さて、こちらは別室にて。  
「あぁッ、はぁっ、ひゃぁっ!」  
響く嬌声。荒い吐息。肉と肉が打ちつけられる音。  
ふわりと香る甘い匂い。飛び散る汗。  
「くッ!オガちゃんっ、出るっ!」  
「た、田中ぁっ、ああぁっ、あんっ、あっ、あっ、あッ、ああああぁぁぁぁぁッッ!!」  
「うっ、くっ!ふぅっ……はぁ、はぁ、はぁ」  
「ん、ふ、ぁぁ……中に…いっぱい……」  
恍惚とした表情で緒方は呟いた。  
「ごめんな、ナカに出しちまって」  
「ううん、いいよ、田中のなら」  
そう言って緒方は包み込むような微笑を浮かべる。  
しばらくの間、ふたりとも荒い息を吐いていたが。  
「オガちゃん、もう一回、いいか?」  
「うん、いいよ。田中となら、何度でも………」  
田中の率直な求めに、緒方は笑って答えた。  
田中も笑みを浮かべると、体勢を入れ替える。  
「田中……」  
「どうした…?」  
自分の腕の中にいる少女の顔を覗き込む。  
「あたしのこと、好き?」  
真剣な、問いだった。声色が告げている。  
「バッカ……」  
クシャクシャと頭を撫でる。  
「………当たり前だろ」  
田中は、やさしく自分の大切な少女を抱きしめた。  
「…………………うん、あたしも田中が大好き」  
緒方もそう言って背中にまわした腕に力を込めた。  
 
ふたりは今、幸せだった。  
 
 
さらにふたつ隣の部屋にて。  
「池………起きてるか………?」  
「……ああ」  
池の部屋に佐藤が入ってきた。  
なぜか布団の上で正座している池の隣に佐藤も座る。  
しばらく沈黙が流れた。  
「…………なあ、池」  
「……………どうした」  
どことなくふたりとも声が硬い。  
「………おまえ……………聞こえたか………?」  
「……………………………………」  
再び沈黙。  
池は無表情だった。  
「……………佐藤」  
「……………なんだ」  
池が立ち上がった。  
「……………風呂………行かないか?」  
そう言ってタオルを持参したバッグから取り出した。  
「ああ……………そうだな………」  
佐藤も軽く頷いて立ち上がり、池に続く。  
「俺も…………全部流したい………」  
佐藤の呟きは部屋に置いていかれた。  
 
ふたりは今、虚しかった。  
 
 
悠二は今、三人の少女に責められていた。  
 
シャナは悠二の後頭部をガッチリ掴み、舌を絡ませている。  
小悪魔のように踊る小さな舌が、口内を隈なく味わい、悠二の舌に吸い付く。  
「ん…ちゅ……じゅる……っ……ちゅぅ」  
口の端からは混ざったふたりの唾液が流れ出し、顎を伝い、首を通り、胸の辺りまで垂れる。  
「んむ………れろ………っ」  
その伝う透明な液体を、ヘカテーは子犬のように舌で舐め取る。  
時折悠二の首筋や乳首、肩などを舐め、耳たぶを甘噛みしたりしている。  
「はぁっ、んんっ、んぁっ、ああぁっ!ひゃぁっ!」  
最初は痛がっていたものの、だいぶマシになってきたのか、吉田は大胆に腰を上下させて悠二を求めている。  
「さ、かいっ、くんっ、んぁっ!気持ちっ、いいっ、よぉっ!」  
その肢体が上下するたびに豊満な胸が激しく跳ねる。  
汗が飛び散り、照明を反射して空気中で光っている。  
が、それを見ることも出来ず、悠二の脳は三箇所からの快感で沸騰寸前だった。  
「んぐ……ぅ……む……んんっ!」  
背筋が震え、腰が砕けそうになり、頭がとろけそうになる。  
味わった事のない快楽に、本当にどうにかなってしまいそうだ。  
「んむ……ぅ……く……んんんッ!!」  
凶悪な責めにより、ついに今日二回目の限界を迎える。  
「んっ、あっ、やあっ、んあッ、あああぁッッ!!」  
吐き出された大量の白濁液を全て受け止め、吉田は崩れ落ちた。  
「く……はぁ…はぁ…ん……ふぁう……」  
 
「んっ……ッ…ぷはっ……それじゃ、次は私たちね」  
ようやく悠二を解放したシャナはヘカテーを押し倒し、その上に覆いかぶさる。  
「悠二さん、ちゃんと平等にしてくださいね……?」  
為すがままになっているヘカテーが艶っぽい声で言う。  
「うん……」  
垂れた唾液を手の甲で拭いながら折り重なるふたりの背後へと移動する。  
その間に、シャナが悠二にしたようなディープキスをヘカテーにしている。  
「んむ……くちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅっ」  
「あむ………ん、んぅ、んっ、ちゅ、ちゅっ」  
(うわ……女の子同士のキスって………)  
妙にいやらしい感じがする。  
ふたりとも姿が幼く見える所為だろうか。  
淡いピンクの唇から伸びた血のように赤い舌が複雑に絡まりあう。  
「ちゅ、ちゅぷ……くちゅ、んちゅ」  
「ん、んぅ……くちゃ、ちゅく」  
キスをしながらも互いの小さな胸を撫でたり、先端の突起を弄ったり。  
太ももを交えて秘所を擦り合せたりしている。  
ふたりの秘所から湧き出る愛液が太ももを伝い、布団に大きなシミを作っていた。  
「それじゃ、まずはシャナから……」  
シャナの折れそうに細い腰を掴むと、ゆっくりと挿入する。  
「んっ、んんッ!」  
思ったよりすんなりと奥まで侵入し、即座にギリギリまで引き抜く。  
洪水のように溢れ出す愛液が潤滑油となり、容易に挿入を繰り返す事が出来る。  
「んっ、あぁっ、ふぁっ、あぅっ」  
以降はピストン運動でシャナのナカを味わう。  
「んんぅ、んく、ぁう、んっ、んんっ」  
「………悠二さん」  
「あ、うん……」  
モノをシャナから引き抜き、今度は下になったヘカテーの内部に突き入れる。  
「ん、あああぁぁっっ!」  
 
一度挿入しただけでヘカテーは悲鳴のような声を上げた。  
同じくぐっしょり濡れた内部を掻き混ぜる。  
一方で右手はシャナの胸を、左手はクリトリスを擦る。  
「んぁ、あんっ、はぁっ、あぁっ、あああぁ」  
「ひゃぅっ、ああんっ、あああぁ、いあっ、んんっ、んぁぅっ」  
何度か突き、またシャナへ入れ替え、再びヘカテーへ。  
たまに肌と肌の間に挟み、前後に揺する。  
素股の要領でふたりの敏感な所を刺激する。  
「んんぁ、き、気持ちいぃっ、ああんっ!」  
「ふぁぅっ、んっ、やぅ、いぁぅっ、ひゃぁっ!」  
ふたりの声が重なり、部屋を満たす。  
温かく、愛液でヌルヌルした柔肉に挟まれ、信じられない程の快感が駆け抜ける。  
「うっ、くッ………僕も……気持ちいい…んッ」  
さらなる快感を求め、自然と動きが早くなる。  
「やぁっ、ああぁっ、いっ、ああっ!」  
「んぅっ、は、はげしっ、ああっ、やあぁっ、ああぅっ!」  
粘着質の音がする。  
「んぁ、やぁっ、ひゃぁっ、ああっ」  
下半身に絡みつく愛液と汗。  
「だ、ダメっ、いっ、やぁっ、ふぁっ!」  
燃えるような体。  
「ゆうじぃっ、んぁぅっ、もっと、ふああぁっ、もっとぉ!」  
腰が痛い。  
「きゃぁぅっ、んっ、あっあっあぁぁ!ゆっ、じっ、さぁあっ、ああんっ!」  
それでも動く。  
「んっ、うぁっ!」  
既に、三度目の限界は迫ってきている。  
 
 
「……んぅ…?」  
僅かに灯る照明の中で、千草は目を覚ました。  
「寝てしまったのね……」  
部屋を見回すと、脇にあるテーブルに酒瓶が数本と、携帯電話(コキュートス内蔵)  
が置いてあった。  
「そうそう、アラストオルさんとお話しながらお酒を飲んで……あら?」  
千草は気付いた。  
耳を澄ますと、声が聞こえる。  
ゆっくりと悠二の部屋に繋がる襖を振り向く。  
静かに襖まで近寄ると、音を立てないように、ほんの数ミリ、横に動かした。  
「……………あらあら……♪」  
細長い視界の向こうに広がった光景に、思わず千草は呟いていた。  
「悠ちゃんもすごいわねぇ……」  
襖一枚隔てて繰り広げられるわが子達の痴態に、頬が赤くなっていった。  
「三人も………」  
呟き、知らぬ間に右手は下半身へと伸びていく。  
「はぁ……ん……っ………」  
下着越しに感じられる暖かさ。  
「ん……ぁ……こんな………だめ……」  
意志とは裏腹に、左手が自らの豊満な乳房を揉み始める。  
人差し指が優しくショーツの上から秘所を撫でる。  
そこに湿り気があるのを感じ取り、自分でも驚きつつも指は動く。  
「ぁ……はぁ………んぅ……」  
浴衣の帯を解き、前をはだける。  
零れ落ちた両の膨らみを包み込み、揉みあげる。  
普段はあまり触れない感触に、息が荒くなっていく。  
「あぁ………ぅ……っ」  
敏感な所を指で押す。  
「んぁ!……はぁ……ぅ」  
じわりとシミが広がり、恥毛が透けて見えた。  
 
「シャナちゃんが……あんなに……」  
桃色の先端を摘む。  
「んぅっ!吉田、一美さんも……」  
ショーツの中に手を差し込み、直に割れ目を撫でる。  
「ぁ……ん……んぁ………ッ」  
「ヘカテーさんも………あんなに……気持ちよさそうに………」  
襖の向こうで行なわれる狂乱の宴は激しさを増している。  
悲鳴のような嬌声をあげるふたりの少女を、隣に横たわったままの吉田が熱っぽい視線で見つめている。  
つられて千草の指の動きが段々速くなってゆく。  
「んっ……あっ、ぁ……ぃ……はぅ」  
溢れる粘液のなかへ指を挿入し、掻き混ぜる。  
ショーツが濡れて使い物にならなくなり、額に汗が浮く。  
「んぁ………だめ……ほんとに……っ…んん……」  
「んんぅ、ぁっ、ぁぅ……あッ、ひゃぁうッ!」  
短い悲鳴を上げ、ビクリと体が震えたかと思うと、温かい液体が左手に掛かった。  
「あ……あぁ……」  
千草はその場に倒れこんだ。  
 
 
 
 
 
 
 
さて、ついでにこのお方は。  
「…………っ」  
(お、お、お、奥方あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっッッッ!!!)  
驚異的というより、もはや異常な精神力で発声を押しとどめ、なんとか心の中だけで絶叫していた。  
 
 
 
 
 
 
「んッ、くっ、ふぁっ、ああっ、んぁあっ!」  
様々な角度から突き、回転運動を加え、激しく動く。  
「んッ!ああぁっ、ひゃあああぁぁっ!」  
ただ、快楽を求めて。それだけの為に、貪欲に腰を動かす。  
既に二回達していることなど関係ない。この一夜の宴に身を委ねる。  
「んんあぁッ、あああぁぁッッ!ひゃああぁッ!」  
「はああッ!やあっ、あああッ!」  
焦点の合わない目で、喘ぐ。どうやらふたりとも限界のようだ。悠二はラストスパートとばかりに限界まで動きを速めた。  
「ひゃあんッ!やああッ、あッ、ああッ、あああああぁぁッッ!!」  
「ひうっ、いあっ、ああッ!あっ、んんぁっ、ふあああぁぁッッ!」  
ふたりが達したと同時に、  
「んッ、くッ、うあああぁぁッッ!!」  
悠二はふたりに挟まれたまま、精を放っていた。  
「ん……ぁぅ………おなかに………」  
「ん、はぁ……あったかい………」  
シャナもヘカテーも、恍惚とした表情で呟いた。ふたりの間からモノを抜き取ると、とろりと液体が流れ出した。  
「く、ふぅ……疲れた………」  
「坂井君……つぎ、わたしの番です」  
「え、ええ?もう3回もだしてるし………あ」  
タイミングよく、時刻が零時になった。そのことを体内で感じ取ったのも束の間、体力、存在の力、ついでに。  
「まだ、元気ですよね……?」  
「え、ええと………」  
「ゆうじぃ、もっとしよう?」  
「次は三人いっしょに、ですね」  
(どうしよう……)  
いまだ酒の効果が残っているらしい三人を見やり、しかたなく覚悟を決める。  
(ま、いいか……一部僕の所為でもあるんだし)  
自嘲の笑みを浮かべる悠二に、三人の少女が迫ってきた。  
(でも、保つかなあ……僕の体………)  
そこはかとない不安を感じながらも、彼女らを迎える。宴はまだ続くようだった。  
 
 
 
カポー…………ン………っ…  
「……なあ、池」  
「なんだ?」  
「俺たち、虚しいよな………?」  
「ああ、虚しいだろう……」  
熱い湯に浸かる二人の少年。  
池と佐藤。  
「……………………あーあ」  
「…………………ハァ」  
思わず溜息も零れる。  
あんな音を聞けば誰でもそうなる筈だ。  
「……坂井、今頃頑張っているのかな……?」  
「佐藤、それは言うな……よけい悲しくなる、というより憎くなる」  
佐藤を制止し、肩を落とす池。  
「……………あーぁ」  
「………………ハァ」  
「………………フゥ」  
「「ん?」」  
突如発せられた声に振り向く二人。  
そこに居たのは。  
 
「やれやれ、こうなるとはな………まぁ、仕方ないと言えば仕方ないか」  
銀髪オールバックのサングラス。というより風呂でサングラスを掛けるのはどうか。  
ともかくシュドナイだった。  
「あ、あのぉ……」  
「ん?どうしたのだ少年達?」  
顔を上げ、ニンマリとした笑みを浮かべ近づいてくる。  
どことなく、獲物を得た肉食獣に似ているのは気のせいか。  
「いつから居たんですか…?」  
「まぁ、ついさっきだ」  
「いや、入った時は誰も居なかったような気がするんですけど………というより誰ですか?」  
「…………それにしても、世の中は不公平だと思わんか?」  
大袈裟に話の方向を変えるシュドナイ。  
「こっちの質問は無視ですか…………でも、まぁ、確かに不公平ですよね……」  
「………ハァ」  
佐藤も池も同意する。  
「だろう?……例えば、だ。三人の少女の相手をする少年」  
「「ブッ!?」」  
溜息の原因をさりげなくも見事に言い当てられ、驚愕するふたり。  
「ななな、なんで知ってるんですか!?」  
「もしかして覗いたんですか!?」  
「いやいやいや、流石の俺でもそこまで無粋な真似はしない………廊下を歩いていると小さくも激しい音が聞こえたものでね。誰でも判る筈だ」  
二人の弾劾にも平然と答える男がひとり。  
「そうですか………」  
「というより……この分だと田中とオガちゃんも………」  
「やめてくれ佐藤………」  
「悲しいな……少年達よ………俺もだが……」  
星の瞬く夜空に三人揃って溜息を吐いた。  
蒼い月が妙に美しかった。  
 
悲しき男達の夜は過ぎてゆく。  
 
「…………………が。俺はこっちでもいいんだがな…………ククク…ッ………!」  
「「え?」」  
天の川がはっきり見えるほど澄んだ夜空に、高笑いと絶叫が木霊した。  
やっぱり、どことなく、獲物を仕留めた肉食獣と、犠牲になった草食動物の断末魔に  
似ていた。  
 
 
 
早朝の、まだ強くはない陽光が窓から差し込んでいた。  
「すぅ……すぅ……」  
昨晩の激しい行為の後の、少し生臭い空気が立ち込める部屋。  
ひとつの布団に三人が無理やりに寝ている。  
ただひとり、誰にも気付かれず起きた少女は、ずれた布団をそっと直した。  
「ん………んぅ……」  
寝返りを打ったシャナが布団をずらしてしまう。  
「ふふ………」  
その満足げな、幸せそうな寝顔を見つめ、微笑む。  
「負けません……からね……」  
ひとつ、呟く。  
そして、中央に寝ている少年に顔を近付けると、その僅かに開かれた唇にそっとキスをした。  
「ん………」  
一秒にも満たない時間。  
しかし、しっかりと温もりを確かめたヘカテーは、愛しい少年の穏やかな寝顔を見つめて  
呟いた。  
「ごめんなさい……私は、また帰らないといけません……」  
起こさない程度に頬を撫でながら続ける。  
「でも、またいつか…きっと会いに来ます」  
「だから、待っていて…くれますか?大好きな……悠二さん」  
悠二は眠る。  
ただ、穏やかに。  
ヘカテーは立ち上がり、襖に向かう。  
そして、手を掛けたとき。  
「…………待ってるよ」  
彼の声が聞こえた。  
振り向くが、いまだ眠ったまま。  
空耳か、寝言か、それとも起きているのか。  
確かめようとはせず、一度柔らかな微笑を浮かべると、静かに部屋を出ていった。  
 
 
早朝の歩道。  
小さな旅行鞄を両手に抱えたヘカテーがゆっくりと歩いていた。  
その背には今も寝ているだろう悠二達がいる旅館。  
段々と遠ざかっていく。  
冷たく、快い微風が頬を撫でる。  
カサカサと揺れる葉の音が、耳に心地いい。  
電柱にとまったハトが、胸を膨らませて鳴いている。  
ふと、道の真ん中に子猫が飛び出してきた。  
子猫はヘカテーを見止めると、しばらくの間静止し、じっと見つめる。  
ヘカテーも子猫を見つめかえす。  
やがて緊張を解いたのか近づいてきた子猫が、ヘカテーの細い足に体をこすり付けてきた。  
「にゃぁぅ……」  
いかにも構って欲しそうな声で鳴くと纏わりついてくる子猫。  
ヘカテーは戸惑いながらも鞄を脇に置くと、猫の頭や首を不器用に撫でた。  
「ふにゅぅ……」  
さも気持ち良さそうに鳴く子猫。  
その様子にヘカテーも微笑む。  
「可愛い……」  
ふわふわしたしっぽや、ぷにぷにしたにくきゅうも触る。  
「にゃぁ……♪」  
「ふふふ……♪」  
ひとしきり撫でてもらった子猫は、名残惜しそうに去っていった。  
 
「さて、ヘカテーよ」  
「いつから居たのですか?」  
いつの間にか、背後の電柱の影にシュドナイがいた。  
振り返り、僅かに嫌そうな顔をして再び歩き出す。  
ニマニマした実に上機嫌な笑顔でシュドナイが隣に並んできた。  
「……なにか用ですか?」  
「うむ。坂井悠二の件についてだが、そろそろ奴からは手を引いたほうがよいのではないか?」  
自らの顎に手を掛けつつ神妙に言うシュドナイ。が、ニマニマ笑いは消えない。  
「貴方に指図されるつもりはありません」  
ヘカテーは隣の男を睨むものの、平然と返される。  
「そうは言っても、奴は零時迷子のミステス。最後には破壊されるだろう。お前の為にならん」  
「ッ!私がどうしようと勝手でしょう!」  
当然、判っている事だった。  
自分たちは悠二にとって敵で、いつかは戦わなければならない。  
そんな当たり前のこと。彼と出会うまでは。  
けれど、今となっては―――――。  
「私は、彼の破壊はさせません」  
きっぱりと言い放った。  
 
沈黙がふたりの間を流れる。  
 
「……やれやれ、やっぱりか」  
シュドナイは溜息を吐くが、敵意は感じられない。  
どころか、その顔には呆れたような苦笑が浮かんでいた。  
「私を……止めますか?」  
「いや、俺は傍観することにする」  
「なぜです?」  
予期せぬ答えにヘカテーは動揺する。  
この男ならば無理にでも悠二の破壊、もしくは零時迷子の奪取を強行するだろう。  
「ふむ……そうだな、純情可憐な我らが巫女様の恋路を邪魔するのはどうかと思ってな。というより、邪魔するとババァ……ゴフン!馬に蹴られるだろうが」  
シュドナイの声が聞こえなかったように歩き続けるヘカテー。  
だが、心の中は水面のように揺れていた。  
彼らトリニティが許してくれたのだろうか?  
ヘカテーが、心が暖かいと感じられる時間を。  
だが、いつまで?  
ほんの一時?それとも永遠?  
「……………………」  
それでも、どんなに僅かな時間でもよかった。  
悠二を想っていられるのなら。  
黙々と歩き続ける二人。  
 
「千変」  
「……なんだ?」  
言おうと思ったが、やっぱり出てこない。  
というより、あまり言いたくなかった。  
「……なんでもありません」  
「……そうか」  
心の中で、小さく謝辞を送る。  
聞こえない筈のそれが聞こえたかのように、ニヤリとシュドナイは笑った。  
その顔が気に入らなくて、ヘカテーは早足に歩き出す。  
 
途中で、うっすらと青く染まる空を見上げ、ひとこと、呟いた。  
「大好きです、悠二さん――――」  
初夏の、まだ少しだけ涼しい風が、髪を揺らした。  
 
少女は想い続ける。  
自らに暖かさを与えてくれた少年を。  
たとえ報われるはずのない恋だろうとも。  
世界はそれでも当然のごとく、動いている。  
 
 
fin...  
 

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