「やがて父が…政治的な闘争に破れ、地位を奪われた。色々と目に見えない苦労があってか、  
母も倒れてしまってね。妹たちの面倒をわたしがみる破目になった。でも、父以外の  
見本を知らずに生きてきた昨日までの籠の鳥に、母鳥のかわりなんて務まるはずがない…。  
本当に無力で、あの子たちには何もしてやれなくて……」  
 
「悔しかった…。幼い頃からの厳しい教えは何の役にも立たず、他にすがれるものが  
欲しかった。もっと強くて、現実的な、目に見える力が…」  
「…」  
もはや独白といってよかった。カノープスもそう解して、黙って耳を傾けることにしていた。  
 
「父の人間関係、教会で出会う人々、アカデミーの同窓や教師、頼れる者はなんでも頼った。  
自由を持たず差別を受ける人々を、勝手に自分の姿と重ね合わせて…、『彼らに自由と  
平等を!』などと喧伝して回ったよ…。無力な人々の刃になりたい、その時は確かに  
そう願っていた……はずだ」  
 
「…その初心は果たしていつまで続いた?崇高な理想は、いつしか手を汚すことを  
正当化する常套手段になり下がっていた……それにまったく自覚がないほど  
愚かではないさ。それでも止まらなかったのは、やはり一度手にした力を失いたく  
なかったから…なのだろう」  
 
「自分の失策で同志の命が消える…。そして時に関係のない人間までも巻き込まれる…。  
そのことを『多少の犠牲はやむをえない』、『大を生かすために小を殺す』などと  
思うのにもやっと馴れて来た頃、今度は妹が愛想を尽かして出て行ってしまったよ…」  
 
「一人で何かを為せるほどの力を持たない、けれども一度抱いた理想を愚直なまでに信じてきた  
あの妹は、昔のわたしそのままの姿…と言えるのかもしれない。だから、あの子の叫びは  
痛いほど伝わった。でも、己の身勝手にあの子を巻き込まずに済む…その安堵の方が  
大きくて…」  
 
「わたしは、本当にヴァレリアの民に自由をもたらしたかったのか?違う!…わたしは自分の  
 ための自由を求めただけ!あのブランタという男に奪われた、未来の自分の地位を  
 奪い返したかっただけ!…民に自由をもたらしたかったのではない。結局、自分のやり方での  
 支配を望んだだけ!わたしは…」  
「もういいぞセリエ!そこまでにしておけよ…」  
 終わることのない懺悔の言葉をカノープスが遮った。  
 
「…わたしは野心に駆られていた…ただ、それだけなのだ。そんな、わたしの身勝手で  
 仲間たちは……」  
遮られてもなお続く、残り火のような後悔のささやき。拳が強く握られている。一瞬置いて、  
感情が爆発するように目を見開き、カノープスに向かって猛々しく叫ぶ。  
「こんなわたしに…あの子と一緒にいろというのか!!」  
 
セリエはすぐに目をそらす。そして、知り合って間もない相手に対して限度を越えた告白を  
したことと、感情の昂ぶりを見せたことを恥じるように距離を置いてつぶやく。  
「他人に話すべきことではなかった……」  
 
「かもな…。でも、聞いておこう。なぜオレにここまで…話した?」  
「それは……ただの、ただの気の迷いだ…」  
「ほう、じゃあ、その気の迷いはどこから来た?」  
「それは……」  
(我ながら…呆れ返るほどの覇気のなさだ……。だめだ…、他人に胸の内など語るのでは  
 なかった……。こんなことをしていると、わたしは弱くなっていくばかりだ…)  
 
「もう……話すことなどないッ!」  
言葉通り背を向けるセリエ。足早に立ち去ろうとするが、一瞬でその頭上を飛び越え  
先回りするカノープス。  
「……これ以上は、お互いに時間の無駄だろう」  
一瞬驚きの表情を見せるが、カノープスが語りかけてきたときのような、冷たく険のある  
口調をセリエは取り戻していた。  
 
無言で見つめあう二人。  
「…失礼するよ」  
カノープスの脇を通りぬけようとした刹那、ばっという音とともに、彼の翼が大きく広がり、  
セリエの歩みを遮る。大きな音に一瞬、セリエは毒気をぬかれる。  
 
「どうだ…立派なモンだろう」  
「……くだらないな。今さらそんなもの…本当はどうでもいい!」  
「そう言うな。せっかくだ、こっちも昔話なんて少ししてみたくなってな…」  
 
「今でこそ立派なモンだ。でも、ガキの頃はな、『こんなものいらない。みんなとおなじに  
なりたい』なんて思っていたんだよ……オレは」  
「!?」  
「…オレたち有翼人は、生まれてすぐに飛べるわけじゃない。一人前になるには  
 それなりに時間がかかる。身体が出来あがる歳になって、やっと飛べるだけの力がつく…」  
今度はカノープスが独白のように、セリエに語りかける。セリエもいつのまにか興味を  
惹かれるように、耳を傾けていた。  
 
「だから、飛べもしないのにこんなもんぶら下げてなきゃならない有翼人の子供なんて  
 ほんとうにミジメなモンさ…。まして周りに翼のある大人などいない、人里で育った  
ガキなんて…」  
 
「オレにも…妹がいる」  
「もしかすると…、それがこのお節介の理由というわけなのか、…くだらない!」  
「そんなもの…ただのキッカケさ。まあ、聞け!」  
遮る言葉を一蹴し、カノープスは続けた。  
 
「自分だけならまだいい…。だが、妹も同じ気持ちでいるんだと思うとやり切れなくてな…。  
なんとかしたかったさ。でも、どんなに守ってやろうとしても…オレには妹の心まで  
守れなかった!」  
 
「そのかわり…領主の息子がデキたヤツでな…。こいつだけはオレたちを人として認めてくれた。  
 何かとかばってくれて、面倒を見てくれた。それだけじゃないさ、こんな役に立たないものを  
 背負ったオレたちを……『うらやましい』なんて言ってくれたんだ。…オレにはどうしようも  
 なかった妹の心は、その一言で守られた。それだけじゃないさ、この、オレだって……」  
 
「その言葉のおかげで、今でもこうしてオレは生きていられる…。我ながらお節介だ、本当に  
 そう思うよ。でもな…、たったひとつの他人の言葉で人は生きられる。自分がそうやって  
 生きている以上、オレは……お節介をしたいんだ!」  
「…」  
「野心がどうだとか、ややこしい話はオレにはわからない。だが、少なくとも君らは…今よりは  
 マシな世界を築こうとしていたんだ…。お節介の理由は……それで十分だろう」  
 
「でも…」  
「自分を呪ってもいいことはないぞ、セリエ!それじゃあ、もたない…」  
「…構わない。生き恥を晒したまま、長生きするつもりなどないから……」  
「そうか…。まあ、大方そんなことを考えてるんだろうとは思っていたよ」  
「だったら、もう構うな!せめて、したいようにさせてくれないか…」  
「確かにな。人間、死にたいように死ぬ権利だってある…。オレにはその権利まで奪えやしない。  
 せいぜいフィダックのあの連中のところへ…一人で突っ込むといいさ」  
 
今度はカノープスが背を向ける。お節介をすると言ったわりに、あっさりと引き下がる  
カノープスに思いもかけず呆然とするセリエ。  
(…何を期待しているのだ、わたしは。今さら『死ぬな』とでも言って欲しかったか…。  
 これでいい。これでいいはずだ。…甘えるなセリエ!)  
セリエは、己の荒涼たる未来と遠からず訪れるであろう終焉のことに思いを馳せようとした。  
しかし、それに反してカノープスは背を向けたまま、なおもセリエに向けた声を発する。  
 
「……そうなった時、小さな頃から君の背中を一番近くで見てきた人間は、一体どうなる?  
 なあ、セリエ姉さん」  
「……あの子ならわたしなどいなくても…もう大丈夫だから」  
 
「システィーナが今の自分と同じ気持ちを味わう破目になるって、想像できないのか?」  
「あなたたちには感謝している…。システィーナは本当に強くなった。もうわたしなどの  
 心配するところではない…」  
「大切なものを失っても、強いままでいられると……本当に思ってるのか?」  
「それは……」  
向き直り、セリエに問いかける。いつの間にか責めるような口調になってしまっていたことを  
カノープスは少し後悔し、それをほんの少し顔に出すが、畳み掛けるようになおも続けた。  
「彼女を復讐心の塊にでもしたいのか!?」  
「そんな……こと…」  
「まあいい。ともかく…システィーナの成長は認める、そんなことをさっき言ったな…」  
「…」  
言うまでもない、という意志表示か、セリエは無言でゆっくりとうなずく。  
 
「だったら……妹を信じてやれ。システィーナだって今の君の姿を見て軽蔑したりはしない。  
 失望したりもしない。……するわけがないだろう!本当に、ただ心配してるんだ」  
「でも……」  
「大丈夫だ。…行くぞ!」  
「……だめ!」  
 
場の勢いを借りて、少し強引にセリエの二の腕を掴んで連れて行こうとするが、彼女も必死に  
なって振りほどこうとする。なりふり構わない彼女の姿に、カノープスは思わず笑みを浮かべて  
手を放す。  
 
「…おかしいか。笑いたければ笑え!」  
「…そうだよな。いつまでたっても、妹には自分の弱い姿は見せられない。何より、見せたくない。  
兄や姉ってのは……そうでなければな!」  
「!!」  
カノープスも、もはやシスティーナの頼み事よりセリエの心を優先してやりたい気になっていた。  
 
「つらい…か、セリエ。でも、つらいのを我慢しようとすると、いつまでもつらい…。  
 一度、背負ってるものを下ろせ。もう一度背負えるかは自分次第だ。…背負えなくたって  
 少なくとも…オレは責めやしない。今、無理にシスティーナのところに行かなくて  
 いい。妹には見せられない……涙でも流して、それから会いに行けよ!」  
「…」   
「それから…安心しろ。お節介野郎は……もう消えるさ」  
「え…!」  
 
(また、ひとり……)  
砦でシスティーナに生き残った仲間がいるか、尋ねた時のことが頭をよぎる。あの時の絶望感と  
孤独感がぶり返しそうになっていた。さっきまで一人で槍を握っていたときにはなかった感覚。  
誰かがそばにいることを知ったがゆえの心細さ。  
(いやだ…こんな…)  
(…炎のセリエも……落ちたものだ)  
(…いっそ、落ちる所まで落ちればいい!)  
去りゆく翼に、追いすがるように手を伸ばした。  
 
片手を挙げて背を向けた刹那、手首を後ろから掴まれたことにカノープスは驚く。指の細さとは  
不釣合いな、ごつごつとした感触。決して滑らかとは言えない皮の厚くなった掌は、持ち主の  
数知れぬほど槍を握ってきた経歴を物語っていた。一抹の痛ましさを感じながらも、頼み事の  
上手ではなさそうなセリエの無言の懇願がひどく可愛らしく思え、彼にお節介以上の感情を  
芽生えさせていた。  
 
「あ…」  
カノープスが振り返るのと同時に、思わず手を引っ込めるセリエ。その行動と顔を背ける様は、  
まるでいたずらの現場を見咎められた子供のようで、容姿に似合わぬ可愛らしさに溢れている。  
芽生えはじめた感情は、会ってから日も浅く新しい仲間というよりはまだ仲間の姉であるという  
認識でしかなかった彼女に対しては、いささか過ぎたものであるのかもしれない。しかし、まるで  
少し前までの己のようにかたくなで、気難しくて、妹思いなセリエが今、自分を必要としてくれて  
いることに嬉しさを感じずにはいられなかった。  
 
気がつけば、カノープスはたまらなくなってセリエを抱き寄せている。  
(やれやれ……。システィーナのヤツになんて言おうかな…)  
 
「は、放せ……。離れろ……!」  
抱擁はやさしく、心地よかった。けれども、妹たちには見せられない情けない姿を他人に  
曝していると思うと、やはり拒絶の言葉を口にせずにはいられない。それに、無念の内に命を  
散らした仲間たちがどこかで見ているのかと思うと、自分のための涙を流すのはやはり  
ためらわれた。  
 
「い、いや…放して!お願い……」  
もう、自分に正直になってしまいたい。けれども自分の無様な姿は他人には晒したくない。  
でも、一人にはなりたくない。この男の言うとおり、自分はややこしくできているのだろう、  
セリエは葛藤しながらそう考える。  
「!」  
突然、両の翼がふわりと彼女を包み込む。やさしく、暖かく、少しつんとする生臭さのあるベール。  
薄暗さと、幼い頃使っていた毛布のようなどこか懐かしい匂いが、彼女の中で張り詰めていた  
何かを少しずつゆるめていく。  
 
「これで誰にも見えやしない……。もういいだろ。よく頑張ったな…セリエ!」  
「う……」  
「ややこしいことは、今は考えなくていい…」  
「…う…うう…、うぐッ……」  
 
震えは徐々に大きくなる。涙はもう止められなかったが、自分一人ではどうしようもなくなって、  
身勝手な涙を流しているのはやはり後ろめたかった。  
(仇は…ちゃんと、取るから……)  
(みんな……ごめんなさい)  
 
並大抵のことでは素直になどなれない、ややこしくできている自分。この男がしつこくて  
お節介でいてくれてよかった…。それだけは認めよう、と涙を流しながらセリエは思っていた。  
 
 

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