今日から2月。まだまだ寒いこの季節、しかしそこはあつかった。
そこは騒がしい。何か事件でも起こったみたいに皆騒いでいる。それも女の子ばかり。
聞こえてくる会話はすべて2月のあの日についてだ。
それが何なのか、考えても思いつかない女の子がいた。
シャナだ。彼女は世間を知らなすぎる。クリスマスも知らなかった。
そのことを考えれば、シャナが2月14日が何の日か、知っているはずがない。
案の定、シャナは少し怪訝な顔をして聞いてくる。
「ねぇ悠二、2月に何かあるの?」
「え……ど、どうして?」
「だって皆話してる。2月14日は大変とか、がんばる、とか……心当たりない?」
もちろんある。2月14日はバレンタインデー。聖バレンタインが処刑された日らしいが、そんなこと悠二にとってはどうでもいいことだ。
問題なのはその日に、女の子が好きな男に告白をし、チョコレートを渡す習慣があること。
そのことを果たして男の口から女の子に言っていいことなのかがわからない。
言ってしまったら、まるでチョコを頂戴、と言っているようなものではないのか、と悠二は思っていた。
今までにチョコを貰ったことはあるが、もちろんすべて義理チョコだ。
しかし今年は去年までと違う。自分のことを好きと言ってくれた女の子がいる。
もう日常には戻れない自分を好きと言ってくれた。
教室の前のほうにいる女子の団体、その中の一人を見つめる。
半年ほど前は、彼女は消極的であまり友達とも話しをしていない感じだったが、今は積極的に自分から会話の輪の中に入っていた。
何秒そうしていたのだろうか、吉田さんを見ている自分を、シャナが見ていた。それも眉を吊り上げて。
「いま、吉田一美を見てたでしょう……」
「み、みてないよ」
「うそ!あっち見ながらニヤニヤしてた!……今は私と話してるの、だから……だから私だけをみて……」
「え、何?」
最後の方がうまく聞き取れなかった。
「な、なんでもない!それより2月14日はなんの日なの!?」
それ以上の追求は許さない、と言っているようだった。
「えーと、僕じゃなくて他の人に聞いたら?吉田さ……母さんとか」
「千草に?」
「うん。母さんなら詳しく知っているし、教えてくれると思うよ。それにカルメルさんもいるし……」
ヴィルヘルミナ・カルメル。彼女はかつて悠二を破壊しようとしたが、シャナと悠二、それに悠二の父・貫太郎の助力もあって、なんとか食い止めた。
そのまま彼女は坂井家に居つき、シャナと一緒に悠二の鍛錬を付き合ったりしていた。
夏休み終わり頃になって、どこか行ってしまったが、正月にはまた戻ってきていた。
シャナは少し考えて、
「じゃあそうする」と言った。
その日の夜、悠二がお風呂に入っている間に、今朝の疑問を聞いてみようと居間に向かった。
しかしそこには千草の姿はなく、ヴィルヘルミナしかいない。
「ヴィルヘルミナ、千草知らない?」
「奥様は厠(かわや)に行っているのであります」
「おトイレかあ……じゃあヴィルヘルミナでもいいや。」
「なんでありますか?」
「2月14日に何があるのか知ってる?」
「え……?」
「悠二に聞いたんだけど、千草のほうが詳しいって言うから……でもヴィルヘルミナも知ってるよね」
「そ、それは……その……」
ヴィルヘルミナはこの世に生まれて数百年、最近はアジア近辺によくいるので、バレンタインデーというものを知っている。
しかしこれを口にするのは抵抗がある。
彼女をこんな風に育てのはヴィルヘルミナなのだ、だからヴィルヘルミナは彼女の見本でなければならない。
悠二破壊の件で、ヴィルヘルミナがフレイムヘイズらしからぬ理由で動いていることはバレてしまったが、
それでもまだ彼女はヴィルヘルミナを尊敬してくれている。
だからこそ知られるわけにはいかない。こんな俗世なことを知っている自分を。
ヴィルヘルミナはそう考えていた。
(くっ、奥様が早く戻ってくるのを願うのであります)
(無力)
(う、うるさいので、あります……)
声を使わない自在法で、相方のティアマトーにたしなめられる。
「……どうしたの?」
「な、なんでもないのであります……」
「ふーん、それで2月14日のことなんだけど……」
「あら、シャナちゃん、どうしたの?」
丁度いいタイミングで千草が戻ってきた。
(ふぅ、助かったのであります)
(……)
(なんでありますか?)
(無様)
(……)
ヴィルヘルミナが、本日2度目の説教?をされている頃、シャナはすでに千草と話し込んでいた。
「2月14日?」
「うん、何があるの?」
「2月14日といえば、バレンタインの日ね」
「ばれんたいん?」
「そうよ、女性が好きな男性にチョコレートを贈る慣習がある日なの」
「え……」
シャナは絶句していた。
いつもならどうしてそんな慣習があるのか問いただすところだが、今のシャナにはそんな余裕はなかった。
(女性が好きな男性にチョコレートを贈る……女性が好きな男性に……好きな男性……大好きな……悠二……)
「シャナちゃん?」
じっとだまるシャナを不思議に思った千草だったが、もはやシャナの思考は悠二のことで一杯だった。
しかし同時に気付いたこともあった。
(吉田一美も……だめ、絶対駄目……悠二は渡さない!!)
居ても立っても居られなくなったシャナは、
「千草、何をすればいいのか教えて!」
突然生き返った様に喋り出すシャナを、千草は微笑ましく感じた。
「それじゃあまず、チョコレートを買いにいかないとね」
「吉田一美には負けない……」
「まあ、ふふふ」
「あ、千草は貫太郎のこと好きなんでしょ、チョコレートあげないの?」
いきなりそんなことを言われ、驚いた千草だったが、
「ええそうね、貫太郎さんの分のチョコレートを作っておかないとね」
そう言う千草は少し照れていたようだが、とてもうれしそうな顔をしていた。
この日から千草の料理教室が始まった。
もちろんシャナが大苦戦しているのは言うまでもない。
バレンタイン前日の夜、平井家のベランダで、シャナが物思いに耽っていた。
(明日はとうとうバレンタイン……)
ここ2週間ほど、毎日千草に料理を教わっていた。
初めのうちは、黒いチョコレートが、さらに黒くなるばかりだったが、段々上手になってきた。
中でも、昨日作ったシャナ特性チョコメロンパンは、会心の出来だった。
メロンパンの表面にチョコをかけ、カリカリチョコ風味にし、
中身のモフモフ部分を少しだけくり抜いて、そこにチョコムースを注入したものだった。
もちろんシャナ一人でそんなことができるはずもなく、千草の助力も得て、やっと出来たのだ。
(吉田一美よりも先にこれを渡して、悠二が私の物だって言ってやるんだから)
今度こそ吉田一美より早く悠二に言う。
もう、あんな思いをするのは嫌だった。
シャナは手に持っている綺麗に装飾された箱を大事に抱え、明日のことを考えた。
「悠二……私のチョコを貰ってくれるよね……?」
夜空に問いかけるシャナだが、誰も答えてはくれなかった……。
シャナはバレンタインを少しだけ勘違いしていた。
バレンタイン当日の朝、2階の部屋で、坂井悠二はどきどきしていた。
もちろん今日がバレンタインだからだ。
ここ最近、シャナと千草が台所にこもっているのを知っている。
そうとわかれば、やはり期待してしまう。
今年は吉田から貰えるだろうし、シャナからも貰えるらしい。
ピンポーン
シャナが来たらしい、会うのは少し緊張してしまう。
(いきなりチョコ渡されたりするのかな?)
そんなことを考えながら階段を降りていった。
もの凄く緊張する。
ここまでどきどきするのは久しぶりだ。
(悠二が出て来たらすぐに渡そう)
坂井家のチャイムを鳴らす指が震える。
ピンポーン
「ふう、大丈夫……悠二なら貰ってくれる」
家の中から音が聞こえてくる。おそらく2階から降りてきているのだろう。
そのとき、ふと千草の言葉を思い出した。
「女性が好きな男性にチョコレートを贈る慣習がある日なの」
「!?」
(これを渡したら、私が悠二を好きだってことが悠二に知られてしまう……)
吉田一美に負けまいと、がんばったのだが、そのことをすっかり忘れていたのである。
(どうしよう、私は悠二が好き……でも……)
「おはよう、シャナ」
いつの間にか悠二が目の前にいた。
「!!……お、おはよ……」
(渡さなきゃ……)
「悠……二……あの……」
「な、なに」
悠二の顔を見る。私の大好きな顔。悠二の顔も少しだけ赤い。
もしかしたら期待してくれているのかも。そう思うと、とても嬉しかった。
とてもじゃないけど、悠二の顔を正面から見れない。
自分の顔が赤くなるのがわかる。
「う〜〜〜」
「しゃ、シャナ?どうしたの?」
「やっぱり駄目!」
シャナは歩き出した。
後ろから悠二が追いかけてくる。
「シャナ、どうしたんだよ」
「う、うるさいうるさいうるさい!なんでもない!」
こんな顔を見られたくなかった。真っ赤になった自分の顔を。
学校では皆がそわそわしていた。
下駄箱を注意深く見ている者、机の中に手を入れている者。
それぞれが一喜一憂していた。
吉田一美を見る。彼女もまた、そわそわしていた。ちらちらと悠二を見ている。
(大丈夫、吉田一美はまだ渡してない。……よし、お昼に渡そう)
シャナは決心した。
「悠二」
「なに?」
「お昼に……屋上に来て……」
「え……わ、わかった」
シャナはそれきり悠二を見ない。悠二もまたシャナを見ない。
その様子を、彼女が見ていたのを、シャナは気付かなかった。
お昼休み、シャナはトイレにいた。
フレイムヘイズにトイレは必要ない。シャナは自分の心を落ち着かせていた。
(今度こそ渡さなきゃ……)
シャナはトイレを出て、そのまま屋上に行こうとしたが、一度教室に戻ることにした。
(悠二はもう行ったかな)
教室を見回してみたが、どこにも悠二の姿はない。
どうやらすでに屋上に向かったらしい。
自分も屋上に向かおうとしたとき、気付いた。
そこに、吉田一美の姿がなかった。
あの時感じた、嫌な気分と不吉な予感を、今まさに感じていた。
お昼休み、悠二は約束通り屋上にいた。
(シャナ、もしかしてチョコくれるのかな)
朝、シャナが何か言いかけた言葉は、もしかしたらチョコのことじゃないのか?
だが、いざというときに渡せなくなってしまい、だから今、自分をここに呼んだのではないか?
そう考えると、心が躍る。
フェンスにつかまり、外の景色を見る。
いつかこの街を出る、と決心してから随分たった。
しかし自分はまだここにいる。
仮装舞踏会は未だに動いてこないし、『約束の二人』の片割れ、“彩飄”フィレスも現れる様子もない。
まさに平和そのものだった。
(この平和がずっと続けばいいのに……)
後ろで扉が開く音がした。
(来た!!)
悠二は内心どきどきしながら、それが表に出ないようにしながら振り向いた。
「よ、吉田さん!どうしてここに……」
そこにはシャナの姿はなく、代わりに吉田の姿があった。
「あ、あの……朝、話しているのが聞こえてきて、それで……お昼に屋上だって言ってたから……」
まさか吉田が来るとは思っていなかった悠二は、呆然とした。
しかもその手には、鞄を持っている。
「あの、来たらいけなかったでしょうか?」
「い、いや、そんなことないよ、全然」
すっかり動転した悠二は思わずそう口にした。
吉田はキョロキョロしている。どうやら周りにシャナがいないか確かめているようだ。
「シャナちゃんはまだ来てないんですか?」
「う、うん」
「そうですか……」
一瞬笑顔を浮かべ、残念そうな顔をする。そして少し考える風な顔をして、
「あの、それじゃあ今の内に渡したいものがあるんです……いいですか」
2月14日バレンタイン、女の子から、それも自分の事を好きだと言ってくれた女の子から渡されるのは、一つしかない。
バレンタインチョコレート。しかも本命。
これで義理チョコしか貰えなかった去年とは違い、今年は、いわゆる世間一般で言われる勝ち組になれそうだった。
「坂井君……これを……」
一歩前に出て、白い無地の包装にピンクのリボンが結ってあるシンプルなデザインの箱を両手で持って、差し出してくる。
こんな時、何を言えばいいのかさっぱりわからない悠二は、簡潔に一言だけ言った。
「……ありがとう」
彼女が持っている箱を受け取る。
「あ、あの、おいしくはないかもしれないんですけど……」
「大丈夫だよ。いつも美味しい弁当を作ってくれるじゃないか、そんな心配はしてないよ」
「お弁当とお菓子じゃ勝手が違います。それに……すごく緊張しました」
二人の間に妙な沈黙が訪れる。
「あ、それじゃあ私はこれで。シャナちゃんにもよろしく言っておいてください」
「うん。チョコレート、本当にありがとう」
「どういたしまして」
教室に戻ろうと扉を見た吉田は驚いた。
その様子を怪訝に思った悠二は、吉田の横から扉を見る。
「シャナ……」
扉のノブを左手で掴み、右手には鞄を持っている格好で固まっていた。
それも顔を真っ青にして。
シャナは信じられないような目で、悠二が持っている箱と、少女を見た。
状況から考えれば、その箱が何なのか、またそれを誰が渡したのか容易に察しがつく。
「どう、して……」
搾り出す様に発せられた声はとても弱く、注意していなければ聞こえないほどだ。
「な、んで……また、こうなるの?」
「シャナ……」
「っ!?」
悠二が近づこうとしたその時、シャナは飛んで行ってしまった。
「シャナ、どうしたんだよ……」
追いかけようとも思ったが、文字通り飛んで行ってしまったので、追いかけるのは無理だ。
そんな悠二を気遣ってか、吉田は優しく話しかける。
「坂井君……」
「大丈夫だよ。シャナは何か勘違いをしてるんだよ、きっと」
「……」
悠二に悪気はないのだろうが、吉田は今の言葉に少し傷ついた。
「そろそろ戻ろう。もうすぐ昼休みも終わるから」
「でも、シャナちゃんはどうするんですか。あのままほっておくんですか?」
「どこか飛んで行っちゃったんだ。追いかけるのは無理だよ。」
(それに夜になれば帰ってくるはずだ)
「わかりました……」
お昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
正午過ぎ、買い物に出掛け、その帰宅途中の千草は驚いた。
シャナが一人で歩いているのだ。
今は学校に行っている時間で、こんな所にいるのはおかしい。それに様子も少し変だ。
うつむき加減で歩いている少女は、いつもの凛々しい姿がどこにもなかった。
何事かと思い、千草は駆け寄ってシャナに話しかけた。
「どうしたのシャナちゃん」
優しく、様子を見るように喋る千草を見上げた少女は、瞳が潤んでいた。
「千草……また……また、悠二を取られちゃった……」
これではまるであの時と、ミサゴ祭りの時と同じ。
「私……全然、だめだね……何にも、言えなかった……」
「シャナちゃんっ」
千草はシャナをその胸に抱きしめた。
「なんで、私だけ……ひっく……ぐすっ」
千草に抱きしめられ、安心したのか、シャナの瞳に涙が溢れてくる。
「う、ううううう……」
「シャナちゃん……大丈夫よ……」
坂井家の居間、今は泣き止んだシャナの向かいに千草がいる。
千草がお茶を入れながら聞く。
「シャナちゃん、何があったのか詳しく聞かせて」
「……うん」
千草がシャナの前にお茶を置く。
シャナは少しずつ語り始めた。
朝にチョコを渡そうとして渡せなかったこと。お昼に渡そうと思っていたこと。
吉田がチョコを渡していたこと、悠二がそれを受け取ったこと。それを見て逃げ出したこと。
一通りの話を千草は静かに、それでいて真剣に聞いていた。
「私……これからどうしたらいいのかな……」
いつかはこの街を出なければならない。
その時に悠二に嫌われたままだったら、とてもじゃないが一緒に旅をすることなんてできない。
シャナにとっては、それが“これから”なのだが、千草はその事を知らない。
「あのねシャナちゃん、一ついいこと教えてあげる」
「いいこと?」
千草は笑みを浮かべて、
「バレンタインはね、順番なんか関係ないのよ」
「え……」
「一番に渡したからといって、何がどうこうなるわけじゃないの。それにチョコを受け取ったからといって、その人が相手の子を好きだってことじゃないの」
「そう、なの?」
「そうよ。贈り物には少なからず想いが込められているの。それを受け取らないなんてそんな失礼な話はないでしょう。まして込められているのが愛情だとしたら尚更だわ」
「じゃあ……」
「だからねシャナちゃん、もっと自信を持って。悠ちゃんが帰ってきたら、ちゃんとチョコを渡しなさいね」
「うんっ。ありがとう、千草!!」
シャナの顔はもう曇っていなかった。今は太陽の様に輝いている。
学校が終わり、今はもう家のすぐ近くまで来ている。
今年は数こそ去年とあまり変わりがないが、本命チョコが一つだけある。
しかし一番驚いたのは、あの『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーがチョコをくれたことだった。
「僕に何か用があるのか?」
「はい、これ」
「え……これはチョコ?」
「そうよ」
「なんで僕に……」
「うーん、そうねぇ……あんた達には色々世話になったしね。ま、義理チョコってやつよ」
「ヒー、ハッハッハー!もう少し素直になったらどうだ!我が強情なるブッ!?」
マージョリーは乱暴に“グリモア”をぶっ叩いてマルコシアスを黙らせる。
「じゃ、そうゆうわけだから」
それだけ言って、マージョリーはどこかに行ってしまった。
「まさかあの人から貰えるなんて、思ってもみなかったな……」
そうこう考えている内に、我が家まで辿りついたようだ。
「ただいまー」
「お帰りなさい、悠ちゃん」
千草がにこにこしながら出迎える。
こうゆう場合は大抵なにかある時だと、わかっていた悠二は少し身構える。
「悠ちゃん。シャナちゃんが来てるわよ」
「えっ!?」
「悠ちゃんの部屋にいるはずだから、早く行ってあげなさい」
「う、うん」
何かあると睨んでいた悠二だったが、まさか飛んで行ってしまったシャナがいるとは思わなかった。
(怒っているかな……シャナ)
ここで考えても埒が明かないので、勇気を出して、扉を開ける。
そこには、ほっぺを膨らまし、横を向いて椅子に座っているシャナがいた。
「えっと、シャナ……」
呼びかけるが、シャナは何も反応しない。横を向いたままだ。
怒っているのかと思い、シャナの顔色を伺う。
いかにも怒ってます、という様な顔をしているシャナだが、どことなく嬉しそうだ。
じっと見ていると、シャナがこっちをちらちらと見ているのが分かる。
何故だか知らないがシャナの顔がどんどん赤くなっていく。
こうして見ると、夕焼けが反射している髪が炎髪灼眼を連想させ、とても綺麗だ。
夕焼けを映している瞳も、見ているだけで吸い込まれそうなほど……
「って……しゃ、シャナ!?」
いつの間にかシャナが目の前にいた。
シャナの顔をじっと見ていた悠二は、シャナが動いたことに気付いていなかった。
(どうりで吸い込まれそうになるわけだ)
と、悠二が意味不明なことを思っている内に、シャナがもじもじしながら上目遣いでこっちを伺っている。
(うっ……か、可愛い……)
「ゆ、悠二っ……これあげる!!」
ウサギが書いてある箱を悠二に突きつける。
「これって……」
「きょ、今日はばれんたいんでしょ。だから、その……う、嬉しく受け取りなさい!!」
めちゃくちゃな事を言うシャナに、悠二は可笑しさが込み上げてくる。
「は、ははは……」
「な、何が可笑しいのよ!?」
「いや、なんかシャナが可愛くってさ……チョコ、くれてありがとう」
「!?」
悠二が無意識に発した「可愛い」という単語に、シャナは恥ずかしくなった。
「う、うるさいうるさいうるさい!」
「何を怒っているんだよシャナ?」
「いいから早くそれ食べなさい!」
「わ、わかったよ」
包みを開け、蓋を取る。
中にはチョコレートがぎっしり詰まっていた。
ハート型、星型、などなど色々あるが、中でも目を引くのが真ん中にある巨大な丸いチョコ。
(これは……なんだ?)
手にとってみると、少し柔らかい。それにどかで見たことがある様な形である。
目を丸くする悠二に、シャナが言う。
「それはね、特性メロンパンなの!私が一番美味しいと思うメロンパンにチョコかけたの。名付けてチョコメロンパンよ。どう?とっても美味しそうでしょ?」
「チョコメロンパンって、そのままじゃないか……」
と言いつつ、食べてみる。
うん、チョコメロンパンの味だ。まあ、シャナに料理はあまり期待してはいない。
「美味しいよ、シャナ」
「違うでしょ!」
いきなり怒り出すシャナ。悠二にはその理由がわからない。
(美味しいって言っちゃいけなかったのかな?)
「カリカリの部分とモフモフの部分を交互に食べるの。前にいったでしょ!」
全然わけがわからなかった。
「シャナはメロンパンの事になると必死だね」
「悠二には関係ないでしょ!あ、ほら、また違う。カリカリの次はモフモフ!」
「そんなこと言ったって難しいよ」
「馬鹿っ、そんなことじゃメロンパンが可哀相でしょ。もっと美味しく食べなさい」
「はいはい、わかったよ……」
今年は慌ただしいバレンタインだったが、いつまでもこんな“日常”が続くといいな、と思う悠二であった。
そう思う一方で、バレンタインというイベントは今年で最後だろうと思う自分もいる。
平和はいつまでも続かない。悠二がいる世界は“非日常”なのだから。