「ねぇねぇ、知ってる? 今ハイムではね、頭を良くするのにコカトリスやオクトパスを食べるのが流行りなんだって」
「えーっ、何それ? 野菜や魚ならともかく、魔獣を食べるの? 上流階級の考える事って分からないなぁ……」
ブーツ越しにも感じる水気は数百バームを歩いても慣れることはない。
少なくともコリタニの箱入り育ちであった彼女にとって、ボルドュー湖畔沿岸の湿地帯は不愉快以外の何物でもなかった。
……それと、後ろから聞こえる兵達の益体のないお喋りも。
「コラ後ろ、静かになさいッ!」
お喋りは舌打ちと共に止まるが、それも一時的なものに過ぎない。
どうせ小一時間もしない内に、またヒソヒソ声が響くのだ。かれこれ十回は繰り返してきたのだから間違いない。
また背後から聞こえてくるであろう噂話にウンザリしながら、彼女―――アネットは腰まで伸ばした長髪を乱暴に掻きあげた。
ヴァレリアという島がある。
オベロ海に浮かぶその島は、古来より海洋貿易の中継地として、また、その利権をめぐる争いが絶え間ない事で名を馳せていた。
現在はガルガスタン王国、ウォルスタ解放軍、バクラム・ヴァレリア国の三勢力が骨肉の争いを続けている所であったが、その均衡ももうすぐ崩壊の途を辿ろうとしている。
今までガルガスタンとウォルスタの争いに静観を決め込んでいたはずのバクラムが、南下してウォルスタの国境を侵犯してきたのだ。
これに対抗してガルガスタンも、ウォルスタの本拠地アルモリカ城に向けて大軍を派遣。『民族浄化』の旗の下、二つの勢力を相手に回した総力戦を挑まんとしていた……。
「そんな一大事に、なんで私は補給部隊なのよーッ! グアチャロの奴見る目無いんじゃないの!?」
「落ち着きなさい、こんな所で喚いても仕方ありませんよ」
「これが喚かずにいられますかっての。
今回の行軍は、そんじょそこらの任務とは訳が違う。アルモリカの奪還及び
ウォルスタ解放軍の殲滅、そしてバクラムの侵攻を食い止めるという大儀があるの。
だというのに……!」
アネットは苛立たしげに周囲を見る。
ナイトが一名、クレリックが一名、ウィザードが一名に、ソルジャーとアマゾネスが二名ずつ。……ヴァルキリーの自分を含めて、なんとも半端な戦力。
支給された装備にバルダー金属製の物はなく、消耗品はキュアシードが数えるほど。
これでは前線など望むべくもない。
「ハッキリ言って、これは男女差別だわ。クリザローに着いたらザエボス様に訴えないと」
「……私たちウォルスタ人を差別しといて、よく言うわ」
「何か言った!?」
声のした方を向いても返事は無い。
普段ならウォルスタ人の小娘の一人や二人、問答無用で引っ叩いている所だが、あいにくと今は時間が惜しい。
明日までにクリザローへ補給物資を届けなければならないというのに、ゾード湿原で約一日分の遅れを出してしまったのだ。
兵站すらこなせないようでは、この先ずっと小隊長止まりだろう。この遅れを取り戻すべく、アネットは進路を南東に取っていた。
東のタインマウスの丘まで進んでから南下するところを、ボルドュー湖畔から南下してショートカット。地図上ではクリザローまで一日とかからない。
湖畔から町までの間に道らしい道は存在しないが、早く着いて前線に配置換えしてもらえることを考えれば苦にはならなかった。
「隊長殿、あれを……」
前を歩いていたナイトが立ち止まったのは、そんな時だった。
いつの間にやってきたのか、進路上には野生のものと思しき魔獣たちが待ち構えていたのだ。
通常のものより不健康な色合いをしているが、その特徴的な八本足はアネットも見た事がある。
名称はオクトパス。水中戦に持ち込まれると厄介だが、地上で戦う分には大した相手ではない。
「Fight it out!!(最後まで戦え)」
アネットの号令により部隊が散開、敵を殲滅すべく動き出す。
傍らでは既にウィザードが呪文の詠唱を始めていた。
「嵐雲から出でし雷獣よ、その鉤爪……グフッ!」
……が、ソレはこちらが想定していたよりも遠い距離から放たれた。
あまりにも速くて肉眼で確認できない。しかし、ソレは確かに味方の魔術師に命中、彼を即死させた。
その凶悪な一撃の正体は―――、
「毒……!?」
倒れたウィザードの肌が紫に変色している。
その一撃自体が強力であるにもかかわらず、ソレには毒の追加効果があるようだ。
「ポイズンブレス? オクトパスにそんな特技(スペシャル)は無かった筈……」
自前で用意したバルダースピアを構え、アネットは接近する敵を見据える。
関節の存在を感じられない触手に、禿を思わせる胴体は確かにオクトパスだ。断じてアースドラゴンではありえない。
だが、しかし……。
「うわぁぁ、あああァッ!?」
「……ッ!
気をつけろ、こいつは手強いッ!」
二人のソルジャーを引き連れたナイトが、そんな言葉を漏らす。
肉弾戦なら部隊内で一番の使い手である彼が、陸地に上がったオクトパスに苦戦している。その事実が既に、このオクトパスが只のタコではないことを物語っているのではないだろうか?
「ノーラはクリアランスを、ジュディとジョディは弓でブランドル達の援護に回れ!」
ともあれ、退く事は出来なかった。
ここで退いてしまえば、前線に補給物資を届けられない。ひいては自分の戦果を挙げられない事に繋がる。
それは、上昇志向のアネットにとって許しがたい失点だった。
「ハァァァッ!」
泥水に構わずオクトパスの方に向かって突撃。
振り回した勢いを得てバルダースピアを突き入れる。が、その一撃は複数の触手で難なく受け止められてしまう。
同時に、受け止めていたのとは別の触手がアネットに振り下ろされる。
「……アッ!?」
目の前で閃光が走った。
吹き飛ばされる程の衝撃で頭の中が真っ白になっていく。
見れば、チェインメイルの鉄板部分が折れ曲がっていた。
足が地面から離れ、身体全体が宙へと投げ出される。
その間、戦意も、気負いも、何もかもが剥奪されて……水の中に沈んだ。
どこかで叫び声が聞こえる。
もがき苦しむ男の声、泣き叫ぶ女の声。それらが世にも奇妙な混声合唱を奏でている。
それがなんとも不快で、彼女は意外にも心地良い泥の中から身を起こす。
―――目覚めた先、戦場はその様相をガラリと変えていた。
「グウッ……ゥぉぉぉ……!」
「……ゃぁぁ、あっ、アァッ、助けて、助け……ッ、んゥゥ……ッ!」
「あ〜〜〜ん、パパぁ、ママぁぁぁっ……」
アネットは息を呑んだ。
片や男が死体となって倒れ、片や女が暴行を受けている。
戦場で半ば暗黙の了解となった光景だが―――しかし彼女は人の手による地獄絵図すらも見たことがない―――、この場において異彩を放っているのは、それが人間ではなく魔獣の手によるものだからだ。
八本足のうちの一つで、ソルジャーを絞殺したところなのだろう。彼の首がありえない方向を向いている。
舌をダラリと伸ばし、両目が飛び出さんばかりに開かれた顔は、絶望の表情と呼ぶのに相応しい。
一方アマゾネスに対しては、四肢を触手でがんじがらめにした上で、その身体を蹂躙していた。
幾つもの触手が衣服を破り蠢いて、秘所から胎(ハラ)の中へと潜り込む。女達はそれがクネクネと動くたび腰を震わせ、泣き声を上げるのだ。
「ヒァアあァァぁぁーーーーッ!!」
別の悲鳴に目を向けると、クレリックが別のオクトパスに追いかけられていた。
その身を包んでいたローブは半ば引きちぎられ、顔はレイプに対する恐怖で歪んでいる。
奇声を上げながら戦場をグルグルと回る姿は、普段の落ち着いた物腰を知っている者には想像できないものだろう。
しかし、その追いかけっこも長くは続かない。
ボルドュー湖畔一帯は人の足での移動が困難だ。移動できたとしても、その間の戦闘能力は大幅に低下する。
対するオクトパスは水辺を楽々と踏破し、時には湖に潜り込んで先回りが出来る。無論、彼我の戦力差は明白だ。
「あぁ……ッ!?」
程なくして、僧侶は捕えられた。片足を掴まれ転倒した所を、オクトパスの巨体に圧し掛かられたのだ。
それでも逃げようとする彼女の身体に触手が伸びる。装備していたローブは完全に引き裂かれ、胸元から腰にかけて白い肌があらわになる。
フィラーハの下で育まれた清き肉体が今、穢されようとしていた。
「待っ……!」
「止めろーーーッ!!」
アネットが叫ぶより早く、オクトパスに向けられた声があった。
欠けたショートソードを振り上げながら、彼女よりも速く湿地帯を駆け抜ける。
ナイトだ。盾は既に無く、甲冑もボロボロの泥まみれだが、それでもなお貴婦人を守るべく立ち向かう姿はまさに騎士と呼ぶに相応しい。
だが……、
「ゴフッ!」
「ブランドル!?」
ナイトがたどり着くよりも更に早く、魔獣は毒を喰らわせた。
目に見えぬ速さで放出される毒の塊。下手をすれば一撃で死に至るソレを彼はかろうじて持ちこたえる。
「ア……、ガッ……」
だからといって無傷ではありえない。
魔獣の射程に入った時点で、攻撃は不可避だった。そして、体内に入った毒は確実に命を削ぎ落とす。
ナイトはそこで膝をつき、追いついたアネットの方へ倒れこむ。
「ブランドル、しっかりなさいッ!」
「……ど、どうか、お逃げ下さい。ここは危険です、せめて貴女だけで……」
「……ブランドル? ブランドル!? ああ……!」
言い切る寸前で、事切れた。
アネットは何度も身体を揺すったが、反応は無かった。同時に、彼の体温が冷めていく。
勇敢だった部下の余りにあっけない最後が信じられず、彼女は同胞の死を心の底から嘆き悲しんだ。
……そこに隙が生じていた。
「…………ッ!?」
背後から触手が絡み付いてくる。
アネットが反応したのは、ソレが騎士を見つめる視界に飛び込んできてから。つまりは、完全に手遅れだ。
身に付けたチェインメイルは隙間から触手がねじ込まれ、あっさりと引きちぎられてゆく。
同時に鎧の下から飛び出したのは、見事なまでに大きい二つの膨らみ。戦の為に押し込んでおいた反動か、あるいは身動きできない今も暴れているせいか、激しく揺れている。
その様子に刺激されたのか、触手たちは先ずアネットの乳房に殺到した。
「やぁっ……ちょっと、止めなさッ……あンッ! ……アァッ、やめて!」
覆い尽くされた乳房は、触手の中で揉みくちゃにされる。
衣服の中と外で複数の触手が包み込むように動き、無数の吸盤が肌に食い込んでは離れてゆく。かすかに浮かび上がった乳首には、器用にも触手の先端でつまみ、弄ぶ。
これまで誰にも身体を触らせたことのなかったアネットにとっては、その時点でも大きすぎる刺激だが、被害はそれだけに止まらない。
触手は足元からも這い上がって白い素足に絡みつく。スリットを割って入り込み、内股を撫で上げる。
食い込み、一体化するような吸い付きは下半身をも震わせ、立ち上がる力すら吸い取っていった。
「あっ……、え……?」
そして、その機をオクトパスは逃さない。
巻きつけた触手に力を込め、立てなくなった獲物を支えた上で、両足を大きく開かせるのだ。
捲りあがった衣服から覗くのは、縦に割れた秘唇と延長線上にある肛門。すかさず、一本の触手が駆け寄り、滑るように奥へと潜り込んでいった。
「……っ、ぁああァぁぁアァぁっっっ!? 嫌ァぁぁ……ッ!!
やだ、嫌だ、ヤダァぁぁァッ! 抜いてぇ……ッ、お願い、入らないでェェェェ!」
身体の内部を引き裂かれるその瞬間を狙った一撃は、崩れた姿勢を立て直す気力すら奪ってしまう。
そうなると、もう後は簡単だ。オクトパスは八本足の触手を使って、アネットを犯しにかかる。
無抵抗をいいことに腕を縛り、股を開かせて、勝手気ままに触手を動かしてゆくのだ。
その様は、人間の幼児の排泄を手伝う大人の構図に似て酷く卑猥。
これで心無い観客がいれば場も盛り上がるのだろうが、ここはあいにく未開の地。見ている人間はおろか生きている人間も居るはずがない。
「ああ……ッ! あ、アっ……うっ……クゥゥゥン!
ンァっ、ハァッ、アッ、アッ、アァぁぁぁ……ッ!?」
その身を包んでいた装備は大部分が剥がされ、今や衣服の切れ端とバトルブーツが残るのみだった。トレーニングを経ても白い輝きを保っていた肌は、湖畔の泥と魔獣の体液でドロドロに汚されている。
乳房には出もしない乳を求めてか絞り上げるように触手が巻きつき、秘所は別の触手がひっきりなしに出入りする。それらは変幻自在に女体のあらゆる所に張り付き、絡み、犯してゆく。
特筆すべきは魔獣の持つ泡のような吸盤で、吸い付く時はグレムリンのディープキッスの如きしつこさなのに、離れるときはあっさりと離れてしまう。
そのギャップが触られている者には堪らず、女の柔肌に奇妙な快感を与えていた。
「(何故、なぜ気持ちいいと感じてしまうの……?
初めてをタコに奪われるなんて、ウォルスタの豚にも劣る行為なのに……。
……! 駄目、イク、イッちゃ駄目……!)」
現にアネットも、処女を奪われたばかりだというのに、今は純粋な悲鳴以外のものを口走っていた。
豊満な胸は触手によって揉みまわされ、乳首を吸われることで妖しく揺れ動く。
無数の吸盤が内部の襞という襞を埋め尽くすように吸い付いては離れるたび、胎内は痙攣するかのように収縮し、中の異物を捕らえて離さない。特に陰核近辺を弄られた時は、断続的に腰を震わせてしまうほどだ。
まるで女としての空白が満たされるような感覚。口に出す事こそ躊躇われるが、湧き出る感情はまさに『悦び』と表現するにふさわしい。
「ダメッ、らめぇぇぇっ、おヨメにイけなくなっちゃうよぉぉッ!」
「んんっ……、ムグゥ、ンムっ! ンンンぅぅ……」
そして、そう感じているのはアネット一人だけではない。
彼女よりも先に魔獣の餌食にされていた女性たちも同様に、いや、それ以上に快楽を貪っているからだ。
例えば今、湖にいるウォルスタ人のアマゾネスは既に自分から腰を振っているし、その妹など触手の一本と延々とディープキッスを交わしている。
四半世紀の半分も生きているか疑わしい小娘でさえ、未熟な身体を弄ばれて一丁前に嬌声を上げているのだ。
「……心貧しき者、幸いなるかな……ぁッ!
てっ、天国は、その人のものなればっ、なればなり!
悩め、悩めるもの……幸いなるかなっ、その人はァ、慰めだ……さめは天国で、
ま、貧しいから幸いで、こ、ココロの、なぐなぐ、慰めァああァぁぁ……!」
クレリックに至ってはもう何処も見ておらず、先程からフィラーハ教の経典にある言葉を絶え間なく唱えている。それでいて身体は正直にも尻を突き出し、侵入してくる異物の感触を受けて愛液を垂れ流している。
始まりは確かにレイプであったろうが、今彼女たちが浮かべている表情はその正逆。押し寄せる快楽に身も心も捧げてしまっている。
「クゥっ……ハ……ハ、ハァアァアッ!
熱い……何コレェェッ!? 何か……ふぁ、はァっ……来ちゃってる……ッ!
そんなっ、アァ……! コンナ、こんなコトッて……!」
気が付けば、股間から破瓜の血とは違う液体が流れ出ていた。
どうやら肉体は意識するよりも早く、魔獣の責めに屈服していたようだ。認めたくはなかったが、快楽を意識してしまった以上、それが全身を駆け巡るのを止められない。
乳房はパンパンに腫れており、ソレを何本も受け入れている性器はヒクヒクと痙攣するように動いている。
どちらにせよ、もう取り返しが付かない。兵が死に、補給物資は届ける事も叶わない。
そして何よりも手遅れなのは―――、
「アァァっ! ……ハっ、ハッ! ハァ……っ!
あぁぁっ……!! イ、いく! イクぅぅぅぅぅ〜〜〜ッ!!」
―――自分たちが、抗えぬ力持つ"魔物"に魅入られてしまっている事だった。
夕日が海の彼方に沈む頃、陵辱のあった湖畔を訪れる者があった。
ローブ姿のその老人は辺りを見回し、いくつかの倒れ伏した者を一見して感嘆する。
「うーむ、素晴らしい……。
外傷を全く与えることなく、与えたとしても一撃のうちに仕留める。
これは良い仕事をしています。先程女達を連れたクラーケンの群れと遭遇しましたが、
補給部隊が来なかったのは、それが原因だったンですね。
ともかく、有効利用させてもらいましょう。
無念多き屍どもよ、永劫続く苦痛と共に不死を授けん…、ネクロマンシー!」
老人が呪文を唱えると、周囲には暗黒神アスモデを象徴する冥(くら)い波動が巻き起こった。
ソレが死体の中に次々と流れ込むことで儀式は終了。やがては死体たちが起き上がるに至る。
一部の人間にとって永遠の命題である不老不死、そこから派生した死霊術だからこそ為せる業だ。
「それでは引き揚げましょう。
ガルガスタンも、もう潮時……。あとは若い人たちに任せましょうかねぇ」
そう呟くと、老人は瞬時にカラスへと身を変え、飛び立った。死体の群れも老人に伴うように、消えていく。
あとに取り残されたもの―――補給物資を積んだ荷台は、それから二日後、ガルガスタンの本隊の手で発見される事になる。
運び手であるアネット以下、数名の行方は杳として知れない。