放課後に二人でお茶をするなんてことは、ぼくらの間ではよくあることだ。  
ただ、今日のように小佐内さんの家にわざわざテイクアウトしたケーキなんかを食べにくるのは珍しい。  
小佐内さんは人見知りをする。そして、交友関係を広げるにも消極的だ。  
だから、小佐内さんの家にお呼ばれするほどに彼女の懐に入り込める人間はほとんどいない。  
そしてもしも、もしも彼女の許可無く無理矢理押し入ろうとする人間がいたら、彼女はきっと容赦をすることは無いだろう。  
そんなことで、この稀有な状況をぼくは楽しんでいた。  
「それで、今日はどうしてぼくを家に招待したのかな」  
今日も帰りに寄った洋菓子店。数席だけ簡素なテーブルが置かれているそこで、わざわざテイクアウトする理由など無かった。席も空いていたし。  
無理にあげるとすれば制服だったこと。喫茶店なんかに高校生がいることは珍しくもないけど、制服は目立つ。だけど、そんなことを気にするには今更過ぎる。  
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」  
小佐内さんは、ぼくの質問を気にした風でもない。  
「じゃ、コーヒーで」  
まあ、話はケーキを食べてからということだろう。テーブルの上に置いてある箱の中にあるケーキは四つ。小佐内さんは三つでぼくが一つだ。  
ぼくは甘さ控えめなビターなチョコレートケーキで、小佐内さんはいちごのショートケーキに桜のモンブラン、チーズケーキと季節感がある。  
小佐内さんがコーヒーとお皿を乗せたお盆を持ってくる。  
「さあ、食べましょうか」  
なぜかぼくのお皿の上にはチョコレートケーキとチーズケーキがある。  
「あの、小佐内さん。これは……?」  
「あげる」  
「えっ」  
まさか……、あの小佐内さんが人に甘いものを分けるなんて!  
これは絶対になにかある。このチーズケーキは罠だ。  
だが、小佐内さんの好意を無碍にする訳にもいかない。……決して知的好奇心の為ではないと断言しておく。  
「じゃあ、ありがたく頂こうかな」  
特に会話もなく完食する。大変美味しゅうございました。  
「そろそろ、教えてもらえるかな。ぼくにどんなことを頼みたいのか」  
今日の一連の今までになかった行動は、つまりぼくになにかを頼みたかったのだ。  
そう仮定すれば、これらの行動は遠回りだけど実に小佐内さんらしい。  
部屋の模様替えなどだろうか。自慢ではないけど、ぼくは知恵をめぐらせるのは得意だけど、力仕事ではあまり役に立たない。  
「そっか……。気づいてたんだね」  
「うん。ぼくに出来ることならなんなりと言ってくれてかまわないよ。チーズケーキも食べちゃったしね」  
小佐内さんは、紅茶に一口つけて意を決したように顔をあげる。  
「あのね、わたし知りたいの。セックスとはどんなものかしらって」  
比喩ではなく、本当にぼくはコーヒーを吹き出した。  
「えっと……、何が知りたいって?」  
「セックスのこと」  
何故だかぼくはもの凄く追い詰められている。そして、今日の行動を省みて後悔し始めた。  
一瞬、思索の海に沈んだぼくは、素早い動きで隣に回り込んできた小佐内さんに押し倒されていた。  
「小佐内さん……!ちょっと待って」  
「小鳩くん。セックス、しましょう」  
上からぼくを押さえつけている小佐内さんは、見たこともない表情でこちらを見ていた。  
顔を真っ赤に上気させ、ひどく興奮している。ただ、その瞳だけは爛々と輝いて、まさに獲物を食べる前の肉食獣のようだった。  
その顔にははっきりと逃さないと書いてあって、ぼくは観念した。せめて、この一年間の付き合いがあったことを加味して、骨ぐらいは残してくれるといいなあ。  
 
人生で初めて夢精をしてしまった。どんな夢を見たのかは覚えてないけど、全身を包む冷たい汗と、うるさいくらいに鳴っている鼓動があまりいい夢ではなかったと示している。  
淫夢で悪夢なんて一体どんな夢だったのやら。  
手早く思い出の残滓の後処理をしたぼくは、今日の予定を思い出していた。  
そういえば今日は、小佐内さんに呼ばれてるんだっけ。  
小佐内さんがぼくに食べさせたいというケーキがあるらしく、特に休日の予定のないぼくは二つ返事でそれを了承した。  
甘いものを食べているときの小佐内さんは本当に愛らしい少女だ。いつもが無愛想な分、満面の笑みを浮かべてケーキやパフェにかじりつく姿を見るのは、控え目に言っても悪い気分ではない。  
それで……、肝心の食べさせたいケーキというのはなんだっけ。昨日の記憶を思い起こてみる。  
そうだ、チーズケーキだ。  
それを思い出した瞬間、全身に鳥肌が立ったようなひどく不快な気分になる。  
その感覚はただの勘違いではなく、実際に大量の冷や汗が体の奥底から湧き出てきていた。  
そして、その不快さは耐えられないほどになり、トイレにかけこみ嘔吐する。  
「……風邪でも引いたかな」  
残念だけど、この調子では小佐内さんの家には行けそうにない。  
メールで風邪を引いて行けない旨を伝える。残念、また今度ね。と帰ってきたメールを見て、いよいよぼくの症状が悪化したようで、冷や汗が止まらず全身が震え出した。  
結局、その日は失神するように寝込んでしまった。翌日、目が覚めると特に体の異常もなく、昨日引いたであろう風邪の残滓を感じることは無かった。  
そういうこともあるかと、ぼくの中では質の悪い風邪として処理され、以前と変わらぬ日常を送っている。  
ただその日から何故だかぼくはチーズケーキが食べられない。食べられないだけでなく、チーズケーキという単語を聞くこともチーズケーキを見ることも心が拒絶する。  
全く不可解だと思う。けれどぼくがチーズケーキを食べられなくなった原因については考えないようにしている。それを知ってしまったらきっと後悔すると、心の深い部分が叫んでいるからだ。  
<終わり>  
 

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