(結局…弱みにつけこまれ、うまいように懐柔されてしまっただけ…なのかもしれないな)  
なんとか落ち着きを取り戻した頭で、セリエはそう考えた。しかし、たとえそうであったとしても、  
腹を立てる気にはなれないのだった。  
 
暖かさを感じていた。身を包むやわらかな羽毛と、剥き出しの肌を通じて伝わってくる体温だけで  
なく、いつのまにか胸に宿った炎があった。これまでに胸に抱いた、身を焦がすような情熱や  
業火の如き闘志に比べれば、ひどく頼りなげで弱々しい炎。だが、それ故になんとも言えない  
心地よい暖かさを感じさせる、灯火のようなもの。  
 
まったくの、未知の感覚ではない。たとえば自分を単なる姉以上に慕ってくれるあの妹と  
一緒にいると、自然にこの感じを覚えていた。だが、単なる愛情だけでなくあこがれや敬意も  
強く宿る彼女の眼差しは、時に重圧となり、苦しみさえ生み出した。まして、今の自分には  
とても耐えられるものではなかった。だからこそ、ここに逃げたのだ、とセリエは思い返す。  
燃えあがるような激しいものではない故に、いつまでも胸に残っていてくれるかもしれない。  
できるならばずっと守り通したい、柄にもなくそんな思いに駆られた。  
 
一方でその暖かみを遮るような影もまた、心に差していた。拭い去ろうとしても拭い去ろうと  
しても、それは黒雲のように湧いてくる。自分を抱きしめているのが異国の男であるという事実は  
セリエの心をじわじわと苦しめていた。一抹の疑惑。些細なものでしかないが、相手の  
返答次第によっては心の裡に宿ったものを消し去ってしまうかもしれない。それでもやはり、  
確かめずにはいられないのだった。  
 
セリエは顔を上げた。次の瞬間、それに気づいたカノープスと見つめ合う格好になる。  
泣き腫らした眼が痛々しくもあったが、すっかり険しさは消え、柔和ささえ湛えているのを  
確認して、彼も満足そうに笑った。  
 
彼の眼にはセリエの顔がわずかに歪んだように見えた刹那、彼女は両手を抱擁の内側に  
差し入れ、突っぱった。明確な拒絶。強引に始まった抱擁は強引に解かれた。  
彼女が平静を取り戻し、気恥ずかしさのあまり起った行動かとカノープスは思ったが、  
それを確かめる間もなく、強い口調で問い正されていた。  
 
「あなたたちは…何故ここにいる?」  
「…?」  
 
「答えて欲しい。あなたたちゼノビアの者が…何故この島で戦っている!?」  
「…」  
「頼む、答えて……。お願いだから…」  
言葉は揺らいでいるが、瞳にははぐらかしや誤魔化しを許そうとしない色が宿っている。  
 
「…わかった、わかったよ。だが、一から十までは言えない。できる範囲で、いいか?」  
気圧されるようにカノープスは意を決した。妥協的ではあったがセリエも同意する。  
 
「ご察しの通りさ、傭兵の仕事なんぞ求めに来た訳じゃない。だからって、  
 この島に干渉して何かやらかすのが目的でもない。言わば探し物……だ。誤解するなよ、  
 奪いに来た訳じゃない、取り戻しに来たんだ」  
「ヴァレリアの者があなたたちの国から、いったい何を奪ったと…いうの?」  
「この島の人間じゃない……例のヤツらだよ。手クセの悪いのがいるみたいでな、  
 ちょっと厄介なものを持っていかれて、そいつを返してもらいに来た。ただそれだけさ」  
 
「それだけ…か。だが…あなたたちが特定の勢力に与した結果、島の情勢はずいぶんと  
 変わってしまった。あなたたちとローディスは…何も変わらないのではないか!?」  
「…なるべく干渉はしたくなかったんだが、いかんせん…たったの5人きりじゃどうにも  
 ならなくてな。膠着を作り出して、その間になんとかする計画だった」  
 
「……それにしては腑に落ちないな。あなただけが何故、デニムと行動を共にしている?  
 ロンウェー公爵から彼らが離れた後も…だ。あの少年は膠着とはおおよそかけ離れた状況を  
作り出した…。それに手を貸した自覚はあるのだろう?  
あの子は保険か?ロンウェーが、あなたたちが望むように事をなせなかった場合の…。  
御しやすそうな子供を…傀儡にでもするつもりだったか!?」  
 
「違う違う!これはオレの独断さ…。ランスロットにムリ言ってな。まあ、あいつらも  
気になっていたみたいで賛成はしてくれた…。まったく、英雄とこそ呼ばれてはいたが、  
あのときのあいつは、なんの力も持っちゃいなかった…」  
「……英雄に仕立て上げたのは自分だとでも、言いたいか!?」  
「わからないか?…ほっとけないんだよ。あんな子供が、自分のなすべきことの大きさと  
それに対する力の無さに苦しんでる…。どうも、ああいうのには弱くてな……」  
「どういう…こと?」  
 
「何度も同じことは言いたくはないんだが……」  
「…同じ?」  
「そう。同じ」  
なにやら意味ありげにセリエに目配せをしていた。  
 
「…おせっ…かい?」  
「ああ…」  
はにかみながら、少し投げやりに照れ隠しとわかるような口調で肯定した。  
 
「……そんな理由で、よく命を投げ出すような真似が…できるものだな」  
「そう言うな。実のところ、『国のため』なんて理由で戦ったことは一度もないんだ。  
多分、これからもないだろう。大義…とやらもオレにはよくわからない。結局オレは  
気に入ったヤツの顔を思い浮かべながらしか戦えない…。だから、これでいいんだ…」  
「そういう…ものなのか」  
 
「そんなことはいい!目的のことは誰にも言うな、当然デニムにも、な」  
「呆れたな、まだ伝えていないのか!あの子もよく、あなたを信用する…」  
「まったく…だな。まあ、ランスロットの野郎の人徳ってヤツがあるのかもしれないが…」  
「それだけ、ではないだろう…。あなたはずっと…一緒に、身体を張って戦ったのだから。  
それも…よりによってそんな、格好で…」  
指を差すセリエの顔が何故か赤くなってしまっている。上半身裸の男に抱きしめられていたことを  
今ごろになって意識したからだった。  
 
「言われてみれば、この島の人間じゃないオレたちを…よくもここまで信用してくれる」  
「…そんなこと、関係あるものか!」  
「命を賭けて共に戦えば、当事者でなくとも信頼はしてもらえる、ということ…か?」  
「違うのか…」  
 
「だったらセリエ、それは君たちも同じなんじゃないか?」  
「…え?」  
突然、相手に向けていた言葉が全部己に返ってくる形となり、セリエはひどく居心地の  
悪い思いをした。  
「そう言えば、デニムは君に『解放軍もヴァレリア解放戦線も同じ』なんて言ったらしいな。  
あいつも、いいことを言う…」   
「ち…違う。仲間たちはともかく、わたしは…」  
「また、野心がどうだとか言い出す気か!オレに言わせりゃあ君には…少なくとも  
 自分で恐れてるような大それたことなんて、どうせできやしない!!」  
 
「なぜ、…なぜそう言い切れる!」  
「仲間が死んだくらいで絶望して自分も死のうなんて考える人間が、そんな真似をしている  
姿なんて想像もできなくてな…。セリエ、オレには君が…君が自分で思っているよりは  
ずいぶんとマシな人間に見えるがね…」  
「…そんなもの、あなたの主観に過ぎないだろう!」  
「ああ、そうだな。それも、大した根拠のないただの…カンでしかない。だけどな、  
こんなモンに頼って長いこと生きてきたせいか、どうしても間違ってるとは思えないんだ。  
根拠はないが、自信はある…。それでいいだろう!」  
「いいものか…。それではまるで…、まるで理屈に…なっていない…」  
「はは…、確かにな!」  
カノープスは納得しながらも笑っている。つられてセリエも顔をゆるめてしまう。  
 
わかってはいた。ここで会って、語り合ってみてわかった。この男が、人から何かを  
奪うような邪な目的で戦っているのではないことくらいは。自分の『カン』はそう  
告げていた。  
 
それでも言葉で確かめずにはおれないのだ。ややこしい、面倒だと言われても。  
(それが、わたしの性分なのだから…)  
 
(それにしても…)  
問い詰めているつもりが、いつの間にか諭され励まされていたことをセリエは意識する。  
いったんそれを意識すると、水に落ちたインクのように、もやもやとした自己嫌悪が胸の内に  
広がっていく。  
(やはり…わたしは馬鹿だ。たとえ何者であったとしても、どんな目的があったにしても  
…疑う前に、言わなければならないことがあるだろう!)  
 
「聞いて…くれるか?」  
「なんだ?まだ何かあるなら、話せよ!」  
「…あり…がとう、カノープス」  
たどたどしい言葉には様々な思いがこもっていた。今まで、何故かはわからないが呼ぶ気に  
なれなかった相手の名前も、意識して口に出していた。カノープスが不意を突かれた  
ような顔をして  
「おいおい…今さら、別に…」  
と言いかける。しかし、すぐに表情を改めると  
「いや、律儀なモンだな。まあ、借りにしとくよ。…いつでもいいからな!」  
今度は見事なくらいにっこりと笑っていた。元々、男性的な愛嬌を湛えた顔がひどく輝いて見える  
のに、セリエはしばし見とれてしまっていた。そのまぶしさは、彼女を後ろめたさの影から  
解き放つには十分だった。己の慎みのなさを恥じる気持ちも、見栄や意地さえも、  
もはや抗し得なかった。  
 
「…今すぐ、返させてもらうつもりだ。このまま……わたしを、あなたの好きにしてほしい!」  
セリエは無表情で大胆なことを言い切った。言い終わった後も表情こそ変らないが、  
顔全体に赤みが差している。  
 
「お、おいおい…セリエ!別に、オレはそんなつもりで…」  
「…ごめんなさい。そうね、……ひどい欺瞞。本当は、本当は…」  
 
「わかったわかった、いちいち言わなくていいぞ!わかったよ。最初の言葉…信じるよ」  
誠意の発露なのだろうが、内なる思いを逐一言葉にしたがる彼女に少し辟易したようだった。  
 
「でも…」  
口篭もる顔に、憂いが戻る。  
「どうした?」  
「実は……どうすればあなたが喜んでくれるのか、わたし、よく…知らなくて」  
「…!」  
 
セリエは上目づかいで不安げに見つめる。その言葉と所作は、今までに異性との交渉がなかった  
ことを控えめに告白しているのだった。先ほど見せた慟哭と同じように、大人の女性そのものと  
して振る舞ってきた彼女に残る少女のままの未発達な一面。一瞬、カノープスにはセリエのいる  
ところに踏み込んでしまっていいのか、という躊躇いさえ生じる。  
 
「清らかな乙女…か」  
「そ、そんな…立派なものじゃない!結局は、自分の欲望を肯定する勇気もなく、弱さを他人に  
 曝すこともできなくて…。それに、こんな歳で乙女はないだろう!」  
完全な大人の容貌を持つ彼女が、大袈裟な身振りで必死になって反論する姿にはちぐはぐな  
おかしさがあった。少女のようだった気配も一層幼くなっている。  
 
「こんな歳…ね。オレからみりゃあ、おまえ…くらいなら十やそこらくらい違ったって  
 どっちにしても子供みたいなモンなんだけどな……」  
「ゆ、有翼人は、長命だとは聞く…けれど」  
年齢のことも確かに気にはなったが、今までの『君』ではなく『おまえ』と呼ばれたことを  
彼女は妙に意識し、どぎまぎした。名前を呼んだことに対する意趣返しかもしれない。そう思うと  
嬉しくはあったが、急に距離を詰められたことにこの後に及んで戸惑いを感じてしまうのだった。  
 
「どうした?」  
「な、なんでもない!そ、それより…わたしには想像もつかなくて…。あなたはいったい  
どれくらい…生きているというの?」  
 
「オレは若い方だ。ま、それでもデニムの親父さんとは同じくらいだって言うぜ」  
「あの人と…」  
 
結局、その人物を救い出したことが、組織の崩壊のきっかけとなった。だが、その事実よりも  
意外なところで耳にした驚きからか、鮮やかに思い浮かぶその人の姿がセリエの心を占めた。  
今現在の姿ではない。彼女のよく知っている、昔日の印象。  
 
父は、彼女の前ではいつも厳めしい顔をしていた。二人きりでいるときはなおさらだった。  
セリエはその顔が好きではなかった。怖いからというだけではなく、わざわざそんな顔を  
しなくても父は、侵し難い威厳を醸し出し自然と敬意を湧き上がらせる人物だと、幼いながらに  
不満を感じていたからだった。  
 
そんな父がその人が訪れると、決まって柔和な顔をして自分を褒めてくれるのだった。まるで、  
その人が発するやさしい空気が伝染したかのように。  
 
「うふふ…」  
慈しむように頭をなでてくれる手に無邪気に笑った自分の姿。手をつないでもらったこともある。  
だっこをしてもらったことも覚えている。どれもこれも、父がしてくれた記憶がないことばかり  
だった。禁じられていたわけではないにしろ、はばかられるような空気を発する父の前では  
知らず知らずのうちに子供っぽい振る舞いを自重する習慣が身についていた。けれども  
その人の前では、そんな枷はいつのまにか外れていた。最初はぎこちなく、それでもやがては  
他の子たちと同じように、自然にのびのびと振る舞うことができたのだった。  
(あの人が、そういう人だったから…)  
 
やさしさに溢れた風貌であっても決して線の細い人ではなかっただけに、ハイムで保護したときの  
痛々しい姿には言いようのない衝撃を受けた。今にして思うと、あの人がヴァレリアの覇権に  
つながる何かを知っていたから、だけではなかったのだろう。  
(わたしはあの人が…大好き、だったから、後先を考えずにあんな無茶をしてしまったのだ…)  
自分の個人的な思いのために命を落とした仲間には本当に詫びようもない。それでも  
ほんの一時にしろ、あの人の役に立ててよかった、そんな感傷が胸中に溢れていた。  
 
「…どうしたんだ?さっきから、なんか妙だが…」  
「べ、別に…」  
意識の焦点が強制的に現在に戻された。一瞬でも目前にいる男のことを忘れ去ってしまったことを  
心の中で詫びる。少し気を落ち着けてから、子供みたいか、とセリエは男の言葉を反復した。  
(そういうことだったのか…)  
達観しているかと思えば、ひどく青臭いことも言うこの男が、今一つ測れなかった。何故か  
わからないがかなわない、心の底で認めていたことに答えが与えられた気がした。  
(年季が違う、のだから…)  
 
「なんだ…もしかして色々考えてるうちにイヤになったか?まあ、そりゃ無理もないか…」  
口を閉ざし物思いにふけるようなセリエに、カノープスはため息をつくように語りかけた。  
「ち、違う!違う……違うから」  
セリエは顔をくしゃくしゃにして、ふるふると首を大袈裟に振りながら言う。  
「あ、ああ…。わかった」  
 
「お願いだから、あなたの好きなようにして…」  
奇妙な、願いだった。それは、カノープスに対する純粋な感謝なのかもしれない。あるいは、  
初めて男に抱かれることへの不安から発せられた偽らざる本音だったのかもしれない。自分で  
口に出した通りに欺瞞であったとするならば、出会ったばかりの男に身を委ねることに対する、  
また死んでいった仲間たちにはもはやかなわない悦びに身を任せようとすることへの、  
後ろめたさから発せられたのかもしれない。いずれにしても、決意は揺るがない。たとえ、  
後ろめたくても  
(後悔を…したくない)  
のだった。  
 
「わかったよ。けどな…」  
いたわるような眼差しをカノープスは送る。  
「大丈夫…、痛みに耐えるのには馴れている。それに、この身体…少しくらいのことでは  
 壊れたりはしない。あなたが喜んでくれれば、本当に、本当にそれでいいのだから……」  
セリエは小声で言葉を発していた。半ば自分に言い聞かせるかのように。  
 
二人は廃屋の一室にいた。寝室だったのだろう、狭いわりに大きなベッドが据えつけられた  
部屋だった。実のところカノープスは草の上でも一向に構わなかったが、  
「システィーナが来るかもしれないから」  
とセリエが頑なに拒んだためだ。  
 
セリエはベッドに横たわるように促された。防具を兼ねた膝上まで達する重々しいロングブーツを  
時間をかけて脱ぎ、ゆっくりとベッドに上がる。剥き出しの両脚は驚くほどの熱を放散していた。  
 
ずっと望んでいたようで、やはり恐れていた瞬間。悟られないようにしながら必死で呼吸を  
整えていたが、まったくの無駄に過ぎなかった。見つめられるだけでセリエは、鼓動が際限なく  
速まっていくのを感じている。やがて、両肩が無骨な掌に力強く抱かれた。そのまま男の赤毛が  
近づいてくる。  
 
「はむっ……ん」  
生まれて初めての深い口吻。やや強引に割入ってくるカノープスの舌に、心の内面までもが  
侵蝕されていくよう。今まで味わったことのないその感覚が、セリエにもう後戻りは  
できないのだと思い知らせる。そして背徳感にも似たそれは、少しずつ彼女を未知の  
高みへと導いていくのだった。  
 
「…っ!」  
濃厚な口づけをしながら、カノープスの指は胸元から革紐を解きにかかっている。  
気がつけば、脱がされかけた上着が腕に引っかかり、それに羽交い締めをされるような体勢で  
肌着を露わにしていた。なんとか抑えようとしていた羞恥の炎が一気に燃えあがる。  
 
「んむーっ、…ん、んんっ……ぷはっ!」  
官能の奔流に逆らい、もがきにもがいて口づけを振りほどいた。その必死の行動は相手の唇に  
対する拒絶ではなかった。  
「…お、お願い!ふ、服を着たままで…」  
そんなことを訴える、ただそれだけのためだった。  
 
(…堅いな。いちいち堅いぞ、セリエ!)  
好きにしていい、と口にしたわりには色々と懇願をしてくるのに、カノープスも苦笑いする。  
 
(お堅い育ちだものな。しょうがないよなあ)  
だが、その堅さが愛しい。立ち振る舞いは痛々しいくらいにぎこちない。明らかに無理を  
しているのが一目でわかるが、この健気さに隠されたセリエの誠意を思うと、それだけで  
抱きしめてやりたくなった。そして、その堅さも少しずつ、解きほぐしてやりたかった。  
 
「大丈夫だ…。誰も見に来たりなんかしない」  
「ち、違う…。お願い、これ以上は…」  
上着による拘束のせいで、抵抗もままならない。  
「ほらっ!」  
肌着を下からめくられ、乳房を露わにされてしまう。  
「…く」  
観念したように大人しくなったセリエを確認すると、一気に肌着まで脱がせてしまった。  
 
「…」  
不貞腐れたように、セリエは顔を背けている。それを横目に捉えて微笑すると、カノープスは  
身体の方に目を移す。それは彼女の力強いイメージに反して、一見すらりとした印象だった。  
だが、やはり薄い脂肪の下には密度の高い強靭な筋肉の躍動を感じさせる。  
 
(ほう…)  
そして鎧のような上着からは窺い知れなかったが、人並み以上に大きい乳房が実っていた。  
形が崩れていないのは、鍛錬の成果なのかもしれない。だが、鍛え抜かれた体躯の  
持ち主が、ここまでの大きさを維持しているのは、ある種奇跡的だと言えた。  
 
「どうしてだ、セリエ。なぜ…そこまで恥ずかしがる?」  
「汗まみれの…、汚い身体だから。それに…」  
俯くように自分の身体を見下ろした。視線の先には大小のさまざまの傷。古傷だけではない。  
癒えきらないつい先日のものは、まだ痛々しく赤みを残したまま刻み込まれていた。  
 
「恥じるな…。それは他人のためについた傷だろう!」  
「だけれど……。でも…」  
 
(汗だの…傷だの、違うだろう…セリエ。ほんとうは、わたしはただ…)  
男の前に肌を曝すことへの困惑、結局はそれだけだった。  
 
「見ろよ、セリエ。おまえの身体はずいぶん堂々としてるぞ」  
大きな乳房にもかかわらず、乳首はつんと前を向いている。  
「や、やめて!からかわないで…」  
「からかってなんかいない。感心してるんだ」  
「だから…それが!」  
 
「もう…い、いやだ!」  
凝視される恥ずかしさに耐えかね、セリエは両手で乳房を覆い隠してしまった。それでも  
抱え切れずにはみ出してしまう大きさを恨めしく思っていた。  
(もったいぶるほどのものか…。もっと、歳相応に…振る舞えないのかセリエ!)  
堂々と構えていられない己自身にも、もどかしさを感じずにはいられなかった。  
 
「大丈夫さ…。じきに慣れる」  
「!!」  
カノープスは彼女の両手首をベッドに抑えつけ、組み伏せるようにしてセリエの自由を奪った。  
「くぅッ!」  
抑えられたセリエもブリッジをするように身体を反らして抵抗するが、もちろん拘束が  
解かれることはない。カノープスも全力の行動ではなく、セリエも必死で抵抗した訳ではないが、  
本気で抵抗したところで結果は同じだろう。いくら鍛え上げても容易に埋まらない先天的な  
体力差を感じさせるこの姿勢に、戦士としては屈辱の思いを、女としては何故か  
奇妙な興奮を覚えていた。  
 
「……あ、ああ」  
完全に無防備にされた乳房が外気に曝される。セリエは無念そうに俯いて目を閉じてしまった。  
 
しかしその瞬間、カノープスはセリエが隠そうとしていたものを見てはいなかった。抑えつけた  
手首の先にある、掌を見ていた。自分を引きとめた掌。あの、手首を掴まれた時に心に  
突き刺さった痛みが、棘のように残されていたからかもしれない。  
 
その感触はカノープスが知る限り、聖職者の掌からはおおよそかけ離れたものだ。  
司教より上の身分であればスプーン以上の重さを感じることなく、赤子の手のまま  
一生を終える者も珍しくない、とさえ聞いている。そんな育ちをした人間が重々しい槍を手に  
馴染ませるまで、いったいどれほどの苦痛があったのか。そして、その手が今この瞬間、  
無力さに苦しんでいるかもしれないと考えると、遊び半分のことでとは言え、ほんの少し  
やりきれなくなった。  
(せめて、楽しませてやるか…)  
ため息を押し殺し、曝け出された乳首を口をすぼめるようにして上下の唇ではさむ。  
「…っ!」  
閉ざされたまぶたが大きく揺らいだ。そのまま、れろれろと舌で刺激を加える。  
 
「ん…、ふ…ふ」  
やがて、セリエの口から笑うのに似た声が漏れてきた。こころなしか閉じられた目尻も  
少し下がり気味になっている。  
「ふ…ふ、こ、こういう…ものなの?」  
その表情は本当にくすぐったがっているようにも、抑えつけられ乳首をなぶられることへの  
照れ隠しのようにも見えた。  
 
「ふうぅ……、は…ああ」  
徐々に息づかいが荒くなっていく。声と表情は少しずつ、しかし確実に次の相へ移行していた。  
もはや手首から両手を放しても、両腕をだらりとさせたままセリエは抵抗しようとはしない。  
今度は十指を使って大きな乳房もこねるように執拗に責めたてる。カノープスには  
口に含んだ乳首が次第に膨隆していくのが感じられた。  
「ああ…あ……。ううん、…んんッ!」  
言葉の上とは言え、あれだけ拒絶していたセリエが我を忘れて喘いでいることに、カノープスは  
ひとまず満足する。  
 
そして、片腕を彼女が一番隠したがっているであろう箇所に先んじて伸ばしていた。  
「はっ!?」  
恍惚の表情が、一瞬にして羞恥を取り戻す。切れ長の目が大きく開かれていた。  
「さすがに自分でいじったことくらいは……あるよな」  
下着を軽く触れるだけでもはっきりと確認できる濡れかたを見て、カノープスも少し嬉しそうに  
声に出す。目を合わせられず声も発することができず、震えながら弱々しくうなずくセリエ。  
 
「そろそろ…いいだろ」  
無骨な両手が下着を剥ぎ取りにかかった。  
「…だ、だめ!いや!」  
最後の一枚を取り去られることにセリエは頑強に抵抗した。その先を望む欲求はあっても、  
強過ぎる羞恥心が一歩踏み出すのを阻んでいるらしかった。  
 
「ふーん、嫌か…?じゃあ、やめようか?」  
些細なことで大げさなくらい羞恥心をあらわにするセリエを可愛らしいと思うカノープスだったが、  
同時に、槍を手にしたときの凛然たる姿からは想像もつかなかった今の彼女をもう少し  
サディステックに責めてみたい、そんな欲望にも火が点きつつあった。痛々しささえ  
感じさせる彼女に、意地の悪い責めを施すのは少し酷なことのように思われたが、男の欲望が  
『堅苦しいセリエをときほぐしてやる』という大義名分を盾にして押し勝ってしまったのだった。  
 
「…ここまできて……いや…」  
「何が、嫌なんだ?」  
「や、やめ……ないで」  
「よーしよし。よく言えたな」  
 
下着の上からセリエが隠したがっていたところの微妙な高まりを、舌で軽くなでつけるようにした。  
じん、という響くような感覚がセリエの脊髄を駆け登る。  
「ふあっ!!」  
稲妻のような感覚に突き動かされ、セリエは大きく身体をよじる。その動きを利用する  
ように、カノープスは彼女が纏う唯一のものを脱がしにかかっていた。  
 
「やめてッ!」  
身をよじった勢いで下着は脱がし去られ、身体はうつ伏せになる。結果、セリエは何にも  
守られない丸裸の尻を曝していた。  
 
日々の修練と実戦の波に揉まれ、鋼のように鍛え上げられた背筋。そして、か細いくらい肉の  
削ぎ落とされたウェスト。背中だけを見れば中性的とも言えるようなセリエが、女性美の極致の  
ような臀部を向けている様は、どこか屈折した前衛芸術を思わせた。  
 
うつ伏せの姿勢で顔を隠すように手で覆っているため、表情は伺い知れないが、身体を小さく  
震わせている。承諾こそしたものの、意地の悪いやり方で下着を剥ぎ取られた屈辱感に  
震えているのだろうか。その姿のまま両脚はぴったりと閉じられ、なんとか間の部分だけは  
隠そうと足掻いているのが滑稽でさえあった。  
 
カノープスはその傍らに寄り、雪原の高まりのような尻を手で撫でつける。一瞬、セリエの身体が  
ぶるっと揺れた。そのまま尾骨に沿うようにして、無防備な臀裂に指を微妙に震わせながら、  
ゆっくりと差し入れていく。  
 
「…!」  
指が深く入る度に少しずつ双臀の硬さは失われていく。やがてアヌスに指が達すると  
ぴくんと全身が大きく揺れ、閉じていた両腿は閂を外された城門のように力なく開いた。  
 
「あ、ああ…」  
セリエの口から再び意地悪いやり方でコントロールされてしまった己を恥じるような声が漏れる。  
そのままカノープスの指は動きを止めず、盲目の獣が臭いだけを頼りに餌を探すように  
股間をまさぐり、秘裂を探りあてた。入り口で粘液の衣を纏わされてから、改めて中に  
挿入されていく。  
 
「ひう…ッ」  
弓なりに身体を反らせるセリエ。それに追い討ちをかけるように、指の出し入れを何度も繰り返す。  
「んっ、…ああ……んふッ」  
無骨な指が肉壁をかすめるたび、彼女の中に高まってくるものがある。  
「んんーーーーッ!」  
 
確かに、自分の中の女を抑えられず、指で慰めたことはあった。一度や二度ではない。達する、  
ということがどういう事なのかも知っている。それでも  
(人にされると…こうも、違うなんて…)  
と己の肉体に、なにか神秘のようなものを感じずにはいられなかった。  
 
「セリエ…そのまま膝を立てろ!」  
今以上のはしたない格好をしろという要求を、セリエは耐え難いものと思った。しかし、秘裂に  
差し込まれた指に肉体の支配権を奪われたかのように、ゆっくりと、従順にしたがってしまう。  
 
「…あ、あ」  
「いいぞ、もっと突き上げてみろ」  
ためらいがちに、しかしやはり従順に尻を高く突き出し、言葉の主へ捧げる。カノープスは  
やがて指を抜き去ると、嫌がるような身振りとは裏腹に、ずいぶんとぐっしょりと濡れている  
秘部を少し時間を掛けてまじまじと興味深く眺める。何者にも犯されずにいた処女地は今、  
淫汁に濡れひどく扇情的に見えた。  
 
セリエの尻がぷるぷると震えている。屈辱的な姿勢のまま放置されていることにいたたまれなく  
なったのだろうか?カノープスがそれを少し面白がるようにさらに放置を続けると  
「……ああ」  
と彼女は身悶えしながら言葉にならない声を漏らしていた。  
 
(それにしてもずいぶん夢中になってるな、オレも…)  
欲望に突き動かされたからとはいえ、生娘でしかないはずのセリエを相手に、こうまで  
いたぶるようにしてしまう自分にも驚いていた。  
 
(まあ、堅物をやわらかくするには、少し荒っぽいくらいでちょうどいいんじゃないか。  
セリエも……なんだかんだ言って楽しんでるんだろうしな!)  
彼女の深い苦悩を受けとめるため、少しいたわるように接してきたカノープスだったが、  
いつもの楽天的で飄々とした感じに戻りつつあった。  
 
(嫌なら、やめればいいのに。どうしてこうも従順なのか…。わたしもどうかしている…)  
 
(違う…。わたしは元々…従順だったのだから)  
 
(この姿勢、覚えている。いや、忘れられるものか……)  
 
強い屈辱感に苛まれながら、セリエは父の姿を思い起こし始めた。しかしそれは、かつての  
彼女にとっての誇りであり生きる指針であった聖職者の鑑、モルーバ・フォリナーの姿では  
なかった。幼いセリエが過ちを犯してしまったときの父の姿。ただでさえ罪悪感に苛まれ、  
悔い改めたいと願う無力な彼女を容赦なく責める怒りの姿だった。  
 
 
「セリエよ、わかっていような」  
いつも以上の厳しい表情で床を指差す父。言いつけを守れなかった申し訳なさと恐ろしさから  
その顔を正面から見ることができないまま、幼いセリエは小さく口を開いた。  
「…はい、お父さま」  
(また、お怒りに触れてしまった……)  
 
父の足元の絨毯に両手と両膝を着け、後ろを向き、恐る恐る尻を突き出す。壁に掛けてある  
仕置用の鞭を持ち出すと、父はまず軽く一振りして風切る音を聞かせる。  
 
「…あああ」  
その音はいつも苛烈な罰を予感させ、セリエをより萎縮させた。やがて鞭を手にした父が後ろに  
立ち、彼女の過ちを責める声と共に鋭い音が部屋中に響き渡る。  
 
「セリエ、この愚か者!」  
「…ンッ!どうか、罪深きセリエをお許し下さい!」  
大いなる神の怒りを代行するその鞭は、幼い身体に対してもまったく呵責なく振り下ろされる。  
 
「うン!…どうか、お許しを!」  
しかも、罰する音はさらに激しさを増していく。  
「んぅッ……ど、どうかお父さま、お許しを…」  
「わしなどに…何故許しを乞うのだ!」  
その怒りが、父の鞭を振るう手に一層力をこめさせた。  
 
「ひいぃッ!…ち、父なる神よッ、どうかお許しを!」  
「…そのような言葉では、大いなるフィラーハには届かぬぞッ」  
「ああぅ!!」  
鞭打の勢いに耐え切れなくなったセリエの姿勢が崩れ、横倒しになった。  
「どうした!姿勢を正せ、セリエ!おまえの罪はまだ許されてはいないぞ!!」  
「…はあ…はぁ、…も、申し訳ありません…」  
精一杯痛みを我慢しながらもそそくさと四つんばいの姿勢に戻る。  
 
こうした失態を見せると父はそう簡単には許そうとしないのだった。セリエに懺悔の言葉を  
口にする時間すら与えず、大人げのないくらいひたすら鞭の雨を降らせた。  
「やン!あッ……うあ!」  
痛みと恐怖に耐えかねた幼いセリエは、涙を溜めながら、ただ嵐がすぎるのを待つしかなかった。  
「うン!あ!うッ!…あう!くッ!ひぃッ!」  
 
やっと父は手を止めた。セリエは痛みを堪えながら、恐る恐る父の顔を覗き見ると  
その仕草がかえって逆鱗に触れたようで、先程以上に激烈な罰が下された。  
 
「いたあい!!ああン!うあん!やあ……」  
ほんの一瞬の気の弛みが、一発一発の苦痛を倍以上に感じさせた。せめて、これ以上無様には  
なるまい、と幼いながらに必死に自尊心を奮い立たせ、セリエはただ耐えた。  
 
「…セリエ、今一度、大いなるフィラーハにお許しを乞いなさい」  
「お、大いなる父…フィラーハよ……。愚か…なるこのセリエに…、慈悲の涙を…」  
激痛に苛まれ、息も絶え絶えになりながら、なんとか小さな身体全体から力を振り絞って  
幼い声で懺悔の言葉を発した。  
「よろしい…。父なる神は、おまえをお許しになるだろう」  
 
父は妹たちの前でも容赦なく鞭打った。いつもは生意気なシェリーもこの時ばかりは下を向いて  
恐怖に打ち震え、かわいいシスティーナは痛みを共有するようにぽろぽろと涙をこぼす。  
オリビアは…そう言えばあの子が生まれる頃には、もうこんな罰は受けていなかったな、と  
セリエは思い返した。叱られぬ要領の良さが身についたのか、いや、男子が生まれぬ  
焦りも、さすがに四人目まで女だと知れる頃にはいい加減にあきらめがついた、  
そういうことなのかもしれない。  
 
 
「…?」  
過去に思いを馳せるうち、セリエは知らず知らずうめくような声を上げ、尻を大きく揺らしていた。  
高々と掲げられたセピア色のつぼみもひくひくと弛緩と収縮を繰り返している。挑発にも見える  
その様子に、カノープスも引き際を見失い、調子が狂っていくのを自覚せずにはいられなかった。  
 
カノープスが好奇心を抑えられず、剥き出しのアヌスに軽く指を置くと  
「きゃっ!」  
セリエは反射的に声を上げた。甘美さに酔う声ではなく、生理的な嫌悪感から発せられた声だった。  
 
「な…なにを!そ、そこは…」  
蓋をするように乗せられた指が、細かく振動する。  
「あ…あ、あァ…」  
その微妙な動きが、何故かセリエの身体から力を奪っていく。何度も繰り返されるうちに、  
もはや抵抗どころではなく四つん這いの姿勢のまま、だらしなくへたり込みそうにさえ  
なっているのに、彼女自身が驚く。  
 
(わたしの身体は、望んでいるの…?違う!こんな汚らわしいこと…誰が…)  
 
「おああ…、はあぁ!」  
その意に反して、無骨な指が振動するごとに堅く締まった括約筋が少しずつとろけていく。  
やがて、指先がくさびのように突き立てられた。自分でさえいじったことのない秘孔が  
犯されようとしている。しかしセリエの肉体は、それを甘んじて受け入れてしまった。  
 
「…――っ!」  
呼び起こされる生理的な感覚と、性感帯を責められるのとは異質の羞恥心がセリエの身体を  
麻痺させ、一瞬声さえ上げられなかった。その間に指は蛇行しながら直腸のひだの一枚一枚を  
触れるように、ゆっくりと奥深くに侵入していく。その動きに連動するように身体も波打っていた。  
 
(どうして…。こ、こんな……)  
男所帯である武装組織の長だったのだから、いくら彼女に年齢に比して未成熟なところがあるとは  
言え、男と女の交わりがどういうものかというくらいは当然、知識として知っている。だからこそ、  
覚悟の行き届いていない思いもよらぬ場所を辱められる羞恥と、肉体の理に反する甘やかな響きは  
余計に理性を揺さぶった。  
 
何もよりも、感覚が開発されていると言うより眠っていたものが蘇っている、何故かセリエには  
そう感じられることが不可解でならなかった。こんな行為、こんな姿勢は嫌で仕方がないはず  
なのだ。にも関わらず、いや、そのことにこそ奇妙な懐かしさを感じずにいられない。  
 
(う、うそ…。違う…そんなはずは…)  
再び、忌まわしい懲罰の記憶が蘇る。許されない行いをした者が、神の怒りに曝される姿。  
永遠の雨のようにやむことのない鞭は小さな身体を痛めつける。だが想起された幼いセリエは、  
本来の記憶に反して何故か苦痛にではなく、尻を打たれる喜悦に身を震わせているのだった。  
尻に怒りが降り注ぐたびに、お気に入りの赤いドレスと下着に隠された小さなアヌスも  
歓喜の表情を浮かべるように何度もすぼまっていた。そして、その痴態を眺める6つの瞳。  
 
シェリーはここぞとばかりに顔一面に冷笑を湛え、システィーナは哀しそうな瞳に軽蔑の色を  
隠そうとしない。長姉の無様な姿を知らないはずのオリビアも深い憐れみの視線を向けていた。  
 
(お父さま…。あなたはセリエを…こんな女に…、こんなあさましい…卑しい女に  
育てたかったというのですか…?)  
それ以上のことは何も考えられなかった。半ば無理矢理唇と唇が重ねられ、セリエの  
思索を中断させたからだ。  
 
「…やめて!ひ…、ひゃめ……んむ!んむぅーーッ!!」  
汚れた穴と口腔とをなすがままにされ、身体も横倒しにされた。はじまりのときより  
ずっと深く舌が入ってくる。まるで胃の腑の奥深くまで犯されていくようだった。ぬらぬらと  
した粘液質のやわらかい動きが、少しずつ少しずつセリエの身体の深部に奇妙なリズムを形作る。  
 
(な…に……これ)  
そのリズムはセリエが体感できるほどに大きくなっていく。入り口と出口とを刺激する異物に  
同調するかのように、セリエの消化管全体が蠕動をしているのかもしれない。  
 
「んむン!んぶぅぅーーーーーーッ!!」  
悲鳴にならない熱い吐息が、唇と唇の間から漏れていく。いつしか、己の身体が一匹の蛇に  
貫かれ、はらわたのすみずみまで犯され尽くしている、そんな錯覚をセリエは感じていた。  
セリエにとっては信じ難いことに、その蠢きは肉体に今までとは比べものにならないほどの  
悦びを覚えさせているのだった。  
 
「ンッ、んふ……、むーーーーーーッ!」  
今やセリエには、そんな不可解でおぞましい責めを施す翼を持つこの男が、教典に書かれた悪魔の  
ように見えていた。親愛とあこがれを感じさせた翼は、骨と骨の間を皮膜でつないだ蝙蝠に  
似たそれのように、やさしげだった眼差しは魅了の呪力を秘めた妖しげなものにさえ映る。  
 
それでもなお、セリエは身体を男の元に寄せられたままにしている。肉体の入り口から出口まで  
を貫く邪悪な使い魔による束縛は、もはや完全にセリエの身体を虜にしてしまっていた。  
 
「…んっ!うーっ、うむんむーーー!!」  
せめて口づけからは逃れようと、必死に首を振った。しかしそのつもりであっても、  
セリエの身体は意思に反して弱々しく震えただけだった。肉体が完全に屈服していることに  
彼女は気づいていなかったのだ。  
 
「う…む…ん、ふむむむむ………」  
(だ、だめだ!こんなことに負けては…だめ!)  
はらわたをぐちゃぐちゃにされるような得体の知れない快感に、理性も敗北しかけていた。  
それでもなお、必死に抵抗を試みる。聖職者となるべく育てられた者の最後の意地だろうか。  
 
「ンム……、むン!んっ!んん…!んむぅ……」  
(…だめ!だ…めえ。た、助けて!助けて…)  
だが、それもわずかな時間だった。もはや理性の崩壊が始まるのを感じずにはいられない  
彼女は反射的に幼いころからの教えにすがろうとした。だが、父の教えによってセリエの心に  
宿された秩序と規律の象徴である光の女神は、今や身に纏う高貴なドレスをずたずたに裂かれ、  
純白の身体を剥き出しにして、敵対者による辱めを受け悶えに悶えていた。戒めの光によって  
愚かな人間を縛るはずの白い女神は、逆に暗黒の使い魔によって自らの四肢を束縛されて  
邪悪な責めを受け、力を失おうとしている。あろうことか、理性そのものであるはずの怜悧な顔は、  
現実のセリエと同じように背徳の悦びに歪んでいるのだった。なにかにしがみついて耐えようにも、  
すがりつくものさえ己の心には残されていない、セリエはそのことを悟った。  
 
「ふむン……っ、んむおッ!!んむむむーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」  
ついにイシュタルがアスモデの前に倒れ伏す、その像がセリエの脳内に結ばれたとき  
抑えていたものが一気になだれ込んで来た。秩序と規律は、汚辱にまみれた肉の快楽の前には  
無力だった。快感の黒い奔流が、力を失い、うつ伏せに倒れた裸の女神を乱暴に洗う。  
やがてその白い身体は濁流に溶ける様に呑み込まれていく。  
 
敗北の苦痛さえ感じられないほどの空白。ついにセリエは、悪魔の誘惑に屈してしまった。  
 
 

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