今日もお市さんに抱きつかれてしまった。
しかも後ろから。
最近のあたしは隙だらけだ。
更紗ちゃんたちのおかげで前よりは落ち着いた国になったと思うけど、物騒なことに変わりはない。
前みたいな危険な任務はほとんどないけど、一応まだ隠密っぽいことすることもあるのに……。
こんな隙だらけでいいのかな。
「あーあ」
あたしは思わず声に出してため息をついてしまった。
誰も居ない部屋なのに、今のを聞かれていなかったかと慌てて周りを見回してしまう。
ホントに、いつからこんなに隙だらけになっちゃったんだろ。
お市さんが、隙あり!って抱きついてくるたんびに、恥ずかしいのとは別に、そんな隙を見せている自分に戸惑ってばっかりだ。
あたし、いつも何考えてるんだろう。
お布団を敷きながら、あたしはお市さんに抱きつかれた時、何を考えていたのかを思い出そうとした。
「えーっと、そもそも今日は、再来週ある鹿角との会議の段取りを決めるために、紫御殿に行ったのよね」
自分自身に言い聞かせるみたいにして、口に出す。
「それで、その時の護衛につく人たちに持ってもらう新兵器でも開発しようかと思いながら歩いててー」
掛け布団を広げ、押入れの中の枕に手を伸ばす。
「お市さんが護衛隊長のはずだから、お市さんにも何か作ろうかな、って……」
あたしはそこで思い出した。
枕を抱えて、壁に寄りかかる。
あたしはそこから、ずっとお市さんのことしか考えてなかった。
作ろうかな、って思ったけど、作ったらきっといい気になるからやっぱりやめよう、って考えた。
お市さんの腕なら、ぽっと出の暗殺者なんて簡単にやっつけられるし、って。
でも、お市さんは短気ですぐにキレるし、そうすると思いもかけなくドジをしたりするかもしれないから、
やっぱり作ろうかな、とか、やっぱりやめようかな、やめてあたしも一緒に護衛に回ろうかな、とか、
でも一緒に行くって言ったら、やっぱりまたいい気になっちゃうだろうな、とか。
ずっとそんな事を考えながら歩いてたら、
『隙ありっ!』
って抱きつかれたんだった……。
すごくびっくりして声を上げたら、
『そんなに嬉しかったか?』
「って、嬉しいわけあるかー!!」
枕を反対側の壁に投げつけてみたけど、あたしは恥ずかしくって、どうしていいか分からなくって、でも、ドキドキしてた。
毛皮の上からでも分かるお市さんのおっきな手があたしの肩をしっかりを捕まえてて、
そんなに太くないくせにめちゃくちゃ筋肉質な腕ががっちりあたしを抱きしめてて、
背中には大きな腕が当たってて、耳にはお市さんの唇が触ってた。
顔が熱くなってくる。
お市さんの感触があたしの胸に、肩に、背中に、耳に湧き上がってきて、あたしの心臓はまたドキドキし始めた。
「あー!もうっ!明日も早いんだから、寝る寝るっ!」
動悸を誤魔化そうとそんな風に口に出して枕を拾って、お布団に潜り込んでみたけど、一度強く打ち始めた心臓はなかなか落ち着いてくれない。
敷布はひんやりしてるのに、顔はどんどん熱くなっていく。
ぎゅっと目を閉じて、他の事を考える。
こないだ作ったカラクリ人形はまた失敗。
どうして歩いている途中で壊れちゃったんだろう?
ごろりと寝返りを打って、壁を見る。
やっぱり胴体が重すぎたのかな。
お市さんが馬車まで運んでくれたから助かったけど、あたし一人じゃ運ぶのがちょっと無理だったもんね。
お市さんは軽々と運んでたなあ。
嫌な顔も見せずに。
でも、ご褒美が欲しいとかって……。
あたしはまたお市さんのことを考えてた。
他にも色々、お市さんとは全く関係ないことを考えようとしてみたけど、結局行き着くのはお市さん。
分かってる。
あたしの頭は完全にお市さんに侵食されてるんだ。
「ババコンなのに……」
そんなことは関係ないし、実際はそんなんじゃないって分かってるけど、あたしの口から出るのはいつでも否定形。
どうして素直になれないんだろう。
お市さんはあんなにアプローチをしてくれてるのに。
と思いながら、アプローチを通り越してるお市さんの言動を思い出したら、笑いがこみ上げてきた。
なのに、目の前がじわっと滲んで、目じりから涙が落ちて枕に染みた。
「あれぇ……?」
パジャマの袖でごしごし目を擦ったけど、涙は後から後からこぼれてくる。
悲しいのとは違うのに、なんでだか涙が止まらない。
「ああ……」
あたしは、まだ“かさね”と名乗っていた頃、更紗ちゃんと話したことを思い出した。
悲しいのと違うのに、泣けちゃうことってある、ってことを。
そうか、あたしは自分で思ってる以上にお市さんが好きなんだ。
そう気がついたら、またぼろぼろ涙が出てきた。
もしかしたら、お市さんがあたしを好きだと思ってくれてる以上に、あたしはお市さんが好きなのかもしれない。
すごく無意味な比較が頭に浮かぶ。
でも、だから、今の距離がちょうどいい。
これ以上近くなったら、あたしがしてきたことがきっとばれちゃう。
そしたら、お市さんはあたしを嫌いになるかもしれない。
嫌われるなら我慢できるけど、軽蔑されたらきっと死んじゃう。
今まで、思ったこともないようなことが、次から次と頭に浮かんできた。
前にあったことは無かったことに出来ないなんて、よく分かってるつもりだったけど、
それでも、やっぱり、無かったことにしたいことはある。
あたしは久しぶりに、昔、侍女としてもぐりこんだ先でのことを思い出した。
任務としては大したことじゃなかった。
アル中変態オヤジの動向を逐一報告する。
それだけのことだった。
相手は金があるだけのバカな貴族だったから、命にかかわるようなことは何もなかった。
ただ、変態のお付き合いはほぼ毎晩。
その時はそれが任務の一部だと思ってたし、そう教育されてたから、別になんとも思わなかった。
今更そのことが首をもたげてくるなんて、思ってもいなかった。
お市さんの強烈なアプローチを拒んじゃうのは、もしかしたらそれが原因だったのかもしれない。
もし、受け入れたら、やっぱり、……やっぱり、たぶん、する、よね……そういうこと。
傷数えろ、とか言ってくるし。
涙の跡を指でこすりながら考える。
少し顔が熱くなる。
ドキドキする。
お市さんはどうやって触ってくれるんだろう。
きっとちゃんとキスとかするんだろうな。
耳に触っていたお市さんの唇の感触を思い出しながら、自分で自分の唇をなぞる。
普通は道具とか、使わないって聞いたけど、使わないよね?
すごくバカなことを考えてると思う。
でも、あたしのことを嫌いにならなかったら、軽蔑しないでいてくれたら、ちゃんと普通にしてくれるのかな。
胸、おっきくないけど、いいのかな。
貧乳マニアとかでもないよね。
あのオヤジは少し膨らんできたらお払い箱にしてくれたけど……。
そういえば、さっき抱きつかれたとき、ちょっと腕が触ってたけど、どう思ったんだろ。
あんまり意識してなかったかな。
ちょっと触ってみる。
ない、とは言えない……よね。
前に会った茶々さんほどしっかりしているわけでもないけど。
やっぱり、胸とか触られるんだよね。
揉んだりとかされるのかな……。
お市さんの大きな手が頭に浮かんだ。
「っ……」
自分で触っていたくせに、お市さんに触られたような錯覚に囚われてあたしは思わず息を呑んだ。
慌てて手を離そうとしたけど、胸の先っぽがパジャマに擦れてあたしの身体は勝手に跳ねた。
硬くなってる……。
パジャマの上からそっと指で撫でてみると、やっぱり硬い。
お市さんのこと、考えたから?
感じてると、こうなるって言うけど、そうなのかな。
そしたら、お市さんになんか言われたりとかするのかな。
『菊音、感じてるだろ』
とか。
お市さんの声が耳に響いて、あたしはまた慌てた。
いつの間にかお市さんとしてるところを想像してる。
さっきまでは、ばれたら嫌われちゃうとか考えてたくせに、嫌われないっていう前提でこんなことをしてる
自分に気がついて、あたしは慌てて遊んでた左手で胸に触ってた右手の手首を押さえた。
両手を握り合わせて、ぎゅうっと目を瞑る。
しばらくは何も考えない、何も考えない、ってそれだけを頭の中で繰り返したけど、それは無理で、
あたしはまたいつの間にかお市さんのことを考えてた。
あたしはお市さんの腕の中で、何にも知らない女の子みたいにただじっとして、
お市さんがくれるキスにただ答えるだけ。
キスなんてまともにしたこともないのに、お市さんに唇を啄ばまれてるところを想像してる。
お市さんはやっぱり慣れてて、それは少し残念だけど、でもそのおかげで優しく服を脱がせてくれる。
『きれいだな』
とか、安っぽい小説みたいなセリフを時々言われて、笑っちゃうけど、でも嬉しくなる。
首とかにもキスして欲しい。
ただの想像なのに、あたしの勝手な妄想なのに、心臓だけじゃ物足りなくて、
あたしの身体は耳の下の動脈さえもどくどくどくどくと強く打っていた。
「お市さん……」
呼んだらお市さんはきっと優しい顔で、でもきっとちょっと意地悪な顔であたしのことを見てくるんだろうな。
『どうした、菊音?』
って。
きっと、分かっててもそうやって聞くんだ。
身体が、……あそこが、熱いよ。
言わないと駄目かな。
そもそも、言ったら……さわ、さわ、……さわって、くれるのかな。
バカなあたしは想像の中なのに、どもってしまった。
パジャマの中に手をしのばせる。
触ってほしいよ。
自分で触れ、とかそんなことは言わないよね?
ああ、ホントに私は普通を知らない。
侍女の間で回されてた変なロマン小説で読んだ嘘臭い知識しかないんだ。
それなのに、身体は触られたら、そういう状況になったら十分反応するようになってる。
最低だ。
そう思ってるのに、まだ頭の別の部分ではお市さんのことを考えてる。
あの指が身体を撫でながら、……あそこに触ってくるのかなあ。
ぱんつの上から?
それともいきなり中に入れちゃうのかなあ。
とりあえず上から撫でてみると、もうすっかり染みててあたしの頭は、またお市さんの声を勝手に作り上げる。
『菊音、もうこんなになってるじゃん』
「お市さんのせいよ」
言ってみたいセリフを口に出して言ってみる。
そういう身体に仕立てられたからじゃなくって、お市さんが好きだからこんなになるんだ、って思いたいから。
言ったらお市さんはどう答えるんだろう?
なんでだか、今度は想像できない。
『嬉しいよ』
なんて、小説の主人公みたいなことは言わない気がした。
先が想像できないのは、そんなことにならないって、心の奥では諦めてるからかもしれない。
「ふ、……うっ」
もう何も考えたくなくて、あたしは指を動かし始めた。
枕に顔を埋めて、お市さんの顔だけを思い出しながら、ぬるぬるになってしまったところを指で往復した。
「んっ…う……あ、くっ」
もどかしさが募って来て、耐え切れずに指を入れる。
「ん、くっ……」
咽の奥から漏れる声を押し込めようと、唇を噛み締めて身体が一番欲しがるところを何度も刺激するうちに、
あたしは簡単に上り詰めてしまった。
しばらくそのまま、ぼうっとしていたけど、やっと動こうっていう気になったから、あたしはお布団から這い出した。
枕元に置いてある鼻紙で冷たくなった指を拭う。
なんだかすごく空しい。
空しすぎて涙も出なかった。
お市さんのことを考えながら、こんなことをしたなんて自分でもいまいち信じられない。
自分のことなのに、なんだか別の世界の出来事みたいな気がしていた。
それでもくしゃっと丸められた鼻紙と、感触が悪くなってしまった下着は、
今したことが現実のことだって物語っている。
またお市さんに知られたくないことが増えてしまった。
あたしは大きくため息をつくと立ち上がってお手洗いへと向かった。
(了)