──愛しの彼のハート、ゲットしたいんでしょ?──  
 
不思議な人だった。初めて会ったはずの一美の事を、あの人は全て知っていた。  
一美は、手渡されたそれ──宝具──を、見つめる。  
あの人は言った。これを使えば、きっとあなたの願いは叶う、と。  
少し前の一美なら信じなかったであろうそんな夢物語も、今ならば信じるに足る。  
紅世、宝具、ミステス……それらは全て、現実であるということを、一美は身をもって体験していた。  
一美は悩む。  
──これを使えば、坂井君と──  
だが。  
そうやって得た幸せは、幻にしか過ぎない、という事も、一美は分かっていた。  
──望みを叶えるためにこれを使え──  
それが天使の微笑みか悪魔の囁きか、一美には分からなくなっていた。  
 
朝。  
いつもの時間に家を出て、いつもの時間に学校に着く。  
校門のところで坂井君に会う。やっぱりシャナちゃんと一緒だ。  
シャナちゃんが羨ましいし妬ましい。  
昼休み。  
いつものように坂井君にお弁当を渡す。  
坂井君は、獲ってもおいしそうに食べてくれる。  
ちょっと幸せ。こんなことできないシャナちゃんに、優越感。  
放課後。  
やっぱりいつものように、坂井君はシャナちゃんと一緒に帰る。  
坂井君と一緒に帰るのが当たり前──そんな関係になりたいな。  
 
帰宅。  
家には誰もいない。お父さんはまだ仕事だし、健は部活、お母さんは買い物かな?  
制服から部屋着に着替える。ベッドに腰掛け、一つため息。  
──坂井君、何してるのかな──  
そんなことを思う。そのとき、  
ピンポーン──。  
チャイムが鳴った。  
誰だろ? 変な勧誘の人じゃないといいけど……。  
そんなことを思いながら、玄関へ向かう。  
「どちら様ですか?」  
インターホンの向こうにいる誰かに問いかける。  
「あ、吉田さん? 坂井だけど……」  
──坂井君!? どうして……。  
慌てて玄関のドアを開ける。  
「坂井君!」  
「あの……今日、間違ってお弁当箱もって来ちゃったんで、それ返しに来たんだけど……」  
そうだったんだ……ちょっと残念。  
「わざわざありがとうございました。あの、せっかくですから、あがってお茶でも飲んでいきませんか?」  
「あ、うん、悪いんだけど、ちょっとこの後用事があるから……」  
シャナちゃんだ。坂井君はきっと、シャナちゃんと一緒に何かするんだ。  
──そんなの、嫌だ。  
「それじゃ、吉田さん、また明日」  
そういって背を向けた坂井悠二めがけて。  
吉田一美は、宝具を──鉄の棘付き鋼鉄バット・エスカリボルグを──振り抜いた。  
 
どぐしゃぁぁっ!!  
 
大変です。僕のお腹のあたりがえぐり取られました。僕の体の中にある、胃袋や小腸や肝臓など、生きていく上で衣食住より大切なものが、血しぶきとともに吉田さん家の玄関にまき散らされました。  
「えええええっ! 何するの吉田さん!」  
「だって……坂井君が……あの女のところに……」  
ふと、足下に、胃袋が転がっているのを見つけました。拾い上げると、今日の吉田さんのお弁当に入っていたおかずが、まだ消化されずに残っています。  
「なんじゃこりゃあああああぁぁっ!」  
「あ、その今日の卵焼き、ちょっと甘めに仕上げてみたんです。おいしかったですか? あと、鶏の唐揚げも自信作なんですよ」  
確かにおいしかったんだけど、そんなことよりも目の前のグロテスクな光景に僕は吐き気を覚えました。  
「おいしくなかったんですか?」  
「いやそんなことないおいしかったからだからバットを構えるのは止めてもしかしてその構えは左片手平刺突牙突ぐぼぁぁっ!」  
今度は左胸にぽっかり穴が空きました。心臓が、僕の体を飛び出してころころと転がっていきます。  
「あら大変」  
「ちょっと吉田さん僕の心臓どうするの!? 何その『心臓(ハート)ゲットだぜ』みたいな笑み!?」  
「坂井君が今日ウチに泊まっていってくれるんなら返してあげます」  
「なんでっ!? どうしてそうなるの!?」  
「嫌なんですね……坂井君は私のことが嫌いなんですね……」  
「違うそうじゃなくてだからバット構えないでどうして僕の心臓放り上げるのその構えはもしかしてCOOLドライぶべらっ!」  
吉田さんの打った僕の心臓は、僕の顔面に直撃し、頭蓋もろとも爆散しました。  
 
♪ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜  
 
吉田さんが呪文を唱えると、僕の体はみるみるうちに元通りになりました。  
「というかそのバット一体何!? もしかして宝具!?」  
「はい。ある人に貰ったんです。とっても便利なんですよ」  
「なんで吉田さんがそんなモノ使えるの!?」  
「ああ、存在の力でしたら、いつも私のことストーキングしてくるメガネをかけた変質者のトーチを使いましたからご心配なく」  
「メガネのトーチ……って、それ池だよ! 正義の味方のメガネマン! 同じクラスの池速人!」  
「池? ウチのクラスにそんな生徒いましたっけ?」  
吉田さんのとぼけっぷりは天下一品です。  
「そんなことより坂井君、今日、ウチに泊まっていってくれる気になりました?」  
吉田さんは笑顔ですし、口調も優しいのですが、殺人X打法の構えをしています。  
このままでは間違いなく抹殺される、そう思った僕は、数歩後ずさりしました。  
「はぁ……残念です。やっぱり坂井君は、シャナちゃんみたいなつるぺたが好きなロリコンだったんですね……」  
ため息をつく吉田さん。その手には──  
「もしかして僕の心臓!? いつの間に!?」  
「ただぬきとっただけですよ。ちょっと自分の肉体を操作して盗みやすくしましたけど」  
そういって吉田さんは変形した手を見せてくれました。指は、COOLドライブを使ったためか6本に増えています。  
僕が驚いている間に、吉田さんは僕の心臓を放り上げます。  
殺人X打法にて放たれた心臓は、寸分の狂いもなく僕の頭蓋を爆砕しました(本日2回目)。  
次の瞬間。吉田さんは僕に接近し、とどめの一撃を入れようとしてくれていました。  
「エスカリボルグの殺人打法は、隙を生じぬ二段構え──」  
吉田さんのコホーテク彗星打法は、僕の肝臓を的確に打ち抜きました。  
僕の肝臓は火の玉となって遠いところへ飛んでいきます。  
一体どれだけの少年少女が僕の肝臓を流れ星と勘違いして願い事をするのでしょう。  
僕の意識は、そこで途絶えました。  
 
♪ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜  
 
気がつくと、いきなり異世界だった──なんてことはあるはずもないんですが、目が覚めていきなりいかにも女の子チックな部屋に全裸にされ鎖で縛り付けられているという現状は異世界でもいいんじゃないかなと思います。  
目が覚めて数瞬考えた後、自分のおかれている現状を認識した僕は必死に逃げようと力任せに鎖を引っ張ります。  
「無駄ですよ。その鎖は、かの名刀『斬鉄剣』ですら切れない材質ですから」  
僕の目が覚めたことに気がついた吉田さん(なぜか僕のYシャツを着ています。も、もしかしてノーブラ!?)が、解説してくれます。  
「なんで!? これどう見てもコンニャクでしょ!?」  
「恋する乙女の愛憎料理に不可能はないんですよ」  
言葉の意味はよくわかりませんがとにかくすごい自信です。  
「というか、吉田さんの目的は何!?」  
「昔の人が言いました。『男を騙すにはまずエロス、縛り付けるには既成事実で、最後には二人の愛の結晶です』と」  
言いながら、吉田さんが僕の方へ近付いてきました。そのまま、僕に横から抱きつくような体勢です。  
「あの……胸が当たってるんですけど?」  
「当ててるんですよ」  
そう言いながら、吉田さんは僕の腕をもっと強く胸の谷間へと導きました。  
殺られる! むしろ犯られる! 顔から血の気が引いていくのがわかります。  
吉田さんは、今度は僕の股間に手を伸ばしてきました。僕の大事な部分を優しく撫でています。  
その瞬間!  
(きぇぇぇぇぇぇー!!)  
僕の全身は竹槍を持った『革命軍』に占拠されました。一斉に武装蜂起です。立ち上がれ国民よ!! だめですぅ! 僕は軍曹殿に叫びました。立ち上がっちゃダメぇぇ!! しかし武装蜂起した我が国民は聞く耳をもってくれません! なぜですか!? 坊やだからですか!?  
「坂井……くん……」  
甘くかすれたそのつぶやき。  
頭から引いた血の気は完全に股間へ集中してしまいます。  
僕は必死にあがきますが、コンニャクで出来たなんかぷるぷるした鎖はどうにもなりません。  
抵抗を続ける僕に、吉田さんはため息をついて抱きつくのをやめました。  
 
(た、助かった──)  
そう思った瞬間、  
「聞き分けのない子には戸山氏ばりのスパルタ調教が必要かもしれませんね……」  
僕は最後に黒い刺客に差されて終わるんですか!?  
「犬は『わん』でしょうッ!」とか言いながら僕をげしげし踏みつける吉田さんを想像して興奮したのはここだけの秘密です!  
気がつけば、吉田さんは僕から少し距離を置いています。エスカリボルグを逆手に構えて。  
あの構えは! 知っているのか雷電!?  
吉田さんが前傾姿勢から放った技は、紛れもなくアバンストラッシュA(アロー)。  
今までの撲殺よりは威力が弱いかな、と思った刹那、今度は構えなおした吉田さんが体当たり気味に斬りつけてきます!  
アバンストラッシュB(ブレイク)!  
AにBが重なり……!  
「A/Bエクストリーム!!!」  
新人のデビュー作なのに初版百万部という驚異の必殺技が炸裂。僕の体は粉みじんに砕け散りました。  
 
♪ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜  
 
ぺろ……ぺろ……  
ちょっとくすぐったい感触で、僕は目を覚ましました。  
「あ、目が覚めたんですね?」  
優しい吉田さんの声。どうやら、吉田さんが僕の体中に塗られたホイップクリームを舐めていたようです。  
……ホイップクリーム!?  
「ちょ! 何これ!?」  
「あ、暴れないでください。眼球えぐっちゃいますよ?」  
どこからか取り出したスプーンを持って笑顔で怖いことを言う吉田さん。  
「どうです? このクリーム。最高級のシスプリ牛のミルクが手に入ったんで、昨日作ったんですよ」  
怪しげな材料名を出す吉田さん。よく見れば、吉田さん以外にも何匹かの猫が僕の体のクリームを舐めていました。  
「何で猫が僕の体を……もしかしてこいつら、なめねこ!?」  
「榊さんに噛みついていた猫さんたちを拾ったんです。こっちから順に、敦郎、雪、トーワ、サン太、咲也っていうんですよ」  
どこの堕天使バンドですかこいつら!? きっともう一匹、愛音とかいう発情したメス猫もいたに違いありません。  
そう言っている間にも、吉田さんは僕の体中を舌で攻め続けます。  
舐められるたびに反応してぴくぴく動く僕の息子を、猫たちが猫じゃらしと勘違いして前足で叩くのはどうにかならないものでしょうか?  
「ダメですよ、これは私のですからね」  
猫の様子に気づいた吉田さん。猫をたしなめると、そのまま僕の息子を咥えました。その瞬間!  
(うおおおおぉぉぉぉっ!)  
僕の体は大砲で武装した新選組に占拠されました。発射準備完了です。撃ち方始めぇ! だめですぅ! 僕は山南さんに叫びました。発射しちゃだめぇ! しかし刀を捨てた隊員たちは聞く耳を持ってくれません。 なぜですか!? 士道に背くべからずじゃないんですか!?  
──雪霜に 色よく花の さきかけて 散りてものちに 匂ふ梅が香──  
辞世の句が出来ました。これで安心して逝けます。  
 
と思った瞬間、吉田さんが僕の息子から離れました。  
「ど……どうして……?」  
「ふふっ。こんなにあっさり逝ったらつまらないじゃないですか。私、ちょっとキッチンに行ってますんで待っていてくださいね」  
吉田さんは放置&じらしプレイのコンボを使うつもりです。そんなことされたら僕はおかしくなるでしょう。  
何とかして逃げなくちゃ! この部屋から逃げ出す方法は!? 早く抜かないと僕死んじゃう!  
──そうだ! ヨコヌキだ!  
……じゃなくて、この拘束具はコンニャクで出来ているんです。コンニャクなら食べてしまえばいいんです。  
拘束具といっても12000枚もあったりしないので食べきれるはずです。  
僕は必死で体をよじり、右腕を拘束していたコンニャクにかじりつきました。  
……うまい……うまいぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!  
もしも僕が味皇様なら、バックに津波の2,3発は起きていたでしょう。  
作ったのがマキトで食べたのが吉田さんなら、なぜか全裸の吉田さんにコンニャクが絡み付いていたでしょう。  
そのくらいの衝撃です。  
ちょうど、吉田さんが戻ってきました。  
「あら、食べちゃったんですね? どうですか? おいしかったですか?」  
僕は、あまりのうまさに言葉が出ませんでした。  
「うふふ、よかったです。がんばって、最高級のがじゃいもを手に入れた甲斐がありました」  
コイツが……噂のがじゃいも! どうしてピンチの僕を助けてくれないんだ!  
「でも、逃げようとするなんて、坂井くんはいけない子ですね」  
吉田さんの口調が微妙に変わりました。どこからか取り出した撲殺バットが、変形して吉田さんの太ももあたりに装備されます。  
アレは……バルキリースカート!  
「臓物(ハラワタ)をブチ撒けろッ!!」  
エスカリボルグ(バルスカモード)が僕の腹部を直撃。僕の背後には五臓六腑のシミが出来ました。  
 
♪ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜  
 
誰だろう、僕を呼ぶ声。  
「さ……くん……坂井くん……」  
僕の体を揺するのは誰?  
「はぁ……さ……かい、くん……あぁぁっ!」  
「よ……しだ……さん?」  
目を覚ました僕が見たのは、僕にまたがり騎乗位で腰を振る吉田さんの姿でした。  
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」  
すでに、僕のムスコは暴走寸前です。  
♪一度合体したら離れない キリキリマイ キリキリマイ ムスコ暴発3秒前 3・2・1 キリキリマイ!  
「坂井くん! 坂井くん! あああぁっ! イ、イクゥゥゥゥッ!」  
まずい! このままじゃ!  
「うぉぉぉぉっ!」  
中出しする寸前、僕は全力を持って吉田さんを引きはがすことに成功しました。  
「キャッ!」  
突き飛ばされ、ベッドから転げ落ちる吉田さん。  
「坂井くん……どうして……」  
吉田さんが何事か呟いていますが、本当に最後の最後の一線だけでも死守できた安堵で、僕の胸はいっぱいでした。  
「どうして……もしかして、坂井くんには想い人が……?」  
「え、ああ……」  
ですから、吉田さんの問いにから返事してしまったのも仕方ないことでしょう。ですが……  
「想い人……シャナちゃんのことかぁぁぁーーーーっ!」  
いきなりの叫び声に驚き顔を上げた僕が見たのは、見たこともない金髪の女性でした。  
いや……よく見れば吉田さんの雰囲気が変わっただけ……そんな風にも見えます。  
「あ……あなたは?」  
「一美よ」  
そんな! 声まで変わって! エステティックはTBC!?  
そして吉田さんは、どこからともなくエスカリボルグを取り出し、構えました。  
「そ、それは……!?」  
「とっくに御存知なんだろ?」  
余裕の笑みを浮かべる吉田さん。  
「穏やかな心を持ちながら、激しいカリモフによって目覚めた伝説の必殺技──」  
吉田さんが、伝説の超必殺技を繰り出します。  
「トランクイロ・カリモフ・ブレイク!!!」  
千年に一度のはずが最終的には必須スキルになりそうな必殺技が直撃し、僕はチリとなりました。  
 
──  完  ──  
 

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