一連の戦いが終わって────  
 世界は僅かに変化したものの、結局この世も、紅世も、“徒”も、人間も、トーチも、  
存在したまま世界は回っていた。  
 
 そして坂井悠二も、零時迷子のミステスのまま御崎市に帰還した。  
 やはりフレイムヘイズのままのシャナを伴って。  
 
 悠二が再びトーチとして灯ったことで、千草や、他の友人達も悠二の存在を“取り戻し  
た”。  
 悠二は坂井悠二としてこれからまた生活していくことになった。  
 
 が。  
 
「これは僕の日常じゃないぃぃぃっ!!」  
 
 夜23時過ぎ。平井家のマンション。  
 そこに悠二が左手にコンビニのビニール袋をぶら下げて現れる。その部屋のインターホ  
ンのボタンを押す。  
 スピーカーからピンポーン、と電子音が鳴ってから、ガチャガチャッと室内の受話器を  
上げる音が聞こえる。  
『こんな時分に、誰かしら?』  
 インターホンの向こう側から無愛想な声が返ってくる。  
「僕だよ、シャナ」  
『悠二』  
 悠二がインターホン越しに伝えると、途端に同じ声が弾んだような口調になって、その  
名前を呼び返してくる。  
 ガチャン、と乱暴に受話器を叩きつける音がしたかと思うと、それから1秒も経たない  
うちに、鉄製のマンションのドアの内側からガチャガチャと鍵を開ける音がする。  
 ドアをばんっと乱暴に開きながら、シャナは息せき切った様子で玄関から姿を現した。  
「悠二、早く早く」  
「うわぁっ!」  
 シャナは悠二の手をひったくるようにして中へと連れ込んだ。ドアはオートクローザー  
の力でバタンと閉じた。  
「あいたたた……もう、乱暴なんだからなシャナは」  
 悠二はシャナにひったくられた右の手首を抑えながら、マンションの玄関からLDKに入  
ってくる。  
「ずるいシャナちゃん。私がちょっと手を離せない隙に迎えに出ちゃうなんて」  
 キッチンの方から聞こえてきたその声の主は、吉田一美だった。  
「って吉田さん!」  
 その一美の姿を見て、悠二は慌てふためきながら手で目を覆った。目を覆ったが、その  
指の隙間からしっかりその先の光景を見ている。  
 
「ごめん、悠二だと思ったら我慢できなかった」  
 一美の不満げな声に、シャナはしかし顔を少し俯けて神妙に謝罪の言葉を告げた。  
「うーん、それじゃしょうがないか」  
 一美は一美で、口元に指を当てながら軽いテンションで、不満を口にすることもシャナ  
をこれ以上咎めることもなくそう言った。  
 以前の2人からは信じられないような光景だったが、今の悠二にとっては夜毎の恒例行  
事になりかけていた。  
 ついでに、今の一美の格好も……  
「よ、吉田さん、いくらこの季節、だからって、そんな格好してたら、風邪、引くよ?」  
 悠二は腰が引けた様子で、口をパクパクとさせながらどうにか搾り出すようにそう言っ  
た。  
 悠二が視線を逸らせようとしつも見入ってしまいそうになる一美のその格好とは、ずば  
り漢のロマン、裸エプロンであった。  
 ちなみにシャナはほとんどシースルー状態の薄いレースのネグリジェだったが、こちら  
はまだ下着が局部を隠している分、悠二も正視に耐えていた。  
「悠二君、こういうの嫌いだった?」  
 途端に一美は泣き出しそうな程の悲しそうな顔で悠二を見る。一美のような美少女にこ  
の顔と格好を見せられてこんなことを言われたら、世のほとんどの男なら一撃爆沈である  
こと間違いない。  
 と言うか悠二も実質的にはとっくの昔に撃沈状態なのだが。  
「い、いや、そういうわけじゃない、けど」  
「じゃあ、なんで一美を吉田って呼んでるのよ」  
 悠二は慌てたようにどもりながら言う。すると、今度はシャナが一美の傍らから悠二を  
睨んでそう言った。  
「え……あ!」  
「“少なくとも”、この部屋の中では悠二は一美の事も一美って呼ぶって約束したはずで  
しょ」  
 シャナに指摘されて、悠二は混乱のあまり忘れていたその約束を思い出した。  
「そ、そうだった……ね、一美……」  
 悠二は“さん”もしくは“ちゃん”をつけかけたが、その部分を飲み込んだ。  
 一応それでも別に構わないことになってはいるのだが、“さん”をつけると一美が哀しそ  
うな顔をするし、“ちゃん”をつけると逆にシャナの機嫌が悪くなるのだった。  
「悠二君、まだ0時まで少しあるし、先にお夜食食べるでしょ?」  
 一美は一応、エプロンをつけて本来やるべきようなことをやっていたらしく、悠二に向  
けている視線をちらちらとキッチンの方に走らせながらそう言った。  
 悠二はようやく一美らしい一面を見れた気がして、思わず安堵のため息を漏らしてしま  
う。  
「はぁ……、うん……ありがとう、それと、僕からも差し入れ」  
 悠二はそう言って、左手に持っていたコンビニのビニール袋を2人に向かって差し出し  
た。  
 
 中身はバニラのカップアイスが6つと、コンビニブランドのメロンパンがいくつか。  
「あ、悠二君、ありがとう」  
「悠二は、こういうときは気が利くのよね」  
 微笑みながらストレートにお礼をする一美と、どこかひねくれた言い回しをしながらも  
笑顔でコンビニ袋を物色するシャナ。  
 その様子を微笑ましく見ながらも、悠二はため息を深くついてしまう。  
 ──ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろうな。  
 
 
 “祭礼の蛇”本体の復活の阻止。『大命詩篇』の処分。  
 [仮装舞踏会(バル・マスケ)]との戦いに終止符を打ち、その結果として“紅世の徒”  
がこれまでより“この世”を容易く闊歩できない状況を作り出して、悠二達は御崎市に、  
“日常”に帰還したはずだった。  
 ところが、その“日常”に、まだ決着のついていない戦いがあったのである。  
「私、やっぱり坂井君のことが好きだから!」  
「私、何度負けても諦めないから!」  
「私がしわくちゃのおばあちゃんになっちゃって、悠二君が見向きもしてくれなくなるま  
では、絶対──絶対!!」   
 吉田一美、一世一代の再戦布告。  
 再びギスギスとした、これはこれで大変な“日常”が始まろうとしたとき。  
「悠二が悪いのよ! いつまでも態度をはっきりさせないから!」  
「そうだよ! シャナちゃんが本命ならはっきりそう言って、私は“坂井君”からは本当  
の答えを貰ってないんだから!」  
 詰め寄られる悠二。今や“祭礼の蛇”ならざる彼は、シャナとの間に不可侵の絆を感じ  
つつも、一美の存在が離れていってしまうことに抵抗を感じていた。  
 それはただ、彼が優柔不断だったからだけではない。  
「2人のどっちかを選べなんて……今の僕には出来ないよ!」  
 詰め寄られた悠二は顔を深く俯かせて2人から視線をはずしていたが、意志のこもった  
はっきりとした声でそう言いきった。  
「どういう……つもり?」  
 シャナが普段より低い声で聞き返す。  
「シャナは僕にとってかけがえの無い存在だ。絆も、絶対失いたくなんか無い! でも、  
吉田さんは僕……ミステス、トーチでしかない僕にとって、“日常”と僕とを繋いでくれ  
る、唯一の存在なんだ! どっちかの為にどっちかを失えなんて、今の、僕には……っ」  
 悠二は声を張り上げて、一気に言いきった。  
「ごめん、いずれ時が経ったら……もう少し落ち着いたら……その時は、答えを……」  
「答えなんかもう出てるじゃない」  
 悠二の自嘲するような言葉を遮って、シャナがあっさりとそう言った。  
「悠二にはどちらか1人では駄目、2人が必要ってことでしょ? だったら、私はそれでも  
構わない」  
 
「しゃ……シャナ? お前、何言ってるか解ってるのか?」  
 悠二はシャナの言っている事を理解したが、その為に帰ってパニックを起しかけながら  
シャナに問いただす。  
「一美はどう?」  
 シャナは悠二に向かっては直接答えず、視線を一美に向けて訊ねる。  
「私は……でも、坂井君が私を必要としているんなら、それでも構わないよ……」  
 少しおどおどした様子があったが、穏やかな笑みを浮かべてそう言った。  
「シャナ……吉田さん……?」  
「じゃあ、これで決まり」  
『多少問題はあるような気はするが、一番の解決策かも知れんな』  
 アラストールにまで止めを刺されて、悠二は引きつった笑みを浮かべたまま、そのまま  
崩れ落ちるようにがっくりと肩を落とした。  
 
 しかも二股で済んだかと思えばさに非ず、さらにもう1人坂井悠二ハーレムに参加者が  
加わっている。  
 
 
 一美の夜食を3人で食べた後、そろって入浴。  
 分譲とは言えマンションの浴室に中高生3人はあまりにきつかったが、『悠二の行動に  
いちいち不公平を訴えるべきではないが、解消可能な不公平はなるべく解消する』と言う、  
シャナと一美が決めて悠二が強引に賛同させられた意見によって、入浴は3人一緒と決ま  
っている  
 湯船の中で、右手にシャナ、左手に一美の方に腕を回した状況。  
 ちゃぷ、と音をたてながら、悠二は声には出さずシャウトする。  
 
 ──これは、これは僕の日常じゃないぃぃぃっ!!  
 

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