「それで、結局何が言いたいわけ?」  
 「えと、その、つまり、えー……」  
 大河・真南川で真っ二つに割れている御崎市。  
 その東側に広がる市街地の外側に、旧住宅街と呼ばれる昔の地主達の集住する地区  
がある。その中でも指折りの大きさを誇る佐藤家の離れにあるバーカウンターでは、  
女が二人、対峙していた。  
 「もう一度、今度は要領よく、簡潔に話して」  
 「ぅ、あ、はい……。えー、ですから……」  
 一人は、鼻筋の通った二十歳過ぎの欧州系美女。ストレートポニーにした艶やかな  
栗色の髪を背に流した長身、トップモデルも裸足で逃げ出す抜群のスタイルは、襟の  
ボタンをはずし余裕を持たせたワイシャツと淡色のスラックスによって、簡素かつ洒  
脱に飾られた体を、カウンターの席に納めている。  
 「この間、田中と、その……大失敗しまして」  
 もう一人は、御崎高校の生徒である事を主張する深緑のセーラー服。バレー部唯一  
の1年生レギュラーを張るだけあり、そのスラリとした肢体の端々に、きりっとした  
動きを見せるはずの体は、同じくバーの席に座りながらも、まるでいたずらを叱られ  
た子供のように縮こまり、指を絡ませもじもじとしていた。  
 
 「省略しすぎでしょうに。つまり、エータと、何を?」  
 「ですから、ナニを……」  
 「そう、何を?」  
 (ヒィーッヒッヒ!判ってるくせに、なかなか意地の悪い問い方だな?我が悪辣な  
る問答師、マージョリー・ドー?)  
 (こういうのは、引っ張るだけ引っ張ったほうが楽しいのよ)  
 マージョリー・ドーと、彼女とその声の主だけがやり取りできる声で呼ばれた女性  
は、同じく彼女らだけで通じる声で答えた。  
 (使命の為に、世界を転々としていると、なかなかこういう機会に巡り合えないも  
のね。だから、今日は、特別)  
 (それでネチネチと、意地悪く辱めているわけだ?我がいやらしき女王、マージョ  
ブッ!?)  
 席の下に置いていた、掛け紐付きのドでかい本型の神器グリモア≠ノかかとを落  
とし、それに意識を表出させている蹂躙の爪牙<}ルコシアスを黙らせる。傍らに  
置いておいたグラスを取り、その中に注がれていた暗褐色の液体を一口飲む。  
 「その、だから、セ、セックス、を……」  
 言葉の終わりを、深く注意を向けなければ聞き取れないほど小声になりながら、緒  
方真竹は答えた。彼女用に置かれたグラスの中身は、用意されたその時から、1mmも  
減らしていない。  
 
 簡単に話をまとめると、こういうことになる。  
 様々な搦め手を用いながら、複雑に段階を踏みつつ、着々とその恋を愛へと昇華さ  
せていた若い二人だったが、いざ「恋の最終段階」に至るに及ぶものの、緒方が貫かれ  
るあまりの痛さに、行為の途中で挫折してしまったのだ。  
 これまでに、そういった知識を仕入れる事などなかった二人、そしてさらに若い男  
の衝動を加えると、準備の整わなかった女はそれを受け止めきるのは至難であり、む  
しろ失敗して当然の帰結である。  
 だが、その当然を当然と受け止められるほど、二人は若くはなかった。その後、顔  
を合わせるたびにその日のことが頭をよぎり、どうにもギクシャクした日々が続いて  
いる。  
 (このまま二人の関係が、また元のクラスメイトに戻る……)  
 関係に凍える日々は、いつか消え行く。そして、再び以前のように、距離を置いて  
眺めるだけのものに戻ってしまう。  
 (そんなの、イヤ)  
 彼を意識し、気持ちを認識し、それを暖め続けた自分。告白は突然と偶然の重なり  
合わせの上で行なわれたが、二人は心も体も着実に確実に近づいていた。なのにそれ  
を、ゼロに戻す。  
 
 (そんなの、イヤ!)  
 ほんの少しの、それでいて決定的な失敗。それを犯したが為に、二人の日々が終わ  
ってしまう。それだけは避けたい。  
 (でも、どうしたらいいの……?)  
 打ちひしがれた心を持つ少女は、ふと先日アドバイスをくれた女性を思い出した。  
一度は恋敵だと思っていた、中間テストの『勉強会』の日に詰め寄った、詰問した、  
諭された、教えられた、今では尊敬すらしている女性の事を。藁を掴む思いで。  
 
 「そこまでは分かったわ。んで、それで私に何をして欲しいわけ?」  
 「ですから、何か無いかな、と……」  
 「……」  
 (ヒィーッヒッヒッヒ!とんだ見込まれ方もしたもんだな!我が敬虔なる愛の伝道  
師、マージョブッ!)  
 (お黙りバカマルコ)  
 先ほどよりも強くかかとを落とし、マージョリーは額に手を当てた。  
 何か無いか、などと漠然とした期待などされても、それに答えられるわけが無い。  
いや、選択肢などいくらでもあるが、だからこそどれが最適なのかが決められない。  
相手は女の子というガラス細工。下手な事を言うわけにも、するわけにもいかない。  
だから、答えられない。  
 
 (こんな時、相手が男だったら蹴りの一つでもくれてやりゃ復活するのに……よく  
よく大変な相談者に見込まれたものね)  
 (敵を倒す算段ならいくらでも出てくるのに、こんな時にはその経験も役立たずだ  
な?我がブッ!?)  
 かかとで三度黙らせる。そう、こんな時に戦闘時に味方にアドバイスをくれてやる  
ようには行かないものだ。それとも、こんな質問でも、あのトーチはよい戦略を考え  
付くのだろうか……?  
 (って私はなんでこんなときに限ってあのトーチのことを思い出しているの!アレは  
チビジャリのんでしょうが!)  
 すぐさま思い浮かんだ一つの、いや一人の顔を頭から追い払う。少しだけ上がった  
体温と心拍数を騙すように、再び酒を一口飲む。そして息をつき、腹をきめた。だか  
ら言った。  
 「どういう風に、して欲しい?」  
 
 一糸まとわぬ姿になり、二人はソファに倒れこむ。上になったマージョリーは、頬  
や唇に、優しい挨拶のキスを降らせる。  
 「もうイヤって言っても止めないから、覚悟しなさい」  
 「んはっ……はい、よろしく、お願いします、マージョリーさん……」  
 「こういう時には野暮な事言わせない。素直に「お姉様」とお呼びなさい」  
 そう耳元で怪しく囁き、耳朶にいやらしく噛み付く。  
 「あっ……はい、お姉様……」  
 「いい子ね、マタケ」  
 
 耳を甘噛みされただけで目を潤ませる真竹。浅く息をつき出した唇の間を縫って、  
マージョリーは舌を忍び込ませる。  
 「んぁ!ぅん……」  
 咄嗟の抵抗も、すぐに取り払われる。真竹の舌とマージョリーの舌が触れる。  
 「ん……」  
 口の中で、二人の舌が絡みあう。二人の唾液が混じりあう。呼吸が重なり合う。  
 そんな、どこかへ流されそうな気持ちから、慌ててマージョリーは意識を戻す。  
 (落ち着きなさいよ、私。これは『指導』なんだから、私が暴走してどうするの  
よ!)  
 マージョリーが与えた選択肢から真竹が選んだものは、「体感する」ことであった。  
実際に体を重ね体得した事を、本番で田中栄太に行い、主導権を握るという計画だ。  
少なくともリードを奪ってしまえば、先の大失態を再び演じる可能性はグッと下がる  
……はずだ。  
 「お姉様……?」  
 ハッとして、意識を真竹のほうへ向ける。潤む瞳のうちに、多少の疑念を加えてし  
まった。追加の質問を言わせないように、再び真竹の口を舌で埋める。少しの謝罪の  
気持ちと、多くの指導する姿勢を舌に乗せ、フレイムヘイズ屈指の殺し屋は、か弱い  
ただの人間の少女の口を蹂躙して行く。舌の裏や上あごを優しく犯し、真竹から力を  
奪ってゆく。  
 
 「マタケ、責められるだけで満足していていいのかしら?」  
 完全に落ちそうになっている真竹を、そういってこちらへ呼び戻す。焦点を失いか  
けていた瞳に若干の光が戻ってきた。今度は真竹のほうから舌をよこし、マージョ  
リーがした事をトレースするかのように口を犯してくる。  
 (そうそう、その調子よ……)  
 真竹の攻めを受けながら、右手を首筋に、左手を胸に差し向ける。敏感な部分を刺  
激され、ピクン、と真竹が震える。その反応に喜びながら、鎖骨周辺にキスを降らせ  
つつ両手で胸をふにふにとつぶしていく。  
 「ふぁっ……」  
 「遠慮せず声を出しなさい。外になんて、聞こえないんだから」  
 この指導を始める際に、離れの外へ退場願っていたマルコシアスと感応し、外へ音  
が漏れていないことはしっかり分かっている。ついでにグリモア≠扉の前におい  
ておく事で、あの二人が帰ってきてもすぐに判るし、追い返せる。  
 「まあ出したくなくても出させるけどね」  
 手の動きを少しずつ変えながら、自己主張を始めた桜色のポッチに吸い付く。  
 「んはぁあああ!」  
 「可愛い声、もっと聞かせて……」  
 「ひぁっ、お姉様、お姉様ぁ!」  
 
 片方の乳首を下で転がしながら、もう片方を指で弄ぶ。弾いたり、爪で引っかいた  
り、噛み付いたり、引っ張ったりするたびに、初々しくも熱い声と吐息が奏でられて  
いく。自分くらい経験豊富であれば、もっと荒々しくされても構わないと思えるが、  
『指導』を受けたいと思うような若い人間にそこまではできない。  
 「さぁマタケ、ちゃんと覚えられているか確認なさい」  
 「は、はい、お姉様……」  
 攻撃順を真竹に渡す。そして少し体をずらし、胸を顔へ近づける。  
 「う……」  
 うめき声が聞こえた。マージョリーの胸を下から支えた状態で、真竹は固まってし  
まっている。  
 「どうしたの?もう忘れてしまったのかしら?」  
 「いえ、そうじゃなくて……」  
 こう言いながら、今度は自分の胸へ視線を向けた。どうやら先日行なったアドバイ  
スのときのセリフでも思い出したのだろうか。  
 「マタケ」  
 「はい!」  
 沈みかけた気持ちを強引に引き上げにかかる。以外にも世話焼きな自分に内心驚き  
つつも、真竹に言葉を投げる。  
 
 「よく聞きなさい。女の子の胸は、愛の貯蔵庫≠ネの。相手への思いが強いほど、  
張り裂けそうな気持ちを抱えるほど、心も体も、大きくなっていくの。だから、今は  
サイズを気にするのはやめなさい」  
 「私の思いが、弱いという事ですか?」  
 「そうじゃないわ。貴女は思いを溜め込む度合いより、エータにぶつけて、吐き出  
している度合いのほうが、多いという事だけ。それでも納得いかないのなら……」  
 そういってマージョリーは、真竹の潤い始めたスリットに手を伸ばし、優しく撫で  
上げる。  
 「ひゃん!お、お姉様!?」  
 「ここに愛を注いでもらいなさい。そしたら、タンクは大きくなっていくわよ」  
 
 胸を愛撫していた手を、下半身へ移動させていく。まだ、他人を受け入れた事の無  
いその場所に、指先をもぐりこませる。  
 ぬるり、と湿った感触。真竹の顔を見ると耳まで真っ赤になりながら、ぎゅっと目  
をつぶり、恥ずかしさを我慢している。  
 「マタケ、恥ずかしがらずに。ほら、私のも触って」  
 真竹の手をとり、とっくに濡れていた自分の割れ目へ誘う。  
 「うゎ、お姉様も、こんなに……」  
 そういいながら、こちらの指の動きをトレースしてくる。指を動かすたび、熱い蜜  
が滲みだしてくる。  
 
 「あ……んぁ、ぅ……はぁ……」  
 「いいわよマタケ……もっと、動かして……」  
 鼻にかかった甘い吐息。指の動きに合わせて、だんだんと大きくなっていく。  
 「ひっ……ん、あんっ、んっ……あぁんっ!」  
 一番敏感な部分で、指を小刻みに震わせる。その動きを増幅したように、真竹の体  
が痙攣する。指の動きを、早く、そして大きくしていく。若々しい快活な体が、ソフ  
ァの上で弾む。マージョリーの手から逃れるように、腰がくねる。太腿を抱えるよう  
にしてそれを押さえつけ、マージョリーは下のほうへ移動していった。  
 両足の間、透明な蜜を滴らせている泉へ顔を近づける。  
 「やっ……お姉様そこひぁぁあ!」  
 「イヤって言っても止めないって、宣言しておいたわよ?」  
 舌を、初めての証に遮られるまで差し込み、その周り全体を刺激するように舐め上  
げる。クリトリスを手で転がす。真竹を頂点へ、優しく導いてゆく。  
 「おっ、お姉様っ!お姉様ぁぁぁあああああああ!」  
 
 「お帰り佐藤。お邪魔してるわよー」  
 学校から帰ってきた佐藤と田中を出迎えたのは、先に帰宅していたと思っていた緒  
方真竹であったので、かなり驚いた。なぜなら、ほんの数瞬前まで二人は、数日前の  
田中の大失態について語り合っていたからだ。  
 
 「なっ、なんでオガちゃんが家にいるのさ!?」  
 「べっつにー。私がマージョリーお姉様とお茶してちゃ、悪い?」  
 「私はお酒だけどね」  
 そんな説明に、二人は顔を見合わせる。はっきり言って、事態が飲み込めない。  
 (マージョリー『お姉様』!?)  
 (それ以前にこの二人って顔見知りだったのか?かなり親しいじゃないか!)  
 訳がわからないといった男どもを尻目に、女性二人はイタズラが成功した子供みた  
いに笑いあう。そして、ほんの少しだけ先に大人の階段を昇った緒方が、田中栄太に  
声を掛ける。  
 「ねぇ!今度はどこに遊びにいこっか?私、新しくコートが欲しいから、ショッピ  
ングモールでいい?」  
 「う、お、おぅ」  
 学校で別れた時まで、あんなにギクシャクしていたはずなのに、この短時間で彼女  
に何が起きたのだろうか?いや、マージョリーが絡んでいるのは明白だが、なんとな  
く問いただす事が出来ない様なオーラを出している彼女には、何も質問など出来ない。  
片や、自分の親友のほうを見ても、驚きとあきれを足して2で割ったような顔をして  
いては、何もわかりはしないだろう。  
 カタカタという、微かに音のするほうを見てみると、グリモア≠ェ小さく震えて  
いた。まるで笑い出したいのを必死でこらえているみたいだった。          fin.  
 
 
 
                       ――――BGM・「恋色マスタースパーク」 ZUN  
 
 

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