僕の名前は「 けは と」。
ん?いま何か妙な違和感があったけど、気のせいだろう。
因みに感じで書くと「シ 束 ノ 」。
また、何か違和感があったけど、気のせいだろう…な。
僕はいま、学校の下駄箱にいる。
下駄箱にはほとんど靴はなく、上履きばかりだ。
もちろん今日は休みではない。ただ単に、僕が早く学校に来すぎているだけだ。
しかし一番乗りではない。
一つだけ、女の子の靴がある……。吉田さんの靴だ。
彼女は元々、控えめな性格で、人前ではほとんど話さない。
だけど僕にだけは普通に接してくれる。
そのほとんどは勉強の話だが、坂井悠二についてもよく話す。
彼女は坂井悠二の事が好きなのだ。
坂井悠二とは、僕の中学以来からの友人で、いい奴だが馬鹿ではない。
今までの僕は、吉田さんの恋を、過剰なまでにお節介していた。
だけど、ある時から彼女は変わった。
あの彼女が、自分から進んで悠二にアタックしている。
あの平井ゆかりにも負けないくらいの迫力があるときもある。
以前の彼女からは考えられないことだった。
でも、変わったのは彼女だけではない。僕も変わったのだ。
吉田さんの事を、好きだとわかってしまった。
それを悠二にも伝えた。
彼女と話しているだけで、優越感がある。
しかも坂井悠二は、この街から離れてしまうかもしれない。
そんなことを思う自分が嫌だった。
でも僕は止まれない。
吉田さんが好きだから。
この扉を開ければ吉田さんがいる。
そう思っただけで、心臓がバクバクしている。
今日から僕は、守りから攻めに転じる。
僕は扉を開いた――――――――――
「おはよう」
僕は扉を開けてすぐに、あいさつした。
彼女は振り返って、
「あ、うん、おはよう」
と言って、すぐに向こうを向いてしまった。
いつもなら勉強や悠二について話をしてくれるのだけど、めずらしく何も言ってこなかった。
(まあ、こんなこともあるよな)
と思いつつ、自分の机に着いた。
僕は何か話そうか迷っていた。
いつもなら積極的に話しかけるのだが、今日に限っては何故かやるきが起きなかった。
迷っているうちに、佐藤と田中達がやって来た。
「おう、メガネマン、おはよう」
「おっす、メガネマン」
二人して僕のことを「メガネマン」と呼んだ。
「おはよ」
僕は短くあいさつした。
このメガネマンというあだ名は、中学のころ悠二につけられた。
悠二によると、何でもできるからメガネマンだそうだ。
正直あだ名は好きじゃない。自分の名前を呼んでほしかった。
クラスメートが次々とやってくる。
もちろんみんな、僕のことをメガネマンと呼んでいく。
段々と腹が立ってきた。
(どうしてみんな僕をメガネマンと呼ぶんだ!?名前で呼んでくれ!!)
僕が心の中で罵っていると、声をかけられた。
「どうしたの?顔色悪いよ?」
顔を上げると、吉田さんがいた。
「えっ、あっ、いや、なんでもないよ」
「そう?体調が悪かったらすぐに言ってね」
やっぱり彼女はいい子だ。この子を好きになってよかった。
しかし次の彼女の言葉に、僕は戦慄した。
「それじゃあ。メガネマン君」
「は?」
彼女は何もなかったように、机に戻っていった。
メガネマン?彼女がそう言ったのか?あのやさしい彼女が?
一体どうなってる?今まで僕のことは名前で呼んでくれていたのに、何故?
どうして?僕にはわからなかった。
(これじゃあ名前がないみたいじゃないか!!)
「!?」
僕は恐怖した。
みんなが僕の名前を忘れてる?
僕は学校から飛び出していた。
いつのまにか家にいた。
幸いにも親はいなかったので、何も言われることはない。
「一体ないをやってるんだ僕は」
家に帰ってきたのはいいが、後先のことを全然考えていなかった。
なにげなく中学の卒業アルバムを見ていた。
「このころは良かったなあ、みんなに名前で呼んでもらえてたからなあ」
「あ、これ僕の写真……だ……よな?」
ありえなかった。
僕の写真だけ霞んでいて、誰なのかわからない。
他の写真もすべて霞んでいた。
「そんな馬鹿な……。どうして?……そうだ!家族のアルバム!あれならきっと……」
アルバムを見て愕然とした。
僕の写真はそれも霞んでいたのだ。
僕は家を出ていた……。
「これからどうしようかな……」
僕はふらふらと市街地を歩いていた。
歩いている人と、肩がぶつかっても何も言われない。
まるで何もなかったかのように。
「そうか……僕は消えるんだな……」
ふと、そう思った。
しかし、人生とは自分の思い通りにはならないものだった。
もう夜になっていた。
「どうして僕が消えるんだろうか?」
何か悪いことしたかな?それともあだ名のせい?
(こんなことなら吉田さんに告白しとけば良かったな)
そんな時、悠二の顔が浮かんだ。
(悠二、お前のせいなのか?お前が僕にあだ名をつけたから!)
理不尽なのはわかっている。だけれど誰かに怒りをぶつけたかった。
「全部……全部悠二が悪い!きっとそうだ!」
どんっ!
肩をぶつけた。今日何回目になるかわからない。
「あ……ご、ごめんな……さい?」
その人は動いていなかった。
いや、その人だけではなく、僕以外の全員が止まっていた。
人も、車も、木も、動物も何かも。
「一体何なんだ?どうして?」
わけがわからなかった。
そんな中、向こうから一人、こちらに歩いてくる人影がいた。
その人は女性、今時ありえない格好をしていた。
メイド服を着た女性は僕の前に立ってこう言った、
「あの“ミステス”、坂井悠二が憎いのでありますか?」
運命を感じた瞬間だった。