〜そのごのしんでれらのしゃな〜
二人のシンデレラが、色々あった末に両者とも王宮へ迎え入れられてから、しばらく経ったある日のこと。
シャナはとある悩みを抱え、生まれ育った城下町の片隅へと舞い戻っていました。
久しぶりの我が家には、変形して空を飛び、確かに大破したはずのお屋敷が、何故か平然と佇んでいます。
応対に出た次女のヴィルヘルミナも、突然の来訪に驚きもせず、帰省したシャナを恬淡と迎え入れます。
シャナが居間の椅子に腰を落ち着けると、ヴィルヘルミナは余計な前置きを省いて、単刀直入に訊ねました。
「それで、教えて欲しい事とは一体何でありますか?」
「あ、うん。実はね、その、あの……」
改めて水を向けられると、シャナは恥ずかしげに頬を朱に染め、下を向いて口篭もりました。
照れて身を竦めるその様子からすれば、彼女の相談がユウジ王子に関する話である事は、ほぼ確実です。
己の全てを賭けて育てた少女の柔弱な態度に、ヴィルヘルミナは不快を示し、ほんの僅かに眉を動かします。
(真の王者たる者が、まるで市井の娘の如き所作……。舞踏会の時の凛々しさはどうしたのでありますか)
(堕落)
ヴィルヘルミナの内心の嘆きに続けて、同じく次女扱いのティアマトーが短く感想を述べました。
第一の試練で城を辞した彼女達は、その後のラブでコメな展開を見ていないので、その思いもひとしおです。
二人がしばし憤然と黙り込んでいると、シャナはようやく意を決したのか、おずおずと口を開きます。
「……つまり、ユウジとその、夜に、……する、時に、よっ、悦んでもらう方法が知りたいのっ!」
「な──!?」
シャナは羞恥のあまり、最後はまるで叫ぶようにして、自分の願いを喉から絞り出しました。
いきなりそんな話題を出されては、いかに冷静である事を己に課していても、動揺せずにはいられません。
予測を遥かに超えたレベルの要望に、ヴィルヘルミナの顔が見る見るうちに真っ赤に茹で上がりました。
「少し前から何度かしているけど、でも私、良く分からなくて、全部ユウジにしてもらうだけで」
(……何度か……全部、してもら……)
最も言い辛かった台詞を言い終えると、シャナは堰を切ったように、己の心情を訥々と語り始めました。
もちろん彼女は、自分の言葉が義姉に与えている衝撃の大きさにまでは、全く気が回っていません。
「それに、ヨシダも多分、同じことしてて、だけどあいつには、絶対、絶対、負けたくなくて」
(……同じ……負け……な、何を言って……)
言葉を連ねていく内に、紅蓮の瞳のその奥には、強敵に立ち向かう不退転の決意が浮かんできます。
一方、斜めに傾いだ姿勢で硬直したヴィルヘルミナは、連続する告白の内容に、ほとんど放心状態です。
「こんな事、他の誰にも訊けないの! お願い、ヴィルヘルミナ義姉さん、力を貸して!」
期待と不安と恥じらいと、揺れる想いをその顔へ映し、シャナは敬愛する義姉へ助けを請い願います。
しかし今現在、最も救いの手を求めているのは、他ならぬヴィルヘルミナ本人でありました。
「──少々、待つで、あります」
やっとの事でそう告げると、ヴィルヘルミナは油の切れた機械のように、ギクシャクと動き出しました。
気付けの為に、傍にあったワインの瓶へ手を伸ばすと、グラスに注ぐ暇も惜しんで豪快に中身を呷ります。
しかし、酔うと蒼白になる質であるにもかかわらず、顔の火照りは一向に醒める気配がありません。
(……教え……そんな……私に……どうしろと……)
急速に酔いの回ってきたヴィルヘルミナの頭の中は、ますます混迷の度合いを深めていきました。
これが本編ならば、フレイムヘイズの使命を盾に叱責する事も出来ますが、今のシャナはシンデレラです。
王家に輿入れした娘が、血統を絶やさぬ為にそうした行為に及ぶのを、咎める訳にはいきません。
更に言うなら、閨房での寵愛を得る事は、熾烈な正妃争いにおいて大きな決め手となるのも確かな話です。
理屈と感情の狭間で千々に乱れる彼女の脳裏へ、その時一つのアイデアが唐突に浮かび上がりました。
(──っ!? 私は、今、何をっ!?)
自分の内から生じた破廉恥極まる発想を、ヴィルヘルミナは慌てて打ち消そうとしました。
しかし、まともな精神状態であったなら考慮する余地すらないその考えが、どうしても頭から離れません。
更に、胸の底に秘めた『ある想い』が、酔った勢いも手伝って、思考の流れを巧みに誘導していきます。
(……いえ、しかし、やはりそれが最も実践的かつ明解な……そう、あくまで教育として……)
元来、冷徹無比な外面とは裏腹に、情の深さは人一倍強いヴィルヘルミナです。
私意と名分が一致した時に、もっともらしい理屈を強引に構築するのは、大いに得意とする所です。
ブツブツと口の中で呟きつつ、自分の案を実行に移す際の手順と理論武装を、着々と組み立てていきます。
彼女の切なる想いを察しているティアマトーも、その意向に賛同し、短く的確な助言を与えます。
すでに問題の主旨が完全に入れ替わっている気もしますが、暴走する思考はもう止まりません。
ヴィルヘルミナは頭の中で計画をまとめ終えると、所在なげに返答を待つシャナへと向き直りました。
「──了解したであります。そういった事情ならば、私も全身全霊を以って教授する所存であります」
「全面協力」
「ほ、本当に?」
妙に据わった目をしたヴィルヘルミナに圧倒され、シャナはたじろいた口ぶりで訊き返しました。
自分から言い出した事とはいえ、こうまで力強く快諾されると、安堵よりも戸惑いの方が先に立ちます。
そんなシャナの態度を気にする余裕もなく、ヴィルヘルミナは努めて感情を排した声で話を続けます。
「しかしながら、文献や口頭による説明だけでは、短期間での習得は難しいのであります」
「えっ? そ、そうなの?」
「かと言って、不義を働く訳にもいかない以上、実技の経験を積む事もまた不可能であります」
「それは、そう、だけど。……じゃあ、どうしたら?」
「心配無用であります。古来より、一度の実見は百度の伝聞に勝ると言われているであります。つまり──」
◇ ◇ ◇
「──手本として、私が実際に性的な奉仕を行う処を、その場で見学して貰えば良いのであります」
「実演指導」
「何だその飛躍した結論はっ!?」
その少し後、私室へ突然の来襲を受けたメリヒムは、ヴィルヘルミナの発案に激しく異を唱えました。
端整かつ極めて男性的なその容貌は、妹の正気とは思えぬ論理展開に、これ以上ないほど引き攣っています。
出来る事なら即座に立ち上がり、妄言を吐く彼女に詰め寄りたい処ですが、生憎それは無理な話です。
何故かと言えば、ヴィルヘルミナの元から伸びた数条のリボンが、両の手足を固く拘束しているからでした。
「それに、どうして俺がこの様に縛られねばならんのだっ!」
「察しが悪いでありますね。私の相手を務めてもらう上で、万が一にも逃げられては困るからであります」
ヒステリックにわめくメリヒムへ、ヴィルヘルミナはまるで当然の事のように素っ気なく告げました。
しかし、平静を取り繕った顔は耳まで真っ赤に染まり、瞳もどことなく焦点が合っていません。
完全に常軌を逸した彼女の様子とその言い草に、メリヒムは激しく動揺します。
「あ、相手だとっ!? 冗談ではない、そのような真似ができる訳がなかろうっ!」
「何故でありますか。我々は真の王者を育てる為、いかなる労苦も厭わないと誓ったはずでありますが」
「そ、それとこれとはっ! とにかく、人前で淫らな行為に及ぶなど、俺は断固として拒否するっ!」
「これも教育係としての責務の一環であります。よって、私情を差し挟む余地など全く無いのであります」
メリヒムの至極真っ当な主張は、無理を承知で事に及んでいるヴィルヘルミナに、すげなく却下されました。
彼女の傍らに控えているシャナも、すでに因果を含められたのか、止めに入る様子は全くありません。
「ごめんなさい、メリヒム義姉さん。でも、そういう事だから……」
それどころか、申し訳なさそうな顔をしながらも、追い討ちをかける形で言葉を添えてきました。
「そ、そうだっ! そもそもこの番外編での俺は、一応女性という設定の筈ではなかったかっ!?」
「目的の為に障害となる設定は、この際無視なのであります」
「御都合主義」
シャナの呼び掛けで咄嗟に思いついた鋭い指摘も、二人の次女達によってあっさりと流されました。
そもそも、本来のメリヒムは男性という設定なのですから、それを元に戻すのはむしろ自然な流れです。
という事で、彼の立場は『故あって女装していた長男(ヴィルヘルミナとも義理の関係)』へと変更です。
「ば、馬鹿な! 大体なんだ、その某業界的な詭弁に満ちた注釈はっ!?」
「では、これから私が行う全ての動きを細大漏らさず観察し、実践の糧とするであります」
「う、うん」
「人の話を聞けえぇっ!」
地の文にまで及ぶメリヒムの追求さえ、思い定めたヴィルヘルミナは全く意に介しませんでした。
傍らのシャナへ言い置くと、彼女はベッドの端へ座らせたメリヒムの元へ、悠然と歩み寄っていきます。
そして、心の底から絶叫する彼の頬を両手で挟み込み、ぐきっと音がする程の勢いで強引に上向けました。
「ここまで来たら、無駄な足掻きはやめて大人しく観念するであります」
「何を勝手な……、っ!? こっ、この匂いは……。お前、さては泥酔しているなっ!?」
一方的な台詞を呟くと、ヴィルヘルミナは身を屈め、密かに想いを寄せる男の顔を間近で見下ろしました。
吐息に色濃く混じるワインの芳香に、奇行の理由(のごく一部)を悟って、メリヒムは声を裏返らせます。
異様極まる状況と、冷静な次女の驚くべき変貌ぶりに、平素の剛毅な態度は見る影もありません。
「失敬な。私は少しも酔ってなどいないのであります」
「強行」
けれどヴィルヘルミナは、まさしく酔っ払い特有の無自覚な言葉を返し、ベッドの上に片膝をつきます。
そして、ティアマトーの短い宣告を合図に、メリヒムの唇へ熱いベーゼを注いでいきました。
「む、んおっ!?」
「んんっ、んっふ、んん……」
唇が重なるのと同時に、ヴィルヘルミナの舌先はメリヒムの歯列を割り、その奥へと伸びていきました。
メリヒムは驚きに大きく目を見開きながらも、己の意に反した行為へ抗って、じたばたと暴れます。
けれど、手足の自由を奪われた上、両頬をがっしりと捕まえられていては、顔を逸らす事すら出来ません。
かすかに残ったワインの味と、柔らかく温かな舌の感触が、彼の口の中へじわりと広がっていきました。
(そ、そんな眼で見ても、駄目であります……。ここまでして、今さら止める訳には……)
一方ヴィルヘルミナも、表情の乏しい外面上とは裏腹に、その内心は激しく動揺していました。
それなりに知識はあるとはいえ、こうして嫌がる相手に無理やり迫った経験までは、さすがにありません。
その上、抗議と戸惑いを込めて見返すメリヒムの視線が、胸の奥に痛いほど突き刺さってきます。
かと言って、ここで悔い改めて中断する事は、建前的にも心情的にも、とても出来るものではありません。
(こうなれば、何としてでも、早急にその気にさせてみせるのであります……)
ヴィルヘルミナは決意も新たに、強く深く唇を押し付け、メリヒムの口内で大胆に舌を踊らせ始めました。
更に頬を抑えていた両手を後ろへ回し、彼の頭を腕に掻き抱くと、柔らかな肢体をすり寄せていきます。
重ねた唇の合間から、薄桃色の舌がちらちらと覗き、それと共に湿った音が洩れ出します。
「んっ、ふぅ……。んふぅ、ん、んむ……、んっ、んんっ……!」
「お、うご、むぐっ!?」
ねっとりと絡んだ舌に抗議の声すら封じられ、メリヒムはただ意味を成さない呻きを上げ続けました。
息も継がせぬ勢いの口付けに、彼の抵抗はほんの僅かずつながら、着実に弱まっていきます。
たったそれだけの変化にも、ヴィルヘルミナは堪らない程の喜びを覚え、より熱心に舌を蠢かせます。
いつしか彼女の瞳は妖しく潤み、一見無表情な細面までが、凄絶なまでの色香を漂わせていきました。
(あんな、あんな風に、するの……?)
そもそもの発端である処のシャナは、言いつけられた通り、二人の様子をつぶさに観察していました。
眼前の濃厚な濡れ場に、あらゆる意味で小さな胸の内へ、怯みにも似た感慨が浮かびます。
しかし、同性から見てもなまめかしいヴィルヘルミナの横顔に魅入られ、視線を外す事が出来ません。
彼女の手がメリヒムのドレスの背を解き、その内側へ滑り込んでいくのを見て、鼓動が一段と速まります。
ユウジに抱かれる時とはまた違う、気まずさと背徳感を伴った興奮に、シャナは小さく背筋を震わせました。
(でも──気持ち良さそう──)
シャナは水音高く舌を絡ませる淫靡な口付けに、何も知らない頃とは正反対の感想を抱きました。
ヴィルヘルミナは慈しむような手つきで肌を撫でつつ、メリヒムの肩口を静かにはだけさせていきます。
眼前の行為と同じ事を、自分がユウジにする様を思い描くだけで、身体が熱く疼きます。
無意識の内に口元へ寄せた細い指先が、火照った己の唇を慰めるように、そっとなぞります。
自分の為に範を示す(と思い込んでいる)ヴィルヘルミナの姿を、シャナは息を潜めて見詰め続けました。
「んふぅ、ちゅっ、んくっ、んっ……。はぁ……」
「うっ……」
およそ数分ほども熱烈なキスを続けてから、ヴィルヘルミナは僅かに顔を引き、甘い吐息を洩らしました。
小さく覗いたままの舌先と、呆然と開いたメリヒムの唇との間に、濡れ光る糸がつうっと橋を架けます。
その扇情的な光景に、ようやく解放された彼の口から、胸を衝かれたような短い声がこぼれます。
「も、もうやめろ、ヴィルヘルミナ……」
けれど、こんな状況で、しかも他人の見ている前で、そう易々と快楽に身を委ねる訳にはいきません。
ましてやその他人が、唯一愛した女性を強く思い起こさせる、炎髪灼眼を備えた少女とあっては尚更です。
メリヒムは拘束された両手を背後で強く握り締め、肉欲の疼きへ懸命に抗っていました。
「この期に及んで、まだそのような事を言うのでありますか……?」
「まだも何も、俺は最初から……くっ!?」
ヴィルヘルミナはメリヒムの不見識を責めるように目を細め、彼の耳元へゆっくりと囁きかけました。
そのまま白銀の髪から覗く耳朶を甘やかについばんで、往生際の悪い台詞を途中で遮ります。
舌先で外耳の輪郭をちろりと舐め上げると、露わになったメリヒムの肩がビクンと跳ね上がります。
最後に細い吐息を吹きかけてから、彼女は続けて耳の下へと唇を這わせ、首筋を緩やかに伝い始めました。
「だからっ……、こんな事は、認められないとっ……」
「ん……っ、ふぅ……。貴方の意向など、関係ないと……んっ、言ったはずで、あります……」
言葉面の冷淡さに反し、ヴィルヘルミナの行為はますます熱を増していきました。
色鮮やかな唇は喉元から鎖骨の線を丁寧に辿り、しなやかな指先が逞しい背筋を密やかに撫で上げます。
温かな舌先が肌をくすぐり、真珠のような歯が甘く肉を食む度に、メリヒムの身体が小さく震えます。
彼女の両手が詰め物をされたドレスの上身を大きく引き下ろすと、固く引き締まった胸板が姿を現します。
ヴィルヘルミナは滑り落ちるようにして床に膝をつき、メリヒムの裸の胸元に目線を合わせました。
「ん、ちゅ……! んはぁ、んっ、んむ……」
「ううっ!? くっ、な、お前、どこをっ……!」
胸の突端を強く吸い上げられて、メリヒムは歴戦の勇士にあるまじき、情けない悲鳴を上げました。
ヴィルヘルミナは彼の胸元へ顔を伏せ、伸ばした舌先でその場所を重点的に弄り始めます。
馴染みの無い部分への刺激に、痺れにも似た微妙な感覚が引き出され、メリヒムの背筋に慄きが走ります。
「ぐっ、く……! やめろと、言うのにっ……」
「はぷ、んっ、ちゅくっ……。ん、はぁ……」
思い止まらせようと告げる口調にも、最初の勢いはすでに無く、どこか懇願めいた響きさえ混じります。
一時の快楽に屈する訳にはいかないという意地だけが、揺らぐ理性をどうにか支えている状態です。
けれどもちろん、そのような頼りない言葉では、ヴィルヘルミナの意思を覆す事は出来ませんでした。
「んっ、ふぅ……。本当に、やめて欲しいのでありますか……?」
「……な、何だと?」
ヴィルヘルミナは愛撫の手を一旦休めると、挑発的な眼差しでメリヒムの顔を振り仰ぎました。
彼女の問い掛けの真意を掴み切れないメリヒムは、訝しげに眉をひそめ、短く訊き返します。
そんな当惑気味の視線を受け止めたまま、ヴィルヘルミナは彼の胸板へ這わせた指先をつつっと下らせます。
「本当に、嫌だと言うのなら……」
「なっ!?」
「……この状態を、どう説明するのでありますか?」
言いながら、彼女の手はそのままメリヒムの胴を伝い降り、彼の脚の間へと伸びていきました。
スカートの上から、軽く盛り上がった場所に触れられて、メリヒムは思わず絶句します。
ヴィルヘルミナは優越と歓喜に瞳を輝かせ、固くなった局部を確認するかのように優しく撫でさすります。
「い、いや、それは違うっ!」
「何が、違うのでありますか?」
「だ、だから、それはだなっ……!」
文字通りに急所を握られて、メリヒムの強固な克己心も、さすがに限界へ達しました。
ヴィルヘルミナの手が動く度、もはや彼の意思とは無関係に、股間のものは力強さを増していきます。
いくら口で拒絶しても、ここまで明白な反応を示しては、後は何を言っても無駄な足掻きでしかありません。
「では、準備も出来たようなので、そろそろ次の段階に進むであります……」
「ば、馬鹿者、やめんかっ!」
期待も露わに呟くと、ヴィルヘルミナは抗うメリヒムのスカートを大きく捲り上げました。
その下に穿いていたのは、彼のもう一つの名にちなんだらしい、レインボーカラーの派手なズロースです。
ヴィルヘルミナは断固とした手つきで極彩色の下着に指を掛けると、それを一気に腰から引き剥がしました。
「あっ……」
まるでバネ仕掛けのように飛び出して来た剛直を目にすると、ヴィルヘルミナは軽く息を呑みました。
剥き出しになったメリヒムのそれは雄々しく天を指し、鍛え抜かれた鋼の如き硬質な艶を帯びています。
手で触れた感じから想像したよりも、更に逞しいその偉容に、口元へうっすらと淫蕩な笑みが浮かびます。
「ぐぬっ……」
一方メリヒムは、好き勝手に身体を弄ばれる恥辱に低く唸り、大きく顔を歪めました。
せめてもの反抗に、脚の間で跪くヴィルヘルミナから目を背け、唇の端を強く噛み締めます。
またそうしなければ、彼女の熱心な愛撫に対して、これ以上意地を張り続ける事が出来そうにありません。
しかし、股間に彼女の顔が近づいてくる気配を察した途端、そんな決意は脆くも崩れ去りました。
「な、ななななな何を、うっ!?」
「んっ、ちゅっ……」
メリヒムが激しくどもりながら視線を向けた直後、ヴィルヘルミナは先端の割れ目に優しく口付けました。
柔らかな唇が、敏感な場所へぴたりと吸い付き、小さく湿った音を立てて離れていきます。
甘美な快楽に二の腕へざわりと鳥肌が立ち、膝頭が電気を流されたかのようにビクンと痙攣します。
上目遣いに反応を伺う、欲情に濡れた瞳の輝きに引き込まれかけ、メリヒムは慌てて再び目を逸らします。
「……はぁ、んっ、んん……っ。んむ、んふぅ……」
「うっ、くぁ……!」
ヴィルヘルミナはメリヒムの顔から股間へ視線を戻すと、吐息と共に大きく舌を突き出しました。
そこから細い顎を何度も掬い上げ、根本から先端のくびれにかけてを、じっくりと舐め上げていきます。
ぬめった舌の腹が織り成す精妙な刺激に耐えかねて、メリヒムの口から苦鳴にも似た声が零れます。
緩く絡めた指の中で、ひくひくとわななく肉棒の脈動に、ヴィルヘルミナの下腹部も熱く疼いていきました。
「んむ、んっ、はふ……っ。んん、ちゅふっ、はぁっ……」
「う、くぅっ……!」
ヴィルヘルミナは、シャナの方からも良く見えるように姿勢を整え、本格的に口での奉仕を開始しました。
指の腹で根本の辺りを細かく上下に扱きながら、剛直の先を手前に引き寄せます。
伸ばした舌でその全体を満遍なく舐め回し、至る所を唇で吸い立て、甘い吐息を吹きかけます。
節くれ立った肉茎が唾液で濡れ光っていくにつれ、ヴィルヘルミナの興奮も激しく昂ぶっていきます。
(おかしいので、ありますっ……! こんな……浅ましい姿を、晒して……私はっ……!)
わざわざ目を向けなくとも、シャナの視線が自分の行為を熱心に見つめている事は、肌で分かります。
けれどそれさえもが、被虐のそれにも似た倒錯的な快感となって、彼女の胸に熱く迫ります。
それに加え、自分を受け入れてくれない憎い男を存分に責め立てる加虐の愉悦が、頭の芯を蕩けさせます。
複雑に絡み合った想いの全てが混沌と渦を巻き、ヴィルヘルミナの身体を支配していきました。
(すご……い、二人とも、あんな、顔、して……)
その熱気にすっかりあてられてしまったシャナは、疼く肢体を一人持て余していました。
凶悪な形状の肉棒を陶然と眺め、大胆に舌を使うヴィルヘルミナの姿は、まるで別人のように淫らです。
メリヒムも、必死になって堪えてはいるものの、感じている悦楽の強さが表情の端々から滲み出ています。
シャナは腰の奥を熱して止まない欲情の炎に耐え切れず、細い太腿をもじもじと擦り合わせます。
「はっ……んく、ちゅ……ん、ぁ……ユウ、ジっ……」
桃色の霞が掛かったような頭の中で、シャナは愛する少年の姿を強く追い求めました。
ヴィルヘルミナの行為を凝視しながら、自分の指をユウジのモノに見立て、舌の動きを模倣していきます。
小さな舌を伸ばして指先をちろちろと舐め、そのかすかな刺激にまた息を荒くします。
本人には自覚が無いものの、そうしたシャナの行動も、眼前の義姉達に負けない位に淫靡なものでした。
「っはぁ……。あ……むっ、んふぅっ……!」
「うくっ、ぁ!」
表面を唾液で充分に湿らせると、ヴィルヘルミナは大きく口を開け、剛直の先端をぱくりと咥えました。
続けて息を吐きながら、細い首をゆるゆると前へ傾け、膨れ上がった亀頭を深く飲み込んでいきます。
温かくも心地良い、しっとりと湿った粘膜の感触に包み込まれて、メリヒムは快楽の喘ぎを洩らします。
口中でビクンと跳ねた肉棒に深い悦びを感じつつ、ヴィルヘルミナは頭を前後に揺らし始めました。
「んむっ、ふっ……! むぷっ、んん、ふちゅっ……!」
「う、っくぅ! む、うう、くっ!」
寄せては返す動きに合わせ、丸く開いた紅い唇が往復し、固い幹を存分に扱き立てていきました。
口腔内では、舌全体がのたうつ蛇のように蠢いて、含んだ部分をくるくると舐め回します。
ざらついた表面とつるりとした裏側が目まぐるしく入れ替わり、張り詰めた亀頭を交互に刺激します。
雁首にある細い皮の継ぎ目を舌で擦られるたび、メリヒムの眉がピクピクと跳ね上がります。
(そう……もっと、感じるので、ありますっ……! 私を、もっと……っ!)
一方的に責めている筈のヴィルヘルミナも、際限なく高まっていく欲情に意識を囚われていました。
口の粘膜を出入りする、熱く逞しい剛直の感触は、本来の男女の交わりを強く想起させます。
実際には指一本触れていない秘所が、その連想だけで潤いを深め、下着の中をはしたなく湿らせます。
狂おしいまでの疼きが彼女の動きを加速させ、またそうする事で疼きはますます高まっていきます。
「はぷ、ちゅるっ! むふぅ、んっちゅっ、んふぅん!」
「う、っあ……!」
薄く滲み出した先走りが、溢れる唾液と混じり合い、血管の浮き出た幹を伝い落ちかけました。
ヴィルヘルミナは唇を窄めてそれを啜り上げると、芳醇な美酒を味わうかのように舌の上で転がします。
その舌の動きは、同時にメリヒムの鈴口をぬたぬたと弄り、更なる快楽の証を誘い出します。
口の中でわずかに濃くなった牡の性臭に、ヴィルヘルミナの小鼻がひくりと震えました。
「ふちゅっ! んむっ! ふっ、ぅん! じゅっ、ちゅぷ、んんっ!」
「……っ! く……ぅあ! ふくっ、う……っ!」
やがてヴィルヘルミナの頭の振りは早く大きくなり、奏でられる水音も激しさを増していきました。
彼女は顔を深く沈み込ませる度に、メリヒムの亀頭を口内の様々な場所へ擦りつけてきます。
柔らかい頬の内側、硬く滑らかな口蓋、ざらつきの強い舌の根が、それぞれ違った快楽を生み出します。
メリヒムは、不規則に移り変わる刺激の変化に翻弄され、抵抗する意思を着実に削ぎ取られていきました。
(私も、ユウジに、したい……! ユウジの、あんな声、聞きたい……っ!)
次第に快楽で掠れていくメリヒムの声は、傍で眺めるシャナの欲求をも、一段と燃え上がらせていました。
ヴィルヘルミナの立てる音に紛れて小さく舌を鳴らし、咥えた指を熱心にしゃぶります。
『どうしようもない気持ち』とは似て非なる、『どうにかなりそうな気持ち』が、頭の中を駆け巡ります。
シャナは汗とは違うぬめりを帯び始めた内股を、激しい尿意を堪えるように何度も擦り合わせます。
(あぁっ、何て、熱いっ……! 私もっ、これ以上は、耐えられっ……!)
そして、ヴィルヘルミナはその二人よりもなお深く、肉の昂ぶりに心を奪われていました。
強く脈動する硬い剛直を、砂漠で行き倒れた旅人が水を求めるように、我を忘れて懸命に吸い立てます。
けれど、奉仕に熱を入れれば入れるほど、激しい渇望は増していき、ついに秘所の疼きが限界に達します。
「ぷぁ……っ! はぁっ、はっ、はぁ……!」
「……う、ぁっ……?」
ヴィルヘルミナはメリヒムの股間から勢い良く顔を上げ、咥えていた肉棒を口から吐き出しました。
激しく息を継ぎつつ、興奮に震える両手でスカートの左右をたくし上げ、ズロースの端に指を掛けます。
唐突な中断にメリヒムが薄目を開く中、彼女は腰をくねらせながら、もどかしげに下着を脱いでいきます。
中腰の姿勢になり、足先から純白の布地を抜き取ると、ヴィルヘルミナは大きく身を乗り出しました。
「それではっ……これから、最後の……実演に、入るで、ありますっ……!」
「うおっ!? つっ、く……!」
ヴィルヘルミナはいかにも取って付けたようにそう宣言すると、メリヒムの上体を後ろへ押し倒しました。
二人分の体重を受け止めたベッドが激しく軋みを上げ、白いシーツが荒れた水面の如く波打ちます。
縛られた腕を背に敷く痛みに、メリヒムは軽く顔をしかめ、不自由な姿勢からどうにか肘を立てます。
その間に、ヴィルヘルミナは長い裾を素早く捌き、彼の腰の上へ大きく馬乗りに跨りました。
「はぁっ、は、はっ……。んっ、はむっ、んふぅ……!」
「う……っ!?」
すでに感極まったヴィルヘルミナは、スカートを脱ぐ手間すら惜しんで、その前布を自ら捲り上げました。
手繰り寄せた布を口元近くで束ねてから、喰らいつくようにきつく歯で咥え、そのまま背筋を伸ばします。
藍色のスカートが持ち上がり、内張りの白布よりもなお眩しい、すらりとした両脚が露わになっていきます。
濡れ光るなめらかな内腿と、重たげに露を含んだ淡い茂みを直視して、メリヒムは短く息を呑みます。
「んふ……っ、んぅ、んん……!」
「ヴィ、ヴィルヘルミナ、待っ……!」
顎を引いて見下ろしながら、ヴィルヘルミナはメリヒムの剛直に手を伸ばし、垂直に立たせていきました。
もう一方の手は己の秘所をまさぐり、熱く滾った入り口を左右に大きく割り開きます。
充血した内部の襞は別の生き物のようにひくつき、貫かれる期待に新たな蜜をとろりと滴らせます。
「んむっ、んうぅぅっ!」
先端を宛がうと同時に、ヴィルヘルミナは一気に腰を落とし、メリヒムのモノを秘裂の中に迎え入れました。
突き進む太い肉棒の感触だけで、焦らしに焦らした身体が歓喜にわななき、彼女は軽く達します。
狭い膣道は、それを補うに余りある潤いと柔らかさをもって、長大な剛直を深々と飲み込んでいきました。
「んんっ、ふっ! んっ、んふ、んぅ、んっ!」
「うっ……、く、ぁ……!」
先端がぐっと奥に突き当たると、ヴィルヘルミナは強く眉根を寄せ、猛然と腰を打ち振るい始めました。
大きな振幅でしなやかな肢体を前後に揺さぶり、出入りする剛直の感触を膣全体で感じ取ります。
溜め込んでいた秘所の疼きは、乾いた薄紙の如く燃え上がり、微細な粘膜の隅々を熱していきます。
痒みをもよおす肌を掻き毟るのにも似た、開放感を伴った圧倒的な悦楽が、彼女の背筋を駆け上がります。
(メリヒム、が……っ! 私の、奥までっ、届いて……あぁ!)
腰を深く沈める度に、血流の凝った亀頭が子宮口を抉り、押し上げられる圧迫が身体の芯まで響きます。
身悶えながら跳ねるようにして上下の動きを行うと、その感覚は更に強まります。
尻を擦りつける形で水平に腰を回せば、内部の肉棒は角度を変えて、膣壁をごりごりと刺激します。
「んっむぅん! んふっぅ、んっんっ、んんんっ!」
火が点くほどの激しい律動に、結合部からは蕩けた媚肉が立てる湿った濁音が、音高く響き渡ります。
大量に溢れ出した快楽の雫は、メリヒムの陰部を伝い落ち、シーツの上に大小の染みを作ります。
ヴィルヘルミナは噛み締めた布で官能の喘ぎを押し殺しつつ、沸き起こる快感を貪欲に追い求めました。
(いけないっ、ちゃんと、見なくちゃ……っ! 覚えて、それで、ユウジにっ……!)
それを見るシャナは、疼く身体を自分の手で慰めたいという欲求を、必死の思いで抑え込んでいました。
気を抜けば勝手に秘所へと伸びそうになる指先を、ドレスの布を強く握り締める事で何とか留めます。
意思力の大半を自制に注ぎつつ、ヴィルヘルミナの動きのひとつひとつを脳裏へ刻み込みます。
長いスカートが後ろを隠していても、彼女の大きく激しい腰使いは克明に見て取れます。
膝の動き、腿の力み、腰の捻りとその連動。どこで締め、どんな軌跡で、どのように動くのか。
じんじんと痺れるような股間の熱に意識を苛まれながら、シャナはそれらの全てを学び取っていきました。
「ん、んむぅん! んんっ、んっふっ、んんんぅっ!」
「うっ、く! 待てっ、ヴィル、ヘルミナっ……!」
ヴィルヘルミナに組み敷かれたメリヒムも、抵抗の声を放ちながら、甘美な快楽に屈服し始めていました。
きちきちと絞り上げる強い収縮と、吸い付き絡んで蠕動する肉襞の連なりが、漲る剛直を強烈に刺激します。
悩ましくも情熱的にうねる淫らな腰つきは、彼の意識を幻惑し、視線を惹きつけて止みません。
ほのかに漂う女の肌と汗と愛液の匂いが、渾然となって鼻腔の奥に滑り込み、男の本能をくすぐります。
濡れた肉が打ち合う音と、絶えず洩れ出るくぐもった艶声とが、鼓膜を伝って頭の芯を震わせます。
味覚を除いた五感の全てを襲う弛まぬ刺激に、メリヒムの性感は急速に高まっていきました。
「く、このまま、ではっ……! 俺は、もうっ……!」
「んうんっ!? んんっ、んんぅ! んむぅ、んふぅんっ!」
やがてメリヒムの我慢は限界を超え、射精への欲求が強烈に沸き上がって来ました。
彼が小さく弱音を吐くと、ヴィルヘルミナは腰を振りながらいやいやと首を振り、何事かを言い洩らします。
声色と態度から、言いたい事はおおよそ判るものの、目覚め始めた衝動はそう簡単には止まりません。
一旦止めてくれればまだ耐えようもありますが、彼女の律動は収まるどころか、むしろ速まっていきます。
それが最後の一押しとなり、メリヒムは溜まり切った精の迸りを、ヴィルヘルミナの中へと解き放ちました。
「出っ、うあっ……!」
「──っ駄目でありますっ!」
中の剛直がビクビクと痙攣する感触に、ヴィルヘルミナは咥えていたスカートを放して、鋭く叫びました。
同時に腰の動きを一段と激しくして、わななく肉棒を今まで以上にきつく締め付けます。
大量に注がれた白濁が、溢れる雫と混じり合い、結合部から粘り気の高い音を立てて零れ出します。
ヴィルヘルミナは焦燥に大きく顔を歪め、がむしゃらな勢いでメリヒムの首筋へとしがみ付きました。
「駄目で、ありますっ、まだっ、私っ、終わってっ!」
「うっ、くぅ! ヴ、ヴィルっ……!」
「メリヒムっ、お願っ、いやっ、待って、私っ、まだぁっ!」
ヴィルヘルミナは狂おしげに髪を振り乱し、うわ言のように切れ切れの懇願を洩らしました。
一方、腰から下は萎える事など許さないとばかりに猛々しく動き、複雑な軌跡の螺旋を宙に描き続けます。
精を吐き終えたばかりの肉棒を休む間も無く扱き立てられ、メリヒムの股間に重い疼痛が走ります。
しかし、最後の高まりを求めるヴィルヘルミナには、もうそんな変化に気付く余裕すらありませんでした。
「ああっ、んぅ! 駄目っ、メリヒムっ、もっとっ、もうっ、少しっ、ん、あぁ!」
「ぐっ、うぉ……!」
「んんんっ、あっ、くぅん! 私っ、ずっとっ、メリヒムっ! はっ、んん!」
ヴィルヘルミナはメリヒムの肩口に強く額を押し付け、迫り来る快楽の波涛に没頭しました。
限界まで膨れ上がったままの亀頭が子宮の入り口を突き上げ、張り出した雁が膣壁の段差を掻き乱します。
野太く硬い幹は、どれほど締め付けても厳然と屹立し、蕩けた粘膜との間に強烈な摩擦を生み続けます。
想いの丈を込めてメリヒムを呼ぶ度に、彼女の情感は飛躍的に高まり、思考の全てを塗り潰していきます。
「メリヒムっ、メリヒムぅっ! わたしっ、もうっ、メリヒっ、くううぅぅん!」
「う、おぁ……!」
縋るように愛する男の名を連呼しつつ、ヴィルヘルミナは官能の極みへと達しました。
きつく閉じた瞼の裏には白い閃光が連続して瞬き、力んだ肩が細かく震えます。
足腰も動きを止めてふるふると痙攣し、収縮する秘洞が内部の剛直を固く熱烈に抱擁します。
「んっ! んん……、んっ! あ、はぁぁっ……」
断続的に繰り返すひくつきが収まると、ヴィルヘルミナは大きく息を吐き出し、くたりと脱力しました。
「はっ、あふ、はぁ、ん、ぁはっ……」
ヴィルヘルミナは背中を波打たせて乱れた呼吸を整えつつ、満ち足りた表情で絶頂の余韻に浸っていました。
腕の中にあるメリヒムの存在を確かめるように、小さな動きできゅっと抱きしめます。
形はどうあれ、積年の望みの幾分かを果たした至福が、心地良い気だるさと共に胸を満たします。
しかし、体内の剛直が次第に力を失っていくにつれ、寂寥の思いが彼女の脳裏に影を落とし始めました。
(……このまま、終わって、しまったら……。後は、もう二度と……)
一応の大義名分さえ無くなれば、再びこうしてメリヒムと肌を重ねる機会など、まずあり得ません。
逆に言うならば、今この時こそが彼と交わる事のできる、おそらく最大にして最後の好機でもあります。
そう考えると、確かに満たされた筈の欲求が、胸の内で沸々と蘇ってきます。
ヴィルヘルミナは伏せていた顔を緩慢な動作で引き起こし、傍らに立つシャナへと視線を向けました。
「これで……もう、どのようにすれば良いのか、理解出来たでありますか……?」
「ふぇっ!? うっ、うん、多分……」
いきなり話を振られたシャナは、慌てて姿勢を正しながら、頼りない態度で小さく頷きました。
他の場合ならば、そんな曖昧な返答は断固として許さない処ですが、この場に限ってはむしろ好都合です。
満面に浮かびそうになる笑みを可能な限り抑えつつ、ヴィルヘルミナはシャナの言葉を更に追求します。
「多分……、という事は、完全に理解できた自信がない、という事でありますね……?」
「え? あの、それは、そうかも、しれない、けど……?」
「……お、おい?」
不手際を責められているにしては、妙に喜ばしげなその口調に、シャナは戸惑った声を返します。
一方、雲行きの怪しくなってきたやり取りに、メリヒムはうろたえた問い掛けを発します。
そして、シャナから己の望む言質を取ったヴィルヘルミナは、爛々と瞳を輝かせて言葉を続けました。
「ならば仕方がないでありますね……。完璧に理解できるまで、繰り返し実演して見せるのであります……」
「えぇっ!?」
「ちょ、ちょっと待てぇっ!」
嬉々として呟かれたヴィルヘルミナの台詞に、残る二人はそれぞれ違った意味で目を見張りました。
シャナからすれば、これ以上熱烈な交わりを見せ付けられるのは、もはや拷問に等しいものがあります。
メリヒムは、その物言いから精も根も絞り尽くされる予感をひしひしと感じ、顔を引き攣らせます。
しかし、そんな両者の思惑も、今のヴィルヘルミナにとっては大した問題ではありません。
「あっあの、でも私、後は自分で頑張ってみるから!」
「遠慮など無用であります……。そう、一度や二度の実見で、全てを覚えるのは無理なのであります……」
「そっ、そうじゃなくて……」
シャナが慌てて言い繕っても、ヴィルヘルミナは一人で勝手に納得し、少しも話を聞いてくれませんでした。
感情の機微に疎い少女は、ここに至ってようやく、『何かがおかしい』という疑念をおぼろげに覚えます。
けれど、自分の望みが根幹にある以上、あまり強硬に中止を提言する事など、出来ようはずもありません。
「と、ときに落ち着け、ヴィルヘルミナ! こんな事をいつまで続ける気だっ!?」
「無論、間違いなく全てを習得できたと、私が判断するまでであります……」
メリヒムの切羽詰った問い掛けに、ヴィルヘルミナは熱っぽい視線を注ぎながら、端的に答えました。
建前を前面に押し立てつつも、その言外には『自分が満足するまで』という本音が、明確に浮き出ています。
「では、もう一度、最初からであります……」
「ま、待て、俺にもまだ言いたいことがむぐっ!?」
(ううっ、ユウジぃ……)
尚も抗弁しようとしたメリヒムの口は、吸い付いてきたヴィルヘルミナの唇にまたもや塞がれます。
再び始まってしまった性の饗宴に、シャナは眉を八の字に開いて、困惑の表情を浮かべました。
◇ ◇ ◇
ところで、ちょうどその頃。
もう一人の妃候補であるヨシダはと言うと、
「うふふふふっ、まだまだですわよっ! こうして身体を重ねる事こそが、最も確かな愛の証っ!」
「ティリエル、ボクまたこのかっこうなの〜?」
(ううっ、王子ぃ……)
シャナと同様に泣きそうな顔をしながら、ティリエルとソラトの絡みを見学させられていました。
ヴィルヘルミナと違い、ティリエルにはヨシダの為に何かをする義理や意欲など、欠片もありません。
単に自分達の愛し合う様を他人に見せつけたいが為に、これ幸いと引っ張り込んだだけの話です。
一方、眼前で展開されるハードなプレイの数々に、頭に血の昇り過ぎたヨシダは、今や失神寸前です。
「さあ、しかと御覧なさい! 本当に愛してさえいれば、こんな事も、こんな感じでっ!」
(愛してさえ、いれば……。そうだ、頑張って、王子にきっと、シャナちゃんよりも私を選んで……!)
そんな強い想いだけを心の支えにして、ヨシダは眼前の行為にしっかりと意識を集中しました。
どれほど恥ずかしく異常に思える事でも、それでユウジが応えてくれるならと、悲愴な決意を固めます。
「ちょ、ちょっと、お姫様なんだから、あんまり変な事は……うわっ、そ、そんなとこまでっ!?」
何故か巻き込まれてしまった義母のオガタは、道を踏み外しかけたヨシダを、何とか宥めようとしています。
しかし、指の間からティリエル達の様子をチラチラ窺いながらでは、説得力という物がまるでありません。
「チュー(ほっといていいのか? この分だと、オガちゃんまでおかしな風に染まりそうだけど)」
「チュー(俺に言うな。今の俺はただのネズミだ)」
天井の梁に隠れてそれを眺める美形ネズミは、背後の相棒へ気遣わしげな口調で問い掛けます。
壁際に向けて座り込んだ大柄ネズミは、ぶっきらぼうに答えつつ、居たたまれない様子で背中を丸めます。
そうして、こちらもいつ果てるとも知れない愛の交歓が、延々と繰り広げられ続けるのでした。
〜END〜