無限に広がるのかと思わせるほど広大な、黒水晶のような床。  
無数に立つ大理石の巨大な柱。  
天井は遥か遠く、描かれた奇妙な絵は肉眼では輪郭が霞んで見えるのみ。  
大広間と云うには広すぎる場所。  
そこに、紅世の王、そのなかでも『三柱臣』であり強大な力をもつふたりが向かい合っていた。  
 
「…それで、何の用ですか?『千変』シュドナイ。私は忙しいのですが」  
いつもの無表情の中に、微妙な不機嫌を織り交ぜた表情で問い掛ける『頂の座』ヘカテー。  
その手には錫杖『トライゴン』を握っている。  
対するダークスーツと濃いサングラスを身につけ、ニヤニヤと笑っている男。  
「まぁ、そう釣れないことを言うな。今日は勝負をしようと思ってな………クク…」  
シュドナイはそう言いつつ、手に持っていた剛槍『神鉄如意』を肩に乗せる。  
「勝負?」  
ヘカテーは眉を顰める。悪い予感がする。  
「そうだ。純粋な戦闘だ。ただし……間違っても殺害は無し」  
「それで……私になにかメリットはあるのですか?」  
シュドナイは重々しく頷く。  
「うむ…勿論だ………例えば……これとか」  
懐をゴソゴソと漁り、一枚の写真を取り出す。  
「!!」  
そこに写っていたのはあの喫茶店。  
楽しげに話している悠二とヘカテーだった。  
「なぜ、それを……」  
ヘカテーは狼狽する。  
「さらに……」  
再び懐を漁り、もう一枚取り出す。  
「なっ!!」  
 
そこに写っていたのは悠二と。  
二人の見知らぬ少女だった。  
どこかの商店街だろうか?楽しそうに喋りながら歩いている。  
「さぁて…どうする?このふたりが誰なのか知りたくないか?」  
「…………………」  
ヘカテーの表情が段々と険しくなっていく。  
同時に周囲の空気の温度が僅かに低下し、張り詰めてゆく。  
「…………いいでしょう」  
「うむ……では、決定だな」  
 
シュドナイは内心ほくそ笑む。  
純真可憐な乙女心を利用した完璧なる作戦。  
ヘカテーは勝負に勝ち、情報を聞き出そうとしている。  
だが、負けた場合のことを考えていない。  
シュドナイが勝った場合、彼女には最悪の結末が待っている。  
「ククク………ついに…ついにこの手に……!」  
「なにか言いましたか?」  
「ゴホン!…いや、なんでもない。では、勝負の説明だ。」  
手にした剛槍を準備運動代わりに振り回しながら説明を始める。  
「フィールドはこの大広間のみ、使用武器、自在法は自由。相手を戦闘不能、もしくは参ったと言わせれば勝ち。ただし、殺すのは無し。こんなところだ」  
「わかりました」  
無表情にヘカテーは言い放つ。  
「では」  
両者が構える。  
「……参ります」  
 
 
所変わって星黎殿の通路にて。  
「フェコルー、『トライゴン』と『神鉄如意』がないようだが?」  
タイトな灰色のドレスを纏った妙齢の美女。三つの目のうちひとつを眼帯が覆い、  
腕から肩にかけて長い鎖が絡まっている『逆理の裁者』ベルペオルは傍らの小男、  
『嵐蹄』フェコルーに問うた。  
「はっ、将軍の話によりますと『勝負に必要だから、勝手に借りていくぞ』とのことですが」  
「勝負……?」  
「私には何の勝負をするのかは聞かせて頂けませんでした」  
バツが悪そうに言うフェコルー。  
「勝負………あの『千変』がヘカテーと…ふむ、あの子に何かなければいいが……」  
 
 
最初に仕掛けたのはシュドナイだった。  
体が盛り上がり、頭部が虎に変化する。足は鷲、背中には蝙蝠の羽が生える。  
2倍か3倍ほどにも膨れ上がった巨体に合わせ、豪槍『神鉄如意』も太く、長くなる。  
デーモンのようになった体で、真っ直ぐに疾走する。  
ふたりの距離は約20mほど。  
今のシュドナイならば数秒もかからない距離。  
が、  
「気持ち悪いですね……」  
シャーン…とヘカテーが錫杖『トライゴン』を軽く振ると、突如何もない空間から  
凄まじい量の槍や剣や斧、しまいには肉きり包丁などが飛び出し、全方位から襲い掛かった。  
「なんのぉっ!」  
シュドナイは左手で上空に炎弾を連射し、右手の剛槍で残った刃物を薙ぎ払いつつ、  
跳躍する。飛び出した刃物郡は床、柱などに突き立ち、空気に溶け込むようにふっと消えた。  
もう一度ヘカテーが錫杖を振った。  
今度は頭上からとんでもなく巨大な圓月刀がシュドナイの脳天を叩き斬ろうといわん  
ばかりの速度で振り下ろされる。  
いまだシュドナイは空中におり、回避することは不可能。  
咄嗟に『神鉄如意』を両手に持ち替え、柄で何とか受ける。  
「ぐぉっ!」  
全身真っ二つの憂き目は回避したが、当たり前のように大理石の床に叩きつけられる。  
轟音が響き、大理石がひび割れ、破片が飛び散る。  
さらにヘカテーの振る錫杖の澄んだ音が響く。  
追い討ちのように巨大ドリルとハンマー、ついで先程の圓月刀が襲い掛かる。  
「くそっ!」  
シュドナイは舌打ちし、自在法を紡ぐ。  
 
目も眩むような光の直後、シュドナイを中心にして紫の大爆発が巻き起こる。  
 
 
通路を揺れが襲った。同時に遠く轟音が聞こえる。  
「ふむ………また派手な勝負だねぇ……」  
「はぁ……」  
パラパラと埃が舞い降りてきた。  
「ちょっと様子を見てくる事にするよ……ところで、フェコルー」  
「は、はいっ!?」  
「『ゲーヒンノム』を用意しておいておくれ」  
「かしこまりました」  
丁寧に一礼するフェコルーを一瞥し、ベルペオルは大広間へと向かった。  
 
 
爆風は周囲を蹂躙し、襲い掛かっていた武器だけでなく、支柱の5、6本をも巻き込んで吹き飛ばした。  
大量の存在の力を込めた、全方位爆破の自在法。  
だが、クレーターのようになった爆心地の中心だけは無事だった。  
逆転印章『アンチシール』と呼ばれる防御結界を周囲1mほどに展開し、自らを守ったのだ。  
「はぁ……はぁ………強いな…わが愛しの姫君、ヘカテーよ」  
20mほど先に居る、同じく防御結界で自らを守り、平然と立っているヘカテーに呼びかける。  
「ここまで私の攻撃を防ぐとは…流石は『将軍』と呼ばれるだけはありますね」  
 
「ところでヘカテーよ」  
「なんですか?」  
シュドナイは気のせいだと思っていたことを口にする。  
「………………俺を殺そうとしてないか?」  
「さて、なんのことですか?」  
ヘカテーはしれっと答える。  
その姿に一抹の不安を覚えつつも、シュドナイはこう考える。  
障害は多ければ多いほど達成感は増すものだ、と。  
しかし、  
「先程の自在法で、かなりの存在の力を消費しましたね?」  
そう、最初から炎弾を連射し、強力な自在法の二重起動を行なった為にかなり減ってしまっていた。  
恐らく、もう余り戦える時間が無い。  
対するヘカテーは特に疲れた様子もない。一体どうなっているのだろうか?  
「それでは、これで終わりにしましょうか」  
そう呟いたヘカテーが三度錫杖を振る。  
またもやなにもない空間から大量の鎖が飛び出す。  
「なっ!またかっ!」  
もう余り余裕の残っていない力を使い、鎖を吹き飛ばすものの、数が多すぎる。  
ついにはその内一本が体に巻きつき、後続が次々と体の自由を奪ってゆく。  
 
「くっ、くそっ!」  
ついにはがんじがらめに縛られてしまった。  
「さて……私の勝ちですね」  
勝ち誇ったような微笑を浮かべるヘカテー。  
「くそっ、まだだ、まだ俺は負けてないっ!」  
「む……まだそんなことを言うんですか?」  
ヘカテーの眉が不機嫌な方向に吊り上がる。  
「当たり前だ!俺は死ぬまであきらめん!っ」  
さらに出かけた言葉を飲み込み、なんとか抜け出そうと暴れる。  
「そうですか…………では、お望みのままに」  
一際大きく、錫杖が鳴った。  
突如シュドナイの頭上に、ファンシーな、だが余り可愛くない異常に巨大なクマのぬいぐるみが出現する。ご丁寧にも腹の部分に『100t』と記入されている。  
「……………………なぁ!!??」  
またもや轟音が大広間に響き渡った。  
 
「ふぅ……」  
視界を覆う粉塵のなかで、ヘカテーは勝利を確信し、一息つく。  
が、  
「なっ!?」  
粉塵を切り裂いて飛び出したのは、先程シュドナイを縛り付けていた鎖だった。  
その束縛する者はヘカテーの『トライゴン』を弾き飛ばし、両手と両足に巻きついた。  
「な、どうして……?」  
ようやく粉塵が収まり、現れたのは  
「ククク………残念だったな」  
シュドナイだった。  
 
「な、なぜ………?」  
呆然とするヘカテーを見て、シュドナイは笑みを深める。  
「実はな、最初からこれを狙っていたんだ。お前が勝利を確信した瞬間。無防備になるところをな」  
段々と近づいてくる不気味な笑みを浮かべたシュドナイに、無意識にヘカテーは恐怖した。  
なにか、とても嫌な目に遭う。  
本能がそう告げていた。  
「あのぬいぐるみが俺を押しつぶす瞬間、体を元のサイズに縮め、鎖を抜ける。  
これは造作もないことだが、潰されないようにするのはなかなかに大変だったぞ」  
縛られたヘカテーの目の前で立ち止まり、舐めるような視線でヘカテーを上から下まで眺める。  
「ぅ……っ」  
ヘカテーの背中を蛇がのたうつような悪寒が走りぬける。  
「あとは自在法でお前を縛って終わり。さて、俺の勝ちだ、その鎖は絶対に抜けない。」  
シュドナイの大きな手が、ヘカテーの肩に触れた。  
「ぁ……ぃゃ…っ!」  
声にならない声を上げ、ヘカテーは身震いした。  
「さて、勝利した者の特権だ………クククっ……!」  
シュドナイの手がヘカテーの未成熟な体を撫でまわす。  
「ぅぅ………」  
その手が着ているマントと服をはだける。小さめのヘカテーの胸が露わになった。  
「いっ、いやぁ!」  
みるみる大きな瞳に涙が溜まっていき、顔がくしゃくしゃに歪む。  
だが、そんな表情さえ今はシュドナイに興奮をもたらす。  
新雪のように白くきめの細かい肌。まずは撫でるように、それから感触を楽しむように揉む。  
「うむ、まるで芸術品のように美しい………良いねぇ………!」  
「あぅ………な…んで……」  
喜悦の表情を滲ませるシュドナイ。  
俯いてぽろぽろと涙を零すヘカテー。  
悠二………さん……  
聞こえるはずもない助けを請う。  
ごめんなさい……私は………  
 
シュドナイの手が、今度は下半身へと移動する。  
純白のショーツに包まれた秘所を撫でる。  
「ここも丁度よい柔らかさ……幼さは残るものの、良い感じだ」  
「っっっっ!!」  
手が、ショーツに掛かった。ヘカテーは思わず目を瞑った。  
ヘカテーの悲痛な声と表情にさらに笑みを深めたシュドナイ。  
その手がゆっくりと降りてゆこうとしたその瞬間。  
ジャラ…  
鎖の音がした。  
反射的に振り向いたシュドナイの体に、再び鎖が巻きつく。  
「なっ!ババァか!」  
壊れた支柱の影からゆらりと現れたのはベルペオルだった。  
いつもは腕に巻きついている鎖が伸び、シュドナイを絡め取っていた。  
「おやおや……ひどいことをするもんだねぇ………『千変』」  
同時にヘカテーを束縛していた鎖も離れ、ヘカテーはその場にへたり込む。  
「離せ!邪魔をするな!」  
喚くシュドナイをさらに縛り、首から下をミイラのごとくしてしまった。  
 
「純真無垢な巫女を騙して縛った上、陵辱しようとするとはねぇ………さて、どうしたものか」  
ニヤリと笑いかけてくるベルペオルに、言い知れぬ恐怖が湧き上がる。  
「くっ、離せ、離してくれ!お願いだ!」  
「大丈夫かい?ヘカテー」  
懇願するシュドナイを無視し、ベルペオルはヘカテーに歩み寄る。  
「………はい」  
ベルペオルに衣服の乱れを直してもらい、なんとか立ち上がる。  
「じゃあ、これの処分は私がすることにするけどいいかい?」  
「はい」  
ヘカテーはシュドナイを睨みつけながら頷く。  
「ゆ、許してくれ……ヘカテー……もうやらないから」  
そんな許しを請う声を完全に無視し、ヘカテーは歩み去った。  
 
取り残されたシュドナイはベルペオルを見る。  
「さぁて……行こうかね……鍋も今頃沸いてるだろうしねぇ」  
最後の言葉でシュドナイは己の運命を知った。  
 
 
ヘカテーは空を見ていた。  
今日は晴天。最近は日差しも強くなってきた。夏が近いのだろう。  
ちょっとぬるい風が、マントを揺らす。  
「また………逢いに行っても…いいですか?」  
遠く御崎市にいる少年を思い描きながら、そっと呟く。  
 
「――――――――――っっっっ!!!!!!!!」  
どこからか、訊いた事のある絶叫が、微かに、聞こえた。  
 
続く……?  
 
 

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