「場所はつかめたか、痩せ牛」  
ブロッケン要塞のとある一角にて、[とむらいの鐘]最高幹部『九垓天秤』“闇の雫”チェルノボーグが、同じく『九垓天秤』である“大擁炉”モレクに問いかけた。  
つい先程、大斥候たる“凶界卵”ジャリから「要塞に接近する敵あり」との報告があった。  
どうやら新たな『同胞殺し』が、このブロッケン要塞に目をつけたようである。  
本来であればこういった事例には、戦闘を好むフワワや[とむらいの鐘]が誇る先手大将のソカル、ウルリクムミが対応に当たるのだが、今回の同胞殺しは空間に  
干渉する自在法を得手としているらしく、事実、ジャリの知らせを聞いたフワワが打って出た際、接敵出来ぬままにその場の守りを突破されてしまっていた。  
ここでモレクが「敵が操っている空間ごと『ラビリントス』に取り込み、相手の場所を特定出来次第チェルノボーグを送り込んで倒す」という作戦を立案し、これ  
からそれを行おうとしているのである。  
「ええ、チェルノボーグ殿。ジャリ殿からの知らせで、大方の方角は特定できました」  
 
この作戦を他の『九垓天秤』に説明した時、『両翼』の右“虹の翼”メリヒムから「相手のいる空間ごと『虹天剣』で薙ぎ払えばいい」と言う意見が出たが、万が  
一、攻撃の自在法を反射する能力が隠されていた場合を考慮し、この意見を退けている。  
「ただ、肝心の効果範囲が特定できておりませんので必要以上に広範囲に展開してしまい、チェルノボーグ殿に要らぬ手間を掛けさせてしまう事になってしまうか  
も知れませんが……」  
「くどいぞ痩せ牛。すでに決まったことだろうが。そもそもおまえが立てた作戦だろうに」  
自らが立案した作戦ではあるが、それに付き合わせる形になってしまったチェルノボーグに申し訳が立たないのか殊更に謝意を告げてくるモレクに対し、チェル  
ノボーグは気にするな、と言う意を告げる。  
「始める前からああだこうだ言っていては埒が明かん。それよりも、今は急がねばならんのではないか?」  
字面は大分違っていたが。  
モレクはその言葉をそのまま受け止め、  
「は、はい。では……始めます」  
急かされるままに(彼はそう感じた)『ラビリントス』を展開させた。  
 
『ラビリントス』展開から数分後――。  
モレクは相手の位置を特定できずにいた。どうやら甘く見ていたようである。この『ラビリントス』内で自分の意のままにならない事があるのか、と少なからず  
衝撃を受ける。  
(位置を確定後一気に、とは行かなくなりましたね、これは……)  
とりあえず、相手の支配している領域を削り索敵範囲を狭めていこう、とこれからの方針を定めたところで、  
(申し訳ありませんチェルノボーグ殿、今暫しのお待ちを)  
彼は『ラビリントス』展開後、一歩も動かずに待機している隠密頭へと声にならない謝罪を送った。  
 
 
(遅い……)  
その謝罪の相手は、この膠着状態に焦れていた。  
(一体どうしたと言うのだ、痩せ牛の奴)  
こうまで時間が掛かると言うことは、あらかじめ決めていた段取通りには行かなくなったと言うことだろう。問題はその原因だが……、  
(『ラビリントス』はまだ展開されている。痩せ牛の身に何かあった訳ではないだろう)  
そう、心配は要らない。  
(そうとも、痩せ牛の『ラビリントス』は難攻不落なんだ。だから大丈夫に決まってる)  
と言うことはつまり、今捉えている討滅の道具の力量が予想以上だったのだろう。だからと言って、  
(『ラビリントス』の中にいる以上時間の問題だ)  
チェルノボーグはモレクの自在法が破られるとは露ほどにも思っていない。故に思考を現在の任務から逸らしてしまった。  
(そういえば……)  
周りの空間を見回し、  
「初めてだな、『ラビリントス』の中は……」  
思わず、口元が綻ぶ。  
「ふふ、痩せ牛の気配で満たされてるな、ここは……」  
そこまで口にして、はっと左手で自分の口を押さえる。  
(ななな何を言っているんだ、私は……)  
しかし、一度口に出してしまうと意識せずにはいられない。モレクの気配で満たされた空間に一人佇んでいる、と言うことは、  
(まるで抱擁されているみたい……って違う!)  
脳裏によぎったイメージを、頭上の虫を払うかのように鉤爪の付いた右腕で振り払う。  
「早くしろ、痩せ牛!おまえの所為でヘンなことばかり考えてしまうだろうが!」  
内部の声が彼に届かないことを承知で、チェルノボーグは(八つ当たり気味に)叫んだ。  
 
 
(――――ん?)  
一瞬、誰かが彼を呼んだような気がした。  
(チェルノボーグ殿でしょうか。遅い、と怒っておられるのかもしれませんね)  
彼は内部の状況をさほど細かく知る事は出来ないが、まぁ正解である。怒りの理由は彼の想像の範囲外ではあるが。  
(もう少々お待ちを。なかなかに手強いですが――)  
再び意識を身の内の『同胞殺し』に集中させる。  
(時間の問題です)  
慎重な彼にしては珍しい、断言であった。  
 
 
(ま、まだなのか、痩せ牛……)  
一向に転移される気配の無いことに、チェルノボーグは焦っていた。  
先程自らの抱いたイメージの所為で――、  
(か、体が……)  
身の内に熱を生んでしまっっていた。  
今自分が居るのは彼の中、今自分を包んでいるのは彼の気配、今吸っている空気は彼の空気――。  
そんな事ばかりが頭を横切っていく。  
「はぁー…っ」  
それでも、任務がある、と自制をしてきたがもう限界だった。そろそろと左腕を自らの秘所へと伸ばしながら、  
(だ、大丈夫……、まだ時間はある、よな、痩せ、う、し)  
それが開始の合図だった。  
 
指先が秘唇に届くと、その現状に自分の事ながら驚く。  
(あ……、もうこんなに、濡れて……)  
どうやらとっくに限界は過ぎていたようである。そこはすでに蜜が溢れ出していた。  
その濡れたクレヴァスを指で撫ぜ上げる。  
「あふっ……っう」  
思わず声が漏れる。  
(凄い、こんな、の、初めて、だ)  
今度は鉤爪のある右腕を乳房へと持ってくる。鉤爪の冷たく、硬い感触が骨で出来た彼の体を思い起こさせる。  
「うふぅっ……は、ぁあ……、触られてる、触られてるよぉっ……」  
自らの身を傷つけない様に、丁寧に乳房を玩ぶ。そうやって胸部を弄りながらも、左手では秘所を捏ね回すことを忘れていない。  
「くぅぅぅっ…………」  
今までに何度か自らを慰める行為に耽った事もあるにはあった、がしかし、今感じている快楽は今までの比ではない。  
(おまえの中だから、か……?痩せ牛……)  
熱の篭った視線で、頭上を見つめる。そこに求める相手の姿を窺うことは出来ない、出来ないが――、  
(ああ、そうだ)  
しかし、そこに確かに居ることは判るのだ。  
(私はおまえが――――)  
最早昂りは最高潮に達そうとしている。いつもより早い絶頂にチェルノボーグの心は感極まった。  
「あ、はぁあっ、モレクッ、モレクゥゥゥゥッ!」  
 
 
(!ここですね?御待たせ致しましたチェルノボーグ殿、今、送ります)  
ようやく求める姿を捉えたモレクは、当初の予定通りにチェルノボーグを相手方付近へと転送する。  
彼は、自分の中で何が起こっているのか、知らない。  
 
 
絶頂に達し、腰が砕ける。  
「は、あぁあぁぁ」  
凄かった。この行為を知ってからの中で、最高の悦楽だった。これでもし、もう一段階の行為に及んだら――。  
と、そこまで考えて、自分の前方に人影がある事に気が付いた。今、自分が居るのは『ラビリントス』の中。この中には自分以外にはもう一人しか  
居ないはず――。  
そこまで考えて、相手の素性に思い至る。しかし何故向こうはあんなに間の抜けた顔でこちらを見ているのだろう?  
そう考えながらチェルノボーグは自らの体を見回し、絶句する。  
衣服の胸部は鉤爪によって裂かれていて、その白い肌が曝け出されている。スリットからはみ出た太腿には何か濡れた形跡が生々しく残っていて  
何やら艶めかしい。  
「あ、あ、ああぁぁぁぁ!」  
顔を真っ赤にしながら、それでもチェルノボーグは『同胞殺し』方へと駆け出す。  
そのフレイムヘイズが迎撃の態勢を取るより早く。  
チェルノボーグの鉤爪がその身を引き裂いていた。  
 
身の内に在った『同胞殺し』の気配が無くなった事に気付き、モレクは自分の身をチェルノボーグの近くに現すようにして『ラビリントス』を解除した。  
しかし、そこにいたチェルノボーグの姿は予想外に傷ついていた。両膝を付いて座り込んでいるチェルノボーグの姿を見て、  
「チェ、チェルノボーグ殿!?」  
慌てて駆け寄ろうとするが、  
「遅い!遅すぎるぞ、痩せ牛!」  
彼女の叱咤によって、その足を止めてしまった。  
「あ、は、はい、申し訳御座いませんでした……」  
その、余りに恐縮する姿に幾許かの罪悪感を感じてしまうチェルノボーグ。しかし、モレクがもっと早くやってくれればこうはならなかったのだ、  
と自己弁護をして立ち上がる。  
「まあいい。これで任務は終わったんだ。帰るぞ!痩せ牛」  
さっさと歩き出すチェルノボーグの後を、追いかける。  
「は、はい。どうも、お手をかけさせてしまいまして……」  
「その話は戻ってからだ。その方がゆっくり話せるだろう?」  
「そ、そうですね、チェルノボーグ殿」  
ふ、と微かな笑いを滲ませてその声を背中に受ける。  
そう、ゆっくりと話が出来る――――。それでいいじゃないか。  
 
 
 
 
この後。  
『同胞殺し』を殺しても、身の内に居る王までは殺せていないことに気付き、寝床でゴロゴロするチェルノボーグの姿があったとかなかったとか――――。  
 

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