斬殺フレイムヘイズシャナたん 
 
夕食。もはや定例行事のようにシャナがやって来た。 
「こんばんは」 
透き通った声は高く強く、二階のベッドの上でひとり雑誌にふけっていた僕の耳にも、 
その声は確かに届いた。 
「あらあらあら、こんばんは。シャナちゃん」 
柔らかい声。母さんの声に違いない。 
母さんはいつも通りに笑顔でシャナを迎え入れる。 
そろそろこちらに声をかけるだろう。 
少々乱暴に雑誌を部屋の脇に放ると、足早にドアに歩み寄り、ノブに手をかけた。 
引く。 
ドアの向こうにシャナがいた。 
一歩踏み出した拍子に、手が一本、前に伸びていた。 
手が伸びた先にシャナがいた。 
手が何かを触っていた。凹凸はない。そうまるで 
「板のような……」 
「板って何よ!」 
シャナの手がぶれるように霞み、 
「―――!」 
瞬間、僕は空を飛んだ気がした。身体が軽くなって、何もかもからすべてを許されたような自由感。 
視界が目まぐるしく回った。ゴールに向けて放ったバスケットボールの一点に 
目玉をつけたような感じだ。数秒ほどの飛翔の後、僕はどんっ、 
と一階の床に落ちた。したたかに頭を打ち付ける。 
くらむ意識の中、妙な違和感に脳が感づく。 
おかしい。 
人一人が階段から落下したにしては音が軽すぎる。そう、それこそバスケットボールが 
落ちたような音だった。 
「シャナちゃん。悠ちゃん呼んできてくれたー?」 
廊下の向こう、台所の奥で、油のはねる音に混じるようにして母さんの声が聞こえた。 
そうか、呼びに来てくれたのか――シャナには、悪いことしちゃったな。 
起き上がろうとして、今更ながら気がつく。 
身体が、いやそもそも首が動かない。というか、 
「身体が、ない……?」 
どさっ、 
「あ」 
目の前に、重い音とともに落下してきたのは、間違えるはずもない、 
僕の首から下でした。 
しかし、その姿はまるでダルマ落としのダルマの胴体。右から左へ、左から右へ。 
鋭い斬撃の奔った痕は、まさしく滅多切りです。僕は皮肉にも、死んでいるから助かりました。  
 
「ひ、ひええ!?」 
生ける生首と化した僕は、逃げることもできません。案の定、階段の上から足音が。 
「悠二……言ったわね。板、ですって……アラストール?」 
火の粉を散らす灼熱の長髪をなびかせ、シャナは胸元のペンダントに問いかけます。 
いつもなら即答するはずの遠雷の声も、今日はどこか尻すぼみです。 
「峰……と言いたいが、これは少々……」 
「なに?」 
「いや」 
最後の三段を一跳びに抜かし、床に降り立ちます。そして今、僕の目の前には、 
"天壌の劫火"を一言の元に沈黙させた、『炎髪灼眼の討ち手』がいました。 
「悠二……」 
殺意を越えた感情を宿した灼眼が、僕の瞳を焼かんばかりに貫きます。 
「ご、ごめん! いや、触るつもりはなかったんだけど」 
「けど?」 
「け、けど、その…………」 
「その?」 
「…………ごめん」 
「ん。それでいい」 
「へ?」 
急に強面を崩し、にこりと笑ったシャナに、僕は素っ頓狂な声を上げました。 
「悠ちゃーん、降りてきたのー?」 
唐突に響く、母さんの声。しかも、廊下に今にも入ってこようとしている片足が。 
僕は、 
「シャナ!」 
「うん!」 
一言で理解したシャナは、炎髪をふわり舞わせると、廊下一帯に戦闘用でない、小規模な 
封絶を張りました。廊下に踏み入ろうとしていた二本目の足が止まり、引き返していきます。 
一時的に、僕らのことは思考の外に追いやられているはずです。また油のはねる音が聞こえ始めたのを確認して、 
「ふぅ――危なかった」 
未だに首だけのまま、僕は安堵の息を漏らします。と、 
「痛てっ、痛い、痛い痛い!」 
あまり長くない僕の髪を、シャナが乱暴に掴み上げました。 
「な、なにするの?」 
「ん、二階に持って上がるのよ」 
「……」 
久々のモノ扱い。さらにシャナは、廊下に散らばった僕の欠片を、まるで串焼き鳥のように 
大太刀、贄殿遮那でぶつ、ぶつりと突き刺していきます。ひどい、あんまりだ。 
「ちょ、ちょっと、もう少し丁寧に扱って……」 
「邪魔でしょ、こんなとこに転がってちゃ」 
ぶつ、ぶつり。 
すべて刺し終えると、血が流れていないせいか、廊下はすぐに日常に戻りました。 
僕の髪の毛を掴んだまま、封絶を解いて階段を上がる途中、シャナは、 
「千草、悠二はお腹の調子が悪いから部屋にいるって。私は悠二のそばにいるから、 
ご飯は後でドアの外に置いて。ごめん」 
台所に聞こえる程度の大声でそれだけ言うと、そそくさと二階へ駆け上がりました。 
(……喜ぶ、べきなのかなぁ……。しかし、この待遇は……) 
階段の角にごんごんと頭をぶつけながら、僕はそんなことを考えていた。 
「そう? じゃ、お願いするわねー?」 
返ってくる母さんの返事には、すこし楽しそうな響きがあった。  
 
 
零時間際。 
シャナは僕の入った風呂敷を担ぐと、ひらりと屋根へと跳んだ。 
足場を確認してから、包みを開く。 
「痛てっ」 
ごろごろ、ぼろぼろと、近所の住民が見れば卒倒するような音を立てて、僕は 
その場に薄高く積み上がった。ちらほらと雲間に星が見える空の下、一軒家の屋根の上に 
少女と死体の山。明らかに異常な状況だが、そこに疑問をはさむものはそこにはいなかった。 
「今、十一時五十五分。あと少しの辛抱ね」 
「辛抱って、誰のせいで……」 
「うるさいうるさいうるさい! 言い訳するな!」 
「う……」 
押し黙る僕。シャナはむっとした表情のままその場に腰を下ろすと、ぼそりと呟いた。 
「別に、触られたことで怒ったんじゃない」 
「――え?」 
「なんでもない。忘れて」 
それきり、ふたりとも無言だった。 
やがて、零時。 
積み上げられた僕の山が、薄っすらと光を放ち始める。パーツが組みあがるようにではなく、 
バラバラの粘土細工を潰して作り直すような乱雑さで、僕は五体満足に戻っていく。 
久方ぶりに二本の足で立ち上がると、リハビリのつもりで手を握っては開く。 
「ん……よし。ちゃんと動く」 
「悠二」 
「ん?」 
シャナの声。どこかしぼんだ様子の背中が、足元にあった。 
(……こんなに、小さかったのか……) 
改めて思う。その背中が、夜空に消え入りそうな声を紡ぐ。 
「悠二…………ごめん」 
「ん。いいよ」 
先ほどと同じように、こちらも即答する。微笑んで。 
「私は……」 
「いいんだよ」 
もう一度言って、シャナの隣に腰を下ろした。シャナがこちらに振り向いた。その目に、 
薄っすらと光るものが見えた。 
「いいんだ。別に、気にしないさ」 
「悠二……」 
「胸がないことくらい、どうってことない」 
「だからそれに怒ってんのよっ!!」 
左の肩から右の脇へ、どこからか出した大太刀に袈裟懸けに斬られ、上半身の方の僕は 
たちまちごろごろと屋根を転がっていき、宙へ投げ出された。 
半分カットの身体にまとわりつき始める重力に身を任せながら、僕は思う。 
ああ、明日の学校、どうしよう。 
「馬鹿ぁ――っ!!」 
頭上の方から、わめくようなシャナの声が届く。  
 

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