―女の喜びは男のプライドを傷つけることである。  
 
坂井悠二という人物を少々、いや大きく変える事となる事件は  
一つの箱が送られてくることから始まった。  
 
 
まだ日も高く、いつもなら学校にいるであろう時間に、坂井悠二は帰路についていた。  
今日が祝日であったためである。  
 
坂井悠二という男は、存外ぬけている。  
ずぼらでも不器用なわけでもないのだが、生来爪の甘いところがあり  
親しい友人等にはよく心配されているものである。  
いざ有事の時は類稀なる機転でもって周囲を驚かすのだが、普段の生活でそれが発揮されることは全くと言っていいほどなかった。  
 
今朝も少女と一緒に学校に向かい、(少女もまた祝日であることを失念していた。)閉まっている校門を見て  
今日が休みであることに初めて気づいたのだ。  
 
そうして先ほど歩いてきた道を、またとぼとぼと引き返しているのだが  
先ほどまで傍らにいた少女は、今はいない。  
つい数分前、突然目を光らせ、猛然とどこかに走っていってしまったためである。  
「あれは・・・伝説の走るメロンパン!?」  
そんな言葉と黄緑色の高速で動くなにかを見た気がするが、多分気のせいであろう。  
 
(シャナどこまで行ってるんだろう・・・。)  
頑固で、甘いものにトンと目の無い少女のことを考えている悠二の隣に、一台の運送会社のトラックが止まった。  
どうやら長い信号待ちの列に捕まってしまったようである。  
ふと目を移すと、サングラスの運転手と目が合った。  
男の歯が光る、無駄に光る、これでもかってくらいに光る。  
眩しかったので目を逸らそうとしたのだが男が手をこちらに向けていたので思わず見てしまう。  
中指と薬指の間から親指を出し、にっこりと微笑んでいた。  
 
悠二にはそのあとの記憶は・・・無い。  
ただ、深く考えると大切な何かをなくしてしまいそうで・・・  
ただ只管に、がむしゃらに家に向かって走ったのだった。  
 
・・・まだ真上にあったはずの太陽が、既に傾いていた、ということだけ記しておこう。  
 
 
息が苦しい・・・体が酸素を求めて喘ぐ、朦朧とする意識の中で倒れそうになる体を無理やり立たせる。  
気づくとそこは既に自宅の前だった。  
どうやら夢中で走るうちに家にたどり着いていたらしい。  
荒れていた息を無理やり整え、姿勢を正す。  
勤めて冷静に、ナニがあったか勘付かれてはならない―彼自身にもナニかはわからないが・・・  
 
「ただい・・・・まぁ゙!?」  
想像していない人物を見て思わず声が裏返る。  
いつも母親が笑顔で迎えてくれるはずのそこには  
サングラスをつけた・・・・オールバックで・・・スーツを身につけた・・・  
 
 
 
 
 
ヴィルヘルミナがいた。  
 
「無様でありますな。」  
 
その女性は放心している悠二に向かって冷たく言い放った。  
その声に気づいたのか、優しそうな女性が奥から出てくる。悠二の母である坂井千草だ。  
 
「あらあら、悠ちゃん、おかえりなさい。」  
「た・・・ただいま。」  
 
冷静さを取り戻そうと必死になりながら、何とかその言葉を返す。  
 
「祝日なはずなのに、急いで学校に向かってたみたいだから心配してたのよ。」  
「あ・・うん・・・ごめん。」  
「そういえばシャナちゃんは一緒じゃないの?」  
「シャナは・・・伝説になったんだ・・・」  
 
どうやらまだ動揺してるらしい。  
しかしそのなんの脈略も無いめちゃくちゃな返事に対し母親は  
ついに・・・たどり着いたのね・・・、と深く頷いているのだった  
 
そんな母親を気にすることなく、彼は部屋に戻ろうとした。  
そして・・・世界が180度回転した。  
 
「目がぁぁぁぁ目がぁぁぁぁ!」  
 
あまりの痛さに、もんどりうって転げまわる。  
そんな彼のわき腹に重い一撃が放たれる。  
 
「げぶぁ!?」  
「奇声を上げるのは近所迷惑であります。」  
「な・・・なんでうちにカルメルさんが・・・」  
 
胃から込み上げてくる物を飲み込み、いまさらながら聞いてみる。  
 
「面白いものがあると、呼ばれたであります。」  
「貫太郎さんがね、出張先から送ってきてくださったのよ。」  
 
母親が嬉しそうに補足した。  
あらためて玄関を見回すと、なるほど確かにダンボールがいくつも置いてある。  
先ほど見かけた運送業者が運んできたのであろう。  
・・・なにか嫌な記憶をも一緒に思い出しそうだったが、無理やり記憶の奥に押し込んで忘れる。  
そのせいかまた注意が散漫になっていたようだ。  
 
「また・・・ろくでもない物じゃないだろうね・・・?」  
 
― 世界が歪んだ  
 
「もう、悠ちゃんも冗談がうまいんだから。」  
 
どうやら一撃で床に沈んでいたらしい。  
 
「だ・・だって今まで変なものばかり送・・・がふ!?」  
「悠ちゃん、怒るわよ♪」  
 
素晴らしいほど綺麗に顔に蹴りが入る。  
 
「で・・・でも前も・・・ぐぇ!?」  
「えい♪」  
 
先ほどより鋭い蹴りが何度も腹を抉る。  
 
「あははははははははは。」  
 
蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る  
口から何かどす黒い液体が出てきても蹴る。  
一片の容赦も無い。  
 
「お・・・奥様、さすがにこれ以上は生命の危険が・・・。」  
「あらあら、悠ちゃん大丈夫?」  
 
あっけに取られていたヴィルヘルミナが止めに入って、何とかその凶行は終わりを告げた。  
・・・既に手遅れかもしれないが・・・  
 
「牛さん〜一緒に遊ぼうよ〜うふふ〜。」  
「ミ・・坂井悠二戻ってくるであります。そちらには行くと戻れないであります!!」  
「っは、僕のステーキ山盛りはどこに!?」  
「・・・元気そうでありますな・・・」  
「ごほっごほ・・・いつも世話をかけるねぇ・・・。」  
「おとっつぁんそれは言わない約束・・・って、わざとらしすぎであります!」  
『あはははは。』  
 
親子揃って笑っている。  
そんな悠二にヴィルヘルミナが一応心配そうに聞く。  
 
「あれだけ血が出て本当に大丈夫でありますか・・・?」  
「血?あぁこれのことかな。」  
 
ごそごそとズボンのポケットを探り、赤い小さな袋を取り出した。  
 
「用心のためにケチャップで血糊を作ってたんだ。もしかして驚いた?」  
「血糊・・・?」  
「そうそう血糊、いやぁ一個だけしかなかったけどうまくいってよかったよ。」  
 
(・・・さっきのは明らかに血糊ではないであります。ケチャップなんて色でもないし、鉄臭いであります・・・。  
第一、一個しかないのになんでズボンから取り出すんでありますか!?。  
突っ込むところが多すぎて何から突っ込んでいいかすらわからないであります・・・。)  
あまりにも理不尽すぎて頭を抱えてしまった。  
 
「それで、父さんは何を送ってきたの?」  
「うふふ、今カルメルさんが着ているものよ。」  
 
名前を呼ばれて何とか気を取り直すが・・・  
 
「わかった、鳥人間コンテスト!」  
「・・・。」  
 
鉄拳制裁をして黙らせる。  
数分ぐらいは黙るだろう。  
 
「おしいわね、正解は演劇用の衣装よ。」  
「欽ちゃんの仮装大賞だったか〜。」  
 
思いのほか再生が早い、  
とりあえずベアクローをしてれば黙るだろうか・・。  
 
「痛っ、痛たた、ギブ、ギブ、カ・・カルメルさんの衣装がとても似合ってます、とっても綺麗だと思いますから、どうか許してくださ  
い・・・・・」  
「ば、馬鹿なこと言うなであります。」  
 
ヴィルヘルミナの頬に赤く染まり、少し笑っているようだった。  
悠二の顔は赤紫を通り越して土気色に染まっていたが・・・  
 
「悠ちゃん、これなんてどうかしら?」  
「母さん、自分の歳を考え・・ぐへぁ・・・」  
「女性に歳のことは厳禁よ♪」  
 
蹴られた勢いでヴィルヘルミナの方に吹っ飛ばされる。  
あまりにも突然のことで彼女も対処できなかったのであろう。  
ダンボールの上に重なるように倒れてしまった。  
 
「はやく・・・どくであります・・・。」  
「ん〜・・・ん〜・・・ん〜・・。」  
 
胸の辺りでごそごそ動くのがこそばゆい。  
 
「ん・・その指は何でありますか・・・」  
「ハァ・・・ハァ・・・」  
 
悠二の指がせわしなく体を這い回る。  
どうやら無意識のうちに動かしてるようだ。  
 
「あらあら、お楽しみだったかしら?」  
 
冷水を浴びせられたようだった。  
思わず体が動き、リバーに一発。相手がのけぞらってる間に体制を整え、無防備なアゴにアッパーカット。  
それは坂井悠二の意識を刈り取るには十分なものだった。  
 
「おみごと〜。」  
「自業自得であります・・・。」  
 
見事に気を失ったその顔は、満面の笑みで彩られていた。  
その後その身に起こることも知らずに・・・・  
 
 
 
「こっちのフリルはどうかしら?」  
「でしたらこっちの黒のスカーフで・・・。」  
彼女たちが女性が着るには少々肩幅が大きすぎる洋服を手に、何をしようとしているかは・・・また別の話  
 
 
 

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