彼女…田中十蔵の娘は自分の名前を嫌っていた。  
物心つく頃から、母と二人きりになると「あんな男と一緒にならなければ良かった。  
お前なんか…、…なんか生まなければ良かった」などと幾度となく言われ  
自分の名前が忌むべき呪いの言葉に感じるようになった。  
 
そんな母も彼女が十になる前に他界し、父である田中十蔵は  
百圓めあてに酒びたりの体をおして戦い、結果  
寝たきりになってしまった。  
 
父は自分の事を「お前」と呼ぶし、寂れた道場には誰も訪れず  
結果、人に名前を問われる事も無くなっていた。  
このまま、自分の名前を忘れてしまえれば良いのにと、彼女は思っていた。  
 
思わぬ事で、そうもいかなくなってしまったが。  
 
「オレは天兵。あんたは?」  
いきなり家に転がり込んできた男が問うてくる。  
「あの…あの、私は…田中・・です」  
うつむいたまま、小さな声でそれだけ言うのが精一杯だった。  
 
彼は恩人だ。父の仇を討ち、二十圓を差し出してくれた人。  
そんな彼に、まともな自己紹介一つ出来ない自分がひどく恥ずかしい。  
だが、この人に自分のみっともない名前を言うのはもっと嫌な気がした。  
 
もしかしたら怒らせてしまっただろうかと、彼の顔をそっと見てみると  
質問された時と変わらぬ表情で見つめられ、あわてて目をそらす。  
やたらと胸は高鳴っているし、彼女は混乱の絶頂にいた。  
 
「…まぁ、無理して言うこたないよ。とりあえず、しばらく世話になるからよろしくな」  
彼はあっさりとそう言うと、彼女に向かってニッと笑って見せた。  
ホッと一息ついた彼女も、微笑みながら「よろしくお願いします」と挨拶をし  
その場はとりあえず収まったようだった。  
 
「名無し…か。まぁうちの親もあんなんだったらしいけどな…」  
ぼそりと呟いた天兵の言葉は、彼女の耳に届く事はなかった。  
 
田中親子と天兵の生活は、穏やかに過ぎていった。  
 
天兵はふらりとどこかに行ったかと思うと、川で取ってきたらしき魚を持ち帰ったり  
十蔵の為に薬草を持って来たりもした。彼女が知らぬ間に、薪を山盛り割っていた事もある。  
 
まともに動けない十蔵の背を天兵が支え、彼女が薬を飲ませる。  
傍から見て「すまないねぇ」「おとっつあん、それは(略」とか  
そんな台詞の似合いそうな風情だった。  
 
近所のおばちゃんには「良い男を捕まえたねぇ」とからかわれ  
真っ赤になりながら否定をし、そっと天兵の顔を伺えば  
別段気にした様子も無く、彼女一人だけがアタフタしているようであった。  
 
「天兵さん…あの、すごくありがたいのですけど…なんだか申し訳なくて…。  
なぜ見ず知らずの私たちに、そんな親切にしてくださるのですか?」  
道場が潰れた時の、人々の変わり身の速さを見てきた彼女にとって  
天兵の行動は不思議なものだった。彼にとって何も良い事など無さそうなのに。  
 
「部屋を貸してもらってるし、メシを食わせてもらってる」  
天兵は事も無げにそう言い切ったが  
彼女には、とても納得できる答えではない。  
 
「そ…そんな!うちは立派でもないですし・・道場も見ての通り小さいです。  
ご飯だって質素で…」「うまいよ」  
彼女はぽかんと天兵の顔を見つめた。  
「あんたの作るメシ、うまいから。それで充分だ」  
 
「…あのっ!私にできる事がありましたら、何でも仰ってくださいね!」  
さりげなく言うつもりが、勢い余って叫ぶように口から出てしまい  
『顔から火が出るとはまさにこの事』だと思いつつ  
そのままうつむいてしまう。  
それでもやる気は伝わっただろうと、心の中で自分を慰めた。  
 
自分が天兵に対しできる事など、ほつれた着物を繕ったりだとか  
ご飯のおかわりをよそってあげたりだとか…その程度しかないと分かってはいても  
言わずにいられなかった。何か役に立ちたい、一心で。  
 
そんな彼女を、天兵はしばらく見つめていた。  
一瞬、何か…言いたくとも言えない、そんな表情になったが  
すぐに苦笑し、うつむく彼女の肩を軽く叩きつつ  
「ま、そのうち頼むかもな」とその場を去っていった。  
 
天兵に軽くかわされ、その背を見送るしかなかった彼女は  
へたり…とその場にうずくまった。  
自分の言葉は、一笑に伏される程度の物…分かっていても寂しかった。  
母の言葉が頭をよぎる。  
 
「それでも…」  
先ほどまで天兵がいた場所を見つめながら呟く。  
「それでも、あの方に何か求められた時は…」  
私にできる精一杯でお答えしようと、心に誓った。  
 
 
ほんのりと秋の気配が漂い始めたある日の事。  
天兵はどこかへ出かけ、十蔵は薬が効いたのかよく眠っており  
彼女は一人、道場の掃除に精を出していた。  
父が倒れ、もはや一人の門弟もなく寂れきってはいるが  
ここを放置する気はなかった。  
自分自身が戦った事は無くても、彼女は確かに格闘家の娘だった。  
 
「ふぅ…今日はこんなものかな」  
小さな道場とはいえ、一人での清掃は大仕事。  
すっかり全身汗だくになってしまい、着物が蒸れて気持ち悪い。  
「天兵さん、まだ帰ってこないわよね…」  
 
掃除道具を片付けた後、父の部屋に行き  
様子をそっと伺うと、変わらず安らかな寝息を立てている。  
静かにその場を離れ、ささやかな楽しみに向けて準備を開始した。  
 
塀に囲まれた庭にタライを持ってきて、その中に水を注ぎ  
傍らには綺麗な着物と手ぬぐいを置いておいた。  
なんとなく、きょろきょろと周りを見回した後、そっと帯を外す。  
しゅるりと衣擦れの音と共に着物の前がはだけ、汗ばんだ肌が露になる。  
 
十六になったばかりの体は、まだ幼さが残っており  
丸みを帯びた胸はそれほど大きくは無いが、張りがあり美しい形状で  
薄桃色の突起は彼女が動くたびふるふると揺れた。  
 
ホッ…と一つ息を吐く。  
汗を吸い、重くなっている着物を手早く脱いでたたむと、縁側の端に置いた。  
 
片足づつ水に入り、そぉっと腰をおろす  
水の冷たさにぶるりと全身が震えたが、じきに心地よさに変わっていった。  
 
風が小枝を揺らし、木漏れ日を作るのをうっとりと眺めながら  
水をすくい上げては体に掛け、そっとなでた。  
白く瑞々しい肌の上を水滴が伝い落ちていく  
木の陰と水の光が反射し、彼女を年齢以上に艶かしく見せている。  
 
「行水するの久しぶり…ふふっ、気持ちいいなぁ」  
彼女は昔から行水が好きだったが、天兵と暮らすようになってからは  
彼が出かけているときを見計らい、こっそり行っていた。  
 
「まぁ、私の裸になんか興味無いだろうけど…」  
ぼそりと呟き、今まであったことをぼんやりと思い出した。  
 
父が寝入った後の深夜、二人っきりで話をしていた時  
偶然手がふれあい、はたと見詰め合って…それから  
「にらめっこかよ。オレは負けねーぞ」と言われた事。  
 
突然の雷雨に驚き、とっさにしがみついてしまった時  
「鳴神がヘソ取りに来ても追い払ってやるから安心しろ」と言われた事。  
 
いつだって天兵は、余裕の笑顔で彼女を茶化すだけだった。  
 
そのまま天兵の姿を思い浮かべる。  
凛々しい眉と涼しげな瞳。時に女性のように見えるほど整っているが女々しさは無い。  
たくましい体つきに、素晴らしい身のこなし。そして何より恐ろしく…強い。  
髪はぼさぼさで無造作に結ってあるだけ、着物だってそんな上等な物ではないが  
それでも彼の魅力を損なう事は無かった。  
 
前に少しだけ聞いた話によると、天兵の母は異人の血もひいているらしい。  
それでどことなく日本人離れした雰囲気なのだと納得したのだった。  
その時、初めて出会ったときに言っていた  
「異国に来たら大きな顔はせずに、少しは畏れるものだ  
なんでも自分の国が一番だと思いすぎない方がいい」  
という言葉は、彼の母の教えなのかもしれないな…などと思ったのだった。  
 
父については「鬼だ」の一言で、とても納得できる物ではなかったが。  
 
『…私なんかより、あの方にはもっとふさわしい方がいらっしゃるわよね…』  
心の中で、そう呟く。  
しょせん自分は下宿先の娘でしかない、でしゃばった真似はしないように…と  
自分に言い聞かせてはいるものの、天兵のことを考えていると  
顔が高潮し、へそのあたりがきゅうっと締め付けられる感覚がして  
彼女は戸惑いつつも、タライの中で身悶えるのだった。  
 
せっかくの行水なのに、サッパリするどころか  
悲しい気持ちになる、変な感覚に襲われるで逆効果だと判断し  
さっさと上がってしまおうと決め、ゆっくりと立ち上がった。  
そこでふと顔を上げると…天兵が庭の入り口あたりに立っており  
お互いしっかりと目が合ってしまった。  
 
頭の中は真っ白で一瞬硬直したものの、すぐ我に返り  
とっさに胸を隠して中腰の姿勢から一気に水の中に戻る。  
激しくしぶきが立ち、けっこうな量の水がタライから流れ出た。  
それでも驚きのあまり、何の言葉も発する事ができないまま  
半泣きで天兵を見つめつづけていた。  
 
『…これは何かの間違い…というより、天兵さんは今帰ってきてしまったのね。  
そ、そうだ…変な所を見せてしまったんだから謝らなくちゃ…!』  
やっと少し落ち着いて、話し掛けようとした彼女だったが  
天兵の様子が何かおかしい事に気がついた。とても怖い顔をしている。  
そのままじっとしていろ…そういった事を訴えているのだと感じ取った彼女は  
混乱しつつも身を縮こませて、動かないようにした。  
 
天兵はゆっくりと塀に沿って歩き、彼女の左後ろあたりに位置する場所で止まると  
塀に向け、勢いよく両手を打ちつけた。  
そのあまりの勢いに、木でできた塀は吹っ飛ぶか木っ端微塵になってしまう!と  
思った彼女はますます身を硬くし、衝撃に備えた。  
だが、塀はびくともせず、その代わり塀の向こう側から  
何かが吹っ飛んで何かにぶち当たったと思われる音、それに  
「ぐぇっ」と蛙が潰れたような悲鳴が聞こえた。  
 
「…お前、覗かれてたようだな。  
外で不審な奴を見かけたんで、まずはお前らの様子を見てからと…」  
塀にある節穴を指差しながらの説明を、天兵は中断した。  
 
彼女は、節穴よりも覗きよりも、倒壊の様子を微塵も見せない塀に目が釘付けだった。  
正確には塀を傷つけず、塀の向こうにいる覗きを攻撃した天兵の技に心奪われていた。  
 
そっと塀にさわり、感嘆の溜息を漏らす。  
「天兵さん…すごいです!今のはいったい何なのですか?」  
瞳を輝かせて質問してくる彼女から目をそらさず、だけど少々困った顔で  
「教えてやらん事も無いが…着物をつけた後じゃ駄目なのか?」と答えたのだった。  
 
塀は吹っ飛ばなかったが、彼女の頭から自分の状況という物は吹っ飛んでいたらしい。  
そっと自分の姿を確認すれば、タライからは完全に這い出ており  
全裸で四つんばい、腕や太もも、胸の先など体中から水滴がしたたり落ちている姿で  
塀に触っているという、必要以上に煽情的な姿になっていた。  
…彼女は、本当に変な所で「格闘家の娘」だった。  
 
「〜〜〜!!」  
声にならない悲鳴をあげて、勢いよくあとずさった彼女は  
思いっきり、タライの水がこぼれて出来たぬかるみに尻餅をついてしまった。  
 
「……」  
「……」  
しばし、お互いなんとも言えない表情で見詰め合っていたが  
天兵は縁側に置かれていた着物を彼女に渡してやり  
「お前は家に入ってろ。オレは節穴をふさぐから」とだけ言い  
道具を取りに行ったのか、その場を去っていってしまった。  
 
居たたまれない気持ちで着物を羽織り、のろのろと立ち上がると  
お尻のあたりから太ももへ、泥水がタラリと垂れてくる。  
行水は完全に裏目と化していた。  
この情けなさすぎる事態も嘆かわしいが  
あんな恥ずかしい姿の自分を見ても、天兵は動じてくれなかったと  
思うと、本気で泣き出したい気持ちになっていた。  
 
「裸を見たら、お嫁に貰ってくれる決まりとかあればいいのにな…」  
 
彼女は知らぬ事ながら、覗きはあの後、正気を取り戻し  
そのまま寝ておけば良かったと心から悔やむ羽目になる。  
そいつは町のチンピラ軍団の末端で、その輩たちは  
寂れた道場の娘を誘拐でもして、おいしい思いをしようかなどと  
目をつけていたのだが…それが運のつき。  
上から下まで全員仲良く  
この世で地獄を見るという、滅多に出来ない体験をしたそうな。  
 
 
刻はゆっくりと、しかし確実にすぎてゆき  
静かに新年を迎え、また季節は移ろって行く。  
 
天兵が田中親子と暮らし始めて、十ヶ月が経とうとしていた。  
 
十蔵の娘は父の回復を信じ、天兵に教わった按摩をおこなったり  
ツボを押してみたり、かいがいしく看病をしていた。  
だが、長雨の続く六月…じめじめとした気候は  
寝たきりの十蔵の体を蝕んでいく。  
 
シトシトと降り続く雨を、天兵は縁側に立って眺めていた。  
ふと、自分を呼ぶ小さな声に気がついて振り向くと  
十蔵が手招いているのが見えた。  
 
「親父さん、起きてたのか。具合はどうだ?」  
「あ、ああ…だだだいぶいいよ…すま、すまないね…て、天兵君」  
後頭部に受けた一撃のせいで、十蔵のろれつは回らなくなっていた。  
「無理してしゃべらなくていい」と言いながら  
傍らの急須から湯飲みに水を注ぎ、片腕で背中を支え起こしてそれを手渡す。  
十蔵は震える手で湯飲みを持ち、飲み干した。  
 
天兵が片腕で支えられるほど十蔵は痩せ細っていた。  
格闘家としての面影は、もはやどこにも無い。  
神妙な顔の天兵に力なく笑って見せた。  
「めめ…面目ない次第だ…よ…へへへ…」  
 
「雨のせいで気が滅入ってるだけだろ、梅雨が過ぎりゃ体調も戻るさ」  
我ながら気休めな台詞だと天兵は思った。  
梅雨が過ぎれば暑くなる。夏の暑さに耐えられる保証などどこにも無い。  
 
ぱらぱら…ぱらぱらと、屋根に雨水が当たる音が響く。  
 
「いろ…いろいろ…ありがと…な…」  
礼を言う十蔵に、天兵は軽く笑った。  
「オレは何もしちゃいないよ。礼ならあいつに言ってやんな」  
 
「あ…あれには、ほほ、本当に…苦労かけ…た」  
十蔵は、知っていた。妻が隠れて娘に何を言っていたのか。  
あえて見ぬふりをし、自分の力を誇示する事だけを考えた。  
それがどんなに娘を傷つけていたか。  
 
…自分の不甲斐なさで、娘を不幸にしてしまった。  
だが、娘はいつも自分を慕い、尽くしてくれた。  
こんな状況にならなければ分からなかった自分が情けなくて、涙がこぼれた。  
 
「て、天兵君…ああ、あの子を…た、頼むよ…」  
「……それは…」  
天兵はうなずく事が出来ないでいた。  
 
「わか、分かっている…君は…なな何か成さねば…ならない事が、あああるのだろ…?」  
「……」  
「そ、それが…どんな困難な、こ、事か…知れん…が、その上で…頼む。  
済んだらで、いい、いいんだ…。あの、あの子は…君が…」  
 
「ご飯できましたよ〜!今日の煮物はなかなか自信作…あら?」  
カチャカチャと賑やかに、ふすまの向こうから夕餉の準備をする音がして  
十蔵の最後の一言はかき消された。  
さっきまで縁側にいた天兵の姿が見えず、探しているようだ。  
そこで話は打ち切りとなった。  
 
 
翌日、昨夜までの雨が嘘のように空は晴れ渡っていた。  
雲ひとつ無い青空を見て、十蔵は少し微笑み…息を引き取った。  
天兵が走って連れて来た医者も間に合わなかった。  
 
物言わぬ父を前に、彼女は力なくへたりこんでいた。  
あまりに突然で、事態が飲み込めない。  
「弔って…やろう、な」  
そっと声をかけられ、ぴくりと肩が揺れた。  
ゆっくりと生気の抜けた顔を向けると  
「…わたし…なにか、まちがえましたか…?」と、呟く。  
それに対し天兵は、首を横に振り、一言「それは無い」とだけ答えた。  
すると、今まで抑えてきた物があふれたかのように  
彼女の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ち  
そのまま胸元にしがみついて、声をあげ泣き叫んだ。  
 
彼女が泣き疲れて寝息をたて始めても、天兵は優しく背中を叩きつづけていた。  
 
 
墓前に線香の煙が立ち昇り  
父の眠りが安らかであるよう、祈る。  
 
「仇討ちでもするか」  
思ってもみなかった言葉が返ってきて、彼女は慌てた。  
 
今まで心の中に留め、父にも言った事の無かった柔術への思い。  
柔道がもてはやされ、柔術は時代遅れで弱いなどという風潮に  
今まで父や先代が培ってきた事すべてを否定されているようで  
悔しくて、かといって何もできない自分にも腹がたち、涙があふれた。  
そういった気持ちを天兵に話してみたら、あんな返答をされたのだった。  
 
うろたえる彼女に軽く謝罪し、自分の都合だからと言い直した。  
「講道館に行って、西郷四郎に文をとどけて欲しいんだ」  
 
彼女は立ちあがって、まっすぐ天兵を見つめた。  
 
…ああ、やっぱりこの方は優しい人だ。  
この一戦は、彼の人生においてとてもとても重要な物となるだろう。  
そんな大切な事の中に、私の気持ちも汲んでくださっている。  
何の役にも立てない自分を、かかわらせてくれようとしている。  
 
以前、自分の中で立てた誓いを思い出す。  
この方が何か望んだら、自分の精一杯でお答えしようと…  
 
そう思いつつ、天兵に返した返事は一言、「いや」だった。  
 
結局、天兵は西郷四郎へ文を書き  
彼女はそれを講道館へと持って行く事となった。  
ちらりと、こんなもの破って捨ててやろうかなどと心によぎったが  
それでは自分を信じて文を託してくれた天兵に顔向けできない。  
覚悟を決め、講道館の門をくぐった。  
 
無事に文を届け終え、もう一度父の墓前へと足を運んだ。  
手を合わせ、呟く。  
「…父さん…私は恩知らずな女です…でも…私…」  
彼女は一人、嗚咽を堪えた。  
 
 
夕刻になり、中野橋前でおちあった時には  
天兵の腰に白い帯、それに年代物の刀が差し込まれていた。  
文を書き終えた後「名を継いでくる」と言い残し、出て行ったのを思い出す。  
名を継いだことで、彼の何が変わったのだろう…と彼女は思った。  
そして、自分の名を忌み嫌い、捨てたいと思っている自身を思った。  
 
蒼い月の下、死闘は行われた。  
彼女は何度も目をそらし、涙を流し、悲鳴をあげ  
この戦いを止めようとし、逆に天兵の父である出海に止められたりしたが  
その場を離れようとだけはしなかった。  
 
最後の瞬間、何が起こったのか分からなかった。  
目に涙がたまっていて、視界がぼやけていたのもあるが  
出された技のあまりの速さに、動きを捉えられなかった。  
それが父の仇を討ったあの技…「雷」だと分かったのは  
ずいぶん後で落ち着いてからの事だった。  
 
 
西郷四郎が地に倒れ、天兵もがくりと膝を折った。  
出海が手を離すと同時に、彼女は転げるかのように駆けていった。  
その背を出海はゆっくりと追う。  
 
「天兵さん!天兵さん…し、しっかりなさって…!」  
倒れている天兵の傍らにしゃがみこみ、涙を流しながら名を呼びつづけた。  
天兵の顔に彼女の涙がぽたぽたと落ち、流れていく。  
すると天兵はゆっくりと目をあけ、ちょっとだけ笑いながら  
「お前はほんとに…よく泣くよな…初めて会った時から…」と呟いた。  
 
完全に気を失っている西郷を、出海が背に担ぎあげた。  
彼女は無造作に置かれたままになっていた刀を拾い上げ  
しっかりと天兵を支え、気遣いながらゆっくり歩き自宅へと戻った。  
 
家に着いてからの彼女は、先程までの何もできず  
泣くばかりだった人と同一人物とは思えない動きを見せた。  
 
お湯を沸かし、清潔な手ぬぐいをたくさん持ってきて浸す。  
自分の布団を敷いて、そこに西郷を寝かせるように言った。  
天兵は「お前の布団に…?」と、微妙な顔をしたが  
薬と包帯の用意に忙しい彼女は「大丈夫ですよ、ちゃんと干しましたから」と  
気にもしていないようだった。  
 
西郷の足から流れる血を拭う。普通の女性なら目を背けたくなるような傷だが  
顔色を変えず止血を施し、折れた指もきっちりと固定した。  
「朝になったらお医者様をお呼びしましょう…」  
 
出海は天兵に薬草つきの包帯をギッチリ巻きつけた。  
それによる息子のうめき声を無視しつつ  
「見事な手際だなぁ、嬢ちゃん」と彼女に声を掛けた。  
「小さい頃から…道場で怪我をされた方の治療をしていましたから…」と  
手を止めず、照れくさそうに答えた。  
 
ざっと治療が完了し、一息ついた所で  
出海は「さてと…オレは一足先に帰るとするか」と立ち上がった。  
「え…お父様は天兵さんの傍には…?」  
驚く彼女に「オレがいては治るもんも治らんと言われそうでな」と笑った。  
 
「手間掛けるが、あれをよろしく頼む」  
玄関先まで見送りに出た彼女にそう言うと  
「あ、はい!しっかり治療に専念していただきますので」との答えが返ってきた。  
ニッと笑って「またな」と、その場を後にした。  
背にかかる「お父様もお気をつけて」の言葉に  
「お父様…かよ。まぁ悪くないな…」と、上機嫌だった。  
 
 
彼女は家に戻り、ちらりと西郷の様子を伺うと  
先ほどと変わらず眠りつづけているように見える。  
そっとふすまを閉めて、天兵の部屋に向かった。  
 
「天兵さん…起きてらっしゃいます?」  
控えめに声を掛けると「ああ」と返事があった。  
そっと部屋の中に入ると、布団の上であぐらをかいている天兵と目が合う。  
何となく不機嫌そうな顔に、彼女は慌てた。  
『…ど、どうしよう…怒ってるみたい…?  
昼間の文の事かしら…それともさっきの治療で西郷を優先したから…』  
西郷のほうが重症だったと言う事もあるが、父親の前で  
天兵の体にベタベタ触るのがはばかられたから、なんて理由は言えない。  
 
「あの…あの、ごめんなさい…」  
しょんぼりして謝ると、いきなり天兵が吹きだした。  
目を丸くする彼女に「お前はからかい甲斐があるよなぁ」と  
クックッと笑いながら言った。  
「も…もぅ…!」  
顔を赤くしてそっぽを向くも、内心ホッとしていた。  
ふと、天兵の視線を感じたので、彼女もそちらを見つめ返した。  
 
…無事でよかった…。  
彼女は心からそう思った。  
勝った事より、ただただ無事でいてくれたのが嬉しかった。  
 
とつぜん目頭が熱くなり、天兵の顔がにじんで見えた。  
気付かれたら、また泣いてると笑われそうなので  
目をそらしてごまかしながら言った。  
「きょ、今日のところはお疲れでしょう…ゆっくりお休みになって下さいね  
私は朝一でお医者様をお呼びする為にこのまま起きていますから…」  
 
立ち上がり、部屋から出て行こうとすると  
突然手首をつかまれ強い力で引き戻されてしまった。  
布団の上に座らされて、横を向けば間近に天兵の顔。  
何が起こっているのか理解できず、彼女の口はぽかんと開いたままだった。  
 
「すまんが…しばらくこうしていてくれ」  
天兵の顔が胸元に近づく気配を感じ、思わずぎゅっと目を瞑る。  
『わ、わたし…っ!こころのじゅんびとかそういうのなんにも…!!』と  
歯を食いしばって身を硬くしていたが…ふと落ち着いてみれば  
天兵は彼女の膝を枕に、すやすやと寝息を立てていた。  
 
しばらく天兵を見つめて、ホッと息を吐いた。  
どっと疲れが襲ってくる。  
『そうよ…天兵さんが私なんかにそんな…ある筈無いし…馬鹿よねぇ私…』  
 
天兵の寝顔はあどけなく、ほんの数時間前に見せた  
修羅の如き恐ろしい形相からは、とても想像出来ないくらい幸せそうに見えた。  
彼女はおずおずと遠慮がちに手をだし  
天兵の頭をそっと撫でながら、小さな声で「お疲れ様」と労った。  
 
 
日が昇り、彼女は医者を呼びに行き  
天兵と西郷を診てもらった。  
 
医者は「命に別状は無い」と言い  
「こんな状態で命に別状がない患者は初めてだ」と  
少々不気味がって帰っていった。  
 
三日目には西郷も目を覚まし、彼女に一礼をしたのち  
足を引きずりつつも自力で歩いて出て行った。  
 
天兵は怪我なんかしていないかのように動き回っているし  
もしかしてこの方たちは、本当に人ではないのかも…と彼女は思った。  
 
 
夜も更け、彼女はそっと風呂から上がり  
洗い髪を手ぬぐいでぽんぽんと叩き、乾かしていた。  
涼しげな水色の浴衣に、腰まである長い髪が影を落とす。  
 
「…ふぅ…」  
ここ数日間で、いろんな事があった。  
そして、それはすべて終わってしまったのだなと思った。  
 
ふと、戸棚の上に置きっぱなしになっている、天兵の刀に目が止まった。  
そっと手に取ってみると、ずしりと重みを感じる。  
詳しくは知らないが、彼の一族の名を継いだ者だけが  
この刀を持つ事が出来て、それが千年だかたいそう長い間続いているとの事。  
あまりにも壮大な話に、正直彼女はピンと来ていなかった。  
 
ただ、この刀を…「陸奥」と言う名を継ぐという事の重みや責任は  
彼女にも感じる事が出来た。  
負けが許されない人生というのは、どんな物だろうか。  
いつも一歩ひいてしまう自分には一生分かるまいと思いつつ  
それはとてつもなく恐ろしい事だと感じていた。  
 
力を入れ少しだけ抜いてみると、白刃が輝き彼女の顔を映し出す。  
刃こぼれ一つ無く、刀の事は良く分からない彼女にもこれは業物だと感じられた。  
じっと見ていると、なにやら薄ら寒い感覚に囚われ、いそいで刀を納めた。  
 
「なんか面白いものでも映ってたか?」  
背後から声を掛けられ、彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。  
天兵は先に風呂に入って、部屋に戻っていたので  
もう寝ているとばかり思っていたのだった。  
 
「おもちゃじゃないからな…うかつに触ると危ないぞ」  
「ご、ごめんなさい…。大切な物を勝手に…」  
いたずらを咎められた子供のように恐縮して、刀を手渡した。  
 
刀を受け取った天兵が、その場にどっかり座り込んだので  
彼女もちょっと離れて正座をした。  
彼女が動くたびに、長い黒髪がふわりと揺れる。  
 
「あのぅ…その刀…」  
「ん?」  
「その…陸奥一族は無手で無敗を誇って来られたのですよね…  
それなのになぜ、刀を伝えていらっしゃるのでしょう…?」  
 
あえて目指す物と異なる物を身に付け、己への戒めとしたのだろうか?  
彼女は真剣に考えて、そう質問してみたのだが  
天兵から返った答えは「包丁がわりだったんじゃないか?」だった。  
 
その答えにくすくす笑いながらも、彼女は  
「でも廃刀令もありますし…持ち歩くのは大変ですね」と聞いた。  
「そうだな、親父もそれでめんどくさい目に合ってた。  
オレはめんどくさいのは嫌だから」  
 
天兵は彼女の瞳を見つめた。  
「だから…オレは里に帰るよ」  
 
ずきんと胸が痛むのを感じた。  
ついにこの時が来てしまった…と、彼女はうなだれた。  
成すべき事を成した天兵に、もうここにいる理由など何も無い。  
それにきっとお里には、彼を待つ女性もいる事だろう。  
 
最後まで泣いていては、彼の門出に水を差す。  
そう思い、彼女は必死で涙をこらえて、微笑んで見せた。  
「…そ、そうですね…あの…じゃぁ…おにぎりとか作りますね。  
長旅になりそうですし…あ…他にも何か、必要な物はありますか…?」  
 
天兵は、自分にそう問い掛ける彼女をしばらく見つめて  
そっと彼女の手をとり、優しく両手で包みこんだ。  
天兵の大きな手に自分の手を包まれて、彼女はきょとんとしていた。  
 
「必要なのものは…これだな」  
「え…っ。わ、私の手を引っこ抜いていくおつもりですか?!」  
 
天兵の肩ががくりと下がる。  
「…お前…」  
「え、だって…そんな…」  
 
「必要な者はお前だ。手だけじゃないぞ…その、オレと一緒に…来てくれないか?」  
半ばやけ気味に、天兵は言い切った。  
いつもの余裕はみられず、顔が赤く目も逸らし気味だ。  
 
「え…?え…?でも…あの…」  
彼女は目を丸くして、信じられないと言いたげに首を振った。  
「天兵さんは…今まで、私なんかに興味ないのだとばかり…」  
 
「…家訓があるんだ」  
「か…家訓、ですか?」  
苦々しげに、天兵は言った。  
「『殺気と色欲は極力抑えるべし』ってな・・・。」  
 
それは『一人前にもなってない奴が女子に手を出すなど千年早いわ』という血の掟。  
ご先祖様は、己の血がどのような物か良く分かっていたようだ。  
 
 
あの日、なんの気なしに立ち寄った拳闘と柔術の見世物。  
一目で実力差を見破った天兵は、もうそこに用は無い筈だった。  
だが、舞台袖で父の戦う姿を真摯に見つめる、一人の娘に釘付けられた。  
 
体も精神も鍛え上げられているとはいえ、天兵は十八歳。  
隙だらけな彼女の、他意の無い煽りに何度もぐらつきそうになっていた。  
『身近に強敵がいたものだ…』と思いつつ、表面上は余裕を装う。  
そんな涙ぐましい努力を彼女は知らずにいた。  
 
 
一方、彼女の頭の中には  
『家訓って他にどんなのがあるんだろう、誰がどんな顔して作ったのだろう』  
などと、どうでもいい考えが渦巻いていた。  
 
「…で?」  
「えっ、…あ!」  
天兵の言葉で一気に正気に返る。  
 
「…あの、あの…本当に、私なんかで…よろしいのですか?」  
こわごわ天兵に尋ねれば、しっかりと頷き  
「お前がいいんだ」と返ってきた。  
天兵の顔は『もうこんな恥ずかしい事は二度と言わん』と語っている。  
 
ボロボロっと、彼女の瞳から大粒の涙があふれた。  
嬉しいやら恥ずかしいやらで、嗚咽が止まらない。  
こんな形で、誓いが果たせるとは夢にも思っていなかった。  
「…っきますっ…!ついて行きます…お傍にいさせて…下さい!」  
 
そのまま天兵の胸に体を預けると、しっかりと両腕で抱きしめられ  
彼女は幸福感でいっぱいになりながら、涙を流しつづけた。  
 
しばらくそうしていると、彼女もだいぶ落ち着いてきたのか  
浴衣の袖でしきりに顔をぬぐっている。  
天兵は彼女の頭を撫で、濡れた頬に触り  
そのまま顎にそっと手を掛け、顔を上げさせた。  
『あ、こんな顔が近くに…』と彼女が思った時にはもう、くちづけられていた。  
 
最初は軽く、互いの唇の柔らかさを楽しむように  
優しく触れ合っているだけだったが  
天兵の舌が彼女の唇をそっと舐めると、彼女の体がビクンと跳ねた。  
 
彼女の頭を右手で撫で、もう一方の手は背中を抱きしめると  
薄い浴衣越しに、柔らかな胸が押し付けられる感覚が伝わってきた。  
 
背中に立ち上るゾクゾクとした快感と、うまく息の出来ない苦しさで  
彼女の唇は自然に開いていった。  
そこに、天兵の舌が遠慮なしに進入する。  
くちゅっくちゅ…ぬちゅ…  
天兵の舌が彼女の口内を蹂躙する音が響いた。  
 
「んふぅ…んんぅ…っんー…!」  
堪らず、彼女は逃れようと両腕に力を入れ、押し戻そうとするも  
天兵の体はびくともせず、よりいっそう強く抱きしめられてしまった。  
 
彼女の腰から下はがくがくと震え、力が入らなくなってきた頃  
天兵はようやく唇を離し、彼女は荒く息をついた。  
二人の唇の間に、てろりと唾液の糸が引いた。  
 
「は…はぁ…っはぁ……て、天兵さん…」  
恥ずかしさと息苦しさで顔を赤く染め、彼女は天兵の胸元にしがみついた。  
背中に両腕がまわされたのを感じ、抱きしめてくれるのかしらと思っていると  
ぐっと体を押し付けられ、気付けば床に仰向けで寝転んでいた。  
 
体の上に天兵の重みを感じ身をよじると、浴衣の衿がはだけ、鎖骨がのぞいた。  
彼女は顔を赤くして浴衣の乱れを直そうとしたが  
天兵はそれより早く、細く白い首すじを舐めあげた。  
「ひゃんっ…!」  
ちゅうっと音を立てて吸うと、赤く跡が残る。  
 
少し顔を上げて、耳にふーっと息を吹きかけると  
彼女はくすぐったそうに身を縮め  
そのまま、耳たぶに軽く歯を立ててやれば、ぴくんと体を揺らした。  
自分のする事にいちいち反応してくる彼女の身体に、天兵は悦んでいた。  
 
天兵の緩やかな責めに何も考えられず、されるままになっていた彼女だったが  
彼の手が、浴衣の胸元に差し込まれようとした時、はたと正気に戻ってしまった。  
 
「だっ、駄目ですよ天兵さんっ!!」  
「…なんなんだよ、急に…」  
興をそがれて少々むっとした天兵は、彼女を組み敷いたまま聞いた。  
 
「お怪我がまだ治ってませんのに…こ、こんな事…いけません…」  
頬を染めて、目をそらし、か細い声で言う。  
とりあえず、自分との行為が嫌だとか  
そういう理由ではない事に安堵した天兵は、少々意地の悪い事を考えた。  
 
「こんな事ってどんな事だ?」  
「…え?あの…」  
「何がどうしていけないんだ?説明してくれんと分からんよなぁ」  
 
『こ…こんな事って言ったら…こんな事なんだけど…え?』  
天兵の顔を見れば、大変楽しそうな顔で見つめてくる。  
 
どうやら天兵は、その行為について  
自分の口から説明させたがってるのだと気付き  
彼女は頭のてっぺんから胸元までカアッと熱くなるのを感じた。  
 
「しっ知りませんっ!ご自分で考えてください!!」  
両手で顔を覆って、そっぽを向いてしまう。  
 
そんな彼女の耳元に、天兵は顔を近づけ  
「なんだ…説明できないくせに、いけない事だと分かるのか?  
じゃ、気にせず続けていいんだよな…?」と囁く。  
「そ、それは!…その…」  
 
天兵の体は心配だが、男女の営みについてなど…  
そんな恥ずかしい事は口が裂けても言えない。  
 
必死で葛藤する様子が可愛くて、そのままじっと見つめていると  
彼女の瞳にじんわりと涙が浮かんでくるのが見え  
思わず頭を掻きつつ『…やりすぎた』と反省する事になった。  
 
「すまん、もう聞かないから泣くな…。それに」  
目に涙を浮かべたまま、彼女が小首を傾ける。  
「陸奥は傷の治りが早い。だから安心しろ」  
 
…冷静に考えれば、あまり解決になってない言葉なのだが  
彼女は何となく納得して頷いてしまう。  
「その…分かりました…。あの、でも…ここじゃちょっと…」  
もじもじと身をよじり、天兵の腕から逃れようとしながら願うのだった。  
 
天兵はさっさと起き上がり、ひょいと彼女を姫君抱きにして持ち上げた。  
重みが無いかのように、自分を持ち上げた彼に改めて感嘆するも  
もう逃れようがない事を実感し、彼女の体は少しだけ震えた。  
恐怖心はとても強かったが、それと同じくらい  
体の奥底から沸いてくる衝動のようなものを、彼女は感じていた。  
 
天兵は彼女を抱きかかえたまま、自分の布団の上にあぐらをかいた。  
彼女の体をずらし、あぐらの上に腰をおろした状態で座らせる。  
 
背中に天兵の厚い胸板を感じながら  
『この格好なら、間近で顔を見られずに済むからいいかも…』などと  
思っていると、耳の後ろにくちづけられて、ビクンと体が跳ねてしまう。  
敏感な首筋に舌での愛撫を施しつつ、天兵の手が浴衣の衿を引き  
するりと脱がしてしまっても、彼女は抵抗しなかった。  
 
天兵の両手が、彼女の柔らかな膨らみに触れ  
下から持ち上げるように揉みしだきはじめた。  
彼女の胸は、彼の大きな手にすっぽり収まってしまう程度の大きさだが  
しっとりとして張りがあり、力を加えればそのように形を変えた。  
自分の手が埋もれてしまうような感触に、力が入り過ぎないように慎重にしつつも  
頭の芯がピリピリと麻痺してくるのを天兵は感じていた。  
 
天兵の大きく暖かい手が、自分の胸を鷲掴む快感に  
ぴくぴくと体を跳ねさせながらも  
口元に手をあて、必死で声を抑えていた彼女だったが  
硬く立ち上がっていた桃色の突起をつままれ  
「ああんっ!」と声をあげてしまった。  
初めて聞く自身の『女の声』に狼狽し、またきつく口を閉ざす。  
 
「こら…声出すの我慢すんなよ」  
「だ…って…あっ…は、はしたない…です…っ」  
乳首をクニクニと弄られ、あふれ出そうになる声を両手で押さえ  
彼女は首を左右に振った。  
 
仕方ねぇなぁ…と、口元を覆っている両手を掴み、彼女の背中にまわした。  
それを天兵は自分の両腕で挟み込み、そのまま胸を弄り始めた。  
「てっ、天兵さんっ!?やっ…は、離してぇ…!」  
驚く彼女に構わず、天兵は二つの膨らみを掴みあげる。  
彼女の力では、彼の拘束を解くことなど出来る筈もない。  
「ふぅっ…んっ…!んん…」  
鼻から抜けるような声が漏れ、強く瞑った瞳から涙がこぼれた。  
 
「変な所で強情なんだな…」  
天兵が苦笑しつつ言う。  
「恥ずかしがるなよ、オレしか聞いてないんだから…。  
お前の声って可愛いからさ、聞かせて欲しいんだ」  
 
「…う…」  
可愛いと言われてときめいてしまった。  
我ながらなんと単純なのだろう…と思いつつ  
ちょっと振り向いて天兵の顔を見てみると、ニィと笑いかけられた。  
 
観念してこくりと頷くと、天兵の腕から開放された。  
さっきからなんだか意地悪な事をされてる…と、ぼんやり思ったが  
天兵の事を嫌う気持ちは湧いてこない。  
それどころか、体をぞわぞわと這う快感に  
自分の体は何かおかしいのではないかと、少々不安になった。  
 
天兵は彼女の体を横抱きにし、胸元にくちづけた。  
「きゃっ」と小さな悲鳴を聞いたが、構わずに  
彼女の乳首に舌を這わせ、もう片方の胸を揉みしだく。  
 
ちゅぱ、ぴちゃっと音を立てながら吸い付き、舌先で転がし  
軽く歯を立て、彼女の柔肌を堪能すれば  
「はっ…あう…ああ…んっ」と、震える声が返ってきた。  
 
胸を舐めながら、右手を彼女の太ももに添え、すす…っと撫で上げる。  
そのまま、浴衣の内側に手を差し入れてみた。  
少し汗ばんできた肌は、どこもすべすべしており、柔らかく暖かい。  
就寝前だったので、彼女は浴衣以外なにも身につけていなかった。  
 
下半身をまさぐられる感覚に、思わず身をくねらせていた彼女は  
天兵が自分の腰から下に残る浴衣をまくり上げようとするのを感じ  
とっさに押さえつけようとしたが…それは止めた。  
 
どうせ抵抗した所で彼には通用しない。  
恥ずかしがっていても仕方ないのかも…と、呆ける頭で思い始めていた。  
 
天兵に裾を思い切り引っ張られ、水色の浴衣は  
腰に残る帯以外、もはや着物として機能していなかった。  
 
細くなだらかな曲線を作る腰に、むっちりとした太もも  
日に当たる事がほとんどない秘所は透き通るように白く  
柔らかそうな陰毛は辛うじて生えているといった様子で  
彼女の大切な場所を隠すには、あまり役立っていないように見えた。  
 
覚悟をしたとはいえ、やはり恥ずかしい。  
何かにすがりつきたくて、とっさに天兵の首に両腕を絡ませた。  
 
「前に見た時より綺麗になったな…」  
耳元で囁かれる、熱のこもった言葉に  
彼女は驚き少しだけ顔をあげた。  
 
「…そ…そんな事は…無いかと…」  
「いや、本当に…そう思うぜ」  
 
彼の言葉が彼女の身体にじんわりと響いた。  
 
…そう…なんだ、私…綺麗になったんだ……それなら…  
もっといっぱい…みられちゃっても…だいじょうぶ…かな…。  
 
首にしがみつく彼女を左手で支え、唇を奪い互いの唾液を啜る。  
右手で体を撫で回せば、はぁはぁと息を荒げる彼女につられて  
堪らない気持ちになり、天兵はそのまま彼女の秘裂に指を割り入れた。  
 
くちゅり…  
天兵の指を濡らす感覚があった。  
ねっとりと、秘所を伝う愛液。  
そこは熱くぬかるみ、やわやわとした感触に彼の身体が熱くなる。  
清純な身体の奥に、こんな淫らなものが隠れていたのかと  
思わず唾を飲み込んだ。  
 
その液体を指に絡めながら、優しく滑らせれば  
ぬちゃっぴちゃっと水音があがり  
その度、彼女は身体を引きつらせ、嬌声を上げた。  
 
「はぁんっ!あっ…ああ…ひゃあぁん!!」  
柔らかなヒダをすり上げ、小さく硬い隆起物に軽く触れると  
がくがくと身体を震え上げて、ますますきつく首にすがり付いてくる。  
 
彼の怪我は完治しているわけではない。  
あの戦いで首を強く絞められ、その痕はまだ残っており  
彼女がしがみつけばズキンと痛んだが  
理性を保つにはちょうど良いかも知れないと、天兵は思った。  
 
天兵は指に力を入れ、少しだけ奥に潜り込ませようとしたが  
きつく拒まれる感覚と、彼女の「いたっ」という声に動きを止めた。  
自分のごつくて太い指が、彼女を傷つけたのかとヒヤリとした。  
 
動きを止めた天兵に、彼女も焦っていた。  
たしかに、今まで自分でもあんな所に触った事などなく  
まったく慣れていない訳だから…痛みはするだろう。  
しかしあの程度の痛みにも耐えられないなんて  
自分はなんて子供なのかと、情けない気持ちになった。  
 
痛いのは怖いが、それ以上に、そこに添えられたままの天兵の指から  
じんじんと伝わってくる快感に、彼女は悶えた。  
『やめないで下さい…もっと…して…』  
心の中で哀願するも、声には出せなかった。  
 
濡れた目で天兵を見つめるも、指は引き抜かれてしまった。  
落胆しうつむきかけると、彼が少し身を引いて  
自分を布団に横たわらせようとしているのが分かった。  
長く艶やかな黒髪が布団に広がり、彼女の白い肌を際立たせる。  
 
先ほどまで腕の中にあった天兵のぬくもりが失われて  
寂しい気持ちになった彼女は、目を瞑り両手で自身を抱きしめた。  
そうしていると、いきなり脚を掴まれ大きく開かれて  
驚いた彼女は上半身を起き上がらせた。  
 
天兵が脚の間に割り込み、秘所を指で開いてしげしげと眺めていた。  
 
彼女の中は桃色で、愛液によりてらてらと濡れそぼり  
密かにひくついて彼を誘っているようだった。  
皮に包まれた肉芽はぷっくりとたちあがっている。  
 
「なっ…あっ、あのっ…」  
あまりの事に頭の中が白くなりつつ、彼女は無意識に後ずさろうとしたが  
天兵の腕にしっかり押さえつけられ、動く事も脚を閉じることも出来なかった。  
 
『みら、見られてる…あんな近くで…ぜっ、全部…!!』  
 
彼の視姦に、泣き出しそうなくらい恥ずかしがっていても  
彼女の身体は勝手に反応してまた蜜を溢れさせてしまう。  
それを見た天兵に「お前…やらしいな」と言われ  
羞恥が彼女の全身を染め上げた。  
両手で顔を覆い、いやいやと首を左右に振る。  
 
そんな彼女の秘所に、天兵は口をつけた。  
熱くぬるりとした物が這いずる衝撃に彼女は息を飲み  
身体を硬直させた。  
 
大きく舐め上げても、蜜は溢れつづける。  
それをわざと大きな音をたてて吸い、飲み込んだ。  
花芯に舌を這わせ、尖らせつついてみたり、押し付けたりして刺激する。  
 
肉芽を舌先でちろちろと舐めつつ、ゆっくりと膣内に指を差し込んだ。  
やはり強い締め付けはあっても、先ほどよりは容易に進み  
壁をこすれば指先にざらっとした感触が伝わった。  
 
「ああっあっ!あっ、やだ、いやあ!あああっ!!」  
彼女は下半身から競り上がって来る快感に抗えず腰をくねらす。  
否定の言葉を上げつつも、腰は自然に浮き  
天兵の顔に秘所を押し付けるかのようになっていた。  
次第に切羽詰ってくる彼女の声に、天兵は動きを激しくし  
強く肉芽を吸い上げた。  
 
「…っ!あっ…あっあああああああーーっ!!」  
彼女は身体をのけぞらせ、激しく全身を痙攣させ、達した。  
 
しばらく激しく息をつき、ひくひくと身体を揺らし、脱力していた。  
股の間から、天兵の唾液と自分の愛液が混じりあった物が垂れ落ちるのを感じる。  
悦楽のような恐怖のような、こんな思いをするのは生まれて初めてで  
彼女は両手で顔を覆い、また涙を流した。  
 
天兵はそんな様子の彼女を抱き寄せて、優しく頭を撫でた。  
子猫のように縋り付いて、ほお擦りしてくる彼女に  
「今日はこれくらいにしとこうな」と伝えた。  
その言葉に驚き、彼女は目を丸くして天兵の顔を見つめた。  
 
未発達な彼女の身体に対し、己の身体は凶暴すぎる。  
下半身は痛いくらい立ち上がっているが、我慢は慣れている。  
これから少しづつ慣れていってもらえばいい…と、天兵は判断したのだった。  
 
だが、彼女はもじもじと身体を揺らしつつ、しばらく考えた後  
思い切って「私も…天兵さんに同じことしても良いでしょうか!?」と  
彼の顔をまっすぐ見つめながら言った。  
 
「…無理しなくてもいいんだぞ」  
気遣わしげに言う天兵に、彼女は首を振り  
「してみたいんです。…は、初めてなので  
うまく出来なかったら申し訳ないのですが…」と返した。  
それを聞き、天兵は軽く頷いたのだった。  
 
浴衣も帯も取っ払われ、全裸の自分に対し  
彼はまだ、すべての着物を身につけたまま。  
そんな状態も恥ずかしいので、彼女は天兵の着物に手をかけた。  
 
刀を挿すための白い腰紐を引きながら、彼女は考えていた。  
 
あれはまだ天兵と暮らし始めて間もない頃。  
桶を持ち、井戸に水を汲みに行くと  
その前でなにやら話に花を咲かせている、近所の奥様連中に捕まった。  
彼女らが話題にあげていたのは天兵の事。  
整った容姿と逞しい身体を持つ彼に、奥様方は興味しんしんだった。  
 
「で、どこまでいったのよ?」  
「は?」  
…どこまでとは、どこだろう。  
キョトンとする彼女に、奥様方は大笑いした。  
 
はっきり事を訊ねられ、「私達はそんなんじゃありませんっ!」と  
顔を真っ赤にし、大慌てで否定したのでまた笑われる。  
そこでいきなり、人生の先輩である奥様方による  
『男の悦ばせ方講座』が始まってしまったのだった。  
 
彼女は貧血を起こしそうになりつつも、最後まで聞いてしまった。  
よろよろと家に帰ると、ばったり天兵に出くわして  
まともに顔が見られずオロオロしていると  
「お前、水汲みに行ったんじゃなかったか?」と尋ねられた。  
 
彼女の頭の中はいっぱいいっぱいだったが  
桶の中身は空っぽだった。  
 
あの時習った事を、必死で思い出す。  
困った奥様方だが、今は心から感謝していた。  
 
 
袴の紐を緩め、彼女は少し躊躇した後  
えいやっと思い切って脱がしてしまった。  
一文字に締められた帯を解くと、天兵の白い着物がはだけた。  
そこには、先の戦いで受けた傷に巻かれた包帯。  
そしてよくよく見てみれば、体のあちこちに無数の古傷があり  
彼女の目はそれに釘付けになった。  
 
動きを止めた彼女に、天兵は少し顔を曇らせた。  
包帯を替えるのを手伝いたいという彼女に、やんわりと断りを入れ  
彼は自分一人で行っていた。  
生々しい傷跡に、彼女が怯えるのではないかと心配していたのだ。  
 
だが彼女は怯えてはいなかった。  
陸奥の業は、血と鍛錬により磨かれる。  
幼い頃の彼が、もっと強くなりたいと願い  
歯を食いしばって耐えている姿が見えるようで  
彼女の目頭は熱くなっていた。  
 
「この傷ひとつひとつが、今のあなたを造ったのですね…」  
愛しげにつぶやいて、古傷をそっと撫でた。  
瞳を潤ませて微笑む彼女に、天兵も微笑み返した。  
 
『今までいっぱい痛い思いをなさってきたのだから…  
私は少しでも気持ちよくしてさしあげたい!』  
彼女は完全に腹をくくった。  
 
最後の一枚を、手に汗かきながら外すと  
天兵のものが起ちあがっているのを目の当たりにした。  
それは大きく反り返り、先走りで濡れている。  
…腹はくくったが、さすがにたじろぐ。  
体の大きな天兵に対し、それはまったく見劣りしていなかったからだ。  
 
『…ええと…これって…もしかしてすごーくすごいんじゃ…?』  
比較する物を今まで見たことはないが、それでもそう感じられ  
彼女はしばらく、それを見たまま固まってしまった。  
 
「…やっぱやめとくか?」  
天兵は苦笑いしながら、固まる彼女に声をかけた。  
彼女はハッとし「だっ…だいじょーぶですっ!  
しんぱいしないでください!!」と顔を真っ赤にしながら言うので  
ちっとも大丈夫そうに見えないと思いつつ、好きにさせる事にした。  
 
彼女は軽く息を吐き、冷静さを取り戻す。  
再度、彼のものに目を向ければ、先は濡れていても他は乾いて見えた。  
『…乾いたのを無理やり触れば、痛いのは男も女も同じ、と聞いたわ…  
それなら…やっぱり…』  
 
あぐらをかいている天兵の股間に、軽く寝転んだような格好で顔を近づけ  
彼女は彼の男根にそっと口をつけた。  
柔らかな唇が押し付けられる感触に、天兵はピクリと肩を揺らした。  
 
下から上へ、すくい上げるように何度も舌を這わせ  
彼の昂ぶりにまんべんなく唾液を馴染ませていく。  
『不思議な…感触…』  
今まで舌でこんな感覚を味わった事などないが、不快ではなかった。  
奇妙な昂揚感を感じ、ますます舌先に神経を集中させた。  
 
ちゅっちゅっと音をたてて吸い付いたり  
カリ首に舌を掛けるように舐め上げたりしていると  
天兵の食いしばった口元から、低い唸りが漏れた。  
 
技法はつたないが、妙にツボを心得ている。  
誰だコイツに変な事を吹き込んだのは!と頭によぎったが  
その考えも、彼女からの悦楽により脳裏から押し流された。  
 
彼女は思い切って、昂ぶりを咥えこんだ。  
ぐぐっ…とより深く咥え込もうとするも  
異物感に咳込みそうになり、涙目で断念した。  
『やっぱり全部口に入れるのは無理みたい…』  
 
軽く悔しさを感じ、その代わりとばかりに  
敏感な裏筋に舌を押し当て、激しく頭を上下させた。  
じゅぷじゅぷと音がたち、彼女の口端から唾液が垂れ落ちた。  
 
「うっ…く…」  
頭上から天兵の声が聞こえる。  
昂ぶりを咥えたまま、上目遣いで見てみれば  
荒く息を吐き、目を瞑り眉根を寄せている彼の顔が見えた。  
 
『…天兵さん…感じて…いらっしゃる…の?』  
そう思うと、彼女はへそのあたりがきゅうっと  
締め付けられるのを感じ、びくんと身体を震わせた。  
 
大好きな天兵を、自分が悦ばせている。  
そう思うと、彼女の身体は素直に『自分も嬉しい』と反応してみせた。  
 
鈴口に舌を差し込みつつ、ぬるついた竿に手をそっと添え  
少しづつ力をいれてしごき、もう一方の手は陰嚢を刺激する。  
 
詰め込まれた知識を惜しげもなく披露しつつも、彼女は  
この程度じゃ足りないのでは無いのかと思い始めていた。  
彼の我慢強さを思うと、自分の口も手も小さすぎると感じられた。  
 
『私…天兵さんにもっと感じて欲しいです…』  
 
彼女は上半身を押し出して、張りのある乳房を天兵の男根に押し付け  
それを両手ではさみこみ、さらに亀頭を強く舐め上げた。  
突然のことで、天兵は思わず「うおっ!?」と声を上げてしまった。  
 
唾液で濡れた天兵の昂ぶりを、体を振るってすり上げれば  
ぬちゃっぐちゅっと卑猥な音が部屋に響く。  
その音と、口内の彼の猛り…さらに胸への摩擦感で  
彼女自身なんともいえない感覚を味わっていた。  
 
『んぅ…おっぱいも…もっと大きければ…ああっ…んっ…良かった…のに…!』  
 
自らの未熟さを嘆きつつ、身体を震わす彼女に対し  
天兵は抗いきれない快楽を感じていた。  
 
ぷにぷにと柔らかく暖かい乳房に埋め込まれる感覚や  
熱く湿った舌の感覚も堪らないものだったが  
何より、うぶで恥ずかしがり屋の彼女が  
長い髪を振り乱し、自分に奉仕している姿を目の当たりにし  
彼はもう、自身を押さえる事が出来なかった。  
 
「く…っう、ああっ!!」  
「!!」  
 
びしゃっ!と、激しい音をたてて  
白濁液が彼女の顔と黒髪にぶちまかれた。  
 
「…っはぁ…はぁ……す、すまん…」  
とんだ失態だと、天兵は反省していた。  
まだ持たせられる自信はあったし、出す時には顔を離させるつもりだった。  
かけるにしたって、せめて胸とか…そう思っていたのに。  
結局のところ、すべて予想外で終わってしまった。  
 
人体のどこを殴ればより痛いか、その延長でどこが心地良いかも知っている。  
しかしそっちに関しては、彼女と同じく知識の上だけ。  
なんだかんだ言って、お互い初心者同士なのだった。  
 
『精神鍛錬を一からやり直しだな…』  
そんな事を思いつつ、天兵は部屋に置かれていた  
懐紙を取って、そっと彼女の顔を拭った。  
 
ねっとりとした液体が取り去られるのを  
上気した顔でぼんやりと待っていた彼女だったが  
一瞬、辛そうな顔を見せて、うつむいてしまった。  
 
「…ごめんな、嫌だったよな…」  
天兵が申し訳無さそうに言うと  
彼女は驚いて首を左右に振るった。  
「ちが…違うんです…私……わたしっ…」  
 
彼女は正座の状態から、軽く身体を反らすと  
脚の間を天兵に見せつけた。  
そこはまた、新たな蜜でじっとりと濡れており  
彼の目は釘付けになった。  
 
彼の視線を感じ、かたかたと震える脚と早まる呼吸を押さえながら  
彼女はそっと、へそのあたりを手で触れた。  
「ここが…この中が、う、うずうずして…変なんです。  
私の身体って、やっぱり何かおかしいんですか…?」  
紅潮した顔を歪ませて、瞳には涙を浮かべていた。  
 
「…おかしいとこなんて…ねぇよ」  
息を詰まらせながら、天兵はそれだけ言った。  
 
…堂々巡りだ…  
一方の身体を癒せば、一方の身体に火がついてしまう。  
となれば…もう…。  
 
「っは…っ!」  
突然力強く抱きしめられて、彼女は一瞬息が詰まった。  
そうしている内に布団に押し倒され、天兵と間近で見詰め合った。  
 
「…きっと、ものすごく痛い思いをさせると思う。  
優しくもしてやれないかもしれない。…それでも、いいか?」  
熱っぽく問い掛けてくる天兵に、彼女は頷いて見せた。  
「はい…天兵さん……私を…抱いてください」  
 
天兵は、彼女の震える脚を掴んでゆっくりと開いた。  
 
そこは綺麗な形で、まだ幼げに見えた、が  
ねっとりと蜜を吐き、自分を誘い込もうとしている。  
そのあまりの差に、彼は頭がぐらつくのを感じた。  
 
秘所から目を離し、自分の下で横たわる彼女の顔を見た。  
しっかりと目を瞑り、両手を強く握り締め  
次の行動を健気に待っている。  
 
『…なんでこんな頼りない身体で生きられるんだ…?』  
どこもかしこも細く、柔らかい彼女の身体。  
そして、そんな彼女の身体に、恐ろしく反応している自身の身体。  
 
『なるべく…抑えられるといいんだがな…』  
この時ばかりは、力に溢れたこの肉体に苛立ちを覚えた。  
 
精を吐き出したばかりというのに、天兵の男根は  
先ほどと変わらぬように立ち上がっている。  
それを軽く握り、彼女の濡れそぼった秘所にあてがった。  
すると、彼女の身体に力が入るのが感じられた。  
 
「力を抜いておけよ…」  
「ぁ…は、はい…」  
そう返事をしたものの、彼女の身体は  
力の抜き方が分からなくなってしまったかのように、固まっていた。  
申し訳無さそうな彼女に「ゆっくり大きく呼吸しろ」と伝えると  
彼女はそれを素直に実践した。  
息を吸うたびに、丸みを帯びた白い胸が上下する。  
しばらく彼女を見つめた後、天兵は自身の動きに集中した。  
 
桃色のヒダを指で開き、昂ぶりをそこに擦り付ける。  
ビクンと体を揺すり、反応した彼女は  
それでも必死で呼吸を続けて力を抜こうとしていた。  
そんな彼女に、彼は少し笑った。  
 
ヒダに沿って上下に何度か動かし、鈴口を肉芽に軽く押し付けてやると  
彼女の愛液が彼のものに絡み付いてきた。  
 
天兵の昂ぶりと彼女の秘所が擦りあうたび、そこから水音がたつ。  
彼女は熱い肉棒のなんともいえない感覚に悶絶し、新たな愛液を溢れ滴らせた。  
 
「はー…っあっ…あふ…ふぅ…ぅ…」  
声があふれ出て、うまく息ができない。  
 
彼女が息を吐いた瞬間を見計らって、天兵は少し力を入れ  
男根の先端を彼女の中へ押し込んだ。  
 
「…ッ!!」  
激痛が彼女を苛み、息を吸うのもままならず  
見開かれた瞳から、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。  
 
「…っく、い…っ…つ…ぅぅ…」  
「ゆっくり…息を……するんだ…」  
彼女を少しでも楽にしようと声をかける天兵だったが  
実の所、彼にも余裕がある訳ではなかった。  
 
入ったのはほんの先端。  
それなのに、彼女の内部は熱くぬるつき  
異物を排除しようというのか、激しく抵抗するように締め付けてきた。  
彼女はひどく辛そうなので、動く事は出来ない。  
先に行く事も、戻る事も出来ない。  
それでも、昂ぶりの先端から伝わってくる彼女の内部は  
堪らない物で、無理やりにも先に往きたい…!という思いを  
天兵は必死に押し込めたのだった。  
 
昂ぶりはそのままに、互いの上半身を密着させ  
涙の流れ落ちる彼女の頬を優しく撫で、落ち着かせようとした。  
すると、彼女は天兵の首に両腕を絡ませ、きゅっと抱きついた。  
 
「ああ…そうやってしがみついていな…何だったら爪を立てても構わんぜ」  
それを聞き、彼女は何度もこくこくと頷く。  
二人はお互いのおでこをこつんと合わせ、見つめ合った。  
そうしていると、彼女にも少しだけ余裕が出来たようだった。  
 
「だいじょうぶ…ですから…続けてください…」  
涙に濡れた瞳で、天兵を見つめて言った。  
彼女の言葉に彼は頷き、下半身に力を入れた。  
それにより、彼女の両腕にも力が入る。  
 
少しづつ、少しづつ…昂ぶりが埋め込まれていく。  
彼女は破瓜の痛みに耐えるため歯を食いしばり  
天兵は絶え間なく襲ってくる快感に耐えるため、歯を食いしばった。  
遅々として進まない行為に、二人は何時間もそうしているかのように感じていた。  
 
「はぁっ…はぁっ…くうぅ…!」  
ぽたり…ぽたりと、彼女の鮮血が身体を伝い落ち、布団を濡らした。  
身体を真っ二つに引き裂かれるかのような痛みに、意識が朦朧とする。  
なんとかそれを繋ぎとめるために、彼女は天兵をきつく抱きしめた。  
 
腕の中に彼の体温を感じ、彼女は少しだけ力を抜く事が出来た。  
こんなに恐ろしくて辛い行為を与えてくるのは、他でもない天兵なのだが  
天兵相手だからこそ、耐えられるのだとも思った。  
 
顔を伺えば、なにかにぐっと耐えているように見える。  
彼も我慢しているんだ…そう思うと、彼女の中に  
愛しい気持ちが溢れてきて、天兵の頭をそっと撫でたのだった。  
 
彼女の細い指が自分の頭を撫でるのを感じ、天兵は動きを止め  
しばらくされるままになった後、その手を優しく掴んだ。  
そして少し体を起こし、彼女の手をそのまま己の昂ぶりに触れさせた。  
 
「…あ」  
硬く熱をもったそれは、ほとんどが彼女の中に収まっていた。  
 
彼女は自分の心臓が、どくどくと高鳴る音を聞いた。  
そろりと自らの秘所に触れれば、しっかりと天兵を咥え込んでいる。  
 
「……ぁ…す、すごい…こんな…」  
「ああ…こんなに、お前ん中に入ってる」  
天兵の言葉に彼女は、一気に頭へ血が上るのを感じた。  
反射的に目を強く瞑り、顔を逸らせば  
目頭に溜まっていた涙がまたあふれ出た。  
 
脳内には白い靄がかかっているようで、まともな思考ができない。  
恥ずかしい…痛いし…怖い。  
だけど何より、彼女は強く『嬉しい』と思った。  
 
その気持ちが反映されたのか、彼女の膣内はきゅうっと締まった。  
「う…!」  
天兵は呆けそうになるのを、歯を食いしばって耐え忍んだ。  
全身に、じっとりと汗が浮かぶ。  
 
『こいつは…』  
彼女は体内に、何か別の生き物を飼っているのではないかと、天兵は思った。  
きつく締め付け、ざわざわとうねくり、奥へ奥へと引き込もうとする。  
清純な外見で男を惑わし喰らう、そんな化物が脳裏に浮かぶ。  
軽く頭を振り、馬鹿な考えだと自嘲した。  
 
「…恐ろしいな」  
ぼそりと呟いた天兵の言葉の意図が読めず  
彼女は不思議そうな顔をしたのだった。  
 
そうこうしている内に刻は進み、彼女は少し身をよじってみた。  
『…少しは…慣れたかしら…』  
まだまだ痛い事は痛いし、きつい事はきついのだが  
それでも最初に比べれば、ずいぶん和らいでいるように感じた。  
そしてなにより、先程から天兵の顔が辛そうで、気にかかっていた。  
 
「…あの…少しづつ…動いていただければ…その」  
彼女は目をそらしつつ、ごにょごにょと小さな声で訴えてみた。  
言いながら、みるみる顔が紅潮していくのが分かった。  
とんでもなく恥ずかしく、はしたない事を口にしていると言う自覚はある。  
 
それでも自分が言わなければ、彼は気を使い、ずっとこのままだろうから。  
痛いけど、辛いけど…それでも彼に気持ちよくなって欲しいから。  
彼女は彼の瞳を見つめ、微笑みかけて、はっきりと言った。  
「天兵さん…どうぞ、私を好きになさって…」  
 
その一言だけで、天兵は達してしまいそうな程の衝撃を受けていた。  
…やはりこの女は恐ろしい。  
そして、心の底から愛しいと思った。  
 
彼女の言に答えず、天兵はゆっくりと己のものを引き抜いて行った。  
内壁に男根が引っかかる感覚に震えつつも、彼女は  
『もしかして…私が変なこと言ったから抜いてしまわれるんじゃ…』と  
うっすら不安を感じていた。  
そんな彼女をよそに、天兵は膣内を擦りながら引き抜き  
もうすぐ全部抜けてしまう…という所から、一気に突き入れた。  
 
「ひっ!!」  
不意打ちを食らった彼女は息を飲み、白い喉をのけぞらせた。  
 
天兵はまた昂ぶりをぎりぎりまで引き抜き、今度は膣口をすりあげ  
ゆっくりと、じらすように抜き差しした。  
何度かそうした後、また一気に奥へと突き入れる。  
それを彼は幾度となく繰り返した。  
敏感な膣口への執拗な責めに、彼女の脚ががくがくと震えた。  
 
早いとも遅いともいえない速度で  
しばらく規律正しく動いていたかと思えば  
内壁をぐるりとかき混ぜ、まんべんなく刺激を与える。  
彼が動くたび、二人の秘所が擦れ合い水音がたち  
彼女は悲鳴なのか嬌声なのか分からない声を上げた。  
 
「ひぃんっ!!ああ…あっ!あうぅっ…や…ああっ!!」  
膣内を蹂躙される衝撃に、彼女の頭は何も考えられず  
天兵の首にしがみつく力も抜けて、両手は布団の上を滑っていた。  
 
痛みの他に、じわじわと奥底から沸きあがってくる感覚があったが  
それが何か良く分からず、彼女は涙を流し耐えるしかなかった。  
 
ぐっと腰をつかまれ、身体が引っ張られたと思うと  
あぐらをかいた天兵の上に、座っている状態にされていた。  
自分の体重がかかり、自然に彼の男根が膣奥へと突き刺さる。  
思わず彼の肩に手をかけ、腰を上げようとするも  
突き出された乳房に吸い付かれ、まま成らなかった。  
 
ささやかな抵抗を押さえつけるかのように  
天兵は彼女の尻を掴み、揺さぶるように腰を打ち付け  
胸を舐めまわし唾液で濡らした。  
 
「あっ、あふっ…ああっ!!…ぁ…て、てんぺいさんっ…!」  
全身を愛撫され、彼女は身を震わせ息を荒げた。  
しばらくして、胸から口を離した天兵が顔を上げたので  
震える手で涙を拭い、ずっと瞑っていた目をそっと開け  
彼の顔を覗き込んで…どきりとした。  
 
天兵の口端から血が流れ出ている。  
あの戦いで傷つけた場所が、歯を食いしばりすぎたのか開いてしまったようだ。  
だが彼はまったく気にしておらず、彼女の身体を貪り続けている。  
 
流れる赤い筋に釘付けとなった彼女は、無意識のうちに  
天兵の首に両手を回し、顔を寄せ、彼の血を舐め取っていた。  
柔らかな舌を這わせ、そのまま深く口づける。  
彼女からの激しい口づけに少し驚いた天兵だったが  
すぐに唇を開き、舌を絡みつかせた。  
二人の間に鉄の味が広がっていく。  
それにより、彼女は背筋をぞくぞくと震えあがらせた。  
 
…私の中に、愛しい男の血を啜って悦ぶ鬼が住んでいる…。  
 
嬉しいのか、悲しいのか、区別のつかない涙が頬を伝い落ちていった。  
 
激しい口付けを続けたまま、二人はまた褥に横たわった。  
唇を離した天兵の息は乱れ、眉根を寄せている。  
淫らな口付けに煽られ、限界が近いようだった。  
 
天兵は下半身を彼女の身体に密着させた。  
自身の恥骨が彼女の肉芽に当たるよう、細かな動きで刺激をする。  
今までより直接的な感覚に、彼女の身体はびくんびくんと跳ね上がった。  
 
彼女は天兵の首に強くしがみつき、肩に爪を立てていた。  
二人の身体を、ぽたぽたと汗が伝い落ちていく。  
 
「あっ…!あっああっ…ああんっ!…ぁ…」  
彼女は自身の身体の変化に戸惑い、悶えた。  
じんじんと熱くて、溶けてしまいそうな甘い感覚が襲ってくる。  
とても気持ちよくて、おかしくなりそうで  
この感覚に身を任せたいと思う本能と  
そんな恐ろしい事は出来ないと、理性が争っていた。  
 
「…なぁ、お前…」  
耳元で天兵の声が聞こえた。  
さっきから彼は黙り込んで事を進めていたので、彼女は少し驚いた。  
荒く息を吐きながら彼のほうに顔を向けると、強い視線を感じて  
『私、いま変な顔してる…あんまり見ないで欲しいな…』と思った。  
 
「な…ん…でしょう…?」  
「お前…名前は?」  
彼女の心臓が、どくんと飛び上がった。  
何でそんな事を、こんな時に聞こうというの、この人は…。  
あ、人ではなく鬼…?と、彼女の頭の中はひどく混乱した。  
 
「い…言いたく…ありません…」  
それだけ言ってそっぽを向くと、天兵に顎をひかれて目線を合わされてしまった。  
彼女が首を少しだけ振り、否定の形を取っても  
涙がつっ…と流れ落ちても、聞き入れてはくれないようだった。  
 
天兵の目を見ていると、息が詰まってくる。  
どうしていいのか分からず、ただただ、許して欲しい…と、彼女は願うのだった。  
 
ぐちゅっと音をたて、天兵は下半身を擦りつけた。  
「ふあっ!ああ…!!」  
「…言わないなら…今回はここまでだな…」  
 
がくがくと震える身体を抑えていた彼女は、その言葉にぎょっとした。  
彼女の身体は痛みもほとんど薄らぎ、代わりに生じた  
脳が痺れるような甘い感覚に支配されていた。  
膣内からは愛液が溢れ、脚は小刻みに揺れている。  
『そ…んな…こんな状態で放置されたら…わ、私…どうしたら…』  
 
おそるおそる天兵の顔を伺うと、ほんの少しだけ  
焦燥感を滲ませながらも、口の端をあげて笑っていた。  
 
彼だって、いま終わるのは辛いはず…だけど  
やめると決めたら必ずやめてしまうだろうから…。  
 
「…」  
「ん?」  
彼女はもう一度、自分の名前を天兵の耳元で呟いた。  
震える小さな声で、一言づつ…無理やり搾り出すように。  
まるで、彼の耳が穢れるのを畏れているかのようだった。  
 
言い終えて、彼女は両手で顔を覆い、そこからくぐもった嗚咽が漏れた。  
体を蝕む疼きにあっさりと陥落し、嫌で仕方ない事を言わされ  
彼女はどうしようもなく恥ずかしく、惨めな気分になっていた。  
 
「…や、です……こんな…変な名前っ…」  
「変じゃない」  
きっぱりと言い切った天兵を  
彼女は泣き濡れた顔で、ゆっくりと見上げた。  
 
「何も変じゃない。…可愛くて、お前に似合う名前だと思うぜ」  
その言葉を聞いて、彼女の瞳は驚きで見開かれ、頬にぱぁっと朱がさした。  
首を横に振り、戸惑っている彼女の頭を優しく撫で  
「ありがとうな、教えてくれて」と天兵は笑った。  
 
名前については思い出したくない事ばかり…  
正しく言えば、名前を呼ばれた時に良い事など無かった。  
母になじられ、小突かれ、着物に隠れた場所をつねられる幼い自分。  
 
名を問われるのを恐れ、一人ぼっちでいる事が多かった…。  
門下生たちに『名無し女』と陰口を叩かれても、何も言い返せなかった…。  
 
そんな思い出が去来したが、目の前にいる彼の  
暖かい手と優しい言葉に、辛さ以外の胸の痛みを感じていた。  
 
感極まった彼女は天兵に抱きつき、しっかりと両腕に力をこめた。  
意地悪されて、優しくされて…振り回されている気がしないでもない。  
『でも…好き!大好きです!!』  
単純な女と笑われようと、構うもんですか。  
 
甘えるように身を寄せてきた彼女を、優しく抱き返して  
天兵はふっと息を吐き…次の瞬間、己の物が納まったままの  
彼女の細腰を引き寄せ、脚を掴みあげた。  
たじろぐ彼女に、にやりと笑いかけ  
「きちんと言えた礼をしないとな…」と囁いた。  
 
先程までの優しい雰囲気はどこへやら、天兵が発する不穏な空気に  
背筋に冷たい物を感じ、本能的に後ずさろうとした彼女だったが  
しっかりと脚を掴まれ動く事はできなかった。  
まごつく彼女に構わず、天兵は最奥まで己の昂ぶりを突き入れた。  
 
天兵は彼女の敏感な部分、弱い所を容赦なく攻めたてた。  
片手で乳房を鷲掴み、硬く立ち上がった乳首を摘み上げる。  
 
「ひっ…やっ…!ああっ!ああんっああ…はっ…んっあああっ!!」  
彼の激しい抽送に、あられもない声を上げ、びくびくと身体を仰け反らせた。  
涙を散らし、閉じる事の出来ない口内からは唾液が垂れ落ちていく。  
膣壁が『もっとご褒美を頂戴』とばかりに彼の昂ぶりに喰らいつき  
肉芽は擦りあわされて、充血しきっていた。  
 
「…どこに…出して欲しい…?」  
彼女の熱く融けた頭に、息を詰まらせた天兵の声が辛うじて届いた。  
「ああっ!あっ…な、なかにっ…!あんっ!なかにいっぱい…!!」  
 
体裁も何も無く叫んだ彼女に、更に激しく突き立て  
彼の口から唸り声が上がった。  
限界を感じた天兵は、彼女の身体をかき抱いて、その名を呼んだ。  
 
「…!!」  
不意に名前を呼ばれ、彼女の脳内は真っ白に染まった。  
 
「…う…っああああああああああああんーー!!」  
号泣したかのような叫び声を上げ、彼女は天兵の腕の中で激しく痙攣し  
身体の一番深い所に、熱い液体が勢いよく充満していくのを感じていた。  
 
積年、自分の心を縛っていた何かが解けていく…そんな気がした。  
 
 
二人はしばらく動けず、激しく息を吐き、身体を震わせながら抱き合っていた。  
脱力した彼女の頬やおでこに、天兵は軽く口付けを降らす。  
うっとりとしつつも、彼女は彼の顔を見る事が出来なかった。  
 
『処女…だったのに…』  
それなのに、あんなに激しく乱れてしまった。  
『淫乱だと思われたかも……。は、恥ずかしい…!』  
なんともいたたまれず、目を瞑りうつむくしかなかった。  
しばらくそうしていると、天兵がそっと身を離し  
ゆっくりと彼女の体内から昂ぶりを引き抜き始めた。  
 
「ん…くぅ…」  
ずるる…っと膣内が引っ張られるような感覚を、眉根を寄せて耐え  
完全に引き抜かれたのをちらりと見て確認する。  
彼女がほっと息を吐くと、ごぽっと音をたて  
膣口から鮮血と精液があふれ出てきた。  
 
「…!!だめっ…!」  
小さく声を上げ、とっさに手で秘所を押さえるも下半身に力が入らず  
指の間からとろとろと白濁液を吐き出しつづけてしまう。  
その有様に、少しだけ泣き出しそうな顔になった。  
 
彼女のそんなしぐさを目の当たりにし、天兵はぽかんとして  
「どうしたよ…?」と声をかけた。  
 
一部始終を見られて、ばつの悪そうな表情を見せた彼女は  
彼から背中を向けて寝転がり、体を丸めて身を縮めた。  
布団に視線を落とし、しばらくもじもじと脚をすり合わせていたが  
か細い声で「欲しくて…」と呟いた。  
 
「天兵さんとの…あかちゃん…ほしくて…」  
耳まで真っ赤に染め上げて、彼女はそれだけ言い、顔を伏せた。  
 
我ながらなんて気の早い事…と思う。  
でも彼と出会い、共に暮らすうちに、ずっとこのまま  
一緒にいられれば良いのに…なんて夢見るようになった。  
彼に嫁いで…彼の子供を産んで…  
そこまで想像して慌てて頭をふり、打ち消す。  
…そんな事を、何度も繰り返してきた。  
 
そして、それはもう夢物語ではなくなった。  
しっかりと抱かれ、愛し愛されている事をこの身で実感した。  
それで思わず、あんな行動を取ってしまったのだった。  
 
『……ああ〜…また私、変なことやっちゃった…』  
少しづつ頭が冷えてきて、そのまま頭を抱えたくなった。  
いくらなんでも…まだ祝言だって挙げていないというのに…  
そもそもよく考えたら、これって婚前交渉…と、背筋を嫌な汗が流れ落ちた。  
 
彼女は自分の失態を取り繕ろおうと、上半身を起き上がらせた。  
「あ、あのっ!天兵さ…」  
すると横たわっていた彼女に、後ろから覆い被さるようにしていた  
天兵と、ばっちり目が合ってしまった。  
 
「あ…の…」  
何でこんな近くにいるんですか、天兵さん。  
そう聞きたかったが、彼の様子がなにやら違うのを感じて  
何もいえなくなってしまった。  
 
彼女は理解していなかった。  
自身の一言が、仕草が、どれほど天兵に影響を与えているかなど…。  
 
天兵は彼女の腰を掴み、自分のほうへと引き寄せた。  
勢いで、彼女の膣内に残っていた物が、ぽたぽたっと流れ落ちる。  
その感覚と、この姿勢では後ろから全部見えてしまう…!という  
羞恥心で、彼女は両腕をばたつかせた。  
 
ぐり…っと、硬い物が押し当てられる感覚に、彼女は息を飲んだ。  
「てっ、天兵さんっ!?じ…冗談はよして下さい…っ」  
無駄な抵抗だと知りつつも、腕に力を入れて彼から逃れようとした。  
 
「冗談…?オレはからかっているつもりは無いぜ…」  
背後から、いつもよりずっと低い天兵の声が聞こえてくる。  
 
彼女は口内に溢れる唾を飲み込み、体をなんとか捻って  
後ろを振り返り、彼の顔を見つめ哀願した。  
「…まっ…て…お願い……やめて…ください……」  
「子供、欲しいんだろ?…じゃあ、もっと念入りに仕込まないと…な」  
そう言って、天兵はニィ…ッと、わらって見せた。  
 
彼女は、全身に冷水を浴びせられたような気持ちになった。  
確かに子供は欲しい、そう自分が言ったのも違いない。  
でもそれは、さっきのでもう充分なのでは…と、訴えたかったが  
下腹部にかかる重圧に、まともに声が出せなかった。  
 
『そんな…そんな!さっきまでのじゃ足りないの!?』  
うつ伏せで、腰だけ高く上がっているという恥ずかしい格好をさせられ  
身動きの取れない彼女は心の中で叫んでいた。  
 
彼の精液で潤っている膣内に、また熱い昂ぶりが押し込まれていく。  
先程とは違う角度に擦りつけられるそれは、ごつくてじんじんと痛い。  
強く瞑った目から涙がこぼれ落ち、押し付けられた布団に染みた。  
 
唐突に、彼の言葉を思い出した。  
『殺気と色欲は極力抑えるべし』という『家訓』  
千年もの長きに渡って、絶える事の無かった強力な血。  
 
彼女は悟る。  
天兵がどうの、と言う話ではないのかもしれない。  
これは…これはもはや…  
 
『陸奥って!陸奥ってーーー!!』  
 
彼女は声にならない悲鳴をあげ  
あらためて、とんでもない者に惚れてしまった事を自覚したのだった。  
 
 
天兵は、良心の呵責を感じ、それ以上の興奮を味わっていた。  
彼女の仰け反る白い背に流れる黒髪を見下ろす。  
先程、純潔を散らしたばかりの身体をまた蹂躙しようとしている。  
 
子供を作るのならば、最初の濃い所を使うのがいいだろう。  
彼女の身体も、孕むに向いた日を見極めて…。  
…天兵は分かった上で行為に及んでいた。  
ただ、彼女を犯す口実を見つけ、それに乗っただけだった。  
まさに鬼の所業…そう分かっていても、止められないでいた。  
 
天兵は両手で尻を撫でまわす。  
すべすべで柔らかく、手のひらに彼女の震えが感じられた。  
ぎゅっと掴んでみると、びくっと跳ね、そのつど菊門がひくひくと動いた。  
見ているといたずら心が芽生え、天兵は自分の指を唾液で濡らし  
そこに軽く指を這わせて唾液をなすり、ちょんちょんと突付いてみた。  
 
すると、そこだけは絶対駄目!!と全身で拒絶された。  
ここからでは見えないが、きっと必死の形相なのだろう。  
あんまり虐めても悪いと思い、それはそこで止めた。  
 
「あっ、いっ…いや…っやっあああああああ!!」  
圧迫感を伴い、天兵の男根が膣の奥底まで挿入された。  
先程から下半身に力は入らず、腰は勝手にがくがくと震えつづけ  
自分の体が自分の物ではなく、天兵の物になってしまったかのような  
感覚に、彼女は布団を掴む事で耐えていた。  
 
彼女は背筋に柔らかくて暖かい物を感じ、ぴくっと肩を揺らした。  
少し振り返ってみれば、天兵が背中に口付けし、舌を這わせていた。  
くすぐったいような、ぞくぞくする感覚に身を捩り  
合わさった彼の体温に、少し心が軽くなるようだった。  
 
じきにゆっくりと彼が抽送を始め、彼女の身体に緊張が走る。  
この体勢のせいかいろんな所が敏感になっているようで  
膣壁を引っ掛け、膣口を擦りあげられると  
鈍痛と甘い痺れがより直接的に感じられるようだった。  
 
「んっ…んふ…っん…あはっ…あ…!ああー…!!」  
最奥に硬いものがねじ込まれるたび、くぐもった声が漏れる。  
次第に激しくなる動きに、脳まで揺さぶられるようで  
下腹部に受ける感覚の事しか考えられなくなった。  
顔は紅潮し、全身から汗がふき出す。  
 
腕を捕まれ、ぐっと後ろに引っ張られると身体が仰け反り  
ますます互いの身体が奥底で繋がっていくようだった。  
天兵の荒い息が背中にかかる。  
二人の身体が合わさる音が響き、彼女の胸がぷるぷると揺れ  
嬌声はしだいに強く長くなっていく。  
自身の大声にもかかわらず、彼女の耳には届いていなかった。  
 
獣のような姿で、獣ような叫び声をあげている…。  
 
「あーっ!!ああっ…ああああああああああああーーーーっ!!」  
ちらりとよぎった最後の理性に嘲笑され  
彼女は涙と唾液を垂らし、白く意識を飛ばした。  
 
 
鳥のさえずりを耳にした。  
ゆっくり、うっすらと目を開けば、明るい朝の光が飛び込んできて  
彼女は目を細め、手でさえぎった。  
 
『やだ…寝過ごしちゃった…』  
いつもは夜明け前に起き出し、朝餉の準備をするのが日課。  
彼女は布団から這い出るため、のろのろと体を起こし始めた。  
なぜだか妙にだるい…下腹部が痛くて足に力が入らない。  
彼女が疑問を感じたその時、布団が彼女の身体から滑り落ちた。  
 
朝日を浴びた自分の身体が目に飛び込んでくる。  
何も身に付けていない白い肌には、そこかしこに赤い痕がついていた。  
 
「……っっきゃぁあああああーーー!!」  
「…朝から賑やかだな、お前」  
 
後ろを振り返れば、天兵が横たわったまま彼女を見上げていた。  
「おはよう」  
 
彼女の脳裏に、昨晩の痴態がまざまざと思い出され  
全身から湯気でも出しそうな勢いで赤くなっていった。  
「きっ…きゃーっ!きゃーーっ!!」  
そのまま勢いよく布団を引っ掴んで、全身を覆い隠し丸くなってしまった。  
 
「ひーん…おはようございますぅ〜…」  
布団からくぐもった声が聞こえてくる。律儀な娘だった。  
 
布団に身を隠してしまった彼女を見て、天兵は  
幼い頃、両親と一緒に行った海で見た『やどかり』を思い出していた。  
 
「何を今さら恥ずかしがってんだよ…減るもんでもなし」  
「減るんですっ!お日様の下だと減るんですっ!!」  
何の根拠もない事を口走る彼女に『じゃあ行水した時も減ったのか?』と  
聞きたくなったが、やめておいた。  
 
「とりあえず、顔だけでも出してくれよ。…布団と喋ってるみたいで変だ」  
「………」  
しゅりしゅりと、布団の擦れる音だけが聞こえる。  
彼女は布団の中で首を振っているようだ。  
それを見て、天兵は小さく溜息をついた。  
『…顔を見るのも恥ずかしいって事かよ…』  
 
埒があかず、天兵は強硬手段に出た。  
片手で布団を思い切り引っ張ると、身体を丸めていた彼女が小さく悲鳴をあげた。  
驚く彼女を引き寄せて、優しく胸元に抱きしめた。  
「ほら、これで顔は見えないぜ」  
「……」  
 
彼女は小さく頷いて、観念したかのように天兵の背に腕を回した。  
逞しい胸板から伝わる体温に、ほっと息をつく。  
 
せめて着物をと思いはしたが、水色の浴衣は見るも無残に皺だらけ  
帯もぐちゃぐちゃになっており、袖を通す気にはなれない。  
その傍にはいつ外れたのか、天兵の包帯が同じく絡まって落ちていた。  
 
「お体は…大丈夫なのですか?」  
「まぁ、ちょっと痛むが大丈夫だ。  
…お前は人の心配より自分の心配をするべきなんじゃないか?」  
笑いながら言われ、彼女は頬を膨らませる。  
 
「気絶した時にはさすがに焦ったぞ」  
その言葉に顔を赤らめ、あわてて反論した。  
「あ…あんな無茶苦茶されたら誰だってそうなりますっ!」  
「いちおう手加減したんだがなぁ…初めてだった訳だし」  
彼女は天兵の言葉を聞かなかった事にした。  
 
天兵は、彼女の髪を梳くように、そっと頭を撫でた。  
『…気持ちいい…』  
後頭部から背中にかけて、天兵の暖かく大きな手の感覚を味わい  
彼女は夢見ごこちで瞳を瞑り、胸板に顔を擦りつけた。  
 
「…なぁ、まだオレの子供が欲しいと思ってるか?」  
ほんの少しだけ、自信の無さそうな声が頭上から聞こえた。  
 
いつも堂々とした彼が、今はどんな顔をしているのか…  
想像して、彼女はくすっと笑い、答えた。  
「もちろんです。…できれば男の子と女の子、両方がいいな…」  
 
すると、彼女は強く抱きしめられ、少し息を詰まらせつつも彼を抱き返した。  
身を捩り、顔をあげて見つめあい…口づけを交わした。  
 
「里についたら…祝言を挙げような。それで…子供…産んでくれよ」  
「…はい!」  
彼女は零れ落ちそうになる涙を必死で堪え、微笑んだ。  
天兵も照れくさそうに微笑み返す。  
二人とも顔は真っ赤だったが、幸せそうに約束を交わしたのだった。  
 
しばらく黙って腕の中で甘えていた彼女だったが  
「そういえば…」と、突然思い立って、言った。  
「天兵さんのお父様がお帰りの際『またな』と仰いました」  
 
あれから出海は顔を見せていない。となると…  
「お見通し…かよ…」  
天兵は頭を掻いて、溜息をついた。  
彼女の家に厄介になり始めてすぐ、その事を報告したら  
にやにやと意味深に笑われたのを思い出す。  
陸奥の名は自分が継いだが、まだ全然かなわねぇなぁ…と、彼は思った。  
 
話題を切り替えるため頭を振り、彼は気になっていた事柄を口にした。  
「…まぁそれはいいとして…この後、道場は…どうする?」  
天兵は、思い出していた。  
彼女が誰も使う事のない道場を、一人掃除している事を。  
手伝うと申し出ると「これは私の仕事ですから」と微笑んだ。  
額に汗して床を磨く、その愛情深い姿に  
一人の武術家として胸が締め付けられた。  
 
親父さんの墓の事もある。  
そんな場所から、彼女をさらって行っていいものかと、思いはした。  
それでも彼女を手放す気は更々無かったが。  
 
少し顔を曇らせている天兵の頬を、彼女はそっと撫でた。  
「気を使っていただいて、ありがとうございます…。あの、大丈夫です」  
彼女は彼に、にっこりと笑いかけ、話を続けた。  
 
「前から…お話があったんです、道場を子供たちに開放しないかって…。  
それもいいかなぁって…。きっとその方が、道場も喜ぶかなって、思うんです」  
天兵は彼女の顔を見つめながら、黙って話を聞いた。  
「訳を話して、家ごとお譲りして…代わりに父のお墓をお願いしようと思います」  
 
実家を無くす…それは裏返せば、陸奥の里に骨を埋めるという覚悟。  
 
「また…あの道場が、活気付けばいいなって思います。  
強い人が、育ってくれたらいいな…なんて…」  
 
ただ、そこで行われるのは『戸塚楊心流柔術』ではないけれど。  
 
彼女の瞳から抑えていた涙が、堰を切ったようにあとからあとから溢れだし  
顔を覆って泣きじゃくるのを、天兵はしっかりと抱きしめた。  
 
「…これからは…陸奥圓明流を伝えていくんだ…一緒に、な」  
彼女は嗚咽を漏らしながら、何度も何度も頷いたのだった。  
 
天兵の腕に抱かれたまま、泣き疲れ  
うつらうつらとし始めた彼女は、夢を見ていた。  
 
修羅の花嫁となった自分の姿…  
そして、新たな修羅の、母になる自分の姿を…。  
 
 
…そんな事のあった、二日後。  
 
「いたたたた…」  
彼女は顔をしかめ、お腹を押さえてうずくまっていた。  
月の物による痛みに、すっかり辟易している。  
 
彼女が天兵に抱かれたあの日  
あの日はいわゆる『安全な日』だったようで。  
『あんなに痛くて、恥ずかしい思いをしたのに〜…』  
そんな思いが、ますます彼女を憂鬱にさせていた。  
 
落ち込む彼女の腰をさすってやりながら、天兵は  
「ま、こればっかりはな…次の機会って事で」と慰めた。  
 
うつむいていた彼女は、ゆっくりと顔をあげ  
じと…っとした目つきで、天兵を見つめた。  
普段見せた事のないその目つきに、彼は少々たじろぐ。  
「な…なんだよ」  
「…天兵さん…もしかして、分かってたんじゃないですか…?」  
 
「さーて、今日のメシはオレが作ってやる。お前は休んでな」  
彼女の言葉に答えず、天兵はさっさと立ち上がり、厨にいってしまった。  
 
その後姿を、ぽかんと口を開けて見送った彼女は  
しだいにぷるぷると体を震わし…近所中に聞こえるかのような声で、叫んだ。  
 
「て…天兵さんの…馬鹿ーーーっ!!!」  
 

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