ハイム城での戦闘はほぼ二日にわたって続いた。  
ハイム城に終結していたバクラム軍は狂信的なバクラム人至上主義者たちであり、その抵抗は苛烈を極めた。交戦したほとんどの地点において殲滅戦が行われたが、司祭ブランタの死によりその抵抗は急速に収束した。  
しかし、バクラム軍の死者数は全軍の9割を超える惨状であり、解放軍も数・練度・士気の面で勝っていたにも関わらず、全軍の2割が死亡、2割が負傷者と手痛い損害を受けていた。また、戦場となった城下ではかなりの数の一般市民が巻き込まれており、  
回復魔法の使えるプリースト・クレリック・ウィッチはもとよりそれ以外の者も市民の治療にあたっていた。その中でシャーマンとなっていたオリビアは、この戦闘によるすべての死者に祈りを捧げていた。  
「皮肉なものね、プリーストであれば私も治療魔法が使えたのに」  
オリビアは祈りを捧げながらそう思う。シャーマンになることは各々の神に自分を捧げる、つまり生贄に近い行為である。そのためそれ以外の神の魔法は一切仕えなくなる。  
たとえ、それが光に属する神のものであっても、だ。  
「あの……、どうかされましたか?」  
金髪の女性、クレアの声でオリビアの意識は現実へ引き戻された。  
「ちょっと、考え事をしていたの。気を悪くなさらないで」  
「そうだったんですか。いろいろと大変ですね」  
「ご両親を一度に無くされたあなたほどではないわ。本当にごめんなさい。私たちが不甲斐ないばかりに」  
クレアの表情に一瞬悲しみが浮かんで、すぐに笑顔になった。  
「フィラーハ教の大神官さまのご息女に父と母の冥福を祈ってもらえたんです。それだけでも嬉しいです」  
「ありがとう。そういってもらえると私も嬉しいわ」  
オリビアの笑顔にクレアも笑顔を返した。  
「そうだ。私たちがいる教会で祈ってもらえませんか? 私のように親兄弟、恋人を無くした人がいっぱい集まってるんです。  
私だけ祈ってもらうのはもったいないですから」  
オリビアは少しだけ考えて「いいわ」と返事をした。クレアは嬉しそうにオリビアを案内するために手を取った。  
(城での政治的な仕事は姉さんたちに少し多めにやってもらおう。少しぐらいなら、許してくれるはず)  
ほんのちょっと、仲間とはなれて一人で心穏やかに過ごしたかった。  
教会はすぐについた。  
 
「あ、デニムさま。お帰りになられるのですか?」  
クレアの発した言葉にオリビアは耳を疑った。  
「うん…。クレア、だったよね。彼のことを頼む」  
「はい! 誠心誠意お世話しますから、心配なさらないでください」  
男は寂しさと悲しさの混じった微笑とともにゆっくりと頷いた。  
「デニム……」  
オリビアは自分の知らないうちに男の名を呼んでいた。  
「オリビア? なぜここに君が?」  
デニムは驚いたようだった。休憩したい、といって外に出たオリビアがここにいるのは明らかなサボタージュだからである。  
「私が教会にきてもらうようお願いしたんです。死者に祈りを捧げてもらおうと思って」  
「そうなんだ。オリビア、僕らの分も祈っておいてくれないか?」  
「それは、構わないけど……」  
なぜ、あなたがここにいるの?、というオリビアの言葉はデニムがさえぎった。  
「大丈夫。セリエさんたちにはうまく言っておくから」  
デニムは苦笑しながらそう言って城の方角へとゆっくりと歩いていった。その背中は先ほどの微笑と同じようにどこか寂しそうで  
悔しさをにじませているようにも思えた。  
「さあ、行きましょう」  
クレアに急かされて教会に向かったオリビアだったが、デニムの微笑と背中が頭から離れなかった。  
 
オリビアが祈りもそこそこに城へと戻るともう仕事は終わっていた。  
暗黒騎士団の追撃するにも、兵を休息を与えなくてはならないと翌朝と決められ、デニム直属の神竜騎士団の面々には個室が割り当てられていた。  
オリビアは夕餉を終えて月をぼんやりと眺めていた。  
(最終決戦が近いというのにあの表情は何なのだろう?)  
オリビアはデニムにあったときからずっとその思考に支配されていた。あの教会でデニムと後で知ったことだがカチュアが会いにきていたという  
男にオリビアも会った。一目見てオリビアはデニムの父、プランシー神父とその男の姿は重なった。  
酷い状態であることは同じであったが、その男はプランシー神父と違い武人であったようである、回復の見込みは高い。  
にも関わらず、寂しげで悲しげなあの表情は何なのだろう。  
傍らにはオルゴールが置いてあり、そこには真新しい涙の跡がついていた。デニムの涙なのは間違いない。  
デニムがオルゴールの音色を聞いて、二人っきりにしてくれとクレアに頼んだのだから。  
デニムは何が悲しくて、悔しくて涙を流したのだろう。  
(彼は何者なの?)疑問の答えはそこにあるように思えた。  
軽快なドアを叩くリズムが部屋に響いた。オリビアは中に入るよう促す返事をすると入ってきたのは若い女の給仕であった。  
「食器を下げさせてもらってもよろしいですか?」  
「ええ。お願い」  
給仕は淡々と自分の仕事をこなしつつ、少々の愚痴をこぼしていた。  
カノープスに鶏肉を出したら怒られた、だの  
ギルダスにはもっと強い酒を出せといわれた、だの  
シェリーは好き嫌いが激しい、などが続き、  
「デニムさまはほとんど料理に口になさらずに……」  
「それは一体どういうこと?」  
給仕の言葉にオリビアはすぐさま反応した。その語気の強さに驚きつつも給仕は続けた。  
デニムはほとんど食事に手をつけずぼんやりとしており、泣いていたのか目の下が赤くなっていたと給仕は言っていた。 
 
それを聞き、オリビアは席を立った。長い廊下を少し速い歩調で進み、デニムの部屋の扉をノックした。  
返答はない。もう一度ノックするも返答はやはりない。少しの躊躇いのあと、オリビアは扉を開いた。  
燭台に灯された火と月明かりの指す部屋の中でデニムはベッドの上で剣を肩にかけ、壁に寄りかかり、ぼんやりと月を眺めていた。  
(さっきの自分もこんな表情をしていたのだろうか)  
いや、こんな表情ではないとオリビアは思った。  
侵入者にやっと気がついたデニムだが、驚くでもなく静かな口調で言った。  
「何か用、オリビア?」  
「ええ。話をしたくて」  
デニムは部屋に入るように促すとオリビアは後ろ手に扉を閉めた。鍵はかけなかった。  
オリビアは部屋にあった椅子に座るとデニムと視線を合わせた。デニムの瞳には無力感と寂寥感があった。  
「何があったの?」  
しばしの沈黙のあとにオリビアは口を開いた。デニムは答えない。答えを探しているのか、視線がゆっくりと天井へと向いた。  
「あの教会にいた男性は誰?」  
「……君には」  
「関係ない? それでは困るのよ」  
デニムの言葉を強い口調でさえぎるオリビア。デニムはわずらわしさをほんの少し表情に浮かべた。  
「何故?」  
それは言葉にも。デニムの口調に胸が痛むオリビア。  
「私は、あなたを心配しているの。だから……」  
世の道理がわからない生娘のような口調、オリビアは演技する自分がひどく醜いものに思えた。  
「大丈夫だよ。暗黒騎士団と戦うのに一つだけ、憂いがなくなっただけだから」  
「憂い……?」  
オリビアの疑問の声にデニムは肩にかけていた剣の柄を指差した。紋章が彫られている。  
「これはゼノビアの紋章。そして、この剣はロンバルディア。聖騎士ランスロット=ハミルトンに与えられた名剣だよ」  
「ゼノビアの聖騎士の剣……。じゃあ、あの男性は」  
デニムはゆっくりと頷いた。そして続ける。  
「僕はランスロットさんを人質としてくるんじゃないか。そのとき、僕は指揮官として非常な決断ができるのか……  
多分、できないだろう。そう思っていたんだ」  
デニムはロンバルディアを握る手に力をこめた。  
「だけど、ランスロットさんが見つかれば、その心配もない。彼をあんなふうにした者たちに殲滅すればいい。  
そう思ったんだ。だから、心配しなくていいよ」  
 
そう言って、デニムはやっと笑顔を見せた。その笑顔がオリビアにはひどく悲しかった。  
オリビアはゆっくりとデニムへと歩み寄り、やさしく抱きしめた。  
「そんな悲しい嘘をつかないで」  
デニムの表情はわからない。だが、オリビアは自分が考えているような表情を浮かべているのだろうと思った。  
「自分を偽ったまま、自分を傷つけないで。本当は悲しいなら、せめて私の前だけでも素直になって」  
デニムの腕がオリビアの背に回された。  
「あなたを愛しているわ、デニム。だから、少しだけでもいい。あなたの心を私に頂戴」  
デニムの腕がオリビアの背中へ回され、そして、オリビアの胸元から静かに嗚咽が漏れた。  
「……もう少し、もう少し早ければよかったんだ。そうすれば、ランスロットさんはあんな、あんなことにはならなかったんだ」  
安易な慰めの言葉をかける必要はない。オリビアはそう思う。  
デニムの口からはもう言葉らしい言葉が出てこない。小さいが低い叫び声のような嗚咽が静かに漏れている。  
そんなデニムの髪を優しく撫でるオリビア。  
オリビアは腕の力をそっと緩めた。離れるためではない。デニムは顔をオリビアのほうへ向ける。  
デニムはずいぶんとひどい顔していた。オリビアはまだ顔に残っている涙を唇で拭った。  
オリビアのこの行動をデニムは自然に受けいれた。涙をすべて拭うとオリビアはデニムの額に自分の額を合わせた。  
二人の瞳の奥まで見通せるそんな距離でオリビアは子供のような笑みを浮かべ、呟いた。  
「……しょっぱい」  
「涙なんだから、当たり前だよ」  
「……じゃあ、甘いものを頂戴」  
そう言ってオリビアは瞳を閉じた。上気した唇から漏れる吐息がデニムを誘う。  
 
そして、二人はゆっくりと口付けを交わした。  
デニムはしばらくそのままでいたが、やがて自分から下をオリビアの咥内へと差し入れた。オリビアもそれを待っていたようだが、  
ほんの少し躊躇してから男の舌と自分の舌を絡ませる。  
卑猥で甘美で情熱的な水音が部屋に響く。やがて二人が離れると情熱のあとが糸を引いていた。  
「……すごくあまいよ、デニム」  
オリビアの言葉はその表情と相まってデニムの欲望を刺激した。同意の代わりに彼女をベッドへゆっくりといざなう。  
法衣の上からオリビアの胸に触れるとピクリと体を震わせたが、デニムはゆっくりと手のひら全体で乳房を愛撫し始めた。  
「はぅぅ……」  
オリビアから悩ましげなため息が漏れる。彼女の体のラインに沿ってもう片方の乳房も愛撫する。デニムはそれを一,二度繰り返すと  
掌の中心をくすぐるような感覚を感じ、そのポイントを人差し指で軽く叩いた。  
「あぅ……」  
オリビアのため息にほんの少し艶が含まれる。その反応を楽しむように指で叩いているとオリビアが言った。  
「服の上からじゃイヤ……」  
デニムが彼女の表情に視線を向けると照れくささと恥ずかしさで真っ赤になっていた。デニムは法衣を胸が見えるようにずり上げると  
白い胸元が露になった。二つの乳房をデニムは優しく揉みはじめるとオリビアは嬌声を上げた。  
「あぁぁ、いい……」  
彼女自身の嬌声に反応したのか、乳房の蕾が固く尖り男を誘っていた。デニムが蕾を摘んだり擦ったりするとオリビアから嬌声がそのたびに漏れ、  
デニムの欲望を高めていく。堪らなくなると次はその蕾を口に含んで音を立てて吸いはじめる。  
「赤ちゃんみたい」  
オリビアの言葉に反対の意を示すためにデニムは舌先で舐めたり、軽く噛んだ。  
「あああ、胸がジンジンするゥ……あぁあ、噛まないでぇ」  
オリビアの意識が胸に集中している隙にデニムの指は彼女の秘所を法衣の上から触れる。  
「あっ!」  
気づいたときにはもう法衣の上から秘所を擦り、指の数も増えていた。  
 
「ああ、デニムぅ、恥か、しいよ」  
「濡れてるから?」  
法衣の上からだというのに指の間で糸を引くほど愛液が溢れている。  
「感じてるんだね、オリビア。気持ちいい?」  
「そんなこ……聞かないでぇ」  
「そんな事言うとやめちゃうよ?」  
わかっているのに聞きたがる。男の性というべき意地の悪い言葉にオリビアは顔を真っ赤にして小さく呟いた。  
「…………気持ち……いい……よ」  
「じゃあ、もっと気持ちよくさせてあげよう」  
法衣の裾を上げ、下着の脇からデニムの指が秘所へ直接触れるとそれだけで愛液が溢れる。  
「ああぁぁ、もっと、もっと、触ってぇ、私を、私を感じさせてぇ!!」  
さっきの言葉で羞恥心をかなぐり捨てたのかオリビアからデニムを求める言葉が嬌声とともに上がる。  
デニムは下着を脱がし、秘所を露にした。誰も触れたことのない秘所は、はじめての、心から愛すべき男の愛撫を貪欲に求め、蠢いていた。  
デニムはそこへ口付けをする汗と愛液の混じった味は男の欲望を高め、デニム自身をよりいっそう硬くした。  
舌を出し、下から上へと丁寧に舐め上げるとデニムの鼻に何かが軽く触れた。  
「はぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」  
オリビアからひときわ高い声が上がる。デニムは鼻に触れたそれ、肉芽をまたは鼻で二、三度つつく。  
「ああぁぁ!!、くぁぁぁぁあ!!、デニム、そこ、もっと、もっとつついてぇ、舐めてぇ!!」  
オリビアの希望に応えてデニムは肉芽を下で丁寧に舐め上げ、口に含んで吸い上げる。  
「ふっああああああああ、くあああああああ、あああああ!!!!」  
涸れるほど高く、大きな声を上げ、背をそらすオリビア。どうやら達したようである。荒くと息を漏らすオリビアにデニムは言った。  
 
「オリビア、行くよ」  
オリビアの手が自分の背に回るのを確認したデニムは痛いほど直立した自分自身を彼女の中へとゆっくり突き入れる。  
「くっ、ううっ。あ、くぅぅぅ……」  
オリビアの瞳が涙がこぼれ、爪がデニムの背に食い込む。その痛みは激痛ではあったが、  
痛みで快楽が紛れたことによって処女の肉のうねりに絶えることができ、デニム自身を彼女の中へ収めた。  
デニムはオリビアの涙が止まるまで先ほど自分がしてもらったように口付けで涙を拭った。  
「動くよ?」  
「大丈夫……だから、デニムの好きなように……してもいいよ」  
ゆっくりと腰が動き始めた。処女の肉のうねりと締まりはデニムにとっては初めての経験だった。それを耐えられたのは、  
痛みに耐えるオリビアが食い込ませた爪のおかげだろう。彼女がこれだけ耐えているのに男として先に達するわけにはいかない。  
という意地もあった。  
 
「くぅ………ぁぁ、ああああ、あっ、あっ」  
吐息とともにもれるオリビアの苦悶の声は徐々に快楽からくる嬌声が含まれるようになった。二人が繋がった場所からも破瓜の時の血が  
愛液を薄く染めている。  
ただの反復運動では芸がないとデニムは腰を回す回転運動を時折加えはじめた。  
「あああっ、くぁぁっ、あーっ!」  
オリビアの嬌声がまた高くなる。それにつれ、背中の痛みも徐々に和らぎ、デニムは強く快楽を感じるようになる。  
こうなると芸がどうこうなどと入っていられない。オリビアのいたわる気持ちより、男の本能が腰の動きを激しくさせた。  
「あっあっ、あっ、ひうっ、くぅっ、くぁっ、あぁっああっああっ!!!」  
デニムの激しい動きにオリビアの嬌声も一段と高まり、嬌声が耳朶を打つたびにデニムは限界へと進む。  
「ああっ、デニム、私、私も、もう、すこしで、また、きちゃうぅ!!」  
「お、オリビアっ、もう、だめ、だっ」  
「あああっ、あああっ、  
きちゃう、きちゃうぅぅ、もうだめぇぇぇ!!  
ああああああああああああああっ!!!!!」  
デニムは最後の力を振り絞ってオリビアに突き入れるとオリビアが長い髪を振り乱して絶頂へと達し、デニム自身を締め上げた。  
「くぅ!!」  
デニムは男の白い欲望をオリビアの奥で解き放つ。  
「ああああっ、私の奥で、デニムが、デニムが出してるぅ………」  
オリビアのその声を最後にデニムの意識は闇へ落ちた。  
 
この交わりを月が祝福するかのようにやさしく照らしていた。  
 
 
翌朝。  
デニムが目を覚ますとオリビアが着衣の乱れを直しているところだった。  
「おはよう、デニム」  
「おはよう、オリビア」  
特別な関係になっただけに非常に照れくさい。  
「ねぇ、デニム。一つ聞きたいことがあるんだけど………」  
デニムにその質問の内容は読めた。  
「私が初めてじゃないよね? じゃなきゃ、あんなにスムーズにことが運ぶわけないもの」  
「……嘘はつけないな」  
デニムが白状したところによるとカノープスやギルダスに何度か、無理やりにつれられて娼館へといったことがある。といったところだった。  
「……ふ〜ん……」  
オリビアの目が笑っていない。  
「でも、いいわ。これからは、私だけを抱いてくれればね」  
そういって、軽く口づけするとオリビアは部屋の扉へと向かった。  
「デニム。必ず、生き残りましょう」  
「お互いに」  
「生き残ったら………」  
オリビアは笑顔で言った。  
「私を愛してね」  
 
終  
 

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