「更紗……」
嫌がるあたしの首に散々キスしたり、舐めたり、噛んだりしてた朱里が
それまでの行動をぴたりとやめて、どこか不機嫌そうな声を出した。
「……なに?」
朱里のせいで頭がくらくらしてるのと、距離が近すぎるせいで朱里の表情はイマイチ良く分からない。
ただぼうっと目の前にある形のいい顎を見てると、それが動いた。
「前々から思っていたんだが、なんなんだ、このピアスは」
「……ピアス?」
「そう。なんで蒼いピアスなんかしてるんだ、おまえは」
「あお……」
朱里の言葉を反復するみたいに呟いてから、あたしはようやく朱里が何を言っているのかが分かった。
左の耳にしてる蒼いピアス。
あたしがまだタタラとして国王軍と戦っていた時、その戦いのさなか、
浅葱がタタラ軍を去る時、あたしに残していったものだ。
国王の正式な跡継ぎとしてあたしの前に立った浅葱と対峙した時、耳につけて以来、
ずっと着けっぱなしだった。
それを鏡で見ると、その時のことや今の浅葱のことに思いを馳せたりはするけど、
基本的には着いてるのが当たり前になってたから、最近じゃほとんどそれを意識することがなかった。
あたしはなかったんだけど、朱里はそうじゃなかったらしい。
口をへの字に曲げると、あたしから身体を離してしまった。
朱里が腰を落としたせいでベッドが軽くそっちの方に沈んだ。
「……浅葱からもらったんだよ。前に」
朱里は浅葱が嫌いだ。
詳しく説明すると大変なことになると思ったから、あたしはそれだけ言いながら身体を起こした。
だいぶ恥ずかしくなくなったけど、まだなんとなく裸をまともに見せられなくて、
毛布で身体を隠してから朱里の方を見ると、案の定、朱里は眉間に皺を寄せていた。
朱里は苛立たしげに右手の拳で自分の膝を叩くと、あたしが予想した通りのことを言った。
「そんなものは外せ!」
浅葱も朱里のことは嫌いだとか言ってた気がするけど、ホントこの二人は仲が悪いな。
仲良くして欲しいのに。
なんて、言えないけど。
それはさておき、外せと言われても、身体に馴染んでしまったものを外すのは、意外と簡単じゃない。
「……いいじゃない、別に」
「良くない」
無駄だろうとは思ってたけど、やっぱり……。
どうしても外したくない、っていう訳じゃないけど、出来ればこのままにしておきたい。
うっかり外して、失くしたりするのは嫌だから。
「どうしても?」
「どうしても」
真顔で目を逸らさないで言ってくる。
タタラと赤の王として、こうやって視線を交わしたことは何度もあったけど、
更紗に戻ってからのあたしは、朱里のこういう視線に弱い。
ドキドキして、じっと見詰め合ってるのが照れくさくなる。
その動悸を誤魔化すために、どうして?と不毛な質問をしようと思ったら、朱里の方が先に口を開いた。
「オレが抱く時は、他の男からの物は身体から外せ」
すごく意外な言葉だった。
これっていわゆる、やきもち?
なんだか、体中がくすぐったい感じで顔がにやけてくる。
あたしはすごく嬉しくって、身体を乗り出した。
「ねえねえ、じゃあ、じゃあ、例えばハヤトからもらった物でも?」
「当たり前だ」
「サカキさんからのでも?」
「そうだ」
「ナギでも?」
「当然だ」
「角じいでも?」
「なんでそんなにしつこく聞くんだ!」
朱里は火でも吐きそうな感じで声を大きくしたけど、あたしの嬉しい気持ちは大きくなるばっかりだ。
「普段はしてていい?」
「…………」
朱里の眉間にまた皺が寄って、『ホントはやだ』っていう心の声が聞こえた気がした。
でも、その時はその時でまたこうやって話せばいいや。
あたしは朱里の唇に軽いキスをすると、ピアスを外した。
それをベッドの横のテーブルに置くと、朱里がやっと納得したみたいな顔になって、右手を伸ばしてきた。
あたしを抱いてくれるただ一本の腕。
こうやって差し伸べられるたびに、あたしの胸は愛しさでいっぱいになる。
自分の手を重ねて朱里の左膝に腰を下ろす。
朱里は色々しようとして、色んな風にあたしを座らせたり、寝かせたりするけど、
あたしはこの場所にいるのが一番好きだ。
あたしの身体を支える腕がない朱里の変わりに、彼の首に手を廻して自分の重さを支える準備をする。
時々、解けちゃうんだけどね。
何度か軽く唇を啄み合ってから、遊ぶみたいにして舌を絡めるうちに、あたしの中の世界は朱里だけになっていく。
他のことは何にも考えられなくなって、あたしは身体中で朱里を求めるようになる。
今日はやきもち妬いてくれたりなんかしたせいか、いつもより余計にそうなってる気がする。
ああ、あたし、ホントに朱里のことが好きでたまらないんだな……。
右腕だけでも、朱里は十分にあたしの心も身体も包んでくれる。
胸が触れ合って、大きな右手に身体を撫でられるだけで、あたしは幸せな気持ちでいっぱい。
朱里、好きだよ。
キスしてて、口でそれを言えないけど、代わりに自分から唇や身体を押し付けてみたりして、
それを伝えようとすると、朱里はちゃんとそれを感じ取ってくれる。
キスが深くなる。
首を攻められてたせいで熱くなってた身体がまた、さっき以上に熱くなってきた。
ただ抱き合ってるだけじゃ我慢できなくなってきてる。
こないだ朱里が言ってたみたいに、あたしから触ってみようかな……。
どこをどうやって触ろう。
って考えてたら、朱里の手が耳を触ってきた。
さっきまでピアスがあったところを指で触ってる。
「ぁ……だめ……」
くすぐったさに思わず顔を離してしまったのに、朱里はやめるどころか、耳全体を指先でくすぐってきた。
「……しゅ、りっ!」
やだ、くすぐったい、ぞくぞくする。
身体に力が、入らない……。
「手、やぁ……」
頭がぐるぐるして、どうにかなっちゃいそうで、やめて、って頼みたいのに、変な声しか出てくれない。
どうにか腕に力が入れられたから、身体ごと離れようとすると、朱里の顔が見えた。
涙のせいで滲んで見えた顔は、不敵に笑ってる。
まだ何かするつもりなのかと思ったら、朱里は自信たっぷりの声で言った。
「消毒してやる」
「……へ?」
言ってることが分からなくて、気を抜いてしまった瞬間、今度は朱里の唇が耳を含んだ。
熱い息が耳に入ってくる。
「あっ……ぁあうっ!!」
「あいつのピアスなんかが着いてたんだからな」
「やうーっ!……あさぎっ…は、バイキンじゃ……」
バイキンじゃないのに、って言おうとしたけど、今度は耳たぶに舌が触ってきて、
そのざらついた感触のせいで、あたしは言えないままベッドに押し倒された。
「どんどん敏感になっていくな」
飛んでた意識が戻ってきたあたしの顔を上から見下ろしながら、朱里は嬉しそうに言った。
「朱里のせいでしょ」
覗き込んでくる朱里をじとっと睨んだけど、朱里は更に嬉しそうに笑って、
そんなあたしの瞼にキスをした。
まだ身体中が熱い。
朱里がキスをくれた瞼がひときわ熱い。
心臓も、まだどきどきしてて、左の耳はまだなんだかくすぐったかった。
あたしからもキスがしたくなってきて、口をちょっと尖らせると、
朱里は顔を寄せてきて、あたしからのキスを受けてくれた。
二人でくすくす笑いながら軽いキスを繰り返す。
またキスが深くなってきたけど、気にしない。
あたしは朱里に首に腕を絡めた。
お腹が空くか、眠くてどうしようもなくなるまでには、もう少し時間がありそうだ。
(了)