「デニム、暗い顔するなよ。カチュアはすぐに戻ってくるさ。ブリガンテスはさっむいからな〜。  
港育ちのカチュアにはそんなとこにご出張なんて耐えられないんだろ。いつもの我が侭さ。  
そう、思っとけよ、な。」  
カノープスが僕の肩を軽く叩いて言った。姉さんと僕が喧嘩をするのは日常茶飯事なのに、  
今回は僕がいつもと違って、深く落ち込んでしまっていることに心配してくれているようだった。  
「ごめん、カノープス。心配かけちゃって。…でも、今回は決定的って感じかな。  
きっと姉さんはもうゴリアテから戻っては来ないよ。」  
確信があった。あんな姉さんの顔を見たのは初めてだった。  
「離れたくないんだろう?お前だって、まだまだお子様だし、《お姉様》が恋しくなっちゃうんじゃないの?」  
「からかわないでよ、慰めてくれているつもりなの?それとも僕で遊んでるのかい?  
いくらカノープスでも、本気で怒るよ。」  
僕はカノープスの言い方にかちんときて思い切り睨みつけてしまった。  
「お〜こわっ、悪かったよ。ごめんな、デニム。詫びと言っちゃなんだけど、  
気晴らしに空でも散歩しに行かないか。これでも本土に居た時は、4人担いで飛んでたんだぜ。  
…なぁ、デニム。アシュトンまでは陸路で行ったら3日はかかる。けど、空から行けば一日で着く。」  
「カノープス…?」  
「今、ゴリアテに行くには海路を行くしかないから、今からアシュトンに行けば、  
カチュアに会えるかもしれない。…もう一度、引き留めてみろよ。それでダメなら、諦めればいいさ。」  
「ありがとう…カノープス…。」  
「礼には及ばないさ。可愛いおとーとが心で泣いてるのを、黙って見てられるような冷たい  
おにーさんじゃないの、俺は。」  
カノープスが僕の頭をくしゃくしゃに撫でた。  
 
「すごいね、カノープス。空って、とっても広いんだね…。」  
海に大きな夕日が沈んで行くのが見える。空からの風景は地上から見るいつもの景色とは、全然違った。  
地上の人々が小さく見えて、僕の悩みなんてちっぽけなものなのかもしれないと思えるほど、空は広大だった。  
「いいだろ、空は。憂鬱な気持ちもどっかに吹っ飛んじまう。もうすぐアシュトンだ。  
イイ顔作ってカチュアに会ってこいよ。」  
「うん、そうする。」  
「お、ターゲット発見だ。俺は酒場にいるから、明日になったらこいよ。…カチュア連れてな。  
今日はもう遅いし、一晩ゆっくり話し合ってきな。納得いくまで。」  
姉さんが町外れの宿屋に入って行くのを見つけると、カノープスは僕を降ろして盛り場の方へ  
飛んで行ってしまった。  
   
小さな宿屋の一室に僕達はいた。向かい合ってはいるものの、視線を合わせることはなかった。  
姉さんが咎めるように、僕に言った。  
「どうして…追いかけてきたの。もう止めたって無駄よ。私は、戻らないから。」  
さっき空から降りた時は、心がすっきりしていて、姉さんとうまく話せそうな気がしたのに、  
実際姉さんを前にすると、何を言ったら良いのかわからなかった。  
気まずい空気が僕と姉さんの間にあって、心を通い合わせるのを邪魔しているみたいだった。  
「ごめん、姉さん…僕は、自分のことしか考えられなかった。けど、僕には姉さんが必要なんだ。  
姉さんがいなきゃ、駄目なんだ。」  
僕は慎重に言葉を選びながら、やっとそれだけ言う事ができた。  
「…でも、戦いを辞める事はできない。そうなんでしょ?」  
姉さんにそう言われると、僕は無言で頷くしかなかった。  
 
「我が侭を言っているのは、私も十分承知の上よ。貴方の立場だって、解らないわけじゃ  
ない。」  
「だったら何故?僕の事、わかっていてくれるのに、どうして僕を困らせるの?」  
僕は姉さんに問い詰めた。姉さんはいつもの様に僕を煽るような答え方はしないで、穏やかに言った。  
「ごめんね。デニム。貴方を困らせたくて、我が侭を通しているわけじゃない。  
でも、理由はきっと説明しても、貴方には理解できないと思うの。それに…結果が同じなら、  
知らないままでいた方が良い事だってあるわ。」  
机上の一点を見つめて、静かに話す姉さんの瞳は何かを決意しているように、全く揺るがなかった。  
僕には理解できない。知らない事が良い事もあるから。そう、言われたところで、  
僕は引き下がる気になれなかった。  
「どういうこと?聞いてみなくちゃ、わからないよ!たった二人きりの姉弟だって言ったのは、  
姉さんなのに…離れていなくちゃいけない程の理由も、僕に知らなくって良いって、そんなのずるいよ!」  
姉さんに詰め寄る僕は、いつもの喧嘩の時の姉さんみたい…。  
どんなにみっともなく我を通しても、絶対にゆずれなかった。どうしても一緒に居たくて、  
駄々をこねる子供の様に、姉さんを困らせた。僕らしくないのはわかっていたけれど、  
姉さんと離れるのは絶対嫌だった。  
だって僕は姉さんの事を…。  
姉さんは頑なな僕の様子を仕方ないわね、と困った様に笑った。そして机越しに、  
僕の肩に手を掛けると、自分の方へ引き寄せた。  
僕の身体はその手に引き寄せられるままに傾いていった。バランスを崩しそうになって顔を上げると、  
くっつきそうな位の近い位置に、姉さんの顔があった。  
「…私にはもう、貴方の姉でいることはできない…だから。」  
「え…っ…?…!!」  
言葉の意味を問う前に、身体でその意味を悟った。  
唇に触れるものが、何か…わかる。驚いて見開いた目が、姉さんの視線とぶつかった。  
 
「ごめんね。二人っきりの姉弟だったハズなのに…私、壊しちゃったよね。」  
濡れた僕のくちびるを、指で拭いながら姉さんが言った。  
「デニム、私…アルモリカで、ヴァイスに抱かれたの。無理やりにね。」  
「…っ!」  
「ヴァイスがその時言ってた。私はデニムの事、弟として見れてないって。  
デニムを、一人の男性として愛しているんだって…。」  
何か言おうとしても、声が出なかった。…愛している。その言葉が、僕の胸を高鳴らせる。  
「それまでは自分でも気付いてなかったから、そんなことあるわけ無いって思おうとしたんだけど…  
ヴァイスに乱暴されてる時も、貴方に助けて欲しくて…いつのまにか貴方の名前を呼んでたわ。  
…デニムの前では《姉さん》で居たかったのに…こういう気持ちって、止められないのね。  
今までデニムの事困らせることばかり言っていたのも、この気持ちの所為なの。」  
「僕は…っ、困ってなんかないよ…。姉弟なら、心配して当然だから…そう、思うから…。  
だから、僕から離れないでよっ…!」  
僕は喉がカラカラに渇いてくるのを感じながら、必死で言葉を繋いだ。  
姉さんは両の手で自分自身の肩を抱き、昂ぶる気持ちを抑えきれないのか、大きく溜息をついた。  
「…デニムの傍にいると、デニムに愛して欲しくなるの。姉さんっていう存在としてでもいいから、  
私にかまっていて欲しいって思ってしまうから…デニムは戦いで大変なのに、  
そんなこと言って困らせたくない。このままじゃ…私もっと、我が侭になっちゃうよ?  
本当に…止まらなくなる。」  
姉さんの気持ちは痛いくらいにわかる。  
その気持ちが止められないことも、相手を困らせてしまうくらいに我が侭を通したくな  
るのも、その全てが僕と同じだから。  
俯いた姉さんの頬から伝った涙が、机上にまばらな染みを作っていく。  
 
きっと姉さんは、戦争にかまけている僕を見ているのが辛くて、でも僕に我が侭を言って困らせるのも嫌で、  
だから僕から離れて行く。  
もしここで、僕が姉さんを愛しているって言ったら、姉さんが苦しまずに済むのかもしれない。  
でも、それを言ったら僕は戦えなくなる…戦いなんて辞めて、ずっと姉さんの事だけ考えていたくなってしまう。  
戦争の種を蒔いてしまったのは自分なのに…。  
戦争のためにたくさんの血が流れてしまったのに…。  
…そんな大切なことも、きっと考えられなくなる。  
僕にはもう、言い返せる言葉が無かった。  
「…僕には…止められない、か。でも…戦いが終わったら、また会えるよね?それまで、だよね?」  
姉さんを引き留められないのなら、せめて少しの間の別れだっていう、約束が欲しかった。  
戦いが終わって、また姉弟としてでも、一緒にいれたら…。  
「…もう、会えないかもしれないわ。ゴリアテだって、またロスローリアンが攻めて来るかもしれないもの。」  
姉さんの答えは、リアルだった。  
「そう…だね。僕だって、公爵に敗れたら、処刑されるかもしれないよね…。」  
姉さんの言葉と自分で言った言葉が、胸に突き刺さっていた。  
「…もう、帰るよ。いままで辛い思いばかりさせて、ごめんね。」  
これ以上ここにいたら、帰れなくなってしまう気がして、自分の気持ちを無理やり押し込めて立ち上がった。  
「…また、会えるわよ。これが最後なんて、絶対イヤ。ね?」  
泣き顔で見送るのが嫌なんだろう。姉さんは優しく微笑んでくれた。藍の瞳に零れそうなくらいの涙を溜めて。  
「そうだよね…っ。」  
姉さんの表情を見て、堪らなく切なくなった。僕の方が泣き出してしまいそうになって、姉さんに背を向けた。  
ドアのノブに手を掛けたものの、それを回すことができなくて体が止まってしまう。  
本当は一緒にいたいのに、愛してるって言って抱きしめたいのに…。  
こんなの…嫌だ。  
 
「…行かないの?」  
姉さんが僕の様子を窺おうとして、近寄ってくる。  
「デニム…?…っ!」  
僕の頬を流れるものは、言葉に出来ない感情の代替。零れ落ちる雫は、  
抑えることのできない気持ちそのままに、止まることなく溢れ出してしまう。  
「…今晩だけ、一緒に…いよう?…デニム、良い…よね?」  
姉さんの腕にそっと頭を抱き寄せられて、僕は姉さんからかけられた言葉を受け入れる意志を、  
姉さんの身体を抱き返す腕の力で示した。  
 
「すっかり、男のコらしくなっちゃったわね…。」  
上着を取った僕の身体を見て、姉さんが言った。  
「そう…かな。姉さんは…少し、痩せちゃった?僕の所為かな…」  
一糸纏わぬ姿の姉さんの身体を軽く抱きしめてみる。服を通しては判らなかった身体の細さに、驚かされる。  
「ふふ…大切すぎる人がいるっていうのも、意外と大変なものなのよ。」  
姉さんははにかむように微笑んで、そっと僕の手を取り、自らの胸元に導いた。  
フワッとした心地よい感触が、僕の指に伝わってくる。手に収まったふくらみを、そっと包み込むように揉むと、  
姉さんの口から甘い溜息が洩れた。  
女性の身体に触れるのは初めてだけれど、こんな時にどうすればいいのか、状況に直面してみるとなんとなくわかる。  
僕は掌の動きは続けたまま、姉さんの細い首筋や鎖骨にくちづけの雨を降らせた。  
そして胸のふくらみの頂にほのかに色づく果実にも…  
「あっ…んぁっ…」  
姉さんの可憐な啼声が、僕の脳髄に痺れるように響いた。僕は腰の辺りに重いような疼きを感じ始めていた。  
「やっ…デニッ…だめェ…!」  
腿の内側の熱い泉を湧かせるクレバスに僕の舌が這わされると、姉さんはイヤイヤをするようにかぶりを振った。  
「これは、イヤ?不快ならやめるけど…」  
「…ち、違うの…あの…」  
恥ずかしげに瞳を逸らした表情は嫌がっているようではなかった。  
僕はその様子を確認すると、先程より深く、泉に舌を浸した。  
「あっ…ああんッ…イ…イ…っ、いい…のォっ!」  
姉さんの華奢な腰が堪らないと言いたげに艶かしくくねり跳ねた。  
 
すっかり熱をもって熱くなった姉さんの身体は、肌がうっすらとピンク色に上気して美しかった。  
僕は姉さんの膝を割り、濡れた秘処に固く昂ぶった自分の怒張をあてがった。  
もうこれ以上時をおけない程に、脊髄に駆け抜ける痺れに耐え兼ねていた。  
「…いいね?」  
姉さんの耳元でそっと囁く。思わずかすれた声が出た。姉さんの頭がこくん、と小さく頷く。  
僕はゆっくりと腰を進めて姉さんの中に身を沈めた。  
「ああああっ…!デニム…っ…」  
「くっ…ぅ、姉…さ…」  
熱いぬめりに飲み込まれた自分自身から、じわじわとした何かが背に昇ってくる。  
腰が自然と前後に動いて、その感覚を更に貪ろうとする。  
「ひあぁっ…あっ、あ…!」  
僕が腰を突き上げるのに合わせて、切迫した声で姉さんがすすり啼いた。  
深い藍の瞳が熱に浮かされたように潤んで、目尻にはうっすらと涙が滲んでいる。  
壊れそうに細い腕が僕の背にしっかりとしがみつき、肢も僕の腰を引き寄せるように絡みついてくる。  
あまりにも健気に僕を受け止めようとするその行動に、僕は感動で胸が熱くなった。  
「あふぁ…ッ、あっ…デニ…す…好きィ…ああっ!」  
「…っ、」  
『僕も』―そう、口走りそうになって、きつく唇を噛み締めた。  
どうしよう…。言ってしまいたい。好きだ、愛してる!  
頭の中いっぱいに言葉が駆け巡る。  
狂おしいほどに込み上げてくる愛しさに身体が支配されて、思考のコントロールが効かなくなってくる。  
…まずい。このままじゃ叫びそうだ。  
「デニムっ…デニム!あっ、ああッ!もう、わた…し…ッ…」  
僕の腰に絡みついた姉さんの肢にきゅ、と力が込められてしなり、”果て”が近いことを僕に伝えた。  
それは僕も同じことで、脳天に突き抜けるような激しい刺激に合わせて、  
腰を打ち込む速度がどんどん増していった。  
「あっ…ひ…ひぁっ…ああ!」  
「う…くぅっ…、ね…姉さ…あ…ぃ…!」  
「ふぁ…ンンっ…ん―――――っ!」  
「――――っ!」  
 情欲の証を解放つ瞬間、僕は姉さんの頭を引き寄せ、唇に噛み付くようにくちづけた…。  
そうしていなかったら、きっと僕は言ってはならない言葉を叫んでいたに違いなかった。  
 
しっとりと汗ばんだ肌に纏いついた長い髪を除けてやりながら、僕は呆っと姉さんを見つめていた。  
すっかり気をやって、僕の腕の中で浅い寝息をしている横顔は無垢であどけなく、  
姉さんが僕にとって守るべき存在であったことを思い知らせる。  
「…愛してるよ…姉さん…。」  
眠っている姉さんには聞こえる筈もない。だから、そっとその言葉を囁いた。  
「僕は意気地なしだね…。」  
本当は戦いなんて辞めて、姉さんのことだけを考えていたいのに…骨を折るほどに抱きしめて、  
何度でも愛していると言ってあげたいのに。  
でも理想を捨てることは出来ない。  
…僕は、怖いのかもしれない…自分の蒔いてしまった戦乱という種を刈り取ることなく逃げ出してしまうのが。  
人々を苦しめただけの裏切り者だと言われてしまうのが。  
明日になったら姉さんはゴリアテに行ってしまうだろう。…もし、姉さんが言ったように、  
本当にもう二度と会えなくなってしまったら…?  
「―っ…!」  
僕は不安を打ち消すように、眠っている姉さんの身体を引き寄せて強く抱きしめた。  
 
バンッ…  
 
翌朝、僕の目を覚ましたのは乱暴に開けられた扉の音だった。  
「オイッ、何、悠長に寝てんだよ!カチュア、行っちまったぞ!」  
カノープスだった。  
「…あれ?酒場にいたんじゃ…。」  
「アホッ…お前が何時までたっても来ないから、港でぶらぶらしてたんだよ、したらカチュアが来て、  
弟をお願いって…どーゆーことだ、引き留められなかったのか?」  
「…ん、いいの。ちゃんと話はできたから。」  
「だったら…!あ…デニ…お前、なんで、すっ裸…あ!」  
 今まで慌てていた所為で気付いていなかった部屋の様子や、全裸の僕の格好に気付くと、  
カノープスが決まり悪そうにうろたえた。無造作に脱ぎ捨てられた着衣や、ひどく乱れたシーツが  
昨夜の名残をはっきりと残していた。  
 
「…お前達、…まさか…」  
僕はカノープスから目を逸らして答えなかった。  
「本当に、行かせちまって良かったのか…。」  
先程より穏やかに、カノープスが言った。  
「…いいんだ。僕には引き留められる程の勇気がなかった。それだけのことだよ。バカっ  
ていうかズクなしっていうか…心配掛けるだけ掛けといて、こんな結果でごめんね…。」  
「…男になっちまったな、可愛らしい《デニムちゃん》と、ばかり思ってたが…。」  
「…からかうと、怒るよ?」  
「顔が怒ってないぜ。…泣くなよ、オトコだろっ。」  
僕はカノープスに背を叩かれながら、自分の目からぼろぼろと零れ落ちるものがあるのを感じていた。  
「…泣いてないよっ…!もうっ…!」  
「…おし!今日はおにーさんサービスしちゃおう。コリタニまでスペシャルコースで空中  
散歩だ!デニム、さっさと服着な!」  
カノープスが僕の頭をくしゃくしゃに撫でた。  
 
 

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