、少女の肌の心地良さが、悠二の股間に自然な反応を起こし始めていた。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「好き……、好きです、坂井君……。私、坂井君のこと、こんなになっちゃうぐらい、大好きです……」  
「吉田さん……、こんなの、いけないよ……」  
あれほど言い出せなかった告白の言葉を囁きながら、一美は悠二の手がもたらす感覚に没頭していった。  
躊躇いも恥じらいも、忘れたくないという強い想いの前では、何程のものでもない。  
むしろそれらは、悠二との絆を求める気持ちと混じり合い、信じられないほどの興奮となって身体を包み込む。  
悠二の手に触れられた乳房は熱を孕み、秘所からは早くも愛する男を迎える為の潤みが滲み出していた。  
「いけなくなんかないです……。坂井君の事、ずっと覚えていたいから……」  
「うっ……」  
大きく片脚を悠二の胴に乗り上げると、露わになった太腿に、彼の視線が引き付けられるのを感じた。  
その目にちらりと浮かんだ素直な欲求を見て取り、一美の胸に訳の判らなくなるほどの悦びが湧き上がる。  
ゆっくりと悠二の胸に半身で倒れ込むと、片手を彼の首に廻して、再び唇を奪う。  
浮かせた片方の乳房に宛がった手はそのままにさせ、吐息を奪い尽くすように強く吸い上げた。  
「むうっ! んむぅうっ!」  
「んんぅっ、はぁ……。坂井君の、唇……。坂井君の髪……」  
口付けの余韻に声を震わせながら、自分とは違う質感の髪を、抱えた手の指でさらさらと流した。  
度重なる刺激に息を荒くした悠二の顔を、うっとりと目を細めて眺めやる。  
「坂井君の手……。ん、ふぅ……、坂井君……の、身体……。っはぁ、坂井君の、匂い……っ」  
「だっ……、やめ……」  
片方の乳房を胸板に擦り付け、もう一方の膨らみを悠二の手を使って揉みしだく。  
草いきれに混じって立ち昇る、嗅ぎ慣れない男性の肌の匂いが鼻腔をくすぐり、背筋を熱く焦がす。  
一つ一つを数え上げるように呟きながら、悠二の存在の全てを五感に刻み付けていった。  
 
「あ、これ……?」  
「よっ、吉田さんっ!? そこはっ……!」  
太腿に硬い異物感を覚えて、一美はそこを確認するように脚を動かした。  
途端に口から焦った叫びを洩らし、悠二は思い出したように身体の下でもがき出す。  
脚をずらし視線をそこに投げると、ズボンの前は強く張り詰め、中の状態を如実に表している。  
普段ならば想像する事すら憚られるだろうその反応も、今の一美にはごく自然なものとしか映らなかった。  
「坂井君……。ちゃんと応えてくれてたんですね……」  
「違うよ! いや、確かにそうなんだけど、そうじゃなくて!」  
「嬉しい……」  
困ったように照れる悠二の姿に、痺れるほどの愛しさが満ち溢れ、口元がふわりと綻んだ。  
そっと身を起こし、自分の心の求めるがまま、物怖じもせずにその場所へ手を伸ばす。  
「坂井君のこれ……も、ください……」  
「……っ!? だっ、駄目だよ、これ以上はっ!」  
服の上からそっと撫でると、そこは別の生き物のようにビクンと跳ね上がった。  
続けて拙い手つきでベルトを外そうとすると、悠二の手がそれを振り払おうと抵抗し出す。  
しかし、その動きはいかにも躊躇いがちで、こちらの手を完全に阻むほどの力は既にない。  
ボタンを外し、ジッパーを開け、残った下着を大きく引き下ろす。  
「あっ……!」  
悠二の叫びと共に、奇怪な形状をした肉棒が姿を現し、屹立した先端が中天を指す。  
初めて目にする、異性の性器。曖昧な想像とはまるで違う、血の通った肉塊。  
恐れよりも戸惑いよりも羞恥よりも、それが確かに今ここにあるという実感に、言い様のない歓喜を覚えた。  
 
「これが、坂井君の……」  
「吉田さん、ほんとに、駄目だから……」  
感歎の吐息に乗せて呟くと、悠二は両手で股間を隠しながら、身をくねらせて後じさった。  
けれど、両手で軽く肩を抑え付けると、それだけで地面に縫い止められたように動きが止まる。  
「駄目です……。坂井君のそれを、私のここに……、しなくちゃ……」  
「う、っく!」  
悠二の腰を大きく跨ぎながら、乱れた裾をたくし上げ、下腹部を夏の夜気に晒した。  
下着の線が出るのを嫌って何も着けていなかったそこへ、息を呑んだ悠二の視線が突き刺さる。  
淡い下草を湿らせてなお溢れた雫が内股を伝い落ち、虫が這うようなむず痒さが走る。  
悠二の手から硬い強張りを奪い取ると、引き寄せたそれに濡れそぼった秘所を近づけていった。  
「これ、で……。これなら……」  
悠二がここにいるという証が残せる。  
どんな事があっても失われない絆を結べる。  
夢想していた願いの内の、ほんの一部だけでも果たす事が出来る。  
どれが本心という訳でもない、錯綜した想いを胸に抱き、潤んだ秘裂に熱い先端を押し付ける。  
しかし、濡れてはいても解れてはいない硬い蕾は、まだそれを受け入れる準備が出来ていなかった。  
「あっ……。どう、してっ……?」  
ずるっと入り口を避けるように滑った悠二の先端を、非難を込めて見下ろした。  
身悶えながら何度も宛がうが、染み出したぬめりのせいで、その度にあらぬ方向へずれてしまう。  
「いや……、何で……?」  
上手くいかない事に焦燥が芽生え、またそれ故に手つきが覚束なくなってゆく。  
言う事を聞いてくれない悠二の分身に対する苛立ちは、僅かに残った理性の箍を一気に打ち壊した。  
 
「駄目、ですっ!」  
「くっ!?」  
硬い茎を逃がさないように強く握り締めると、悠二の口から苦痛の声が上がった。  
もう一方の手で自身の花弁を大きく押し広げると、そそり立つ先端を強引にその中へ押し込んでいく。  
「……っつぅ!」  
硬い幹の部分が割って入ると、引き攣るような痛みが身体の中心を駆け上った。  
その余りの痛さに身体が怯み、ビクンと硬直したかのように動けなくなる。  
(駄目……! 動いて、私の身体……!)  
祈るように、言い聞かせるように、心の中で叫ぶ。  
この痛みは自分の思いの証。大好きなこの人を、忘れない為の痛み。  
苦痛を拒むのではなく、耐えるのでもなく、必死の想いに包んで、ただ受け入れる。  
強い心の欲求に、怯えていた体が従い始めると、緩んだ膣口がゆっくりと異物を飲み込んでいった。  
「んんっ、んっ、んんんんんっ!」  
半ばまで収めたところで両手をそこから離すと、小さく膝を踏み変えて、重心を腰に移した。  
途端に残る部分が一気に中へ滑り込み、鋭い破瓜の痛みに思いもかけず大きな声が洩れる。  
「っはぁ、はぁっ……」  
「吉田、さん……。その、だいじょう、ぶ?」  
力尽きたように前へ倒れ込むと、心配そうに声を掛ける悠二と目が合う。  
ようやく一つになれた喜びと安堵を込めて、そんな彼にそっと微笑みを返す。  
「はい……、平気、です……」  
自分の中を埋め尽くすものの硬さと熱さが、これ以上ないほどの実感となって、一美の心を満たしていった。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
(なにを言ってるんだ、僕は……)  
気丈に笑みを浮かべようとする一美の姿に、悠二はぼんやりと自分の言葉の愚かさを責めた。  
一杯に涙を浮かべた瞳も、雨に打たれた子犬のように震える身体も、聞くまでもなく強い痛みを表している。  
けれど、あんな問い方をしたら、いくら辛くとも正直に答えられるはずがない。  
死闘に於いては鋭い閃きを導く頭も、初めての性交に対する衝撃に、普段の一割も働いていなかった。  
「坂井君が、今は、私のなか、に……」  
「うぅっ……」  
「います、よね? いるんですよね、ここに……」  
一美はゆるゆると片手を下腹部に添え、母親が胎内の子を愛でるように、そっと撫で擦った。  
痛みの為か、ひゅくひゅくと断続的に締め付けてくる肉襞の感触に、思わず声が出る。  
神々しさすら備えた、クラスメイトの少女の初めて見る表情に、言葉にならない想いが込み上げる。  
覆い被さるように地面へ両手を突いた一美は、やがてゆっくりと腰を揺らし始めた。  
「んっ、つぅ……! さっ、かい、くんっ……!」  
「吉田さんっ! だっ、駄目だよ、痛いんでしょっ!?」  
「痛、く、なきゃ、いけない、んっ、ですっ……! 忘れ、ないっ、ためにはっ……!」  
「なっ、何をっ……、くっ、くうっ!」  
きつく眉をひそめ、ぎこちなく身をくねらす一美の姿は、あまりに痛々しかった。  
しかし自分から抜こうにも、少し動いただけで強く苦痛の色を浮かべる一美の反応に、身動きが取れない。  
どうしたらいいのか、何を言えばいいのか、それすら判らない。  
ただ、弾む双つの膨らみと、剛直を飲み込んだ秘裂のひくつきを、信じられない思いで眺めているしかなかった。  
 
「もっと、強くっ……! んくぅっ、身体、壊れちゃう、ぐらいにっ……!」  
「うあ……っ! よし、だ、さんっ……!」  
「坂井くぅん……! さ、かいく、んぅっ……!」  
表情から痛みが薄れてくると、一美はそれを拒むかのように、腰を乱雑に振り乱した。  
深く侵入した剛直が硬さの残る膣内を掻き回し、結合部から破瓜の血が混じった愛液が音を立てて飛び散る。  
快楽よりも苦痛を求めるような激しい動きは、強い抵抗と締め付けを引き起こし、悠二を責め上げる。  
手淫とはまるで異なる刺激に、悠二の下腹へしこりのような快楽が渦を巻いた。  
「んっ、うっ、く、んぅ、んんっ! もっと、坂井君、をっ……!」  
「う、あっ、だっ、め……!」  
「教えて、くださいっ……、もっと、もっと、もっと……っ!」  
横の動きに加え、一美はうねるような上下の動きを交え出した。  
叩き付けるような勢いで腰を打ち据え、悠二の先端で硬く閉じた子宮口を自ら突き上げる。  
まろやかな身体が浮く度に、剛直を引き抜かれるような喪失感が、快楽と混じって鋭く背筋を走る。  
肉付きの良い腰が沈む度に、敏感な亀頭がくきゅっと奥の壁に押し潰され、切ないほどの慄きが押し寄せる。  
「こっ、れ……、奥に、当たって……!」  
「っく、はぁ、っつ、く……ぅ!」  
「坂井……、君、のがっ、中……っ、で、良く、判る……んふぅっ!」  
ぐっと腰を落とし、膣内でその形をなぞるように、大きく小さく、腰で幾重もの円を描く。  
痛みと激しい動きに打ち震えながらも、それ以上の喜色と悦楽をも浮かべ、のたうつ白い肢体。  
乱れた浴衣が、ほつれた髪が、重々しく揺れる乳房が、自分を求めて幻惑の舞を踊り続ける。  
狂おしいまでの律動を受け、悠二の理性は徐々に削り落とされていった。  
 
「坂井君、坂井君……、坂井、くんっ!」  
「むっ、う! ふもっ、むうぅ!」  
一美は呪文のように何度も呼び掛けながら、悠二の頭を掻き抱いた。  
柔らかな胸の間に顔が埋まり、口と鼻を塞がれて、肉の海で危うく溺れそうになる。  
首を反らそうとしても、しっかりと絡みついた腕が押さえつけているので、それも果たせない。  
息苦しさに意識が遠のきかけ、悠二は自分の呼吸を妨げるものを、無我夢中でぐっと押し退けた。  
「ぐっ、……ぷあっ! はっ、はっ、はぁ……」  
「さか……い、くん?」  
「あっ、ごっ、ごめん! そんなつもりじゃ……」  
呼吸が落ち着かないうちに、訝しげな一美の声を受け、自分が鷲掴みにしている物が何かを思い出した。  
けれど、慌てて出した声と理性を裏切るかのように、両手はそこから離れようとはしない。  
「いいん、ですよ……? もっと、触れて、下さい……」  
「あ……」  
こちらの葛藤を見透かした一美の言葉に、悠二の胸はドクンと高鳴った。  
一旦止まっていた腰の動きを再開しながら、蕩けるような微笑みを浮かべ、睦言を囁く。  
「坂井君の、声も、手も、ぜんぶ私が覚えますから……。だから、もっと……」  
「よ、吉田さんっ!」  
頭の中で何かが弾けそうになり、悠二は慌てて両手を引き剥がした。  
しかし、一美は再び頭を引き寄せ、今度は先程よりは優しく、両の乳房に顔を埋めさせる。  
「んっ、あっ! そうですっ、こうして……! もっと、坂井君の、こと……っ!」  
悠二の唇に乳首を擦り当てながら、一美の動きが更に激しくなる。  
じわじわと絶頂の予感が競り上がって来て、悠二の理性が警鐘を鳴らし始めた。  
 
「よし……だ、さんっ、僕、もうっ……!」  
「いっ、や、ですっ……! さかい、くんっ、はなれ、ないで……!」  
それだけはいけないという一心で本能に抗い、悠二は手を止めて一美の中から抜け出そうとした。  
けれど、一美の肢体は吸い付いたように離れず、動きは更に加速する。  
「だめだよっ……! ほんとに、出ちゃう、からっ……!」  
「いや、いやっ! 坂井君、坂井君、さかいくんっ!」  
固く目を閉じて、頬を朱に染めて、悠二の分も補うように、懸命に腰を打ち付けてくる。  
下腹に力を込め、奥歯を噛み締めて堪えようとしても、熱い疼きは急速に内圧を高めてゆく。  
「ぐっ……、くっ、ううっ、くうっ!」  
「も……っと、おねが……っ、さかっ……くんっ!」  
ねっとりと絡みつくような感触に変わった肉襞のうねりが、いきり立った剛直全体を舐め回す。  
夜目にも映える白くきめ細やかな少女の素肌が、官能的な媚態を視覚に送り込む。  
最奥へいざなうようなきつい収縮が、敏感な亀頭を締め上げる。  
耳に届く甘い懇願の声が、抑制の枷を打ち砕く。  
引き絞られた快感が、限度を超え。  
そしてそれが、弾ける。  
「うああぁっ!」  
目が眩むような、快楽の爆発。  
温かなぬかるみの中で、凄まじい開放感と共に欲望の全てを吐き出す。  
狭い膣内で剛直が跳ねる度、強い粘性を帯びた精液が先端から勢い良く迸る。  
かつて無いほどに長く激しい射精に、悠二は強烈な悦楽と、誰に対してかも定かでない罪悪感とを覚えていた。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「あっ……!?」  
断末魔のような悠二の絶叫と痙攣に、一美は強く胸を衝かれ、我に返ったように動きを止めた。  
鈍い痛みが宿る膣内でも、びくびくと脈動する強張りの様子と、奥に何かが注ぎ込まれる気配は感じ取れる。  
身体の芯に沸き起こるのは、求める男の精髄を受け入れたという、女としての原始的な充足感。  
知識ではなく実感で、悠二が自分の中で達した事を一美は悟った。  
「さかい、くん……?」  
「う……っ、はあ、はっ、はっ、はぁ……」  
恐る恐る抱き締めていた腕を緩めると、悠二は疲れ切ったようにぐったりと地面に横たわり、荒い息をついた。  
跳ねていた強張りも今までの熱く鋭い力を失い、やがて一美の中から抜け落ちる。  
これで終わったのだと思うと、一美を苛んでいた狂熱は、潮が引くように消え失せてゆく。  
代わりに胸へ押し寄せてくるのは、愛する者を失う事への、癒し難い喪失の痛みだった。  
「やっぱり、いや……。こんなの、こんなのじゃ、違うのに……」  
悠二のTシャツの裾を握り締め、一美はぼろぼろと大粒の涙を零した。  
本当は、こんな形ではなく、悠二と結ばれたかった。  
いや、結ばれなくとも、ずっと傍で悠二の姿を見ていたかったのに。  
「お願い……。消えないで、坂井君……」  
「……え? 消える、って……。吉田さん、何を……?」  
「だって、だってカムシンさんが……」  
悠二の問い掛けに、一美は一昨日からの出来事の全てを、思いつくままに述べていく。  
前後する話を黙って聴いていた悠二は、おおよその処を語り終えたところで、大きく溜息をついた。  
 
「そうだったんだ……。だから吉田さん、突然こんな事を……」  
「ひくっ、はい……。私、あの、ごめんなさい……」  
死の宣告よりも酷い事実を突きつけたというのに、悠二の声は殆ど平静を失ってはいなかった。  
自分のした事と、言うべきではない話を口にしてしまった事への罪の意識に、新たな涙が頬を流れる。  
けれど、それは顎を伝い落ちる前に、悠二の優しげな指先に掬い取られた。  
「謝るのは、僕の方だよ。僕は普通のトーチじゃないけど、吉田さんの前からいなくなるのは確かだから」  
「えっ? 普通じゃない、って……?」  
それから悠二は、一美の知らなかった事柄を、整然と説明していった。  
平井ゆかりの正体。ミステスという特殊な境遇とその恩恵。それを狙う『敵』がいること。  
既に世界の裏側の一端を知っている一美の頭は、絵空事のようなその説明も、事実として受け入れていく。  
そして、一美を含めた周りの人々をこれ以上巻き込まない為に、近々この街から姿を消すということ。  
結局のところ、一美自身にとっては、悠二が普通のトーチであった場合とあまり違いは無い。  
だが、悠二があの人影のように儚く消えてしまう訳ではないという事は、今の一美にとっては大きな喜びだった。  
「……だから、ごめんね。吉田さんの気持ちは嬉しいけど、僕はそれに応えてあげられないんだ」  
「ううん、いいです、そんな事……。坂井君が消えないでくれるなら、それだけで、もう……」  
二度と会えなくても、記憶が失われても、悠二が存在し続ける事が出来るのなら、それで良かった。  
正直、行かないで欲しいという思いは強い。記憶を消される事は身が切られるように辛い。  
しかし、自分以上に辛いであろう悠二を、そんな自分の我侭で苦しめる訳にはいかない。  
「良かった……。坂井君が消えないで、本当に良かった……」  
それに、この想いを覚えておけるのは、もう自分の身体だけではない。  
例え自分が忘れても、悠二の記憶の片隅に、この想いは残して貰えるのだから。  
悠二が完全にこの世界から消滅してしまう事に比べたら、それは遥かに救いのある話だった。  
 
「こんな事までさせておいて、すごく身勝手な事を言ってると思う。でも、僕は……」  
自分の方が襲われたというのに、責任を感じているらしい悠二に、改めて愛しさが込み上げた。  
やっぱり、優しい。すごく、優しい。  
初めて好きになったのが、初めてを捧げたのがこの人で、本当に良かったと思う。  
「身勝手なのは、私の方です。坂井君が気にすることなんて、全然ないです」  
「でも、僕は吉田さんに、何も返してあげられない……」  
「そんな事、ないです……」  
「え……?」  
済まなそうに目を伏せる悠二に向けて、そっと囁き掛けた。  
帯を解き、乱れた浴衣を脱ぎ捨てて、悠二に両手を差し伸べる。  
ありのままの自分の姿を、彼の記憶に留めておいてもらうために。  
「覚えていて……、ください。坂井君の事を、こんなに好きな子が、ここにいるってことを……」  
「吉田さん……」  
自分の想いの全てを、彼の胸に委ねるように。  
今の自分に出来る限りの、精一杯の笑顔を浮かべて、せめてもの願いを訴える。  
「それで、たまにでもいいから、私の事を思い出してください。それで、それだけで、充分です……」  
「……忘れないよ。忘れられるわけがないじゃないか、絶対に……!」  
悠二の腕が背中に廻り、息が詰まるほどに、強く、強く、抱き締められる。  
その抱擁に、紛れも無い自分に対する好意の念が、温かな体温と共に伝わってくる。  
そっと閉じた瞼の端から、今度は喜びの涙が溢れ落ちる。  
いずれこの温もりを忘れてしまうとしても、一美は今、確実に幸せだった。  
 
〜END〜  
 
 

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