「それじゃあお仕事頑張ってくださいね。・・・いえ、気にしないでください。  
 ・・・・・・ええ、私も愛してます」  
千草は静かに受話器を下ろすと「はぁ」と小さくため息をついた。  
いつも微笑みを絶やさないその顔には、心なしか影が落ちているようだった。  
原因は先ほどの電話、夫との会話にあった。  
別に夫との関係が冷めているわけでも、ほとんど毎日かかってくるラブコールに  
飽き飽きしているわけでもない。むしろ自分をどれほど想ってくれているのかが  
伝わって嬉しい限りだ。  
でも、今回の電話の内容は、GWに取れるはずの休暇が取れなくなったという内容は、  
千草を落ち込ませるには十分なものだった。  
千草は暗澹たる気分になりながら、しかし段々とそんな自分に笑ってしまいそうになった。  
それは、自分の想いがいかに変わらないかに。彼を想う気持ちがどれほど強いかということに。  
そして可笑しさは暖かさに変わっていく。  
そういえばあの時もこんな感じだった。まだ学生だったあの時も・・・  
 
 
終わりのSHRも終わりにわかに活気付く教室。  
部活へ急ぐもの、誘い合って真南川の向こうにある市街地へ繰り出すもの、  
それぞれ動く生徒の中に千草の姿もあった。  
昇降口へと向かう千草に「おーい、みんなで私の家に行くんだけど一緒に来ない?」  
と誘う声もかかったけれど、千草は断った。彼女には急ぐべき理由がある。  
今日は貫太郎が帰ってくる日。東京の大学に進学した貫太郎がGWを利用して  
御崎市へ帰省してくる日だった。  
 
(貫太郎さん・・・)  
千草は御崎駅の改札の前で貫太郎の帰りを待ちながら、二ヶ月前の事を思い出していた。  
鈍感でパッとしたところがないけど、頭の回転が速くて優しくてとても愛しい貫太郎さん。  
そんな貫太郎さんが、合格発表の日に私に告白してくれた。好きだと言ってキスをしてくれた。  
生まれてはじめてのキスは、友達の話や物語から想像したものを超越した、全てを許せる  
幸せに満ちたものだった。  
 
回想が初Hの思い出にまで及ぶに至り、流石に恥ずかしくなって現実に戻るとだいぶ時間がたっていた。  
変だ。もうとっくに帰ってきていいはずである。行き違いになったのかと私と貫太郎さんの両方の  
家に電話をかけても帰ってきていないという。駅員に聞いても電車に遅れは無い。  
段々と嫌な想像が頭に浮かんでくる。事故にあったのでは無いかとか、病気で倒れたんじゃないかとか、  
東京で彼女が、できたんじゃ、ない・・・  
思考がそこまで行くと、いてもたってもいられなくなった。  
財布の中身を確認すると、一旦家まで駆け戻り、落とし玉の残りを引き出し、駅に戻り、キップを買って  
列車に飛び乗った。  
 
貫太郎の下宿先の最寄駅についたのは終電ぎりぎりの時間だった。  
覚えている住所を頼りに真夜中の住宅街を歩いていると、とたんに不安な気持ちが湧き上がってくる。  
すると、後ろからついてくる足音に気付いた。そしてその足音がとつぜん早まった。  
千草がその足音から逃げようと駆け出すと、足音も追いかけるように駆け出す。  
追いかけっこは50mほど続いたが、千草は足音の主に手を掴まれてしまった。  
「イヤッ!誰か助けて!」  
千草は叫びながら振りほどこうとすると、  
「お、おちついて。千草さんだよね?」  
と聞きなれた、どこか自信のなさそうな声が聞こえ、ビックリして声の主を見る。  
そこには貫太郎がいた。  
千草は貫太郎に飛びつくと途端に泣き出した。  
 
「落ち着いた?」  
貫太郎はとりあえず自分の部屋へ千草を連れて行き、紅茶を入れた。  
「そういえばなんでこんな所にいるの?それに制服のままだし」  
その一言に、それまでの不安も悲しみも安堵も何もかも一色の感情に塗りつぶされてしまった。  
「なんで、ですか?」  
今自分を支配している感情を込めれるだけ込めた平坦な声にも、相変わらず貫太郎さんは  
不思議そうな顔をしていた。それが最後の引き金となった。  
「わかりました。説明します」  
それから小一時間ほどいかにあなたがいかに鈍感でそれが自分を傷つけたのかをについて説明した。  
それを受けてビクビクしながらした彼の説明によると、今日帰って来なかったのは友達に頼まれて  
代わりにアルバイトをしていたせいで、どうせ明日には帰るんだからと連絡しなかったらしい。  
まったくお人良しなんだから。  
 
一通り説教が終わると、ようやく久しぶりに貫太郎さんに会えたという実感がわいてきた。  
貫太郎さんもそうであるらしく、気恥ずかしげに私のことを見ていた。  
本当は貫太郎さんから誘って欲しいけど、告白の時以外いつも求めるのは私から。ほんとに鈍感なんだから。  
「貫太郎さん。キス、して」  
「う、うん」  
 
チュ・・・っと唇が触れる。とたんに幸せに胸が一杯になる。  
何もかも全てを許せる。そんな幸福をくれるキス。大好きな貫太郎さんを一番近くに感じられるキス。  
魂を直接触れ合わせる幸福に浸っていると、不意に抱かれた肩に力をかけられ仰向けに倒される。  
そして唇を割り貫太郎さんの舌が口の中に入ってくる。  
「んっ・・・・」  
貫太郎さんの舌に触れられるたびに、歯茎や舌が甘くしびれる。  
「はぁはぁ・・・・・・あっ・・・」  
貫太郎さんの右手が制服越しに左胸をまさぐる。制服の上からでも十分形の分かる大きな胸。  
それを円を書くように撫で上げ、軽く揉んでくる。  
「んふ・・・ぁ・・あん・・・」  
左手も加わり両胸を揉まれる。胸の奥から切なさがこみ上げてきて、それが全身に広がっていく。  
貫太郎さんの頭を抱き寄せ。より強く深く口付けをかわす。  
「ちゅっ・・・ぷはぁ・・・はぁはぁ・・・ねえ・・・おねがい、制服ぬがせて・・・  
 シワになる・・・から・・・」  
「うん、わかった」  
そういうと貫太郎さんは制服を脱がしてくれた。代わりに私も貫太郎さんの服を脱がす。  
ちょっと恥ずかしいけれど、それでいてとても幸福な行為だった。  
 
明かりを落とした部屋のなか、私と貫太郎さんは一糸纏わぬ姿で向き合っていた。  
そして、どちらからともなく口付けが再開される。  
数度唇を合わせると、貫太郎さんの口付けは下へとうつっていく。  
首筋をなぞり、鎖骨をしゃぶられる。  
「やっ・・・んんっ」  
くすぐったさをともなう甘い感覚に体をよじる。  
そんな反応が好きなのか、貫太郎さんは悶える体を押さえつけるように抱きしめながら執拗に鎖骨をしゃぶる。  
私も貫太郎さんの頭を抱きしめ、体の奥が痺れるような感覚を必死に耐えた。  
 
不意に唇が離れる。与えられていた刺激がなくなり、安堵と不満に一息つこうとしたとき、  
胸の先端に劇感が走った。  
「はぁぁぁぁんっ」  
左胸の乳首が吸われていた。執拗に口の中で舐められ、甘噛みされる。  
「んんっ・・・っ・・・あ・・んふぅ」  
私は貫太郎さんの頭を抱きしめたまま、与えられる快感にただ翻弄されていた。  
 
そして、貫太郎さんの左手がするすると下へ降りていった。  
「はっ・・・あぁぁんっ・・・ふあっあんっ」  
陰部全体を撫でるような軽い愛撫だったけれど、十分高まっていた私にはそれで十分だった。  
ビクビクッっと全身が震え、あまりの気持ちよさに全身の筋肉がこわばる。  
そんな私の様子を見て、貫太郎さんが目を見つめたまま優しく聞いてくる。  
「いい?」  
私は、ただコクコクっとうなずくことしか出来なくなっていた。  
 
貫太郎さんのモノが私の入り口に触れる。キスとはまた違う、愛を誓う儀式。  
じゅぶじゅぶと恥ずかしい音を立てて中に入ってくる。  
「うぅぅぅぅん」  
挿入の劇感に背を丸め耐える。そうする私を気遣うように背中をなで頬に口付けしてくれる。  
「はぁっ・・・あんっやっ・・・くぅぅん」  
始めきつらかった感覚も時間がたつにつれ気持ちよさに変わってくる。  
少しづつ感覚が高まり、絶頂へとのぼりつめていく。  
「ああっ!あんっっぁはんっんふぅ、も、もう、あっ、イき、そう」  
「ぼ、ぼくも、もう、出る!」  
「うぁっ・・・やっ・・・い、いくぅぅ!」  
二人同時にビクビクッと震える。  
そして、お腹の中に温かい感覚が広がっていった。  
 
 
 
(そういえばあの事件以来よね、毎日電話をするようになったのは)  
居間のテーブルで一人紅茶を飲みながら千草は思う。  
(あのころは若かったわ・・・・)  
今同じようなことが起きたとしても、多分自分はそんな突飛な行動はとらないだろう。  
それは、彼への気持ちに変化があったわけではない。私が母親になったということだけ。  
それでも、あの時の行為は間違いだとは思っていなかった。なぜなら悠二というすばらしいものを  
授かれたのだから。  
(まああれから大変だったけどね。でも、最愛の人と結婚できたんだし)  
思い出して、ふふっ、と笑ってしまう。妊娠を伝えた時の貫太郎さんの反応は面白かった。  
 
そんな風にすごしていると、玄関から物音が聞こえてきた。  
「もう、なに怒ってるんだよ。言ってくれなきゃ分からないだろ」  
「うるさいうるさいうるさい。怒ってないっていったら怒ってないのよ!」  
あらあら、まあまあ。悠ちゃんも貫太郎さんに似て鈍感なんだから。  
それがどんなに女の子を傷つけるのかを知らないうちは、悠ちゃんに彼女はまだ早いわね。  
それにあの女の子。強くてそれでいてとても危うい感じのする私の大切な友達。  
彼女には幸せになって欲しい。私みたいに、いや、私よりも。  
だから、自分の恋なんて構っている余裕はない。いまだ手がかかる子が二人もいるのだ。  
千草はいつもと変わらない笑顔を作ると、二人が言い合う玄関に向かっていった。  
 

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