「群竹、手紙は?」
洗濯をしている群竹のところに浅葱がひょいと顔を出した。
「ああ、浅葱さま。今日はまだ、郵便屋が来ていないんですよ」
「今日は、って・・・昨日も一昨日も、先週からずっと、手紙、来てないじゃないか」
口を尖らし、不機嫌になる浅葱に群竹はふっと笑みをこぼす。
「タタラからの手紙をお待ちで?」
「何を馬鹿な事、言ってるんだよ。手紙は、って聞いただけだろ」
ふん、と背を向け、浅葱が部屋を出て行く。
群竹はその背を見ながら、目を細める。
タタラが日本を離れてもう10年になるだろうか。その間、日本は混乱し、戦は以前と変わ
らず絶えなかった。今は熊野を後ろ盾に隼が中心に立ち、ようやく混乱は治められようと
している。王族の男子はただ二人残して全て死に絶えた。外の国へと旅立った赤の王朱理と、蒼の王浅葱。
外国にいる朱理は勿論のこと、浅葱もまた政治の世界から離れ、今は田舎で作陶に勤しみ、
静かに暮らしている。タタラの手はずで浅葱の茶碗が海外へと紹介されたのはつい最近の
事。美しい藍色と緑色の陶器は海外で評判になり、浅葱の名は海外の風流人の間でじわじ
わと広がっている。タタラの手紙は頻繁に届くようになり、浅葱はそれを何より楽しみに
しているように見える。自分の陶器が評判になった事よりも、浅葱にとっては陶器のこと
で頻繁に届くようになったタタラからの便りの方が嬉しいようだ。
「まだ、浅葱さまのお心にはタタラがおられるのですね・・・」
群竹はそっと溜息をつく。
「ねぇ、群竹ってば!」
急に声を掛けられ、群竹はばさばさと洗濯ものを落とす。
「ミドリ!びっくりしましたよ、そのような大声で」
「ごめん、ごめん。だって何回も呼んだのに気付かないんだもの、群竹ってば」
首を傾げて、にっこりと微笑む少女はミドリ。迷子だったのか、捨てられたのか、浅葱が
育てた―――――勿論、群竹も一緒に育てたのだが―――――少女もようやく13歳。すく
すくと育ち、すらりと伸びた手足が美しい。薄茶色の髪は成長するにつれ、黒々とつやや
かになり、その漆黒の瞳と合わせてこのまま成長すればさぞや美しくなるだろう、と思わ
せる。性格は二人のどちらにも似ず、素直で明るく邪気がない。
「群竹ってば、また一人で洗濯なんてして。私が手伝う、って言ってるのに」
ミドリが群竹の手の洗濯ものを奪って、ぱんぱん、と叩いて干し始める。
「ミドリ。あなたは今、勉強のお時間のはずでは?」
「うーん、でも、こうやって群竹と一緒にいるほうが楽しいの。浅葱は全然、手伝わない
し。群竹一人じゃあ、可哀相」
しかめつらをしようと思うが、その無邪気な笑顔を前にして群竹も思わず微笑んでしまう。
「浅葱さまに怒られてしまうではないですか」
「じゃあ、私も一緒に怒られてあげる」
ミドリがぺろりと舌を出す。
陽光の下、二人は笑いながら庭いっぱいに洗濯ものを干す。白い布地がひらひらと風に舞
う。
「平和だなぁ、あいつらは」
浅葱は窓からきゃらきゃらと笑う二人の姿を眺めて、ふう、と溜息をつく。
「こっちはイライラしてるって言うのにさ。何だよ、タタラったら。今まで、毎週手紙を
くれてた癖にさ。どうなってるんだよ、全く。こっちは忙しい時間を割いて読んでやって
るって言うのに」
と、青い空に一点の黒い点―――――――それはどんどん近づいてくる。
「群竹、鳥さんだよ」
ミドリが指を指す。
浅葱はミドリが指差す方向をぼんやり見つめる。と、その視線が凍りついた。思わず窓か
ら身を乗り出す。ばさばさと羽音が近づいてくる。あれは―――――――――
浅葱は更に窓から乗り出し、待ちきれないかのように窓をくぐると外に下り、駆け出した。
背後で群竹が自分を呼んでいる声が聞こえる。浅葱はそれを無視して走った。
どこか懐かしい飛翔する鳥の姿。太陽を背に飛ぶ鳥を見上げ、浅葱は目を細める。鳥にば
かり気を取られていた浅葱は近づいてくる馬の蹄の音に気付かない。鳥がひゅうと降下す
る。視線を下ろすとようやく近づいてくる蹄の音に気付いた。遠くに煙るように見える、
馬に騎乗する姿。肩には、鳥をのせて――――
(まさか、そんな筈はない。ああ、でも----―――――――)
その姿が近づくにつれ、浅葱は鼓動が高まり、固まったように動けなくなる。
手を大きく振って、誰かが自分の名前を叫んでいる。
「浅葱ぃーーっ!!」
ひらりと馬から身を下ろすと、待ちきれないようにその人物は浅葱の方へと駈け寄った。
駆け寄る勢いもそのままに浅葱に抱きつく。反動で二人はどすんと折り重なって芝生に倒
れた。浅葱は己の体の上にいる女を見つめる。
「タ・・・タタラ?」
「浅葱、浅葱、浅葱!ああ、あんたったら全然変わらない!もっと顔を見せて、浅葱!」
浅葱は頬をぐいと挟まれ、顔を引きよせられた。すうっと気が遠くなる。
(―-----------これは、夢か?)
浅葱は自分の体の上で、笑顔で顔をくしゃくしゃにしながら、はらはらと涙を流す更紗を
ぼんやりと見つめた。
もう、誰も少年には間違えないだろう。そのふっくらとした唇、自分の頬に触れるほっそ
りとした指、浅葱は初めて会った女のように更紗を見返す。
が、そのきらきらと強い光をたたえる瞳が、他の誰でもない、タタラという事を物語る。
浅葱は夢見るように、無意識に更紗の顔に手を伸ばす。と、更紗の耳の方に触れた浅葱の
手が、カチンと冷たい石にぶつかった。
「ピアス」
「そうだよ、浅葱がくれたピアス。ずっと、ずっと付けてるんだよ」
鼓動が高まる。言葉を吐こうと思うが、浅葱の口は固まって動かない。
「浅葱?」
更紗がにっこりと笑う。そして浅葱をぎゅうと抱きしめた。
浅葱は目を閉じる。
浅葱はその柔らかな腕の中で、二人で駈けた、あの日々が急流のように押し寄せるのを感
じた。
更紗を抱く腕に力をこめかけた瞬間、浅葱はぐっと歯を噛み締めた。と、ぐい、と更紗を
自分の体から引き離すと、立ち上がってぽんぽんと土を払った。
「・・・タタラだって変わらないよ。いつまでも乳臭いまんまで、さ。大体、なんだよ、
いきなり押し倒したりして。子供みたいに。それで子持ちとはね、全く」
更紗はきょとんとするとぷっ、と吹き出した。
「浅葱、ほんとにあんた、変わらないね。そのしゃべり方」
くすくすと涼やかに更紗が笑う。ちらりと浅葱は更紗を見やって、眩しいものでも見つめ
たように視線をそらした。
「何の用だよ?連絡もしないで来るなんてどういうつもり?」
意地悪気に言う浅葱の声に更紗はにっこりと微笑む。
「ごめんね、会わない、って言われたら、嫌だった」
浅葱はゆっくりと視線を更紗に戻す。
「・・・まだ、ほんの少しの時間しか経ってない、あれから。いい思い出も、いっぱい。
でも悲しい思い出も、まだほんの最近の事みたいに、ある。私の顔を見たら、浅葱も辛い
事を思い出すかもしれない。でも。でも、会いたかった」
真っ直ぐに見つめる、その視線―――――――――
「会い・・・たかったって?僕に?」
浅葱がつぶやく。更紗は深く頷いた。
「うん。とっても。とってもとっても会いたかった」
浅葱が更紗に手を伸ばそうとした瞬間―――――――
「浅葱!」
ミドリはぎゅうと浅葱の服の裾を引っ張り、自分の方に引き寄せると更紗を睨みつけた。
傍らには群竹が立ち、静かに三人を見つめている。
「浅葱、この女の人、誰なの?」
どこか刺々しい口調でミドリが浅葱に問う。
「この人が、タタラですよ」
黙する浅葱の替わりに群竹がそっと答える。
「群竹に聞いてるんじゃないもん!」
更紗はその様子を最初はぽかんと眺めていたが、ふふ、と笑うとミドリの目線に合うよう
軽く身を屈めた。
「ミドリちゃん、よね?初めまして。私、更紗。浅葱の古い、お友達」
「・・・あなた、死んでる事になってるのに。どうしてここにいるの?」
「ミドリ」
群竹が諌めるようにミドリの頭をぽんぽん、と叩く。
「浅葱さまとタタラはお話があるようです。私たちは先に戻りましょう」
何か言いたげにミドリはちらりと更紗をもう一度見やったが、群竹に手をひかれ、あきら
めたように去っていった。
その姿を見送ると、ぷっ、と更紗は吹き出した。
「ミドリちゃん、妬いてるんだね」
「あんたに?何か勘違いしてない、タタラ?」
浅葱はぶすっとして続ける。
「小さい時はまだもう少し可愛気があったのに。最近は手に負えないよ」
「群竹さんから、ミドリちゃんの話を聞いた時はびっくりしたけど。でも、何かいいね」
更紗が浅葱の顔を覗き込んで言う。
「最初、『ママ』って呼ばれてたんでしょ?」
浅葱はかっと顔を赤くした。
「群竹かっ!群竹ってば、そんな事まであんたに言ったの?」
くすくすと更紗が笑う。
「浅葱の事、心配だったから。最初の頃、群竹さんに手紙いっぱい出してたの。群竹さん、
マメだね。律儀にいっぱい返事をくれた」
「僕は全然そんな事聞いてないぞ!」
「聖さんからもいっぱい手紙が届いたよ。浅葱が最初に焼いたお茶碗、一番に見せてもら
えて嬉しかった、って。那智からも、浅葱と仲良くやってるって」
「全然あいつらなんかと仲良くなんてしてないよ。どいつもこいつも全く・・・!」
更紗はそっと浅葱の手を握った。
「話したい事、いっぱいあったけど、何かどうでも良くなっちゃった。浅葱の顔、見たら・・・
胸がいっぱいで」
更紗は涙ぐむと、くすんと鼻をすすった。
「・・・泣き虫も、相変わらずなんだな」
浅葱はふん、と鼻を鳴らすとハンカチを更紗の顔に押し付けた。更紗は泣き笑いになる。
「浅葱は本当に変わらない・・・」
空はいつしか美しい茜色に染まっていた。
「ミドリ、何をそんなに不機嫌にしているのです?街に降りるのは好きだったでしょう?」
夕闇迫る山道を、群竹はミドリを乗せ、馬を駆る。前に座るミドリはずっと無言のままだ。
「浅葱、知らない人みたいだった・・・」
振り返ってミドリは群竹の顔を仰ぎ見て、問う。
「浅葱、どこにも行かないよね?ミドリと群竹と、ずっと一緒に居てくれるよね?」
「浅葱さまが何処に行かれると言うのです?」
「わからない、わからないけど・・・何か、寂しいの。変かな?」
「変じゃないですよ。そんな顔をしないで。ミドリは安心してて良いんです」
「本当に?」
「本当です」
にっこりミドリが微笑んだ。
「群竹は嘘をつかないものね。ミドリ、安心した」
ミドリが前を向くと、群竹は顔を曇らせた。
(浅葱さま・・・あなたには、守るべきものがあるのですよ。お忘れ無きよう―――――)
「群竹さんとミドリちゃん、何処に行ったの?」
「街に降りたんだ。ちょうど、お祭りをやってるみたいだし。ミドリは街が好きだから」
「ふーん?」
更紗は首を傾げると、テーブルにならんだおかずをつまむ。
「浅葱、料理が上手だね。全部、すごく美味しいよ」
「・・・そんな風にがっつかないでよ。綺麗に盛り付けたんだから、ちゃんとそういうの
も見て食べて欲しいよね、全く。あんたにそんな事言っても無駄だろうけどさ」
ふふふっ、と更紗は笑う。
「お腹空いてたんだもん。港に下りてから、ずっと休み無く走ってきたから」
「道理で。タタラ、あんた臭いよ。汗臭い」
「やっぱり!?自分でもそう思ってたんだけど・・・」
くんくんと更紗は自分の服の匂いを嗅ぐ。浅葱はそんな様子を見て、ふうと溜息をつく。
「もう、腹はいっぱいだろ。風呂にでも入ったら」
「いいよ、浅葱が入りなよ。背中、流してあげようか?」
「な、何言ってるんだよ。馬鹿じゃないの?」
軽く赤面して浅葱がぷいと横を向く。と、思いついたように浅葱は呟いた。
「そうだ」
「何、浅葱?」
「ちょっと歩くけど、温泉があるんだって。行ってみる?」
「温泉!?行きたい!」
「そう言うと思った」
肩をすくめる浅葱を更紗は微笑ましく見つめた。
「浅葱・・・ちょっと歩く、って・・・全然ちょっとじゃないじゃない!」
急な山道を歩く更紗がぜいぜいと息を上げる。
「タタラ、外国へ行って軟弱になったんじゃない?それに、なんか、太った?」
「太ってない!浅葱こそ・・・あれ、浅葱、なんか逞しくなったね」
「鍛えてるから。みっともないのは、嫌だ」
つん、と澄ましてずんずん前を進む浅葱。ちらりと振り返って更紗を見ると、浅葱は歩く
速度を少しだけ、落とした。
「・・・ほら」
浅葱は背中を向けたまま、手を更紗に差し出す。更紗はその手を握った。
「有難う、浅葱」
「ふん」
(浅葱、あんた、「触るな」って言ったよね、昔。今は、こうやって手を差し出してくれる
んだ・・・)
しばらく歩いて二人はようやく温泉にたどり着く。
「見て見て、浅葱!お猿さんが入ってる」
「誰かに似てるよな・・・」
ぼそりと浅葱が呟く。
「そうだね。朱理も温泉が大好きで、でも、ほら、あんまり向こうには無いから」
朱理、という名前が更紗の口から出るのを聞いて、ぴくん、と胸のどこかが痛む。
「・・・今、何してるの、あいつ。放っておいていいの?あんた一応、人妻なのに」
「朱理は今沖縄にいるの。志麻ちゃんと今帰人に子供が生まれたから、名付け親になるん
だって。仕事も一段落ついたから、ちょっと骨休めしてる」
(奴は、知ってるの?あんたがここにいる事を知ってるの―――――?)
浅葱はその問いを飲み込む。
「知らないよ、朱理は」
更紗はそう言って、浅葱の顔を真っ直ぐに見つめる。
「ううん、知ってるのかもしれないね。『昔の仲間に会ってくる』って言ったら、何も言わ
なかったから」
浅葱はぷいと背を向けると、岩場に腰掛けた。
「入ったら?上がるまで見張ってるから」
「いいよ、浅葱が先に入りなよ」
「ふうん・・・じゃあ、僕、あっちの方にいるから。灯り、二つあるから一個置いていくよ」
浅葱はすたすたとその場を後にする。
体が、熱い。
浅葱は湯に頭までつかると、その中で目を閉じ、ゆらゆらと揺れる水の中に身をまかせた。
息が続かなくなると、顔を出し、冷たい岩に顔を押し付ける。
「熱い・・・」
体が、胸が、熱い。
朱理と子まで成した更紗を、自分のものにしたいなどとは思っていない。
10年の時は、長く、自分の心も変わったはず。
なのに。
「何で、今更現れるんだよ・・・」
泣き笑いのような笑顔も、強い光を放つ瞳も、少年じみたほっそりとした体も変わらない。
(「一緒に行こうよ」)
「馬鹿な、事を言った・・・」
昔の事だ。更紗はとうに忘れてる。僕に会いに来たのもほんの気まぐれ。
くすりと浅葱は自戒するように苦笑する。岩に顔を押し付けたまま、ぼうっとする浅葱の
耳にちゃぷちゃぷと近づいてくる水音が聞こえた。
「浅葱?大丈夫?」
肩をつかみ、心配そうに見つめる瞳。
「タタラ・・・」
「のぼせたの?大丈夫?」
更紗が浅葱に近寄る。ぼんやりと浅葱は更紗を見て、呟いた。
「二回目だ」
「何が?」
「その粗末な胸を見るの、網走の時と、今とで。二回目」
ばっと更紗が胸をタオルで隠す。
「あああ浅葱ぃっ!」
浅葱はその腕を掴むと、更紗をじっと見つめた。
「どうして・・・」
浅葱は呟く。
「どうして、来たの?」
「だって、浅葱、あんまり静かだから倒れてるんじゃないかと思って」
生真面目に答える更紗を見て、浅葱はくすりと笑った。
(どうして、僕に会いに来たの――――?って聞いてるんだよ、タタラ)
浅葱は腕を引き寄せると、更紗をそっと抱きしめた。
「あ・・・浅葱?」
その細い肩に浅葱はそっと口づけた。更紗はじっと動かない。更紗の吐息が、浅葱の肩に
かかる。
(熱い―――――)
浅葱は更紗の唇に自分の唇を合わせた。更紗が一瞬体を堅くする。が、更紗は目を閉じた
まま、浅葱の腕の中に体を預ける。浅葱は、静かに体を離した。
「・・・どうして、抵抗、しないのさ」
「・・・そろそろ、上がろうか。あっちで服に、着替えてくるね、浅葱」
更紗の姿が湯煙に遠ざかる。夢のように、後姿がぼんやりと薄闇に消えていく。
更紗が岩場に座っている。近づいてくる浅葱に気付くと更紗は軽く微笑んで手を振った。
「あったまったね。ほかほかする」
「・・・この辺は夜、急に涼しくなるんだ。湯冷めしない内に戻るよ」
立ち上がった更紗がふらっと体を崩す。
「タタラ!」
更紗の体を浅葱が抱える。
「湯あたり、しちゃったみたい。ちょっと、くらくらするけど、大丈夫」
浅葱は無言で更紗の体に自分の上着をかけると、岩場に座らせた。
「浅葱が、風邪引いちゃうよ」
「僕は、結構頑丈になったんだよ」
二人は無言でしばらくその場に佇む。
「灯りが消えそうだから、戻るよ。歩けるの?―――って言っても、かついでなんてあげ
ないけど」
「もう、大丈夫」
浅葱が更紗に手を伸ばす。更紗は立ち上がって、その手をきゅっと握る。浅葱に手を引か
れ、二人はゆっくりと歩き出した。
「っくしゅん!」
「ほら、浅葱、やっぱり風邪引いたんだよ」
家に着くなり、浅葱はくしゅんくしゅんとくしゃみをし出す。
「お布団敷いてあげるから、浅葱、休んでて」
うるさいな、大丈夫だ、と言い張る浅葱を無理やり寝かしつけると、更紗はさっさと浅葱の部
屋から出て行った。
浅葱は瞼を閉じる。
会えば欲しくなる。言葉を交わせば、もっと傍に居て欲しいと思う。もう、何もかも遠い過去の
話だと、終わった事だと思っていたのに。
けほんけほんと咳き込み、熱っぽい体を持て余して、浅葱は寝返りを繰り返す。
と、かたりと襖が開き、更紗が盆を片手に入ってきた。浅葱の傍らに、そっと腰を下ろす。
「・・・ごめんね、起しちゃった?」
「・・・別に。最初から、眠ってないから」
浅葱はぷいと背を向けると、また咳き込む。更紗はその背中を軽くさする。
「浅葱、これ、ハーブティーなの。風邪にとっても効くんだよ」
更紗が枕もとの壁にたくさんクッションをあてがって、浅葱の背を起こしてやる。浅葱は黙ってハーブティーを受け取ると、ひとくち口に含んだ。
「苦…何、これ?」
「カモミール。カミツレ、って言うのかな、日本では」
「ふうん…」
浅葱はその香り強い茶をゆっくりとすする。一口飲む毎に、体が温かくなっていくようだ。
「相変わらず、薬箱だね、タタラは」
「昔の癖が抜けないのかなあ。今でも薬草とか、いつも持ち歩いてるの」
ふふっ、と更紗が笑う。
「でも、一番私の薬箱を使ったのは浅葱だよ。今だって、ほら、役に立ったでしょ?」
更紗は浅葱の手からカップを取ると盆に戻し、浅葱の胸まで布団をかけてやった。
「じゃあ、ゆっくり休んで。具合が悪くなったら呼んでね、隣の部屋に居るから」
浅葱は立ち上がろうとする更紗の手を掴んだ。
「居てよ」
浅葱は自分の口から出た言葉にびっくりする。でも、言葉は止まらない。
「ここに、居てよ・・・」
更紗は小首を傾げて、浅葱の顔を見つめると、すとんと枕もとに腰を下ろした。そして、浅葱
の手を軽く握る。
「眠るまで、こうしててあげる。昔、ナギによくこうして貰ったんだ」
(僕も、昔、してあげたよ、タタラ・・・・あんたは知らないだろうけどね)
「浅葱にも、こうしてもらったね」
浅葱ははっと更紗の顔を見る。
「ナギから聞いたの。あの時、浅葱、固まっちゃって大変だったね」
浅葱は顔を背けると、瞼をぎゅうと閉じた。
甦る。奔流のように駆け巡る、思い出。殺そうとした。共に戦場を駈けた。互いに刃を向け合
った。
(「ここはまかせたよ、浅葱――――」)
涙が、零れる。体が震える。
「どうしたの、浅葱。どっか痛い?あさ―――――」
浅葱は更紗を引き寄せて、ぎゅうとその胸に抱き寄せ、自分の体の下に組み敷いた。
「浅葱、何を――――――」
浅葱は更紗に口づける。余りに強い抱擁に、更紗は驚き、体を離そうとした。
「タタラ」
呼ばれて更紗は浅葱の顔を仰ぎ見る。
「浅葱・・・」
(―――泣いているの?)
浅葱の顔は痛みに耐えているかのように歪んでいる。涙が一粒、ぽつりと更紗の顔に落ち
た。更紗は浅葱の頬に触れ、そっと額に口づけると、浅葱を抱きしめた。
(――――浅葱を選ぶと言った。「タタラ」なら、地獄の底までつきあう、って言ったのに、
私は――――)
更紗の服は浅葱に簡単に取り払われてしまう。口づけは深くなり、あたたかい体に更紗は
包まれる。ほっそりとした指が、更紗の髪の毛をすく。腕は、力を弱めて背中を抱く。
更紗の首元に熱い吐息がかかる。浅葱の唇は左耳に触れ、耳朶のピアスごと甘く噛み締め
られる。唇は再び更紗の顔に戻り、口を塞ぐ。
更紗は自分が熱に冒されているように、頭がぼうっとする。ぼんやりと、浅葱の顔を見つめる。
片方だけのピアス。
私にくれた、あんたの心の片方。
心弱い、傷つきやすい子供。
誰かが言った。
更紗はたまらず、ぎゅうと浅葱を抱きしめた。
(泣かないで、浅葱)
胸に抱かれ、浅葱はその乳房に口づける。更紗は浅葱の髪の毛を優しく撫ぜる。浅葱の熱
い固まりが足に触れる。更紗はそれを愛おしく思う。そっと、それを手で包み込むと、更
紗は自分の中に導いた。
熱いものが体を貫く。浅葱が深く、吐息を漏らす。更紗の指は浅葱の背中と髪をゆっくり
と彷徨う。彷徨うごとに、浅葱の身体は熱くなり、更紗を貫くものも熱く、堅くなる。
浅葱が自分を突くごとに、更紗は頭の芯がぼうっとなるのを感じる。ゆらゆらと、水の中
を漂うように体がふわりと軽くなっていく。
それは、どこか神聖な行為のように更紗には思えた。
まるで、祝福を与えるように。
浅葱は更紗の中にすっぽりと包まれるのを感じる。しっとりと湿った、更紗の肌。濡れそ
ぼる、更紗の中。抱きしめているのは自分なのに、まるであたたかな毛布にくるまれてい
るかのように浅葱は安心し、ゆっくりと更紗の中を彷徨う。
きゅう、と更紗の中が締まった時、浅葱は自分を更紗の中に吐き出した。
浅葱はその瞬間、強く更紗の体を抱きしめると、何事かを呟いて、そのまま更紗の体の上
に崩れ落ちた。
静かな部屋に、浅葱の荒い息だけが響くのを更紗は聞く。どこかぼんやりとしながら、更
紗は浅葱の熱い体を抱きしめ、無意識に浅葱のさらさらとした髪の毛をゆっくりと撫でる。
「浅葱。体が、熱い、よ?」
浅葱は何も言わない。荒い息はいつしか緩やかな吐息に変わっている。
(眠ったの?)
更紗はゆっくりと体を離すと、布団から出ようとした。
浅葱の細い腕がそれを制する。
「――――眠るまで、居てくれるって言った」
ふふ、と更紗は笑って軽くそれを払って、布団の中に浅葱の腕をしまう。
「居るよ。でも、浅葱の風邪が心配。何か、冷たいものを持ってくるね」
更紗は立ち上がると、小さい足音を立てて部屋から遠ざかった。
浅葱はその足音を聞きながら、きっと戻ってこないだろうと思う。
同情なんて堪らない。
でも、同情でも良かった。
更紗の体の中、自分はどれ程幸せだっただろう。
数分前の出来事が、夢のように感じる。
この手は更紗の肌に触れたのか、この唇は更紗の肌へ薔薇色の刻印を刻んだのか、あの細
い腕は自分を抱きしめたのか――――――
思い返すごとに、それは遠ざかっていく。
浅葱は痛みに耐えるかのように体をまるめる。
きっと、玄関の扉が閉まる音がする。馬に駆け寄る更紗の足音が、駆け出す馬の蹄の音が
もうすぐ――――――
と、足音が近づいてきた。襖の開く音。人の気配が浅葱の方へとゆっくりと近づき、ひん
やりとした手が浅葱の額に触れた。
「汗、拭かないと」
更紗は絞った手拭で、浅葱の顔の汗を拭き始める。冷たいタオルの感触が心地よい。浅葱
はされるがままに、腕を取られ、背を起こされて汗を拭いてもらう。
「はい、お水」
更紗に促され、こくんと浅葱は水を口に含む。素直に自分に従う浅葱の様子に更紗は微笑
むと、そっと浅葱の体を横たえた。そして、その手を握る。
「―――――行ってしまうのかと、思ったけど」
ぽつりと浅葱が呟く。
「子供がいるの、二人」
更紗が浅葱の手を握ったまま語り出す。
「女の子と男の子の双子なんだ。最初、浅葱の名前をつけようと思ったよ」
ゆっくりと浅葱が更紗に顔を向ける。
「浅葱は私の大切な人。ずっとずっと、大切な人。それを、覚えていて欲しい」
更紗の手が、浅葱の髪を梳く。その手を浅葱は掴むと、手の甲に唇を押しあてた。
「・・・来てよ」
浅葱の言葉に更紗は首を傾げる。
「もう一度だけ、来て」
浅葱の手が更紗に伸び、更紗はそれに身を任せる。
浅葱は更紗を抱きしめると、その髪の香りをかいだ。
もう、こんな風に会う事はない。
こんな風に抱きしめる事もない。
タタラは人の記憶の中にだけ生き、自分が抱いているタタラもその夢の欠片。
浅葱は更紗に口づける。更紗は瞼を閉じ、無防備にその体を浅葱の腕の中に預ける。
更紗は感じる。
浅葱は、「タタラ」を抱いているのだと。
浅葱が体の一つ一つに口づける度に、思い出はそこから溢れ出し、共に駈けた日々が甦る。
この手は人を殺め、その手は血にまみれた。その日々を、浅葱は自分の身と引き換えに終
わらせようとした。蒼の王として、討たれ、滅びようと。
会って、何かを言いたかった訳ではない。ただ、会いたかった。その瞳が今は何を映して
いるのか、見たかった。
「浅葱、浅葱」
更紗はタタラに戻って呟く。
浅葱はその唇を塞ぎ、手は更紗の肌を彷徨う。更紗の唇は浅葱の首もとに触れ、小さく薔
薇色の染みを作る。
浅葱の細い優美な指が更紗の乳房を包み込む。柔らかなそれに、浅葱が口づけた。その頂
きの小さな赤く色づく果実を口に含むと、それを甘く噛み締める。噛み締められると、
更紗は背中にぴりりと電流が走ったかのように感じて軽く背をそらした。
漏れる吐息は浅葱の唇で封じ込められ、封じ込められる先から乳房はほっそりとした指で
揉みしだかれ、更紗は体をくねらす。口づけは甘く、深くなり、更紗は自分の体が熱くな
っていくのを感じる。
浅葱の指が更紗の中に入る。細い浅葱の指が自分の中でゆっくりと動く。動くたびに腰の
ずっと奥の方から熱いものがこみ上げていく。こみ上げるものは更紗に甘い嬌声を上げさ
せ、そして体の中からは熱い蜜を吐き出させる。熱い浅葱の体よりも、ずっと熱いものが
腰の奥でどくどくと鼓動を始める。
「タタラ」
浅葱が更紗の顔を両手で包み込む。
「僕のこと、忘れないで」
ああ、この顔だ――――――、と更紗はいっそ切ない気持ちになる。
どうして忘れられるだろう。いつも、いつも、心配しないでよ、と言いながらその顔は
あたたかい手を求めていた。冷たい言葉の後の、どこか後悔したような、顔。
更紗は浅葱を抱きしめると、その頬に、額に、唇に口づけた。
浅葱は瞼を閉じ、その接吻の一つ一つを胸に刻み付ける。
熱く堅くなった己を、浅葱はそっと更紗の体に差し込んだ。
ゆるゆると蜜を吐き出す更紗の中は、熱く、柔らかくそれでいてみっちりと、浅葱自身に
食らいつく。
それは快楽の手段ではない。
心を合わせること。
浅葱は更紗に包まれ、もっともっと一つになりたい、と己が動くのを止められない。
更紗は甘くしびれるような熱い奔流が自分の中を駆け巡るのを感じる。
浅葱が動くごとに、自分の中がきゅうと締まって、浅葱を引きとめようとする。
熱い体は自分のものなのか、相手のものなのか、二人は自分の体が何に触れ、どんな風に
動いているのかも判らない。
「タタラ、タタラ」
誰かが自分を遠くで呼んでいる。更紗は呼ばれるごとに、自分の中を貫くものが熱く、
堅くなり、そして勢いを増して自らの中に深く深く入り込んでくるのを感じる。
腰の奥の熱い凝ったものが、突かれ、どんどん大きくなって更紗の体中を痺れさせる。
更紗は無意識にぎゅうと浅葱の体を自分の方へと強く引き寄せ、深く口づけた。
浅葱は口づけに、身を解き放たれ、更紗の中へ一層深く入り込むと、抱きしめられるまま、
己の精を更紗の中へと放った。
浅葱は、崩れ落ちるように更紗の腕の中へ身を投げ出した。
更紗は子を抱く母のように浅葱を抱きしめ、その額に一つ、口づける。
「浅葱――――」
(忘れないよ、ずっと――――)
更紗の柔らかい腕に抱きしめられ、浅葱は一筋涙を流す。浅葱はすがるようにその胸に顔
をうずめると、そのまま深い眠りに落ちて行った。
暖かい日の光で浅葱は目覚めた。
がちゃんがちゃんと台所から音がする。
浅葱は起き上がろうとして、額にのせられた冷たいタオルに気付く。顔に触れると、熱は
既に引いている。
身づくろいを済ませると、浅葱は台所の方へと向かった。
「あ、おはよう、浅葱」
更紗が戸棚の高いところに、皿を取ろうと背を伸ばしている。
「何、やってるのさ」
「何って、朝ご飯―――――」
皿がつるりと更紗の手から滑り落ちそうになるのを、浅葱が更紗の体ごと受けとめる。
「ありがと、浅葱」
「朝からバタバタ何してるのかと思ったら。うるさくて寝てられないよ。このお皿だって
すごい高級なものなんだからね。割れたらどうしてくれるのさ」
更紗の手から皿を奪い取ると、ひょいとそれを戸棚に戻す。
「あんたは、座っててよ。見ちゃいられないから」
「でも、浅葱、あんた風邪―――――」
「治ったよ」
ぶすっと答える浅葱を見て、更紗は微笑む。
朝食の準備をする浅葱を、更紗はにこにことしながら見つめる。
「・・・何、見てるのさ」
「ううん、何か嬉しくって」
「ふん。変な奴」
浅葱は軽く赤面する顔を隠すように、背を向けると朝食の準備をし始めた。
「美味しいっ。やっぱり日本のご飯は良いねっ」
「朝から食べすぎなんだよ、タタラは」
「後片付けは私がするね。浅葱はしないんでしょう、後片付け?」
「・・・群竹か・・・」
あいつは何でそんな余計な事ばっかり、と溜息をつく浅葱を更紗は微笑ましく見つめる。
「ねえ、浅葱?」
「何だよ」
「今度、おいでよ」
浅葱は真っ直ぐに自分を見詰める更紗の視線を眩しそうに見返す。
「外国は広いよ。浅葱の大好きな綺麗なものもいっぱい。勿論、嫌な事もいっぱいあるけ
ど・・・でも、おいでよ、いつか」
浅葱は沈黙する。更紗は静かな声で繰り返す。
「いつか、おいで」
「・・・いつか、ね」
「ミドリちゃんと一緒に」
「一応、群竹もね」
「約束」
更紗は微笑むと、浅葱に手を差し出した。
「ふん」
嫌そうに、浅葱は握手をし返す。
更紗の微笑みが、暖かい日差しとともに浅葱を包み込む―――――
「それだけで、いいの?茶碗」
「うん。これだけあれば充分。浅葱の焼き物は向こうで本当に評判良いの」
「当たり前だよ。せいぜい高く売ってよね」
「そうだね。浅葱の旅行資金にする為にも」
更紗が浅葱の焼き物を丁寧に梱包して、荷物をまとめる。
「じゃあ・・・行くね」
「うん・・・」
「また」
晴れやかに更紗が笑う。
「いいよ、もう来なくて」
浅葱はぷいと顔をそむける。くすりと更紗が微笑む。
「そうだね、次は、浅葱が来ればいい」
浅葱はゆっくりと更紗に顔を戻す。更紗は、最後に浅葱を抱きしめると、その頬に軽く
口づけて馬の方へと駆けて行った。
「浅葱、本当だよ!いつか、おいでよ!」
馬の上から手を振る更紗。
浅葱は、それを見送る。そして、姿が見えなくなってからそっと手を振る。
「またね、タタラ」
浅葱の顔には微笑み。
爽やかな風が、浅葱の髪を揺らす――――――
たたずむ浅葱の耳に蹄の音が聞こえる。ぼんやりと眺める浅葱の目に、騎乗する二人の人
影が映った。
馬から小さい人影がひらりと下りると、浅葱に駆け寄って抱きついた。
「浅葱、ただいま!」
「ミドリ」
「ただ今戻りました、浅葱さま」
「群竹。もう、帰って来たの?」
「はい・・・ミドリの機嫌が悪くって。早く浅葱さまに会いたいと駄々を捏ねるものです
から」
はあ、と溜息をつく群竹にミドリがじゃれつく。
「ごねてなんかないよ。群竹が『浅葱さまはちゃんとご飯を召し上がっているでしょうか、
浅葱さまはちゃんと布団を掛けてお眠りになられているでしょうか、浅葱さまは、浅葱さ
まは』って、すっごーく心配そうだったから戻ってきたんじゃない!」
ミドリはにこにこと笑ってそう言うと、ふと真顔になって浅葱に向き合う。
「・・・道で、あの人とすれ違ったよ。タタラと」
ミドリが浅葱にしがみつく。
「笑ってた。またね、って手を振ってた。ミドリ、ちゃんと挨拶もしてないのに、笑って
くれた」
「ミドリ」
群竹がミドリの頭を軽く撫でる。浅葱はミドリの手を握って言った。
「また、会えるよ」
どこか、清々しい笑顔を浅葱はミドリに向ける。
「また、会える。今度、行ってみよう。ミドリにも、外の国がどんなだか、見て欲しい気
がするし」
「浅葱さま・・・」
「三人一緒で?群竹もよね?」
ミドリがにこにこと問う。
「群竹も。三人一緒で。群竹がいないと荷物持つ人間がいないだろ」
浅葱が意地悪そうに笑う。群竹はそれを見て、微笑む。
「ご飯を作ったんだ。二人とも、まだだろう?」
「わーい、浅葱のごはん!お腹ぺこぺこ!」
ミドリが家へと駆けていく。
「浅葱さま・・・」
群竹が浅葱に近寄ると、自分の首もとからスカーフを取り外し、それをふわりと浅葱の首
もとにかけた。
「差し出がましいようですが・・・ミドリにはそれは見せない方が」
浅葱は顔をばっと赤くした。更紗が残した、薔薇色の印――――
「ばっ、馬鹿。群竹!何を勘違いを―――――」
「いえ、私は何も。あっ、痛いですよ、浅葱さま。叩かないで下さい」
群竹は顔を赤くして怒る浅葱を見て、そっと微笑む。
(「三人一緒で」と仰って下さいましたね・・・)
「・・・お帰りなさいませ、浅葱さま」
深々と群竹が礼をする。
「お前が帰ってきたんだろう?変な奴。さ、腹が減ってるだろう?家に戻るぞ」
二人が並んで家へと歩きだす。
浅葱は一度だけ振り返ると、その青い空を見つめた。
(またね、タタラ――――――)
浅葱は微笑み、背を向けると家へと戻っていった。
<了>