「師匠、あの……」  
 サーレは無言で察して、キアラの手を握ってやった。  
 キアラは嬉しそうに、両手でサーレの手を包み込む。  
 戦いの前や後、そうしてやることでキアラの不安は消えるというのだ。  
 こんな事で落ち着いてくれるというのなら、安いもの。  
 サーレは時々、こうしてキアラの手を握ってやっていた。  
「こんなことで、本当に落ち着くのか?」  
「はい」  
 にっこりと微笑むキアラを見て、サーレに悪戯心が芽生えた。  
「じゃあ、これは?」  
 握った手を、ぐいと引き寄せるとキアラを抱きしめる。  
「!」  
 十五・六歳にしか見えない小柄なキアラは、外見年齢三十前後のサーレの胸に、ちょうどすっぽり納まった。  
 サーレは調子に乗って、更にぎゅうっと腕に力を込める。  
「あ……」  
 キアラは驚きすぎて身じろぎも出来ない。  
 
「どうだ? こうするともっと落ち着くか?」  
 サーレは冗談めかしてキアラの耳許に囁いた。  
 キアラは顔を真っ赤にして、身体を硬直させている。  
「どうだ?」  
 重ねて、意地悪く訊いてやった。  
 すると、キアラはゆるゆるとサーレの背中に腕を回し、顔を胸に埋めてくるではないか。  
「……はい…とっても…落ち着きます……」  
 予想外の展開に、サーレの方が狼狽えてしまった。  
 胸の中の柔らかな感触、甘く心地よい香り。  
(……まずいな……)  
 初めてキアラに「女」を感じてしまった。  
 しかもその「女」は自分を慕ってくれている。  
(自分から仕掛けておいて、なにが「まずいな」だね)  
 サーレと契約する紅世の王=A“絢の羂挂”ギゾーが情け容赦なく追求してきた。  
 逃げを許してくれない相棒に、サーレは内心苦笑する。  
(確かに、俺はずっと前からこうしたかったのかもしれないな)  
 そしてキアラを抱きしめる腕に、そっと力を込めた。  
 
 それから、手を握る儀式は、抱きしめるものに取って代わられた。  
 ふんわりと柔らかいキアラを抱き寄せるたびに、サーレは葛藤する。  
 進むべきか、留まるべきか。  
 『極光の射手』として覚醒したキアラには、もう師匠など必要はないはずだ。  
 それでも二人は行動を共にし続けている。  
 キアラがそれを望んでいた。自分はまだ未熟だから、導いて欲しいと。  
 断る理由もないので、相も変わらずキアラを弟子として連れ歩いている。  
 だが実のところ、自分もキアラと共にいることを望んでいるのではないか。  
 キアラに離れて欲しくないのではないか。  
 男女が一緒にいたいと思う理由。  
 答えはとても、とても単純だ。  
(俺も迷う事はないと思うんだが…)  
 キアラの髪をゆったりと撫でながら、サーレは独りごちた。  
「無理強いは、したくないんでね」  
「え?」  
 キアラが聞きとがめて顔を上げた。  
 その顎を捕らえて、サーレは唇を重ねる。  
 最初は軽く、次はもう少し長く深く。  
 三度目には唇を割って舌を入れた。  
 驚き縮こまるキアラの舌を強引に引っ張り出し、ねちっこく絡ませる。  
 キアラは戸惑うばかりで、必死にサーレにしがみついていた。  
「し、師匠……なにを……?」  
 ようやく長い接吻が解かれ、息を切らせているキアラの頬をサーレは撫でる。  
「キアラ、ここから先は戻れないぞ」  
「師匠…?」  
 
「師匠としてではなく、男として訊く。俺の事が好きか?」  
「きゅ、急にどうしたんですか、師匠…」  
 身じろぐキアラの腰を、サーレはがっちりと掴んで離さない。  
 逃げ場を失い、キアラは表情と身体をこわばらせた。  
「俺は、お前が好きだ」  
「え…ええっ!?」  
 今まで戦いの最中以外で、見た事もないほど真剣なサーレの目に、キアラは痺れたように動けない。  
 真っ直ぐ射貫くような熱い視線から目が逸らせなかった。  
「お前を、女として俺のものにしたい」  
「あ……」  
 身体に回された手が、急に熱を帯びたように、ねっとりとキアラに絡みついてくる。  
 頭が、顔が、身体が、熱くなった。  
 「男」としてのサーレに、求められている。  
 かつて一時だけ行動を共にした紅世の王≠ニミステス=A『約束の二人』の姿が頭をよぎった。  
 これ以上ないほど「男」と「女」だった二人。  
(私と師匠が……)  
 あの二人のようになるというのか? そんな事想像も出来ない。  
 だが、今サーレがキアラに求めているのはそういう事だ。  
「お前が嫌ならこれ以上何もしない。どうするかはお前が決めろ」  
「そんな……」  
 いきなり「男」としてのサーレを見せつけられ、キアラは動揺していた。  
(ううん、違う…)  
 キアラは心の中で首を振った。  
(そう、あなたはサーレの気持ちに気付いていたわよね)  
 “破暁の先駆”ウートレンニャヤが艶っぽい声で指摘する。  
(こんな風に言ってくれるのを、待っていたんでしょ?)  
 “夕暮の後塵”ヴェチェールニャヤが軽くはしゃいだような声で諭す。  
(そう、待ってた…。ただ待ってただけ……)  
 キアラの目に涙がにじむ。  
 
「ごめんなさい……」  
「…泣くほど嫌だったのか…?」  
 キアラの涙にサーレは慌てて抱きしてめていた腕をほどこうとした。  
 だがキアラはそんなサーレにぶつかるように抱きついていく。  
「違うんです、そうじゃなくて…」  
「違う?」  
「私…待ってるだけで……ごめんなさい…  
 私も自分の気持ちに気がついていたのに、師匠を待ってるだけで何もしなくて…」  
 キアラは、ぐすぐすと泣きながらサーレに縋り付いた。  
「じゃあ、いいんだな」  
 サーレは確認を繰り返す。念には念を入れて、だ。  
「はい。……私を師匠のものにしてください」  
「ああ、断られたらどうしようかと思ったよ」  
 サーレは帽子の鍔を上げて、ほっと息を吐いた。  
「私から言わなきゃいけなかったのに…師匠のこと、好きですって…」  
「……女の子に先に言わせちゃうのも、立場なくなるんだがね」  
 サーレは泣きじゃくるキアラの背中を撫でながらぼやいた。  
「でも師匠からじゃ命令みたいになっちゃうから、言いづらかったりしません?」  
「まあ、それも少しはあったかな」  
 サーレはぐいっとキアラを抱き上げると、指で涙を拭う。  
「じゃあ、これは師匠としての命令ではなく、対等な恋人としてのお願いだ」  
 顔を近づけて低い声で囁く。  
「キス以上のことをしても、いいか?」  
 キアラは耳から首まで真っ赤になって俯いた。  
 
 キアラが初めてなのは分かり切った事実。  
 最低限の気配りとして、その日はいつもより高くてきれいな部屋を取った。  
 もちろんダブルの一部屋だけだ。  
 いつもは一緒にシャワーを浴びている二つの髪飾りも、今日はクローゼットの中。  
 もちろんそんな事をしたところで行動は筒抜けなのだが、気休めのようなものだ。  
 髪飾りを外す手が震えているのに気付いた二人の紅世の王≠ヘ、  
「大丈夫、あの手の男は経験値詰んでるものよ」  
「全部任せちゃえばいいの。ちゃんと優しくしてくれるから」  
 などとキアラの不安を鎮めようとしてくれた。  
「うん……ありがとう」  
 二人の励ましに精一杯微笑んでみせる。  
 高い部屋だけあってシャワーもちゃんとお湯が出るし、バスタブも広くて使いやすい。   
 キアラはシャワーで曇る鏡に、凹凸の少ない身体を映してそっとため息を吐いた。  
(もう少し、大人っぽい身体なら良かったのに…)  
 フレイムヘイズは老いる事はない。つまりこれ以上成長する事もない。  
 キアラの身体は女として未成熟なまま、時間が止まってしまっている。  
 サーレもキアラの体型くらい分かっているから、今更がっかりもしないだろうが、  
それでも気になってしまう。  
 身体を洗いながら、これからサーレに触れられるのだと思うと全身が熱くなった。  
(服…は着ていかない…と…)  
 どうせ脱ぐんだから、などとあらゆる事が、これから起こる事に結びついて動揺してしまう。  
 キアラは裸にバスタオルを巻いて、シャワールームを出た。  
 一歩一歩、歩みがぎこちないのは緊張のためだ。  
 脱衣所からそっと首を突き出して、先にシャワーを浴びて待っているサーレを探す。  
(あれ…?)  
 ベッドに座っているはずのサーレがいなかった。  
(トイレかしら…?)  
 キアラは首を傾げながら脱衣所から一歩部屋に踏み出す。  
「わっ!」  
「きゃあ!」  
 ドアの横に隠れていたサーレが、いきなり後ろからキアラに襲いかかった。  
 そのまま抱きかかえられて一気にベッドに転がり込む。  
 
「もう、脅かさないでください!」  
「悪い悪い」  
 キアラの肩越しにキスをすると、サーレはキアラのタオルをはだけさせた。  
「や…っ」  
 キアラに隠す暇を与えず、背後からキアラの可愛らしい乳房を包み込むと、  
ゆっくりともみしだき始める。  
「やあ…っ…恥ずかしいです、師匠…ッ」  
「どうして?」  
「私の胸……小さいから……」  
 キアラは両手で顔を覆い隠してしまう。  
 その仕草にサーレの胸がドクンと高鳴った。正直、たまらない。  
 実はさっきまで、サーレ自身もキアラの幼い身体に欲情できるのか、  
一抹の不安がないではなかった。サーレには少女趣味などなかったからだ。  
 だが、実際こうして触ってみたところ全く何の問題もなかった。  
 手のひらに収まりきってしまう胸だって、可愛くて良いではないか。  
「キアラ、別に男はみんな胸が大きい方が好きなわけじゃないぞ」  
「そ…そうなんですか?」  
「もちろん、俺だってそうだ」  
 嘘だ。本当はボインボインの美女が大好きだ。とにかく胸は大きいに超した事はない。  
 そのはずだったのに、今はキアラのささやかな胸に確実に欲望を感じている。  
 それが証拠に、既にサーレの中心は熱く反応を始めていた。  
 結局のところ、胸の大小は問題ではなく、それが誰のものかが問題なのだ。  
 惚れた女の乳房なら、それだけでこんなにも愛おしいなんて、サーレは不覚にも今まで知らなかった。  
 
 まだ固い胸を揉み解しながら、時折小さな乳首を指でキュッと挟んでみる。  
「や…あっ……ああ…っ!」  
 自分の胸に伸びるサーレの腕にしがみつきながら、キアラは艶っぽい声で喘ぐ。  
(よしよし…)  
 サーレは自分の作戦が功を奏した事に気をよくしていた。  
 キアラは初めてなのだ。緊張して、固くなっているに決まってる。  
 じっくり迫ったところで、ますます固くなるだけだ。  
 だから最初に驚かして緊張をほぐし、そのまま性行為に雪崩れ込んでしまう作戦だった。  
 キアラが感じ始めたのを確認して、いよいよ下半身に手を伸ばしていった。  
 後ろから抱きかかえた時に、既に膝を使って足は割り広げてある。  
 薄い茂みの向こう側に隠れた、秘所にそっと指を這わせる。  
「あっ…!」  
 キアラがピクッと反応した。   
 わずかに小さめの割れ目は、しっとりと濡れ始めている。  
(さて、ここからが肝心だ…)  
 サーレとて、人間時代を含めてそれなりに女性経験を積んできてはいるが、  
それはほとんどが玄人の女性相手だった(大道芸人という職業柄、素人女性とは縁遠かったのだ)。  
 生娘、それもこんな未成熟な少女の相手などさすがに初めてだ。  
 ひとまず、そっと中指を差し入れてみる。  
「ひぅ…っ」  
 途端にキアラが身体をこわばらせてしまった。  
(そうか、これはまだ痛いのか……まいったなどうも…)  
 強引に事を進めるのは簡単だが、それではキアラが辛いだけだ。  
 キアラとは今回限りの関係ではない。  
 サーレとしてはこれからの永遠に等しい時間をキアラと過ごしていきたいのだ。  
 つまり「最初が肝心」だ。  
 指を入れるのは諦めて、周辺をそっとかすめるように愛撫する。  
 もちろん左手で胸を揉んでやるのも忘れない。  
「ふ…っ…はぁ…っ…ああ…っ」  
 焦らずじっくり責めたのが良かったのか、徐々にキアラの堅さがほぐれていく。  
 肝心な部分も次第に濡れそぼって来た。  
 
(そろそろ、いいかな)  
 ぬめりを指に絡ませ、陰核を優しく刺激する。  
「あっ! ああっ!」  
 キアラの身体がビクリと跳ね上がった。痛くないよう、かすかに撫でるように刺激を続ける。  
「気持ちいいか、キアラ」  
「あ…っ! は、はい……」  
「うん」  
 これなら、とサーレは再び愛液を指に絡ませてキアラの中に挿入する。  
 今度はキアラも痛がらずにサーレの指を受け入れた。  
 熱く絡みつくキアラの中は、狭い。  
「ふう…っ…ああっ…っ師匠ぉ…!」  
 サーレが指でキアラをそっと掻き回すと、耐えきれなくなってサーレの腕にしがみついてくる。  
 溢れ出してくる愛液で、指を抜き差しする度にいやらしい音が漏れ出してきた。  
(…やばいなあ……)  
 一刻も早く、この中に己を刻みつけたくなってくる。  
「あ…し、師匠…」  
 キアラがピクッと何かに反応した。  
「ん? どうした?」  
「こ、これ、背中のって……」  
「……ああ…」  
 完全に立ち上がったサーレの性器が、キアラの腰の辺りにぶつかっていた。  
「……見てみる?」  
「えっ…ええっ…?」  
 サーレはキアラをずり上げるように持ち上げた。  
「ひっ!」  
 キアラの脚の間から、ひょっこりとサーレの性器が顔を出した。  
 初めて見る男性器に、キアラは視線が釘付けになっている。  
「触ってみるかい?」  
「えっ!? や…ちょっと待ってくださ…」  
 サーレはキアラの手を包み込むように掴むと、そっと性器を握らせた。  
「ああ…っ」  
「どんな感じだい?」  
「あ…熱いです…師匠……熱くて…脈打っていて……」  
 キアラの息が上がっていく。どんどん欲情で身体が熱を帯びていくのが分かる。  
 
「これが、これからキアラの中に入るんだ」  
 サーレはキアラの耳許で熱っぽく囁く。  
「こここ、こんなに大きいの入るんですか?」  
「大丈夫、ちゃんと入るように出来てるから」  
 サーレはキアラの秘所に、性器をこすりつけ始めた。  
 にちゃにちゃと、性器に愛液が絡まる音がする。  
「うう……」  
 キアラは、お互いの性器がこすれ合う様から目を逸らせずにいた。  
「じゃあ、そろそろいいかな」  
 こすりつけていたサーレの性器の角度が変わる。  
 小柄なキアラの身体を持ち上げるようにして、秘所に狙いを定めた。  
「力抜いて、大丈夫……」  
「は…はい……」  
 サーレの性器の先端が、キアラの秘所にゆっくりと潜り込んでいく。  
「ひ…っああ…っ」  
 激痛にキアラが顔をしかめ、サーレの腕に爪を立てた。  
「キアラ、息を吐いて…」  
「は、はい師匠……」  
 痛みに上がる呼吸を、キアラはどうにか鎮めようと懸命に息を吐く。  
「あっ! ああっ!」  
 わずかに力が緩んだ瞬間、サーレの先端がキアラの中に潜り込んだ。  
 そのまま重力に任せて、処女膜を一気に貫く。  
「あ…痛……い…です…」  
「くっ…」  
 キアラがサーレの腕に爪を立てたところが破けて血がにじみ出した。  
 フレイムヘイズの人間離れした力の為だ。サーレだからこの程度で済んでいる。  
 その痛みにサーレも若干顔をしかめた。  
(やれやれ…やっぱり後ろからにして正解だ)  
 もし正面から顔面にパンチでも喰らったら、さすがのサーレも無事で済まない。  
 苦痛に悶えるキアラを包み込むように抱きしめて、宥める。  
 ハアハアと荒い息を吐くキアラがかわいそうで、そして愛おしくて堪らない。  
 
「辛いか、キアラ…?」  
「いえ……だ、大丈夫です」  
 明らかに無理していると分かる震えた声で、キアラはサーレを振り向き微笑んで見せた。  
「ですから…つ、続きを……」  
「……キアラ!!」  
 もう限界だった。  
 キアラの両脚を抱え込むと、下から思い切り突き上げる。  
「ああっ! …はぁ! くぅ…!」  
 キアラは苦痛を吐息に混ぜて誤魔化しながら、サーレの動きに耐えた。  
(ああ…師匠のが…本当に…は…入ってる……)  
 血を纏ったサーレの性器が自分の中を出入りする様を、キアラは陶然と見つめる。  
(私の中に師匠が……)  
 昨日までは想像もしなかった光景に、頭がくらくらして来た。  
 サーレはキアラの二の腕を掴むと、やや前に倒すようにして腰を打ち付け始める。  
「うあっ…はっ…ああ…っ!」  
 更に奥まで突かれ、激しくなるサーレの律動に、キアラはただひたすら喘ぐしかない。  
 サーレの腰の動きに合わせて大きく揺れるキアラの姿が、一層サーレの情欲を駆り立てる。  
「そろそろいくぞ、キアラ…!」  
「は…はい……あ…っあん…っ!」  
 サーレは到達に向けて激しくキアラを責め立てた。  
 ガクガクと大きく揺さぶられながら、キアラは無意識にサーレを締め付ける。  
「し、師匠…師匠ぉ…っ…ああっ!」  
「くぅ…っ!」  
 サーレは思うままに欲望をキアラの中に放つ。  
「あ…っああ…っ!」  
 サーレの熱い迸りを受け止めて、キアラの身体がビクビクと跳ね上がった。  
 ぐったりと弛緩したキアラを、小さな身体で精一杯自分を受け入れてくれたキアラを、  
サーレは背中からぎゅっと力を込めて抱きしめた。  
 
 荒い息を吐くキアラの頬に、そっと頬をすり寄せる。  
 考えてみれば女を抱くなんて本当に久しぶりの事だった。  
 フレイムヘイズになってからだってそれほどの回数もない。  
 キアラと行動するようになってからは、教育的見地からますます遠ざかっていたものだ。  
 それでも特に不自由は感じなかったので、とっくに枯れ果てたものかと思っていたが、  
(なかなかどうして、俺もまだまだ男だったんだねえ…)  
 一度抱いただけでは物足りない。もっともっとキアラが欲しかった。  
 まだ息も絶え絶えと言った風情のキアラを、ベッドに横たえて覆い被さる。  
 軽く舌を絡めて離すと、膝裏を掴んで肩に着けるように脚を押し広げた。  
「し…師匠…?」  
「キアラ、もうちょっと頑張ってくれるか」  
「え……ええっ? でも私まだ痛くて…」  
「こういうのは慣れだから、回数こなせば良くなるもんだ」  
「そ、そんな……ああんっ!」  
 再びサーレに貫かれて、キアラは艶めいた声を上げる。  
 フレイムヘイズ同士の愛の交歓は、少女の体力が尽きるまで続いた。  
 
 
 気を失うように寝てしまったキアラの髪を撫でながら、サーレは幸せの余韻に浸っていた。  
 欲しかったものを手に入れた嬉しさ。  
 相手も自分を欲していてくれた喜び。  
 それが胸の中の柔らかく暖かな存在として、ここにある。  
 数百年前にのたれ死んでいたはずの大道芸人には過ぎた幸福だ。  
(まあ、これだけはあの親父殿に感謝かな)  
 フレイムヘイズにならなければ、キアラに出会う事すらなかったのだから。  
 
 
「ん……」  
 キアラは慣れない固い枕に違和感を覚えながら、目を覚ました。  
 体中が軋むように痛い。  
「おはよう、キアラ」  
 目の前に、微笑むサーレの顔があった。  
「…し、師匠!」  
 寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。  
 固い枕はサーレの腕、身体の痛みの原因は…だということを瞬時に思い出し、頭にカッと血が上った。  
「お、お、お、おはよう、ござ、いま、す」  
「ああ。身体は平気か?」  
「ちょっとまだ痛いですけど…多分平気です」  
 いつもと変わらないサーレの様子にキアラはなんとなくホッとした。  
 昨日「男」なところを見せられた時には驚いてしまったが、やはりサーレはサーレだ。  
「あの…師匠…私……」  
「ああ、その『師匠』というのはもうやめてくれ」  
 サーレは頭を掻きながら照れくさそうに言った。  
 
 
「俺の可愛いキアラ」  
 
 
 
 
 キアラの時が止まった。  
 
 
 聞き間違いだと信じたかった。  
 まさかサーレがそんな。  
 そんな砂を吐くような言葉を使うなんて。  
 
「こういう関係になったんだ。もう師匠とか弟子とかじゃない。対等の恋人じゃないか、可愛いキアラ」  
 
 
 また言った。  
 
 
「俺の事も名前で呼んでくれ、あの『約束の二人』のように。さあ、俺のキアラ」  
 
 
 一体目の前のこの人は誰なのだ。  
 あの朴念仁の、気の利いた事など一つも言えないサーレ・ハビヒツブルグのはず。  
 
 
「し、師匠…どうしちゃったんですか…変ですよ……?」  
「だから、師匠じゃなくてサーレと呼んでくれ、俺の可愛い…」  
「ちょっ…ちょっと待ってください、い、色々と心の準備が…準備が〜!」  
 
 
 幸いというか何というか、普段は本当にいつも通りのサーレだった。  
 だが、宿を取ったり、二人きりになると一気に『恋人』の顔に変わる。  
 二人で食事をしている今も、すっかりサーレは恋人モードだ。  
「サーレさん」  
 呼び捨てはさすがに無理だったので、この呼び方で妥協してもらった。  
「私、最初は本当に驚いたんですよ。いつものサーレさんじゃないって」  
「いきなり臭いセリフやら口説き文句やら吐かれてもねえ」  
「頭でも打ったかと思っちゃうわよねえ」  
 二人で一人の紅世の王≠ェ揶揄する。  
「美しき花を愛で、褒め称えるにはいくら言葉を尽くしても足りるということはない…」  
 サーレはギゾーの言葉を無視した。  
「別に『約束の二人』が特別ってわけじゃない。恋人ってのはこういうもんだ」  
「そういうもんですか」  
「お前だって、二人の時は結構俺に甘えてるぞ」  
「…まあ、そうかもしれません」  
 キアラはポッと頬を赤く染めた。色々と思い出しているのだろう。  
 そんなうぶな恋人に、サーレは目を細めた。  
「いいこと、あんまり男を調子に乗せちゃダメよ、私たちのキアラ」  
「そーそー、男は女を手に入れるまでは必死だけど」  
「一旦自分のものにしてしまうとそれで満足してしまうから」  
「がっちり、手綱を引くようにしなくっちゃダメだからね!」  
「う、うん。分かった」  
「君ら、あんまり変な知恵付けないでくれるかな」  
 サーレはうんざりした声で言った。  
「宝を常に傍に置きたいなら…磨いて手放さない努力が必要だよ?」  
 気障な声が更に追い打ちを掛ける。  
 
「サーレさん、私、お願いがあるんです」  
 紅世の王£Bに後押しされたキアラが、意を決して言った。  
「…なんだい、言ってごらん」  
「お酒、飲み過ぎです。飲むなとは言いません。でも量を決めて節制してください」  
「………分かった、努力しよう」  
「それと、もうひとつ…」  
「……いいから、言ってごらん」  
「その無精髭、剃ってください!」  
「な、なにぃ!?」  
 サーレは予想外の願いに目を剥いた。  
「だって、キスするときとか…その…あそこを…するときとか…ちくちくして…」  
 キアラは顔を真っ赤にして指をもじもじとさせていたが、キッと顔を上げて繰り返した。  
「無精髭、剃ってください!」  
「…いや、それはちょっと…」  
「そ、剃らないとキスしません! アレもしません!」  
「〜それは狡いんじゃないか、キアラ」  
「『あなたの可愛いキアラ』のために、剃ってください!」  
「……それだけは…」  
 サーレは帽子を手で押さえると、脱兎の如く逃げ出した。  
「あ、ずるい! 逃げないでくださいサーレさん!」  
「追いかけるわよ、私たちのキアラ!」  
「こういうところが、肝心だからね!」  
 キアラは元・師匠、現・恋人の男を追って走り出した。  
 
<了>  
 

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