二人の視線は絡み、ただ時は水のように流れ落ちていく。  
焚き火がぱきりと幽かな音を立てた。  
 
背筋がぴんと伸びた肢体に、立ちのぼる湯気は薄絹のように纏いつく。  
しかしそれは、圓の躰を少し撫でただけで闇夜に溶け消える。  
湯の流れる平たい岩の上にいる彼女は  
しばらくその場から固い目線を向けていたが  
相手からなんの反応も返らない事に、逆に決意を固めたのか  
一歩……するりと脚を踏み出した。  
彼女の足先に弾かれた水滴が、ほんの幽かな音を紡ぎ…  
「…ごふっ!」  
その音で我に返ったのか、湯に沈んでいた天斗の口元から  
勢いよく水沫があがった。  
慌てた様子で口を押さえる姿を、彼女は脚を戻した姿で見詰めていた。  
 
「……湯を飲んじまった…」  
「それは…良かったな。躰によろしかろう」  
げんなりした様子の彼に対し、彼女は驚くほどそっけない声で答える。  
すぅと風が吹き抜けると、焚き火と彼女の髪が揺れた。  
今まで堂々とした姿勢を崩さなかった圓は、その風に少し躰を震わせ  
様子に気付いた天斗よりも早く口を開いた。  
「入っても……宜しいか?」  
「……ああ」  
彼の簡単な返事にひとつ頷き、彼女は置かれていた桶いっぱいに湯を汲むと  
立て膝をついた状態で、えいやとばかりに肩からかぶった。  
 
濡れた躰をゆっくりと湯に沈ませる姿から  
天斗は目を離そうにも離せないでいた。  
一つに結い上げられた髪が一塊で湯に浮かび  
ほどなく散らばって底へと落ちていく。  
 
しばらくは何かを堪え、目を瞑りしかめっ面をしていた圓は  
唐突に息をはき、かくんと肩の力を抜いた。  
「……擦り傷に染みるのぉ…」  
気の抜けた声に、天斗は吹きだしかかった。  
そんな彼の様子を意にも介さず、左腕を伸ばし、軽く擦る。  
「怪我に効くのだろ?丁度良いわ」  
両掌を器に彼女は顔を洗い、濡れた前髪を指で摘んだ。  
「躰中、砂まみれだったしな…」  
「なるほど。それで温泉に入りに来たか」  
得心がいった天斗は左眼を細め、少し笑ったが  
後の言葉に咎めるような響きを隠さなかった。  
「こんな夜道を、独りで」  
「違う」  
天斗の口ぶりに臆する事なく、圓はゆったりと頭上を仰ぎ見た。  
「月がほれ、あんなにも明るい…」  
彼女の脳裏にふと、老爺を背負い、おぼつかない足取りで  
漆黒の中を逃げ惑う自分の姿が浮かんだ。  
「それに…オレは、お前に会いたくて来たのじゃ…」  
 
目線を下げた圓の双眸が天斗を捕らえ  
互いに互いを見詰めたまま、長く沈黙が支配した。  
しかし、その静けさは、天斗のどことなくおどけた口調で破られる。  
「熊を抱えたら毛やら臭いやらがついちまってさ。  
取れるまで家に入るなって、婆ちゃんが…。ひでえ話だろ?」  
「…それでも素直に聞いて…。…お前の美徳だな…」  
あまり聞くことの無い、あまりにも率直な誉め言葉。  
天斗は少しばかり戸惑い、中空を見上げて頭を掻く。  
なんとも言えない分の悪さを彼は感じていた。  
 
「…オレの……。…いや…」  
圓はようやく彼から目を離し、揺れ動きつづける水面を見詰め  
「私の話を…聞いて…頂けませぬか……」  
呟きを、湯に蕩かすようにこぼした。  
 
「馬鹿ゆえ、上手く伝えられるか分かりませぬが……  
ですが最後まで……黙って聞いていて欲しいのです」  
真摯な表情に、あえて天斗は口を開く。  
「オレは何か言ったら駄目なのか?」  
「…お前が要らん茶々を入れると、話が逸れるであろうがっ…!」  
思い切り睨まれて、天斗は少し肩をすくめた。  
彼の仕草に、圓はどうしようもないなと言いたげに苦笑し  
いつしか握られていた拳を緩め、普段通りの自分が帰るのを感じ取った。  
その気持ちのまま、声は紡がれた。  
 
「あのな、天斗。  
どうやらオレは……お前無しでは生きていけぬようじゃ」  
俯く前髪から冷えた雫が一粒、震えて落ちた。  
聞けば情熱的な思いの丈、しかし圓にとっては  
真に自分の立場を言葉に模しただけだった。  
彼女がちらと天斗の顔を伺うと、願った甲斐があってか黙りこんでいる。  
その事に少しばかり安堵して、独白のような告白は続けられた。  
 
「朝から…いいや、ずっと前から……言おうと思っていた…」  
温かな物に包まれている事も忘れ、圓の躰は小さく震える。  
「…オレ…は…。天斗……お前が恐ろしかった…」  
こくりと唾液を飲み込み、息をはくと  
先の言葉とは裏腹に、すらすらと舌は滑らかに動く。  
「だから、逃げようと思ったんだ。お前の元から一刻も早く。  
だが、おかしな事に、その時が近づけば近づくほど憂鬱で  
ひどく悲しくなって……我ながら、奇妙な状態だったんだ…」  
 
――相変わらず、天斗は何も口に出さない。  
圓はその顔を盗み見ると、ふっ…と相貌を崩す。  
彼のそんな義理堅さが微笑ましく思えた。  
「先程も言うたが、オレは馬鹿ゆえ……  
いつも痛い目を見るまで気付く事が出来ぬ。  
…オレはただ単に、最初から…天斗と離れるのが恐ろしくて…  
………怯えていただけ…だったようじゃ」  
 
のぼせ上がった頭がくらりと揺れた。  
もちろん、これは湯あたりによる物ではないと分かっている。  
「…すまぬ…このような身勝手な言い草……」  
それでも、圓はありったけの気力を振り絞るように想いを告げた。  
「卑怯だとは承知で……お頼みしたいのじゃ…!  
どうかこのまま、里の隅にでも置いて欲しいのです。  
女中でも何でも言われた通りに致します!……だから…」  
「嫌だ」  
むげもなく、即座の一言に圓は凍りつく。  
声も無い彼女にむけ、天斗は淡々と二の句を継いだ。  
「女中なんて嫌だ。…オレの嫁として傍にいてくれる気はないのかよ」  
 
ゆるゆると上がった圓の顔は、まさに戸惑いの一点。  
目前の男は天斗ではない…とでも言いたげである。  
しかし、それも次第に抜け落ち、後に残ったのは寂しげな笑みだった。  
「……やはり…お前は変な所でお人よしだなぁ…」  
「そりゃどうも。……ん、まだ口を開いちゃ駄目だったか?」  
「………」  
圓はどっと疲労を感じ、ずぶずぶと肩まで湯に沈みこむと  
どことなく投げやりな口調で続けた。  
「もう良いわ。…まったく…  
お人よしと云うより、考えなしと云うべきやもしれんな」  
天斗は心外だと言いたげな顔をし、片腕を岩の上に乗せた。  
身動きせずにいて、流石に熱いのかもしれないと圓は思った。  
 
「今は……それで良いとしてもじゃ。いつか本当の…  
天斗にとって大切な人が現れた時には、なんとする?  
………悪いがオレは、そこまで心が広くはないぞ」  
「圓が狭隘だという事は百も承知だが」  
突き刺さるような視線を感じて、天斗はさり気なく目を逸らした。  
「かといって、見目も心根も…ここまで好みの女には  
最早お目にかかれないと思うんだがなぁ…」  
 
ざぷん…と、大きく水面が乱れた。  
顔にかかる飛沫を構う事なく、天斗は圓の姿を追う。  
拳を震わせ、勢いに任せて立ち上がった彼女の顔には  
惑いと、先程とは違う怒りの色が見てとれた。  
「……何故…」  
勢いよく立ち上がった事で、一瞬目の前が白くなったものの  
圓は気力で踏みとどまり、悲鳴のように声を荒げた。  
「何故そのような嘘を簡単につけるのじゃ…!?」  
大きく上下する彼女の躰から、湯気とともに熱がひいていく。  
それでも秘めた激情を留め置く事は出来ないでいた。  
「それでまた、からかうのか?  
あの時みたいに『一目惚れなど嘘だ』…って……  
……お前なんぞに惚れる筈がないと、嗤うのか!?」  
 
金茶の瞳がみるみる滲んでゆき、大粒の雫があとからあとから零れ落ちる。  
そんな姿を見上げる薄墨色の左目は真剣で  
先の願いを正しく再現するかのように、口は縫い縛られていた。  
 
――敵の懐に潜りこんだ、あの夜。  
屈辱と昂揚、そして安堵がない交ぜになった、あの夜…。  
彼女は思いがけず、彼の言葉によって滝壷に叩き落された。  
それは、彼女自身も予測しえなかった澱みとなり、胸中に巣食っていた。  
 
「お…お前はどう思っ、ているか……知らぬが…  
オレだっ…て……そこまで……鈍く、ないのじゃ!」  
子供のようにしゃくりあげ、彼女は両手で幾度も顔を拭う。  
本当に、本当の心底――水底に沈んだ泥のような物の正体を  
自ら暴き出す苦しみに、打ち拉がれそうであった。  
 
「お前が…思わせぶりな事をする度、もしや…と思わぬ事もなかった…。  
けどな…。心の内で……お前がすぐに…否定をするんだ。  
だからオレはずっと考えないように……思い違いをせぬようにと…」  
髪から、肌から…冷えた水滴が、ぱたりぱたりと落ちる。  
自らの身を抱く圓は全身で泣いていた。  
「……オレは……オレはお前が恐ろしい。  
も…う……どちらのお前が本物か……オレには分からぬ!!」  
支える心棒が軋んで折れた事を示すように  
よろよろと力無く後退し、岩場にへたりと腰を下ろす形となった。  
一方的に当り散らして、この上なく情けなく、恥ずかしく……  
圓がいま出来るのは、ぐしゃぐしゃの顔を両手で覆い隠す事だけだった。  
 
「……ごめんな」  
静かな声が、耳鳴りできぃんとする彼女の耳朶に届く。  
――謝られても、どうしようもない。  
むしろ、謝らないで欲しかった。謝罪を受けるなどお門違いだ。  
指先が、震えて皮膚に食い込む。  
「そんな風に思っていたとは、知らなかった。  
すまなかった………けど」  
――けど?……けどってなんだよ。  
圓は顔を覆ったまま、警戒するように動きを止めた。  
「その後に言ったことは、正真正銘…本心だぜ」  
 
涙でぐっしょりと濡れた手を、恐る恐る引き離し  
そっと眼下を伺うと、先と変わらず片目を瞑った天斗が見上げている。  
「なに……を…」  
「名前に惹かれたって言ったろ。…『陸奥圓』って名に」  
なんとも久しぶりに聞く、偽りの名。  
何を唐突に言い出すのかと、圓は怪訝そうに眉を顰めた。  
そして中空を仰ぎ見て、謎かけの答えを紡ぎだそうとし…  
突然、飛んできた石が頭にぶつかったかのような動揺を見せた。  
 
「な…!………え、ええっ!?」  
恐ろしく大胆で、密やかな告白。  
それは、告げられた本人にだけ届かなかった言葉のまやかし。  
「だ…だって、あの時…あの時はまだ、天斗が陸奥だとは  
知らなかったし……試合の事で頭がいっぱいで……」  
この上なく慌てふためいて、自分に非はないと証明しようと試みるが  
見れば天斗は『してやったり』といった顔でにやりと笑う。  
 
ぐっと息を詰めた彼女に対し、彼はわざとらしい口調で追い討ちをかけた。  
「オレはとっくの昔に伝えてたっつーのに  
お前は全っ然、気にも留めてなかったんだなぁ…」  
「…………!!」  
腹が立つやら、呆れるやらで、ぐうの音も出ない。  
……なんなのだろう、これは。  
ともかく、自分が岩に座っていた事だけ圓は感謝した。  
立ったままなら、卒倒していたかもしれない。  
 
彼女の目の前をよぎる白いものがある。湯気ではなく自分の息だった。  
一息はき、また吸い込むことで躰がきんと冷えていく。  
少し口を開くが、咽奥が痙攣しているのか、まともに声が出ない。  
それでも無理やりに、まともではない声  
――寒さに震えているかのような声を、彼に向けた。  
 
「で…は、何故……あの夜  
オレが願いを聞いてやると言った時に…言わなんだのじゃ?」  
老爺を送りとどけ、次は彼女が約定を果たす番。  
彼の気持ちがそれほど前から固まっていたのなら  
なんとでも願い様があった筈なのだが。  
「報酬代わりに嫁に来いって?  
そう言われてお前、本当に納得いったか?」  
「……う…」  
あっさりと返され、圓は唸った。  
天邪鬼な自分の性格は、熟知している。  
かといって、今この状況もなんだか納得いかなかった。  
 
圓は何かに引きずり込まれるかのように、ずるずると湯に身を沈めた。  
「……い」  
勢い余って少しばかり湯を飲み込んだが、構わなかった。  
「いままで…の…。…今までの……気苦労…は……」  
「…骨折り損だったと」  
「おっ……お前が云うなーっ!!」  
自棄気味に怒鳴ると、彼女は勢いよく躰を捻った。  
天斗から背を向け岩場に顔を突っ伏し、搾り出すように唸った。  
 
温泉で天斗と話そうと、意を決して着物を脱いだのは、何より  
『裸ならそう簡単に逃げ出せない』という決意の表れであった。  
しかし、今は臆面も無く遁走したい気持ちでいっぱいだ。  
このまま湯に溶け切ってしまえたなら、どれほどに楽だろうか。  
 
 
耳を真っ赤に染め、ふて腐れるように背を向けている圓の様子を  
おかしそうに眺めていた天斗は、彼女の細っこい首筋から  
するりと水滴が流れ落ちるのを見て、ふとした想いが胸を突く。  
「オレだって、お前が……」  
――恐ろしい。  
 
天斗は物心つく頃から要領が良かった。  
性格が…という話ではなく  
何をするにも、そつなくこなせたという事だ。  
これといって問題もなく業を習得し、名を継ぎ  
独りきりで旅を始めても、特に困った事もない。  
困るくらいに、困る事がなかった。  
 
幼い頃、祖父にねだって何度も聞いた、戦国の世の話…。  
それがふと思い出され、そして水面に映る自身の顔  
――わざと瞑られた右目を見て、軽い違和感を覚えだしたとき  
聞きなれた苗字を名乗る娘に出会ったのだった。  
 
慇懃無礼な態度に口調  
まるで戦国の世を独りで背負い続けてきたかのような娘。  
やる事なすこと、すべて反抗的で人の話はまったく聞かず  
本当に…困った奴だなと、思わされた。  
天斗は、今まで感じた事のない心地良い苛立ちを覚えていた。  
 
あの時は、今日よりずっと暗い夜だっただろうか。  
下帯一つ残して、彼女の姿が消えたあの夜。  
今まで切望していた、血を滾らせるものを前にして  
それに背を向けられる自分が居ることを初めて知った。  
何の考えも浮かばず、昏い想いに背を引き攣らす自分も初めて知った。  
 
再会した彼女は、何事もなかったかのように  
…それどころか風呂上りでこざっぱりとしていて  
しっとりとした首筋が、また妙に腹立たしかった。  
そのせいだろうか、余計な事を口走ったのは……。  
 
――彼女が銃弾を浴び、ゆっくり前のめりに倒れる姿は  
きっと一生忘れられないのだろうと、彼は思う。  
内臓が冷え固まるような、あの感覚も…。  
恐ろしい、と思った。  
圓の身に降りかかる災厄のすべてが、天斗には恐ろしかった。  
 
冷えた空気を肺に送り、それをはき出しても  
天斗は自分の弱いものを抱えた部分は変わらない事を感じた。  
「……で…どうする?」  
「………ど…」  
意味なく呟いて、圓は言葉を飲み込んだ。  
問われた所で、何をどうしたら良いのかなど、分からなかった。  
それでも、背を向けたままでいるのは良くないと思いたち  
彼女はおずおずと、血色の良すぎる顔を彼のほうへ向けた。  
 
目をあわせられず、暗く揺らめく水面に視線を落したまま呟く。  
「だっ…て」  
「だって?」  
天斗が繰り返すのに、圓はひとつ頷き返し  
接着してしまったかのように重い口を、じりじりと開いた。  
「良い…のだろうか……?  
オレ、だけ…、そんな…。佐助をあんな目に…あわせておいて…」  
彼女の眉間に、苦痛を示す深い皺。  
胸の前で握られた手は、在りもしない木筒を掴んでいるかのようだ。  
それを目にした天斗の顔もまた、翳る。  
 
「……お前の身に起こる、幸も不幸も…  
すべて爺さんに擦り付けたいんなら、それもいいだろうさ」  
「な……!!」  
圓は、胸を強く突かれたかのような衝撃に顔を上げた。  
必死の面持ちで、何度も何度も首を振る。  
また泣き出してしまいそうな彼女の姿に、天斗は小さく舌打ちした。  
――何故、このような言葉しか吐けないのだろう。  
これでは、不当な嫉妬に駆られた馬鹿者でしかない。  
 
「……悪い。……けどな、圓…」  
彼女の目頭に光るものから目を離さず、天斗は続けた。  
「お前、薬草は取れたのか?」  
「………はぁ?」  
しょげた顔から一転、圓の目は不審なものを吟味するかのように変わる。  
その様に天斗は苦笑いを漏らす。  
「薬は嫌いではなかったか?  
オレが頼んでも、なかなか飲もうとはしなかったくせによ」  
「…ひ、独りで旅に出るつもりだったから…用心のため仕方なくじゃ!  
なん…だ、一体!何が言いたい!!」  
「いや?……まぁ、その様子なら自分で薬を飲むどころか  
佐助から飲めといわれても  
素直に飲まなかったのだろうなぁと想像できてな」  
 
言い当てられて圓はふくれた。  
佐助が存命だった頃は、躰に闇雲な自信があった。  
怪我はともかく、病気など無縁と思っていたし、実際にそうだった。  
「だとしても、それとこれと何の関係が…!」  
噛み付くように言った彼女に、天斗は軽く笑って答えた。  
「だから……まともに薬瓶なんぞ見ていないんだろうと思ってな。  
いかにも使い込まれた、年代物ってやつを」  
「………??」  
引っ掛かりを含んだ口調に眉を顰め、圓は唇に手をやった。  
脳裏に浮かぶ、古ぼけてはいるものの、頑丈な黒っぽい瓶。  
そんな瓶が数個、箱の中にきちんと並べて納められている。  
瓶を封じる木蓋には『傷』だの『腹』だのと彫り物がされ  
薬と無縁だった彼女にも、中身は一目瞭然だった。  
 
「オレが初めて、圓に痛み止めを渡した時も分かりやすかった。  
瓶も蓋も古いのに、彫られた文字だけ新しくてな」  
「…………」  
ふと、圓の口内に、あの時飲んだ薬の苦味が広がった気がした。  
むせ返るような緑……じゃりじゃりと埃っぽいあばら屋。  
古ぼけたムシロを被せられ、小さな躰を横たえた養父。  
 
この先も、未熟な姫を見守る気があったなら…  
未熟な姫の将来など、どうでも良いという思いがあったなら…  
このような事をわざわざしない。  
もっと他に、いくらでもすべき事はあった筈。  
 
「う、そ…」  
「嘘じゃねぇよ。…信用できんとは思うが。  
後でよく見てみりゃいいさ。痛み止め以外は殆ど触っていないしな」  
「……………」  
指先の触れている唇が、微かに震えている。  
水面下の琥珀の如く、瞳を揺らし、ぽたんと雫を落す彼女は  
嬉しいとも悲しいとも付かない、淡い表情を浮かべていた。  
 
流れた涙と同じ量の時間が進み、塩っ辛い口内を圓は飲み込むと  
はぁと大きく息をはき、勢い良くまぶたを擦った。  
その様子を黙って見ていた天斗を遠慮がちに伺い  
途切れ途切れの低い声で話し始めた。  
「いかん…なぁ、やはりオレは……  
お前に指摘され……ようやく気付く…事ばかりで……」  
「いいんじゃないか?別に」  
天斗は軽く言って、首に手を当てながら、明るい月を見上げた。  
「オレは圓の味方だからな。……ずっと…」  
久方ぶりに聞く言葉に、圓は濡れたままの目を細めた。  
以前は煙に巻かれるような印象しか持ち合わせられなかった言葉も  
今はすんなりと胸の奥に染みた。  
 
「……そっ…か」  
ぽつんと呟き、圓は目を擦った。  
「…じゃあ……どうする…?」  
彼女の中で、何かが切り替わったらしき言葉に  
「そりゃさっき、オレがお前に聞いた事だろ」と  
天斗は返し、呆れ交じりの笑顔を浮かべた。  
その声はどことなく安堵交じりにも、圓の耳には届いていた。  
 
「けども、わからぬのぅ」  
圓は小首を傾げ、感慨深そうな顔を見せた。  
「お前が……オレのどこを良いと思ったか知らんが…。  
オレでは残念ながら、お前の暇つぶしの相手は務まらぬであろう。  
どちらかと言えば…迷惑ばかりかけておるし…な」  
自虐的な話ではあるが、彼女は思ったままを口にした。  
 
「…ま、そう云うとこも含めて全部って事にしとけよ」  
「なんとも適当な事じゃな」  
天斗の反応に、彼女は少し刺のある言葉を返しつつも、笑って見せた。  
「……ふむ。どうしたら良いのか…」  
先程とは似て非なる言葉を、今度は自分に向けて呟き  
圓は笑みを消し、考え込む姿勢を作った。  
「天斗に…オレは何かしてやれる事があるのかな…?」  
またも小難しい事を言い始めた彼女を呆れ顔で見て  
そんな所も可愛いんだがな…と思いつつ、天斗は軽く手を振る。  
「お前は色々と考えすぎなんだよ。んなもん後で…」  
しかし、彼の言葉が終わる寸前  
彼女は脳裏に閃いた妙案に、ぱっと顔を輝かせた。  
「そうだ、うん。天斗…なにかオレにしたい事はないのか?」  
 
『今日は何をして遊ぶ?』とでも言うような気楽さで  
告げた彼女だったが、天斗の見せた一瞬の動揺を否定と捉える。  
「…ほら、オレが天斗の為にしてやれる事など、殆ど無いであろう?  
だから、お前が何か、したい事があれば…と思ったまでなのじゃが…」  
困ったような笑顔を浮かべ、これも駄目か、と言いたげに肩をすくめた。  
 
迎え入れられ嬉しいと思う反面、今この状況は  
一方的な庇護を受ける為だけに嫁ぐようで心苦しく  
素直に甘受しきれない部分が彼女の内にはあった。  
 
「……無い訳じゃないけどよ…」  
「え?」  
言い出しておきながら、圓は意外そうな顔をして天斗を見詰めた。  
ばつが悪そうに、彼は濡れた髪を何度も撫でつけている。  
落ち着かない様子を知ってか知らずか  
彼女は少し身を乗り出して先を促した。  
「なんじゃ…あるのだったら遠慮は要らぬぞ。  
ほれ、云うてみ?…あまりに無茶な話ならオレも聞かぬし」  
「無茶…ねぇ」  
それはまた、判断の難しい事だと天斗は思った。  
見るば、好奇心を隠しもせず頼まれごとを待っている。  
身を乗り出す事で両腕の間にある膨らみが窮屈そうに見え  
それに気を削がれないよう、彼はさり気なく  
彼女のずっと後ろに広がる暗闇に目をやりながら答えた。  
「……触りたい、かな」  
――深く、二呼吸分ほどの間があった後、元のように  
身を引いていった彼女を左目で窺うと、口をぽかんと開けていた。  
 
「触るって……頭に?」  
圓は自身の頭に手を無意識に置いた。  
今まで天斗が触れようとしたのを、ことごとく払って来た事が  
思い出されたが、そっけなく「違う」と否定され、首を傾げる。  
「そこだけじゃなく、全身だよ。全身」  
少し早口だが、天斗ははっきりと言い切った。  
それに対する彼女の反応は「ふぅん…」という  
未だ事柄を理解しきれていない、どこか間の抜けた呟きだった。  
 
「…で?これは無茶な話か?」  
あいまいな態度の圓に、痺れを切らした天斗は逆に問う。  
「は?……あ、ああ、いや、なんだ……  
予想外だったゆえ、いささか驚いてしまってな…すまぬ。  
しかしお前…今までも、どさくさ紛れで触ってはいなかったか?」  
「………」  
ばれていたか、とは口に出さず、天斗はそっぽを向いた。  
「…まぁ、良いのだけれど…。そんなんで、良ければ…  
………じゃあ、はい」  
圓は頭に乗せたままだった右手をおろし、目前に差し出した。  
「はい…って」  
「触るんだろ?別にオレは構わぬぞ」  
はっきりとした口調で宣言し、彼女は迷いの無い瞳を向けた。  
 
彼女が実直なほど、対する天斗の動揺は大きくなっていく。  
『…だから……なんでお前はそう考えなしなんだよ!』  
彼の脳裏に、煩悶の日々が駆け巡っていた。  
故郷への同行を願ったのも、別に思いつきで言った訳ではない。  
旅の道すがら、口説くなり何なり出来れば良いと思っての事。  
しかし、予想以上のお子様ぶりを目にするにつれ  
手も足も出す事が出来なかったのだ。  
 
「どうした……遠慮のう、どこからでもかかって参れ」  
「………」  
固まっている天斗を圓は怪訝そうに見上げた。  
「何ぞ…問題でもあるのか?その…ちょうど、裸なわけだし…」  
彼女は自分の言葉に動揺を示し、躰と視線を忙しなく揺らした。  
その様子から、恥らっていない訳ではないと知れた。  
「……もしや…着物をつけておるほうが良い…のか…?」  
「いや…それも良いが、やはり直の方がいいな」  
妙な一問一答に、彼女は唇を尖らせる。  
「………うぅ…なんなのじゃ……一体……  
やりたいのかやりたくないのか、はっきりせぬ奴じゃなぁ…」  
ついには、眉根を寄せて俯いてしまった。  
 
そんな彼女の目前で、湯面がざぶりと揺れ動いたかと思うと  
頭の上に軽く重みが感じられた。  
天斗の大きな手が圓のしっとりと濡れた髪を撫でる。  
彼の手が動くたび、ぽたりぽたりと雫が落ち  
彼女の肩や胸元に当たり、細かな粒となって流れ落ちていった。  
「今はこれで…我慢しとくさ」  
呟いた彼の声は、低い。  
 
しばし身じろぎせず、優しく頭部を撫でられていた圓は  
片手を上げると、そっと天斗の手に重ね合わせた。  
そして、互いの指を絡め、そのままゆっくりとおろす。  
彼の手は彼女に比べて随分大きかったので、それを補う為か  
両手で包みこみ、柔らかな頬にあてがう。  
「オレも……」  
ごつい指に頬をすり寄せ、彼女は恥ずかしさに震える声で囁く。  
「……好きだよ。天斗の躰に触るの……」  
 
目を軽く瞑った時、顔に熱が広がり、圓はそのせいで  
自分が卒倒でもしたのだろうかと錯覚した。  
そのくらいの衝撃と圧迫を感じて、慌てて目を開けると  
背に太い腕がまわされ、しっかりと抱きしめられていた。  
熱いのは、二人の頬が触れ合う熱だった。  
「………ぁ……」  
驚きと胸苦しさで、圓の唇が音にならない声を漏らす。  
それが届いたのか天斗の腕からほんの少し力が抜け  
胸が押し潰れて苦しくない程度に緩められた。  
 
圓の中で、馬鹿騒ぎをして心臓を口からこぼさんばかりに  
うろたえている彼女と、妙に落ち着き払って  
肌に触れる天斗の感触を吟味している彼女がいた。  
言えるのはどちらも嫌がってはいないという事だ。  
表面上の彼女は黙ったまま、うっすらと目を開けて彼の髪を見ていた。  
少し癖のある総髪は濡れ、天斗の首に纏わりついている。  
ふとそれを直してやりたいと思い、腕を伸ばそうとしたが  
彼の両腕に阻まれ、手を持ち上げる事は出来そうになかった。  
かわりにその手は彼の腰に回し、そろりと抱き返した。  
 
躰を引かれ、抵抗もなく寄り添う。  
天斗は湯の流れ落ちている岩場に座り、彼女を膝上に横抱きにした。  
湯の中にいた時と違い、冴え冴えとした風が火照った躰を急速に冷まし  
それにより頭も醒まされ、圓の羞恥心は煽られた。  
 
いま二人の間にあるものは、流れ落ちる水滴のみ。  
しっとりと触れ合う所だけがやたらと熱く思え  
居たたまれないような恥ずかしさが彼女を包みこんでいく。  
少しばかり自身の迂闊さを思い、唾液を飲みこんだ。  
今までも様々な恥をかいて来たと思うが、今のこれは  
その他のどれとも違って、心は千千に乱れ、揺れていた。  
 
彼女の心のように、随分と弱まった焚き火が二人を照らす。  
 
縮こまって俯いている彼女の顎に、するりと天斗の指が伸び  
力の加減から顔を上げて欲しいのだと知り、指が導くままに従った。  
すると驚くほど近くに彼の顔があり、二人の鼻先がほんの少し触れ  
圓は大きく見開いた金茶の瞳を幾度か瞬かせた。  
しばし息を詰まらせていたが、薄墨色の左目に強く捉えられているのだと  
実感すると、心臓は大きく跳ね、咄嗟にきつく双眸を閉ざしてしまった。  
 
緊張のあまり両肩におかしな力が入る。  
しかしそれも、突如唇に生じた変化によって徐々に解けていった。  
柔く暖かいものが唇に触れ、覆う。  
これは以前、どこかで同じ事を…と、圓の脳裏にふと掠め  
触れ合う所がずらされ、軽く擦れると肩が勝手にびくりと揺れた。  
ずっと潜めていた息も限界が来て、慌てて口を離し目を開く。  
「……は…ぁ…」  
情けない声が出たが、構わず肩で息をしながら横目で天斗を見ると  
彼はいたって平然として、軽く笑い返していた。  
 
「なんじゃ…いまの…」  
圓がなんとなく反抗的な口調で聞いてみたところ  
天斗は言葉にせず、実践で返した。  
彼女が顔を動かす間も与えず、ちゅっと派手な音を立てて唇を奪い  
さっさと離れて見せたのだった。  
あまりの早業にぽかんとして半口を開けていたが  
照れよりも『ああ、口をつけたのかぁ』と納得して頷くのが先だった。  
 
ひとしきり頷いた後、唇を押さえて黙り込んだ圓の頭に  
こつんと軽く、天斗の額がぶつかった。  
何事かと頭を離さず視線だけ彼に向け、伺うと、耳元で声がした。  
「圓…は、まだオレが……恐ろしいか?」  
「!………」  
ひとつ硬い息を飲み、ゆるゆると彼の方へ顔を向けた。  
今しがた得体の知れない恐れをなして、目を閉じた事を悟られていた。  
胸の奥底にある昏い澱みが、静かに揺らめく。  
彼女は静かに瞳を閉じ、その淀みを注視した。  
 
「そう……だな」  
圓は、瞼をゆっくりと開き、大きく呼吸をしながら続けた。  
「正直に申せば、まだ……天斗の事が恐ろしい…な」  
憂いを含んだ瞳で、しかし揺れもせず真っ直ぐに見詰める。  
そろりと遠慮がちに差し出した指先を、彼の瞑られた右瞼に触れさせ  
撫でるように優しく、覆い隠した。  
「恐ろしいな。…お前の力も……お前に捨て去られる事も……」  
想いの内には、恐れに突き動かされている部分が無いとは言い切れない。  
 
それでも。  
「――それでも、それだけ…ではないのじゃ」  
ぱっと花が綻ぶような笑顔を向け、はっきりと告げた。  
胸の昏い澱みにも、光が射しかかっているのを感じながら。  
「なんでも、オレは天斗の良いとこを見つける名手じゃそうな。  
オレもまぁ…そうかもしれんと思っておる。  
だって…お前の恐ろしいところも…含めて………から……な……」  
語尾がどんどんと小さくなるのは、照れ笑いで誤魔化す。  
 
覆い隠していた手を引くと、天斗は両の目を開いて圓を見詰めていた。  
彼女も、少し恥らいながらも見詰め返して、小さく微笑む。  
「…やはり両目で見ると、秀麗さが良く分かるな」  
「ばーか。オレは両目瞑ってたって綺麗なんだよ」  
ふんぞり返るように偉ぶり、ふふんと笑う。  
「お察しの通り……オレは非常に臆病な女じゃ。  
これで本当によろしいか、陸奥殿?」  
天斗の首に両腕を回し、彼の額に自身の額を擦り付け  
今にも笑い出してしまいそうな、むずむずとした表情を  
必死で押さえようと勤めながら問う。  
「ああ、勿論…」  
そんな圓の様子に彼が意地悪く笑い、構わず唇を重ねてきても  
彼女は無邪気に肩を震わせていた。  
 
しばらくは、じゃれあうような口付けを繰り返していたが  
ゆっくりと天斗の舌先が圓の唇を割り、歯を舐め上げると  
彼女の指がぴくりと動き、閉じた瞼に力が篭る。  
「んん…ぅ…?」  
歯茎をなぞるようにくすぐられ、細かく首を振ったが  
彼女の頭を支える手は逃げるのを許さず  
明らかに先程より強く唇を押し付け、舌を刺し込れてきた。  
圓は焦り、迂闊にも声を出そうとしてしまった。  
「らに…っ?…は、ん……ふっ…!」  
開いた口はもう閉じられず、舌を絡めとられ  
ねとりとした未知の感覚に躰を小刻みに震わせた。  
溺れているかのような音と声が口腔に響く。  
口内に、こんな形で触れてくるとは想像もしていなかった。  
「……ん…っ…ん…ぁ…」  
強引に抉じ入ったわりには、彼の舌は穏やかな動きを見せた。  
彼女の舌を味わうよう何度もなぞり、裏側を尖らせた先で突付く。  
圓はただ天斗の舌に噛みつかないようにするのに精一杯で  
呆けたように口を開いたまま、くぐもった喘ぎを漏らし続けた。  
彼がようやく身を引いた時、彼女の口元はどちらのとも付かない  
唾液でべっとりと濡れ、顎まで滴っていた。  
 
「こ…のような……触れ方……」  
大きく息をしながら口元を拭い、弱々しくも睨みつけたが  
軽く耳に息を吹きかけられ、ひゃっと小さく悲鳴をあげ縮こまってしまった。  
「なんだ…。やはり…嫌、か…?」  
耳に口元を寄せたまま囁かれた天斗の言葉は、静かだが  
とても好戦的に聞こえ、圓の負けず嫌いな部分を煽った。  
「べ、別に……嫌などと云ってはおらぬ…!」  
 
事実『嫌』ではなかった。  
しかし、次に何をされるのかまったく予想もつかず  
なにやら黒い布で目隠しをされているかのような不安がよぎる。  
心細さから、逞しい躰に縋り付こうにも  
自身を不安に陥れている原因はこれだったと気付かされるだけ。  
この状況はもしかして、圧倒的に自分だけが不利なのではないか…と  
今更ながら、圓は思うのだった。  
 
物思いに囚われていた彼女は、耳たぶを噛まれて我に返った。  
「何をぼんやりしてんだ…」  
「…っ…あぁっ」  
耳朶から細い首筋を舐め上げる天斗の熱い口唇は  
圓のそぞろ心を痛いほどに引き寄せる。  
触れられている所から広がるように全身が火照り  
空気を求めて開いた口はうわずった声を漏らす。  
――彼女は『愛撫』などというものは知らない。  
彼の動きに呼応するように蠢く自分自身を不思議に感じ取っていた。  
 
 
湯で桜色に染まり、柔らかな首筋を少しばかり強めに吸い  
くっきりと赤く所有の証を刻んだ。  
そうして圓の顔を窺うと、羞恥に耳まで真っ赤に染め  
強く唇をかみしめた所だった。  
怯えを虚勢で覆い隠すため健闘しているような表情…  
加虐心をくすぐられるが、それは軽く息をはいて押さえ込んだ。  
 
片腕で支えた小さな躰が身じろぎをするたび  
その小ささに反するような強靭さを掌に伝えてくる。  
瑞々しく引き締まった肌の下に鍛え上げられた筋。  
一朝一夕では作り出せない、力強い肉体である。  
それでいて、胸元のふくらみは優しい曲線を描き  
ちょっとした動きに惜しげもなく柔らかみを弾ませた。  
弛まぬ修練の証と、生来の色香が宿った躰は  
天斗の雄芯を激しく駆り立てていた。  
しかし、それらを一旦振り切ってでも確かめたい事が彼にはあった。  
 
しなだれかかる彼女の背をそっと押しながら  
「圓、手を…そこの岩に」そう告げた。  
目を開けた圓はいささか不安げに、天斗と岩の間で  
視線を彷徨わせていたが、自分で躰を起き上がらせると  
黙って両手を前に伸ばした。  
 
少し躰を離し、天斗は目前の彼女をじっくりと眺め見た。  
岩に寄りかかって背中を晒し、戸惑った表情で振り返っている。  
普段、日の当たらない背は白く、馬の尻尾のように真っ直ぐな黒髪が  
水気を含んでぴたりと張り付いている様は艶かしい。  
通った背筋を指でそろりとひと撫ぜしただけでも  
びくりと躰を震わせ、水滴を散らした。  
その手はそのまま、くびれが形作るまま撫でおろして行き  
すべらかな肌触りに突如生じる異質な場所で、彼は手を止めた。  
「…あ、そ…そこ…は…」  
圓は息を詰まらせながら躰を捻ろうとしたが  
しっかりと腰をつかまれ、それ以上動く事は出来なかった。  
しぶしぶといった具合に前を向き直り、うなだれる。  
 
彼は、彼女の背中に顔を近づけた。  
優雅な後姿に一箇所だけ、いびつな傷痕が痛ましい。  
銃弾を受け、膿んでしまった跡…  
肉が奇妙に盛り上がり、皮膚を引き攣らせている。  
天斗は迷わずそれに口をつけた。  
「ひゃぁん!」  
くすぐったさと驚き混じりの声を上げ、圓が身悶える。  
それに構わず彼はゆっくりと舌を這わせた。  
傷ついていても、感じている。彼女の仕草が伝えてくる。  
それが天斗には嬉しく、愛おしかった。  
 
「や、ぁ…ちょっ……と……」  
目の届かない背中だからか、些細な事にも過剰に反応してしまう。  
圓はひんやりとした岩にしがみ付くようにして耐えた。  
犬のように速い呼吸を続けていると、頭の芯が痺れてくる。  
腰に添えられた天斗の手が、ほんの少し動くだけで  
その行き先がひどく気に掛かって仕方がない。  
何も触れていない筈の場所までも、ざわざわとしているようだ。  
「……っ…!」  
堪らず、彼女は岩から離した左手で彼の腕を掴んでいた。  
 
「ん?」  
吐息混じりの呟きが届き、天斗は濡れた傷痕から口を離し  
声の主と目を合わせるべく、顔を上げた。  
なにか困ったような、それでいて怒っているような  
複雑な表情で振り返った圓は、もごもごと唇を動かし  
やがて、とても言い辛そうに彼へと告げた。  
「……そこは…その、もう良いであろう…?」  
しかし天斗はそらっとぼけた態度を崩さない。  
「そうかな…こうして後ろからじっくり拝むのも良いもんだぜ。  
いい尻してるしなぁ、お前」  
「ばっ……馬鹿っ!…そのような事……」  
腕を掴む手に力を入れ、腰から上を捻ってはみたものの  
思ったとおり無駄な努力で終わり、彼女は口をへの字に結ぶ。  
手を離した後も、横目でじっと彼を見続けていた。  
「………」  
「なんだよ…云いたい事があるなら云えよ」  
「…………だっ…て…」  
 
拗ねたように睨みつける顔はどこか幼さが伺えるが  
それでも、彼を捉える濡れた瞳には熱が宿っていた。  
「…そんなに…背中のほうが…いいか…?  
こちらは、いらぬ……の、かな…。…天斗は……」  
一言ごとに息を漏らして呟く圓の両腕には  
汗ばみ、柔らかく形を変えた乳房が抱えられていた。  
 
腰に置かれていた手が、腹に巻きつくように回され  
後ろに倒れ込むと、背に彼の躰が密着し、彼女は幽かに息をはいた。  
「これは…申し訳ない」  
脈略も無く謝罪され、圓は呆け顔で天斗を窺う。  
「胸への刺激をご所望だとは気がつきませんで」  
口端を上げ、わざとらしく馬鹿丁寧に言い放たれ  
彼女はぎくりと躰を震わせた。  
「ち、ちがっ……あ……」  
そろりと、下から丸みをなぞるように指先が触れた。  
彼女はきつく目を瞑り、肩を強張らせる。  
「違う?」  
明らかに笑い混じりの声が後ろから聞こえた。  
それでも指先が離れる事なく、突付くように撫でてくるのを  
咄嗟に手で押さえつけ、首を激しく振った。  
「……誤解じゃ…。ぁ……た、だ……聞いただけ…で」  
躰をくの字に折り、甘い声色にそぐわぬ強がりで突っぱねた。  
 
「そうか…誤解か…」  
存外にあっさりと、指先は離された。  
その事よりも、圓は内に生じた損失感に愕然とした。  
指が離れてしまっても、熱をはらんだ疼痛は乳房に残り  
まったく触れていなかった時よりも強く  
はっきりと、存在を主張する。  
「………はぁ…」  
うっすらと開いた口から溜息がこぼれ  
虚ろな目は、ぴりぴりと痺れる膨らみと、その下にある  
天斗の手を見おろしていた。  
 
彼女は背後に柔らかいものを感じ、ぴくんと躰を揺らした。  
不安げな顔でそろそろと振り向き  
小さな肩に口をつけている天斗と視線を合わせた。  
「…触れてもいいか?」  
肩越しに優しく問われて、彼女は一瞬動揺を見せたが  
すぐに二度、真っ赤に染まった顔を縦に振ることで肯定をした。  
 
我ながら、手間のかかる女だと圓は自嘲しかけたが  
それも天斗の両手で柔肉を揉みしだかれる快楽に霞んでいった。  
 
「ああ…っ!…ん……あっああぁっ…」  
胸を下から持ち上げられるように捏ねられ、びくびくと震えあがり  
圓はあられもない声を上げた。  
しかし、悦ぶ躰と裏腹に羞恥も沸きあがり、思わず彼の手を掴む。  
掴んだ所で動きは止まらず、それどころか  
膨らみが形を変える様が伝わって来てしまった。  
 
「…っ!」  
慌てて離した宙ぶらりんの左手を突然掴まれ、彼女は息を飲んだ。  
ぐっと引き上げられた手は、彼の太い首の後ろに回された。  
「そっちの手も、同じようにしな」  
「…え……ぁ…」  
右胸を撫でながら、彼が指示を出す。  
弱々しく開かれた自らの右手を、彼女は中空で留めていたが  
抗っても仕方のないことだと悟り、ゆるゆると持ち上げた。  
天斗の頭の後ろで両指が触れ合う。  
「そのまま…離すんじゃねぇぞ」  
万歳をするように両腕を上げた事で開いた躰は  
滑稽なほどに無防備で、圓は瞳を潤ませた。  
 
 
圓の乳房は天斗の手にすっぽりと納まり  
吸い付くようにしっとりとして、暖かかった。  
想像以上に柔らかく、いままで着物の上から触れたり  
はずみで触ってしまって来たどれよりも気持ちが良い。  
気付けば口内に溜まっていた唾液を彼は飲み下した。  
 
桃色の乳首を人差し指ですっと撫でた。  
「は…ぁんっ」  
これまでより一層強い反応と可愛い声を腕の中で上げる。  
それを二、三度繰り返すうちに、突起はこりこりと硬く形を変えた。  
「やっ…あ、あ……いや…ぁ」  
弱い否定の声に耳を貸さず、ぷっくりした乳首を  
親指と人差し指に挟み、軽く摘み上げた。  
 
「あ、ああんっ!」  
嬌声を上げ、火照った躰を仰け反らせた。思った通り嫌がってはいない。  
その証に、彼女は後ろに回された手を離そうとはしなかった。  
しかしながら、耐える為なのかなんなのか  
天斗の一つに結わえた髪を引っ掴んでしまっている。  
彼は正直、少しばかり痛かったが…我慢する事に決めた。  
 
圓が身を捩るたび、二人の躰の間に挟まれている  
彼の張りつめたものを彼女の尻が擦り上げた。  
鍛えられた双丘は柔らかくも引き締まり  
このまま後ろから強張りを押し込めたい欲望に駆られそうになる。  
「ふぁっ…あ…っあ……たか…と…っ」  
不意に名を呼ばれ、彼は思わず乳房を掴む手に力をこめてしまった。  
「いた…っ」  
苦痛を孕んだ彼女の声で我に返り、慌てて指を緩めた。  
「悪い…。ごめんな」  
「ん……だいじょうぶ…」  
圓の声は、まだ充分に甘やかさを湛えており、天斗を安堵させる。  
痛ませた所を撫でるようにしながら、彼は冷静さを保とうと勤めた。  
苛めたい気はあっても、傷つけたい訳ではないのだから。  
こんな時まで、思うさま欲情に耽る事が出来ないこの力が疎ましい。  
それでも、自身がそうだったからこそ、彼女と出会えたのだから…  
不満に思って良いものではない。  
まぁ、冷静な方が圓の痴態をじっくり拝める訳だし  
それはそれで良いかもなぁと天斗は前向きに考える事にした。  
 
指を埋める離し難い感触を振り切って、彼は右手をつと下ろす。  
彼女のきっちりと締まった腹筋を経由し  
投げ出された両足の付け根に手を伸ばした。  
中指の先に、濡れた毛がさりりと触れ、また気が逸る…が  
「…だっ…!!」  
言葉にならない声を上げて、圓が唐突に身を離したのだった。  
 
転げまろびつ、人ひとり分ほどの間が二人の中にできる。  
今まで悦楽に浸っていたとは思えないような素早い動きに  
天斗は少々感心しながらも、呆れまじりに声をかけた。  
「そんな逃げなくてもいいじゃねぇか…」  
「だ、駄目なのじゃ!……故あってここだけは…!」  
今までの強がり半分の否定とは違う、心からの拒絶が  
彼女の強張った表情と声に篭められていた。  
ただ恥らっているだけではない。悲痛さすらも感じられる。  
なので天斗は、わざとのんびり話を続けた。  
「んー…、まぁ、なんだ。急に恥ずかしくでもなったのか?」  
「…………」  
 
ぎゅっと躰を縮めるように丸め、もぞもぞと聞き取り辛い声で呟く。  
「すまぬ…。けど、やはり…ここは駄目……。  
先程までは大丈夫かと…思っておったのじゃが…」  
へそを押さえた手を見おろす、不安でつぶされそうな顔。  
何か恐ろしいものを、必死で押さえつけているかのようだった。  
 
突如、それを天斗に向けると、叫ぶような勢いで圓は哀願した。  
「…そこではのうて…その……お願い!  
…もっと胸を……こっちをもっと、いじって…」  
挑発するように両腕に抱えられた乳房と  
あからさまな語尾の震えがひどく不均等だと天斗には映った。  
だがそれでも、彼はその誘いに乗った。  
黙って手を差し出すと、おずおずと近づいてきた彼女の腰を  
少々乱暴に引き寄せ、正面から見据える。  
圓は息を詰まらせたが、すぐ気まずげに目をそらす。  
金茶の瞳がゆらりゆらりと、不安定に揺れていた。  
 
 
白い膨らみには握られて出来た赤い筋。  
天斗は無造作に、それを舌で舐め上げた。  
「…っ」  
咄嗟に圓の躰は緊張し、瞼と唇がきつく結ばれた。  
しかし、彼女の両手は遠慮がちに彼の頭部を抱き寄せる。  
「……ああ…んっ」  
硬くしこった桃色の乳首を、天斗の舌先が幾度か弾く。  
乳輪をなぞり、口内に含むと  
柔肉に突起を押し込むように舌を擦り付けた。  
胸全体に擦られた唾液は、彼が顔を動かすたびに  
ぴちゃぴちゃと音を立てている。  
片一方の胸は、掌の中でくにくにと揉まれ、違う形になった。  
「くぅ………あっあ……ゃ…」  
熱っぽく、じんわりと痺れるような快感と軽い痛みに圓は耐えかね  
無意識に天斗の頭に縋りついていた。  
結果それは、自らの胸元に彼をより一層埋もれさせただけで  
唇で少しばかり強く先端を啄ばまれ、がくがくと躰を震わせる事になった。  
 
「ひっ…!?」  
背面に生じた感触に彼女は仰け反り  
天斗の目前にある乳房を大きく揺らした。  
振り返ると、圓の腰を支えていた筈の右手が  
尻よりすぐ下に添えられている。  
「こ…こらっ!そこは駄目だと云うたであろうが…!」  
「勘違いすんなよ。オレは足に触ってるだけだ」  
眉を吊り上げ抗議をしたものの、しれっと返されてしまった。  
確かに、足だといわれれば、それまでなのだが…。  
口を開きかけた彼女を無視し、彼はまた胸元に顔を埋め  
足の付け根辺りにある右手も離そうとはしない。  
彼女は一瞬、このまま首を絞めてやりたい衝動に駆られた。  
 
胸への蹂躙は快楽と共にじれったさも募らせ  
圓はまたひとつ、荒っぽく息をはいた。  
直接的な胸元よりも、些細なこちらに彼女の神経は尖っていた。  
「んぅ…っ」  
内側がぴりぴりと熱い。  
腰を揺らめかせてしまいたくなるのを必死で押さえつけるが  
「ふああっ!!」  
突然の甘やかな衝撃に、圓の脳裏は白く惚けた。  
ぎゅっと篭められた指先に、天斗の髪が絡む。  
「ああ、わるいわるい…」  
言葉とは正反対の悪びれない声が彼女の耳に届く。  
声以上に悪びれない指先が、秘裂の表面を  
撫でるか撫でないかのあたりで蠢いたのだった。  
 
「………やめて…」  
天斗の首にしがみついたまま、圓は弱々しく呟いた。  
「ほんとう…に…。どうか……後生じゃから……」  
「…お前の懸念がなんなのか、オレにはわからんが…」  
密着した彼女の躰は火照り震え、囁かれる拒絶の言葉とは  
とても結びつかないように感じられた。  
それでも彼は、一つ息をはくと、小刻みに振動する脚から手を離し  
彼女の背を優しく勇気付けるかのように叩いた。  
「オレは、さっきも云った通り…圓の全部に触れたい。  
だから…聞かせてくれよ。何がそんなに苦しいんだ?」  
 
圓の内なる部分が、きゅうと熱く締め付けられた。  
普段は人を食った言動の天斗が零した、素直な願いに  
目の前がくらつく程に感じ入ってしまった。  
根は純粋で、真っ直ぐに出来ている彼女は  
これ以上の隠し立ては無理だと、観念するしかなかった。  
 
「……変な所を……知られたくなかった……」  
「変?」  
天斗が話すと息が胸元にかかり、圓は身じろいだ。  
彼の頭を抱えていれば顔を突き合わせなくて済むが  
このままでは話し辛いのも確かで、仕方なく少し身を離す。  
「躰が…な」  
「?…別に…これといっておかしな所など…」  
無遠慮に彼女の裸体を凝視し始める。  
そんな視線を受け、圓は頬を染めながら中空を仰ぎ見た。  
 
「……外面はどうだか知らぬ。…そうでは、のうて…」  
ぽかりと浮かんだ青白い月が、じんわりと滲む。  
「得体の知れん…病で」  
すると突然、ぴたんと勢いよく額に何かが張り付き  
彼女は面食らって体を硬直させたが  
さほどかからず「いや、熱はないぞ…」と呻いた。  
 
額につけていた掌を離しても、天斗の表情は険しいものだった。  
圓は重い溜息をつく。思った通り、心配をかけた事に重責を感じる。  
「……熱があるとしたら…こちらじゃ…」  
決定的に嫌われるのを覚悟しながら、秘密を暴く。  
諦め混じりの自嘲を浮かべ、彼女は自らの下腹部を撫で擦った。  
彼の顔を盗み見ると、滅多にない戸惑いの表情。  
それを見て、彼女はこっそりと小さく笑い、ぽつりぽつりと続けた。  
「何故かは分からぬ…。普段はなんて事ないのに  
お前が触れ…ると、なんだか……  
少しづつ……このへんが、疼いてきて…」  
「………」  
「どうしようもないのじゃ…。苦しゅうて…」  
彼女の左手が、彼の肩の上でぴくんと揺れた。  
今にも、天斗が黙って離れてしまいそうで、恐ろしくてならない。  
かといって、自ら抱きつく事も、もう出来はしない。  
ただひたすら息を殺して、罪人の如くその時を待った。  
 
押し黙った圓を模すように、また天斗も黙っていた。  
とりあえず、今のような状況を『青天の霹靂』とか云うんかな、などと  
かなりどうでも良いことが脳裏に浮かんでは消えていく。  
どのような告白がなされても  
受け止めようと腹を括ってはいたが…。  
最早、安堵していいのか、興奮していいのか、よく分からなかった。  
 
とりあえず頭を掻き、軽く呼吸を整え  
愁眉を曇らす圓に向け、至極優しい口調で問い掛けた。  
「えぇ…と。…他になんか、体調が悪いとこは…無いんだな?」  
彼女は俯き加減のまま少しばかり考え、首を縦に振る。  
その点に関しては、天斗もひとまず胸を撫で下ろした。  
しっとりとした躰を微かに震わせる彼女をしみじみ見詰めると  
ただただ無垢な為に、今まで独り苦しんで来たのだとわかる。  
それを想うと……  
「かわいいな」  
つい、率直な気持ちが口から漏れてしまった。  
 
「…な…何をのんきな事を云っておるのだ…!?」  
顔を上げた圓は、非難めいた口調を隠しはしなかった。  
「お前にはわからぬであろうが、本当に辛いのじゃぞ…。  
…前…にも、どうしても、くるしい時があって…  
………仕方なく……ここに……」  
彼女の指先が、へそより下へ、そろそろと落ちていく。  
天斗の目線も同じく下がる。唾液を飲み込むのを何とか我慢した。  
「な、治るかと思ったのじゃ!…だから仕方なく…  
……指を中に……いれてみたら……  
なん……なんだか妙に熱くてぬるぬるぐねぐねして…!」  
圓の顔はどこまでも真剣で、悲痛だった。  
 
「すまぬ……このような…、気持ちの悪い事……  
云えなくて、ずっと黙ってて……嘘ついて……」  
ぽそり、ぽそりと、ひどく悲しく弱々しい声。  
自分を落ち着かせる為に黙り込んでいた天斗は  
その声にいささか驚き、顔を上げた。  
「約束の一つも、叶えてやれなくて……。  
せっかく、一緒にいてくれるって…云ってくれたのに…な。  
……本当に…ごめん…。……ごめんなさい」  
今にもまた、大きな瞳は雫を零さんばかりに揺らめく。  
彼はその目を直視できず、早口で呟きつつ行動に出た。  
「馬鹿。変なことであやまんな…っと」  
「!?」  
あっという間も無く、彼女は湯の流れる岩場に倒され  
驚き身を捩るが、温かな岩と天斗の熱い躰に挟み込まれた。  
彼の腕があったお陰で痛みこそ無かったが、身動きが取れない。  
「ちょっ…と……。お前、人の話を聞いておったのか!?」  
「聞いてたさ。けど…」  
組み敷かれた彼女の躰がびくんと揺れた。  
天斗の太い中指が、圓の陰口を軽く撫であげる。  
「……何であろうとオレはお前を諦める気はねぇよ。  
本当に病かどうか、診てやるから大人しくしてな」  
 
――ま、オレは医者じゃないから詳しい事は知らんけどさ。  
当然ながら、その事を天斗は口にしなかった。  
 

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