僕の役目は終わった。あとは、姉さんが…。
みんなが言うほど子供でいられればよかったと思う。残念ながら、僕は自分でも驚くほど変わらずには
いられなかった。僕は汚れを知らない子供という便利な仮面の陰で、ずいぶんとやることをやって
しまっていた。でも、すべてはヴァレリアのため、だから。
「…デニム!」
思案しながら歩いていると、目の前に現れた女性が僕の名前を呼ぶ。薄い布地のドレス…誰だろうか?
見覚えのある大きな耳飾り。強い意志を感じさせるまなざし。服装と顔が……なんだか一致しない。
ようやく気づく。目の前の女性は平服のアロセールだった。そう言えば、こんな姿は今まで見たことが
なかったな。戦いがなくてもアロセールはいつも鎧のような革の服をまとい、弓を傍らに置いて非常時
に備えていた。でも、もうそういうのは終わったんだったな。
アロセールだと気づかずにまじまじと観察していたことを恥じ入りながらも、それをなんとか彼女には
悟られないよう、いつものような平静さを装う。こんなことがそれほど意識せずとも、今の僕には
当たり前のようにできる。長い生活で身についた便利なようでいて哀しい習性だ。
「デニム、聞いたよ。ほんとうなの?大陸に行くって…?」
人の口に戸は立てられない。ついこの間までの立場で、この格言を何度思い知らされたことだろうか?
それにしても、準備もしていないうちに伝わってしまうなんて。出発する前に情報を漏らしたのが
誰なのか、『影』たちに調べさせようかな。…やめよう。これはもう僕の役目じゃない。この後に及んで
波風を立てたら、姉さんにも何か迷惑がかかる。そうだ、僕はここにいちゃいけない。よからぬことを
考える人間がこの都にはたくさんいて、僕のことを色々と利用したがっている。ここにいれば、いつか
はそんな誘惑に屈するかもしれない。そうしたら、また姉さんが……。
「ああ、そうだよ。僕にはまだ為すべきことがあるから」
立派なことを言って…。おまえはここから逃げ出すようなものだろう?それとも追い出されるのか?
いずれにしても、ここはもう僕の居場所じゃない。表向きの理由はなんでもよかった。ただ、消え入る
ようにでもいなくなってしまいたいんだ……。
「そう……なの」
アロセール・ダーニャ。
比類なきアーチャー。我々にとっては栄光に満ちた勝利の女神で、敵にとっては最悪の届け物をする
恐るべき死神。だけど、その頼もしさも戦場での話。何かにつけて白黒はっきりつけたがる
その性格から、軍議などではいつも困った存在だった。
承服しかねる意見には対立も辞さないほどの剣幕で異議をとなえる彼女を説得するのには
毎度苦労させられた。賞金首扱いされていたころに迎え入れたからか、にべもなく突っぱねると、
『ずいぶんと偉くなったのね』なんて皮肉もよく言われたな。
たとえ穏健派であってもウォルスタ人を虐げ彼女から両親を奪ったガルガスタン人、そして兄の命を
奪った同胞殺しのウォルスタ解放軍の勢力を迎え入れたときには、自分の反対意見が聞き入れられ
なければほんとうに出て行きかねないほどだった。ハボリムさんの噂が解放軍を駆け巡ったときも、
真相を明らかにすべきだと主張したのはやはり彼女。敵と味方にはっきり分けたがる人で、年長者に
対する評価ではないけど、扱いにくいことこの上ない人物。その彼女が目の前にいる。
「…デニム。少し、話がしたいんだけど……いいかな?」
一体なんだろう。まだ僕に注文でもあるんだろうか?彼女の意見は確かに短絡的な物が多かったけど
一面では真理だったし、それをまったくの遠慮なしに言うものだからほんとうに耳が痛かった。
まあ、毎度のことだったし、こっちも退いたりせず正面からやりあう覚悟さえ決めれば、変に後を
引かずいつも納得してくれた。何より、こんなことはもう…これが最後なんだ。そう思うと、やはり
少しはさみしい。
「意見があれば、何でも聞くよ」
解放軍は再編され、ヴァレリア国軍となっていた。戦時急造であるがゆえの風通しのよさはなくなり、
立場と権威のある人間が要となった『ちゃんとした』軍隊だ。したがって今の僕は解放軍の
リーダーでも何でもない。それでも、人に対してこういう態度をとるしかない自分の芸風の
乏しさには呆れる。今ならわかるよ、ヴァイスは僕のこんな優等生面が気に入らなかったんだろう。
「立ち話もなんだし…、わたしのところでよかったら、ちょっと……来てもらっていい?」
「いいよ。時間は…いくらでもあるから」
兵舎の一画。ずいぶんと殺風景で狭い部屋。戦の女神も名誉のみで、実際は一兵卒同然の扱いしか
受けていなかったんだな。僕の至らなさだ……。今さら悔やんでもしかたがないけど。
テーブルも椅子もなく、固いベッドにならんで腰かける。つきあいの長い仲間であるとは言っても
私的な話のためにこんなところで女性と二人きりになるなんて、なんだか緊張する…。
「あ、あの……。ええと…」
この妙な空気のせいか、彼女もずいぶんと歯切れが悪い。一体何を言い出すんだろう?
言うのなら早く言ってほしい。まったく、らしくもない。
『言いたいことがあるなら、早く言いなさい!!』
僕も含め、何人もの仲間がこの強気な言葉の餌食になっただろうか?敵が彼女の矢を恐れるように、
味方は彼女のこの言葉を恐れた。それが今、誰もが恐れた苛烈さは鳴りを潜め、どういうわけか
押し黙るようにして、じっと下を向いてしまっている。
「あの…」
「一体、どうしたんだい?何か、悩んでるの?」
自分だけは緊張を悟られない様に、またしてもリーダー面してしまう自分が悲しい。
「あ、あの…、あのね」
「落ちついて!大丈夫だよ、ちゃんと聞こえてる」
何を言われるのかほんとうは少しびくびくしながらも、いつもとあまりに違うアロセールの姿が
やはりもどかしくなる。
「……ほ、ほんとうに…お疲れさま、デニム!」
「……え!?……あ、うん…」
予想もしない言葉に対するまぬけな回答。この一言を言うためにわざわざここへ連れてきたのか、
という気持ちも確かにある。たかがこんなことを言うくらいで、なんであのアロセールがここまで
落ちつかないのか、と不思議にも思う。そしてこんな単純だけれど、考えてみれば今まで誰もかけて
くれなかった言葉に対する戸惑い…いや、これは多分嬉しさだ。
『すばらしいことを成し遂げた』と言ってくれる人はいた。『ありがとう』という感謝の言葉も
たくさん言われた。けれども自分に対する賛辞の言葉、なんてものはどうも実感として受けとる
ことができなかった。それを真に受けて思いあがってしまうのも怖かったし、どういう意図で
相手がそれを口にしているのか、言葉の裏を考えるのも嫌だった。
『お疲れさま』か…。言われて気づいた。僕はほんとうに疲れているんだ…、こんな振る舞いを
期待されるのに。彼女のねぎらいに対しても、毅然とした態度で応じなければならないのだけれども、
思いがけず呆然としてしまっている。
「あなたには…いつもいつも、ほんとうに迷惑をかけたよね。あなたの立場も苦労も、
少しくらいはわかっていたのに…。あの人も、いつも…そうだったから」
あの人…レオナールさんのことだ。
レオナール・レシ・リモン。
アロセールの最愛の人。愛してやまない同胞を自分の信じる大義のため虐殺した張本人。
『ウォルスタのため』が口癖のようだったあの人は、今から見れば狭い枠に囚われていた
人物と評することだってできるかもしれない。それでも、僕はあの人を非難する気には
なれなかった。自ら進んで、手を汚した人。後世の人間からは見向きもされないであろう
歴史の人柱。でもレオナールさんがいなければ、解放軍の指導者と呼ばれた僕はない。
よきにつけ悪きにつけ、今の僕を形作った人だった。
僕は今でも思う。ロンウェー公爵が外から見ていたときのような私心のない指導者だったら
どれだけよかったのだろう、と。そうすればレオナールさんはいつまでも尊敬すべき人のままで、
ヴァイスは嫌味の一つも言いながらずっと隣りにいて、あの家に帰れば姉さんが待っていてくれる。
そんな未来が来たのだろうか?しばらく過去に思いを馳せていると、彼女もあの人のことを
考えていたようで、言葉が途切れている。ほんの少し、気まずそうな顔をしてから彼女は続けた。
「あなたは……みんなのことを考えて悩んでいたのに、わたしはいつも言いたいことだけ
言って、ほんとうに…ごめんなさい。それに…あなたをさんざん虐殺者呼ばわりしたのに、
ずいぶんと簡単にあやまっただけで済ませてしまったままで…。そのことも……」
好き勝手言われた件については、今さらあやまられても、と言いたい気も少しある。だけど、
虐殺のことは、やはり心が痛い。僕にもう少し力があって、もう少し物事をわかってさえ
いれば、食いとめられたかもしれないから。そうすれば、レオナールさんは手を汚すことなく、
アロセールだってこんなことはせずに、いつまでもあの人のそばにいられただろう。だから、
そのことはあやまらなくていいよ…。
「ほんとうに色々と言いたい放題だったね。でも…、あなたはわたしが納得できるまで…いつも
つきあってくれたから。わたし、頭では正しいってわかっているのに、気持ちで納得できないこと
があると…自分だけではどうにもならなくなってしまって……」
さんざん苦労させられたアロセールに今になってこんなことを言ってもらえるなんて、くすぐったい
ような、どこかさみしいような妙な気持ちだ。でも、口では従順さを装いながら、裏で何をしている
かわからない輩はたくさんいた。そんな得体の知れない連中を相手にした後には、彼女のはっきり
した態度と裏表のなさに、むしろ救われたりもしたんだ。さんざん激しい言葉は浴びせられたけど
最後まで変なしこりが残ることなくこうして気持ちのいい仲間のままでいられる。意識はして
いなかったけど、お互いにとって、よきケンカ相手というやつだったのかな。
でも、なぜだろう。こみ上げてくる思いに反して、僕の口は言葉を発していなかった。疲れを
自覚したせいでしゃべるのも億劫になって、ただ流れに身を任せていたのだろうか。
「どうしたの…デニム?何か言って…。あなたらしく…ないよ」
「それは……」
こっちの台詞だよアロセール、と言いかけてやめる。『自分らしい』か。なんなんだろう、それは。
リーダーとしての振る舞いのことか?リーダー・デニムは自分らしかったのか?芝居がかった言葉、
上から物を見るのに馴れた態度。誰だその男は?どう考えても僕じゃない、他人だ。
逆に考えてみる。…アロセールらしい、か。彼女のこんな姿、初めて見る。こんな言葉も、
初めて聞かされた。こんな一面を何も知らないまま、僕は彼女を駒のように扱っていたのか。
いや、多分それは彼女に対してだけじゃないんだろう。…やめよう。こんなこと、キリがない。
「あのね…、デニム。それに……」
「今さら、何を言われても驚かないから。いいよ、気を使わなくて…うわッ!」
アロセールは何も言わなかった。その代わり、僕に思いきり抱きついてきた。これにはさすがに驚く。
気がつけば、その勢いでベッドの上に押し倒されている。
「ごめんなさい…。またわたし…自分じゃどうにもならなくなっちゃって…」
「一体……どうしたの?」
「わからない…、わからないの!いつもみたいに……なんとかしてほしいの!」
「なんとか…なる、かな…」
「迷惑……だよね。ごめんね…。でも、やっぱり…これってあんまりだと思うから……。
こんなのって……ないよ、デニム!」
「…え?」
彼女の言ってることはあまりに漠然としていて、ちょっと何が言いたいのか理解できなかった。
でも、ひどく感情的になったアロセールが、必死に僕の肩をもってくれているのだけはわかる。今まで、
ムキになった彼女にさんざん皮肉やキツい言葉を浴びせられてきた身としては、少し新鮮だ。そして、
長い戦いが終わって言いようのない孤独を感じている今は、こういう素朴な思いがなんだか
とても心にしみる。
「せっかく…勝ち取ったのに!あなたの居場所は…ここにはないって言うの…!」
そういうことか…。アロセールが気に病むことじゃないのに。そんなことより、君こそこの平和を
楽しんでよ…。でも、なんだかやさしすぎるアロセールに少し物足りなさも覚える。もっと激しい
口調で『なぜ!』、『どうして!』と問い詰めてほしくもあった。いつもと違って言葉がやさしい
のは、僕とカチュア姉さんの立場を、彼女なりに考えてくれたからなのだろうか。
それにしても、僕の居場所か…。狭くて古いけど、父さんの匂いが残っていて姉さんもいるあの家。
近くにヴァイスがいてくれる、海の見えるあの家…。実は、あの暮らしをなんとか守りたくて、
取り戻したくて頑張ってたんだなんて言ったら、きっと死んだ父さんも、僕の目を開かせてくれた
オリビアも、今の姉さんさえも僕を笑うだろうね。
わかってるさ!あそこはもう、僕たちの居場所じゃない。その代わり、この都には立派になった
姉さんもいて、共に戦った仲間もいて、信頼すべき人もいる。…でも、だからこそ僕はここにいちゃ
いけないんだ。いや、僕が『英雄』なんて呼ばれ続けるかぎり、このヴァレリアのどこにも……。
僕の胸元が濡れる。同情してくれているらしい。なんだろう、これは『悲劇の英雄』に対する
憐れみの涙かな。……変な邪推は、もうこれっきりにしよう。アロセールは僕から見えていたよりも
ずっとやさしくて、僕のことをずっと気にかけてくれていて、多分、僕のことを一人の人間として
好きでいてくれたんだ。
しゃくりあげるアロセールと顔をよせあい、涙をぺろぺろとなめとってあげる。まるで動物みたいだ…。
いや、もういい。このまま獣になろう。汚れなき少年を演出するため、女性はなるべく遠ざけていた。
それを徹底し過ぎて、変な噂を立てられそうにもなったっけ。今度は『ゴリアテの英雄、色を好む』
なんて言われるかもしれないな。でも、もういいや。僕だって…もう耐えられそうもない。
もう、言葉で意志を確かめ合う必要なんてなかった。気がつけばお互いを吸い尽くそうとするような、
ずいぶんと大袈裟な口づけ。こんな時に目が合うと、やはり照れくさい。でも、あまりに強いまなざし
にほんの少し自信がなくなり、視線でたずねてしまう。アロセール、ほんとうに僕でいいの?
長いようで短い口づけが終わると、もう少し動物じみた仕草をしたくなって、肉食獣がとどめをさすときのように、アロセールののど元に噛みつくまねをしてみる。
「んっ!」
くすぐったがるような、悶えるような顔をして身をよじるアロセール。
「やったわね…」
強気な表情を取り戻した彼女が、僕ののどに噛みつき返す。あまりにも強い力。痛いよアロセール。
これ、絶対…あとに残る。レオナールさんにも、こんなことをしたのかい…。
ともかく、少し腹は立った。それに、ここで退いたらアロセールがもっとひどいことをしようとする
かもしれない。どうしてもやり返したくなり、目の前にあったアロセールのおっぱいをぱくっと口に
くわえる。
「きゃあ!」
花がしおれるみたいに、アロセールの全身から力が失われる。すっかりじゃれ合いのつもりになって
いたのに、突然こんなところを攻められてちょっと驚いたらしかった。あお向けになって、少しふるえ
ながら、観念したように動きを止めるアロセール。それにしても、あのアロセールがこんなに簡単に
大人しくなっちゃうなんて…。かわいらしい悲鳴とあられもない姿が少しだけ征服欲を満たす。でも、
あまりに無防備な姿に、歯を立てる気になんてなれなかった。
その代わり、口をすぼめてちゅうちゅうと音を立てて乳首を吸ってみる。自分でも笑ってしまうほど
子供っぽい。獣どころかこれではただの赤ん坊だな。
「い…やあ」
せつなそうな顔と声。僕を押しかえすようにしている彼女の両手を見て、ほんとうに嫌がっているの
かと一瞬ためらう。けれど、力のこもらないその両腕は格好だけの抵抗と知って安心する。もう、
噛みつく気なんて完全に失せていた。
「やめ…、ああ…ん」
その代わり、格好だけの抵抗さえも萎えさせてやろうと、少し強気になってみる。ひどいことをした
アロセールにもっと『参った』をさせてやるんだ。くちびるではさむように舌先で転がすように、
指先でよじるようにしてしつこくしつこく乳首をなぶった。
「だ、だ…め」
何度も何度も繰り返しているうちに彼女は肩で息をするように大きくあえぎ、両腕はだらりとベッドの
上に落ちている。おっぱいから口を離して、しばしみつめ合う。これでいいんだよね、アロセール。
彼女の信じられないくらい弱気な表情が、さらに僕の征服欲を満たしていた。
「デニム……」
アロセールがこちらに足を向け、背中をぺったりとベッドにつけた。何を求めているかはわかっている。
思えば、単にじゃれ合ってただけのような気がするけど、それでも準備は万端過ぎるほどだった。
少し時間をかけて、アロセールの表情の変化を確かめるようにしながら、ぐしょぐしょの下着を
剥ぎとりにかかる。わざとじらすようにゆっくりと、赤ん坊のおむつを替えるように脱がせて
傍らに置く。そして、蜜を求める獣か虫のように、半ば本能的にむき出しになった箇所をなめ始めた。
「あーっ!……あはあ」
アロセールは驚くほどの反応で、僕に応えてくれる。
「うん!あ…ッ、はぁ!」
アロセールは舌の動きに合わせてびくんびくんと大きくのけぞり、身体をくねらせる。僕もうれしく
なって舌が奥の奥まで届くよう頑張ってみる。鼻先に飛び込む独特の匂いが、愛おしさと狂おしさを
一層高めるようで、力をみなぎらせる。
「はう!う、ううんッ!!」
抑えつけないと、飛び上がってしまいかねないほどアロセールが躍動した。これで…いいんだね。
奥のほうまで舌でなめたり、探り当てた場所を指でいじくったり、舌を外に出しておしっこの出る
あたりも舐めてあげたりする。そのうちに彼女が身体の中のほうからひくひくしてくるのを感じる。
「ああ…?や…、だめッ、やだあ…」
ぷしゃ、とかわいい音がして僕の顔が濡れる。
「あ………、ああ」
ぐったりするアロセール。僕の方はまったく元気なんだけど、アロセールのうつろなようで
どこか満足そうな表情がとりあえずの報酬でいい。
「こ、こんな…、わたし。自分だけ…」
恍惚の世界から生還したアロセールが自分を責める。気にしないでよ。とってもきれいだったから。
「今度は…わたしが」
つぐないのつもりか、交替のつもりか、僕の分身を口に含もうとする彼女をさえぎる。
「いいよ、そんなことしなくて!」
正確には少し違う。口でして欲しくないんじゃなくて、彼女の中に入れてしまいたい、それだけだった。
彼女にしてもらうよりも、彼女が喜んでくれる姿をいとおしみたかったから。
せっかちな僕の求めを、アロセールは察してくれた。改めてあお向けになって、大切なところを僕に
捧げるようにしてくれる。そこに軽いキスをすると、身体がぴくんとゆれた。行くよ、アロセール。
「…はああッ!」
全部入り切る前に、アロセールがびっくりするくらい大きな声を上げる。そう言えば隣の部屋は
誰だったかな?…いや、余計なことだ。僕はここからいなくなる。アロセールも、もうすぐここを
引き払うのだろう。もし次に会えたとしても、今のままではいられないんだ。こんな瞬間は
もう二度と訪れない。
「う…ふぅ」
ずっぷりとアロセールは僕を根元まで捕らえる。この微妙な一瞬、また少しみつめ合う。
顔を真っ赤にして、困惑しながらも、目を合わせて微笑んでくれる。形に残るものではないけど、
幸せだった。アロセールは僕を受け入れてくれたんだ。嬉しさに僕の心も身体も大きくはずみ始める。
彼女のお尻と僕の腰のあたりが勢いよくぶつかり合って、何度も何度も小気味のいい破裂音を立てる。
「あーっ、ああっ!」
それに応えるように、さっきよりも大きな声を張り上げるアロセール。お願いだから、もっと
大きな声を出して!君の姿と声が、僕の身体を動かしてるんだから。
「デニム…もっと、お…お願い!」
アロセールは形だけの拒絶の言葉すら、もう口にしなかった。ただ、僕を素直に求めてくれる。嬉しい。
せめて限界まで、その思いに応えたい。
「デニム…、デニム!」
名残惜しいのか、僕の名を何度も呼んでくれる。そんな風にされると、僕だって…。
「…アロセール!」
お互いのリズミカルな呼吸と言葉にならないあえぎが、この時間と空間を支配する。もう何も考えず
ただ僕は身体をゆらし続けた。
「んッ、うんッ!」
アロセールも同じように僕の動きを無心になって受けとめていた。
そのうちに、僕のおさえも段々効かなくなってくる。たまらない締めつけ。中に出してはいけないと
わかっているけど、もう少し怠惰に、快楽に身を任せたくなってしまう。ごめん、アロセール!
「んうッ!」
「は、あああああ………」
だらしなく、アロセールの中に全部出し切ってしまった。抜き去ったあと軽い自己嫌悪に苛まれる。
ぐったりとしてあお向けのままあえいでいた彼女も、やがてゆっくりと起き上がり無表情に僕を見る。
僕は取り返しのつかないことをしたのかもしれないと悔いた。でもすぐに彼女はニコリとして、
決して咎めたりはしなかった。
「こんなことになっちゃって……ごめんなさいね、デニム」
「そんな…」
「気持ちを伝えたい、ほんとうにそれだけだったのに……」
気持ちだけなんて嫌だ。だから…僕を受け入れてくれて…ほんとうにありがとう。救われたのは
僕のほうなんだから、そんな顔しないでよ。ただ……一瞬でも意気地なくこの島に留まってしまおう
かと考えた自分が、少し嫌になる。そう言えば、アロセールはこれからどうするんだろうか?
やめよう。今、聞いてもしょうがない。僕のほうはもう後戻りができないように準備をして、彼女の
ほうも落ちつく先が決まったら、もう一度会おう。意志の力が勝っている今のうちに、僕のほうから
背を向けなければ。
いや……これだけは、どうしても確かめておきたい。あの戦いが終わってから、ずっと悩んでいた問い。
彼女にこそ聞いておきたい。いつも揺るぎのない自分をもって、敵と向かい合ったアロセールだから。
愛する人さえも断罪したアロセールだから。『僕は正しいことをしたのか』と聞いておきたい。
覚悟を決め、アロセールと向かい合う。一瞬息をのむ二人。もう一度深呼吸する。すぅっと吸いこんだ
息の力を借りて、胸中の言葉をそのまま口の外に運ぶ、そのつもりだった。
……容赦のない否定が、やはり恐ろしかったのかもしれない。僕は、何も言うことができなかった。
いや、今の彼女なら、信念を曲げてまで僕の心をいたわる答えをくれるかもしれない、そんな甘えも
心をよぎった。でも、それでいいのか?デニム、おまえは自分を曲げたアロセールが見たいのか。
デニム、おまえはアロセールのまっすぐなところが……好き、だったんじゃないのか。
……それに、アロセール一人にたずねたところで、求めた答えが得られるはずなんてない。それは
どんなに正しく見えたとしても、所詮アロセール一人の答え。あの戦いにどんな大義が
あったにしても、たくさんの命が失われたことに変わりはないんだ。だから、こんなに簡単に答えを
求めて…納得していいはずなんてない!
そうだ。世の中は求めて得られることばかりではない…。当たり前のことだ。でも、そんな世界で
僕は理想を貫いて大きなことを成し遂げられたんだろ?みんなの言うとおり、もっと胸を張れよ!
ちょっとわからないことがあったくらいで……。
不毛な対立は消え、平和な未来は約束された。その代わり、大切な姉さんは遠くに行ってしまい、
親友のはずだった人間は僕をさんざんなじった挙句、暴走して処刑台の露と消えた。そして僕は……
これからどうなるんだろう。
今、僕は自分が一体どんな顔をしてアロセールと向かい合っているのかわからなかった。リーダーの
仮面はすっかりはがれ落ち、気がつけば今度は僕のほうがどうすることもできなくなってしまっている。
不安で不安でたまらない気持ち。指導者としての立場にいた頃の自分は、こんな感情を押し殺して
しまえる強さと、迷いのなさがあった。誰にも……甘えるわけにはいかなかったから。でも、
今の僕はそこまで強くもないし、いつのまにか迷いのかたまりみたいになってしまっている。
それに……もう誰かに甘えたっていいはず!感情に身を任せているようでいて、どこか計算ずくで
アロセールにすがりつく。お願い、アロセール…なんとかしてよ!
「…デニム?」
「…」
僕の変化に一瞬とまどいながらも、アロセールは手を伸ばしてやわらかく受けとめてくれた。
アロセールの指が、やさしく僕の髪をなでる。
「…ふふ。いいんだよ…デニム。ずっと、こうしていても…」
「…!」
風がそよぐような笑い声とやさしげな声をかけられて、思わず二つの乳房の谷間から顔を見上げた。
一瞬悩む……誰だろうこの人は?
目の前の人は、カチュア姉さん……のはずはない。やっぱりアロセール…。でも、今までとは何かが
違う、穏やかな雰囲気。僕の見たことのなかった、彼女のまた一つの顔。なぜだか、涙が溢れてくる。
涙の向こうに浮かぶ光景。これは一体いつのことだろう。やがて、気づく。これは、どんなに求めても、
どんなに食い下がっても、どんなに納得できなくても、今の僕には決して手にすることのできない、
永久に失われたものだと。そして、これこそが彼女にふさわしい場所なのだと。
夕暮れのアルモリカ城下。厳しい日課を終えた僕とヴァイス、そして同輩たち。昼間は厳しかった
レオナール団長も僕らに混ざって笑顔で談笑する。遠くに手を振ると、微笑んでくれる
僕の姉さん。そして、未熟な僕たちをいつもやさしく見守っていてくれる……団長の最愛の人!
デニム・パウエルとカチュア・パウエル、それにヴァイス。そしてレオナールさんとアロセールの元に
訪れることのなかった未来を思って、僕は少し泣く。今度はアロセールが僕の涙をなめ始めた。
やさしい感触と、伝わってくる彼女の思いが僕の涙腺をさらにゆるませる。彼女の言葉に
ほんの少しだけ甘えて、せめて……今だけはこうしていよう。