「・・・付き合ってよ」
「なんだって?」
「だから買い物に付き合って欲しいの!」
後ろで手を組み、もじもじしながら、なんでもないようなことのように誘ってみた。
誘うチャンスはいくらでもあったけど、いま一歩の勇気が出ずにずるずると放課後のこの瞬間まで引き延ばしてしまった。
彼の前だと普段ではありえないくらいに優柔不断で臆病者になってしまう。彼の目に見つめられると、たじろいでしまう。
本当に目を開けているのかわからないくらい細目だと坂井が言っていた。
しかしこの優しさに満ちていて、どこかさびしげ目が彼女はなりよりも好きだった。
まあ、確かに細すぎではあるけど。
HRも終わり、御崎高校の生徒達は思い思いの行動をそれぞれとっていた。
それぞれ部活をいそしむ者、教室の掃除をするためイスを教室の後ろに運んでいる者、特にすることなくただ家に帰る者など様々だ。
学校生活は共同生活。生徒達は皆この学校という場所においては同じ生活のリズムで暮らしていかなければならない。
中にはサボったりしてリズムより逸脱する者もいたが、なんにでも例外というものは存在するが、
それはあくまで例外。大体の生徒は同じ生活のリズムですごしていた。
そして学校生活はチャイムと同時に休止し、また明日のチャイムと同時に再開されることとなる。
終わりのチャイムが鳴ると生徒達は規範の時間から解放され、自由の時間を謳歌していた。
御崎高校のあるクラスに背の高いスリムな少女が、緊張した面持ちで何度も深呼吸をしていた。緒方真竹である。
可愛いというよりかっこいいに分類される緒方はあることを決心していた。
同じクラスメートの田中を買い物に誘う。ただそれだけだ。
しかしその『それだけのこと』が緒方にとって何よりも困難な壁となっていた。
ただの友達なら気軽に声をかけるだけでよい。そこにはなんの問題もない。問題は声をかける人物にあった。
緒方にとってこの田中はただの友達という存在ではなく、緒方が好意を抱いている異性であった。
その田中を買い物に誘う。緒方はこの買い物を田中とのデートを同位置までに高めていた。
緊張するなというほうが不可能だった。
緒方は心の中でつぶやく。
あくまで普段どおりに振舞う、そう心がけた。そう心がけたつもりだった。
話すきっかけとしては古典もいいところの質問「今日の天気はどう?」。コレくらい軽い感じで買い物に誘う。
緒方は田中に話しかける前に何度もイメージトレーニングをした。
「放課後、もしお暇でしたら、一緒にお買い物などいかがでしょうか?」
こんなに格式ばることもないか。
「暇なら付き合えよ」
これではカツアゲの殺し文句だ。
「この後、もし暇だったら買い物付き合ってくれない?」
うん!これでいこう。すごく自然だし。
帰りの身支度をしている田中にぎこちない足取りで一歩一歩近づく。田中に近づく度に鼓動が早くなっていく。
そしてついに声をかけた。
少し頬が紅くなっていることが彼にばれていないか、不安だった。夕日で紅潮した顔をごまかせていると頭ではわかってはいるけど、不自然なくらいに顔をそらせてしまう。
心臓が破裂するくらい胸が高鳴っていた。
「明日はあんた休みでしょ?だから買い物に付き合ってよ。デートしてあげるっていてるの」
わりと早口でまくしたてる。それに対し田中は反論をした。
「でもなんで俺なんかと。他の女子と一緒にいけばいいだろ」
一瞬、緒方はつまったもののこれも予想どおりの返答だった。
「あんたガタイがいいんだから、例え危険な場所に行っても大丈夫そうじゃない。
たまにはその無駄に筋肉質な身体を有効利用するために、この私がデートに誘ってるんじゃない。
それともこんなか弱いレディーを放って置けるほど甲斐性がないの?田中には」
「なにいってるんだよ。オガちゃんほど逞しい女子はこの世に数えるほどしかいないよ」
「酷い。それ傷つくよ。まあいいわ。他の子はみんなそれぞれ用事があるみたい。
かといって一人で買い物もつまないしさ。で、どうなの?いくの?いかないの?」
田中が緒方から顔をわずかにそらす。
明日はちょっとな。姐さん・・・じゃなく佐藤との約束があるんだ」
「約束?どんな約束なの。あたしとのデートよりも重大なわけ?」
「ああ。男と男の約束」
曖昧な言葉で逃げられたことにより、緒方はムッとした。
「・・・男の子ってずるいなぁ」
ボソッと溜息のようにつぶやく。
「とにかくごめんな。じゃあ」
「あっ」
田中は鞄をひっつかみ、逃げるように教室から出て行った。
ひとり取り残された緒方は身体が急速に冷めていくのを感じた。
さっきまでは溶鉱炉のように熱く燃え上がっていた心臓も、鉄の塊のように重く、冷たいものとなってしまった。
身体全体から魂が抜け落ち、足を動かすのもおっくうになっていた。ただただ立ち尽くし、田中の背中を切ない視線で追っかけるしかできなかった。
田中がさっきまで座っていた椅子に力なく腰を下ろし、机に突っ伏し、動かなくなってしまった。
まだ椅子には田中のぬくもりが残っている。手のひらで田中の机を愛おしげに撫でた。
「バカ」
夕日が嫌味なくらいまぶしくて、緒方は目を細めた。
暗闇に包まれた部屋。
暗すぎて壁となるものが見えない。そこら中、わけのわからないもので埋め尽くされていて足の踏み場もない部屋。
ゴミ捨て場よりはマシといった感じだ。ときおりパッと青白い光が走りはしたが、それでも部屋の全体を把握するのは困難だった。
コードが各所より伸びている用途のわからない機械や、不気味な色をした液体の入った水槽やらが無茶苦茶な配列で並んでいる。
まるでこの部屋の住人の性格を表わしているみたいだ。
『マッドサイエンティストの実験室』
この部屋に名前をつけるとしたら、これほどピッタリする名前はないだろう。
その部屋で変な椅子としか形容できない椅子にどっかりと人が座っている。細長い体に白衣を纏わせ、奇声に近い大声を張り上げていた。
「ドミノ、ドォーミノォーー!!デザぁートぅはまーだですか?」
奥の暗闇からガシャガシャと足音をさせてドミノが近づいてきた。手となるマジックハンドにはお盆が載せられている。
「はい、教授。ちゃんと言いつけどおりプリンを持ってきました。」
お盆の上には生クリームがどっさりのったプリンが透明なガラスの器に盛られていた。
ドミノのまん丸の巨大な体とは似合わない可愛らしさだ。色彩りを華やかにするためにメロンや苺、
りんごなどの各種フルーツも添えられていて、プリンの上にはかわいらしくサクランボものせてあった。
教授はそれを一瞥すると、眉を不愉快な形に曲げる。
パン・・・ぶちゃ。
教授はお盆ごとプリンを叩き落した。
ドミノの心がつまったデザートは無様な音をたて、そのかわいらしい形をドロドロとした不気味な物体に姿を変えてしまった。
「ああーー!!教授なにするんですか?!」
ドミノはプリンを急いでかき集めている。
「私が今食ぁーーべたいのはかき氷ぃ!それ以外は皆無!」
「でもさっきプリンが食べたいっておっしゃったじゃないいはいはい(いたいたい)」
教授はドミノの頬をつねりながら演説を開始する。
「大切なのは今ぁ!今をなくしていーつ生きるんですか?!
それに仮にプリンと私がいったとしても、私がプリンといったらぁ、かき氷をだしなさーい」
「無茶だぁ?!言ってることが支離滅裂ですよぉ」
教授はおもむろに椅子から立ち上がり、ドミノに背を向け歩き出した。
「もう!まっーーーたく!使えなぁーい燐子ですね。
そぉーだ!新しーい燐子を作るこーとにしましょぉう。あなたはもう、用済みでーすぅ」
教授は追っ払うジェスチャーをドミノに向かってすると机に向かい、紙に何かを書き始めた。
その様子をドミノはうなだれながら見守っていた。
「そんな・・・・教授のバカー!こうなったら家出して、新しいご主人様を見つけてやるぅー!」
ドミノの家出宣言を教授はまったく聞いていなかった。なにせ新しい燐子の設計図を書くのに夢中だったのだから。
その非道な教授の態度にドミノは落胆し、ゆっくりと部屋の出口に向かって歩き出した。
ドミノの新しい機能だろうか。歯車の目から涙が2,3粒零れ落ちる。
鉄の腕で目をジャリジャリとこすりながら実験室を後にした。
教授は一旦設計図から目をはずし、去り行くドミノの背中を心配そうな顔で見つめていた。
教授にはひとつ心残りのことがあったのだ。
「ちょっとドォーミノォー!デザートのスイカはまーだですか?」
デザートの心配だった。
教授の下を去ったドミノは腕を組みながらガシャガシャと昼の町を闊歩していた。今ドミノはすごく悩んでいた。
これからどうすればいいのか、と。
ドミノの2メートルを越すガスタンクのようなまん丸い姿は、日常と言うにはあまりにもかけ離れて、目立ちすぎていた。
ドミノとすれ違う人々の十割がヘンテコなロボットが悩み歩く様に、思わず振り返って凝視してしまう。
しかしそんな熱視線を気にもせずドミノは歩き続けた。
「むぅー。勢いで家出しちゃったけど、これからどうしよう。基本的にはボクは自分のためになにかするようには出来てないからなぁ。
やっぱ誰かに仕えてるほうが自然な気がする。とりあえず新しいご主人様でも探してみようかな?」
鼻をたらした小さな少年がドミノに近づき、手に持っていた木の棒でドミノを叩き始めた。
「紅世の人か紅世の王に仕えるのが一番、だけど・・・簡単にはみつからないだろうなぁ。
あの人たちは気まぐれだから。それにボクを雇ってくれるかもわからないし。
だからといってヘレイムヘイズは嫌だなぁ。仕える前に殺されちゃうもん。
ちょっと癪だけど人間どもにでも仕えてみよう」
自分の攻撃をまるで意に介しないドミノに子供はさらに強く棒で叩いた。
その様子を見ていた子供の母親らしき中年のおばさんが、子供をドミノから引き剥がし、近くにあったスーパーに逃げ込んでいった。
「あの人たちは嫌だな。ん?」
スーパーに逃げた二人とは逆にサラリーマン風の男がスーパーからでてきた。
顔をよく見ると元・主人の教授にかなり近いものがあった。
ずんぐり眼鏡、縦に長い顔とヒョロ長い体。ドミノは目を輝かせながら、さっそく声をこけてみた。
あのーボクのご主人様になってもらえませんか?」
「は?あなたはな、なんなの?」
巨大なまん丸い物体が突然話しかけてきたことにサラリーマン風の男はかなりとまどっていた。
「ボクはドミノ。一応設定ではロボットらしいんですけど、正確には燐子と呼ばれるものです」
「着ぐるみ・・・ですか?」
サラリーマン風の男は話の内容がさっぱり理解できず、なにかのショーだと結論付けた。
「いや着ぐるみなんかじゃないです。ホラ」
ドミノは自分が人間でないことを証明するため、自分の頭をもぎ取ってみせた。
「どうです?着ぐるみとはちがうでしょ?」
ドミノはさらにもぎ取った頭を手にのせ、サラリーマン風の男に近づける。
「ぎゃあーーーーー!バケモノッ!!」
サラリーマン風の男は持っていったカバンを落とし、叫びながら一目散に逃げていった。
胴体と切り離された頭が口をひらく、このパフォーマンスは確かに人間との違いを見せるのには有効的だ。
しかしそれ以上に恐怖を与えることをドミノは計算に入れてはいなかった。
「むー、キズつくなぁ。ボクはバケモノなんかじゃなくて、教授の特製の燐子なのに。いいや。気を取り直して次だ」
もぎ取った頭を胴体に付け直しつつ、第2のご主人様候補を探しにいくのだった。
とぼとぼと足を引きずるような感じで緒方は歩いていた。田中と行く予定だった買い物のコースをたどっている。
買い物といってもそこらへんのブティックやみすぼらしいアクセサリーショップを回るだけの散歩にも等しい行為だった。
街のざわめきやカラスの鳴き声が妙に癇にさわる。緒方はイラついている自分に気付いた。
(これではいけない。いつもの明るい緒方真竹に戻らなくちゃ)
緒方は自分の頬を両手で勢いよく叩き、気持ちの切り替えをした。
(そうよ、今日はたまたまあいつが忙しかっただけ。明日こそは田中とデ、デートするんだ)
握りコブシを作り、決心を新たにする。ついでに田中と一緒に街を歩く姿を妄想してしまい、多少顔を赤くしていたが。
気持ちを切り替えたところで緒方は洋服の一着でも買うことを思いついた。
緒方の持っている服はどれもスッキリとして清潔感が漂っているが地味といわれれば地味だった。
スカートなど女の子が纏うものではなく、ユニセックスなものばかりなのでどうも色気に欠けてしまう。
「アタシも女の子らしいところがあるってところをあいつに見せつけてやるんだから」
豪華な服が並ぶ服飾店の前で足を止める。
いつもならデパートで見栄えのよい安い服ですましてしまう緒方は、高くオシャレな服にはとことん縁がなかった。
ただただ高級そうな店のガラスケースを見つめて、ため息をつくばかりでいた。
だがこのときの緒方は違った。目に炎を宿し、体からはいいしれぬオーラのようなものを放っていた。
「こ、こんな店くらい楽勝で入れるわよ」
人生で初体験の高級店に少したじろぐも、持ち前のカラ元気を武器にいざ突入しようとした。
しかしそのとき、店から誰かが出てくる気配がした。黒っぽく着色してある自動ドアから話し声がしたのだ。
思わず緒方は店の裏路地に逃げ込んでしまった。
(つい隠れちゃったよ。なんか恥ずかしいから、あの人たちの姿が見えなくなったら入ろう)
声から判断して店から出てきたのはどうやら男2人組らしい。
(女物の衣服屋で買い物するなんてどんなヤツよ。女装癖でもあるじゃない?)
緒方は決心を挫かれたことで男二人に心の底で愚痴る。
せめて顔でも見ないと気がおさまらない。緒方はコッソリと女装癖のあるらしい男二人組を後ろから観察する。
声から想像したとおり男二人組であった。一人は華奢な体をしていて、もう一人は筋肉質でかなりおおきい。
緒方は似たような男二人組を思い浮かべたが、その二人がまさか女性モノの服を売っている店からは出てこないだろうと見切りをつけた。
男二人はどうやら大量に衣服を買い込んだらしく、溢れかえった買い物袋で押しつぶされそうになりながらもなんとか歩をすすめていている。
お互いに気を紛らわすためか、苦し紛れに会話をしていた。
緒方はいけないと思いつつもつい耳を傾けてしまう。
「姐さんも殺生だよ。こんなたくさん買わせるなんて。しかも全部女ものの服だぜ。
あの店の店員さん、絶対俺たちのことを変態だと思ってるんだろうな。これはバツゲームに近いよ、まったく」
「言うなよ。あの人は生粋のめんどくさがり屋なんだから。最近じゃ滅多に外に出ないし」
姐さん?なるほど。こいつらは「姐さん」とかいう人にパシリに使われているわけね。サイテー。男の威厳ってものがないの!?
「佐藤、一つもってやろうか?足がプルプルしてるぞ」
サトウ?うちのクラスにも同じ名字のやつがいるわね。ま、でも「サトウ」なんてありふれた名字か。
これで背が高いほうの名前がアイツと一緒だと笑えるわね。
「いいよ、田中。余計なお世話だ。これも鍛錬だ。」
たなか・・・今、確かに「たなか」って言ったような・・でもでも!「たなか」もよくある名前だし
「それよりいいのか?オガちゃんの誘いを断っちまって。」
オガ・・・ちゃん?
「・・・ああ。いいんだ。今は姐さんに一歩でも近づくために鍛えなきゃならない。時間が惜しいんだ。一分一秒でも」
「今はなにを言っても説得力ないぞ。女モノの服を両手いっぱい抱えてるんだからな。もしここでオガちゃんにばったり出くわしたらどうするつもりなんだ、ん?」
「フン、お前だって同じ状況だろ」
「アハハ、そりゃそうだ」
談笑する二人の背中をみつめる影は、もうそこにはなかった。
ドミノは特有の足音を響かせながら、人気のないところを歩いていた。だがその足音もどことなく元気がない。
ご主人様探しが完全に暗礁にのり上げてしまったのだ。辺りはすっかり夕日で赤くなり、長細い影を作った。
ドミノは最初の勧誘に失敗した後も次々と周りの人に声をかけつづけた。しかし最初の人と同様の反応をするばかり。
結果は似たり寄ったりで、ことごとく断られてしまった。
「卑しいワタクシめのご主人様になってくださいまし」
「あなたのいうことはなんでもしますから」
「炊事洗濯、なんでもこなします。多少の我侭も許容できる便利な燐子、お買い得ですよ」
「あなたの犬になりますワン」
様々な口説き文句を使いご機嫌をうかがうドミノであったが、なにかのアトラクションと思われて本気にされない。
いきなり「ヘンテコな喋るロボットがあなたのものに」といわれても冗談にしかとられなかった。
たとえ本気と取られても最後に頭を取るパフォーマンスをみせると皆、必ず恐怖に引きつった顔で逃げ出してしまうのだった。
何度となくアタックをかけると、どこから発生したのやら「恐怖のロボット」の噂がそこら中に広まり
誰もドミノに寄り付かなくなってしまった。それでもしつこく勧誘しているとついには警官に追われる始末。
ドミノは人間界で生きる難しさを学ぶとともに、一抹の寂しさも感じ始めた。
これ以上騒ぎを大きくしないためにドミノはご主人様探しを一旦中止し、公園へと避難した。
夕方の公園は人もまばらになり、余計寂寥感をあおる。ふいに元・ご主人様のことを思い出す。
「教授どうしてるかなぁ。ちゃんとご飯食べてるといいな。一応キッチンにビーフシチューを用意して置いたけど、あの人は生活能力ゼロだから」
ドミノはベンチにガシャンと座り、空を見つめる。
「でも紅世の王だから本当はご飯いらないのか。ボクって・・・いてもいなくても同じなんだ」
このまま、孤独に壊れてしまうのだな、となんとなく思う。
そのとき誰か悲しんでくれるのか、壊れたことに気付く人はいるのだろうか。
「ボクが存在しなくても・・・世界はいつものとおりにながれていくんだろうなぁ」
ふいに隣のベンチに座っている少女が目に入る。
見た目は可愛いよりかっこいいに分類される顔をした普通の少女なのだが、目に生気が全く宿ってない。
まるで世界の全てに見捨てられたかのような顔をしている。
(あの人、なんであんなに悲しそうなんだろう?なんであんなに目から水を流しているんだろう?ボクと同じでだれかに捨てられたのかな?)
ドミノは妙な親近感を得て、好奇心から少女の座るベンチへと近づく。
(あの人ならボクの気持ちをわかってくれそうだ。でもあの人にさえ拒絶されたらボクは・・・)
緊張をはらんでドミノは恐る恐る声をかける。
「あのー・・・なんでそんなに悲しそうなんですか?」
少女は緒方真竹であった。ただ遠くを見ているばかりで、ドミノの言葉になんの反応も示さない。
「ボクはドミノ。今、新しいご主人様を探してるんです。前のご主人様に捨てられちゃって・・・」
「・・捨てられ・・た?」
ピクリと少女が身じろぎする。
「アタシも、捨てられた、わけじゃないけど・・・選ばれなかった、かな」
つっかえつっかえながらも少女は静かに語り始めた。
「すごく好きだったヤツにデートに、誘ったの。でもあいつ、「ダメだ」で断られちゃった。『男の約束がある』って。最初はその言葉を信じたんだ。でも」
緒方はギュッと手を握り、小刻みに震えだした。
「それは嘘だった。アイツは他の女の人に夢中で、その人にプレゼントを選ぶためにアタシとのデートを嘘ついてまで断って。
『男の約束』なんて、今考えれば嘘だと気付いてもよさそうなのに。
バカだね、あたし・・・もう、どうしたらいいかわかんない」
しゃがれた声でしゃべり終えると両手で顔をおさえ、嗚咽を漏らしながら泣き出した。
ドミノはキョトンとした顔(あまり表情の変化はなかったが)で緒方を眺めた。
「その問題は簡単。奪っちゃえばいいんだよ」
「え?」
ドミノはいやにあっさりとした口調で答えた。
「人間の恋愛事情に関してはよくわからないけど、ボクの知ってる人はどうしても欲しい物があったのなら、なにがなんでも手に入れる。
邪魔する者を全部排除して、例え他人の持ち物でも、絶対に手に入らないモノでも、力ずくで奪う。
キミはその男の人が欲しいんでしょ?だったらその女の人をやっつけて男を無理やりかっさらえばいいんだ。
あ、なんならボク手伝うよ。これでもボクは優秀な燐子だからね」
ドミノはえっへんと誇らしげに胸をそらす。
「ぷっ アハハハハ」
あまりにも子供っぽい仕草に緒方は吹き出してしまった。
「?」
ドミノは緒方が壊れちゃったのでは?と首をかしげた。
「ウフフ、そうだね。アタシ、諦めない。その人にちゃんと自分の気持ちを話してみる。
なんにもしないまま引き下がっちゃダメだよね。ありがとう、ロボットくん。なんだか元気がでてきた」
「ボクの名前はド・ミ・ノ!ロボットだなんて名乗ってないです」
ドミノはプンスカ怒りながら否定した。
「ゴメンゴメン、ドミノくん。アタシは緒方、緒方真竹。よろしくね」
「よろしく、緒方サン」
ドミノはマジックハンドの腕を緒方に差し出した。緒方は両手でそれを包み優しく上下させた。
「あ、そうだ!ボクのご主人様になってもらえませんか?」
「アタシが?そういえばさっき、そんなこといってたわね」
いくらか声のトーンをおとして、今度はドミノはしゃべり始める。
悩みを話す立場と聞く立場が完全に逆になってしまった。
「ボクは今まである科学者のところにいました。その人は頭がとびぬけて良い分、少しいやかなり、極めて人格が壊れてるんです。
言うことなすこととにかく滅茶苦茶で。何度も理不尽なことで頬をつねられてばかりいました」
ドミノは寂しそうにシャリシャリと頬をさすった。
「とにかく支離滅裂なのです、あの人は。でもボクはその人に仕えていることは嫌じゃなかったんです。
あの人の役に立ちたいって思うとそれだけで嬉しくて・・・・でも」
ドミノの声に覇気がなくなる。
「ボクがある失敗をしてその人に嫌われちゃったんです。「用済み」っていわれちゃいました」
真剣な表情でドミノの話しに耳を傾ける緒方。彼女はもういつもの頼れる緒方真竹に戻っていた。
「主人をなくした燐子は燐子じゃありません。で、ボクは新しいご主人様を探して、その人の役に立って、
あの人を見返してやるんです。「ボクは役立たずじゃないんだぞ」って」
緒方には無理やり元気を出そうとしているのが手にとるようにわかった。
「どうですか?ボクのご主人様になって、もらえますか?」
緒方は少し考えたあと、優しく笑った。
「前のご主人様は酷いヤツだね。こんなかわいくて、いい子を捨てるだなんて」
そういいつつ緒方は指でドミノの顔をつつく。
「ボクはかわいいんじゃなくて、かっこいいんです。
それと教授は酷い人じゃありません。まあ多少変わったところはあるけど、ボクを作成してくれました」
「あはは、はいはい、そういうことにしてあげる。ウン、いいよ。ご主人様ではないけど、弟にならしてあげる。ちょっと大きすぎることが難点だけど」
「えぇ〜〜!ご主人様じゃないんですか?」
ドミノは不満げに声を漏らした。
「そうよ、幸いアタシは一人っ子だし。第一、アタシはご主人様なんて器じゃないもの。あなたは今日からアタシの弟。はい、決定」
「そんな・・・」
ガチャリと音をならし肩をおとすドミノ。緒方は意地悪そうな笑顔を浮かべ、ドミノを睨んだ。
「なに?アタシの弟にしてあげるっていってるのよ?こんな名誉なことは他にないじゃない。
あ、そうだ!今からアタシのことを『お姉ちゃん』って呼ぶのよ」
「オネイチャン?」
「そう。『お姉ちゃん』一回、呼ばれてみたかったんだ」
うっとりとした顔をする緒方にドミノは呆れた。先ほどの弱弱しい姿が完全に消えうせている。
ドミノは人間とはころころ性格が変わるものだ、とメモリーに焼き付けておいた。
『お姉ちゃん』という響きがよほど気に入ったのだろう。
緒方は何度も何度もドミノに『お姉ちゃん』と繰り返し呼ばせ、その度に満足げな顔を浮かべた。
ドミノは機械(?)のように繰り返していたが、ふと周囲にある異変が起こっていることに気付く。
(なんだ?これは・・・存在の力の流れ!こっちに近づいてくる)
緒方は急に黙るドミノを訝しんだ。
「どうしたの?ドミノくん。ほらもう一回!」
「お姉ちゃん、今すぐここから離れて。できるだけ遠くに逃げるんだ」
公園の茂みがキラッと光る。
「しまった!」
茂みから赤い光線がほとばしる。光線は一直線に緒方のほうに向かっていった。
ドミノは間一髪、緒方を突き飛ばしたが、ドミノの片腕が光線で焼かれ、切り落とされてしまった。
巨大なパイプにも似たドミノの腕が地面に転がる。切り落とされた腕の切断面から焦げた匂いと供に白い煙があがっていた。
緒方は突き飛ばされた衝撃と目の前で起こった惨劇とで頭が混乱しきっていた。しりもちをついたまま呆然としていた。
「早くボクから離れて」
ドミノは緒方に激を飛ばすも反応がない。すると間髪いれずに今度は鋼鉄ドリルがうなりをあげてドミノに迫ってきた。
ギラギラと輝くドリルは直径が1メートルはあり、凶暴な破壊力を秘めていることは明らかだった。
「マズイ。あれは自動追尾するものだ。たとえボクがドリルを避けても、次の獲物を探し出し、
後方に装備されたジェットで次の目標に向かって確実に飛んでいく。そして次のターゲットとなる人物は・・・」
ドミノはちらりと緒方のほうを見る。緒方は次々と起こる異常事態を把握しきれず、ドリルをうつろな目で見つめていた。
「お姉ちゃんを抱えて逃げても、いずれあのドリルに追いつかれる。ボクは武装していない。とすると状況から判断して、こうするのが一番だな」
ドミノは緒方から目をはずし、真っ向からドリルを見据える。凄まじい速度で回転するドリルがドミノとの距離をせばめてくる。
ついにドミノと巨大ドリルが轟音をたてて接触した。
ドミノはドリルを身体全体で受け止め、ドリルの進行を防ぐ。
火花がドミノの身体のあちこちで散り、甲高い金切り音が公園中に響いた。ドミノは胴体にゆっくりとしかし着実に穴が広がっていくのを感じた。
しかしドミノの必死の抵抗もむなしく、ドリルの進行は止まらず、ゆっくりとドミノを押していった。
「これじゃあダメだな。ドリルのエンジンを止めないと、ボクは破壊される」
ドミノはドリルの後方のジェット部分へと残った片方の腕を伸ばし、力の限り殴りつけた。
だがその一撃でドリルが止まることはなかった。ドミノは諦めずに同じ箇所を何度も何度も殴りつけた。
ジェットも強固な設計をされており、ドミノのマジックハンドが千切れ飛ぶ。ドミノはかまわずドリルを殴りつけた。
腕がところどころ歯車がむき出しになり、かなりひん曲がってきたとき、ようやくドリルは回転を止め、機能停止状態になった。
ドミノはボロボロの片腕で、胴体に深く突き刺さった巨大ドリルを引っこ抜き、地面に倒れこんでしまった。
やっと正気を取り戻した緒方はスクラップ寸前のドミノにすがりついた。
「ドミノくん・・・」
「ふう。お姉ちゃん、もう大丈夫・・・とはいえないな。次は本体がくると思うよ。早く逃げなきゃ、ボクを置いてさ」
「嫌よ!」
緒方はドミノの腕を持ち、引きずろうとした。
しかし半分崩れているとはいえ、巨体のドミノである。力を振り絞るが30センチも動かせない。
「わがままだなぁ。いいですか?ボクはこのとおり動けません。ここは状況から考えて」
「そんなこと聞きたくない!」
緒方はドミノの忠告をさえぎり、
「ドミノくんも一緒に逃げなきゃ死んでもここを離れないわ」
オイルまみれのドミノの腕に顔をこすり付けて緒方は泣いた。
ドミノは緒方を後ろにかばいつつ、茂みの奥に注意を向ける。
「きた」
一層際立たせていた。公園の電灯がいっせいに点灯し、影の正体を二人のもとにさらした。
2メートルを越す、まるでガスタンクのようにまん丸の物体。
「あ、あれは」
その金属製らしきまん丸からは、パイプやら歯車やらでいい加減にそれらしく作られた両手足が伸びている。
「ドミノくんが、もう一人いる?」
現れた物体はドミノと瓜二つのロボット。胴体、手、足、頭の形から歯車の位置まで全てのパーツがドミノそのまんまであった。
ドミノもどきであるロボットが歩行をやめると突然、両腕をドミノに向けて伸ばしてきた。
伸びた腕はドミノをつかみ、軽々と持ち上げてしまった。
持ち上げられたドミノの体から歯車やねじなどがぽろぽろとこぼれ落ちる。
「こいつぅ!」
ドミノは脚でドミノもどきを蹴り上げた。しかし被害を受けたのはドミノの脚のみで、相手は塗装が剥げるのみにとどまった。
どうやら性能はドミノよりかなり上らしい。ドミノのつま先は潰れてしまった。
もう一度、潰れたつま先で蹴り上げようとするも相手のほうが早く、ドミノは地面におもいっきり叩きつけられた。
衝撃で下半身が胴体からちぎれ、様々なパーツが一斉に散らばった。
不幸中の幸いで頭のほうは無傷に済んだものの、下半身をなくし、その場より動くことさえままならない。
残っているのはほぼ動かない片腕とぼろぼろの上半身のみ。頭部をつぶされるのも時間の問題だった。
いままさに頭部をつぶすためにドミノもどきがゆっくりと動き出した。
見上げる形となったドミノはその威圧感に気圧されてしまう。
あとほんの数歩というところで、2体の間に緒方が割って入ってきた。
破壊されるのを覚悟していたドミノを、緒方は両手を広げて後ろにかばう。
「アンタなんかに、アタシの弟を殺させはしないんだから」
ドミノが良く見ると緒方の手も足も震えている。
「なにやってるんですか?!早く逃げて!」
ドミノが珍しく声を荒上げる。
しかしもう遅い。ドミノもどきは腕をおおきく振り上げていた。どうやら緒方ごとドミノをつぶしてしまうらしい。
緒方は両目をつぶる。
(誰か、お姉ちゃんだけでも助けてください!誰か・・・・教授、教授ぅーーー!!)
「はあぁーーっはッはッ!!ハッーーーハッハッ!!」(高いところから逆光を浴びて)
どこからか笑い声が聞こえる。
「あの声はまさか」
ドミノが勘付く。どうやら声に聞き覚えがあるらしい。
ドミノもどきは今まさに振り下ろそうとしていた腕をピタリと止め、ちょっとした混乱を起こした。あまりにも唐突な笑い声に状況を把握できなくなったのだ。
声の主は公園中に鳴り響けとばかりに、笑い続けている。
あたりをキョロキョロと見渡し、ドミノもどきはついに笑い声の発生源を発見した。滑り台の上だ。
声の主は電灯の逆光を浴び、滑り台から飛び降りる。
だらんと長い白衣をはためかせ、声の主はしなやかに地面へと着地した。
声の主はまぎれもなく教授だった。ただいつもの丸いずんぐり眼鏡ではなくサングラスをかけてはいたが。
「ええい!この悪のロボット怪獣め!その子たちから離れやがれ!このプロフェッサーKが相手をしてやる」
プロフェッサーKと名乗る白衣の男はドミノもどきを指差した。
「教授、かっこいい。心なしか口調も変わってるし」
ドミノは自分の置かれている立場を忘れ、興奮していているようだ。
指をさされたドミノもどきは教授のほうに向き直り、攻撃態勢に移った。
「大丈夫か?!そこの心優しき少女と勇敢なロボットよ!」
「教授!きてくれたんですね?!」
「私は教授などではない。プロフェッサーミラクルKだ」
「名前を微妙に変える支離滅裂な言動。やっぱり教授だァ」
「だから私はプロフェッサーメガトン・・・・」
教授が改めて名前の言おうとしたのを中断させ、ドミノもどきが目の部分にある歯車から赤いレーザーを撃ってきた。
しかし教授はレーザーをひらりとかわし、腕をドミノもどきに向けて照準を合わせた。
「教授ッ・運動量保存の法則ロケットパァーーーーンチィ!!!」
そう教授が叫ぶと腕がまるでロケットのように飛び出し、見事目標に命中した。
ドミノもどきの胴体に大きな風穴があく。
教授はその後も意味不明の技を繰り出し続け、ドミノもどきを圧倒していく。ドミノもどきは多少なりとも抵抗はしたものの、教授の強さは鬼神のごとくであり、単なるお膳立てにしかならなかった。
「これでラストだ!教授・γ波放射能ビィーーーームッ!!」
最後に胸からよくわからない怪光線を出し、ドミノもどきをあとかたもなく破壊してしまった。
教授はドミノもどきから上がる炎をみつめ、腰に手をあて決めポーズをとっている。
教授の完全な勝利であった。
ドミノはそんな教授の姿を子供のように目をキラキラさせながら観戦し、
一方緒方はそのムチャクチャぶりを悪い夢でも見てるかのように呆然と眺めていた。
満足し尽した様子の教授はくるりとドミノと緒方のほうへ方向転換した。
「大丈夫かい?」
教授は白い歯を見せながらニカッとさわやかに笑い、地面にへたりこんでいる緒方に手をさしのべる。
緒方は少し嫌そうながらも素直にその手を受け取り、立ち上がった。
「ええ、まあ。ドミノくん、こいつ誰なの?」
「最初に自己紹介はしたはずだが?まあいい。私はプロフェッサー」
「この人は教授。ボクの頼れるご主人様です」
ドミノは教授の自己紹介を打ち消し、誇らしげに教授を緒方に紹介した。
教授はバツが悪そうな顔で頭をポリポリとかいた。
「ふ〜ん。その人がキミのご主人様なんだ。確かに変わってるわね」
緒方はヒョロ長い教授の体を上から下まで無遠慮に観察した。
「はい、お遊びはオシマイ。ドォーミノォーー!実験室にぃー帰りまーすよ」
教授はいつのまにかサングラスを元のまん丸眼鏡にかけなおしていた。それに伴い口調も元に戻したようだ。
教授はひざまずき、ドミノの頭部に手を触れると、存在の力を流し込み始めた。
するとドミノの身体が淡く緑色に光り、破損箇所が次々と修復されていく。
教授がドミノの体より手を離すと、新品同様のピカピカボディーになったドミノが屹立していた。
「まぁーーーたくっ!!手間をとらせるぅんじゃありーません」
教授はドミノの頬をつねる。新しい体になったドミノにさっそく傷がついた。
「ひたひ!ひたひれす、ひょうひゅ」
ドミノはほんの数時間ぶりの痛みに懐かしさを覚えていた。
教授のイジメから解放されたドミノは緒方に近寄る。
「あの」
「アタシのことは気にしなくてもいいよ。ほらあなたのご主人様が呼んでるわよ」
教授はご近所もさぞ迷惑しているだろう、といった感じの大声を張り上げてドミノを呼んでいた。
その声を聞いてもドミノは動こうとせず、緒方の前でもじもじしているだけだった。
「でも、ボク」
「『でも』じゃないの!キミはアタシの弟なんだから、姉の言うことはきちんと聞きなさい」
緒方はいたずらっ子っぽい笑みを浮かべ、ドミノの額にデコピンをした。ただデコピンで痛がったのはドミノではなく、デコピンを放った緒方であったが。
「・・・わかった。お姉ちゃん。ボク、行くね」
ドミノは後ろをチラ見しつつ教授に駆け寄っていった。
「じゃあね。ドミノくん」
緒方が手を振ると教授とドミノは煙のように姿を消した。
ドミノ達が消えたあともしばらく手を振り続けていた緒方であったが、ふいに手を下ろし、あたりをキョロキョロし始めた。
「あれ?アタシ、こんなところでなにしてたんだろう?学校の校門から出て・・・うーんそっからが思い出せないなぁ。うわ!体がススやオイルまみれじゃないの。早く帰ってシャワー浴びよう」
緒方はなぜここ数時間の記憶が曖昧になったのか、不思議に思いつつも家路を急いだ。
暗闇に包まれた部屋。
暗すぎて壁となるものがみあたらない。
コードが各所より伸びている用途のわからない機械や、不気味な色をした液体が入った水槽やらが無茶苦茶な配列で並んでいる。まるでこの部屋の住人の性格を表わしているみたいだ。
そこに二つの影があった。一つはヒョロ長く、一つはまん丸い大きな影だった。
「そうなんですか。彼女の記憶を消しちゃったんですか」
「当ぁたりまえーじゃないですか。これから大事ぃーな大事ぃーな実験があるのです。それに支障があったらこまぁーりますからね」
教授は御崎市全体に自在式をかけ、ドミノを目撃した人物の記憶を操作した。確かにドミノの記憶は人々からなくなっていたが、副作用としてドミノと接触したときから前後数時間の記憶まで消し去っていた。
落胆をしたドミノであったが気持ちを切り替え、ずっと疑問に感じていたことを教授に話す。
「ところで教授、あのボクと同じタイプの燐子はなんだったんでしょうかね?誰か教授の技術を盗んだとか」
「んーーん?不正――――解!あれは天才であるこぉーの私が作りました。私の技術がそーーーう簡単にぃぬぅすめるわけないじゃなーーいですか!」
「ひはいひはひ、じゃあなんであんなもの作ったんですか?」
「特撮ヒーローごっこがやりたかっただけです。ほかになぁーーんの理由がありますか?」
「じゃあボクは教授のお遊びでスクラップ寸前になったっていうんですか?!」
ドミノは頭から湯気を出しながら教授に詰め寄った。
「お遊びじゃありません!知的欲求ぅを満たすための大ぃー事なことですよ?」
しれっと余裕の表情で教授は言い訳をする。いや教授には言い訳のつもりはないのかもしれない。
「もう!教授のバカー!こうなったらまた家出して、今度こそ新しいご主人様を見つけてやるぅー!」
「ねえねえオガタ。ミサゴ祭り一緒にいかない?」
「ゴメン!アタシはその日、やらなきゃいけない大切なことがあるの」
「大切なこと?」
「そうなの。昔、弟みたいな子に教えられた気がするの。『欲しいものは奪ってでも手に入れる。どんなに困難でも』って。だからミサゴ祭りで勝負するの」
「?ふ〜ん。よくわからないけど、しゃーないか。オガタは決めたら意地でもまげないから」
「うん。ゴメンね」
比較的仲がよいクラスメートが緒方の机から離れていった。彼女は緒方にミサゴ祭りの誘いを断られたため、別の友人を誘う真っ最中。その様子を横目で見ていた緒方は内心申し訳ないことをした、と反省しつつも決心をより一層深いものにした。
ミサゴ祭りで田中に告白するんだ。もう決めたから。
うだるような暑さに負けじと、緒方はひとり燃えていた。
季節は夏。学校の外ではミサゴ祭りの準備で賑わっていた