アシュトンでデニムと口論になってから一週間、私は一人で港町ゴリアテに来ていた。
行き先はカノープスに伝えてきたから、今回は少し長く滞在しようと思っている。
デニムと離れて一人で行動するのは、これが初めて。ちょっとした違和感を感じる。
いつもデニムと一緒に居たから、それが当たり前になっていて少しでもデニムが居ないのは、
私にとっては異常なことだった。
なんでこんな事になってしまったのだろうと思う。戦いが始まってからいろいろなことがありすぎた。
ゴリアテに珍しく雪が降ったあの日から、私の周りの生活はがらりと変わってしまった。
今までにあったことを思い出してみる。辛い思いをしたことばかり思い出される。
ヴァイスに無理やり抱かれた事を思い出してしまって、吐き気がした。
「もう、いいわ。やめよう。」
私がゴリアテに来たのは私自身の気持ちを確かめたかったから。
こんなバカバカしいことを考えて落ち込むために来たわけじゃない…。
空がオレンジに染まる頃、やっと目的の場所に着いた。少し寄り道が過ぎたみたい。
簡素で小さなその建物は、私達の隠れ家。
ほんの前まではここで、私とデニム、そしてヴァイスが一緒に暮らしていた。
「懐かしい…ここは全然変わってないわね。」
人が住まなくなって随分経つから、荒れてしまっているのではないかと心配したけれど、
その中は何一つ変わっていなかった。
耳をすますと海から波音が聞こえる。この音を聞くと我が家に帰ってきたんだということを確認できて、
なんだかホッとした。
荷物を片付けて少しくつろいだ後、私はデニムの部屋へ足を向けた。
ライムへ行く途中でゴリアテに立ち寄った時はゆっくりしていられなかったから、
人が入るのは数ヶ月ぶりになるのかしら。
部屋の前に立って、ドアのノブをゆっくり回して扉を開けた。その瞬間、私の胸をきゅ、
と締めつけるものがあった。こぎれいに整頓された部屋いっぱいにやわらかい日向の香りがした。
「デニムの…匂いがする…。」
やっぱりそうなの?
私はデニムのベッドに身を伏せて、自分の心に問いかけてみた。この気持ちは何だろう。
デニムのことを思うと、いつも苦しくなる。デニムの前に出ると、いつも張り合って喧嘩をしてしまう。
けれど一緒にいないと不安で、心細くて、どうしようもなくなる自分がいる。
ヴァイスがあの時言っていたように、私はデニムを愛してしまったのだろうか。
弟ではなく、一人の男として。
「デニム…。」
軽く目を閉じて、胸いっぱいに部屋の空気を吸い込んだ。
デニムの匂いに包まれていると、まるでデニムに抱かれているような、そんな錯覚に陥った。
唇を指でなぞると、身体が震えた。デニムにくちづけられたら、どんな感じがするんだろうか。
デニムに抱かれたら…
「…っ、ん…ぅ。」
唇から顎へ、顎から鎖骨へ…デニムのくちづけを想像しながら、指を肌に滑らせた。
「こんなこと…。いけ…ない…のに…っ。」
デニムは、私にとって弟だったはずだ。いつからそうでなくなったのか…
今となってはもう、解らなくなってしまったけれど。この想いが許されるものでないことは、
考えるまでもなく理解できる事だった。
それでも、身体が火照って熱かった。私を支配するのは、理性で制御することのできない―想い。
私は身体を被うものを全て取って、床に落とした。
瞳を固く閉じて、情欲の求めるままに行為に耽った。もう、何も考えたくなかった。
「ふあッ…」
張り詰めて固くなった胸の突起を指で転がすと、ジンとした甘い疼きがそこから拡がって、
自分でもびっくりするくらいに甘ったるい声が口を突いて出た。
「ん、ぁ…っ!デニっ…あぁっ…。」
下肢の挟間に熱を感じて、その部分に指をのばすとそこは滑る液体で熱く潤んでいた。
ヴァイスにされた時はただ辛いだけだったのに、今はあの時とは全く違う。
身体の芯から熱に灼かれて、高熱に浮かされた時の様に思考がマヒしてくる…。
『姉さん…』
ここにいないはずの、…デニムの声が、聞こえる。
『僕は、姉さんを愛してるから…』
気が狂いそう…デニムの息遣いまでが聞こえて来るようで、私はもう何もかもがわからなくなって、
身体が…心が感じるままに叫んだ。
「デニ…ム…来…てェッ!」
口に出したのと同時に、自分の最奥に指を滑り込ませた。
「あっ!んっ…デニムっ…あああ!」
指をくねらせる度に雫の弾ける音が辺りに響き渡った。
立てた膝がガクガクと震えて、下肢から痺れるような感覚が湧き上がってくる。
怖いくらいの快感に、身体ごと浚われていく…。
「や…ぁっ、デニ…ム…、あ、ひぁっ!ふぁあああああっ!」
瞳の奥に、真っ白い光が弾けた。身体中の筋が一瞬きゅうっと硬直して、
それは一寸おいて小刻みな痙攣に変わった。
「デニム…もっと、私の事想っていて…欲しいよ…。」
火照った身体の熱が引いてしまうと、後に残ったのはいいようのない虚しさだけだった。
ここは小さな部屋だけれど、一人でいるととても広く感じられる。
夜の空気はひんやりとして冷たく、寒ささえ感じる程だった。
私はデニムの匂いのするシーツをそっと引き寄せて身体に纏った。
「…っ。」
指先を濡らす雫が視界に入ると、寂しさが胸を締めつけた。
なんだかデニムを穢してしまったような気がして、罪悪感に苛まれた。
胸に埋める事のできない空洞があって、切なさに身が引き千切られる思いがした。
「デニム…デニムっ…」
視界がぼやけて、頬に熱いものが伝う。泣いてはいけない、泣いたらもっと哀しくなってしまう。
そう思っても、私には溢れるものを止める事なんてできなかった。
コリタニが墜ちたら、デニムと離れようと思う。私の中のデニムへの思いに気がついてしまった今は、
もうデニムの傍にいるだけで自分を苦しめることになる。
デニムの志は高くて、尊いもの。もう、デニムには私の姿なんて見えないはずだ。
それを知らないふりでデニムと一緒にいるなんて、私には出来るワケない…。
私はデニムの匂いと、遠くから聞こえる波の囁きに抱かれて、疲れて眠りに落ちるまで泣き続けた。