暗黒騎士団から姉さんを取り戻すことに成功した僕達は、  
ロス・ローリアン撤退後のバーニシア城で一時の休息を取っていた。  
用意された部屋のベッドに倒れこむ……これまでの激戦で蓄積した疲労が  
意識を奪い去ろうとしていたその時、部屋の前から会話が聞こえてきた。  
『お、王女様! こんな夜更けにどうされましたか!?』  
『弟と話がしたいのです。通してくれませんか?』  
見張りを名乗り出てくれた兵と話しているのは姉さんか……?  
ベッドに重く沈みかけていた身体を無理矢理起こして部屋の入り口へ向かう。  
控えめにドアを叩く音がしたのと僕が扉のノブに手をかけたのはほぼ同時だった。  
その目的が解っていた僕が返事をせずにドアを開けると、  
2つの驚いた顔がこちらへ向けられていた。  
「聞こえていたよ。どうしたの、姉さん」  
僕の声を聞いて、姉さんは少し嬉しそうに顔を緩めたようだった。  
見れば、昼間の服装のままだ。  
こんな時間まで彼女は着替える暇のないほどに忙しかったのだろうか。  
 
「デニム……もう休むところだった?」  
「いや、まだ平気だったよ。入って」  
そんな忙しさから解放されてすぐに訪ねて来てくれた姉さんを  
僕は嬉しく思いながら、部屋の中へ招き入れた。  
続いて見張りを努めてくれていた兵に告げる。  
「ありがとう。今日はもういいから、君もゆっくり休んでくれ」  
「……はっ」  
僕と姉さんとを交互に見やりながら戸惑いを見せていた彼は  
意図を汲んでくれたのか二の句を告げることなく去っていった。  
「姉さん」  
ドアを閉めてから僕は部屋の中央で心細げに立っていた姉さんに声をかけた。  
近づく僕に触れる彼女の細い指はひんやりと冷たく、  
しかし優しい僕の知っている指だった。  
「姉さん、疲れてない?」  
「平気よ。デニムこそ随分やつれたように見えるけれど、大丈夫?」  
 
姉さんの掌が慈しむように僕の頬を包みこむ。  
昼間の皆の前で見せた毅然とした様子は消え、  
昔と同じ僕を心配する瞳が向けられる。  
ドルガリア王の娘だということが解った今でもなお、  
僕と姉さんは姉弟という強い絆で結ばれていることを認識できた。  
「あぁ、デニム……」  
頬に当てられていた掌がゆっくりと降り、  
その体温を僕に伝えながら優しく抱きしめてくる。  
コンコンコン。  
刹那、ドアをノックする細い音が僕の耳に届いた。  
姉さんもその音を確認したようで、僕に目線でその正体を問い掛けてくる。  
誰だろう……ノックに応えようと姉さんの身体から離れた時、  
ふいに部屋のドアが開かれた。  
ガチャ。  
「ハーイ、ぼうや☆ 今夜もお姉さんがカワイがってあげるからネ♪」  
 
突然の来訪者へ姉さんが訝しげな視線を投げつける。  
すらりと伸びた脚に見事にくびれたウエストとふっくらと張り出た胸元を  
強調するような密着度の高い衣服に身を包んだ彼女は、  
そんな姉さんを見て少し驚いているように見えた。  
「あらぁ、誰かと思ったら王女さまじゃない。  
 こんな夜ふけに男の人の部屋にいるなんて結構イケない女のコなのねぇ」  
軽くウェーブのかかった赤茶色の長髪を弄りながらウフフと笑う彼女に、  
姉さんは少しムッとしたようだった。  
「デニム、この人は誰?」  
「あ、あぁ……姉さんは初対面だったね。  
 彼女、デネブさんって言って僕達と一緒に戦ってくれている仲間なんだよ」  
「戦っている? この人が……?」  
俄かには信じられないといった様子で姉さんは再びデネブさんへ目を向けた。  
その眼差しは明らかに疑いの色を含んでいる。  
確かにデネブさんの身なりを見ただけでは、彼女が戦場に出るというイメージは  
湧きにくいかも知れない。  
 
「すごく魔法に精通してる人で、もちろん魔法を使うことに関してもエキスパートなんだ。  
 彼女の加入は姉さんを助けるのをすごく楽にしてくれたよ」  
上手く説明したつもりだったけど、姉さんの疑念は焦点は  
彼女が一緒に戦っているということじゃなかったということを僕は知ることになる。  
「ふぅん。それで、そのデネブさんがどうしてこんな時間にあなたの部屋へ来るの?」  
どうやら姉さんは、彼女がすっかり夜もふけたというのにさも親しげに僕の部屋へ  
入ってきたという点を問いたいようだった。  
「そ、それは…」  
言いよどむ僕を遮るように、デネブさんが会話へ割り入ってくる。  
「こんな大きな部隊のリーダーを務めてるんですもの、人には言えない悩みも  
 たくさんあるわよネ。アタシはそんなぼうやの悩みを聞いてあげてるのヨ ?」  
以前カノープスさん達とも一緒に戦った経験もある彼女の話は、  
僕にとっても有益な内容が多いのは確かだ。  
デネブさんの話の内容は外れてはいないんだけど、  
その説明は些か誤解を招いてしまうような気がしてならなかった。  
 
「例えば、どんなことでしょうか……?」  
姉さんの語気が鋭くなる。  
ヒステリックに怒鳴りはしないものの、その腹中は想像に難くない。  
そんな姉さんの気持ちを知ってか知らずか、  
デネブさんはイタズラっぽい笑みを浮かべながら自分の胸元に指を射し込んだ。  
「そぉね〜、たとえばぁ……この谷間でぼうやの溜まったモヤモヤを  
 発散させてあげたり♪」  
「なッ……!?」  
挑発的なポーズを取るデネブさんに姉さんが絶句する。  
その意味を理解したのか頬に赤みがさしていた。  
しかしそれはおそらく姉の前で赤裸々な告白をされた僕も同じだっただろう。  
「デ、デネブさんッ! ね、姉さんの前でそんなこと……ッ!!」  
「あら、マズかったかしら? ごめんネ☆」  
ペロッっと舌を出して謝罪するもデネブさんの発言は  
かなりの威力を有していたようで、いよいよ姉さんの肩がワナワナと震え始めた。  
 
「でもぼうやはアタシが初めてじゃないわよネ。  
 コトの最中も結構落ち着いてるし、女のコの扱いも慣れてるように見えるもの」  
ショックを受けたままの姉さんに構わず、身振りで告白を制止するよう促す僕を  
楽しむようにデネブさんは言葉を続ける。  
実際、その笑顔に寒気すら覚えたほどだ。  
「そ、そうなの? デニム……」  
姉さんが厳しい視線を僕へ突き刺してくる。  
「あれ、アタシは王女さまがぼうやの最初の相手だと思ってたんだけどナ〜?」  
「私とデニムは姉弟なのよ? そんなことできるワケないわッ!」  
「でも違うんでしょう? ならそれは問題にならないわよネ♪」  
「私達に血の繋がりがないのを知ったのは、弟と別れてからだった……  
 それまでは私も弟も、本当の兄弟だと信じていたのよッ!」  
語気が荒くなる姉さんとあくまでマイペースを崩さないデネブさんの問答は、  
見ている僕の心拍数を急激に加速させた。  
「そうなの? ちょっと期待したんだけど。姉と弟の禁断のカ・ン・ケ・イ☆」  
デネブさんがおどけてそう言うのを見て、からかわれたと解った姉さんはさらに激昂する。  
「私達はそんな関係じゃありません!!イヤらしい想像はしないでッ!!」  
憤る姉さんにデネブさんがウィンクを贈る。  
どこまでもマイペースな人だ……ある意味スゴイ人だと思う。  
しかし、僕が感心する暇は数瞬も許されなかった。  
「でもそれなら1つギモンが残るわね。ぼうやの”初めて”は誰かっていうコト…」  
デネブさんが新たな火種を投げ入れたからだ。  
そしてそれはようやく鎮火し始めていた姉さんの感情を見事に蘇らせてしまった。  
 
「随分自分勝手な考えをする人ね。デニムの口からそういう経験があるということも  
 聞かずにそんな妄想ができるあなたの頭の中を一度見てみたいものだわ」  
「ね、姉さん、失礼だよ」  
さすがに気を悪くするだろうと諌めようとした僕にも、  
姉さんは強気な姿勢を崩すことはなかった。  
「あら、何の根拠もナシに妄想してるんじゃないわヨ。  
 アタシと初めてシちゃうって時もあまり動揺して見えなかったし〜☆  
 ドーテイ君みたいなウブな反応を期待してたのに、お姉さんちょっとガッカリしちゃったナ」  
「ねぇデニム、この人の言っていることは全部嘘よね? ね?  
 お願い。嘘だって言って…?」  
弱々しい笑顔を浮かべながら、姉さんはすがるように僕に問い掛けてきた。  
明らかに動揺している……デネブさんが姉さんを挑発して楽しんでいるというのは、  
落ち着いて考えれば解るはずだ。  
離れ離れになって今日再会するまでに、僕と姉さんとの間には  
かなりの空白の時間がある。もちろん姉さんの心配をしない日なんてなかったけれど、  
僕も1人の人間なんだ……不安や寂しさに絶えきれず、  
傍にいてくれる存在に寄りかかったこともあった。  
その中の1人がデネブさんであったことは確かだが、  
姉さんは僕が女性と関係を持っていると何か不都合があるのだろうか?  
お互いもう子供じゃないことは解っているはずなのに……。  
 
 
1.「心配することなんて何もないよ、姉さん。  
  僕は今まで姉さんのことだけを考えていたから」  
2.「……本当だよ。姉さんと離れ離れになっている間、  
  僕にもいろいろなことがあったんだ」  
 

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