御崎高校にちょっとした事件が起こった。 
事件といってもここ最近、御崎市を襲った災害に比べれば、何も無かったに等しい。 
一人の教師、一人の生徒が御崎高校の新たな一員としてやってくるという小さな事件だ。 
その教師と生徒はあるクラスに迎え入れられた。 
副担任と転校生として。 
ここまでなんでもない、日常にある風景の一つだ。 
ただ普通と違うのはその二人が人間とは違う世界に暮らす異形の者であったこと。 
そしてその異世界の者達が訪れるクラスには、同じく異世界を生きるフレイムヘイズとミステスがいたこと。  
 
季節は梅雨が明けた夏、まだ朝だというのに教室にいる生徒の額にはうっすら汗がうかんでいる。 
教室にいる生徒たちは各々、下敷きを団扇がわりに仰ぎながら 
「大事な話がある」といった担任の言葉を待っていた。 
「では紹介しよう。副担任として赴任してきた須藤 快先生と転校生のヘカテーさんだ。」 
担任が教室のドアを指し示し、生徒を静かにさせる意味で大きな声で言った。 
クラス内の話し声が途絶えると、ゆっくりとドアが開く。 
ダークスーツを着こなし、プラチナブロンドをオールバックにした長身の男が 
ドアからゆったりとした歩調で入ってきた。 
その彫りの深い顔にはサングラスがかかっており、 
なにがおかしいのか締まりのなくニヤニヤと笑っている。 
そしてその後に続いてややスカートの丈が短いセーラー服をまとう、 
透き通るような空色の髪をした少女が立っていた。 
その容貌は小柄でまるで小学生にも見えてたが、端麗な容姿に誰もが息をのんだ。 
美少女といってもいい。 
なによりその規定の学生服とは違う服に新鮮な感動を男子の大半が感じ、うっとりとしていた。 
こちらはムスッと固く口を閉じている。実に対照的な二人だった。 
教室には数秒ざわめきが起こり、のちに歓声が、主に男子から上がった。  
 
「オッホン。えー、ヘカテーさんは外国暮らしが長いので、みんな仲良くするように。」 
咳払いをし、担任はそう言うと、無言で二人に自己紹介をうながした。 
まず先に喋りだしたのは男のほうだった。 
「保険体育担当兼このクラスの副担任になる須藤だ。よろしく頼むよ。」 
男が簡素な自己紹介をすると担任に一言断りを入れ、さっさと教室から出ていってしまった。 
その去り際、誰にも気づかないように、ミステスである悠二に視線を投げかけながら。 
副担任の男が出ていったあと、残された少女にクラス中の注目が集まった。 
それに対して少女が取った態度は教室のある一点を見つめているのみ。 
何も喋らない転校生にクラス内がざわざわと揺らぎだした。 
焦れた担任が小声で自己紹介するよう囁きかけたが、少女は微動だにしない。 
少女はある一点、正確には一人の人間を見つめ続けた。 
(あれが零時迷子を宿したミステス、坂井悠二ですね。) 
少女の心には担任やざわつく生徒の声が毛の先ほどにも届きはしなかった。  
 
 
時は少し前にさかのぼる。 
漆黒の空間に満天の星空広がる場所、星黎殿。 
そこに靴音を立てて、千変のシュドナイが現れた。 
その両の手には赤いリボンの付いた包み紙を大事そうに抱えていた。 
「ご機嫌はいかでしょうか?我が麗しの姫君、頂の座ヘカテー。」 
芝居がかった調子でシュドナイは前方の暗闇に浮かぶヘカテーに声をかけた。 
「そのふざけた口調をおやめなさい。」 
やや疲れた声で続けて 
「それと何度も言っているでしょう。私はあなたのモノでもお姫様でもない、と。」 
とつぶやくように言う。 
シュドナイはやれやれといった感じで肩をすくめた。 
「何の用ですか。それとその手に掲げ持っているものは?」 
ヘカテーは包み紙に視線をうつして大して興味なさげに言う。 
「まずは順を追って説明する。つい先日のこと、俺の腕とおぼしき咆哮が御崎市であった。 
もしやと思って燐子に調べさせたら、案の定、あの坊やだったわけだ。」 
「その坊やというのは零時迷子を宿したミステスのことですね。 
認めたくないものの、あなたの手はネコの手よりは役に立ったわけですか。」 
苦笑いしつつ、シュドナイはコクリとうなずいた。  
 
「その後も燐子に坊やのことを色々と調べさせた。名前は坂井悠二、人間界でいうところの平凡な中学生だそうだ。」 
そこで焦れたようにヘカテーは口を出した。 
「調べて回る暇があったらすぐにでも零時迷子を取り出すか、彼をつれてくるか」 
「落ち着いて最後まで聞け。お前らしくもない。」 
すぐにシュドナイはヘカテーの言葉を遮った。 
「あなたといるからです。」 
「クク、そりゃ光栄だな。本題に戻るぞ。問題はここからだ。 
ミステスはフレイムヘイズ・炎髪灼眼の討ち手と同居している。」 
その言葉を聞いたヘカテーは珍しく顔を曇らせた。 
「・・・しっかりと護衛されているというわけですか。あの王とあの・・・女の子に。」 
シュドナイはおやと意外に思い 
「あのフレイムヘイズと過去になにかあったのか?フフ」 
とうすら笑い浮かべながら言った。 
「あなたに関係ありません。それであなたのことだからなにか策を用意したのでしょう?」 
感情を表したことに恥じて、頬をほんのり朱に染め、ヘカテーはきっぱりといった。 
「ふっ。ああ、そのとうりだ。教授が新たな宝具を開発した。 
その宝具は変ワリモノでなんでも紅世の王の気配を完全に消し 
まったくの人間として振舞えるそうだ。多少、紅世としての能力は限定されるがな。」 
シュドナイの手にいつの間にか、2組のイヤリングが握られていた。 
「これがその宝具だ。これをつけて人間になりすまし、奴らに近づきつつ 
フレイムヘイズの目を盗み、零時迷子ごとミステスを掻っ攫う寸法だ。」  
 
「作戦はわかりました。しかし不可解な点がひとつあります。その宝具は2組ありますね。あなただけなら一組でいいはず。」 
嫌な予感を感じながら思ったことをヘカテーは口に出した。 
「まさかわたしもその作戦に参加するということでしょうか?」 
シュドナイは満足気に大きく頷きながら 
「察しがいいな。あの町には弔詞の読み手と未確認ながら最初のフレイムヘイズがいる。 
万が一バレた場合、控えめに言っても俺の手に余る。」 
と極めて演技くさい溜息まではきながら言った。 
「・・・・わかりました。その作戦に私も参加します。」 
ヘカテーはなにか理不尽なことに巻き込まれてると感じながらも了解した。 
「そうこなくては!」 
シュドナイはヘカテーには窺い知れない理由で喜びをおおいに表した。 
「そこまで喜ぶ理由がなにかあるのですか?まあいいです。 
ところであなたはミステスに顔をしられているはずですけど。」 
頭に?マークを抱きつつ、ヘカテーは作戦の細部をつめていくために疑問を投げかけた。 
「その点は大丈夫だ。多少顔をいじくる。なにしろ俺は千の顔と千の姿を持つ千変様だ。 
ぬかりはない。それよりも不安なのはお前さんのほうだ。なにしろ世間知らずもいいとこなお嬢様だからな。」  
 
シュドナイはやや不安そうな顔で尋ねた。 
「その点は大丈夫です。昔、あの方に人間としてのマナーの手ほどきを受けたことがありますから。」 
「お熱いこって。妬けるねぇ。おっと、忘れるところだった。そらっ」 
軽口を叩きながら、先ほどからずっと持っていた包みをヘカテーに投げ渡した。 
「これは?」 
「ちょいとした変装の一部、完璧に人になるための人間界の宝具ってとこさ。」 
「?」 
当然説明があるように思っていたヘカテーだったが、それ以上シュドナイはククッと笑うだけで何も答えなかった。  
 
シュドナイとは別室に行き、訝しがりながらシュドナイが渡した包み紙をガサゴソと開いた。 
そして現れたのはセーラー服だった。 
しかもどうやって調べたのか服のサイズヘカテーにぴったりだった、 
スカートがやけに短いという一点を除けば。そのスカートの短さにヘカテーは絶句した。 
長い時間セーラー服を着るか着ないかで葛藤したあと、意を決してセーラー服に身を包み 
鏡の前に立ち自分の姿をみたとき、火が顔からでたのではと本当に思うくらい真っ赤々になってしまった。 
ヘカテーは普段、肌を多く露出するほどの衣装は着ていない。 
服はせいぜい出ていても手と首から上しか人には見せない。 
理由はごく簡単。恥ずかしいからだ。 
しかしこのセーラー服のスカートはかなり短く、 
白く吸い付くような太ももが露出させ、太ももの存在感をアピールしている。 
自分のあられもない姿を見た羞恥心から体育座りで丸まり、 
赤くなってしばらく動けなくなってしまった。 
さらに長い時間を費やし、開き直りという形で立ち直ったヘカテーはシュドナイの前にセーラー服で現れた。 
その姿を見たシュドナイは今まで見たことの無いような恍惚の表情を浮かべた。 
自分が今、世界で一番幸せだ、ということを顔で表してるかのようだった。 
このセーラー服をわたしに着させるために今回の作戦をおもいついたのでは?という疑念が頭の中でぐるぐるまわりながら、また体育座りで赤くなり、しばらく動けなくなった。  
 
 
場面は戻って朝のHRでの教室。 
ヘカテーはいまだ消えない羞恥心の中、教壇で悠二を見続けていた。 
「おい、あの子お前のことさっきからずーーっと見てるぜ。これはもしかすると新たな恋の嵐が!」 
悠二の前の席にいる田中がふざけた調子で悠二に小声で喋りかける。 
「うるさい!へ、へんなことゆうな!!」 
悠二は田中を黙らせるつもりで、ムキになって反論する。 
同時にシャナに聞かれてませんように!と心の中で強く願い、探りを入れるつもりでシャナのほうをチラリとみた。 
しかしばっちりシャナと目が合ってしまった。しかもかなりの剣幕で。 
悠二はあわてて目をそらす。 
(こりゃ聞かれたな。今夜の鍛錬、ただじゃすまないだろうなぁ。) 
願いは見事に砕け散ったらしいと悟り、遠い目をして悠二は諦観念いっぱいに深くため息をついた。 
なにも喋らない転校生をみかねた担任は 
「自己紹介はもういいから、右から2番目の一番後ろの席、あのため息をついてる男の後ろの席につきなさい。」 
と強引に自己紹介を打ち切った。あとの休みの時間に勝手に生徒たちがあれこれ転校生に質問するだろうという考えからだ。 
悠二はため息をついていたことが先生に見透かされ、すぐに姿勢を正した。 
ヘカテーはこくりとうなずき、右から2番目の最後尾の席、悠二のちょうど後ろの席に向かって歩き出した。  
 
こっちに向かってくる転校生をみつつ、「ちょっとかわいいなぁ」とボンヤリ思っていたところで 
ヘカテーは悠二の前でぴたりと止まり、見下ろす形で悠二の顔を真正面から捉えた。 
そして小さく触れたら崩れそうなかよわい手を悠二の顔に当て 
「きれいな瞳をしていますね。」 
といいつつ、悠二の頬を撫でた。 
「あ、あの」 
悠二はどぎまぎしながらも頬に当たるやわらかく温かい感触に安らぎを覚えた。 
「あなたが坂井悠二さんですね。ふつつかものですが、これからよろしくお願いします」 
いったん手を下げ、風変わりな挨拶とともにヘカテーは深々と頭を下げた。 
教室内が静寂につつまれる。みんなが一斉に息をのむ音が聞こえてくるようだった。 
「こ、こちら、こそ」 
急の不意打ちに声がうわずり、まともな返答を悠二は出来なかった。 
返答を受けたヘカテーは頭を上げ、まるで何事もないように悠二の後ろの席に着席した。 
転校生が着席して5秒後、教室内が騒然となった。 
「このロリコン!」「幼女殺し!」「またおまえか?!」 
「キャー!四角関係?!」「女の敵!!」 
など数多の罵詈雑言が飛び交い、そのすべてが悠二にぶつけられた。  
 
助けを求めるように頼れるボクらのメガネマンこと池を見たが、池は見てみぬ振りをしていた。 
(そりゃねーよ、池) 
池を見限った悠二は次に佐藤、田中に助けを求めたが 
他の男子に混じって悠二を楽しそうに非難し続けた。 
溺れるものは藁にもすがる想いの悠二はシャナを見たが、 
シャナの目は噴火寸前の活火山のように燃え上がり 
湯気まで見えてきそうな勢いで悠二を睨めつけていた。 
ところがそんなシャナに 
「どうするの?シャナちゃん、新たなライバル出現だよっ」 
シャナの隣の席に座る女子が興味津々といった感じで喋りかけてきた。 
「いや、私は・・・」 
シャナがなにか言いかけてとき、他の周りの女子たちから「悠二に対する処罰」や「悠二とどこまでいったの?」 
果ては「悠二の性癖について」などの質問の雨あられを受けた。 
質問の大半の内容がシャナには理解不能であったため 
戸惑うばかりになり、悠二への怒りをどこかにいってしまった。 
悠二は吉田に最後の望みをかけ、視線を送ったが 
こちらもシャナ同様に質問責めに合い、顔を赤くしてオロオロするばかりだった。  
 
悠二は孤立無援と化し、現実逃避のためあまり意味の無いことを考えるように努めた。 
ふいに 
(あれ?なんであの子は僕の名前を知ってるんだろう?) 
と思いもしたが、罵詈雑言と一緒に上履きやゴミなどが飛び交うようになったため 
すべてのことがどうとでもよくなり、忘れ去ってしまった。 
悠二はこれからの悪夢のような学園生活に思いを馳せ、また遠い目をしつつ、深くため息をついた。 
その地獄の後ろで、ヘカテーは窓から吹く爽やかな風に髪を揺らしながら、 
一人静かにいかにして悠二と『おともだち』になるかを考えていた。  
 

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