「………………。」
長野へ向かう新幹線の車中。木村は窓の外を眺めていた。
弥生から湯治に行かないかと誘われたのは数週間前。二つ返事で了承した。
もし、仕事で遅れて迷惑をかけるわけにはいかないからと、新幹線のチケットを別々の時間にとったのも理解は出来る。
実際、急用が出来た弥生は後からの電車でくることになってしまった。
今、隣の座席には橘がいる。彼女は弥生と同じく神武館の門下生で、よさこいソーランの一緒のチームに入っているそうだ。
口数が少ない彼女から話を聞き出したところ、彼女も温泉にいくところらしい。
橘が『保護者』と一緒ではないことを不思議に思いつつ、木村はぼんやりと流れる風景を眺めていた。
「…………。」
飛田は困っていた。
急な打ち合せの終わった時間が発車時刻数十分前だったそうで、疲れているのは聞いた。
最近まで色々忙しくて睡眠時間が減っていたという話も聞いた。
だが、あまり疲れているからといって仲間の恋人の肩にもたれて眠る弥生の行動はあまり感心できない。
彼女のことは梓から聞いていたし、見せてくれたよさこいソーランの写真で顔も知っていた。
確か彼女にも恋人がいた筈である。彼女がどこで下車するかは知らないが、無事に目的地に着けることを心の中で祈る飛田であった。
合流場所の駅構内。
そこで、思わぬ鉢合わせが起こった。
待合室には荷物を膝に置いた木村と荷物を抱えて転寝する梓。
入ってきたのはまだ少し眠そうにふらつく弥生とそれを気遣う飛田。
四人の間に沈黙が流れる。
「…飛田さん?」
気まずい空気を打ち切ったのは、目を覚ました梓の嬉しげな声だった。
さっきまで寝ていたのが嘘のような顔で立ち上がろうとする。
「おとと…。」
だが、膝に抱えた荷物を落としそうになりつんのめった。木村がすかさず荷物を持ってやる。
「すいません。」
「落ち着け…注目の的になってる。」
木村に言われ、辺りに視線を走らせる梓。確かに、待合室にいた人々の視線がこちらに集中している。
しかもその中には、飛田に気付いた様な素振りを見せている待合客もいた。
四人は顔を見合わせ、小さく頷きあう。
「こういう場合は。」
「速やかに、」
「自然に」
「立ち去る。」
木村から荷物を受け取る梓。
荷物を持ち、すっと立ち上がる木村。
小さく欠伸をし、木村に寄り添う弥生。
寄ってきた梓を庇うようにして、出入口に足を向ける飛田。
ごくごく、自然に見えるように動く四人。
「せーの。」
待合室から出た四人は、全速力で駅構内に走った。
行き先が同じだと言うことを、男たちはまだ知らない。
「あ、せや…梓も聞いてる思うけど、迎え、ここに来るって。」
駅前へと走りながら話す弥生に、梓は小さく頷いた。
「ええ、でも最寄り駅に行くには乗り換えが…。」
「山越えのルートで、電車より早く宿に着けるいうてたけど…。ねぇ、梓。あん人の匂い、せぇへん?」
「…しますね。強烈に。あの人なら、今の私達の『状況』を知ることぐらい造作でもなさそうですから。」
「…あの人って誰だ?」
ずしりと響く声に走っていた弥生と梓の足が止まった。
声の持つ重圧感に振り向けず、背を向けたまま口を開く。
「…張島さん言う、探偵さんで、よさこい仲間で、これから行く温泉、その人の紹介なんどす。」
「お…女の人ですよ?!北天舞人の方で、私達とは別チームですけど、大きいイベントの時は神龍娘々で合同参加してて…。」
矢継ぎ早に説明する二人。と、その時。
「橘様と蕗錦様、お迎えにあがりました。」
「!?」
後ろから話し掛けられ、木村と飛田が驚いて振り返る。
声の主は旅館の法被に地味な背広姿。背は標準的な男性ぐらい。前髪が長いからか若く見える。
鼻筋の通った男前といった感じだが、その胸にはありえない膨らみが。
平時とはいえあっさり二人の背後を取ったところといい、一般人とはとても思えない。
その人物の顔を見て、梓と弥生は同時に声をかけた。
「張島さん…!」
「張島はん…!?」
「こいつが…。」
「張島…!?」
胸さえ見なきゃ美男子にしか見えない張島に唖然とする木村と飛田。
「お車までご案内いたします。ささ、こちらへ…。」
営業スマイルを浮かべる張島。だが、その瞳の奥は全く笑っていない。
「……事情は知ってる。完璧なルートを用意したから。」
「おおきに。」
「助かります。」
張島の案内について歩く四人。駅を出た四人は、駐車場に停めてある張島が乗ってきた四駆に乗り込む。
助手席に梓、後部座席に飛田、弥生、木村の順で座り、張島が荷物をトランクに積み込む間、雑談を始めた。
「芸能記者に追われてるのか。」
「…あぁ。何故かは知らないがな。」
「浮気でもしたのか?」
「…やめてくれ、梓が泣く。それ以前に同居人にさばかれる。」
「昔の人がらみとちゃいます?良え仲だった人が独りになって…って感じで。」
「…なら、いいんですけどね。」
梓の声にしんとなる車内。と、その時。張島が運転席に乗り込んできた。
「それじゃ行きます。」
シートに腰を降ろし、がっちりベルトをかける張島。
「街中は良いですが、山に入ったらお喋りはやめてくださいね。」
キーを回し、エンジンをかける。
「…舌、噛みますから。」
駐車場を出た数分後。
四人の絶叫が山中に響き渡った。
「いらっしゃいませ!あ、お張さん、お疲れさま」
「ただいまー。客の介抱頼むね。」
「…………。」
張島の『捕まりゃ一発免許取り消し欠格五年もの、ラリードライバーも真っ青』な運転で旅館に着いた四人は揃って四駆の中でへばっていた。
しばらくして、後部座席のドアが開き、まだ顔色の悪い飛田と木村が出てくる。
と、出迎えの仲居が数人二人を介抱しに出てきた。
「大丈夫ですか?」
「お水入りますか?」
「服、緩めましょうか?」
介抱のどさくさに紛れ、二人の体を触りまくる仲居達。
と、その時。
シュンッ!
開いたままの後部ドアから何かが投げられ、仲居達が慌てて木村達から離れた。
投げられたのは開かれた鉄扇で、先が地面に刺さっている。
どがっ!
少し遅れ、梓の足が助手席のドアを蹴飛ばす音が響く。
「…何、しとるんどす?」
顔色は真っ青を通り越して真っ白、髪が乱れた弥生がゆっくりと四駆から出てくる。
「……!」
ヒュー、ドロドロ…と言う効果音さえ聞こえてきそうな鬼気迫る姿に鉄扇を避けた仲居達も黙り込む。
「大丈夫か!?」
「大丈夫どす………。」
荷物をトランクから出して仲居に渡している圭さえもその姿に目を丸くする。
「うー…。」
今度は弥生よりもまだ顔色がいい梓が降りてきた。
よたよたと歩く梓はまっすぐに飛田の方へ向かうと、ぎゅうっと腕に抱きついた。
柄にも無くむくれっ面で仲居達を睨むと、それで一応気が済んだのか、飛田の腕を引いて旅館に入っていく。
弥生も、体を支えられながら続いて入っていく。
鬼気迫る二人に驚いていた仲居達に、張島が素っ気なく言った。
「『離れ』の客の名前ぐらい覚えときなよ。」
ずずず…。
「ふぅー………。」
弥生の入れた緑茶を美味そうに啜り、ほっと一息入れる木村。
案内された部屋は離れで、窓の外からは見事な山の景色が見える。
「夕食は七時から別室やそうです。それまで…どうしはります?うちは、脂汗か
いてしもたから、温泉に行こうと思ってるんどすけど。」
「……俺も行こうかな。嫌な汗かいたのは俺もだし。………あ、弥生。」
「何どすか?」
「仲居が覗きにくることはないだろうな?」
木村の質問に弥生の目が丸くなる。
「………ぷくくっ……木村はん……。」
顔を赤くし、湯呑みを握り締めて肩を震わせる弥生。
やがて、耐え切れなくなったのか、声を出して笑い始めた。
「はははは…大丈夫…っ、どす…『離れ』の客が入っとる時に、…覗きなんて、
…あはは…、くびになっ…すいまへん、はははは…。」
「……従業員が覗かないのは分かったから……弥生、しばらく笑ってろ。」
呆れた木村の言葉に弥生は頷くと、腹を抱えて笑いだした。
「…ひゃは、あはは…あー、久々に笑いましたわぁ…。」
「気が済んだところで悪いが弥生。…まさかお前も、厄介ごとに巻き込まれてはないよな?」
木村の質問に、弥生は笑うのを止め、真顔になる。
「…、何で、分かったんどす?」
と、その頃。飛田と梓が泊まる離れには、甘い空気が漂っていた。
「梓ぁ…。」
飛田に抱きつき、うっとりとした顔で頬をすり寄せている梓。
飛田も、苦笑しているが離す気はないらしく、梓の肩や頭を優しく撫でている。
「ここしばらく、警戒させっぱなしだったからなぁ…。」
何故かは分からないが、ここ最近、飛田のまわりを芸能記者がうろついていた。
その為、梓には四六時中警戒させ通しだったのだ。
飛田は、全く身に覚えのないことで不必要なストレスを与えてしまったので、梓
の我儘は目一杯聞いてやろうと思っていた。
「飛田さん。」
ふと気付くと腕に抱きついていたはずの梓が、あぐらをかいた膝の上に座ってい
た。そのまま、梓の手は飛田の首に回る。体を預けるように抱きついてくる梓を
抱き留めた飛田は、その手で梓の背中を撫でた。
「…梓、ずいぶん、甘ったれだな。」
首筋や頬に何回も口づけてくる感触が心地よい。
「…だって…。」
飛田の言葉に梓は口づけを止め、ふにゃりと笑う。
厄介な留守番を押しつけてしまった麗には悪いと思っている。
だが、梓は飛田を独占できるのが嬉しくて堪らないのだ。
梓は瞳をそっと閉じると、ゆっくり飛田と唇を重ねた。
「半分は勘だ。後の半分は……飛田から聞いたお前の行動と、これだよ。」
木村は弥生の肩に手を置くと軽く力を入れた。
「痛っ!」
「…やっぱり。骨に異常はないな?」
「打撲だけどす。後ろから襲われて振り返ったら、ドカン、て。木刀やったから
、皮膚は裂けてまへん。…上手く、ごまかしてたつもりなんどすけどな。」
「飛田の話がなきゃ、俺も肩は柔道だと思ったままだったよ。確か、新刊出たの
は、先々週だったよな?新刊が出たら、お前は半月くらいのんびりしてる筈なの
に、俺と別になったのは急な打ち合せのせいだと飛田に説明した…それに、お前
が次回の打ち合せをするのは、いつも今の連載の最終話をのせる前だろ?…一体
、何があったんだ?」
掴んでいた肩を優しく撫でながら木村が尋ねると、弥生は静かに話しだした。
「…馬鹿な連中が、自分らの好むように話を書かせようと、うちを狙ってるんで
す。どっちかはわからへんけど、道場帰りに髪下ろして歩いてんの見て、幻影と
同じだ、って尾行したみたいで。」
「…警察には?」
「………確実に逮捕されんと、通報しても意味ないですぇ。」
話していた弥生の顔が凄味を帯びた真剣な顔になる。
「せやから、楓と忍ちゃんに連中を任して、……うちは、木村はんを安全圏に置
くために、誘いました。……怒りますか?」
真剣な眼差しで、木村を見つめる弥生。
木村はその眼差しを見つめ返すと、痛めている肩に障らぬ様、優しく抱き締めた。
「ん…。」
何度か触れるだけの軽いキスを互いに繰り返し、自然と空いたわずかな間。
飛田はゆっくりと梓を組み敷くと、唇を深く重ねた。
ちゅ、ちゅ…。
水音が少し大きくなる。
「……はぁ、はぁ……んっ…。」
息継ぎで荒く甘い息を吐いていた梓の体が、舌を口腔に差し入れられて小さく震える。
「…ぁ……。」
舌を絡め取られ、頭の奥がじわりと痺れてくる。
理性と快楽の狭間で揺れる思考で、無意識に足が何かを蹴飛ばした。
かん。
ガチン、…ぽん。
背中に何かが落ちてきて、飛田は欝陶しそうにそれを払い落とした。
カン。
金属音が離れの室内に響く。
「…?何だ?」
妙な金属音に飛田は梓から離れ、音の方を向いた。
深い口付けに息が上がっていた梓も、その方を見る。
「…なっ…?!」
「………?!」
視線の先には、畳の上に転がる手榴弾らしき物。ピンはしっかり刺さっていたが、そんなことは二人には問題ではなかった。
「「わあーっ!!」」
「…ん?。」
作務衣姿で庭を掃く圭が、ふと手を止める。と、渡り廊下を血相を変えた数人の従業員が走っていった。
行き先は飛田と梓が居る離れ。
「いくら開かずの部屋なってても、銃火器隠すのはよくないねぇ…。あ、どーも。」
入れ違いに廊下に来たカップルに圭は会釈を返し、圭は掃除を再開した。
ちゃぽーん…。
露天風呂の女湯。そこに一人、梓はのんびりと湯に浸かっていた。
「……………。」
さっきの手榴弾らしきものは、ここで覗き退治その他に使われている手投げ用の煙幕弾だと判明した。
ここより山の上の方にあるボディーガードの養成所から、時折脱走して覗きにくる訓練生撃退用に、主に使
用されているらしい。
ただ、自分達の前にあの離れに客が泊まったのは、数年も前のことらしいので、煙幕弾が出てくる筈がない
のだ。
駆け付けた従業員達(養成所の卒業生らしい)も、それに関しては誰も身に覚えがないと言っていた。
「………ぅーん。」
湯の中に顔を半分埋めながら、梓が考え込んでいると、後ろでドアが開く音がした。
「どないしたの?梓。」
「あ、弥生さ……そ、それ!」
振り返った梓は、弥生の肩にある痣に息を飲む。武道を学ぶ以上、痣や生傷は日常茶飯事である。
現に梓の肌にも赤青両方取り混ぜた痣や、軽い傷がいくつもある。しかし、弥生の肩の痣は、空手や柔道で
ついた痣ではない。
棒か何かで殴られた様なその痣は、袈裟掛けに斬られたように肩から斜めに走っている。色白の肌に残る紫色の痣は、とても痛々しく見えた。
「……あぁ、これな。大丈夫。骨は無傷やから。」
わずかに微笑む弥生の顔は、悲しそうだった。
「……本当に、覚えがないんだな?」
「…何度言わせる気だ!ここしばらく、…梓と知り合ってからは誰とも付き合ってないってさっきから言っ
てるだろうが!」
同時刻。男湯、呉越同舟。
「第一、何でそんなに気にするんだ?あんたには彼女が居るだろうが。」
「橘は弥生の友達だ。…それに、あいつはとんでもなく危なっかしいんだよ。前に、女子部の時間帯に道場
破りが来た時、指導員さえ勝てなかった相手に一人でかかっていったんだ。弥生達がこなきゃ…。」
「勝ったんじゃないか?」
飛田の言葉に木村が止まる。
「……え?」
「梓は、…子供の頃から、血を吐くような鍛練を続けている女だ。…男だったら、うちにスカウトしてる。
それに、あいつの技は、相手を完全に行動不能にするのが目的だからな。空手のみならわからんが、あいつ
本来の闘い方をしたなら、道場破りなんかひとたまりもないだろう。」
「……飛田?」
男湯が静かになった次の瞬間。女湯の会話が聞こえてきた。
『…弥生さん肌綺麗ですよね。色白いし…。』
『誉めても何も出ぇへんて。こんな風に痣がくっきり残るんやさかい、色白もいいことずくめやないんやで。…梓。どないしたの?』
『……、…いや、弥生さんみたいな色香があったらなぁ…って、思っただけです。飛田さんは、凄く、大事
にしてくれますけど、……色香が有ったら、横取りしようとする人の攻撃も、どってことないんだろうなって…。』
『梓…。知ってるの?』
『誰か…までは…。けど、記者がどういうネタで動いているのかだけは、少し…。………あ、…悲しく、なって…。』
『…無理せぇへんで、…』そこで女湯の会話は終わり、木村は冷たい目で飛田を見た。
夕食の後。木村と弥生は離れの縁側で月見酒を楽しんでいた。
「木村はん、ええ月どすなぁ。」
木村に寄りかかりながら、弥生がふわりと微笑む。
酒で肌がほんのり色付いているだけでもかなり色っぽいのに、それに輪をかけるように似合っている浴衣姿。
これが桜酔いなら、即刻弥生に押し倒されているところだが、酒の酔いなので、弥生はかなり大人しい。
むしろ木村の方が弥生を押し倒したくなってきていた。
「…。あ、あぁ。」
寄り掛かる弥生の肩を優しく抱き、手の中にあるお猪口に酒を注いでやる。それに弥生は小さく目礼で返し、くいっとお猪口の中の酒
を飲み干した。
「…木村はん。うちを、酔い潰す気どすか?」
先程から飲まされてばかりの弥生が、拗ねた顔で木村を見る。
「…悪い、弥生の飲みっぷりが見事だから、…つい。」
むくれた弥生に木村は笑いを堪えながら身を屈め、弥生の頬に頬を寄せる。
弥生は木村の手から徳利を取ると、木村の手に自分のお猪口を持たせ、酒を注いだ。
丁度空になった徳利を置いた弥生は、木村の耳元に唇を寄せ、甘い囁きを注ぐ。
「…それ、木村はんが飲むまで、布団……せん…。」
途中で気恥ずかしくなったのか、弥生はそのまま木村の肩に顔を埋める。だが、すぐに弥生は顔を上げた。
「どうした、弥生。」
「何か……。いやな、氣が…。」
ほぼ同時刻。旅館へ飛田あてに電話がかかってきた為、残された梓は一人ぼんやりとしていた。
女湯に居た時に男湯の会話が聞こえたのと同様、男湯にも女湯の会話が聞こえていたらしい。夕食後、部屋
に戻ってから、飛田は優しく梓を抱き締めてくれた。電話がかかってこなければ、そのまま事に及んでいたと思う。
「……んっ……。」
体に残る熱に小さく身じろいだ梓は、顔から順に指先でその熱をたどった。胸に指を伸ばしたところで、ざ
わりとした快感と淡い熱が下腹部に宿る。
「…っ、……。」
淡い熱に流されるまま、梓は浴衣の上から乳房を柔らかく包み、乳首を指先でなぞる。
しかし、ざわりとした感覚のみが強調されて、余計もどかしくなるだけだった。梓は小さく息を吐くと、浴
衣の合わせ目を広げ、ブラジャーをずらし、乳房を露にした。
「……っ、んっ……。」
露になった乳房を手の平で包み、乳首を指先でなぞる。はじめはさわさわと撫でる程度だったのが、次第に
指で捏ねて刺激しはじめる。
「……っ、んっ…んぅ…っ。」
堪えるような声が自然に零れ、手にも熱が入る。梓は座っていた布団の上に仰向けに横たわると、わずかに
脚を開き、下着の上から秘裂をなぞった。
「…ぁ、んっ……。」
じわじわとしかこない快楽に辛そうに眉をしかめ、片手で下着をずり下ろして直接秘裂を指先で撫でる。
潤い始めたそこは撫でると小さな水音が響き、梓の羞恥心を煽った。
顔が赤く火照るが、指は止められない。
「んぅ……、あっ……。」
きつく目を瞑り、声を出来る限り押し殺しながら、梓は自慰を続けた。
「やっ、……んぅ…、はぁっ、あっ…。」
飛田が戻る前に終わらせようと、秘裂を撫でる指の動きを早め、一気に追い上げようとする。
「…っ、…ぅん、…んっ…んうぅ…あ…っ、…!」
愛液で濡れた指でクリトリスを撫でると、梓は高い声を上げて腰を跳ね上げた。秘裂をなぞる度、滲む愛液
の量が増え、指の動きを滑らかにしていく。
「……っ、んっ……あぁ、…っ、…」
飛田に抱かれ、快楽を覚えた体は多少女らしくなったとはいえ、普通の女性と比べればまだまだ色香に欠け
る。
どこで自分の存在を知ったかはわからないが、横恋慕する相手に勝てると思われても仕方がない。家にまで『飛田と別れろ』と言う電話…電話?
「………?!」
重要な事実に気付き、梓の自慰の手が止まる。しかし、それについて考えようとする頭は、すぐに快楽に支
配された。追い上げられた体は更なる快感に飢え、止まった指は強い快感を得ようとクリトリスへ伸びる。
「ひゃっ…あ、ぁん…あっ、あ、あ…。」
クリトリスを指先で捏ね回すと、強い快感が下半身を中心に広まり、梓の肌がうっすら色付いていく。
喘ぎが徐々に切羽詰まっていき、子宮がきゅうっと縮むのを感じた梓は、秘裂に指を突きたて、何回も抜き
差しした。
「あっ、あぁ…はっ、っ、あっ、い、イくっ、っ、んっ!…あー……っ!」
足をぴんと反らせ、梓は切なげな嬌声を上げる。淡く色付いた肌はじわりと汗ばみ、そのままゆっくりと体
の強ばりが解けていくと、梓はぐったりと布団に身を預けた。
「…あ……。」
取り敢えず身繕いをしようと、梓は下着を上下とも直す。
指が愛液で濡れているのに気付いた梓は、布団のそばにさっき置いておいたティッシュの箱に手を伸ばした。
「……!」
と、その時。部屋の中に異様な気配が充満する。梓は気配の方を向こうとするが、体が動かない。
『…ふふふ。』
ねっとりとした女の笑い声が頭の中に響く。
「…た、助けて…。」
女の声は梓の中で幾重にも響き、梓の意識を蝕んでいく。
「……飛田、さ…ん…。」飛田の名を呼んだ梓の体が力を失い、布団に横たわる。
しばらくして、梓が再び瞳を開いた。しかし、その瞳はどんよりと濁っていた。
「すまない、梓。電話の後で、張島に捕まって…。」
それから少しして、飛田が漸く離れへと戻ってきた。
「…いいんですよ。急ぎの用事だったんでしょ?」
傍へ来た飛田の手を引き、梓が隣へ飛田を座らせる。
座った飛田にしなだれかかった梓は、誘うような淫らな笑みを浮かべ、飛田の頬に手を伸ばした。そのまま
飛田の首に腕を回し、飛田と唇を重ねる。
「目を閉じないなんて、不粋ですよ?」
「……お前、誰だ?」
艶然と微笑む梓の目を、飛田は厳しい目で睨み付けた。
「何言って…。」
「氣が全然違う。それに、梓は自分からキスする時、そんな顔はしない。凄い照れてるか、甘えてくるかの
どちらかだ。」
飛田は淡々と、けれどもきっぱりとした声で話し続ける。
「後、もう一つ。張島が開かずの離れの理由を教えてくれたよ。張島も女将もまだアメリカにいた頃、ここ
の部屋で無理心中があったそうだ。それ以来、この離れには男漁りをする女の幽霊が出るようになった…お
前が、そうなんだろ?」
「ばれたんなら、仕方ないわね。…そうよ。あたしだって、こんな色香も何もない女の体なんか欲しくなか
ったわ。けど、こんないい男を捕まえてるんですもん…。」
梓を乗っ取った女の指が、首筋をたどり浴衣の合わせ目から飛田の胸へと侵入する。
「あたしが楽しませて上げるから…あんな女、忘れましょうよ。 」
梓の顔で淫らな微笑を浮かべたまま、女は飛田を誘う。
ドンッ!
次の瞬間、女は腹を押さえて蹲った。
「女の腹を殴るなんて最低、よ…っ…!…。」
「飛田、さん…。」
零距離で掌底をくらい、蹲った女が意識を手放すのと入れ替わるように、梓が体の主導権を取り戻す。
「すいません…。」
腹を擦りながら、梓は体を起こして立ち上がった。
「…くっ、うっ………っ!」
「梓!」
ぞわりとした気配が再び強くなりはじめ、梓は飛田から逃げるように廊下へと身を翻す。
体の主導権を再び奪われる前に、梓はこの女を追い払うつもりだった。賭けとしか言えない方法で。