「ん………ぅ……」  
「起きたか」  
身体を休めるため、手近な木の元に座っていただけだったのだが、どうやら眠っていたらしい。  
娘―――ティスは、ぼんやりと辺りを見回し、己が契約者に問う。  
「―――いつの間にか、眠っていたのですね」  
「うむ、随分と疲れていたようだな」  
「…………はい、特に今日は、色々なことがあって」  
少し離れたところにある、瓦礫の山。  
そこでは今でも微かに、炎と煙が揺れている。  
 
つい昨日までそこにあった町は、消えていた。  
僅か、悲しみを乗せた視線を送り、目を閉じる。  
次に瞼を開いた時、その顔に翳りは無かった。  
「アシズ様」  
「なんだ」  
「とても不遜な、夢を、見ていたのです」  
ティスは旅塵に汚れた頬を擦り、微笑った。  
「申せ」  
簡素な、けれど優しい響きの声だった。  
「お怒りに、なりませんか」  
不安そうに、ティスはアシズに尋ねる。  
「うむ」  
「本当に、ですか」  
「本当に、だ」  
「本当の本当に、お怒りになりませんか」  
「本当の本当に、怒ったりはしない」  
何度も念を押すティスに、アシズも苦笑を混ぜた声で返す。  
 
数秒、間を置いてティスはその“夢”を語った。  
「あなた様の子を授かり、ともに穏やかに暮らす、そんな夢――――です」  
そのか細い声を聴いた途端、思考が停止する。  
反射的に内容を思い浮かべようとするが、あまりの在り得なさに知らず、笑いが零れる。  
「ク……フフフフフ」  
「お、お笑いになられるなんて、酷うございます!」  
まったく恐くない、というよりむしろ栗鼠のように可愛らしい膨れっ面を見せるティス。  
笑いを誤魔化すため、ティスの身体を青い炎が包み込んだ。  
全てを清める炎が、身体の汚れを落としてゆく。  
「いや、それは無理というものであろう?」  
「…………」  
「―――――?」  
突然俯いて黙り込んだティスを怪訝に思う。  
「………ですが……それでも――――」  
「それでも?」  
アシズはじわり、となにかが染み込むような感覚を覚えた。  
「それでも、アシズ様。例え―――私たちがこれ以上ないほど“ひとつ”であったとしても、  
あなた様と触れ合いたいと……抱き締めて戴きたいと…………そう思うのは、傲慢なのでしょうか……」  
いつしか、俯いたティスの瞳からは雫が零れだしていた。  
「だが、それは……」  
唐突な想いの発露に、アシズは戸惑う。  
「ッ、判って、おります。頭では……判っているのです。けれど――――!」  
小さな手を握り締め、胸を押さえる。まるで、感情の暴走を抑えようとするかのように。  
「心はひとつであるというのに、誰よりも近くにいるというのに、なぜ、あなた様と触れ合えぬのですか……?」  
ぽろぽろと涙を零しながら、儚く手を空に彷徨わせるティスは、今にも壊れそうで。  
「………………」  
けれど、アシズは何も言うことができなかった。  
 
だから、せめて。  
可能な限り優しく、ゆっくりと、炎を操った。  
「……ぅ……く、うぅ………っ」  
嗚咽を漏らしながら、ティスは手を伸ばし続ける。  
とめどなく溢れてくる涙を、アシズは丁寧に拭い続ける。  
まるで、不器用な子供のように。  
「ティス………」  
なにも掴むことができないその小さな手が、それでも諦めることなくアシズの存在に触れようとする悲しげな顔が、  
微かに震える細い身体が――――どうしようもなく、せつなく、在る筈のない胸を締め付ける。  
無意識に、アシズは頬から肩へと操っている炎の先を移動させた。  
「ぁ………アシズ……さま?」  
アシズは無言で、首から胸へかけて撫でるように炎を繰る。  
「ふ……ぁ……」  
愛撫、とは呼べないような、淡い動き。  
だが、アシズの意思を持った炎が身体をさする感覚に、ティスは身体を震わす悦びとくすぐられるような温かさを同時に得る。  
「アシ、ズ……さま……ぁ」  
さっきとは全く別の涙で頬を濡らしながら、ティスは愛する者の名を呼んだ。  
「……すまない。私には、この程度のことしか―――」  
「いいの、です……っ…私が、あんな……ことを、言わなければ」  
そうするのが当然のことのように、ティスは青い炎の上から自分の手を重ねた。  
「ん……ぅ………」  
最初は真似て、さするように。  
「く……ぁっ」  
控えめな胸を、なぞるように。  
「ティス」  
「アシズ、さま」  
互いの名を呼びながら。  
いつの間にかティスの身に纏う薄い青の衣は乱れ、日に晒されず白磁を保ったままの肌を露出させる。  
「はぁ……っ……優しい、です。アシズ様……ッ」  
露わになった胸をゆっくりと揉みしだき、やや勃起してきた淡い頂頭を摘む。  
 
炎の先がふとももを舐めるように這い上がり、最も敏感な部分に到達した。  
「ふ、あぁッ!」  
崩れ落ちそうになる膝を叱咤し、踏みとどまる。薄布に秘された場所は、湿り気を帯びていた。  
今度は右手が、炎の後を追う。  
滑るように衣の内側へ這入り、隠すものさえない溝を撫で上げる。  
何度も、何度も。指先に温かい粘液が絡みつき、小さく音を立てる。  
「ん………ふぁ……」  
くちゅ、と小指の先が侵入する。  
「あ……ぅ……」  
にち………くちゅ………  
「ぃ……ぅ、ふ………」  
そして、上部にある愛らしい突起を、炎の先が突付く。  
「いあッ!」  
下半身が震え、ふとももを伝う愛液の量が増える。  
「アシズ、さま………」  
「どう、した」  
頬を真っ赤に上気させ、やや焦点が合わなくなっているティス。  
「ぁ……っ……――――して、ます」  
恍惚とした表情で、微かに呟く。聞こえなかったが、言わんとすることは判った。  
「私もだ」  
短く、噛み締めるように応える。  
「あ………うれしい、です。アシズ様………ぁっ」  
また新しい涙が流れる。  
段々と、ティスの動きが激しくなってくる。  
「ん、はぁ……ッ………あぁ」  
肌はじっとりと汗ばみ、口から漏れる喘ぎを抑えようとする姿は淫らで、それでもどこか美しかった。  
「あっ、アシズ様………あぁ………アシ、ズ……さま……ぁ」  
もう限界なのか、ティスは小刻みに震える。  
「も、もぅ……だめ、です………ん、あぁっ!」  
最後とばかりに、ティスは突起をきゅっと摘み、  
「アシズさまぁッ! んッ、ふあああぁッ!」  
絶頂に達した。  
そのまま腰砕けに座り込み、放心したように口をぱくぱくさせる。  
 
「もう、大丈夫か」  
十分程度でティスは放心状態から立ち直り、衣服を整えた。  
その間に、アシズはティスの身体を改めて綺麗にしておく。  
「はい―――あの、アシズ様」  
「なんだ」  
躊躇うような間のあと、ティスは小さく言った。  
「あの……私、はしたない娘……です、ね」  
「………………」  
耳を真っ赤にして俯いてしまった。  
「…………いや」  
「え」  
「なんでもない。身体が回復したのなら、そろそろ行くか」  
「ぇ、あ、はい。分かりました。でも、アシズ様」  
「なんだ」  
「私と、アシズ様は………愛し合って、いるのですよね」  
完全に不意打ちだった。  
はにかみながら言うティスの顔に、言葉に、思考が粉々に粉砕される。  
「………………」  
「あ、アシズ様?」  
突然声を発さなくなった契約者に、ティスは慌てる。  
「………………―――――」  
「ど、どうしましょう。アシズ様が………アシズ様、聞こえておりますか? アシズ様?」  
その後しばらく、呆然自失状態に陥ったアシズを呼び続けるティスの声が、白み始めた空に響いていた。  
 
青い天使と娘の恋。  
後になって思い返せば、それは儚く、ほんの少し悲しい、一夜の夢だった。  
 
 end 
 

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