「ま、待っ………ん…ぅ…!」
動揺を含んだ言葉は、天斗の唇に押さえつけられ
喉奥で、きゅうと息が鳴るのを圓は聞いた。
下腹部に不自然な力が入り、両太腿がきつく閉じられる。
『大人しくしていろ』といわれ『はいそうですか』と
簡単に聞き入れられるものではない。
押し倒されて不自由な中、彼女は精一杯の抵抗を見せた。
それでも両脚に挟み込んだ彼の手は、退く事なくその場にあった。
無骨な指先が秘裂の表面を突付くと
彼女は過敏にびくつき、その弾みで両足が浮き上がる。
「ふぁ!ああ、ぁっ…」
その動きは偶然であったが、彼の指を誘うように割れ目を擦りつけ
湯とは違う、ぬるりとした感触を伝えた。
天斗の口角が微かに上がる。圓がそれに気づく事はなかった。
「…いやっ…もう厭、じゃ…。さわ、触るでない…!」
口端から垂れる唾液に構わず、彼女は何度も首を振った。
一つに纏められた髪が、岩の上でぴたんと跳ね、飛沫を散らす。
浅瀬に打ち上げられた川魚のような動きだった。
「……も…許し…て…」
手で目元を隠した圓の哀願は、語尾の震えから本心であると知れたが
あえて天斗はゆっくりと指を折り、彼女が息を呑む様を眺めた。
「許すもなにも…」
蜜の滲む秘唇をさすると、声を潜めつつも、ぴくぴくと肩を揺らす。
そんな姿を見おろしながら、彼は平然と二の句を継いだ。
「オレは病の見立てをしてるだけだぜ…。
お前はこのまま、訳のわからん状態で平気なのか?」
「…そ…れは…。…んっ…」
自戒と悦楽の間で揺れる瞳を、指の間から圓は覗かせた。
濡れた金茶は、艶かしく彼を捕らえる。
その瞳は、進退窮まったこの状況を
打破する詭弁を欲しがっているようにも見えた。
「……正式ではないにしろ……オレ達はもう…夫婦だろ?
隠し立てして、何か得になるとも思えねぇんだけどな」
嘘ではない。本心からの言葉だが…
自分がいうと、なんと嘘臭いことだろうか。
――天斗はしみじみと、己自身に呆れた。
しかし、恥ずかしげに目を伏せ、小さく頷いた圓を目にして
結果が良ければそれで良し、と…彼は納得することにした。
つま先を立てた両脚が、そろりそろりと開いていく。
じわじわとして熱ぼったい、奇怪な痺れの走る秘所に
ひやりとした夜気が流れ込んでくる。
彼女は唇をかみ締め、縮こまるように顔を隠した。
「…っく」
人差し指で秘裂が開かれ、ごつい中指の先が
ほんの少し体内に埋まると、ぴりりとした痛みが走る。
圓は微かに眉をひそめた。
「もっと奥に…触るからな」
天斗の宣言に対し返答は無く
かわりに彼の胸板に、額をぶつけるようにして頷いた。
膣口を二度、三度と撫で、愛液を絡めた指先に
少しづつ力が入り、埋め込まれていく。
異物感に圓の顔が歪むが、それでもまだ、痛みは我慢できた。
痛覚は分かりやすい。
ゆるりと息を吐き、やり過ごす様を彼女は知っている。
「んっ…んくっ…ぁ…」
それより他の形容しがたい感覚のほうが、よほど辛かった。
「はっ…ぁ…。……ど、どう…なんだ…?」
耐え切れず、圓はうわごとのように問うた。
「焦るなよ。そうすぐにゃ分からんて」
「……そ…か…。…すまぬ…」
「何を謝ってんだか」
天斗はなにやら妙に可笑しそうではあったが
彼女にそれを咎める余裕など無かった。
早くこの触診が終わる事だけを願い、祈っている。
しかし、そんなささやかな望みも、遅々として叶えられずにいた。
そんな状態を、より一層思い知らせるかのように
いつもより低い彼の声が、耳元で囁いた。
「指一本でも窮屈で…なかなか奥まで入らないんだ」
意図せずに、彼女の肩がぴくりと揺れた。
「けど…圓が云った通り、お前の中って熱くて柔らかいんだな…」
「っ!!」
先ほどよりも大きく、彼女は動揺を示した。
影の落ちた表情は伺えないが、赤く染まった耳が恥辱を物語る。
「確かに、ぬるついて……なんでこんな濡れてんだろうな?」
「――ば…馬鹿ぁーっ!!」
ついには半泣きの顔をあげ、この上なく情けない声で抗議した。
「そんな…そのような説明…。い、いちいちせずともよいっ!」
「ん…『どうなんだ?』って聞かれたからなぁ」
「…お、お前って奴は、ほんとに…っ……あ、くぅ…っ!?」
やはり彼女の立場は圧倒的に弱く、文句を言い切る間もなかった。
へその辺りを内側から擦られた躰が、震えながら仰け反った。
「ふぅっ…、あぅ、んぅ…ん……っ」
「ほら、こんな深くまで来たぜ」
ざらつく肉壁を天斗の指が掻くように動く。
「ひっ…あっ!……いっ、いや…いやぁ」
圓の意思とは関係なく、彼女の腰が大きく揺らめいた。
さらりとしていた液体が、次第に粘度を高め
潤う膣内から、ゆっくりと指を引き抜かれる。
そしてまた奥深くまで挿入が、幾度か繰り返され
探るように円を描き、少しづつ狭道がほぐされていく。
ぬちゃりと淫猥な音がしたが、温泉の水音はそれをかき消した。
彼女にとっては小さな幸運だといえた。
「っ……ああぁっ!あ、も…ぉ、やめっ…」
「…そうだな」
悦楽と怯えの混じる声が聞き届けられたのか
彼女の秘所から唐突に指が引き抜かれた。
「あ…」
唾液の垂れ落ちる口で荒く息をつき、呆然とした圓は
はたと我に返り、慌てて脚を強く閉じた。
安堵しながらも、躰の奥が熱を孕んで痺れ続けるのを感じ
彼女の太腿はもぞもぞと落ち着きなく動いていた。
薄ぼやけた瞳に、べったりと濡れた天斗の指先が映り
慌てて視線を逸らしながら、圓はぶっきらぼうに聞いた。
「…それで?……どうだったんだよ…」
「ああ。正直よく分からんかった」
「はぁ!?」
彼女はぎょっとして、指先でねとつく液体を弄ぶ彼に鋭い目を向けた。
「分からんて…分からぬとはどう云う事じゃ!?」
できれば躰を起こして食って掛かりたいところだったが
未だ微妙な力加減で押さえられ、仰向けに倒されたままだった。
あまりの事で、うまく言葉も出てこない。
「な、なん、なんで…っ」
「やはり触るだけではなぁ……」
彼の零した、何気ない一言。
それがとてつもなく不吉な呟きなのだと勘付いたのは
天斗が素早く行動に出たのと同時だった。
両脚のふくらはぎを掴み、遠慮なく上まで押し上げると
腰がくの字に曲がり、膝は岩に着いて小さな飛沫をあげた。
仰向けに寝たままだった圓は、すぐ目の前に
しっとりと濡れそぼる、自らの性器を見ることになった。
股の間から覗く顔は、思考が停止しているらしく
目を見開き動かずにいる。
しかし、卑猥な体勢に驚いてはいても、苦しんではいない。
本当に柔らかい躰をしているのだな…と、天斗は妙に感心した。
両脚の付け根に目を転じると、ぱっくりと秘肉が開き
露を湛えた桃色を曝け出している。
動かない上半身の代わりか、菊座がきゅうと締められた。
とはいえ、月明かりと弱い焚き火に照らされた秘所は、濃い影も落ち
あまりはっきり堪能できるものではなく、少しばかり彼を落胆させた。
そして突然、そのすべてが覆い隠されたのだった。
「おい……隠すな」
平素と変わらない声で言いながら、眼下を覗き込んだ天斗を
正気に戻った圓は果敢にも、その体勢から怒鳴りつけた。
「ふざけんなっ!……は、離せ!早う離さぬかっ!!」
口調こそ威勢良いが、膝裏を押さえられ
屈辱的な姿を崩すことは許されていない。
何とか抵抗しようと脚をばたつかせたが、踵が天斗の肩に当たり
彼に少しばかり『邪魔だな』と言いたげな顔をさせただけだった。
「お前こそ、早く手をどけろよ」
「……いやじゃ!!」
悪びれない相手に、彼女の態度はますます硬化した。
とはいえ、掌の下にある秘裂はむずむずと痺れ
気を抜くと覆い隠す為の手を、擦り付けそうになる。
なんとか唇を噛み、耐え忍ぶ。
それらは表情に浮き出ているのだろう
見おろす天斗は薄い笑みを浮かべていた。
こんな間近で何もかもを覗かれて
どうなるのかも分からず、圓は震えた。
更に悪いことに、あの、河原での夜――
敵の手に落ちることとなった、あの嘲りの言葉が蘇り
彼女は一瞬、ひどく顔をしかめて首を振った。
決して誰にも明かせない…目前の男にこそ知られたくない痛い思い出。
そんなものに胸を締め付けられ
いたたまれず消え去ってしまいたいと彼女は思った。
ふと右足から重圧が消え、天斗の手が、圓の手に重なる。
「云われた通り、離したぜ。…代わりに」
細い指を上から押さえると、肉襞の中に沈み
その上、彼は何の躊躇もなく膣口を押し広げさせた。
「自分で広げておけよ。ちゃんと奥まで見えるように…」
彼女にも、ぬちゃりと粘こい音が聞こえ
細い指が蜜の滴る襞の中、ぬらりと滑るのを感じた。
「………いや…っ!!」
瞬間、押さえつける手を払いのけ、彼女は顔を覆い隠した。
ただ単に、それしか自らを守る方法が無かったからだ。
非情だとは知りつつも、それ以上に膨れた劣情を押さえられない。
それに、ここで心を鬼にして行動しなければ、なにも変わらぬだろう。
天斗はそんな言い訳じみた思いを抱えながら
彼女の大切なところを触れる手だけは慎重に、進めていった。
入り口を指の腹で擦れば、ちゅぷちゅぷと濡れた音をたてた。
開いた膣口は暖かく惚けているが、再度ゆっくり指を埋め込むと
中は相変わらずきつく、抜き出すときに苦労をさせられた。
内部の一つ一つが彼の指を引き込むようにさんざめく。
「く……ぅ……」
顔を覆った両手越しに、くぐもった声がした。
彼女は今になっても歯を食いしばり、声を殺しているようだ。
『ふぅ…ん。それなら……』
彼は濡れそぼる秘裂から、今まであえて触れずにいた場所…
薄皮から頼りなさげに覗いている、雛尖に目を移した。
「ひぅ…!……ぃ…」
脳天まで突き抜けるような強い感覚に圓は仰け反り
乳房に浮いた汗が首まで滑り落ちていった。
これまで躰深くの熱にばかり注視していた彼女には
想像外の衝撃であった。しかし、思い出すこともあった。
あの、小高い丘の修行場で起こった、似たような感覚を…。
「あくっ……ひあ、ああんっ!!」
ねっとりと熱いものが、恥ずかしい場所の形をなぞり
考え終わる前に、彼女はたまらず目を見開いた。
思いもよらない近さで、天斗と圓の視線が合った。
火照った顔の熱が伝わる指の間から見たものは
彼女の秘肉に口唇を割り入れている彼の姿。
赤い舌が、どろりと糸を引く。
その様はまるで……
「あ、あ、……く……」
……喰われ……てる……?
熟した果実の汁を舐め啜っているようで。
そんな不躾な行為が、生々しくも自らに為されていた。
「い、いやぁ!!な…ん…っ!やぁぁ、や…ああぁぅぅっ!」
無意識に天斗の総髪を引っ掴む。
ただでさえぼさぼさな彼の髪は跳ね、乱れていった。
しかし、そんなことは構いもせず、舌での行為は続けられ
持ち上がった尻を伝ってたらたらと、愛液交じりの唾液が流れ落ちた。
「んあ、あっ!あっ、そんな、止め……あ、あぁぁーっ!」
陰核を覆う皮の上から軽く押さえ、溝に沿って舌を幾度か擦りつける。
さほど強い刺激は与えられてはいないが、快楽慣れしていない身は
壊れたように痙攣し、彼女は恐れとも享楽ともつかない声を上げていた。
つるりとすべらかな花芯は、こりこりと硬さを増す。
雌の匂いを有した露はあふれかえり、彼が下品な音をたてて啜ると
また一層、意味を成さない声をあげ、媚態を晒すのだった。
打てば響くような反応に天斗は悦び、湧き出る蜜をいつまでも
味わっていたい欲望に囚われ、擦りつける舌は徐々に無遠慮になっていく。
舌先を内部に差し込み、上唇で尖りを摩擦すると
逃れたいのか、欲しているのか、彼女の腰がびくびくと震え
つられるように強く肉芽に吸い付いた。
「………ぃ…あ…っ、……あぁぁああんんっ――!!」
押さえつけた小さな躰が跳ね、全身ひきつけたように突っ張った。
脱力しきって、ただ喘ぐように空気を求めていた圓は
幾度かの呼吸のすえ、躰が平素の状態に戻るのを感じた。
腕に力を入れると、泥でも被っているかのように重い。
それでも上半身をのろのろと起き上がらせ
少しばかり猫背気味に、はぁ、と大きくため息をつく。
上目遣いで目前の天斗を伺うと
先ほど乱された髪を大雑把にかき上げていた。
……彼のそういう仕草は嫌いじゃないと、彼女は思った。
「…病は…?」
独り言みたく圓が呟く。それを聞き、天斗は少しばかり動揺した。
実のところ、そんな事など忘れ去って行為に没頭していた。
そうとは悟られないよう、あえてそっけない口調を選ぶ。
「……まぁ、オレは問題ないと思ったが」
なんとも、都合のいい返答だった。
彼女はそれでも、一呼吸を置いて彼を伺い
やがてかくりと力を抜くと、胸に詰まったもの全てを出すように
大きく大きく、息をはき出した。
「……ああ、…やはり……そう、か…」
何かを確信した彼女の口調に、彼は疑問をはさんだ。
「やはり…って、何だよ?」
彼女は目を丸くし、暫し彼の顔を見詰めていたが
ばつが悪げに眉をひそめ、蚊の鳴くような声でいった。
「だって……問題ない、から……舐めたんだろ…?」
彼女に習うように目を丸くしている彼を見上げて
顔を真っ赤に染め上げながら、もごもごと続けた。
「病気じゃないって…知らしめたんだろ?……お前のことだから。
…別に、そこまでせずとも、よかったのに…」
そういいつつも、今まで見せたことの無い
溶けるような安堵の笑みが浮かぶ。
「でも…うん。ほんとにさっきより……楽になったから…」
どうやら彼女の中で、良いほうに転じてくれたらしい。
いかな罵詈雑言が待ち受けているのかと、身構えていた天斗は
微笑む圓の姿に毒気を抜かれる思いがした。
思わず上気した頬をごまかす為、目を逸らしながら頭を無造作に掻く。
せっかく整えた髪はまた、あちこちに跳ねた。
いつの日にか、圓もこの行為の意味合いを知る時が来るだろう。
その時はきっと、殴りかかって来るだろうが
甘んじて受けてやらなきゃなぁ…と、彼はしみじみ思った。
「う…」
自分と彼女の性根の違いに、ぼんやりと考えを巡らせていた天斗は
唐突に生じた柔らかな感触に目を細めた。
「……何、してんだよ」
「何っ…て……」
先ほどから痛いほどに起ち上がっている雄芯を
彼女はしげしげと眺め、右手で軽く握り締めていた。
細くしなやかな指と、剣を握る事で作られた肉刺。
一つの小さな手に異なる感触…。彼は息を整えた。
「先程から気になって……つい…」
言い訳交じりの言葉を発しながらも、彼女は手を離そうとはしない。
興味津々といった具合だ。
長く思い煩っていたことが解消され、本来の
探究心旺盛な性格が顔を出したのだろう。
行為に反して無邪気な圓を、余裕ぶって天斗はからかった。
「お前、男の裸は初めて見るのかよ」
「べ…別に……初めてって訳じゃないぞ。共同風呂とかで…さ。
で、でも、こんなじゃなかった!ほんとはお前が病気とか!?」
「違う」
「…分かっておるわ。云ってみただけじゃ」
掌に、彼の熱が伝わってくる。
芯は硬い、しかし表面は確かに肉感がある。
得体の知れないこれが、ますます分からなくなってきた。
「なんなのじゃ、これは…。……中は骨…なのか?」
「違うって。……それより、いつまで握ってるつもりだ?」
「あ…これは、その」
指摘され、頬を染めた圓はあわてて一歩身を引こうとしたが
逆に手をつかまれ、きょとんとした顔を天斗に向けた。
「握るだけじゃなくて…色々と触ってみろよ」
手の中にある熱いものと同じく、熱を帯びた声が耳元で囁く。
彼女は、黙ったまま一つ頷いた。
恐る恐る先端部分を撫でてみると、棒状の部分とはまた違い
すべすべとして、そして何かが滲み出ていた。
人差し指の腹でそれに触れ、くにくにと捏ねてみた。
ぬるりとした感触が指先に伝わる。
「……くっ…」
ぴくりと天斗の肩が揺れ、つられた圓もびくりと震えた。
「あ、い、痛かったか?」
「…いや……。オレに構わんでいいから、続けろよ…」
――構うなといわれても、困るのだが…。
戸惑いを顔に浮かばせつつ、彼女はまた慎重に、彼の躰に触れた。
反応を見る限り、自分と同じく感覚があるのは間違いない。
そう思うと、彼女の胸は奇妙に高鳴った。
局部に顔を近づける為に上半身を前のめりに倒すと
先程まで弄くられていた秘所が、ちくりと痛んだ。
乱暴にはされていないが、やはり指で開かれた場所は多少痛む。
「……!」
今までよりもずっと熱く、ぬめつくものが纏わりつく。
天斗は硬直し、声を抑えて目線を落とした。
ぷにぷにとした紅い唇と舌が、そそり起つものに触れていた。
「お、まえ……。そこまで無理しなくとも……」
口を離すことなく、上目でちらりと彼を見た圓は
首を横に振ることで、嫌々ではないと意思を示した。
ゆっくりと先端を咥えた彼女の口が、微かに動く。
……一方的に喰われるだけなのも……厭。
その言葉は、彼に伝わりはしなかった。
当然のことながら、彼女の舌戯は拙いものだった。
鈴口を突っつき、筋の浮き出た竿を舐め上げるのも
ざらつく裏筋を擦り、吸い付くのも中途半端だ。
その動きはどことなく怪我に唾液をつけるのに似ている。
それでも、意地っ張りで気位の高い圓が跪き
熱い吐息を漏らしながら、男根に口付けを落とす様だけで
今にも達してしまうかと思えた。
「……ふ…ぅ……」
つと、苦しげに息をはき、彼女が口を離した。
唾液がべっとりとついた陰茎を、ゆっくり擦りながら
彼の顔を直視せず「…どう、なのじゃ…?」と問いかけた。
「そりゃ……さっきまでのお前と同じかな」
「…気持ちいい…のか…?」
困ったような表情を浮かべ
控えめに囁かれた言葉に対し、天斗はニィと笑う。
「へぇ。お前も気持ちよかったか」
彼の躰に触れる手をぴたと止め、無神経な物言いに彼女はむくれた。
そのまま何もいわず、また昂りに口をつけ……
「…うおっ!?」
思わず、滅多にない焦りを見せ、天斗は顔をゆがめた。
先端をかなりの力で締め上げられたのだった。
お仕置きのつもりらしい。見上げる圓のじっとりとした目線が
『噛みつかれなかっただけましと思え』と告げている。
苦笑を浮かべた彼は、機嫌を取るように彼女の頭を軽く撫でた。
「ん…っふ……」
目を瞑り、舌を滑らせていた圓の躰が震えた。
頭に触れていた天斗の手が、いつの間にか乳房に移動している。
膨らみを下から掬いあげるようにやわやわと揉まれ
羞恥に顔を染めた彼女は身じろぎ、背を丸めた。
何より、気付かないほど夢中でしゃぶっていた事に照れていた。
「あっ…ぁ…。…ばか…やめて……」
乳首を摘まれ、悪戯小僧を軽くにらみつけた。
「こ…ら…。そのように、ちょっかいを…出されては…」
「いいだろ……お前の声が聞きたいんだよ」
圓はどくりと心臓が高鳴る音を聞き、あわてて下を向いた。
先程から、触れられるたびに出てしまう、普段と違う甲高い声。
それも天斗は悦んでいたのだと知り、彼女は密かに安堵した。
しかし、そうなると……
「……触られると、天斗に…できない」
感じてしまうとそちらに気が行き、集中できなくなる。
もじもじと遠まわしに、圓はそう訴えた。
「そうか…。…じゃあ口はまた今度だな」
「え?…それっ…て…」
疑問の答えを明かすことなく、天斗は腰から彼女の顔を離し
かわりにその身を両腕でしっかりと抱き寄せた。
圓もまた彼の首に、ゆるりと腕を回して抱きしめながらも
その顔は拗ねきって、への字口だった。
「……どぉーせオレは…下手くそだよ」
「おいおい、怒んなよ。そういう訳じゃないって…」
躰が後ろに傾き、彼女は驚いて尚一層強くしがみついた。
ゆっくりと倒された先には、暖かな岩と湯。
また先程のように仰向けに寝かされたのだった。
野宿に慣れている彼女には、岩の褥も苦ではなく
髪と髪の間、躰の些細な隙間を抜けていく流泉は
心地良く肌を撫でている。
「……ぅ…ん…っ」
先程と違うのは、彼が股の間に居ること。
硬く熱いもので膣口を擦られ、彼女は呻いた。
「これなら……声も聞けて顔も見える」
戸惑う彼女をじっと見詰め、彼が熱っぽく言う。
――実際、口でされるのも悪くはなかった。
あのまま続けて、顔や髪が白濁に汚れた圓を見るのも良かっただろう。
しかし、やはり…最初は、いちばん奥にぶちまけてやりたい。
どうしてもその欲望は捨てられないでいる。
『…やはり……変な拘りがあんのかね、オレは……』
天斗は少し思い返して、心の中で苦笑した。
顔を少し上げ、触れ合う互いの秘所を圓は見た。
ごつごつとした怒張に怯えを滲ませ、こくりと唾液を飲み込む。
「……それ…を、中に…?」
「なんだ、察しがいいじゃないか」
あっさりした口調でいうと、天斗はにこやかに笑う。
悪意のない笑顔が逆におっかなく見えた。
「…ここまでされたら、流石に……わかる…」
そこまで鈍くはないといいたげに、愛想無く答える。
しかし彼女はそれ以上、何もいう事はなかった。
静かに横たわった躰から、ゆるゆると
湯に流していくかのように、力が抜けていった。
「圓…」
名を呼んでみても彼女は目を瞑り、小さく頷くだけ。
腹を据えたのか、諦めなのか…何の抵抗もする気はないらしい。
太腿を掴むと微かな震えが伝わってくる。
それを二度、三度と撫で、気休めの安堵を与えた。
躰をずらすと、秘裂に挟まれた亀頭がぬるりと滑り
肩に置かれた彼女の手に力が入る。
入り口はねっとりと熱く濡れ、そして小さい。
片手で襞を開き、一呼吸おいて、ことさらゆっくりと挿入する。
「―――っ!!」
ほとんど触れられていない未発達な膣内に
彼の怒張はあまりにも大きく、酷なものだった。
今まで味わったことのない圧迫に、躰が引き裂かれるようで
彼女は喉まで出かかった悲鳴を必死で押さえ込んだ。
細い指先が、天斗の盛り上がった背を引っ掻く。
「…痛いんなら…云えよ…」
きつく目を瞑り、震えながらも圓は首を振る。
息は殺せても、次々と零れ落ちる涙が激痛を物語っていた。
そして異物を排除しようと反発する肉壁に
ぎちぎちと締め付けられ、天斗もまた、痛みを感じていた。
互いに苦痛を与えつつも、結合はじわりじわりと深まっていく。
ようやく半分ほど納まったが、彼女が身を捩ると
思いがけない動きで陰茎が捻られ、焦らされることが度々あった。
気を抜くと搾り取られそうになるのを堪え、ゆっくりと息をはく。
「…たか…と…」
いままで頑なまでに黙り込んでいた彼女が、弱々しい声で名を呼ぶ。
霞がかっていた思考がはたと鮮明になり、彼はそちらに意識を向けた。
真っ赤な頬に涙の筋が引かれ
金茶の瞳はゆらゆらと、痛々しく揺れている。
――やはり、ここまでするには無理があったか…。
天斗は自分で驚くほど、身の内が動揺したのが分かった。
「圓…」
「もっと」
「は?」
一瞬何のことかと思い、彼は間の抜けた声を出していた。
「…もっと奥、まで……いれて…」
目を伏せ、痛みと羞恥を押し殺し、それでも彼女はしっかりと告げた。
まじまじと見詰め、ふっ…と天斗の顔に、皮肉げな笑みが浮かんだ。
「そんなぼろぼろ泣いてるくせに…何いってやがる」
「遠慮せずとも…良いのじゃぞ…。…ほら…」
圓はそっと手を伸ばし、まだ埋め込まれていない部分に軽く触れた。
「まだ、こんなに…」
柔らかい指先が、張り詰めたものをやわやわと撫でた。
きつい内側と異なる感触が、何故だか妙に気に障る。
彼は眉をひそめ、願い通りに強く
…ただし、少しだけ奥に、陰茎を押し込んだ。
「うあぁっ!…くぅ…ぅ…」
途端に、彼女の顔が苦痛に歪む。
「…ほらみろ。馬鹿なことをぬかすな」
普段よりもずっと冷酷な声音だと気付き
なにか、いつものようにうまく事が運んでいない…と、自覚をする。
内に滾るものに浮かされているようで、苛立つ彼は舌打ちをした。
「天斗…」
首にしがみついていた彼女の両腕が、ゆっくりと外された。
その代わりとばかりに、両脚がぎゅっと絡みつき、彼の腰を引き寄せた。
しなやかな筋は思いのほか力強く巻きつく。
そして、間髪入れずに上半身を起き上がらせた圓は
結構な勢いそのままに、天斗を突き飛ばしたのだった。
ゆるゆると流れゆく温水を背に、彼はしばらく呆然と見上げていた。
後頭部を岩に激突、などという間抜けたことは流石に無かったが
それでも彼は動けずに、もうもうと立ち上る湯気と
月明かりに仰け反る肢体を浮かばせた、彼女を見上げていた。
腹の上に、水滴と赤い液体が、じくじくと浮かぶ。
先程まで、何も分かっていなかった生娘に…押し倒されてしまった。
張り裂けそうな痛みに躰を震わせながらも、彼女は耐え抜いた。
がくりと力が抜け、ぼたぼたと、彼の胸に雫が落ちる。
口の中に広がる渋味。涙なのか血液か、判別はつかない。
目元をぐいと擦り、何度か瞬きを繰り返し、焦点を合わせる。
上から彼の表情を伺うと
化物に伸し掛かられているような、そんな顔。
可笑しくて、彼女は思わず笑顔を浮かべた。
とはいえ、内膜が裂けた痛みはそう易々と消えるものではなく
引きつって不安げな笑みではあったが。
「……お前は…本当に…」
笑顔につられたのか、呆れを多分に含んだ声が下から聞こえてくる。
それは、なんとも新鮮に感じられた。
「平気じゃ……」
なので、呆れられついでとばかりに、圓は天斗の口を塞ぐ。
上半身を傾け、やわやわと唇を重ね
唾液で濡れた彼の口元を、ちろりと猫のように舐めた。
瞑っていた目を開けたとき、水滴が一つ落ちた。
拭いきれなかった涙が残っていたようだ。
「痛いのは…慣れてる……」
つ…と、彼女の指が彼の額に触れ、表面を掬い取る。
「すごい汗…」そう呟いた。
その指は彼の胸まで下がり、ぴとりと掌をつける。
「…なぁ、知っておったか…?お前の、鼓動……。
いつもなら、どくんどくんと…小憎いほどに落ち着いておるのに」
月光を輪郭に、影が優雅に胸板を撫で
「いまはこんな、早鐘をうって…」
柔らかく、嫣然と、見おろしていた。
「天斗らしゅう…ないなぁ…?」
「…そう…か……」
彼女の腕を撫で、はは…と、彼は掠れた笑いを零した。
圓の言葉で、天斗は自分の焦燥に気付かされた。
ようやく肌を合わせられたというのに、安堵どころか
他の焦りが表面に出てきていたようだ。
それこそ真に、自分から離れられなくなるまで
追い込まなければ安心など出来ないと、いわんばかりに。
『――…オレも結構…色々と足りてねぇな…』
腹の中で呟いて、ふっと息をはいた。
二人はそのまま動かず、呼吸を合わせて痛みを散らした。
その間、天斗はじっと圓を見上げていた。
お世辞にも大きいとはいえないが、丸く張りがあり
形のいい乳房がゆっくりと上下している。
視線を感じて、徐々に落ち着きが欠けてくる顔を見るのも
しみじみ楽しいと思えた。
「あまり…じろじろ見るでない…。あと笑うな」
唇を尖らせ、照れを誤魔化す子供のような顔を圓が見せた。
対して天斗は、にっこりと笑い返してやる。
「お前には一生勝てそうにないな」
「…は?……え、それ…っ……ぅ…!」
どっこいしょ、とは口にこそしないが
そんな緩慢な動きで彼が上半身を起こした。
それにより、薄らいでいた磨痛が生じ
彼女の言葉は途中で途切れてしまった。
胡坐をかいて座った天斗の躰から、大粒の湯が落ち
彼に跨ったままでいる圓の身も濡らす。
結合から流れる紅い筋が薄まっていった。
「…ふぅ、ぅ……」
「大丈夫かよ…?つくづく無茶が好きな奴だな」
「う、うるさい…。別に…これしきのこと……」
悪態を吐きながらも、彼女は相手の肩に顔を寄せて縮こまる。
「慣れるまでこのまま…動かずにいろよ」
耳元で囁かれ、こくこくと反射的に頷いた。
確かに、その身は動きを止めた。
しなやかな肢体がびくりと震え、そのまま硬直したからだ。
「ぁ…。…な、なにを…」
耳朶に濡れた舌が這いずり、ぴちゃぴちゃと
いやらしい水音が聞きたくなくとも飛び込んでくる。
首を振って払おうにも、後頭部を押さえられて動けない。
軽く耳たぶに歯を立てられ、ぞわぞわした快感が背を走り
ついには耐え切れなくなった。
「だ、だめ、耳ぃ…っ!…それ苦手、じゃからっ」
喘ぎながらの哀願に、耳は執拗な愛撫から開放された。
しかし彼のぬるつく舌は、彼女の高潮した柔らかな頬を
さも旨そうに舐め、戦慄く唇を喰いつくように貪った。
いきなりの仕打ちに驚いている暇もない。
激しい口付けから何とか逃れ
銀糸を引きつつ、息も絶え絶えに彼女は聞いた。
「なんで……なんでこんなっ…」
「他事で、気も紛れるだろ?……ほら、動くなよ」
「あ、ぁぁ、そんな…っ」
こんな風に触れられ、動かずにいるなど、絶対に無理だ。
とんでもなく無体なことを簡単にいわれ、泣きたくなっていた。
そんな最中も、胸を捏ねるようにやんわりと揉まれ、乳首が摘まれる。
外部の甘い快楽と、内部の軋む疼痛。
反する感覚に翻弄され、圓は堪えきれず身を捩じらせた。
「…ふっ…うぅ、くぅぅん…!」
しこった先端に吸いつき、柔肉を舐めまわすと弓なりに躰がしなる。
耐えようとするほど、媚態を晒す圓をじりじりと煽りながら
天斗は陰茎を包む膣壁が、徐々に変わりつつあるのを感じていた。
ぬめりが少なく、硬く擦れていたのが
滲み出た愛液で覆われ、ねっとりと絡むように律動し始めている。
えもいわれぬ快感に、何も考えず突き上げてしまいたくなるが
それは漏れかかった声と一緒に、彼女の小さな胸を頬張ることで堪えた。
ぼたりと、大粒の唾液が垂れる。
「…ぅぁあっ、そんなっ、したら…っ!」
圓が小さな声で喘ぎ続けている。
声は多少くぐもってはいたが、聞き取るのに不自由する程ではない。
しかし、あえて返答せず、膨らみを弄り続ける。
「あ…っ……かってに、動……、い、…………」
びくりびくりと、しゃくりあげる様に言葉を切りながら
続いていた哀願が、ふと途切れる。
「だめ…!」
強く頭を抱きかかえられ、彼は一瞬息を詰まらせた。
「あ、ぁ…!も、たえら…れない…っ
…天斗も……天斗も動かしてっ…いいから…!」
矢も盾もたまらず…という言葉がよく似合う。そんな風体だった。
圓は、半口を開けたまま、固まっていた。
自分自身が発した言葉が毒のように回り、全身を羞恥に染めあげる。
恐る恐る…お小言に怯える子供のような仕草で
ずっと黙り込んでいる彼を伺う。
薄墨色の両目がじっくりと、舐めつけるような視線を向けていた。
それにより小さな躰は痴態を思い知らされ、慄く。
『――ど、どうしよう…』
呆れられた…?
それとも…気を削ぎ怒らせたか。
あからさまな狼狽が見て取れる躰が、突如仰け反った。
「あぁっ!……ん…」
引き締まった尻を両手で掴み、膣口を擦るように揺さぶられ
彼女の動きをなぞった乳房がふるんと上下する。
「……ぁ…はあぁ…」
「このままじゃ、ちと動きづらい…。上になってもいいか?」
懸念していた事態にはならなかった。
それどころか逆に請われ、恥も何もかなぐり捨て
圓は何度も何度も、首を縦に振っていた。
「ぅ…くっ!」
締め付けの強い膣内から半分ほど引き抜くと
やはりまだ痛むのか、圓は顔をしかめ、歯を食い縛った。
「…辛そうだな」
「ん…。へいき…じゃ…。…心配せずとも、良いから…」
ぎこちなくも笑いながら、彼女は先を促した。
「ああ。ゆっくり…な」
彼は宣言通り、ゆるゆると残りを引きずり出した。
仰向けに寝た彼女の体内を、反り返ったものが擦っていく。
秘肉が合わさる触感に、彼女は吐息を漏らした。
「んく、はっ…ぁ……あぅ……」
粘膜が擦れあうたび、くちゅくちゅと水音をたて
ゆっくりと抽送が繰り返される。
彼の背に腕を回し、しがみつくように躰を寄せている圓が
熱に煽られたのか「すごい…」と小さく呟く。
「なにが…だよ」
荒っぽい息と共に天斗が聞く。
この期に及んで、まだどこかからかい口調だった。
「えっ…?…あっ……ああ、うん…」
瞑っていた目を開き、少しばかり口篭ったあと
手をそっと腹に添えた彼女は、恥らいつつも答えた。
「こんな奥に…触って…。なん、か…すごいなぁ…って」
天斗も同じように、彼女の手が置かれている場所を見た。
「そうだなぁ……確かにすげぇ触ってるわな…」
しかし、これが『触られる』と評するものならば
一体どれだけの触られ方をしてるんだ…?と天斗は思う。
それだけ彼女の中は奔放に、蠕動し続けている。
くにくにと揉まれ、引くと絡みついて蠢き
痛いほどに吸い付いて、時に癒すように撫でられ……
下手を打つと、いっぺんに落とされそうだ。
「……気の抜けないヤツ…」
「?」
何の事をいっているのか知れず、圓は小首を傾げた。
彼の手が、彼女の両膝を掴み、腹に押し付けるように持ち上げた。
互いの躰の間に割り込んだ脚のせいで
圓は天斗に縋ることができなくなり、戸惑う瞳で見上げていた。
「もっと奥も触ってやろうか」
「な…!」
今でも十分すぎるほど暴きたてられているというのに
これ以上どうしようというのか。
彼女は小刻みに首を振って許しを請うが
今更そんな拒絶が聞き入れられる筈もないと、薄々分かってはいた。
重い躰が小さな肢体を、じわりじわりと圧するように覆いかぶさる。
「…うぁ、あっあ…あくぅ……ううぅっ」
反った白い喉、大きく開いた口が
嬌声とも悲鳴とも取れる声を搾り出す。
最奥の、更に奥を無理に抉られ、彼女の目に新たな涙を誘った。
「ひぅぅっ!?」
真上から押し込まれつつあった陰茎が、突然ずるりと引き抜かれ
掴まれた両脚を弾くように震わせた。
膣肉に宿った感覚に、圓はまず怯えをみせた。
食いしばる歯から、押し込められない吐息が漏れ
不安に染まる金茶の瞳は落ち着きなく揺れる。
「い…っ……いま……ぁ」
「…ん?どうした…」
また躰を沈めながら、低い声で囁く天斗に
彼女は詰まりながらも返答する。
「へ、変……、へん…だった、いま…」
露に濡れた秘唇が、彼女の戸惑いを表し、ひくりと戦慄いた。
「奥のほうが…ぞわぞわ…して……」
恐ろしい体験を語る彼女の声には、遠まわしに
『もう勘弁して欲しい』という希望が込められていたが…
「変ってな…このへんか?」
「っああ!」
彼は躰を離すどころか、昂りで内部を探るように
小刻みに壁を刺激し始めた。
くちゅくちゅと、断続的に粘っこい音が立つ。
自分の不用意な一言が、彼の探究心を煽ってしまったのかと
圓はひどく後悔しながら、そうではない、と首を振り否定する。
…彼の思惑はまったく別な訳だが。
「ならもう少し……こう、か!?」
「ふぁぁんっ!!…いぁ……ひやぁぁっ!」
涙と唾液を垂らし、圓の躰は今までになく跳ね
派手な湯飛沫を散らしたが、見おろす天斗はまばたき一つしない。
「これか…」
「そうじゃけど、違うぅっ!!いや、こ、擦らないでぇ!!」
哀願の最中も抽送は続き、止まる気配は無い。
弱い場所を攻め立てられるたび、背筋が張り詰め
頭の芯が痺れる感覚は悦楽を超えて恐ろしいものだった。
縋るものの無い彼女は、ただ夢中で彼の腕を掴んでいた。
「いやぁ…いやぁぁ!!はぅ、あぁぁっ、ああーっ!あーっ!!」
突き込む動きは彼女を追い詰め、次第に早くなる。
何もかもが蕩けそうに熱い。
その熱が、必死に押さえ込んでいた何かを断ち切りそうで
彼女は怖くて怖くて堪らず、幼子のように泣き叫んでいた。
それに答えるのは、髪を振り乱した彼がはく荒い息だけだ。
「……ひっ……うあぁあああああんん――……!!」
「っ、く…!」
語尾は掠れて音にならない声を発し
躰の奥深いところに何かぶちまけられ
凶楽に叩き落された圓は、全てが白く染まるのを見ていた。
事切れたように達すれば、周りは湯のせせらぎに、ささやかな虫の音。
喧しかったのは、互いの声と鼓動だけだと実感する。
天斗はきつく瞑った目を開き、大きく肩を揺らして息をした。
これ以上、くっつけない…という位に寄せた躰の下に
柔らかな膨らみが汗と湯によって張り付いている。
くにゅくにゅと動き続ける膣内は
大量の白濁液を租借しているかのようだ。
そして、じくじくと熱いものが零れているような…。
「いっ…て…」
突然痛みが生じ、彼は顔をしかめて呻いた。
腕に赤い筋。血が滲んでいる。
そういえば、ずっと掴まれていたような気がしないでもない。
「……――!」
そこで、ようやく彼の頭は覚めた。
慌てて圧し掛かっていた躰を起こす。抱き潰してはいないだろうかと。
「……うぁ…ああぁっ!!」
「え?」
躰が少し離れた、その瞬間。
天斗の下腹部に熱い飛沫がかかり、彼は呆然とそれを見詰めていた。
いままで押さえつけられていた圓の尿道口から
じわりじわりと滲んでいた小水が、耐え切れずいっぺんに噴出したのだった。
派手に下品な音を立て、彼女の体内から放出される液体は
彼の昂りを濡らし、太腿を伝ってぼたぼたと垂れる。
「…ぅぅ……」
押し開かれて力の入らない脚を閉じることも出来ず
圓は顔を両手で覆い隠し、唇を噛んで終わりを待つしかなかった。
躰が軽くなる反面、焼けつく羞恥が心にもたれる。
湯の香に、むっとした臭いが混じりあい
震えて折れ曲がっていた爪先から力が抜け、水溜りに落ちた。
未だ陰茎を咥え込んでいる秘所を、流れがなくなった後も
じっと眺めていた天斗は、おもむろに尿道口と花芯を親指で撫でた。
「ひぅっ!」
喉奥に詰まったような小さな悲鳴をあげ、彼女が身を捩る。
それでも顔を覆った手を頑なに離そうとはしない。
次に彼は人差し指で尖りをちょんちょんと突付きはじめた。
しばらくは、躰を強張らせて耐えていた彼女も
ついには耐え切れず、ものいいたげな目をおずおずと向けた。
「…………」
矜持をずたずたに切り裂かれ、屈辱に濡れる金茶の瞳。
その眼差しに、天斗の背はぞわりと痺れた。
「もう、いいのか?」
天斗の口調は思いのほか優しく、圓は返答に窮した。
「我慢は躰に悪いぞ。ほら」
「な…っ!…ばか……。もう無い…よ…」
今も雛尖に触れている、悪戯めいた手を制し
彼女はぐったりと呟きながら、躰を離そうと身じろぐ。
ここが風呂場だという事だけが、彼女の救いであり
一刻も早く湯を被り、全てを洗い流したい一心だった。
「しかしまぁ…派手に漏らしたもんだよな」
そんな中、妙に明るい彼の一言。
それが癇に障ったのか、弱々しかった相貌が
みるみる内に怒りの色に染め上がっていった。
「…お前のせいじゃないかっ!!」
噛み付くように断言され、天斗は目を丸くした。
「オレのせいかよ…」
「お…っ、お前が悪いに決まっておろう!!……やめてって…
やめてって何度も云ったのに、やめんかった天斗が悪いっ!!」
躰を組み敷かれた状態で、とんだ粗相をやらかして
それなのに、めげるどころかこの言い草。
天斗は腹立たしさも呆れもなく、ただただ、感心していた。
「…オレのお姫さんは口が達者だねぇ」
「や、……喧しい。わかったんなら早うそこを退け」
思いがけず顔を赤らめ、照れ隠しのつもりなのか
いつも以上の慇懃無礼さで彼女は言い捨てたのだった。
べっとりと濡れた男根が小さな膣口から抜かれ
精液と愛液、破瓜の印が圓の尻を伝い落ちる。
襞が擦れる痛みと快感で、彼女は眉根を寄せつつも
細かに息をしながら大人しく躰が離れるのを待っていた。
そうしている間も、心はもやつき
子供みたく失禁して天斗を汚したこと…
これからきっと、その事でからかわれ続けるであろうこと…
そんな事を反芻して、自責の念にかられていた。
上の空の彼女には、突如、我が身に何が起こったのか
なかなか理解が及ばなかった。
「…………っ……は…」
入り口近くから、勢いよく最奥まで突き上げられ
弓なりにしなった躰がびくびくと震えた。
「……たっ、たか…と……?」
「…お前のせいだからな」
「え、え…っ?」
さっぱり事態が掴めない圓は、ともかく躰を離そうと
腰を捻って片足を上げ、逃れようと試みた。
しかし、鈍い動きで上手くはいかず、それを逆手に取られ
もがいている内に体勢が変えられていた。
気付けば後ろから抱きつかれるようにして、岩場に寝転がっていた。
しっかりと、彼の強張りを飲み込んだまま…。
「…離し…て」
「駄目だ。圓があんな厭らしい姿を晒したせいで
収まりがつかなくなっちまったからな」
「あ、あっ…でもっ……それは…」
頭の後ろで囁きながら、背後から伸びた左腕は乳房を
右腕は彼女の片足を拘束するかのように抱える。
一度、精を吐き出したにも関わらず
彼の陰茎はそそり立ち、彼女の中で存在を誇示していた。
「あ、やっぁ……かた…い…」
「ああ…そうだろ…。お前がこうしたんだぜ…」
『お前のせい』とされた所で、圓に理解できる筈もなく
戸惑いでいっぱいの表情を歪ませていた。
考えようにも後ろから巧みに蹂躙されては、それもままならない。
秘裂を割り、先程とは違う角度で攻められ
いやいやとばかりに首を振る。
「…ひっう、あ、はんっ…あぁ…ごめ、ごめ、なっ、さい…」
突かれるたびに、途切れ途切れの謝罪が口唇より漏れる。
気持ちよりも無意識に、許しを請い願っていた。
「ゆる…っ、んぅっ」
「謝られたところで…止めやしねぇよ。だから何も云うな」
天斗の指が栓の代わりか、圓の薄くあいた唇にねじ込まれた。
何にせよ、これでは話のしようも無い。
まともに話も聞いてもらえず、しがみつく事すら出来ず
こんなに近くにいながらも、突き放されているようで
彼女はひどく切ないくぐもった声で鳴き続けるしかなかった。
硬い指に歯の内側、上顎をなぞられ
圓は異物感に慌てて大きく口を開いた。
指が口腔から出て行き、唇に触れ、顎を撫で
ぬるりと唾液の跡を引いた。
はっ、はっ…と、赤い舌を見せて呼吸を整えたあと
背後で蠢く彼にむけ、精一杯すごんで見せた。
「こ、の…、…鬼…っ!」
「…まぁな」
充血してぷっくりと立ち上がった雛尖を
抽送のたびに膣口から毀れ出る白濁液をすくい取り
円を描くようにして塗り付け、弄った。
「ひゃうぅっ!?」
内側と外側から来る、仕置きじみた悦楽に
雑言をぶつける気力も失せ、圓は壊れたように躰を揺さぶる。
「ああ…ああぁんっ!そこ……っ、や、ぁ…っ」
「なぁ……オレの事…嫌いになったか?」
「……!」
濡れた音をさせ、膣口に雁首が引っかかり擦れる。
甘い痺れと、抜けてしまいそうで抜けない、そんな不安定さに
思わず圓はじれて腰を揺らめかせ、そこを一気に貫かれた。
「あぅぅっ!!……ふあっ…ぅぅ…ああぁ…っ」
「どう…なんだよ」
包皮を摘んで陰核を扱かれるたび、腰全体が熱を帯びる。
彼女は止め処なく出てくる、あられもない声を抑えられず
噛み付くように、内側を抉るものを締め上げた。
「うああぁっん!…あん、ひぁ、ああぁぁんっ!」
「喘いでる、だけじゃ…わかんねぇ…よ!」
「ああ……も、いっ……い、じわるぅぅ…っ
……んはぁっ!……も、ぅ……あっ…んあぁあああああぁぁ!!」
唾液と涙を滴らせ、登りつめた圓は
太い腕がきつく自分を拘束する中、何度も何度も、躰を弾けさせた。
疲労感を覚えた躰を、二人は湯に浸けていた。
焚き火は燃え尽き、暗い水面に映った月が
ゆらゆらと揺れるのを天斗はぼんやりと眺め見る。
湯と同調し、腕をさわさわと撫でるのは、胸にもたれた圓の髪。
知らぬ間に元結が切れたか解けたかしたようで
一つに括られていた長い髪は落ち、背中を覆っている。
寄り添う彼女は、先程から黙りこくっている。
その躰が、ゆらり…と揺れ、何事かと目を落とした瞬間
前のめりで思い切り良く、だぱんと派手な音をたて
顔から湯につっこんでいった。
「はわぁぁぁっ!?」
「………」
ばしゃばしゃと、ひとしきりもがき
成すすべなく見守っていた彼と、はた…と目が合う。
なぜか慌てて「寝てない…寝てないぞ!!」と、とり繕っていた。
「まぁ、なんだ……お疲れさん」
「……うう」
手近な岩にしがみつき、重く息をはくその姿はまさに疲労困憊。
昼間死にそうな目に会い、夜には酷いことをされ
そりゃ精根尽き果てるよな…などと
天斗はまるで他人事のように独りごちた。
「もう上がるか?」
「…そう、じゃなぁ…」
力なく返答をし、圓はそれでも一人で立ち上がろうと勤めた。
平たい岩場についた腕に力を入れ、躰を起こし
……たまでは良かったが、脚がやたらとがくがく震え
更に体内はぽっかり穴でも開いたように不安定で
そのまま、へなへなと岩の上に崩れ落ちてしまった。
「圓…」
「…………」
ついにはその姿のまま動かず、返事までしなくなり
立って様子を見ていた天斗は一つ溜息をついた。
おもむろに、無防備に曝け出されている白い尻を揉むように撫で
「こんないい格好でいると、また襲われるぞ…」と囁く。
効果は覿面。弾かれるように身を起こした彼女は
ずるずると這いずって、彼から離れようとしたからだ。
「…そこまで警戒せずとも……。
心配すんなよ、今日の所は何もしないって」
「ひゃっ!?」
躰を縮こませ、懐疑的な目を向ける彼女をなだめながら
彼はさっさと小さな躰を横抱きにして、持ち上げたのだった。
「………今日の所は…か」
小さく呟いた圓は、しばらく釈然としないようだったが
ふっと息をはき、力を抜いて彼の肩にもたれた。
乾いた石の上に、二人分の水滴がぱたぱた落ちる。
その多くは、彼女の髪からだった。
「…これだけ長いと乾かすのも骨だな。手伝ってやるよ」
もう随分冷たくなった圓の髪を指先で弄び、天斗はいった。
「そ、それくらい…一人で出来る…」
「そう云うなって。また風邪ひかれても困るし…な」
声は、どことなく楽しげだった。
そんな彼の顔を、彼女は上目でこっそりと、見詰め続けていた。
右目は瞑られている。もうすっかり、普段通りだ。
そして、前から薄々勘付いていたことに確信を深め、言葉に表した。
「……過保護」
「ええ?」
取り澄ましていわれた一言に、彼は軽く笑い返した。
「そうかぁ?……いや、まぁ……そうなのかもな…。
けど、いいじゃねぇか。どっかの誰かさんは
オレがいないと生きていけないって話だし」
「ん、なっ…!!」
あっさりと反撃を食らって、それ以上何もいえず
圓は耳まで染まった顔を下げて黙りこくってしまった。
笑いを堪える彼の肩が揺れ、彼女はむくれた顔を作った。
……一緒に笑っても良かったのだが。
この状況、共に居られて嬉しくない筈はないのだが
ひどく気恥ずかしいのもまた事実で
やはりなかなか、素直な好意を表せそうにない。
なので思わず、圓は偉そうな口を叩いてしまうのだった。
「……ふん、なんじゃ、余裕ぶりおって。
これでオレが天斗を嫌っておったら、どうしていたことか」
一瞬、彼の動きが止まった。
またすぐに歩き出しはしたが、圓はその一瞬に異変を感じ
恐る恐る、彼の顔を仰ぎ見た。
「オレの家はさ…あの通り、古くて無駄にでかいんだよな…」
「……は……はぁ…」
声が、意図をしてか否かは分からないが、奇妙に低い。
彼女は嫌な緊張感を覚えつつも、次の言葉を待った。
「誰が作ったんだか知らねぇが……あるんだよ」
「な…、何が」
唾液をこくりと飲み込む音が、やたらと大きく響いた。
「…………座敷牢」
天斗の顔が、にたり…と、哂う形に歪んだ。
芯まで温まっていた圓の躰は
冷や水をぶっ掛けられたように、一気に縮み上がり
纏わりついていたゆるい眠気も吹き飛んでしまった。
「…う、う……嘘、じゃろ…?」
「…………くく…」
「いっ、嫌な笑い方をするでないっ!!
なっ……なぁ天斗、……本当は嘘であろう?
……おい…いつものように嘘だって云えよぉーっ!!」
冴え冴えと澄んだ秋の月夜に、圓の必死な叫びは吸い込まれていった。
――ついついと、賑やかな鳥の声を耳に
蛍は早朝のきりりと冷えた空気を吸い、背筋をしゃんと伸ばした。
「あ、お早うございます、お義母様」
「はよ〜…」
かいがいしく朝の準備を進める詩織と
まだ眠そうな八雲が口々に挨拶をする。
息子夫婦に返答をしつつ、くるりと部屋の中を見渡した。
「……ん、天斗はどうした?」
本来なら修練を済ませ『腹減った』などといっている頃である。
「昨日、お袋が『熊臭い』って追い出したからなぁ。
不貞寝でもしてるんじゃないか?」
「そんな馬鹿な…」
からかい口調の八雲に、苦笑いで返す。
「遅くにごとごと音がしてたから、帰ってはいますよ」
「ふむ…」
詩織が手に頬をつけ、昨夜を思い返す。それに一つ頷いて
「仕方ない、起こしてくるかの」…そうして蛍は居間を後にした。
孫の部屋の前に立ち、戸を両手で威勢よく開く。
「天斗!いつまでっ……」
よく通る声は、本人の意思により無理矢理おさえ込まれた。
見おろす薄暗い部屋には、一つの寝具。
その中で、男女二人が互いを抱きあい寝息を立てている。
先程の叫び程度では、深い眠りを妨げるに至らなかったようだ。
半口を開けて部屋を見渡し、ある一点で
ぎくりと躰を強張らせた。
寝具から、にょろりと尻尾が覗いている。
それは娘の尻がある場所から生えているように思えた。
…が、よくよく見れば、ぱたりぱたりと揺らめくそれは
一緒に潜り込んでいる猫のものだと気付くことが出来た。
多分、あの老猫だろう。
出来うる限りの慎重さで、そっと戸を閉め
一つ深い息をつくと、蛍は忍び足でその場を離れた。
「あぁ、お帰り。…あれ、天斗は?」
母の背後に目をやり、そこに誰もいないのだと
気付いた八雲は不思議そうな顔を見せた。
「まぁ、今日の所は……放っといておやり」
言葉少なに言い切って、蛍は詩織に手を貸し始めた。
……しかし、あの、ちびっこかった天斗がねぇ…。
「年も取る…筈じゃよなぁ…」
なにやらとても遠い目をして、ぽつりと呟く義母を
詩織は小首をかしげて見詰めていた。
景色はすっかり冬を迎える成りに変わり
木枯らしが吹くたびに、かたかたと雨戸が音をたてる。
締め切った部屋に圓は独り、ただ大人しく、その音に耳を傾けた。
その場から動かないのではない。動けないのだ。
頭を覆う、真っ白な綿帽子。
身に纏った衣装は打掛から何から、すべてが白い。
いわゆる白無垢というものだ。
下手に動くと、がさつな自分の事、着崩れてしまいそうで怖い。
その上、顔や手まで真っ白に塗られている。
ただでさえ化粧というものに無縁だった彼女は
鏡で顔を見た時に、思い切り吹き出しそうになったが
そこはぐっと堪えたのだった。
自分で自分を褒めてやりたい気分である。
冬本番が来る前に祝言を…と、提案され
あれよあれよという間に日取りが決まり、その日を迎えた。
正直、あまり実感が沸かない。
祝言といっても、この里に住む人々へ
『これが嫁ですよ』とお披露目をする意味合いが強いらしい。
いわば宴会の口実だが、圓はそれでいいと思った。
だからこそ、今日の失敗は許されない…。
圓は胸に手をやり、そっと呼吸を整えた。
白い着物の内、柔らかな膨らみがゆっくりと上下する。
硬いものは感じられない。
当然ながら、苦無は別のところに置いてあり
そして、大きく裂けてしまった、あの木筒…
養父の遺髪が入った筒も、もう、胸元には無かった。
あの夜、温泉から戻り
目覚めたときには昼に近いような時間だった。
なんとも気恥ずかしい思いを抑えつつ
圓は天斗に手を引かれ、彼の家族の前に立った。
その身を包むのは、甘やかな薄桃色の着物。
結局、借りたまま返すに至らなかったものだが
彼に勧められ、袖を通したのだった。
大きな花と白の小花柄が、下ろした髪によく似合う。
今まで暗い色の着物姿しか目にしていなかった一同は
一転して華やいだ雰囲気を、素直に誉めそやしたのだった。
特に、詩織の喜びようは大きく、圓はうっすらと感じ取る。
このお方は、着物に何か深い拘りがあるのかな…と。
全員で顔をあわせ、話に上がったのは二つの事柄。
一つは、二人が夫婦になりたいということ。
もう一つは、布に包んでおいた、木筒…。
これを里のどこかに、埋葬させて欲しいと願い出たのだった。
どちらも、拍子抜けするほどあっさりと、許可がおりた。
天斗の先祖が眠る墓地に通され、彼女は最初、躊躇を見せたが
やがて心から感謝を述べて、頭を垂れた。
彼が穴を掘り、彼女が邪魔な土を退かす。
「はぁ…息ぴったりだな」
のんびりと、彼の父が呟いた。
彼の母と祖母が、共に手を合わせてくれたこと…。
圓には、それが何より嬉しかった。
今にして思えば、一年前の自分は
顔も知らない父の敵を討つという事のみに没頭し
後のことは、何も考えてはいなかったように思える。
それがまさか、白無垢を身に纏う日が来るとは。
彼女はおしろいが塗られた自分の手を、じっと見おろした。
このような姿の自分を、養父が見たのなら…
笑うだろうか……。喜んで、くれるのだろうか……。
それはもう、分からない。分かりようもないが
それはそれでまぁ…いいかと、思えたのだった。
遠い場所を懐かしむような、そんな気持ちに耽っていた彼女は
襖の開く音につられて顔を上げた。
「よ。…待たせたか?」
「……いや…」
簡単な言葉を交わし
引手に指をかけたまま立っている天斗を仰ぎ見た。
彼の姿もまた、普段と違っていた。
きっちりと整えられた黒い羽織袴は
襟元がくつろいだ普段着に比べ、窮屈そうだった。
しかし、がっしりした体格によく似合い
色のせいなのか、妙に大人びて見えた。
思わず見惚れて凝視してしまったが
はたと気付いた圓は慌ててそっぽを向いた。
「どうだ、惚れ直したか?」
「…なっ……何を馬鹿なことを……」
軽い口調で言い当てられ、焦った彼女は口篭る。
――物珍しゅうて……だから思わず……などと
言い訳も考えるが、口が上手く回らなかった。
「オレは惚れ直したけどな。思った以上に綺麗だぞ、圓」
「…………」
顔を真っ白に塗られていて、本当に良かったと思う。
そうでなければ、情けないほどに茹で上がった所を見られ
またからかいの口実を与えてしまうところだった。
「……ったく、そのような事を、臆面も無く…」
緩みそうになる頬を隠して、ぶつくさと呟いた。
「ま、いいけどな。婆ちゃん達が呼んでんだ、行くぞ」
大きな右手が差し出された。
圓は、その手と彼の顔を一度だけ見比べると
素直に自らの手を重ねて支えとした。
着物を気遣い、ゆっくりと慎重に、立ち上がろうとする。
しかし、いきなり腰に回った彼の左腕が、易々と彼女を立ち上がらせ
そのまま力強く抱きしめたのだった。
いきなり抱きつかれた圓は、軽い混乱に陥った。
「…んな、何をっ!?馬鹿っ、おしろいが付いてしまうぞ…っ」
「不束者だが、よろしく頼む」
何を思ったか唐突に、新郎は花嫁の耳元に顔を寄せ、そう囁いた。
ぴたと動きを止め、暫し呆然としていた彼女も、それに習う。
「い、いや……その…こちらこそ……
……どうぞ、よろしくお願い致します…」
「ほら、今回はもう少し…まともな格好での挨拶になったろ」
天斗は真っ白な綿帽子に隠れた顔を覗きこみ
きょとんとしたお相手に向け、ニィと笑う。
しばし圓はその顔を見詰めたまま、思い出を手繰っていたが
やがてそれに行き着くと、思いきり舌を出して
あっかんべ、と、返したのだった。