クレアとの告解室の出来事から一ヶ月が過ぎていた。  
「どうだった。わたしの贈った回春剤は、ご賞味いただけたかな?」  
 教会の天井の神々を仰ぎながら中に入ってきたセリエが、説教壇に立つドナルドに  
近づきながら声を掛ける。久しぶりに見た貌だった、セリエ・フォリナー。  
「やはり、おまえだったのか……」  
「おまえとはごあいさつだな、ドナルド・プレザンス。で、どうだったのかな?」  
「なんのことだ……」  
 セリエがぎらつく眼差しでキッと睨み返してくる。ドナルドのこめかみには汗が  
うっすらと浮んでいた。  
 
「はっきりと言ってほしいのかい、ドナルド。なんなら、わたしにイクソシズムでも  
掛けるか?」  
 セリエがドナルドに妖しい瞳を向ける。  
「おまえに、掛けられるものならば、その邪念を払ってやりたい。にしてもだ」  
 セリエの眉根が神経質そうに寄ったのをドナルドは、見逃しはしなかった。挑発する  
つもりはなかった。或る意味、躰を重ねあったおんなへのやさしさから出た本心だった。  
「神の僕に捧げられし乙女。それで、クレア・ハルモラーアは愉しんでいただけた  
かしら?」  
 セリエはドナルドの言葉に刃向かうことなく、自分の言葉を続けた。  
 
「やはり、おまえの仕込みだったのか。らしくないだろうに」  
 セリエは、教会のベンチの背の上を人差し指で遊ぶようにしてなぞっていた。そして、  
ドナルドに顔を向けると不適な笑顔を見せる。  
「ふっ、仕込みか。否定はしないよ。だが、クレアがそんな言葉をお前から聞けばなんと思うかな?」  
 ドナルドは開かれていた経典をトサッと閉じた。  
「そのクレアから教えてもらったのだよ。信じたくは無かったがな」  
「そうか。もう、しゃべったのか」  
 セリエの眉がピクリと動く。  
 
「いったい、何が目的なのだ……!なぜに、わたしを惑わそうとする」  
「惑わす?そんな気はないさ。わたしが言いたいのは、信仰によっては何も変らない  
という事だ。おまえ自身も、よく存じていることだろう」  
「信仰はあくまでも支えだ。ひとみなみなに根付いた、心のささえだ。人としてのたしなみだ」  
「ひとみなみながそうだと思うか。もう耐えるのはたくさんだよ。がまんの限界さ」  
 セリエの瞳が一瞬だけおんなのものになったような気がした。それは錯覚だったのか。  
 
「耐える……だと」  
「みなは結果を求めたがるよ。悠長な時間は無い」  
「と、共に闘った仲間だろう」  
「なにをどもっているのだ。言いたいことを呑むな。ごっこ遊びは終わったのさ」  
 ドナルドは根気良くセリエに食い下がった。  
 
「チームだったではないか。あの長く辛い闘いを凌いだのも……」  
「チームか。そう思っていたこともある。だがな、ホームに還れば、ただの男と女だろう」  
「それが、セリエ・フォリナーの本心なのか」  
「気安く名付けんでもらいたいな。おまえにもわかるだろう。シェリーもクレアも抱けたというのなら、  
おまえ自身がいちばんわかっているのではないのかな」  
 
「そうか、なら言わせて貰う。だから、壊すのか、セリエ。そんなにこわしたいのか?」  
 ドナルドはセリエの差し出した手を払い除けたと刹那、思った。ベンチの背をセリエは顫える手で  
きつく掴んだ。  
「シェリーを……利用したりなんかしないさ。それに利用されたのはわたしの方だ」  
 教会のベンチの前に立つセリエは紅い眼をゆっくりと閉じると、ドナルドは堪らなくなって経典を  
掴もうとして出した手を引っ込めて説教壇を降りた。  
「わたしに近づくな!」  
 セリエは俯いていた貌を振り上げて近づいてくる恋情に向って叫んでいた。  
 
「なら逃げたらどうだ」  
「なぜわたしを惑わすのだ」  
「わたしの言葉を獲るのか」  
「ふふっ、そうだな。父に惹かれている自分がいるのがわかっている。それが堪らなく  
イヤなのだ。あの厳格な宗教の虫を心の奥底では好いていた。お笑い種だ」  
「肉親ならあたりまえだろうに」  
「おまえは、フォリナー家の長姉のことをなにもわからぬから……」  
「だからなのか」  
 
「そうだ。だから、こわして何が悪い」  
 ドナルドがセリエの震える肩に手を掛ける。  
「なにをする」  
 セリエは手をドナルドの伸びてきた腕に絡ませて拒もうとするが弱々しいものだった。  
「抱き締めるのだ。そうしてほしいのだろう、セリエ」  
「ばかにするな。シェリーが泣くぞ。それに、わたしはシェリーではない。シェリーなどでは」  
 かぼそく甘えるような声のセリエ。  
「だれも馬鹿になどしてはいない。それに、シェリーもセリエも」  
「クレアもそれに連ねるつもりか。ばかにするな」  
 少しトーンが強くなり、セリエの肩を掴んだ力をドナルドは緩める。  
 
「素直になったらどうだ」  
「ならば、そうさせてもらうか」  
 ドナルドはセリエの口元が笑ったような気がした。セリエは左手でドナルドの法衣の胸倉を  
掴んで、ぐいっと引き寄せ、ねっとりとした口吻をしてからドン!と壁にいきなり自分の躰ごと  
叩きつける。そして素早く右腕でドナルドの顎を引き上げ制圧の態を取った。  
 
「ぐふっ!」  
「よかったな、舌を噛まなくて」  
「舌を切ったところで、そうそう死ねるわけではない……」  
「減らず口を……まあいいさ。シェリーはおまえを愛して壊したいとしたが、わたしは  
嫉妬からおまえを壊してみたいと思うよ。そう、たまらなく壊してやりたいな」  
 左手がドナルドの法衣を手繰り寄せて捲くると、鮮やかな裏地の赤を覗かせ、ズボンの  
股間の膨らみを掴み、撫で擦りはじめる。  
「んあっ……!」  
 
「クレアみたいな声を出すのだな。かわいいぞ、ドナルド。もっと泣け。さすれば、もっと強く  
握り締めてやるよ。むかしみたいにな」  
「クレア……」  
 ドナルドは呻きながら、少女の名を吐いた。  
「そう、クレアだ。おまえに抱かれたい一心で私に近づいたんだよ」  
「言うな!セリエ!」  
 ドナルドは低く擦れた声で唸ってセリエを睨んだ。  
 
「まだ、そんな元気が在るのか。どうやら、神父さまは幼児にご執心のようだ」  
 右腕が更に深く食い込んでくる。  
「う……うるさい」  
 辛うじて、ドナルドは言葉を吐いた。  
 
「彼女はわたしに抱かれて、破瓜の痛みに泣いていたよ。わたしの腕のなかでな」  
「だまれ、セリエ……!」  
「知らなかっただろう、ドナルド」  
 セリエは不思議なものを見るように、ドナルドを覗き込みながら小首を傾げた。  
ドナルドはクレアからことの顛末をすべて聞かされていた。あの日、ふたりで告解室から  
出た後でクレアはすべてを泣きながら話していた。  
 
「神父さま。わたしは、セリエさまに頼まれてあなたさまを騙していたです」  
「だ、騙しただと……やはり、そうだったのか……」  
 ドナルドは苦虫を潰したような貌をして、クレアは淋しそうに俯くが真直ぐにドナルドを  
見詰め返す。ドナルドは少女の視線にたじろいていた。  
「で、でも、こんなことになってしまうなんて、思ってもいませんでした」  
「すまないことをした」  
「違うんです」  
「違う……?なにが違うと言うのだ」  
 
「いやだったら、神父さまに抱かれたりはいたしません。抱かれたいと思ったのも真なのです」  
 ドナルドはクレアの細い首筋に両手を掛けると、少女はそっと瞼を閉じ合わせる。  
クレアは細く美しい頤を上げて、神の鉄槌が下るのを静かに待っていた。しかし、  
その鉄槌は振り下ろされることなく、やさしく首を愛撫するだけだった。指先が耳の下に  
掛かって、やがてクレアの頬を包み込んでいた。少女の頬はカアッと熱くなっていった。  
その澄んだ瞳が見開かれて、潤んだ眼差しがドナルドを射抜いていた。  
 
「神父さま……羞ずかしい……」  
「わたしは、もっと羞ずかしいよ」  
「ごめんなさい、神父さま……」  
「いや、クレアが謝ることではない。あなたに本気になったわたしの罪だ」  
「ごめんなさい」  
 ドナルドの手にクレアのひとみから溢れた雫が濡らしていた。  
 
「わたしとスウォンジーの森へ行って見ないか?」  
 クレアは頬を包むドナルドの大きな手を小さな手で包み込む。  
「神父さま。ひとつ窺ってもよろしいでしょうか?」  
「ああ、構わないよ」  
「シェリーさまを今でも愛していらっしゃいますか……?」  
 
「あいしているよ。誰よりもだ」  
「よかった……」  
 雫がまたこぼれて、ドナルドの手に包まれた小さな貌にエクボが浮ぶ。  
「だが、クレア・ハルモラーアという天使もわたしは愛してしまったのだ」  
「ついて往きます。神父さま……」  
「こんな不埒な神父にか。なにが、そこにあるのか不安ではないのかい。何があるのかも  
聞もしないのかい、クレア」  
 ドナルドはクレアにやさしく微笑み、クレアもまた返す。  
 
「ごめんなさい」  
「なぜ、そう謝る。もう謝らなくともよいよ、無垢な天使よ」  
「わ、わたしがセリエさまを利用していたんです……」  
「もうそのことはいい。罪はすべてわたしのなかにある」  
 告解室で言ってくれればいいものをと、腕のなかで泣く少女を見て慌てはしたが、あの  
暗室では無理もないかと、クレア・ハルモラーアに愛しさを感ぜずにはいられなかった。  
 
「わたし、セリエさんも好きなんです。あの人もわたしとおなじ……気がします。  
おこがましいですよね。このことを知ったら、きっと怒られるでしょう」  
 行き交うものたちが、神父と白いロングエプロン姿の愛らしい少女の抱擁をものめずらしく  
振り返っては過ぎていった。  
 確かに戦渦のおんなたちの状況は似ていたが、ドナルドが求めたものはセリエの中には  
無かったのだ。  
 
 辛い見方をすれば、あったのは自分への映し鏡としての同情だけだったのだ。組織を  
潰されたセリエと、教会の子供たちを皆殺しにされたドナルドという男と女が出会って  
別れただけの話しだ。  
「なにが望みなのだ。わたしを殺したいのか……」  
「どうして、わたしから逃げた。答えろ!なにも言わずに、なにも言ってくれないで、  
どうして――なぜわたし前からいなくなったのだッ!」  
 
 セリエの手がドナルドのシャツを引き出して、ズボンを緩める。  
「よ、よせ。人が来る」  
 セリエの手が毛深い下腹を弄って、むずんとズボンのなかに押し入って肉欲の性器を  
手にした。  
「クレアともここで交わったのだろう。欲情に身を任せて、この肉で稚い躰を突いたのでは  
なかったのか?わたしは穢れていて、うとましいか!背負っているものが重くて、  
抱けないか!わたしに失うものは、もう無い!ほんとうの仲間はみな逝ってしまったんだよッ!」  
 
「よ、よせ。うぁああっ……!」  
 セリエはドナルドのペニスと睾丸を絞った。教会にドナルドの重い呻きが響いたら、告解室の  
扉がギィ――ッと開いてクレアが出て来た。  
「もう、やめてください……。セリエさま」  
「ふっ、いたのか、クレア。逢引きのおじゃまをしていたということか」  
 
「さしずめ、愛の宮廷というところだな」  
 久方ぶりに城に呼ばれてみれば、友の醜聞の事と知ってげんなりするバイアンだった。  
「なにを悠長なことを言っている」  
 アロセールがきつくバイアンを睨みつける。  
「そうだヴァレリアを救った英雄と戦場を駆けて傷ついた兵士を救った天使との醜聞なのだぞ!」  
「ぬしは、そんな口上をだらだらと」  
「そんなことは、わかっておるわ!だが、みなみなはそうおもっておる」  
「ぬしはうらやましいだけなのだろう!」  
 カチュアは椅子に座って微動だにせず、瞼を閉じて聞き耳を立てていた。  
「ああ、うらやましいわ!なぜ、ドナルドが好かれるのかわからんわ」  
「皆の者、静まれ」  
 
 一同がシスティーナの声に静まり返った。  
「システィーナさまはどう思われているのですか」  
 アロセールが意見を求める。  
「そうだ、意見をお聞きしたいものですな」  
 みなは鬼の首をとったように口々に喋り出す。システィーナは困惑した表情を隠しは  
しなかった。アロセールは彼女に耳打ちする。  
『思っていることを口にしたらよいのです。ここはそういう場なのです』  
 システィーナは口を開いた。  
 
「自重してもらいたかったのは事実です。わたしたちが神格化されるのもやむえない  
ことでしょう。ただ、これだけはわかってほしい。わたしたちは、最前線で絶えず命の  
やりとりをしてきた。心を病んでも仕方のないことなのです。民にわかって欲しいとは  
思いません。ただ、ここに会したみなみなさまにはわたしたちの心情を察していただきたい」  
 さすがにこの言葉には返すものがなく、しんと静まり返った。すかさずアロセールが  
ふたたびシスティーナに耳打ちをする。  
『上出来でしたよ』  
 システィーナはアロセールを向いて睨み、笑った。  
 
『もう、ちゃんと助けてよ』  
 アロセールはニッと笑顔を見せる。助けたではありませんかといった貌なのだ。  
『わたしだけが逝きっぱなしというのはイヤですから』  
 そう言って前を向いてカチュアのように瞼を閉じてしまう。  
『今夜は寝かせないから』  
 アセロールのくちびるだけが「はい」とゆっくりと動いていた。  
『もう……』  
 そして「裁定を」と口々に声が上がるとカチュアは瞼を開いた。  
「ふたりを一週間、この城の一郭に住まわすことにいたしましょう」  
 
「なにを言われますか!」  
「とんでもない!」  
 口々に騒ぎ出し始める。  
(旗色が悪いぞ、ドナルドよ)  
 バイアンは白髪の頭を撫で回していた。  
 
「飽きるだけさせてあげればよいのです」  
 カチュアの凛とした声が響いた。  
「む、無茶を言われますな!」  
「愛し合っているのならば、限られた時間で燃えつきさせればよいのです。熱情とは  
一瞬にて灰塵と化すものというではありませんか」  
「確かに、さようですが、恋から真の愛へと変った場合はどうされますか」  
「いかがされます」  
「そのときは、そのときです」  
 カチュアはすぐさま答える。  
「意味がわかりかねます」  
 
「結果が出て見なければわかりはしないでしょう。生き方は、おのおのの選択なのです」  
(わたしがそうしたように)  
 カチュアはその弱音を誰にも、吐くことは赦されないまま日々を送っている。ましてや、  
戴冠式にデニムはいなくなってしまった。慰めてくれるものは民の心だったが、  
日に日にデニム……弟への恋情が募る、寂寥が増すのだった。  
「シェリーさまはいかがなされますか?」  
「打診されてみてはいかがかと思います」  
 カチュアはそれだけ言うと、瞼を閉じ合わせた。  
「なんと破廉恥なことを」  
「破廉恥とは笑止。閨をそもそも取り上げること自体が馬鹿げていると思わなんだか」  
 
「クレア、ドナルドは勃起しているぞ。こいつは、おまえが求めているような男ではない」  
 ドナルドはセリエの右腕で首を押さえつけられていたが、貌を告解室から出てきた  
クレアに向いていた。  
「で、出ていきなさい、クレア」 「いやです、神父さま」 「た、たのむ、クレア」  
 教会にクレアの凛とした声が響いて、セリエもクレアに目を向ける。  
「クレア、服を脱げ」 「よ、よせ、クレア。こいつの言葉に耳をかすな。ぐうっ」  
「こいつとは、よくいってくれる」  
 セリエはドナルドを制圧している右腕の力をつよめ、絡めた指を肉茎からほどいて  
陰嚢を鷲掴みにした。   
「おやめください、セリエさま」  
 
 
「破廉恥といえば、セリエさまにも声を掛けるのかな」  
「セリエさまとプレザンスはとうのむかしにおわったと聞き及んだが」  
「そもそも、この話の出所はどこなのだ」  
 口々に好き勝手なことを喋り始めるのに及んで、白い王女カチュアは改めて椅子から  
立ち上がり、そして杖で石床を強く叩いた。  
「いいですか、皆の者。このことは、此処にいる限られた面々しか知らぬことです。  
決して口外、他言はわたくしが赦しません。心しなさい!」  
 みなは口をつぐみ静寂が愛の宮廷を支配し、騒いでいた面々は貌を見合わせた。  
 
「して、部屋はどうされますか」  
 バイアンが先に口を開いて、それで話は纏まってしまった。絶妙のタイミングだった。  
「わたしの部屋を使わせます。改装とか適当な理由をつければよいのです。放置すること、  
これは、これからの国造りに支障になるやもしれません。ですから、早くの内に  
摘み取るのです。なんなら養子縁組という選択も可能でしょう」  
 カチュアはそのとき、後々デニムが帰還した際の自分の欲望をかなえる策について  
思いを巡らせることになろうとは、その当時は思いもしなかったこと。  
 
 

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