「ジーン、こちらライム。1時方向に双発機1機です」  
長かった戦争も、もうそろそろ終わりが感じられてきた。  
それなのに、帝国の夜間爆撃は、激しさを増してきた。  
戦況が不利な帝国軍は、非公式な停戦交渉をより有利に  
するために、激しい攻勢に出ているのかもしれない。  
そういう推測があることを、ブリーフィングの席で、  
隊長のシルベール大尉から教えられた。  
 
「ライム、ジーン。深追いするな。護衛を探せ」  
戦況の推移につれて、第113中隊の装備も変わっていた。  
あの鈍重な単発複座のモーニングスターは、  
引揚げられてしまった。  
代わりに配属されたのは、単発単座のゼフュロスだった。  
今は、単発単座の高速戦闘機グリフォンに乗っている。  
 
「ジーン、ライム。護衛なし。他に敵機はいません」  
今のところ、夜間爆撃機も、迎え撃つ夜間戦闘機も、  
単機行動が原則だった。  
昼間でも、編隊飛行には一定の技量が要求される。  
視界が大幅に制限される夜間なら、なおさらのこと。  
 
「攻撃を許可する。ライム、気をつけろ」  
私達が、距離をとっているとはいえ、  
夜間飛行で2機編隊を組んでいられるのは、  
私のデ・ダナーンとしての能力と、  
ジーンのパイロットとしてのスキルがあるからだ。  
私の風追いの力は、索敵にも役立った。  
 
「了解」  
帝国も、私たちの王国も、夜間編隊飛行を研究していた。  
護衛戦闘機が待ち受けている可能性は、常にあった。  
でも私は、スロットルを開き、排気炎をきらめかせ、  
敵の爆撃機に向けて突進していった。  
彼等の進入を許せば、工場に、都市に、  
爆弾を落とされてしまう。  
 
敵機の後方につけ、息を止めたまま接近していく。  
ぎりぎりまで距離を詰め、引き金にあてた指を  
押し込もうとした瞬間、敵機は急激な機動をかけ、  
照準器の外へ飛び出していった。  
・・・気付かれた!  
 
「ライム!逃げろ!後ろ!」  
ジーンの声で、無線機が叫ぶ。  
その瞬間、自分が罠にはまった事に気付く。  
爆撃機の後方上空、必要以上の距離と高度差をとって、  
護衛機がついてきていたのに違いない。  
私の機の排気炎を見つけた護衛機のパイロットが、  
爆撃機に警告を発したのだ。  
 
敵の護衛機が、高度差を生かした急降下の高速で、  
自分を照準器に納めているのが、痛いぐらいに分った。  
だけど、加速していた私の機は、充分な運動性を  
発揮できないでいた。  
のろのろと向きを変える自分の機の動きに、  
死の予感と恐怖を感じた時、私の後ろで爆発が起こった。  
 
「ジーン!」  
首をひねって振り向いた先には、  
空中で発生した爆発が見えていた。  
私が回避する前に、射点につこうとしていた敵機に、  
ジーンの機が体当たりをかけたのだ。  
目で見ずとも、起こった事を風が教えてくれた。  
それでも、自分の目で見なくては、気が済まなかった。  
爆発の脇を駆け抜けるようにして、もう一機の護衛機が  
接近してくるのが見えた。  
 
「ジーンッ!」  
再び叫びながら、私は思い切り操縦桿を手前に引きつつ、  
右側に押さえ付けた。  
機速が下がって、運動性が回復した私の機体は、  
ロール(錐揉みのような動作)をうちながら、  
宙返りに入った。  
 
まっすぐに宙返りをすると、旋回半径が大きくなり、  
減速の度合いも大きい。  
ロールをかけることで、旋回半径を小さく収め、  
スピードと時間のロスを抑えることができる。  
 
宙返りを終えたとき、残った護衛戦闘機は、  
私の機を見失っていたようだった。  
私の居た位置を追越し、こちらに背を向けて飛んでいる。  
涙で、照準器が歪んで見えるので、  
何度も瞬きしながら、距離を詰める。  
 
「ジーンを返せぇ!」  
叫びながら、機銃の引き金を押し込んだ。  
燃料に引火したのか、敵機はあっけなく炎を吹いた。  
その炎を見たらしい、更に前方を行く敵爆撃機が、  
速度を上げて、脱出を図る。  
 
乱れた風と、うっすらと輝く排気炎が、  
私に敵の在り処を教えてくれた。  
私は、嗚咽を堪えようともせず、敵機を追尾した。  
居場所の分った、鈍重、低速な爆撃機は脆い。  
悲しみにまかせて、機銃を放ち、敵機を撃墜した。  
 
敵機も、ジーンもいなくなってしまい、  
一人ぼっちになった空中で、大声で泣き続けていた。  
必死に呼びかけるメアリー少尉の無線に気付いたのは、  
それから、しばらく後のことだった。  
 
潮の香りと、海鳥の鳴き声に揺り起こされ、  
悪夢から覚めると、私はベイフェンの街の上空にいた。  
未だ夜明け前の空のもと、私は風と一体になって、  
この港町の上空を漂っていた。  
漁師の人々の朝は早い。  
この時間でも、港の漁船が動いている気配があった。  
 
そういえば、確かこの街には、かつての上官だった  
シルベール大尉の実家があったはず。  
そう思って、軽く伸ばした思念が、  
道沿いの小さなレストランを捉えた。  
安らかな、眠りの気配が感じられた。  
中の人々は、まだ目覚めていないようだ。  
だが、そこにはシルベール大尉は居ない。  
彼は、だいぶ前にこの世を去り、あのきれいだった  
奥さんと共に、海を望む墓地に眠っているのだった。  
 
前の戦争、あの第二次機械化大戦が終わった後、  
空軍も解散するかと思うほどの勢いで、縮小された。  
シルベール大尉も、戦争が終わると、空軍を去り、  
あのレストラン、タンポポ亭の主人に  
おさまってしまった。  
 
退役した時は、隊長ももう少佐になっていただろうか。  
タンポポ亭を訪ねると、奥さんのミリアと共に、  
いつも上機嫌で出迎えてくれた。  
「いつも叱られているんだ。  
軍に残っていた方が良かったかなぁ」  
「そうなのよ。この間も、お皿を割ってくれちゃって」  
そんな事を言いあいながらも、彼らの交わす視線は、  
柔らかな暖かさに満ちたものだった。  
 
引退の時に、別れを惜しむ部下たちが開いたお別れ  
パーティでは、タンポポ亭の宣伝ばかりしてたっけ。  
本土を守り抜いた、武勲輝く夜間戦闘機隊の指揮官  
だなんて、とても、そんな感じじゃなかったな。  
経歴も功績も申し分なく、望めばそのまま軍に残って  
昇進もできた筈なのに。  
 
そういえば、ジーンが、生前に教えてくれた事があった。  
私が第113中隊に配属される二日前、中隊が参加した  
昼間戦闘で、9機中7機の損失を出したこと。  
そして、数多くの部下や戦友が、命を失ったこと。  
任務や戦闘、死の危険や恐怖にすら怯む人ではないが、  
その体験は、彼の中の何かを変えてしまったのだ、と。  
 
ジーンの事を思い浮かべたので、風が動き始めた。  
私は、デ・ダーナ・ラーシャ・シルフィ、風のエルフ。  
私が願えば、想いのままに風は舞う。  
風と一体となって、私はホーリーヒルを目指した。  
そこには、小奇麗な家々が立ち並ぶ住宅街に囲まれる  
ようにして、小さな学校があった。  
 
この学校の校庭から、飛行機が飛び立っていたと  
聞いても、素直に納得できる人は居ないだろう。  
飛行機の離陸なんて出来そうもない広さだ。  
上空を、円を描いて飛びながら、私は学校を見下ろした。  
当時の校庭は、回りの牧草地に直接つながっていた。  
本来の学校の敷地を越えて、滑走路が延びていたのだ。  
 
懐かしい影が見えたような気がして、目を凝らすと、  
校舎の脇の立木の枝で、シーツを被ったような  
オバケさんが、大きな口をあけて眠っているのが見えた。  
戦争中と変わらない姿を目にすると、  
さまざまな想い出が湧き上がってきた。  
 
私の戦争時代の想い出は、全てジーンに繋がっていた。  
そして、全ての後悔も、そこにあった。  
なぜ、あの時、我を忘れて戦闘にふけらずに、風の女神、  
ラシャ様にジーンの救命を乞わなかったのか?  
なぜ、血と復讐を求める代わりに、  
生命と愛情を求めなかったのか?  
自分を責める想いの痛みに、思わず目を閉じた。  
 
(そのように、己を責め苛むものではない)  
ふと、耳元に、ラシャ様の声が聞こえたような気がした。  
その瞬間、風の匂いが変わった。  
驚いて目を開けると、景色が一変していた。  
住宅街は牧草地に、校舎は素朴な木造になっていた。  
明かりは見えないが、人々が息を潜めるようにしながら、  
立ち働いている気配が感じられる。  
 
ここは、戦争中のホーリーヒル基地・・・  
敵機を求め、一晩に何度も出撃を繰り返した中の、  
夜明け前の最後の出撃から、戦闘機が戻ってくるのを  
待っているところ。  
私は、引き寄せられるように、校舎に向かった。  
 
整備員たちは、味方の機体が損傷して戻ってくる場合に  
備え、固唾を呑んで待機していた。  
作戦室では、無線機の前で、目を閉じ、両手を組んで  
隊員の無事を祈る、メアリー少尉が居た。  
いつしか、私は音楽室へと向かっていた。  
 
音楽室は、思い出のままの佇まいを見せていた。  
ジーンの使っていたコットンベッド、  
私が寝室にしていた準備室に通じるドア、  
奏でる人の居なくなったピアノ・・・  
私は、ここで暮らし、戦い、そして、  
デ・ダナーンとして開眼したのだ。  
懐かしさがこみ上げてくるままに、立ち尽くしていた。  
 
・・・ごとり  
 
背後で、いきなり生じた物音に、息を呑んで振り返った。  
そこには、ジーンが居た。  
くすぶり、あちこちが破け、焼け焦げた飛行服をまとい、  
ささくれたヘルメットをかぶったジーンが、  
そこに立っていた。  
砕けたゴーグルの破片が顔面に刺さり、  
どす黒い血がこびり付く様に、固まっていた。  
「ジーン!」  
 
思わず呼びかけた私の声に、ジーンは訝しげに答えた。  
「ライム?ライムなのか?」  
駆け寄ろうとした私を、ジーンは制した。  
「だめだ!ライム!ここに来ちゃいけない!」  
 
彼の仕草は危なげで、どうやら目が見えていないようだ。  
彼の姿を仔細に見直してみると、ゴーグルの破片が  
彼の両目を潰しているのが分った。  
なんてこと!  
私を必死に現界に押し戻そうとするジーンに抗いつつ、  
彼に治癒術を施した。  
 
そして、目に見えてジーンの様子が回復するにつれて、  
私も冷静さを取り戻した。  
そして、このまま、視力が回復してしまうと、今の私の  
姿を見られてしまうことに、今更ながら気がついた。  
あせって治癒術をかけたのが裏目に出て、  
ジーンは今にも目を開きそうだ。  
 
ジーンが生きた人間の身体を持たないからといって、  
中途半端な施術で放置するわけには行かない。  
「お願いです。目を、開かないでいてください」  
両手で治癒の印を結んでいるので、流れる涙を拭う事も  
できないまま、ジーンに語りかけた。  
「あなたが、帝国の戦闘機に体当たりしてから、  
しばらく後に戦争は終わりました。  
それから、長い、本当に長い歳月が過ぎました」  
 
落ち着いてきたのか、ジーンも黙って聞いている。  
私なんかより、ずっと年上で大人に見えていたジーンが、  
自分の曾孫かと思うような年恰好に見えるとは。  
時の流れの残酷さに、思わず声が詰まる。  
 
「どうか、お願いです。  
傷が癒えたら、今の私を見ないままに  
冥界へ旅立ってください。  
私も、現界で過ごせる時間は残りわずかのようです。  
縁があれば、あちらでまた、  
共に過ごせる時を持てるでしょう。  
だから、だから、今は、目を開かずに旅立って・・・」  
そこまで話すと、私は、両手で顔を覆い、  
その場に座り込んで、大声で泣き出してしまった。  
 
どれほどの間、泣き続けていたのだろう?  
ふと気がつくと、私は暖かさに包まれていた。  
はっとして、顔を上げると、私はジーンに  
肩を抱かれていた。  
「あ、あぁ、見ないでと言ったのに・・・」  
言葉もままならない程うろたえる私に、  
ジーンは優しく微笑みかけた。  
「何を言ってるんだい?ライム?」  
 
彼は、私たちの姿が映りこんだ、窓ガラスを指差した。  
つられるように、私もそこを見た。  
ジーンの脇で、戦時飛行制服(ウォーサービスドレス)に  
身を包んだ、どこかで見覚えのあるような娘が、  
きょとんとした表情で、こちらを見返していた。  
 
驚いて、思わず口許に手をやると、ガラスに映りこんだ  
娘も同じ仕草をした。  
それから、自分の両手を見た。  
十九の頃の、つややかな手が、そこにあった。  
最後に、隣に座るジーンを見た。  
「ライム、良かった、無事だったんだ」  
 
「・・・ジーン・・・」  
私は、彼の名を呼ぶのが精一杯だった。  
それ以上口を利くことも出来ないままに、  
彼に両手でしがみついていた。  
彼は、優しく抱き返してくれた。  
さっきまで泣いていたばかりだと言うのに、  
私の両目からは、また泪が溢れ出していた。  
 
ジーンと再開できた喜びがあった。  
若さを取り戻した嬉しさもあった。  
だけど、彼の居ないところで、彼の知らない人生を  
過ごしてしまったという、辛さもあった。  
彼のことだけを胸に抱き、一人で生き抜くべきでは  
なかったか、という後悔もあった。  
 
「・・・ジーン、ごめんなさい・・・」  
泣きながら許しを乞おうとする私を、  
彼は唇を重ね合わせてさえぎった。  
目を見開いて、固まってしまった私に、  
彼は優しく語りかけてくれた。  
「謝らなくてもいいんだ。ライム。  
謝らなくちゃならないのは、僕のほうだ。  
君の事を最後まで守りきれなかった」  
 
ジーンがそれだけ話すと、私たちは再び抱きしめあった。  
気持ちが落ち着いてきた私は、ジーンの身体が  
未だ癒えきっていないことに気付く余裕を取り戻した。  
「ジーン、コットンベッドに横になってください。  
治癒の術をかけさせてください」  
小さく頷いて立ち上がり、ベッドまで歩こうとする  
ジーンに肩を貸した。  
大きな動作をすると、節々が激しく痛むようだ。  
 
ジーンの枕元に立ち、術をかけようとする時に、  
ふと、思い出してしまった。  
十九の頃の私には、治癒術は未だ使えなかったはず。  
今の私に、ジーンを癒す事が出来るのだろうか?  
首を振って、弱気な想いを振り払い、施術に専念した。  
幸い、魔術と魔力は失っていなかったようだ。  
確かな手ごたえと共に、ジーンの回復が感じられた。  
 
「気分はどうですか?痛くないですか?」  
「ああ、生まれ変わったようだよ」  
「何か欲しいものとか、ありますか?」  
深く考えずに習慣的に聞いてしまってから、後悔した。  
ここは、病院でも診療所でも無い。  
何か欲しいものがあったとしても、何も無い場所なのだ。  
だが、ジーンは私が予想もしていなかった事を言った。  
私の顔を見据え、軽くはにかんだ表情で、  
「ライム、君が欲しい」と言ったのだ。  
 
私は、驚いて息を呑み、そして、尋ねた。  
「私で、いいのですか?」  
「君でなければ、駄目なんだ。もしかして、嫌かな?」  
少し気弱そうに聞き返すジーンに、  
首を横に振って見せながら、私は答えた。  
「服を脱ぐ間、こちらを見ないで下さい」  
 
まずジーンが飛行服を脱ぐのを手伝い、その後、  
自分の着衣を脱ぎ去った。  
おずおずとジーンの隣に身を横たえた。  
一人用のコットンベッドなので、自然と二人の身体は、  
密に触れ合った。  
その感覚に、おののく様な恐れさえ感じてしまう。  
 
「ありがとう、嬉しいよ」  
優しく語り掛けてくれたジーンの声に、安堵を感じた。  
そのまま、顔を寄せ合い、唇を重ねあった。  
ジーンの手が、私の背中に回される。  
その感触に、小さく声をたててしまい、思わず開いた  
私の口に、ジーンが舌を差し入れてきた。  
 
わずかな躊躇いの後に、彼の舌を受け入れ、  
自分の舌を重ねた。  
暖かく、柔らかな刺激に、官能がくすぐられる。  
その間にも、ジーンの手は私の背中を弄りつづけていた。  
少しずつ身体をずらしながら、仰向けの姿勢をとった。  
汗ばんで、互いの肌の滑りが良くなっていたことが、  
姿勢を変えるのを助けてくれた。  
ジーンは、覆いかぶさるようにしながら、  
頭の位置を変え、私の胸を口に含んだ。  
 
「あんっ」  
電気が走ったかのような感覚に、思わず声をあげる。  
唇と舌で私の乳首を弄ぶジーンの頭を、  
両手で抱きかかえた。  
彼の存在を確かめるように、髪の毛に指を通しながら、  
彼の頭を触っていると、ジーンが、私の足に手をかけた。  
 
手触りを味わうように撫で付けながら、  
じわじわと位置を変えてくる。  
何か考える前に、反射的に両足を閉ざしてしまう。  
そんな私を、焦らすかのように、ジーンの手は、  
太ももから背中、お尻へと動き続けた。  
 
もっと触って欲しいのか、もう止めて欲しいのか、  
自分でも訳が分らないままに、はしたない喘ぎを  
口から漏らしそうになるのを、必死に耐える。  
その間にもジーンの手は、お腹からおへその辺りへ、  
そして、股間へと移動していた。  
 
閉じた両足の狭間に、ジーンの指が伸びてくる。  
我慢しきれずに声を上げてしまい、同時に彼の手を  
受け入れるように足を開いてしまった。  
ジーンはゆっくりと私の入り口をまさぐった。  
快感に翻弄されながら、軽く腰を浮かし、  
彼の指の動きを受け入れていた。  
 
「んっ、あんっ!」  
彼の指先の動きに、軽く達してしまった私は、  
小さな悲鳴をあげて、のけぞった。  
ジーンは、私の胸から上げた顔を寄せて、  
「大丈夫か?」と、優しく問いかけてくれた。  
 
「はい」  
小さく答えた私は、彼の背中に手を回して抱きしめた。  
そして、そのまま手の位置を下げていき、  
彼の腰の辺りで手を前に回し、そこにあった彼自身を  
両手で包み込んだ。  
 
「はうっ」  
敏感な部分が、直に私と触れ合う感覚に、ジーンは  
切なげな息を吐いた。  
自分の行為が、彼に満足と快楽をもたらしたことを、  
嬉しく感じながら、固く熱いそこを、愛撫した。  
 
熱い息を堪えながら、ジーンは再び私の唇を求めて、  
顔を寄せてきた。  
私は、小さく口を開いたまま、彼の口付けを受け入れた。  
彼の舌が、私の口の中に入り込んできた。  
互いの唾液が混ざり合うのを感じながら、私の舌を  
絡め合わせた。  
 
ジーンは、しばらく接していた口を話すと、  
私の耳元に寄せて、「いいか?」とだけ聞いてきた。  
その返事を、口に出して答える事に、なぜか恥ずかしさ  
をおぼえた私は、黙ったまま小さく頷いた。  
そして、両手の中のものを、ゆっくりと自分の入り口に  
いざなった。  
 
「つぅっ!」  
入り口にあてがっただけなのに、ジーンのその部分の  
熱さを感じて、思わず声を上げてしまった。  
「大丈夫か?」  
心配そうに訪ねてくれるジーンに、再び頷いて見せた。  
ジーンも、私のことを気遣いながらも、もう自分自身を  
抑えきれずにいる様子だ。  
彼が、ゆっくりと私の中へ押し入ってくるのが分った。  
 
身体の中に、杭を打ち込まれるような痛みと異物感、  
そして、ジーンを受け入れているという悦びと快感、  
そういった、相反する強烈な感情に揺さぶられながら、  
私は、目を閉じたまま、身動きも出来ずにいた。  
ジーンは、快感に押し流されそうになるのを、  
かろうじてこらえつつ、乱暴に動かないように、  
気をつけてくれていた。  
 
やがて、彼の動きが止まった。  
奥まで行き着いたのだろうか。  
自分の中にある、熱く大きなジーンのその部分の形が  
はっきりと分った。  
目を開くと、ジーンが私の顔を覗き込んでいた。  
湧き上がる興奮に耐えながら、私のことを気遣って  
くれているのが分る。  
と同時に、言葉がなくても、彼が動きたがっている事も、  
理解できた。  
 
私が黙ったまま、微かに頷くと、ジーンも頷き返した。  
始めは、おずおずとした調子で、そして、だんだんと  
力強く、彼が私の中を動き始めた。  
身体の中をかき乱されるような感覚に、我を忘れて、  
声を上げてしまった。  
彼の背中に腕を回し、必死に抱きしめた。  
 
ジーンは、相変わらず私の中を行き来している。  
彼が身体を引く時、そのまま私の中にある彼の一部が、  
引き抜かれて、この行為が終わってしまうんじゃないか  
そんな恐れにも似た感情で、気持ちが満たされた。  
それに耐えかねて、自分の足までも彼の腰に巻きつけ、  
全身で彼にしがみついていた。  
 
彼の動きに激しく揺さぶられながら、彼の存在を  
全身で感じていた。  
はしたない喘ぎが出そうになるのを、かろうじて  
抑えながら、自分の中と外にあるジーンの身体を  
しっかりと手放すまいとしていた。  
 
そうしているうち、ジーンの動きにもリズムが出てきた。  
激しい動きと、より緩やかな動き、そんな波を何度か  
繰り返すようになった。  
彼の動きのリズムが切り替わる度に、  
私は性感に翻弄されていた。  
 
やがて、彼が、ふっと、激しい動きを止めた。  
不安に駆られた私は、目を開き、彼の顔を覗き込んだ。  
動き始めた時と同じように、彼は黙ったまま尋ねた。  
「このまま、最後までいってもいいか?」と。  
私は、答える代わりに、全身で彼のことを抱きしめた。  
彼は、私の答えを待っていたかのように、  
一層激しく身体を動かした。  
 
これまでと、比べ物にならないほどの快感が、  
押し寄せてきた。  
私は、何度か、気を失いそうになりながら、  
彼に縋りつき続けた。  
でも、もう我慢の限界が近づいた事を感じた私は、  
思わず叫んだ。  
 
「ジーン!きて!」  
答えるように、彼も私の名を呼んだ。  
「ライム!」  
頭の中が真っ白になるような、激しい快感が押し寄せた  
後、薄らいでいく意識の中で、ジーンががっくりと  
力を落とし、私に身体を預けてくるのが分った。  
私は、快楽の余韻に身を任せながら、幸せな気分で  
無意識の底に沈んでいった。  
 
どれくらいの時間、眠り込んでいたのか、  
私たちは同時に我に帰った。  
「ライム、ありがとう」  
ジーンは、はにかんだ、まるで少年のような笑顔で  
私に礼を言った。  
「お礼なんか、言わないで下さい」  
私が拗ねた口調で言い返すと、一瞬、沈黙が二人を覆い、  
それから、笑いあって口付けを交わした。  
 
「さて、と、僕はどうすればいいんだろう?」  
我に帰ったジーンが、所在無さげな表情で聞いてきた。  
「どうすれば、冥界に行けるんだろう?」  
「私についてきて下さい」  
きっぱりと、私は答えた。  
「私は、戦乙女。戦士の魂を天に導く死神の巫女です。  
いまから、貴方と現界を離れ、冥界に向かいます」  
 
その言葉の意味に気がついたジーンが、  
血相を変えて反対する。  
「だめだ!君は未だ生きているんだろう?」  
少し躊躇ったあとに、言葉を付け加える。  
「・・・ 君には ・・・ 家族が、居るんだろう?」  
 
「いーえっ!私、決めました。  
もう、絶対に貴方から離れません!  
それに、現界の私は、自分で言うのもなんですけど、  
何時お迎えが来てもおかしくないお婆さんなんですっ!  
朝になって、魂が身体を離れていても、  
誰も驚いたりはしませんっ!」  
 
興奮が収まった私は、落ち着いた声で付け加えた。  
「それに私の現界での時間は、たった今、  
尽きてしまいました。」  
そう言うと同時に、私の背中が、熱く輝き始めた。  
光の中で、まるで鳥のような羽根が広がっていった。  
ジーンは、呆気にとられて私のことを見ている。  
現界に囚われた私の身体が滅び、もともとの私の身体に、  
羽根を持ち、自由に空駆けるデ・ダナーンの身体に  
戻りつつあるのだった。  
 
そして、私の羽根が発する光を浴びた室内は、  
急速に色と形を失っていった。  
室内だけでは無かった。木造の校舎も、滑走路も  
作戦室も、整備員も、皆、融けるように消えていった。  
ジーンが自爆して果てたその時から、時の狭間の牢獄と  
なっていたかつてのホーリーヒル基地は、数十年ぶりの  
夜明けを迎えて、その存在を終えつつあったのだ。  
 
私は、ジーンを迎え入れるように、両手を開いた。  
全てを理解したらしいジーンは、  
涼しげな笑みを浮かべ、私のことを抱きしめた。  
私は、彼のことをしっかりと抱き返すと、  
取り戻した羽根を羽ばたかせ、天空へと飛び立った。  
それが私たちが、現界で行った最後のことだった。  
 
***  
 
校舎脇の立木の、具合のいい枝の上でまどろんでいた  
ゴーストは、日の出と同時に辺りを満たした閃光で  
目を覚ました。  
驚いて、目をこすりながら見回すと、校舎から一本の  
光の矢とも見えるものが、ものすごい速度で上空に  
駆け上っていくのが見えた。  
 
冥界の住民でもある彼は、それが長い年月の間、  
果たされる事の無かった願いの成就の徴だと知った。  
なんだか嬉しくなって、走り抜ける光を、手を振って  
見送ろうとしたゴーストは、ふと、動きを止めて、  
持ち上げた右手の肘を大きく曲げ、右手の先を  
目尻に沿わせる、敬礼の動作で見送ることにした。  
 
かつて、戦争があり、ここが空軍基地であった頃、  
ここに居た若者たちが交わしていた、  
その動作で見送る事が、なぜだか、  
とても相応しいことに思えたのだった。  
 
王国最高齢の魔術師が死去したとの報は、王国の政財界  
に、それなりの衝撃をもって受け止められた。  
国王自らが主催する葬儀が営まれ、諸外国、今は友邦と  
なったかつての帝国からも、高名な魔術師・学者たちが、  
弔意をあらわすために駆けつけた。  
 
数こそ少ないものの、自国のある種の人々よりも、  
かつての帝国などから訪れた人々のほうが、  
よほど率直に弔意を示していたのは、  
皮肉というべきだったろう。  
ライムの王国内での立場や地位といったものは、  
自国内にこそ、敵といえる存在を作り出していた。  
 
だが、彼女の亡骸に最後の別れを済ませた人々は、  
立場の違いを超え、一様に驚くことになった。  
「宿敵と看做していた人物の死に顔を拝んでやろう」  
などという心根の人物でさえ、  
ライムの表情を見るや涙を流した。  
彼女は、まさしく慈母の笑みとでも表現すべき、  
優しげな微笑を湛えて、この世を旅立っていったのだ。  
 
ある者は、その笑みに術力高い魔術師の力量を見取り、  
またある者は、人間性の深さを感じ取った。  
葬儀に参列した、高齢の者たちは、自分もあのような  
表情で最後の時を迎えたいと、心底から願った。  
 
だが、そのような人々を、一歩引いた場所から  
見ている女性が居た。  
隔世遺伝で、デ・ダナーンの力と藍の瞳を受け継いだ  
ライムの孫娘だった。  
孫娘とは言え、年恰好が変わらないようにも見える  
自分の娘に手を焼く、母親となってはいたのだが。  
 
彼女は、祖母の顔を一目見るや、その表情が慈母の  
優しさを示すものではない事を、看破していた。  
あれは、愛する男性の許へと駈けつける、  
乙女の悦びの表情だ。  
そして、祖母がそのような表情を見せる相手とは、  
早くにこの世を去っていた祖父ではないだろう、  
ということまで、察していた。  
 
戦争中に祖母の身代わりとなって、命を落としたという、  
祖母の上官でもあった戦闘機パイロット、  
戦争の話をほとんどしなかった祖母が、一度だけ  
聞かせてくれた事を、彼女は思い浮かべていた。  
 
だが、彼女は聡明な女性であったので、  
自分が思いついた事共を、他の人に話すような真似は、  
一切しなかった。  
 
〜 シルフィナイト外伝 了 〜  
 

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