「できちゃった」  
 あたしの恋人はまるで不審なものを見るみたいに、あたしを見返した。  
「……何が?」  
 あほかい。  
「んもー、決まってるでしょちまき。できたっていったら子どもがよ」  
 今度はちまきは正座したわたしの身体をまじまじと眺め回し、お腹に目を留めて  
「子どもぉ!?」  
とすっとんきょうな声を上げた。  
「うん、子ども。赤ちゃん」  
 ちまきはわたしのお腹を指差してぱくぱくと口を開け閉めする。  
「オレの!?」  
 あんた以外に誰がいるっていうのかしら。  
「いてっ」  
 思わず、叩いてしまったじゃないか。  
「……マジ?」  
「うん、マジ。生理も来てないし」  
「だからって……」  
「医療クラスのあたしがいうんだから、間違いありません」  
 そうはいっても、大丈夫、と言ってしまったのもあたしだったりするのだが。  
「まつりちゃんが最近冷たいの、もう僕が嫌になったからかと思ったよ」  
「そんなわけないじゃん。迷ってたの。いろいろ」  
 今は大事な時期だから。  
 ちまきは黙り込んで、もう一度あたしをじろじろ見渡して、最後ににやっと笑った。  
「じゃ、2人一緒に外に出る?」  
 さすが、ちまき。  
 大好き。  
 
   
 揃って卯浪先生に報告に行った。  
 卯浪……先生は、口を開け、オーマイガッという感じで机をとんとん叩いた。  
「茅巻に茉莉……この時期にか」  
「はい。十七になっちゃって、最終テストまであと少しでしょうし、形式は発表されてないけど、当然実技もあるんでしょう?  
 流れるのは嫌だから」  
 あたしは医療と火のクラスを選択している。  
 傷つける方も治す方も、人体のプロフェッショナルになりたかったんだけど、火は格闘技なんかもテストに含まれるんだろうし、  
こうなってくるとマイナスだ。  
「茅巻は一緒に行く必要はないんだぞ。お前が孕んだんじゃない」  
 卯浪先生の……もう、呼び捨てでいいや、卯浪のこういうところがきらーい。  
 ちまきもかちーんときちゃったみたいだ。  
「僕の子ですから。これから外で一緒に生きていきたいんです。家族として」  
 うわー、じーんときた。  
 家族。いい響き。あたしたちにはないものだもの。  
 あたしは調子に乗って、後に続けた。  
「はい! 私たちは外でしっかりやっていくことを誓います! ここのことは一切口外しません!」「当たり前だ」   
 卯浪ははーっとわざとらしいため息をついた。  
「まったくお前らときたら、なんのために育てられたと思ってるんだ」  
 恋に落ちちゃったんだから、仕方がないんじゃないんでしょーか。  
 あたしとちまきは小さい頃同室だった。  
 そのうち、部屋は男女分かれて2人部屋になって、13歳になったら専門クラスも始まって、食事の時間も自由になって、  
めったに会わなくなってしまった。  
 ちまきは風と土という対文字通り風土特化の取り方で、あたしとはかぶらなかったのだ。  
 それまではなんとも思ってなかったんだけど、会えなくなったら寂しくなった。  
 でも、割と最近まではえっちは我慢してたんだよ。  
「まあいい、脱落しろ」  
 あたしたちは2人して、手を叩き合った。  
   
 荷物をまとめて、車に乗り込んだ。  
 持っていくものは驚くほど少なくてほとんど手ぶらだった。  
 私物、ってものがあたしたちにはほとんどなかったのだ。  
 お別れも言えなかった。隣でちまきが  
「もう一回、あゆちゃん見たかったなあ」  
とか言い出したのでどつきたおす。口に出さないでよね。  
 あたしも安居くんにお別れ言いたかったけど。  
 助手席の要さんがこちらを向いて笑う。  
 運転手は卯浪だ。  
「そうだ。聞いておきたいんだけど、妊娠したのは事故? 故意?」  
 走り出してすぐの要さんの問いに、あたしとちまきは顔を見合わせた。ちまきちゃんが口を開く。  
「まつりちゃんが、妊娠しない薬も飲ませられてるんだろうとかいうから」  
「ほう。そりゃまたどうしてだ」  
 卯浪が口を挟んできた。  
「なんだったっけ、まつりちゃん」  
 これが最後と思うから、卯浪にもまあ付き合ってやることにする。  
「先生たちとしてはあたしたちの生殖機能をチェックしておきたいはずなのに、月に1個しか避妊具くれなかったでしょ?」  
 1人1個で、2人で2個だ。夜通し一緒にいるのはOKなのに、これって少ない。  
 闇の物々交換市場の相場では常に上位だった。相手のいない男の子たちが意地を張るからだ。  
「涼くんと虹子ちゃんが……この2年くらいだっけ?   
 あれだけずっと一緒にいて、一月にゴム2個で済むはずないでしょ。  
 妊娠しない体質ならとっくにはねられてるだろうし、てことは何かあるのかなと思ったの」  
 
 涼くんは何度もトップを取ってるから当然一人部屋で、虹子ちゃんとの関係もかなり自由が利く。  
 2位以下しか取れないあたしたちが夜に一緒にいたいときは、ルームメイトに話を通して別の部屋に移ってもらう、  
ていうかなり恥ずかしい手続きを踏まなければならない。  
 またはカップル同士で部屋交換するとか。  
 逆にだから2個で足りさせることも我慢次第で可能だったわけだけど、あの2人はそんなもんじゃない頻度で会っている。  
「だからね。コンドームはブラフであたしたちの忍耐力を試してて避妊用には本当は何か別の手があるんじゃないかな、って思ったの」  
「例えば?」  
「もしかしたら、毎日の薬に、カプセルの外側は同じだけど、中身が男女で違う薬があるんじゃないかな、と。  
 僕もそれ聞いて納得したんです」  
と、ちまきが後を引き取った。あたしはつい、弁解する。   
「医療クラスでカプセルの中身の分析なんてしないもの」  
 医療クラスで薬といったら、自然の中で使えるものを覚え、探せるようになるのが主だ。  
 今、出回ってる薬品については知らないことも多い。解析できる設備もないし。  
「方向的には間違ってないんだけど……惜しかったね」  
 ぼこぼこのろくに舗装されていない道を走りながら、要さんの口調は滑らかだ。  
「生殖能力がないのは困るけど、やっぱり自制心も必要なんだよ」  
「まつりが裏読みしすぎたってことですか?」  
「そうだね」  
「コンドームしてても妊娠することはあるらしいですよね?」  
「確率は低い。そこは運も実力のうち、だよ。ちまき。まつりも」  
 納得……はするけど、できない部分もある。  
 それはつまり、あたしの思考の出発点が間違っていたということ?  
「じゃ、あれだけナマでしまくってると思われるのに、あの二人に子どもができないのは?」  
 要さんが何か言おうとしたけど、卯浪に何か言われて方向転換してしまった。ちまきがあたしを見る。  
「あれじゃない? そんなにえっちしてないってことじゃない?」  
「えー、セックスレス? じゃあ、どうして一緒にいるの?」  
 うーん、わからん。それでいいのかしら。  
 好きだから一緒にいたい。抱き合いたい。一つになりたい。で、一緒に未来に行けたら最高だった。  
 あの2人にはそんな時間よりも、大切なものがあるのかしら。  
 
 長く続ける話題でもないし、車内が静まったとこで、紙コップが前から回ってきた。  
「喉が渇いただろう。飲むといい」  
 しゅわしゅわしてて茶色っぽい。何これ。  
「もしかしてこれ、コーラですか?」  
 ちまきの問いに卯浪が頷く。  
 おおお、これが骨が溶けると噂の?  
「初めてだろう。特別だ」  
 二人して頷いた。  
 早速、一口飲んでみると、喉に刺激がしてむせた。  
 おいしいけどこれって赤ちゃんにはどうなんだろう。  
 一気に飲まないで少しずつ飲む。  
「音楽でも流そうか。何がいい」  
 要さんの問いに、ちまきが勢い込む。  
「新世界より!」  
 うん、すてきだ。曲名が今の気分にぴったり。  
   
 音楽に身を委ねて外の景色が流れるのを見ていると、なんだか眠くなってきた。  
 外に海のような水溜りが見えた気がした。でも、そんなに近いはずがないような。  
「ねえ、ちまきちゃん……」  
 答えはない。ちまきはうつらうつらとしている。  
「今のうちに眠っておけ」  
 あたしもあまりに眠いので、お言葉に甘えることにした。  
 次に起きたら、外だから英気を養っておかなくちゃ。  
 ねえ、ちまき。外に出たら、何しようか。  
 前にベッドで話したことがあるけど、気兼ねしないでえっちしたいねー、とか、スカート履いてみたいとか、いろいろたくさんありすぎる。  
 植物の汁じゃなくて、マニキュアしたいな。車を運転してみたいな。自転車も。  
 赤ちゃんの名前は何にしようかな。  
 産まれたら、3人のものをいっぱい持つの。  
 そうだ、名字は何にしようか。  
 したいことがたくさんありすぎて迷ってしまう。  
 でも多分。ちまきと赤ちゃんと一緒にいられるだけで、幸せだと思う。  
 ちまきの手を握ると、ちまきがぎゅっとしてくれた。眠っているときのくせだ。  
 だからあたしも、2人でベッドにいるときみたいに安心して目を閉じる。  
 新世界に着くまで、一休みだ。  
 
 完  
 
 

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