「なぁ、菊音ー。なんだよ、この真っ赤な服」  
「文句は言わない!今日は私の言うこと聞くって約束したじゃない」  
「しかし、これは赤過ぎないか?」  
「いいから着る!」  
「……へーい」  
確かに約束はしたけれど、こんなに妙なものを着るハメになるとは思っていなかった。  
市松が溜息混じりに返事を返すと、菊音はちゃんと着替えてね、と念を押して部屋を出て行った。  
 
赤い上着に赤いズボン、そして赤い帽子。  
どれも裾には白くて柔らかい布が付けられている。  
ブーツとベルトは黒いが、どう見たって格好がいいとは言い難い。  
むしろ、滑稽と言った方が早い。  
孤児院の子供にプレゼントを配るために、何故こんな格好をしなくてはいけないのか理解に苦しみ、市松は思った。  
異国の祭りはおかしい、と。  
 
着替え終えてしばらくその場で待っていたが、菊音が来ない。  
市松は赤い帽子を持って部屋を出た。  
三角形の帽子の先に着いた白い球体を弄りながら縁側を通ると、角のある茶色い何かが馬車に何かを積んでいた。  
「なっ!?」  
さすがに驚いて声を上げると、その茶色い鹿のようなものがこちらを向いた。  
「あっ!お市さん。ちゃんと着てくれたのねー。似合ってる、似合ってる」  
角のある着ぐるみを着た菊音はそう言って笑い、自分の角を両手で持って、似合う?と小首をかしげた。  
はっきり言って、おかしい。  
しかし、その仕草がちょっとかわいくて、市松は笑って頷いた。  
「よかった……」  
菊音が少し照れて、自分の頬を撫でた。  
そんな菊音の頬に自分も触れたくて、市松は縁側から雪の上に降りた。  
「似合ってはいるが、菊音。なんだそれは?」  
「えー?トナカイだよ」  
「鹿かと思った」  
本当は頬に伸ばしたい手を角に伸ばし、市松は答えた。  
「うーん……確かに私も最初はそう思ったけど、でも、角の形が違うでしょ?」  
菊音が自分の頭の上の角を見ようとして首をかしげた。  
「そう言われると、そんな気も……」  
「もう。ちゃんとクリスマスの説明したのにー」  
そうは言われても、トナカイという鹿に似た動物が赤い服を着た老人の乗ったそりを引いて宙を飛び、子供たちにプレゼントを配って歩くなどという話をされても、ぴんとくる訳がない。  
 
そんな思いが顔に出たのだろう。  
菊音は頬をぷくっと膨らませると、馬車の荷台から何か白いものを取り出した。  
「もういいよ」  
”くりすます”を楽しみにしていたらしい菊音のぞんざいな言い方に、少し申し訳ない気持ちになったが、分からないものは分からない。  
異国の祭りにいつものペースを乱されて、菊音をなだめる言葉を捜していると、菊音が白いものを持った手をこちらに伸ばしてきた。  
「菊音?」  
「はい、これ、サンタさんの髭ね」  
一瞬期待した別のことを覆されて、またいつものペースが遠のいていく。  
「髭も付けるのか……」  
「そうよ。髭がなかったらサンタさんじゃないもの」  
「ふーん……」  
やはり理解しがたく、口を尖らせると、菊音の表情が不安そうになった。  
「お市さん、こんな格好するの、ホントはすごく嫌?」  
その表情を見て、ようやくいつものペースが戻ってきた。  
「まあ、嫌とまでは言わないけどな。菊音との約束だし」  
菊音から付け髭を受け取る。  
「やっぱり嫌なんだ」  
「そうじゃない」  
「でも、嫌そうだもん」  
やはり菊音は”くりすます”が好きらしい。  
再び頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。  
 
市松は髭を付けようとしていた手を止めて、身をかがめた。  
「何よう……」  
「くりすますも、ガキにプレゼントをやるのも、この格好をするのも嫌じゃない。でも、俺もプレゼントが欲しい」  
「えっ……あ、い、一応、お市さんの分も用意して、ある、よ?」  
予想外の答えに、嬉しくなって顔が緩みそうになったが、それを抑えて市松は、  
「お、何?」  
と尋ねた。  
菊音が目を逸らす。  
「な、内緒。帰ってきたらね!」  
「へー。当ててやろうか?」  
「当たらないもん」  
「いーや。当たるな」  
姿勢を戻して反り返り、にまりと笑って見せると、菊音が見上げてきた。  
「へー。じゃあ、何よう」  
「ずばり、菊音だ」  
思ったとおり、みるみるうちに菊音の顔が真っ赤に染まっていく。  
「ばっ、ばっ、バカー!!そんなわけっ……」  
「なんだ、違うのか。俺は欲しかったのになー」  
「もうっ!お市さん、ホント、そればっかり!!」  
そう言って勢いよく回れ右をした菊音をすかさず捕らえると、トナカイの角が鼻に当たった。  
それでもめげずに、後ろから両腕で菊音を抱きすくめると、菊音の動きがぴたりと止まった。  
「いいじゃーん。帰ってきたら、頂戴」  
「や、やだもん」  
「ちぇっ。どうせ嫁に来るのにー。俺はプレゼントとして、俺をやるぞ?」  
市松がそう言うと、目の前にある小ぶりな耳まで赤みが増した。  
 
こういう反応を見るたびに、押し倒したい衝動に駆られてしまう。  
それでも菊音が嫌だというなら、いいと言うまで我慢しよう。  
市松は顔を傾け、  
「じゃあ、今日はほっぺただけ貰っておくな」  
と頬に唇を落とし、菊音を解放した。  
「う〜〜〜〜」  
頬をさすりながら、小さく唸っている菊音を見ながら、にやけている口元を隠すように髭を付け、  
「菊音ー。そろそろ行こうぜー」  
と言うと、菊音がこちらを向いた。  
「もー。お市さんのせいで時間に遅れそうじゃない!」  
確かに時間に遅れるのはまずい。  
季節行事ともなれば、紫の上も来るはずだ。  
「……そうか、すまん」  
付け髭のせいでもぞもぞとかゆい頬をかいてあやまると、トナカイが近づいてきて両手でサンタクロースの襟を掴んだ。  
「おっ、おっ、お詫びに、プレゼント、貰うからねっ!」  
言葉と同時に襟をぐいと引かれ、思わず前かがみになった市松の唇に髭と菊音の唇が触れた。  
柔らかいぬくもりはすぐに離れてしまい、髭だけが唇を撫でていた。  
「き、菊音。もっかい。髭が邪魔だった!」  
市松が伸ばした手をすり抜けると、菊音はあかんべえをして、  
「早くしてね、サンタさん」  
と、馬車の荷台に乗り込んでしまった。  
「えー」  
「えー、じゃなくて!上さまに怒られても知らないからねー」  
馬車の中まで菊音を追おうとしたけれど、確かに紫の上より後に着くはまずい。  
市松はしぶしぶ、けれど付け髭の下で口元を緩めたまま、御者席に乗り込んだ。  
 
(了)  
 

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